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SS:トレル卿の決断

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SS:トレル卿の決断

※トレル卿は10章幕間で登場したワイバーンに乗ったシガ八剣の人です。

「トレル卿、考え直す気は無いか?」

「ゼフ殿。同期の貴殿を置いて去るのは心苦しいが、愛騎を失った『 飛竜騎士 ( ワイバーン・ライダー ) 』が陛下の役に立てるとは思えん」

トレル卿の固い決意に、ジュレバーグ卿も折れるしかなかった。

「もし、魔王が王都に現れたならば、老骨に鞭を打って馳せ参じよう」

「行く当てはあるのか?」

「公都の東にプタという『魔狩人』の街があるのだが、その南東にワイバーンの卵を採取する隠れ里があるのだ。そこに『 飛竜騎士 ( ワイバーン・ライダー ) 』志願の若者を連れていき次代のシガ八剣を育てるつもりだ」

ジュレバーグ卿はプタの街という名に聞き覚えは無かったが、公都の東南東を漠然とイメージしてトレル卿の言葉に頷いた。

ワイバーンの生息する領地としてはセーリュー伯爵領が有名だが、ワイバーンが巣を作るのは竜の谷との境だ。王祖ヤマトの時代から禁足地として指定されている場所なのでジュレバーグ卿も候補地に挙げなかった。

ジュレバーグ卿も数年前から次代のシガ八剣に育てるべく、幾人かの見込みのある若者に自費で購った高価な魔法剣を与えて教育していた。

「トレル卿、餞別だ」

「これは魔法の武器ですかな?」

「うむ、陛下から賜った物だが、華奢な見た目とは裏腹に神授の聖剣並みに素晴らしい魔力伝達性能を誇る名槍だ」

トレル卿は部屋の隅の武器棚に無造作に並べられた似た拵えの魔法の武器の中から、一際長い馬上槍を手に取る。

魔力を流し、魔刃を生む。

「なんと、軽い」

普段なら血管が切れそうなほど力む必要のあるその操作が、ほんの僅かに力むだけで成せる事にトレル卿が感嘆の声を漏らした。

自分と同じ感想を抱いたトレル卿を見て、ジュレバーグ卿も首肯する。

「気に入ったのを持っていけ。弟子にする者に与える分も持っていって構わぬ」

「いいのか? これほどの剣や槍を」

「構わん。いずれシガ王国を守る者の為の投資だ」

シガ王国でも普通に横領になるのだが、聖騎士団の主計長が貸し出し扱いで帳簿や報告書を調整して処理した為に問題が表面化する事はなかった。

◇

「旦那、あの山への道なんてないよ?」

隻腕の少年が困惑しつつ答える。

「では飛空艇を持つ貴族か飛行型の魔物を使役する魔獣使いはおらぬか?」

「公爵様とか公爵様の軍隊の人くらいじゃないかねぇ」

少年の横にいた 薹 ( とう ) の立った女魔狩人が、世間知らずなトレル卿の問いに適当に答えを返した。

こんな田舎の魔狩人しかいないような小さな街に、空を飛ぶ移動手段などがあるわけがない。

なんとも言えない空気が漂い始めた田舎町に、緊張が走った。

――それは、黒い影。

「尋常ならざる者と見た。何者だ。名を名乗られよ」

凍り付いて動けないほかの者達に代わってトレル卿が 誰何 ( すいか ) する。

だが、黒い怪人は、それを鼻で嗤った。

「只人風情が偉そうなのである。我が望むのはトマトのみ。 塵芥 ( ちりあくた ) に名乗る名は無いのである」

「なんだと……」

トレル卿が腰の剣を抜く。

その刃に赤い光を帯びている。

彼に付き従う三人の従士達も主人への無礼に抜刀した。

「ふん、少しはやるようだが、剣を抜いた以上、斬られる覚悟はあるのだな?」

「シガ王国の禄を 食 ( は ) む者として、貴様のような怪しい輩を放置できぬ。命は取らぬゆえ安心して掛かってくるがいい」

一触即発の二人の武人の前に飛び出したのは、さきほどの隻腕の少年だ。

「ちょ、ちょっと待ってよ、黒い旦那。旦那はトマトが必要なんだろ? 俺が知ってるから案内してやるよ」

少年の言葉を聞いて、怪人は腰に差した細身の剣から手を離す。

「 真 ( まこと ) であるか?」

「うん、トマトって赤実の事だろ?」

もともと、赤実と呼ばれていたトマトはあまり好まれない代用野菜だったのだが、「トマトの貴族」様が公都で広めてくれたのか急に需要や取引値が上がり、寒村だけでなくプタの街の空き地でも栽培されるようになった。

