0888 西方諸国に向かって
0888 西方諸国に向かって
来た時は静かに入国したが、 出立 ( しゅったつ ) 前となるとそうはいかない。
なぜなら、ナイトレイ王国の一行が、東西諸国の平和の懸け橋となったからだ。
「アベルは国王陛下ですから仕方ないですけど、僕は一般人ですので……」
「そんなわけあるか。ロンド公爵は、王国筆頭公爵だぞ。 諦 ( あきら ) めて、俺の左後ろに立っていろ」
「で、でも」
「諦めろ」
王の 威厳 ( いげん ) でぴしゃりと言い切るアベル。
諦めざるを得ない涼。
諦めるとは言っても、アベルが言う通り、 晩餐会 ( ばんさんかい ) の時にその斜め後ろに立っておくだけだ。
「笑顔を浮かべて 頷 ( うなず ) いてればいい」
「……本当に、それだけでいいのですか?」
「それ以上があるとしても、ありがとうと言うくらいで大丈夫だぞ」
「分かりました……」
仕事量が少ないことは嬉しいが、それでも不満たらたらの涼。
同時に、アベルへの 畏敬 ( いけい ) の念を抱く。
「アベルもですけど、王族の人たちって、こういうのを当たり前にこなすじゃないですか」
「そりゃあな。これも仕事の一つだからな」
「そうやって、こともなげに言うのがすごいなと」
「王族ってのはそういうものだ。リョウも国主になったら……」
「なりません!」
ぴしゃりと言い返す涼。
「そんなものになりたいなんて、絶対に気が狂っていると思うのです」
「だが、国の 簒奪 ( さんだつ ) なんてよくあることだろう? 新たな国王や皇帝は、こういうことをこなしたいと思って簒奪するんだろう?」
「うん、絶対、そうじゃないと思います」
アベルが笑いながら言い、涼が断固として否定する。
もちろんアベルも冗談で言っているのだ。
しかし、涼が別の可能性に思い至る。
「でも、確かに、多くの人が自分にへいこらするのが気持ちいいという人は、一定数います」
「へいこら……そうだな、いないとは言えんな」
「でも、僕は違いますから!」
宣言する涼。
「そうなのか? 経験してみたら気持ちいいと感じるかもしれんぞ」
「感じません!」
再び宣言する涼。
冗談ではない。
ここで面白半分に「それもいいかも」などと言ったら大変なことになる。
それが分かり切っているので、二度宣言しておくべきなのだ。
アベルは何も言わずに笑う。
涼ならそう言うだろうと思っていた、その通りだったので。
「アベルはともかく、うちの王国のお偉い人には、他の人にへいこらされたくらいで 悦 ( えつ ) に入る人とか、いなくないですか?」
「俺はともかくって何だよ」
涼が問うが、除かれた前提条件にアベルが疑問を 呈 ( てい ) す。
「だってアベルは国王ですから、へいこらされるのを当然だと思っているでしょう?」
「別に当然だとは……」
「へいこらされて気持ちいいでしょう?」
「いや、別に気持ち良くない」
「ええ、分かっています。この場では正直なことを言えませんよね」
涼が、なぜかしたり顔で何度も頷いている。
「いや、だから……」
「じゃあ、へいこらされて、気持ち悪いです?」
「気持ち悪いとまでは思わんが……」
「ほらー!」
「何が、ほらなんだ? 気持ち悪くはないが、気持ち良くもないぞ」
「どうだか」
涼が 胡乱 ( うろん ) げな目でアベルを見る。
しばらくしてから、アベルは思い立った。
涼が食いつきそうで、話題を変えられそうなものを……。
「今夜は政府主催の晩餐会だ。美味いものが並ぶのは間違いない」
「なるほど! さすがはアベルです」
アベルの言葉に喜ぶ涼。
アベルは話題を変えることに成功した。
並ぶことと、それを食べられることが同意ではないことを、アベルは知っていた……知っていたはずなのだ。
ただ、この時は 失念 ( しつねん ) していた。
決して意地悪で言ったわけではなかったのだが……結果的に、そうなってしまう。
晩餐会が始まり、アベル王とロンド公爵たる涼が紹介された。
当然、次から次へと西部諸国連邦の有力者たちが二人の元を訪れ挨拶する。
アベルはにこやかな笑顔を浮かべて、挨拶を受ける。
当然のように涼も挨拶され、笑顔で答える……心の中では泣きながら。
<<並んでいるものを食べられません!>>
<<……>>
<<アベル! 聞こえているんでしょ!>>
<<ああ……うん……>>
<<この状況になるって、分かってたでしょ!>>
