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3-幕間:ゼナ

デスマーチからはじまる異世界狂想曲( Web版 ) — ncode.syosetu.com · All chapters

3-幕間:ゼナ

主人公視点ではありません。

ちょっとポエミーなので苦手な人はスルーしましょう。

※8/16 誤字修正しました。

発動した魔法が体を包む。

いつもの馴染んだ感覚なのに今はそれがもどかしい。

効果を確認する様に一歩を踏み出す。

大丈夫、ちゃんと効いてる。

私は風と一緒に。

駆け出した。

◇

その人に会ったのは昨日の事だ。もっと前だと思えるのにまだ丸1日も過ぎていない。

上級魔族の衝撃波を魔法で受け流したつもりだったのに私の体はボロボロだった。手足は熱を持ってズキズキするし、人形になってしまったかのように動かない。

わずかに動く首を巡らせる。

幸運にも地面に叩きつけられる前に、どこかの街路樹の枝に引っかかっていたようだ。

……幸運? 本当にそうだろうか?

あの強すぎる魔族を倒して領軍の誰かが私を見つける前に私の命の火は消えてしまうだろう。

今も少しずつ血が流れ落ちていく。

気を失っていた私は誰かの足音で意識を取り戻した。なけなしの気力を振り絞って視線を動かす。

その誰かは目が痛くなるような派手なローブを着ている。

生死を彷徨っている自分からすれば場違いなほど日常を感じさせる。

私も 日常 ( そっち ) に帰るんだ!

派手なローブに気が抜けるような気分になりながらも、私は彼が行ってしまう前に声を掛けた。その声はどこか暢気な響きになっていたような気がする。

◇

駆ける。

人を避け、荷車を避け、私は駆ける。

一歩でも前へ。

一瞬でも早く。

私は駆ける。

◇

私は気を失っていたのだろうか、声を掛けた直後に彼は私の横に立っていた。

あの派手なローブを着るとはとても思えないような落ち着いた感じの少年だった。

けっして美男子とは言えないが好感の持てる雰囲気をしている。

彼は私の怪我の具合を確かめると壊れ物を扱うよりも優しく、そう、とても優しく私を抱え上げてくれた。

真新しそうな彼のローブが私の血と土埃で汚れる。

でも彼はそんな事を気にも留めていない様子だ。

華奢な外見なのに意外に力があるようで私を抱え上げるときもふら付いたりしない。

彼はどうやって私を木の下まで連れていくのだろう?

魔法だろうか?

予想に反して、彼は魔法も使わず枝から飛んだ。

◇

路地を駆ける。

曲がり角を勢いを殺さないように壁を蹴って曲がる。

驚く人を踊るように避けていく。

スカートが翻るのを気にする余裕も無く。

私は全力で駆ける。

◇

私はやがて来るであろう衝撃を耐えるためにきつく目を閉じる。

耳元で悲鳴を上げる誰かを忌々しく思ったが、それは自分の声だった。

だが、いつまで経っても衝撃はやってこなかった。

恐る恐る目を開けると心配そうな彼が、優しく声をかけてきてくれる。

彼は下ではなく枝に隣接していた屋根に飛び上ったようだ。

なんて身軽なんだろう!

これからは彼の事を身軽さんと呼ぼう。

彼は私を抱きかかえたまま幾つかの屋根を渡り、下に降りられる場所を探している。

何度か飛び跳ねたが、彼は羽根の様に柔らかく重さを感じさせない跳躍をする。まるで羽が生えているかのようだ。

空を飛べたらこんな気持ちになるんだろうか?

