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0886 涼の夢、叶う(後編)

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0886 涼の夢、叶う(後編)

トンッ。

涼が<ウォータージェットスラスタ>で、海賊のボス船の 船首 ( せんしゅ ) に飛び移った。

ボス船の甲板上には、海賊が五十人ほどいたのだが、そのほとんどが 茫然自失 ( ぼうぜんじしつ ) の 態 ( てい ) で座り込んでいる。

それも当然だろう。

五十隻を超える船が、たった一隻に対して向かって行ったのだ。

勝負にならない。

相手は戦うことなく降伏するだろう。

誰もがそう思っていたのに……。

次々に味方の船が沈んでいったのだ。

標的はまだ遠く、魔法であっても当たる距離ではない。

しかも、そんな魔法を放たれた覚えもないのに……。

何が起きているか、誰も理解できないうちに、本船以外の全てが沈んだ。

そして本船も舵が壊れ、帆とマストが破壊され、全く身動きが取れなくなった。

わずかな時間で。

これで正気を保っていろという方が無茶。

そこに、涼が飛んできたのだ。

「海賊のリーダーは、どなたですか~」

船首に降り立った涼が大声で問いかける。

座り込んだ海賊の多くが、焦点の合っていない顔で涼の方を見ている。

何か声が聞こえた気がしたから、涼を見ている……そんな感じ。

何を言われたのか理解していない。

「海賊のリーダーは、どなたですかー!」

今度は腹から声を出して、 船尾 ( せんび ) まで貫くつもりの太い声で問う。

幾人かの 焦点 ( しょうてん ) が合う。

だが、ただ一人だけがはっきりと動いたのが涼の視界の端に見えた。

長めのナイフを構えて、涼に向かって突っ込んできたのだ。

スッ。

軽く足さばきでかわす涼。

走り抜けて、振り向いた長ナイフ男。

次の瞬間、持っていた長ナイフが弾き飛ばされた。

涼が、村雨で弾き飛ばしたのだ。

「うん、ただ一人、 気概 ( きがい ) を感じました。あなたがリーダーですね」

涼は頷くと唱える。

「<スコール><氷棺>」

長ナイフ男は氷漬けとなった。

そんな光景が目の前で展開されて、海賊たちはさらに震え上がった。

「この氷漬けにした人がリーダーですか?」

涼の問いかけに、意識のある海賊全員が激しく頷く。

「そうですか。ちょっとこの人を借りていきます。皆さんは、このままおとなしくしていてください」

涼は笑顔で言ったのだ。

決して怖い感じでも恐ろしい雰囲気でもなく、優しさを込めて……自分的には。

さっき以上に、海賊たちは何度も激しく頷いている。

恐ろしい存在が笑顔でお願いすると……それはもう、 筆舌 ( ひつぜつ ) に 尽 ( つ ) くしがたい恐怖を感じるのだ。

涼自身は知らないのだが。

しかし、結局涼は思った。

「氷漬けにした方が確実ですね。皆さん、嫌でもおとなしくなるし。<パーマフロスト>」

全てが氷漬けになったボス船から、スキーズブラズニル号に向かって氷の橋が架けられ、涼が押す氷の 棺 ( ひつぎ ) がその上を滑る光景が見られたのだった。

スキーズブラズニル号の甲板上。

氷漬けになった男性の首から上の氷が解凍される。

「お、俺は黒の旅団団長スヘルフだ!」

自分から名乗る海賊のリーダー。

だがそこにあったのは、精いっぱいの虚勢を張る姿。

((『白の旅団』のフェルプスさんは超絶イケメンですけど、『黒の旅団』のスヘルフさんはゴツイ顔です))

((このタイミングで俺に言ってどうする))

涼が『魂の響』で感想を言い、アベルが答える。

スヘルフの前で氷の椅子に座り、足を組んでいるアベル。

その横に立つ涼。

「海賊行為はしていない。そちらが勝手に攻撃してきただけだ」

スヘルフが主張した。

「そうか。まあ、それはどうでもいい」

「どうでもいいだと?」

アベルが肩をすくめ、スヘルフは顔をしかめる。

「東部諸国からも西部諸国連邦からも追われる 賞金首 ( しょうきんくび ) だろう? お前たちの首をどちらかに持っていく。それだけだ」

「何だと」

アベルが面白くもなさそうに宣言し、スヘルフが顔をしかめる。

アベルの右手には、スヘルフら『黒の旅団』の幹部の似顔絵が描かれた指名手配書を掲げたパウリーナ船長が立っている。

ちなみにその横には、何枚もの指名手配書を持ったヤーヤ副長が控えている。

どれも、『黒の旅団』関連の指名手配書のようだ。

確かに『黒の旅団』は、かなり有名で凶悪な海賊団らしい。

「海賊はどうせ 極刑 ( きょっけい ) 。死刑だ。海上で捕まえるのはリスクがあるから、そのまま殺してしまっても問題ないというのは、万国共通。だから、このまま死んでもらって、死体を持っていく。いや、首だけでいいか。悪く思うな」