<<正直、ここまでとは思ってなかった。人気が出過ぎるのも問題だな……どんまい>>
<<酷い……>>
『魂の響』を通して国王と筆頭公爵の 丁々発止 ( ちょうちょうはっし ) のやりとり……というより、筆頭公爵の 魂 ( たましい ) の 慟哭 ( どうこく ) が響き渡る。
もちろん、結果は何も変わらない。
アベルの斜め後ろに立ち続ける涼であった。
晩餐会が終わった後。
アベルに割り当てられた部屋で、涙にくれる筆頭公爵と、苦笑する国王がいた。
「うぅ……」
「まあ、どんまいだ」
「アベルに 騙 ( だま ) されました」
「あはは……」
コンコン。
そこにノックの音。
「入れ」
入ってきたのは、スキーズブラズニル号のパウリーナ船長だ。
さらに船員たちが何やら大きなものを運んできた。
「どうぞ、こちらを」
パウリーナ船長が言うと、スキーズブラズニル号船員が三つの大皿を持ってきて二人の前に置いた。
「……これは?」
「お二人は何も食べられないだろうと、船員たちで手分けして取り分けておいたものです」
「何ですと!」
パウリーナ船長が微笑みながら答えると、涼が飛び上がりそうなほど驚いた。
アベルは無言のままだが、驚いているのが表情で分かる。
「ほ、本当に、食べちゃっていいんですか?」
涼が半泣きになりながら、パウリーナ船長に問いかける。
「はい、もちろんです」
「何とお礼を言ったらよいのか……」
「これもスキーズブラズニル号乗組員の仕事ですから」
「ありがとうございます……」
今にも泣きださんばかりの涼……いや、幾筋かの涙が、すでに流れ落ちていた。
「俺も腹はすいていたんだ」
「でしょう? アベルも乗組員の皆さんに感謝しながら一緒に食べましょう」
「そうだな、感謝しよう」
涼とアベルは、船員たちに感謝しながら、タギュンザでの最後の晩餐を楽しむのであった……。
翌日。
スキーズブラズニル号出発の日。
港には、多くの西部諸国連邦の民が立っていた。
「入港する時は誰もいなかったのに」
「静かな入港の方が良くないか?」
「当然です。人があまりにも多いので、三号君が操るニール・アンダーセンは、すでに海中に潜っています」
「そういえばいないなと思ってたんだが……すでに海中か。共和国のゴーレムもだろ?」
「シビリアンですね。もちろんです。アベルが話をつけてくれたので、堂々と出しておいてもよかったのですが……」
そう、晩餐会前に、アベルがラムン・フェス元首に話をつけておいたのだ。
海賊がため込んでいたお宝を半分やるという条件で、 鹵獲 ( ろかく ) した共和国ゴーレムは、マファルダ共和国にナイトレイ王国一行が返還することを承認させた。
「三号君はともかく、シビリアンを 見世物 ( みせもの ) にする気はありません」
涼は厳然たる表情で言う。
心の底からそう思っているのだ。
「彼だって、好きで海賊に従っていたわけではありません。魔法式を書き換えられ、仕方なくです。確かに僕らが鹵獲しましたが、鹵獲したからといって、何をしてもいいわけではありません。ゴーレムにもゴーレムの 尊厳 ( そんげん ) というものがあります」
「ゴーレムの尊厳……」
「僕はそれを守ります!」
言い切る涼。
ゴーレムの尊厳が何かアベルは知らないのだが、特に言い返す必要もないかなと思って何も言わない。
そして、正直な言葉を紡ぐ。
「リョウって、そういうところは優しいよな」
アベルは称賛したのだ。
だが……。
「そういうところとは何ですか! 失敬な! 僕は常に全部、優しいです!」
「うん、 そ ( ・ ) う ( ・ ) い ( ・ ) う ( ・ ) と ( ・ ) こ ( ・ ) ろ ( ・ ) を除いてな」
アベルは小さく首を振った。
二人がそんな会話を繰り広げているうちに、出港の準備が整ったようだ。
パウリーナ船長がアベルに告げた。
「陛下、出港いたします」
「ああ、行こうか。最終的には西方諸国へ」
再び、スキーズブラズニル号は西方諸国に向かいました。
明日の投稿「0889 一号君の進化」は、ちょっと中身がややこしくなってしまいまして……。
筆者の趣味が炸裂しております……
え? いつものこと?
はい、すいません……。
でも、「第五部 浮遊大陸編」のためには、絶対に必要なお話なのです。
まあ、できるだけ早く、次の「0890話」以降も投稿しますので、ええ、ええ。
「0890」話から、ちょっとまとまったお話です。
そちらも楽しみにお待ちください。