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約束

死に戻り聖女は兄の願いを叶えたい〜気づいていないけど無償の愛に包まれています〜 — novelba.com · All chapters

約束

「アッハッハッハ」

セレーネは侯爵令嬢らしからぬ笑い声を上げると、お腹を抱えて笑っている。

普段とは違い正装に近いドレスを纏っているから、足元は完全に見えないが明らかにドレスの中で足をバタバタさせている。

「セレーネ、笑いすぎだ。馬車で私とふたりきりだからと気を許し過ぎだ」

レオンはプイッと外を見て、馬車のカーテンを閉めながら「本当に肝が冷えたんだからな」と呟く。

「ごめん、ごめんレオン。アグネスの貞操の危機だったのだから笑い事ではないとわかっているのだが、あのいけ好かない殿下がアグネスの中身がレオンだとを知った時の顔を想像すると、面白くって」

目尻に溜まった涙を人差し指で拭きながら、それでもセレーネはやっぱりまだ笑っていた。

そのセレーネの他愛もない姿を見て、レオンはいまここでセレーネが生きている奇跡を噛みしめる。

(この笑顔を絶対に守り抜きたい)

ずっとずっと見ていたい光景だった。

それにしてもヴィクター殿下は、本当にどうしようもないクズだった。

面会の時、ヴィクター殿下にアグネスが甘く耳打ちした言葉は、「魔獣討伐中の野営では一緒に寝ましょう」と持ちかけたのだ。

その一言が魔獣討伐出陣の最後のひと推しになればと耳打ちしたが、まさかそれが功を奏するとは。

さすがに誰もそれが出陣の決め手に繋がったとは思っていないだろう…いや、あの侍従だけは予想できたのだろうな。

その後も、アグネスの中身がレオンだと知るはずもないヴィクター殿下は、今夜は城に泊まるように執拗にアグネスに迫ってきた。

丁重にお断りをしたが、アグネスの身体目的で泊まるように迫ってきたのはわかっている。

レオンはこれ以上ヴィクター殿下の傍にいるとアグネスの貞操を守り通せる気がしなかった。

今夜は久々に実家に帰りたいと懇願して、なんとか納得していただいたのだ。

聖女の5大魔法(地・水・火・風・光)のうち、アグネスはなぜか光魔法だけは使えないが、あとは使える。

魔獣討伐には戦力となるだろう。

死に戻る前の今回の魔獣討伐は騎士団有史に残る酷い死傷者数だった。セレーネも殉職したひとりだった。

あの時、アグネスは魔獣討伐には参加していない。

ヴィクター殿下も出陣していなかった。

今回は違う。ふたりが魔獣討伐に行くのだ。

この先、一体なにが起こるか。

「レオン、なに難しい顔をしているのだ?」

セレーネは先ほどまで大笑いして破顔していた顔から急に真顔になり、心配そうに俺の顔を覗き込む。

「なぁレオン。私達はレオンとアグネスを殺せと命じた黒幕探しをしなくて良いのか?」

レオンは静かに首を横に振った。

「甘いと言われるかも知れないが、俺とアグネスを殺すように命じた黒幕探しはもういいと思っている。大体、王族派の誰の差し金であるかは予想はついている。おそらく命じたのは王妃とヴィクター殿下だ。それよりも王族派を失脚させることの方が利が大きいと俺は考えている。この国のためにもこんな政争は早く終わらせるべきなんだ。俺とアグネスが暗殺されたのもノアを匿っているラチェット家への報復といったところだろう」

「やはりそうか」

「俺はセレーネと共にいる幸せを実現する。願いはアグネスの幸せ、それにつながるノアの幸せだ。そのためならなんでもできる。それだけで良いし、それがとんでもなく忙しい。だから、人を殺そうとする奴らや、そのことをなんとも思わない奴らを相手にしている時間は俺にはない」

セレーネは自分の前に座るアグネスの姿をしたレオンの手を取った。

さっきまで気を張り詰めていたんだろう。レオンの手先はとても冷たかった。温めるように両手を重ねた。

「レオンは変わったと思ったが、やっぱりレオンはレオンだな。激情に駆られず冷静で安心した。同じ土俵には立たない。私もそうでありたいと思う。でも死に戻る前よりはレオンは随分黒くなったように思うぞ。いまはそれでちょうど良いくらいだ。いままでのレオンは絵に描いたような優等生だったからな」

セレーネのいまのレオンを肯定してくれる言葉がじんわりとレオンの胸を温める。

指先からもセレーネの温もりが伝わり、まるでセレーネの優しさに包まれたようにレオンは感じた。

「セレーネ、ありがとう。俺は一度死んだのだから、黒くもなれるよ」

レオンは意味ありげに含み笑いをした。

これからの未来を変える秘策がレオンにはあるのだろう。

馬車はセレーネを降りるハンレッド侯爵家まであっという間に着いた。

レオンは馬車の中のカーテンが隙間なくひかれていることを確認すると、指輪を外し、レオンの姿に戻るとセレーネを抱きしめた。

「もう一度、セレーネを抱きたいんだ。だから、どうか大人しくここで待っていてくれるか?」

「一度とは言わず、ずっと私だけを抱いてくれると約束するなら待っている。必ず私の元に帰ってくると約束するならだ。だから、レオン。死ぬな」

レオンはその言葉に大きく頷いた。