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14-29.水桃の王国(2)

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14-29.水桃の王国(2)

※今回はサトゥー視点ではありません。

※2016/1/28 誤字修正しました。

◆ルモォーク王城離宮◆

「――殿下、 鼬 ( イタチ ) 共はなんと?」

「影城を再び浮かべてみせるので、中に入れろと言ってきた」

ルモォーク王国の第二王子は部屋に入ってきた自派閥の大臣に気怠げに答えた。

彼の後ろに追従していた文官が、大臣の指示を受けて扉の外の衛兵を立ち退かせて扉を閉める。

「影城を? 可能なのでしょうか?」

「不可能に決まっている」

第二王子の脳裏に不可能な理由が次々と浮かぶ。

「大祭以外で持ち出しが禁じられている『宝鍵の首飾り』を身に帯びた幼い王女にしか結界の門を開けぬ上に、あの勇者王ヤマトさえ追い返すような番兵が守っているのだぞ?」

第二王子の脳裏に伝説が過ぎる。

大陸に覇を唱えていた古のフルー帝国を滅ぼした大魔王、その大魔王さえ倒した勇者王ヤマトは彼にとって「最強」の象徴。

その「最強」が勝てなかったほどの相手を、彼は想像できない。

「それにしても惜しいですな。神の番兵がおらねば影城に眠る神代の宝を、殿下が手にする事もできましょうに……」

「私に墓荒らしをしろと?」

「いえいえ、ご先祖の宝を少しばかり相続していただくだけにございます」

大臣の言葉に、第二王子の心が揺らぐ。

そこにつけ込むように大臣の後ろにいた文官が囁いた。

「先般から 鼬 ( イタチ ) の手の者が犯罪ギルドと接触していたのは、今回の件に関してではないでしょうか?」

「――奴らに唆された犯罪者共が影姫役のルミアを攫うと言うのか?」

「誠に恐れながら……」

第二王子の懸念に大臣が首肯する。

「まさか――先日、陛下と謁見していたサガ帝国のB級冒険者達も、奴らが呼びつけたのか?」

「可能性はございます。斥候風の冒険者が客の出入りしない城の深部に迷い込んでいたとの報告も」

有象無象のゴロツキが幾らいても影城への潜入は難しいだろうが、そこに迷宮の第一線で活躍する上級冒険者が一緒となると成功率が違ってくる。

「子飼いの騎士を祭場の近くに待機させよ」

大臣に命じつつ、第二王子も立ち上がる。

「私も出る。妹を助け出すのは兄の役目だからな」

彼の心の中では、犯罪ギルドや冒険者達から妹を救い出し、影城の宝物を掌中に収め、不遜な鼬人の商会を没収する図が浮かんでいた。

捕らぬ狸の皮算用を突っ込む者はこの場にはいない。

◆ルモォーク第六王女リミア◆

「今日のルミアは大人しいな」

明るい笑顔の兄様の言葉に私の心はちくちくと痛む。

兄様は祭りの影姫役をルミア姉様と私が入れ替わっているのに、まったく気がついていないようだ。

兄にとって、桃色の髪を持たない私は妹として認められていないのかもしれない。

「疲れているなら、挨拶に来る民草の対応は俺が引き受けてやる。ルミアは果実水でも飲んで適当に笑顔でいればいい」

「ありがとう、ございます。兄様」

私は精一杯の笑顔で兄の厚意に答えた。

――やがて日が傾き、祭場の周りに篝火が焚かれる。

「ほう、美味いワインだな……」

「先ほどの代表が樽で持って参りました」

「高価なワインを樽で寄越すとは裕福な商人もいたものだ」

兄様が上機嫌でワインを傾ける。

私は飲んだ事がないけど、この国のワインは渋くてマズイらしいから、きっと隣国から輸入された物に違いない。

「ルミア様にはこちらの葡萄水を」

「ありがとう」

見かけないメイドに薦められて、透き通るように赤い液体に口を付ける。

――甘い。

前に上の兄様の成人式の時に振る舞われた砂糖水のような上品な甘さ。

私は先ほどまでの憂鬱な気分を忘れて、甘い葡萄水をこくこくと飲み干す。

くらりと視界が揺れる。

よろめいて手を突き、考えの纏まらない頭を巡らせて周囲を見る。

――みんな寝てる?