「ちょ、ちょっと待て!」

アベルが表情を変えずに告げ、スヘルフは焦る。

「交渉したい!」

「交渉?」

スヘルフが必死に言い、アベルは首を傾げる。

「何の交渉だ」

「命を助けると 確約 ( かくやく ) してほしい。そうしたら言う」

「何を言う?」

「いや、その前に確約を……」

スヘルフが求める。

そこに、横から涼が口を挟む。

当然、状況に合わせて『涼』ではなく『ロンド公爵』としてだ。

「陛下、苦しむ処刑法の一つとして、じわじわ 溺死 ( できし ) がございます」

涼が 丁寧 ( ていねい ) に提案する。

それを聞いて、スヘルフの表情がさらに揺らぐ。

「ふむ。ロンド公、貴公は水属性の魔法使いだ。溺死させるのは得意ではないか?」

アベルの言い方も芝居がかっている。

「もちろんでございます。お任せください。必ずや自分から、頼むから一思いに殺してくれと言わせましょうぞ」

「待て! いえ、待ってください! 宝が、お宝があります! それを全部差し出すので……」

「いらん」

「え……」

「お前たち全員を連れて行けば、かなりの賞金をもらえるんだぞ。海賊が言う 胡散臭 ( うさんくさ ) い宝なぞいるか」

アベルが言下に切って捨てる。

それを聞いて、涼は心がざわついたのだが、さすがにここで口をはさむのが悪手であるのは分かる。

アベルの展開する交渉の途中だからだ。

「俺たち全員の賞金の数十倍の宝がある! それを全部やるから、命だけは……」

「数十倍? 本当か? どうも信用できん」

スヘルフが必死に主張するのだが、アベルは足を組みなおしていかにも信用できないと体全体で表現している。

「本当だ! 信じてくれ!」

「本当にあったとして、それを我々が 貰 ( もら ) っていいのか?」

「やる! だから俺の命だけは……」

「ふむ、命か」

必死の形相のスヘルフ、まだ信用できないという目でアベルは見ている。

「お前の……スヘルフだったか。スヘルフの命だけ助ければいいのか? 他の海賊はどうだ?」

「氷漬けになってるんだろ。他は、いい」

「そうか」

アベルは一つ頷く。

確かに、船が撃沈され海に投げ出された海賊たちは、全員氷漬けになって海上に浮いている。

ボス船にいた者たちも、氷漬けになっている。

スヘルフは見捨てたのだ。

アベルは考える。

現状、ボス船以外は全て沈んでいる。

そのボス船は後ろから、ニール・アンダーセン号によって海中から狙われている。

もちろん、そのコックピットには三号君が座っているのだ。

他の船に乗っていた海賊たちも、全て海に投げ出され。全員が海上で氷漬けになっている。

「いいだろう。スヘルフ、お前の命は助けてやる。宝のある所まで案内しろ」

「お宝の取り扱いってどうなるんですか? 全部僕らの総取りです?」

涼がワクワクした様子でアベルに問う。

「いや、暗黒大陸では、半分は統治国に差し出し、残りを自由にしていいらしい」

「半分! まあ、いいでしょう。たくさんのお宝を持っていることを祈ります」

「なぜ偉そうなんだ」

涼が重々しく頷き、アベルが肩をすくめる。

スヘルフが指示した島は、それほど離れていなかった。

指示通りにスキーズブラズニル号は向かっている。

そんな甲板上で、国王陛下が一つの疑問を筆頭公爵にぶつけた。

「なあ、リョウ、一つ質問があるんだが」

「何ですか、アベル」

「その被るやつ、何で『おらおらリフト』という名前なんだ?」

「え……」

涼の視線がさまよう……。

別に悪いことはしていないのだが。

「ぼ、僕の故郷に、かつて世界を変えた、こういう形の映像デバイスがあったのです、オキュラスリ……いえ、名前は差し控えますが。ええ、それはまさに、天才の所業でした。それに敬意を表して、おらおらリフトという名前を付けさせてもらいました」

