親愛なる我が黎明へ 其の二十九
親愛なる我が黎明へ 其の二十九
何故か今日この時間に投稿しなければならない、とそう感じたのです
考える時間は終わった、あとは何が来ようがただ斬り裂くのみ。
そんな中で、ふと浮かび上がる追憶という名の考える時間。本来であれば今すぐ眼前の戦いに集中すべき………だが、それでも京極はその追憶に焦点を当てた。
───あれはそう、祖父が亡くなる少し前だ。
龍宮院富嶽は 死に様 ( ・・・ ) まで凄かった……京極はそう思っている。
オノマトペで表現すれば「ぽっくり」になってしまうが……その前日まで門下生の稽古に付き合い、その全員を制していたのだから。
門下生全抜き、最後の一人であった京極に勝った後に夕飯に好物の角煮を食べ、風呂に入り、布団に入って……そうして、布団に横たわったその姿勢のまま寝返りもせずに亡くなっていた。
成すべきは成した、もはや悔いなしと言わんばかりの死に様に京極は悲しみつつも「現代最強の剣豪は死に様までこんなにカッチリと潔く決めるのか」とほんの少しだけ呆れもしていた。
だがそれでも……いやだからこそ、龍宮院富嶽最後の剣と戦ったのは自分であるという自負と記憶は京極のアイデンティティの真ん中に据えられた大黒柱なのだ。
今この瞬間に思い出されたのは、その日の記憶……否、その後の記憶だ。
「ふむ……以前よりも踏み込みに躊躇いが見られるな」
「………精進します」
「いいや、責めているのではない。踏み出す一歩を勇猛と呼ぶならば蛮勇を諫める躊躇いは理性と言えよう」
その後も、どこを伸ばしどこを直すべきかの指南を受けた京極だったが……その日は、本当に珍しいことにあの祖父が 言いづらそうに ( ・・・・・・・ ) 付け加えた言葉があった。
「京極」
「はいお祖父様」
「一つ、大事なことを教える」
「はいっ」
まさか聞くだけで龍宮院流をマスターできる秘伝などではないだろうが、これまでにない前置きに京極は思わず背筋をピンと伸ばす。曲げていたつもりはないが、それでも普段以上に背筋が真っ直ぐになったように感じる京極を前に富嶽は口を開いた。
「剣の道とは、すなわち己の剣を鍛え相手の剣を見極めることにこそある」
「はい。お祖父様が重視する教えですね」
「 故にこそ ( ・・・・ ) ……京極よ」
「お祖父様……?」
それは偉大な祖父には抱くはずのない印象。
どこか「バツの悪そうな」雰囲気の祖父は、なんと言ったのか。
ああそうだ、思い出した。
「相対したならば……相手の目を見ることを忘れてはならぬ」
「目を……ですか?」
「そうだ。己が相対しているのは己ならざる「人」なのだと……忘れてはならんのだ」
「それは………」
また随分と 当たり前のことを ( ・・・・・・・・ ) 、と呟きそうになった京極であったがまさか祖父に向かってそのようなことを言えるはずもない。
それに……それに、ああそうだと記憶の海から離れる最後の瞬間、京極は祖父の呟きを聞き取っていたことを思い出していた。
果たして独り言だったのか、京極に向けて言っていたのか。
「……当たり前のことほど見落としやすく、そして思い出すまで時間がかかってしまうものだ」
………………
…………
……
「………目」
その一挙一動を、恐るべき刃を見ていた京極は……ふと、ヨゾラの目を見た。
視線が繋がり、京極は改めてヨゾラの顔をまじまじと見つめた。
「…………」
可愛らしい顔立ちであり、表情の違いこそあれどその造形は己が知り合いから契約を奪う形となったイスナや、サンラクが契約しているウィンプと良く似ている……というよりも、同じ顔を改めて見つめる。
ウィンプやイスナよりも大人びて見えるのは……表情が引き締まっているからだろうか?
(…………あれ?)
その気づきを、もしクランのメンバー達に言えば「何を当たり前のことを」「頭蓋骨からカランコロン音がするけどどんぐりでも入ってる?」「豆腐の角に頭ぶつけた?」と心配(広義)されてしまうだろう。
それほどまでに当たり前の……
(お祖父様とは似ても似つかないじゃないか)
身長が違う体重が違う、腕の長さも膂力も……獲物すらも。龍宮院流を達人級に使える? だからなんだというのか。
龍宮院富嶽が斬馬刀など使うわけがない。
(……ああ、そうか。お祖父様……こういうことだったんですね)
京極は、己が祖父の名と影ばかりを見ていたことを自覚した。
ヨゾラの動きを見ていたのではなく、ヨゾラの動きの中にある祖父の動きを見ていた。
真剣勝負の場で よそ見 ( ・・・ ) をする者が、"真剣"などと………
「天誅されてもおかしくないや」
「──」
ヨゾラが何かを口にしようとしたその瞬間には、京極は既に滑るように踏み込んでいた。
スキルによって補強された先手は、先の先より更に先へと踏み込み……
「なにを───」
京極に対する怪訝が、吐息を言葉として三文字溢した頃には既に京極は刃を振り抜かんとしていた。
「っ!!」
その手に握るものが大の大人ですら持ち上げるのに難儀するような……櫂の如き大刀を小刀のような気軽さでヨゾラが跳ね上げる。
だが、完璧な虚を突いた先の先は、残心に至るまでを一手とする。
ヨゾラが斬馬刀を振り上げた頃にはすでに京極の刃はヨゾラの首を中程まで切り裂き、振り抜かれていた。
「ぐ………」
───もう一撃。
想定よりも斬れたが、再生能力のある相手にあの傷が一体どれほど効果的かは疑問である。
だが、破壊属性は確かに蓄積されている……破壊属性は対象の肉質が柔らかいほど蓄積が早い。その分、二回目以降の要求蓄積量も増えていくわけだが。
(次で首を落とす……!)
再び京極とヨゾラの視線が交差する。
瞬間、京極は目指す「次」が遠い……否、 遠くなった ( ・・・・・ ) ことに気づく。
ヨゾラの目は己の首が半分断たれて尚、激情も怯えもないことを言葉よりも雄弁に物語っていた。
京極はその眼差しに覚えがあった。
(幕末の上位ランカーの目だ………)
死にゆく目でも、死を覚悟した目でもない。死んでないのだから死ぬことを考慮するだけ無駄、ここからどう生き延びるのか。ただそれだけを機械的とすら言える冷静さで突き詰めようとしている眼差し。
「…………」
「…………」
視線が交差する。
互いの刃が眼前の敵を斬り捨てるべく緩やかに動き、夜闇の空気を裂いていく……
───勝負は、一太刀で決まった。