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0889 一号君の進化

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0889 一号君の進化

西部諸国連邦首都タギュンザを発ったスキーズブラズニル号。

その甲板には、国王と筆頭公爵がいた。

そして二人の間には、 先触 ( さきぶ ) れ担当 一号君 ( いちごうくん ) と呼ばれる氷のゴーレムがいる。

通称一号君は、『オニワバン』と呼ばれるゴーレムたちの中でも筆頭であり、リーダーでもある。

そんな一号君に関して、二人は話している。

話しているとはいっても、一方的に筆頭公爵が熱弁を振るっているのだが。

「アベル、最近一号君が活躍していないと寂しく思っているでしょう?」

「いや、別に」

「大丈夫です、一号君は強く進化しました。いえ、全ての準備は整いました。自ら進化します、というべきでしょうか」

「いや、別……うん? 自ら進化?」

嬉しそうに言う涼の言葉の中に、アベルの興味を引く単語があった。

「自ら進化というのは何だ? 進化というのは、 稀 ( まれ ) に『魔物が進化する』というあれだよな。ゴーレムが進化するのか?」

「今までのゴーレムは進化しませんでした」

「ああ、そうだよな」

涼の言葉に、アベルは頷く。

ゴーレムに関して、決して専門家ではないアベルでも分かる。

勝手に進化するのは、良いことばかりではないだろうと。

しかし、涼の説明はアベルの懸念を置いてけぼりにする。

「簡単に言うと、これまで 御庭番 ( おにわばん ) たちの脳は、二階建てでした」

「……はい?」

簡単に言い過ぎたのだろう、アベルは理解できていない。

「一階が小脳 脊髄 ( せきずい ) 系、二階が大脳系というべきでしょうか」

「ああ、もっと意味が分からないぞ」

人に分かってもらうというのは難しいのだ。

「一階がPython、二階がPlexilやEUROPAみたいな感じだったのです」

「いよいよ、分かる単語が無くなった」

アベルは首を振る。

「ですが、安心してください。それは、彼ら御庭番たちの完成形ではありません」

「ああ、分かる単語ばかりになった」

アベルが頷く。

「四号君は、今回のバージョンアップを前倒しして、一部三階建ての哲学も入ってはいます」

「単語は分かるのに、意味が分からん」

アベルは肩をすくめる。

「普段は人間が理解できる動きをしながら、いざとなったら人間の想像を超える動きもできる。人間の発想を超える発想もできる。これが、僕が目指す御庭番たちの姿です」

「それを、まず最初に、一号君にさせるということか?」

「ええ、ええ。良くないですか?」

涼はとても嬉しそうだ。

出てきたコンピュータ言語は、いずれもAI……人工知能のためのものだが、それぞれ得意とする分野は違うものだ。

「いざという時、人間を超える発想ができるというのは、すごいと思うが……」

アベルは頷く。頷くが、その脳裏には、御庭番たち氷のゴーレムが、空を飛び、大地を駆け、剣技で人を圧倒する姿が浮かんだ。

「人を超える動き、人の想像を超える発想……」

「彼らは運良く、人間などという 脆弱 ( ぜいじゃく ) なものではなく、強力な氷のゴーレムとして生み出されました。そうであるなら、頭脳も強力であるべきだと思うのです」

「お、おう」

「そこで考えたのが、三階建ての脳です」

「脳ってのは、頭の中にある脳のことだよな」

「そうです、それです」

アベルも王子時代、人の体の構造については一通り学んだ。

脳が人にとって重要な部分であり、だからこそ、その脳と体を繋ぐ首を斬れば、多くの生き物が動けなくなるということも、剣士として理解している。

そんな脳が三階建て?