「ほぉ」

涼としては勢いで勝手に近い名前を使ったのが、少し後ろめたいらしい。

でもそれは、製作者の天才性を称賛しての事なので、許してほしいと勝手に思っているのだ。

話を変えると同時に、涼はいちおう報告をする必要性を感じた。

「海賊は全員氷漬けにしています。三号君がニール・アンダーセン号を操縦して、その氷漬けを引っ張って、スキーズブラズニルの後ろから付いてきています」

「ああ、それは任せる。あとはスヘルフをどうするか。まあ、命は取らんという約束を守ってやればいいな」

「生きたまま、どこかの政府に引き渡せばよいかと」

アベルも涼も嘘はつかない。

そんな会話をしてアベルは気付いた。

涼はおらおらリフトを被っていない。手に持っている。

「三号君が、自分でニール・アンダーセンを操縦しているのか?」

「ええ、ええ。うちの 御庭番 ( おにわばん ) は、基本的に自律式ですのでそれくらいはできますよ」

「すげーな」

涼が胸を張って主張し、アベルが称賛する。

スキーズブラズニル号が進む先に、島が見えてきた。

「あの島です」

スヘルフが指を指して言う。

いちおう氷漬けから解放されているのだ。

もっともスヘルフは知らないが、その周囲には涼によって<動的水蒸気機雷Ⅱ>が敷設され、隙をついて逃げようとすれば凍り付くことになっている……。

それとは別に……。

アベルはスヘルフの動きに注意していた。

表情だけでなく、手、足、体全体の動き。

ソワソワしながらも、黒い喜びのような表情が、時々その顔に浮かぶ。

アベルは突然理解する。

「船長、停船させよ!」

「停船!」

アベルの命令に、一瞬の 遅滞 ( ちたい ) なくパウリーナ船長が号令をかける。

アベルは涼の方を向く。

「ロンド公爵、ニール・アンダーセン号を先行させることは可能か?」

「もちろんでございます、陛下」

「 罠 ( わな ) があるやもしれん」

アベルがそう言った瞬間、明らかにスヘルフの表情が変わった。

「お任せください」

涼は丁寧にお辞儀すると、おらおらリフトを被り、小手を着ける。

同時に同期画面を展開。

そして、引っ張っていた氷の群れを切り離した。

もちろんそれは、海賊たちだ。

「先行して湾内に侵入します」

涼がそう言って、ニール・アンダーセン号が湾の中に入ると……。

ガリッ、ガリガリ……。

不気味な音が辺りに響いた。

その音は、湾外にいたスキーズブラズニル号甲板上にも聞こえてくる。

「何の音だ?」

アベルは呟く。

甲板上の乗組員たちも辺りを見回し、そして気付いた。

「湾の上!」

ヤーヤ副長が指さす。

その指の先は、湾の上に出っ張っていた、アーチ状の岩だ。

その岩がずれた音だったのだ。

海に落ちる!

