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二章 泣いた子

私ハ私トシテ、死セント欲ス — www.pagemeku.com · All chapters

二章 泣いた子

「M君、M君。臥せる牀には何見ゆる……云々」

懷かしの言葉。續きは覺えてゐないが、だうやらその「M君」がまづかつたらしい。苦しさに脂汗をぢつとり浮かべ、厚い毛布から出ぬ様。減る腹何處、空滿たす。

彼は時折、意味もなく窓を眺める癖があつた。ひよと鳴く鳥を見るでもなく、むつくりとした鳥を見るでもなかつた。しかし、私は其處に何かあるやうな氣がしてならなかつた。いや、氣ではない、何かあつたのだ。その先の、いつかの、明くる日の、限りなく無に近い何か。癇癪を起こしては、深い嫌惡に陷り泣いた月夜。それから程なくして、臥せたきり溶け出してしまつた。

そして、「M君」には一人、熱心なお友達がゐた。硬い皮膚の下に、滑るやうな白の情報が詰まつてゐるお友達。彼は彼奴を酷く好いてゐた。肌身離さず持つては、見つめ合ふ。

酷い喀血にも怯さない、ただ靜かに空想に耽る「M君」の横顏と云ふのは、カンバスに閉ぢ込められたやうだつた。

また、「M君」はセザンヌを好んでゐた。あのぬろりとした繪が、堪らなかつた。果實のみ、妙に彩度の高い、目を貫いた繪。彼がもう、見ることのできなくなつた世界を、唯一つ見られた世界。ぼやけてゐるが、キツカリとした木〻、瓶、人肌。彼の感じられないものを、總て感じさせたのだ。熱い體温を持ちながらも、常に足を運び續けたオペラとやらにも行かなくなつた。あんなに音の階調を樂しんでゐた「M君」も、到頭堪らなくなつてしまつて、飛び出しては一月程籠つてしまつた。お友達は、牀に散らばつた儘。

「俺は。俺は、あんなにも、かうなんだ。俺の、僕の手は、鍛冶をしてゐる。又、其れが頭に響いてゐる!」