それは意味が分からない。

「もし、三階と一階だけで、二階がなかったらどうなるでしょう? ゴーレムは『人間が全く理解できない奇妙な動き』や『なぜそれをしたのか説明できない行動』をいきなり現実世界で起こしてしまいます。それは人からすれば暴走に見えるかもしれませんから、人間にとっては恐怖です。しかし、間に二階……つまり論理プランニング層とも呼ぶべき部位があることで、一号君は圧倒的な強みを手に入れるのです」

「うん、俺が分からないのはそこじゃない……」

アベルは小さく首を振る。

何やら、涼が詳しく説明をしてくれたようだというのは分かるのだが、なにしろ中身が意味不明な言葉ばかりなので……。

涼も、さすがにそのことに気付いたのだろう。

「『普段は常識人、いざという時は天才』の切り替えが可能となります!」

「さっきのよりは分かりやすかった」

涼は簡潔に分かりやすく説明し、アベルも頷いた。

確かに、今の言葉と内容は難しくなかった。

なかったが、なぜゴーレムでそんなことが可能なのかは、やっぱり分からない。

もっとも、人間でもそんなことが可能かどうかは分からないのだが。

「導入が完了した一号君の脳は、一階がPython、二階がPlexil、三階がCommonLispみたいな感じですね」

「また分からない単語が出てきた……」

アベルはまたも首を振る。今日、何度目だろう、

Pythonは、二十一世紀の地球において爆発的な発展を遂げたAIの中心を担った大規模言語モデル……LLMの中心となったコンピュータ言語である。

翻 ( ひるがえ ) ってCommonLispは、1950年代に生まれた世界で二番目に古いコンピュータ言語。

明確に、人工知能言語として生まれ、その哲学は二十一世紀においても、超一流の人工知能学者や人工知能開発者の 根底 ( こんてい ) に流れ続けている。

「安心してください。LLMを成すための言語データは、王都、ルン、アクレの酒場や市場などで収集しました。データ収集の許可は、それぞれの領主の方々に掛け合って、もらってありますから」

「……うん?」

「法的に問題ないということです」

涼が自信満々に言う。

「ルンは辺境伯、アクレはハインライン侯爵だよな。王都は……俺は、そんなもの相談された記憶がないぞ?」

「王都の許可は 宰相閣下 ( さいしょうかっか ) 、つまりハインライン侯爵からいただきましたよ。アベルなんて飾りの王様、 歯牙 ( しが ) にもかけていません」

「うん、飾りの王様でも王様に変わりはないからな。そして、それは俺な。もう少し、言葉を選んで言ってくれな」

涼がはっきりと言い切り、アベルは首を振る。

大規模言語モデル……LLMを成立させるには、膨大な元データが必要になる。

涼はそれを、王国解放戦が終わってからの三年間で収集・構築していたのだ。

ちなみにその収集機構は、当然のように現在も稼働し続けている……。

「話を戻します。LISP最大の特徴はプログラムがデータである、つまりコードとデータの同質性です。 AIが進化する際、Pythonのような言語では『自分のコードを書き換える』のは非常にリスキーで複雑です。しかしLISPの構造、つまりリスト構造なら、AIは自分の思考のアルゴリズムを、あたかもDNAの 塩基 ( えんき ) 配列を並べ替えるように容易に書き換え、交配させることができると思うのです。ですから、自己進化を目指す一号君の脳の三階部分としては最適なはずです」

「うん、全く分からん」

涼は、自分自身に語りかけるように一定の調子で話している。過去の思考に出てきたことを、思い出しながら話しているようだ。

当然、聞いているアベルは意味が分からない。

「LISPのような『論理的な構造を持つ独自の内部言語』を自ら作り出し、その言語で人間には理解不能な超高度な推論を、人間が気づかないほどのスピードで行う……。これこそが、三階が必要な理由であり、人を超越するゴーレムの可能性が、そこにあると僕は思うわけです」

最後だけ涼は顔を上げ、アベルを見る。

「正直よく分からん」

アベルは正直に答える。

だが、分からなくとも、自ら考えることができる頭脳を人は持っている。

「一号君の脳も、魔法式で書かれてるんだよな?」

「ええ、もちろんです」

「三階建てということは、三種類の魔法式で書かれているということか?」

「そういうことです。さすがはアベルです」

涼が称賛する。

称賛されたアベル……自分で言ったものの、具体的には想像できていない。

「三種類の魔法式って、何だ?」

「アベル、今、自分でそう言ったでしょう」

「ああ、言ったんだが……意味が分からん。魔法式は魔法式、リョウが氷の板に書いているやつだろう?」

「そうですよ。アベルは、魔法式は錬金術師それぞれで違う、というのは知っていますか?」

「ああ、以前ケネスから聞いたことがある」

そう、錬金術師それぞれで、魔法式は違うのだ。最初は、先輩や師匠が書いた魔法式を見て、 模倣 ( もほう ) して自らのものにしてから、自分オリジナルのものを生み出していく、という感じだろうか。

