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傀儡

死に戻り聖女は兄の願いを叶えたい〜気づいていないけど無償の愛に包まれています〜 — novelba.com · All chapters

傀儡

ヴィクター殿下が軟禁されている天幕近くまで行くと、天幕の外まで聞こえる大声でヴィクター殿下が誰かを罵っている声が漏れ聞こえてきた。

呼びに来た上官はその大声を聞いて、一緒に来ていたノア達の4人の方を見ると、肩をすくめ眉尻をさげた。

「すまないな。「アグネスを呼べ」とずっとあの様子なんだ」

これは少し厄介かも知れないと誰もが思うほど、ヴィクター殿下は荒れていた。

「ヴィクター殿下とは俺が最初に話す」

ノアは無表情でそう言うと、先頭を切って天幕に入った。そのあと少し遅れるように3人も続く。

ノアが天幕に入ってくると、ヴィクター殿下は側に控えていた近衛騎士を罵っているのをぴたりと止め、ノアを見るなりニヤッと嫌な笑顔を見せた。

「なんだ、死んだはずのお前か。死人のくせにだいぶ偉くなったらしいじゃないか。なぁ、ランドルフ殿下」

「——ラス」

野営地到着時に出迎えた遠目では元気そうだったヴィクター殿下は、何年かぶりに間近で見ると病的に顔色も悪く、疲れ切っていた。

ノアはふたりが一緒に王城で暮らしていた幼少の頃のように、ヴィクター殿下を愛称で思わず呼んでしまった。

ヴィクター殿下は大きく目を見開いた後、少し目を細め僅かに口角を上げたが、急に立ち上がるとノアに勢いよく近寄ってきて、ノアの胸ぐらをそのままの勢いで強い力で掴んだ。

「その名で呼ばれたのは久しぶりだよ。随分と懐かしいな。ずっと2番目だった頃を思い出して、胸糞が悪いわ。それでお前は何をしに来た?なにも出来ない無様な俺を笑いに来たのか?」

ヴィクター殿下は掴んでいるノアの胸ぐらをより強く掴み、ノアを睨む。

ノアの身を案じた近衛騎士がふたりの間に割って入ろうとしたが、ノアはそれを手で制止して、動じずに無表情を貫いた。

「そういうつもりはない。ラスは王妃と王族派の傀儡と成り下がった陛下が秘匿であるはずの魔獣を呼ぶ方法を使ったことに気づいたのか、それかなんらかの方法でその事実を知ったのだろう?だからお前は魔獣をなんとかしなければと考えて、タイミングよく現れた聖女の魔法を用いようと、ここに連れて来たんだな」

ノアに核心を突かれたのか、ギリッとヴィクター殿下は歯を噛みしめ、ノアから瞳を反らした。

「——優秀すぎる奴は嫌いだ」と小声で言うと、掴んでいたノアの胸ぐらを思いっきり突き放した。

「俺は何も知らない。俺はただ——」

なにかを言いかけて、ヴィクター殿下は入口付近で突っ立ているアグネスを見つけると薄笑いを浮かべた。

「おや。我が婚約者の聖女アグネス殿。天幕へのお帰りが遅いではないか。俺はな。お前に話があったんだよ。俺の役に立たない女なんて俺はいらない。いまここで婚約破棄をしてやる。言っておくが慰謝料はないぞ」

人を馬鹿にしたような高慢な目つきで腰に両手を当てて、絵に描いたような傲慢ぶりをアグネスに見せつける。

それはまるで喜劇を見ているようで。

「婚約破棄?」

「ああ、そうだ。いままでも他人だったが、より他人になるだけだ。お前が泣き叫んで婚約を戻してくれと頼みこんでも、誰がなんと言おうとも再婚約する気なんて微塵もないから安心しろ。貧弱な身体のお前に興味はない。お前は自由だ」

ヴィクター殿下は美しいぐらいの悪い顔をして、口角を上げた。

「これからは、そこのランドルフ殿下がもう二度と死なないように聖女としての役割を全うして守れ。言っておくが、王妃と王族派の執着を見誤るな」

ふんと鼻を鳴らし、近くにあった簡易の椅子に偉そうに脚を組んで座った。

「承知しました」

アグネスはヴィクター殿下に深々と頭を下げた。

「ラス、ありがとう」

ノアが表情を緩めた。

「何のお礼だ?お前にお礼を言われる筋合いはないぞ。俺はただ聖女アグネスとの婚約を破棄しただけだ」

そう言うと、ヴィクター殿下は記録係にしっかり書いておけよと高圧的に命令した。

「ラス、ひとつ聞いてもいいか?」

「なんだ?」

「もし、ラスがこの討伐に出陣せず、王族派の思惑通りに多くの貴族派の子息がこの討伐で殉職し王族派の有利な状況になったとする。そしてこのままアグネスと結婚することになったらどうしてた?」

ノアの質問に、レオンもセレーネもそしてアグネスも固唾を呑む。

ヴィクター殿下はしばしの間、考えていたがすぐに答えは出たようだった。

「なんだ?その質問。えらく具体的だな。まあ、あれだ。聖女アグネス、悪く思うなよ。間違いなくお前を殺す」

レオンはヒュッと息を呑んだ。

アグネスもセレーネも微動だにしない。

「なぜ殺す?真意は?」

「聖女アグネスと結婚したら、俺の気持ちはどうであれ、この国を魔法の力でより良い方向に導いていってしまう。しかし俺は本当はこんな国、さっさと滅びたらいいと願っている。俺も陛下のように王族派の傀儡になるかと思うと反吐が出る。だからこんな国はぶっ壊すのみ。聖女を殺したら間違いなく王族派と貴族派で内乱になるだろう?その隙に隣国に攻め込ませたら、この国を簡単に終わらせることが出来る」

ヴィクター殿下は嬉々として語った。

天幕にいた誰もが黙ったままだ。

「不敬を承知で発言します。だから違法薬草を輸出していたのですね!時が来たら東の遠方の敵国を利用しようと密輸で繋がっておられたのですね?」

レオンは怒りで震える手を必死に抑える。

自分とアグネスが死に戻る前に結婚式で殺されたのは、ヴィクター殿下の歪んだ思考の果て——

この国が滅びるきっかけにされていたとは。

「馬鹿な親戚や王族派は目先の利益に目が眩んで、違法薬草の話しにすぐに飛びついたよ。あいつらの頭の中は金と権力のことしかないからな」

クックっと面白そうにお腹をよじってヴィクター殿下は声を立てて笑った。

その場にいた全員が言葉を失う中、ヴィクター殿下の高笑いだけが天幕に響く。

そして、夜の終わりが見え始め、夜明けが訪れようとしていた。