水草の様に縮れた髪をした怪人は少年の説明に、オオカミのような牙を見せながら笑みを浮かべる。

「それこそ我の求めるモノだ。老い先短い老人を斬るのは本意ではない。トマトが手に入るならば貴様の意図に乗ってやろう」

「まて、勝負の最中――」

「控えよ、下郎」

怪人の目が赤く光ると、トレル卿とそのお供の従士達が石になったように動きを止める。

トレル卿の脳裏に壮年の頃に死闘を演じた吸血鬼との戦いが過ぎる。

その時も彼は今のように動きを止められた。だが、吸血鬼ならば昼日中から出歩けるはずが無い。

御伽噺に出てくるような上位の吸血鬼や吸血鬼の祖となる者でもなければ、シガ八剣たる彼を一瞬で呪縛できようはずもない。

――ならば、怪人の正体とは。

「何をしている、案内せよ」

「うん、任せて。どんなトマトがいるの? 熟した柔らかいやつ? それとも少し緑色をした固いの? 白タレや赤タレが必要なら門前宿の親父に頼めば譲ってくれるよ」

「ほう、赤タレとはケチャップの事か? そちらは後で良い。まずはトマトの苗が必要だ」

和気藹々と会話しながら二人が門前から去る。

トレル卿たちが再び動けるようになったのは、街中のトマト畑を案内し終わった隻腕の少年が帰ってきた後だ。

「少年よ。さきほどの黒装束はどうした?」

「え? あの旦那なら、トマトを沢山買い付けたあと空を飛んで公都の方に行っちゃったよ。魔法ってすごいんだね」

少年の言葉にトレル卿は眩暈を覚える。

あれだけの力を秘めた怪人の目的が、ただの野菜だった事が信じられないようだ。

「おや? コン、その剣はどうしたんだい?」

「え? これ? 黒い旦那に貰ったんだよ。いいだろ?」

それは体の小さい少年にも振れるような軽い片刃の剣だった。

「少年、その剣を」

「え~」

「取り上げたりはせぬ」

「ならいいよ」

トレル卿が受け取った剣に魔力を通す。

途端に刃から紫電が溢れる。

「うわっ、何なに?」

「危ないね!」

結果を予想していたトレル卿以外はその光景に慌てふためく。

「これは魔剣だ。それも迷宮の奥深く『階層の主』や『部屋の主』を倒さない限り手に入らないような真の魔剣だ」

「へ~、すごいや」

価値の判っていない少年が己の剣を手に無邪気に笑う。

「少年、お前にこの剣の使い方を教えてやろう」

「やったー、約束だよ」

トレル卿は山脈に向かう為の足を調達するために、従士達を公都に使いに出し、それを待つ間、少年に剣の使い方を教えて無聊を慰める事にしたようだ。

期せずして魔剣と元シガ八剣の教師を得た少年は、従士たちが戻るまでの間、動けなくなるまで猛特訓に勤しむ事となった。

従士達が山を行くための「跳ね蜥蜴」を調達して戻り、トレル卿は彼らと山脈へと旅立っていった。

「それで、元八剣の騎士様が教えてくれた魔刃は使えるようになったのかい?」

「使えるわけないじゃん。もし使えたら俺だって騎士様になれるよ。精々、時間を掛けて魔力を流し込んで、こんな感じの事ができるくらいさ。しかも3回もやったら疲れて動けなくなるから、ゴブリン相手じゃ使い道は無いかもね」

隻腕の少年は、パチパチと小さく音を立てる魔剣を片手に、いつまでもトレル卿一行を見送り続けた。

※コン少年はワイバーンの棲む山に黒竜ヘイロンが出るのを知りません。

【登場人物】

隻腕の少年:魔狩人のコン。

年増の女性:ケナ。コンの所属する魔狩人達のリーダー。

謎の男  :真祖バン。肌や髪の色は魔法で偽装しています。陽光に負けない吸血鬼。

トレル卿 :元シガ八剣の第4位。下級竜に挑んで敗れた人。