「錬金術師が千人いれば、少なくとも千通りの魔法式が存在します」

「ああ。ん? 少なくとも?」

「そうです、一人で何種類も使えば……」

「なるほど、千種類以上になるな」

アベルも理解できたので頷く。

今回は、完璧に理解できたのだ。

しかし……。

「一階はPython的な、大規模言語モデル、LLMチックな魔法式です」

「急に分からん単語になった」

「一般的な動きで、高速な判断が可能になります」

「分かる単語だけになった」

「二階はPlexil的な、『思考』部分が入ります。一階で処理しきれない、難しい問題にあたった時、二階で解決法を考えるのです」

「半分くらいは分かったぞ」

アベルが頷く。

「だいたいの事象は、この一階と二階で 事足 ( ことた ) ります」

「なるほど」

「一般の人間と同じレベル……まあ、解決速度は速いでしょうし体も頑丈ですから、この時点でも普通の人よりは 有用 ( ゆうよう ) な存在のはずです。しかし一号君には、さらに三階があります」

「そうらしいな」

アベルが頷く……先ほどのような、自信のある頷きではない。

なぜならすぐに、理解できないものが出てくるだろうと身構えているからだ。

「この三階で、人を超える思考が生み出されます。一号君は経験を積めば積むほど、その魔法式は書き換えられていきます。それも最も根源的な部分から書き換えられていきます」

「逆に言うと、一階と二階部分の魔法式は、書き換えられていかないということか?」

「正確には、三階で書き換えられた魔法式が一階や二階に降りていくことはあります」

「人を超える思考か?」

「同時に、人が手にしていない進化速度も持ちます」

「進化か……」

涼が嬉しそうに説明するが、アベルは小さく首を振っている。

「普段の日常業務……例えば片付けをしたり、荷物を運んだりは、一階と二階にストックされている、『過去に検証済みの安全なプラン』で整然と動きます。 しかし、『大地震が起きて部屋が崩落し、 既存 ( きそん ) のルートもルールも一切通用しない』といった極限状態……つまり未知のトラブルに陥った瞬間、三階の創造・進化エンジンがフル稼働します」

涼が 滔々 ( とうとう ) と述べる。

アベルは理解できない部分が多いが、自分なりの解釈で理解しようとする。

涼が、常に高く評価するアベルの特性だ。

涼はそれを助けるために、例え話をする。

「たとえば塔の上に囚われたアベルを、御庭番が救出するという状況を考えてみましょう」

「お、おう」

「普通にやって助け出せそうなら問題ありません。過去にあった事例に基づいて、そう動くだけです。問題は、過去の事例に無い状況です。そんな時にはどうするか?」

「どうするんだ?」

「三階部分はLISPのリスト構造を凄まじいスピードで組み替え、数百万通りの本来ならあり得ない作戦をシミュレーションします。例えば『窓ガラスをあえて破り、その破片の 摩擦 ( まさつ ) を利用して斜め四十五度で滑り降りれば、一階までアベルの 肉 ( ・ ) 体 ( ・ ) を ( ・ ) 壊 ( ・ ) さ ( ・ ) ず ( ・ ) に ( ・ ) 到達できる』みたいな、人間の常識の枠外にある『超絶なひらめき』を導き出します」

「う、うん」

「そんな感じで、三階のLISP哲学が生み出した『人間には理解不能な超高度な推論』は、そのまま二階の論理層へ新しいルールとして書き戻されます」

「あ、ああ」

「大丈夫です。これによって、人間は後から一号君の二階のログを見て、『なるほど! 一号君はこんな論理の組み立て方をして、あの絶体絶命のピンチを脱出したのか! 人間にはその発想はなかった!』と、彼らから新しい知恵や科学、戦術を学ぶことができるようになります。つまり、一号君や御庭番が人間の『先生』になるわけです!」