◇

息が切れてきた。

でも今は止まれない。

私を信用して応援を呼びに行かせてくれた彼を死なせないためにも。

今は体の悲鳴を無視する。

後で幾らでも休ませてあげるから。

今は一歩でも早く。

◇

狭い家屋の中を抜けるときも私の骨折した手足が家具に触れないように細心の注意を払ってくれていた。

こんな丁寧な扱いを受けるとお姫様にでもなった気になってくる。

さっきまで死を覚悟していたのに現金なものだ。

家具を避ける度に彼の体に密着する感触を楽しんでしまう。

訓練で男の同僚と組み手をするが、彼らとは違い獣のような体臭も無い。それどころかほのかに上品な香りまでする。

髪の毛もサラサラだ。ちょっと触ってみたいな……。

広場では戦いが終わっていた。どうやら勝てたようだ。

私は彼に連れられて治療を受ける。

彼は治療の終わった私を救護所に預けると、他の人の救助に向かった。

離れていくときに一度だけ振り向いて手を振ってくれた。

私に向けたものかは分からなかったけど、ちょっと嬉しい気持ちになった。

◇

もう少しで中央通りに出る。

子供が脇道から飛び出してきた。

このままでは避けられない。私は子供の向こうに飛び込むように空中を前転する。

スカートのままではしたないが今は構ってられない。

子供の無事は近くの大人に任せ。

最後の無理を足に科す。

◇

その日の晩、リリオ達に身軽さんの話をすると「ゼナにも春が来たのか~」とか冷やかされた。

恋だと言われてもよく分からない。

彼の事を思い出すと何だか走り込みをしたくなってくる。

これが恋なのだとしたら恋多きリリオの足が速い理由もよく分かる。

次の日、スカートで出かけたのはなんとなくだ。特に理由があったわけではない。

神殿に治療に行く前に、彼が昨日片付けを手伝っていた本屋に寄ったのも逢えるかな? と考えたわけでは……ちょっとだけ考えたのは秘密だ。

本屋から出てきた彼に会ったときはちょっと運命を感じた。

大げさだろうか?

リリオなら、きっと「お子様は運命とか好きだよね~」とからかうに違いない。

彼は私の野暮ったい一張羅を「可憐」と言ってくれた。

今日帰ったら忘れずに日記に書こう!

◇

転がるように中央通りに飛び出た。

通りを走る辻馬車がスレスレを通り過ぎる。

罵声を上げる御者に詫びるのは後だ。

息を整えるのももどかしく、私は風魔法の「 囁きの風 ( ウィスパー・ウィンド ) 」を唱える。

内壁の門番に繋がったはずだ。

「こちら魔法兵のゼナです! 東街、外壁沿いの東13番広場にムラサキです」

「魔法か? こちら衛士隊のモンドだ。ムラサキだと間違いないのか?」

ムラサキは魔族を指す領軍の隠語だ。

まさか昼日中から魔族が出たと叫ぶわけにもいかない。

「間違いありません目視で確認しました。大至急、応援を派遣してください。私は市民の避難誘導の為に現場に戻ります」

「ま、待て単独で」

モンドさんの声を最後まで聞かずサトゥーさん達のいる広場に引き返す。

半ばまで戻ったあたりで広場の方から怒号と建物が壊れる音がする。

最悪の想像が心臓を締め付ける。

大丈夫だ! そう心に言い聞かせる。

ガルレオン神殿のネビネン様がいる、あの人はセーリュー市でも一番の神聖魔法の使い手だ。あの人なら上級魔族を倒せなくても、時間を稼いでくれるはず。

効果の切れた 風早足 ( ウィンド・ウォーク ) を掛け直す。

震える足を踏みしめ。

もう一度駆け出す。

あの人の下へ。

◇

花をプレゼントしてもらった。

小さな冬蜜花のやさしい香りがする。

花言葉を彼は知っているのだろうか?

リリオ達が教えてくれた店を見て回る。彼はさして珍しくないものでも大げさなくらい驚いてくれる。

それがちょっと楽しい。

リリオが教えてくれた取っておきは不発だったのが残念だったけど、いつの間にか手を繋いで歩いていた。

いつもは内心文句をつけていた人ごみも今日だけは感謝したい。

これはひょっとしてデートと言うのだろうか?

