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幕間:テニオンの巫女長【前編】

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幕間:テニオンの巫女長【前編】

サトゥー視点ではありません。

※2015/8/1 誤字修正しました。

※2016/4/16 一部加筆修正しました。

「巫女長さま! 大変です!」

もう、困った子ね。40手前で、その落ち着きの無さは、ちょっとどうかと思うの。今度、ちゃんと注意した方がいいのかしら?

「どうしたの、司祭長。神殿では貴方の方が偉いのだから、私に様を付けてはいけませんよ」

「すみません、巫女長さま。いえ、それどころではないのです!」

「落ち着きなさいな。何があったの?」

「パリオン神殿に続いて、ガルレオン神殿の巫女殿までが、何者かに攫われたそうなのです」

まぁ、なんて事かしら。

魔王の季節の最中に、神託の巫女を攫うなんて。

この公都で神託が受けられる巫女は7人。私とセーラ、ウリオン神殿とカリオン神殿の巫女長達、ヘラルオン神殿の巫女見習い、そして攫われた2人。

普段なら1人居れば事足りるのだけれど、先月、公爵様からの依頼で各神殿が行なった神託は、魔王の復活を示唆するものだったの。なのに、その出現場所の絞込み結果が、どの神殿も違う答えが返ってきていたのよ。神託を受ける人間や授ける神によって食い違いがでるのはいつもの事なのだけれど、こんなにも食い違うのは初めて。

私の神託は公都。できうるなら外れてほしいけれど、66年前に魔王の復活した場所を予言した時と同じ感触だったわ。間違いなく、魔王はこの地に蘇る。前の時は、私の傍らには勇者が居てくれたけれど、あの人は私達を置いて元の世界に帰ってしまった。だめね、無いもの 強請 ( ねだ ) りなんて。

セーラに下された神託は、なんと他の大陸。同じ神の神託なのに、受け取り手によって変わってしまうのは、どうしてなのかしら。神の考えを推し量ろうなんて、聖職者のする事ではないわね。

そうだわ、セーラ!

物思いに耽っている場合ではないのよ。

「司祭長、セーラの居場所を確認なさい」

「はい、巫女長様!」

慌てて駆け出す司祭長に、他の者に命じるように諭して止める。もう、貴方が使いっ走りをしてどうするのです。司祭長には、セーラの所在が確認できない場合に、公爵閣下に連絡をするように頼んでおく。この子のことだからオロオロするだけして、倒れそうですからね。

◇

司祭達に、方々を探してもらったけれど、セーラの所在はついに判らなかった。

三人の巫女が攫われた事は公爵閣下にも連絡が行き、今は、配下の騎士や衛兵達が公都中を探しているでしょう。鐘楼から確認してもらったけれど、港の外に見える船の明かりが動いていなかったそうだから、港は封鎖されているみたいね。一安心だわ。

でも、相手には私の探知魔法を防げるような、上級魔法が使える強力な魔法使いがいるか、強大な 秘宝 ( アーティファクト ) を持つ者がいるみたい。以前、司祭達が噂をしていた終末思想に染まった「自由の翼」とかいう集団なのかしら。

セーラ、無事に帰ってきて。

気休めにしかならないと分かっているけれど、首から下げていた 蘇生の秘宝 ( アーティファクト ) を手に取り魔力を注ぐ。

だめね、心を乱していては秘宝に魔力を注ぐのは無理だわ。

けっして魔法道具を扱うのは苦手ではないのだけれど、秘宝に魔力を注ぐのは繊細な魔力の調整が必要になるの。それは塔の上から糸を垂らして地面に置いた針の針穴に通すような、そんな気の遠くなるような精密作業。心を乱すという事は、垂らした糸に風を送るようなもの。決して糸が針穴を通ることは無いのよ。

禁断の精神魔法を使って、心を平静に戻しましょう。

テニオン様、貴方の信徒にご加護を。

◇

薄闇に沈む私室で目を覚ました。

気を失っていたみたい。

この年だと無理は利かないわね。 蘇生の秘宝 ( アーティファクト ) に魔力を注いでいる途中に気絶するなんて。

気絶?

この聖別されている場所で気絶?

ありえないわ。

ここは儀式魔法で聖域に近いほど、神気を満たした場所。私みたいな老人でも若者と同様に――それは言い過ぎね。若者に負けないくらいに動けるけれど、そんな場所で気絶するなんて、もう残された時は短いのかもしれないわ。

もう80歳ですもの。そろそろ、先に逝った友人達の所へ旅立つ頃合なのかしらね。

そんな感傷に浸っていて気が付かなかったけれど、今日は、揺れが無いのね。ここ数日、公都を襲っていた震動が無いのは嬉しいわ。毎日のように「大丈夫か」と尋ねに訪れる貴族達を諭すのは大変だもの。司祭長はお布施が入るから文句は無いみたいなのだけれど。そろそろ諭すのも司祭長に任せたいわね。

◇

本当に耄碌し始めたのかしら。

この聖域に侵入を果たした暗殺者は、幾人もいるけれど、ここまで接近されたのは初めてだわ。危機感知スキルが錆付いたのかしら?

侵入者に殺気が無いのをいぶかしみながら、先手を打って声をかけた。

「あら、今夜の暗殺者は、随分優秀なのね」

物陰から地面を滑るように現れたのは、白い仮面を付けた少年だった。両肩に布に包まれた――あれは人? 誘拐のついでに暗殺なのかしら?