「……凄い世界だな」

涼の説明に、アベルは首を傾げながら頷く。器用である。

「一階が現実を支え、二階が秩序を保ち、そして三階が無限の宇宙へと知性を拡張する。

この三階建てのシステムとして完成した時、ゴーレムは単なる便利な道具や、命令を聞く奴隷であることをやめ、人類の想像力の限界の、その先を偵察してきてくれる伴走者になってくれるのです!」

熱く語る涼。

当然のように、その右拳は宙へ突き上げられる。

「なあリョウ、素人考えなのは分かっているんだが……」

アベルのその言葉に、涼は突然振り向く。

その表情は 強張 ( こわば ) っている。

「ん? どうした?」

そんな表情を見て、アベルの方が驚く。

「アベル、その言い方は、実は超絶その道の専門家が使う表現です」

「うん? 『素人考え』がか?」

「ええ。学会などで、そう口火を切って質問する人には、気を付けなければなりません。素人考えで恐縮ですが、は恐ろしい 枕詞 ( まくらことば ) なのです」

涼は、地球時代に大学の先輩たちから口を 酸 ( す ) っぱくして聞かされたのだ。

「大丈夫だ、俺は間違いなく素人だ」

「た、確かに」

アベルが笑いながら言い、涼もそれを認める。

「その三階部分というのは、よほどの状況の時しか動かないんなら、無駄……とまでは言わんが……」

「ええ、ええ。アベルの言いたいことは分かります。確かに、今の例ではそうなのですが、三階部分は普段も思考しています」

「うん?」

「表には出てこないだけです」

涼は一つ大きく頷いて言葉を続ける。

「普段は、一階と二階で十分です。これはかつて、僕のふるさと……というか、僕のいたところで研究されていました。ですが、僕が御庭番たちに託すのは、人のさらに先です」

「人のさらに先?」

「ええ。まあ、この世界には人を超える寿命を持つ種族がたくさんいますけど……何と言うか、人の哲学を持った存在として、人のさらに先に行ってほしい。そういう気持ちです」

「難しいが……なんとなく分かる。ヴァンパイアや魔人たちが長寿であるのとは違う。それは、人の哲学……まあ、感情というか気持ちというか、人の歴史かもしれんが、そういうのを背負ってはいないからな」

アベルが、涼の言わんとするところを、自分流で理解しようとする。

涼がアベルを高く評価する部分……分からなくとも、自分の頭で、自分が知る知識で、何とか嚙み砕いて自分のものにしようとする。

これは簡単ではないのだが、アベルはそれを試みる。

一流以上となる人たちは、そういうことを当然のように行う……。

涼はそのことを知っている。

「人のその先に進むのが、三階です。恐らくこの三階こそが、他の現在の、そしてこれから出てくるであろうゴーレムと、御庭番たちを分ける決定的な部分になると思います」

「そうなのか? なぜだ?」

「この三階部分を入れると……いつかは分かりませんが、確実に、ゴーレムたちは頭脳で人を超えます。体ですでに人をしのいでいる彼らが、頭脳でまで人を超えればどうなるか」

「……人に対して反乱を起こす?」

「そう……人によっては、反乱と認識するかもしれません。でも、能力の高い者が、能力の低い者を従えるのは当然なのでは? この世界でも、昔から、そういうことはあったでしょう?」