「リョウ!」

「ニール・アンダーセン、急速潜航!」

一気に海上に浮いていたニール・アンダーセン号が海中に潜り、さらに海底まで潜る。

そのまま、一気に湾内を奥へ。

海中に落ちた多くの岩は、海中では沈降速度は遅くなる。

「問題ありません」

涼が『おらおらリフト』を被ったまま報告する。

「あの岩で、我々を沈めるつもりだったのか」

「い、いえ、これは、何かの間違いで……」

アベルが驚くほど冷たい声で指摘し、スヘルフが慌てて否定する。

「僕は水属性の魔法使いですけど、アベルは氷属性の王様です」

誰の呟きか、言うまでもあるまい。

湾の奥には、かなり広い陸地が広がっていた。

だが、涼が操る三号君が目をとめたのは、そこから延びる一つの 洞窟 ( どうくつ ) 。

「何かありそうです」

そう呟くと、どんどんと洞窟の奥に進んでいく。

ちなみに、落石が収まって海面が落ち着いたため、スキーズブラズニル号も湾の中に進んできている。

湾内には他の罠はなく、大きな船も寄港できるだけの水深があることが分かったからだ。

「リョウ、あまり奥に行くな」

「大丈夫です」

アベルが声をかけ、涼が答える。

すぐ脇にいる涼。

『おらおらリフト』を知らなければ、シュールな光景である。

洞窟の奥は……かなり広い空間になっていた。

しかも……。

「いかにもな宝箱がたくさん!」

嬉しそうな涼の声。

だが、同時に、別のものも目に入った。

それは、宝箱を守るように立つ……。

「ゴーレム?」

「あれは……シビリアン」

「それは西方諸国の……」

「ええ。マファルダ共和国のゴーレムです。あんなものを……」

アベルが確認し、涼が頷く……少し 愁 ( うれ ) いを帯びた声で。

「どこかで 鹵獲 ( ろかく ) したか、横流しか」

アベルは冷静に考察する。

「可哀そうです」

「うん?」

涼がはっきりと悲しげな表情で言い、アベルが首を傾げる」

「 シビリアン ( 共和国市民 ) は文字通り、共和国の市民として共和国を守るために存在するゴーレムです。それが、こんな海賊の手先にされているなんて……」

「お、おう」

「海賊の 軛 ( くびき ) から解き放ち、必ずやマファルダ共和国に帰してあげます!」

「う、うん、そうだな」

涼が力強く宣言し、その圧力にアベルは抵抗できずに従う。

厳密には、海賊からの押収品なので西部諸国連邦に納めるべきな気もするが……この涼を説得してそれをするのは、さすがのアベルでも難しい気がする。

さらに、周囲のスキーズブラズニル号の乗組員たちも、涼と同じ気持ちになっているのをアベルは理解していた。

そう、スキーズブラズニル号の乗組員たちは、西方諸国一の海洋大国と言われるマファルダ共和国で乗組員としての訓練を受けている。

それは、このスキーズブラズニル号がマファルダ共和国製だから。

「そうだな、シビリアンは共和国 市 ( ・ ) 民 ( ・ ) だもんな。マファルダ共和国に戻してやるのが正しい道だよな」

アベルはそう呟いて、自分自身を納得させた。

「だが、三号君は戦えないだろう?」

「ええ、まだ戦闘能力は、ほとんどありません」

アベルの問いに、涼が答える。

『おらおらリフト』を被っているので分かりにくいが、悔しそうな表情である。

「でも、本人が近接戦をできなくとも、戦う方法はあります!」

涼ははっきりとそう言い切る。

「御庭番、高速突撃モード移行!」

涼が唱えると、三号君は槍を手に持ち、氷のマントを背中に生やし、足から車輪が生み出された。

「三号君視点では分からんが……背が低くなったか?」

「ええ、ええ。槍を構えて突撃する姿勢になりました」

「ああ、二号君たちがリュン王府を守った時の体勢か」

涼の説明にアベルも思い出して頷く。

リュン王府を二号君と御庭番二番隊が守り抜いた時、彼らは足から車輪を生やし、槍を構えて突撃……その単純な動きで戦った。

剣や槍を剣士や槍士のように操ることができずとも、本人たちの硬さを生かした突撃で戦果を挙げたのだ。

「これで、 膝 ( ひざ ) を狙って攻撃し続ければ、シビリアンはいずれ片膝をつくことになるでしょう。そこで喉に槍を突き刺せば勝てますけど……」

「けど?」

アベルは問い返すが、涼が顔をしかめているのに気付いた。

「傷付けたくないと」

「ええ。シビリアンには何の罪もありません。恐らく、海賊の誰かがシビリアンの魔法式を書き換えた……ただ、その結果なので」

「気持ちは分かるが、どうにもならんだろう?」

涼の気持ちはアベルにも何となく分かる。

だが……。

「ん? あれ?」

突然、涼が首を傾げ始めた。

「どうした?」

アベルが声をかける。

「いえ、えっと……」

そこまで言って、涼は『おらおらリフト』を脱ぎ、小手を外す。

そして、そのままスキーズブラズニル号の甲板から飛んだ。

「は?」

素 ( す ) っ 頓狂 ( とんきょう ) な声を出したのはアベルだ。

飛び降りた涼は、そのまま洞窟の奥に突っ込んだ。

しばらくすると、三号君が見ている映像の中に、涼が出てきた。

「<スコール><氷棺>」

映像の中で、シビリアンは氷漬けになった。

「なるほど。倒さなくとも氷漬けにすればいいか」

アベルは苦笑する。

そして下知した。

「宝を回収に行くぞ」

「おう!」

こうしてスキーズブラズニル号一行は、思いがけず大量の宝物と、一体のゴーレムと、氷漬けの海賊団を確保することになったのだった。

ようやく「海賊を返り討ちにしてお宝がっぽがっぽ」という、涼の夢が一つ叶いました。