花言葉は「芽吹き始めた恋心」、彼が知っていてこの花をくれたんだったらいいのに。

◇

予想より早く広場に着く。

それを不思議に思うヒマも無かった。

だって、そこには只の更地が広がっていたのだから……。

絶望に、地面に崩れ落ちる。

更地の中央には禍々しい雰囲気の棘の生えた黒い岩がある。その黒岩の方向から声がする。

私は酷使しすぎて言う事を聞かない足を引きずりながらそこに行く。

よく聞き取れなかったが確かに「迷宮」と言っていた。

魔族と迷宮のつながりが分からなかったが、迷宮というならサトゥーさん達も中にいるのかもしれない。

私は一人ででも中に飛び込んでいくつもりだった。

でも、黒岩の中に入る前に止められてしまった。馬に乗った中隊長達だった。魔法で連絡したときに丁度内門の所に居たらしい。

私は中隊長に臨時の連絡係を任命され、広場の確保や陣地設営の補佐に従事した。

中隊長の側にいたので情報が色々入ってくる。広場とその周辺の家は溶けるように地面に吸い込まれたらしい。周囲の人も一緒にだ。

身軽なサトゥーさんの事だ安全な所に避難していてくれるはずだ。今はそう信じよう。

陣地設営後に来た執政官様が珍しく興奮しながら 迷宮核 ( ダンジョン・コア ) がどうとか言っていたが、私にはよく分からなかった。

◇

私たちが迷宮に突入する許可がでたのは丸一日以上も経ってからだった。

もちろん私は第一陣に志願した。

迷宮に入ってすぐに駆け出したかったがリリオが腕を放してくれなかった。それでも先頭を譲るつもりは無い。

まずは入ってすぐの所にあった最初の広間を確保した。

ここから次の部屋を確保する度に本隊を前進させていく予定だ。慎重すぎるくらい慎重だが、迷宮に進軍するときの鉄則なのだそうだ。

焦燥感にせっつかれながらもゆっくりと曲がりくねった通路を進む。

前から足音が聞こえる。

慎重に鏡を使って角の向こうを確認する。

うそっ! サトゥーさんだ!

信じられない幸運に幻覚を見ているのかと躊躇してしまう。

躊躇なんてしなければ良かった。

角を曲がった私が見たのは壁から現れた魔獣にサトゥーさんが襲われている姿だった。

わたしは腕を掴まえていたリリオを振り払う。

まるで魔法が効いている時のように跳ねるように駆け出す。

通路の曲がり角の壁に着地する。

魔獣がサトゥーさんに噛み付く。

大丈夫だ。

サトゥーさんは避けた。

頭が真っ白になりかけるが、そんな時じゃない。

気槌 ( エア・ハンマー ) で魔獣を吹き飛ばす。倒す威力は無いが、まずサトゥーさんから引き離さなきゃ!

サトゥーさんまで吹き飛ばしてしまったが魔獣からは引き離せた。

魔獣とサトゥーさんの間に割り込むより早く、ネビネン様が倒してしまった。さすがだ。

わたしはと言うとサトゥーさんの顔を見て安心してしまったのか泣きながら抱きついて離れなかったそうだ。

他人事みたいなのは後からリリオにそう冷やかされたから。

迷宮なんて危険な場所から脱出してきたばかりなのに、サトゥーさんはいつものサトゥーさんだった。

でも心配させまいと無理をしているのかもしれない。

明日の午前は非番なので何か美味しい物でも手土産にお見舞いに行こうと思う。

リリオにはきっと冷やかされるだろうけど。

たまにはそんな 日常 ( ひ ) もいいかもしれない。

ちょっと2-1の話と食い違いそうな箇所もありますが、ゼナの主観と言う事でひとつ大目に見てください。

通勤中にポチポチ書いていたので誤字が多いかもしれません。

香りの正体は服飾店で買ったばかりの新しいローブにはじめから炊き込まれていたものです。

ネビネン=美中年神官です。