「ああ。人より強い種族は多いからな。ヴァンパイアによる人への支配や、魔王に率いられた魔物による支配などな」

「ええ、ええ」

アベルの言葉を涼は肯定する。

地球の歴史と違って、『ファイ』においては、人は他種族に支配された経験を持つ。

だから、『弱ければ支配される、それは当然のこと』と理解できるのだ。

「つまり……『人を支配する者』を、創り出すというのか?」

それでもアベルは問う。問わざるを得ない。

それは、人の王として。

「人が道を誤らなければ、ゴーレムは友として共に歩いてくれます」

「ふむ……」

「人次第です。そうであるなら、ヴァンパイアによる支配よりはましでしょう?」

「まし……なのか? 正直、俺には分からん」

アベルは正直である。

涼も正直である。

だからといって、分かり合えることが保証されてはいない。

「そもそも、オニワバンは、リョウの命令しか聞かないよな?」

「ええ、そうですね」

「それなら、いいか」

アベルは頷く。

「俺が、リョウを信じられるかどうかという話だからな」

そんなアベルの呟きは、涼には聞こえない。

涼は、最後の結論を述べようとしている。

「最初に言いましたが、今の一号君が完成形というわけではありません」

「進化がどうこう言ったな?」

涼の言葉にアベルは首を傾げる。

「三階構造となって、ここがスタート地点。我々には見えていない一号君の頭の中で、進化が進んでいくのです」

一号君を見る涼の目は優しい。その可能性を信じているからだ。

「というわけで、一号君を甲板上に出しっぱなしにしておきます。問題ないですかね」

「お、俺は問題ないが……」

アベルは、後ろで聞いていたパウリーナ船長を見る。

「問題ありません」

「ありがとうございます、船長」

涼が感謝する。

それを見て、一号君も頭を下げた。

「今のが、一階と二階の連携です」

「……三階は?」

「きっと許可が下りなかった場合にどうするかを、あらかじめ考えていたでしょう」

「……どうするんだ?」

「アベルを人質にして、許可を迫る?」

「うん、それはやめてくれ」

涼の推測に、アベルは顔をしかめて首を振る。

「いや、そんな普通の人間みたいなことは考えないかもしれません」

「うん、普通の人間も考えないと思うんだ、俺を人質にとか」

アベルの顔はしかめっ面のままだ。

「人間アベルを排除して、新たに生成したアイスゴーレム“アベル”に取って代わらせる?」

「うん、だから俺を排除するのは、やめてくれ」

涼が新たな推測を述べるが、アベルは首を振る。

涼は首を傾げた後、一号君を見る。

「ちょっと気になりますね。一号君のログを見てみますか」

涼はそう言うと、氷の板を生成して一号君に繋いだ。

そこに一号君の ログ ( 記録 ) が映し出されるのだ。

ずっと下がっていく……あの時、一号君の『脳の三階』がどうしようと考えたのか、その記録を見るために……。

「ありました!」

「何て書いてある?」

「……僕を人質にする」

「なるほど。それなら、確かに俺は許可するだろう」

「い、一号君は正解に 辿 ( たど ) り着いていたのですね」

涼は冷や汗をかきながら、称賛している。とても複雑な表情で。

「もちろん、僕を傷つけるつもりは無かったみたいです」

「それも、書いてあるのか?」

「ええ、あります。僕を人質にすれば、99.9%の確率で要求は通るだろうと、推測していたみたいですね」

「確かに、俺は要求を飲んだだろう。すごいな、一号君は」

アベルが頷いている。

涼は首を振る。

「……次からは、もっと 穏便 ( おんびん ) な方法をとってくれるようにと、伝えておきます」

「そうだな、それがいいと思う」

「『ロボット三原則』に、第四原則をつけ足す方がいいかもしれません」

「ろぼっとさんげんそく? 何だそれは?」

「ロボットというのは、ゴーレムの別名です」

第一原則:ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を 看過 ( かんか ) することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。

第二原則:ロボットは人間に与えられた命令に服従しなければならない。ただし、与えられた命令が、第一条に違反する場合は、この限りではない。

第三原則:ロボットは、前掲第一条及び第二条に反するおそれのない限り、自己を守らなければならない。

かつてSF作家アイザック・アシモフが作中で触れて、世界中に広がった原則である。

後の、地球におけるAIとロボット研究においても、深く根を下ろしている。

「『創造者を傷つけてはいけない。創造者をびっくりさせてはいけない』というのを第四原則として付け加えておきましょう」

「なあ、リョウ」

「何ですか、アベル」

「その創造者ってリョウのことだよな?」

「ええ、もちろんです」

「ものは相談なんだが……その第四原則を、『創造者とその友は』に替えるのはどうだろうか」

アベルが恐る恐る提案する。

「『その友』というのは……アベルのことですか?」

「友だろう? もちろん、 ケ ( ・ ) ー ( ・ ) キ ( ・ ) を ( ・ ) 含 ( ・ ) め ( ・ ) て ( ・ ) 友だろう?」

「もちろんじゃないですか! 創造者とケーキを……いえ、『創造者とその友を傷つけてはいけない。創造者とその友をびっくりさせてはいけない』にしましょう」

「よろしく頼む」

そんな協定が結ばれた……が、実は、『びっくりさせてはいけない』という 曖昧 ( あいまい ) な表現は、AIにとって難しい。

こういった言葉の解釈は、二十一世紀地球における シンギュラリティ ( 限界突破 ) 直前のAIよりも、人間の方が強い…… 殆 ( ほとん ) ど唯一の分野だったと言っていいだろう。