「 能力鑑定 ( ステータス・チェック ) 」で見たけれど、彼の名前は見えなかった。両肩の2人の名前は判ったから、スキルが発動しなかったわけじゃないみたい。両肩の2人は、セーラと同時期に攫われていた、パリオンとガルレオンの巫女の子達だった。

彼のレベルはサガ帝国の勇者並みのレベル70、だけど称号が「聖者」。サガ帝国で召喚された勇者でもないのに、この年で、このレベルだなんて異常としか言えないわ。

それに「聖者」の称号。私のような「聖女」の称号を持つものはそれなりに居るけれど、「聖者」の称号を持つ者は、ここ100年は居なかったはず。何者なのかしら。むしろ勇者の称号を持っていたほうが納得できると思うの。

「はじめまして、ユ・テニオン巫女長殿。私はナナシ」

「ねえ、ナナシさん。お顔は見せてくれないの、そんな仮面じゃ話しづらいわ」

声が震えそうになるのを懸命に堪える。

ねぇ、セーラは?

そう問い詰めたい。

でも、巫女としての直感が告げている。あの子はもう居ない。

「ねえ、ナナシさん。もしかしてウチの巫女のセーラの行方を知らないかしら」

「知っています」

ああ、やっぱり。

あの子は逝ってしまったのね。だめよ、あの子の為に泣いてあげるのは、まだ早いわ。今は巫女長として、彼に尋ねないと。

「セーラの命を奪ったのは、『自由の翼』の人間? それとも――魔王。そうなのね、セーラは魔王の生贄にされたのね」

「そうです」

ああ、涙を堪えられない。

サガ帝国に勇者の派遣を依頼しないといけないのに、悲しみに沈む時ではないのに、涙が止まらない。

「そう、あの子は運命に抗えなかったのね」

ナナシさんが、どこからか出したハンカチで涙を拭いてくれる。変な仮面を付けているのに紳士なのね。

私は、泣きながら、この地に訪れるであろう破局を彼に語ったわ。勇者がこの地に到着するまでの戦力に引き摺り込むために。彼は魔王復活の話を聞いてなお淡々とした受け答えをしていたの。実感が無いのかしら? それとも――もう、退治した後とか?――まさかね。

◇

「ユ・テニオン巫女長殿、あなたは蘇生魔法が使えますか?」

「ええ、使えます」

唐突なナナシさんの質問に答える。

おそらくセーラの遺体の場所まで連れていって、蘇生させようというのだろうけれど、それは無理なの。この 蘇生の秘宝 ( アーティファクト ) には、必要なだけの魔力が充填されていないのよ。

「なんだ、そんな事ですか」

ナナシさんは、私の胸元から 蘇生の秘宝 ( アーティファクト ) を取り上げると、眩しいくらいの勢いで魔力を注ぎ始めたの!

信じられない光景だったわ。

あの精密な魔力充填作業を、あっという間にこなすなんて。普通は、注ぎ始める前の魔力量調整作業で1時間は掛かってしまうものなのに。

でも、やはり人の身。

一人で充填しきれるほどの魔力はないのよ。こうしている間に、蘇生条件の死後30分という枷が蘇生を不可能にするの。

「ちょっと、失礼」

さっきのハンカチと同様に、ナナシさんが取り出したのは、一本の聖剣。それも、部屋が昼間の様に明るくなるような煌々とした聖光。こんなに明るいのに、目を傷つけない優しい光。こんなに力に溢れた聖剣は見た事がないわ。私の勇者様が持っていた聖剣ミスティルテインと比べてさえ、桁違いの力を感じるわ。

でも、何の為に?

彼が私を害するために抜いたとは思えない。いったい何を――

「直ぐに充填するので、無作法をお許しください」

――聖剣から脈動するように、聖なる光がナナシさんに吸い込まれていく。そしてナナシさんが、呼吸するような気負いのない動作で秘宝に魔力を注ぐ。まさか、聖剣の魔力を自分の体を媒介に秘宝に移しているの?

そんな無茶な方法は御伽噺の中にも無いわよ?

その非常識さに呆気に取られている内に、秘宝への魔力充填が終わった。あと数年分とはいっても、たった10分で済ますなんて、開いた口が塞がらないわ。

ここまでしてくれたのだもの、老体に鞭を打ってでもセーラの遺体のある場所まで走りぬいてみせるわ。

そんな決意を嘲笑うように、ナナシさんは、私の目の前にセーラの遺体を召喚してのけた。彼のスキルに召喚魔法は無いのだけれど? スキルなしで召喚したのかしら。勇者の持つような 無限収納 ( インベントリ ) を使ったのかも。

いいえ、彼はセーラの遺体が、死後数秒しか経っていないと言っていたわ。勇者の 無限収納 ( インベントリ ) でも時間は経過する。もしかして固定化? いいえ、あれは生き物や遺体には使えないはず。

まさか、時魔法? 御伽噺にしか出てこない存在しない魔法なのに、ナナシさんなら本当に使ってしまいそうな不思議さがあるの。

目の前に召喚されたセーラの遺体は、傷一つ無い綺麗なものだった。

裸なのに気が付いたナナシさんが、遺体に布を掛けてくれている。

そんな事より、今は集中しないと。

ナナシさんがくれた奇跡をモノにしなくては、女が廃るというものです。

※2013/8/5 巫女の数を間違っていたので修正しました。

※2013/8/11 最後の方のセーラの遺体を召喚した際の巫女長の内面を少し変更しました。

※2015/8/1 神殿名が間違っていたので修正しました。

※2016/4/16 先代勇者の聖剣をジョワユーズ⇒ミスティルテインのように変更しました。