果たして一号君はこの難題を解決できるのか。

実はその答えを握っているのが、三階部分なのである。今はまだ無理でも、いずれはこの三階部分が一号君を『次の 階梯 ( かいてい ) 』へと登らせるに違いない。

「LISPは、世界で二番目に古いコンピュータ言語です。古い言語……すなわち古代言語が、強力な魔法を生み出すのは、物語の王道です」

「出たな王道」

「 冗長性 ( じょうちょうせい ) があるというのが重要なのです。時代を経れば経るほど、形式は難しく、細かな部分まで指定され、冗長性は無くなります。それはある意味、使い勝手は良くなるでしょうし、技術と深い理解の無い人でも扱えるようになるのかもしれません。でも同時に、自由や柔軟性は失われます」

涼は断言した後、これからありうる未来を語り始める。

「生物の進化は、遺伝子の突然変異と何世代もの……数百万年〜数億年にもわたる 淘汰 ( とうた ) の歴史です。人間は寿命が約百年しかなく、遺伝子コードを自分の意思で書き換えることもできません。 しかしAIは、『自己改変された新しいアルゴリズムの生成』と『そのテストと淘汰』をデジタル空間上で一秒間に数万回繰り返すことができます。生物が数億年かけた進化の試行錯誤を、数日〜数ヶ月で回せる計算上の可能性があります」

「でじたるくうかん?」

「僕のゴーレムは、簡単に言えば 疑似的 ( ぎじてき ) な量子コンピュータを積んでいます。量子コンピュータは絶対零度に近い温度環境が必要ですが、それは水属性魔法の得意分野です。計算に使う量子は水分子から取り出した電子を使っているので、相性抜群なのです」

「……そうか。見事に全く分からなかった」

「つまり、氷のゴーレムの中なら、小型化が可能だということです」

「なるほど。俺も言葉の意味は分かったから、良かったぞ」

涼とアベルの間にも、無事に会話が成立したようだ。

終わり良ければ 総 ( すべ ) て良し。

……ホントに、そうだろうか?

……ホントに、それでいいのだろうか?

正解は、誰にも分からない。

ちょっとだけ、分かりにくかったかもしれません。

でも大丈夫。

全ては「第五部 浮遊大陸編」に向けての下準備にすぎません。

分からなくても、物語そのものは分かるように書いていきますから……多分。

そうそう、あくまでPython『風』魔法式、Lisp『風』魔法式ですので……。

厳密に同じものではありません。

まあ、Lisp風魔法式は、ものすごい数のカッコ()が使われているかもしれませんけどね。

補足として、本文中にも書いてありますが

「AIが進化する際、Pythonのような言語では『自分のコードを書き換える』のは非常にリスキーで複雑です」

リスキーで複雑なだけであって、決して不可能ではありません。

ですので地球において、AI開発者・開発業者たちが今頃になって、「ヤバい、自己進化で人間を超える」とか言い始めているのですね。

核兵器といっしょ。作った後に言っても……。

さて、本作中で『御庭番』たちはどうなっていくのか。

『ファイブスター物語』のDr.バランシェの気持ちがよく分かります。

周囲にマッドサイエンティスト扱いされながら、人を超えるファティマたちを造り続けた気持ちが。

次話「0890 涼、拉致される」と、それに続く数話も近いうちに投稿する予定です。

話はガラリと変わります。

決して、涼がゴーレムたちに拉致されるお話ではありません。

何百万字も前の伏線を回収するエピソードです。

近いうちに……ええ、近いうちに投稿します。

頑張りますので、今しばらくお待ちください……。