「肝心のお姫さんが起きてるじゃねぇか」

「けっ、イタチ野郎め、不良品を掴ませやがって」

「おい! 文句は後だ。さっさとずらかるぞ」

聞き慣れない荒々しい言葉遣いに、私は青い顔で震える事しかできない。

腕を掴まれたと思った一瞬後には、変な臭いのする袋の中に詰め込まれ、荷物のように抱え上げられていた。

「い、嫌っ、は、離し――」

弱々しい私の訴えなど誰にも届かず、乱雑に運ばれる内に気を失ってしまった。

◆犯罪ギルド◆

「お頭! 後ろから騎兵が追ってきます」

「なんだとっ?!」

犯罪ギルドの頭が馬上で後ろを振り返ると、 鱗鎧 ( スケイルメイル ) を装備した騎兵の姿があった。

重武装で重い騎手を乗せているにもかかわらず、騎馬の速度は向こうの方が速い。

「全部で10騎か……数は少ねぇが追いかけてくるのが早すぎる」

彼らが王女を攫う前から待機していたとしか思えない手際だ。

この国の無能な騎士ではありえない。

「ちっ、イタチ野郎に嵌められたか?」

「お頭、あれは第二王子の手勢だ」

「あの策士気取りの猪武者の第二王子にしてはやるじゃねぇか。おい、シガ王国の探索者崩れから巻き上げた煙玉を使え。あの櫓を抜けるのに合わせろ!」

「へいっ」

祭りの為に作られた櫓の傍を通り過ぎるときに、頭目が剣で櫓の綱をブチブチと切断する。

少し遅れて追いかける手下達が、白い包みを地面に投げると爆発的な勢いで煙が周囲に広がった。

背後で巻き起こる阿鼻叫喚に構わず、男達は王都を駆け抜け、開いたままの王都の門をくぐり抜けた。

正門を潜るときに、祭り飾りを幾つか倒壊させ、部下に放火まで指示する。

「お頭、いいんですかい? ここまでやっちまって」

「構わねぇよ。墜落城の宝を手に入れたら、とっとと隣の国に逃げちまえばいいのさ」

幹部の懸念を頭目が笑い飛ばす。

都市間や国家間の行き来の少ないこの東方諸国では、国の境を越えてしまえば追っ手が掛からない事の方が多い。

もっとも、今回のように王族の誘拐や国宝の強奪の場合は例外となるだろう。

その事に気がついているのは頭目と幹部を含む数人だけのようだ。

「宝が手に入らなかったら?」

馬に鞭を入れながら、気弱そうな幹部が頭目に尋ねる。

「構わねぇさ。さっき祭場で王子や王女から盗んだ装飾品だけでも、けっこうな値が付く。この王女が持っていた『 宝鍵 ( ほうけん ) の首飾り』を守護なり隣国の王に売れば爵位だって買えそうだぜ」

「さすがお頭、冴えてるっす!」

浮かない顔の幹部と違い、手下達は口々に頭目を褒め称える。

追跡する騎兵達を撒いた男達は、悠々と影城のある森へと馬を走らせた。

◆ルモォーク第五王女ルミア◆

「リミアぁあああああ!」

飛び出そうとする私を乳母のファルサが抱き留める。

目の前で妹のリミアが覆面の悪い人達に攫われてしまった。

「離して」

「お 姫 ( ひい ) さま、いけません」

ファルサが護衛の兵士に周辺の安全を確認させて、安全を確認した上で護衛の兵士に詰め所まで衛兵を呼びに行かせた。

そこに騎馬の一団が姿を見せる。

たぶん、この国の騎士達だ。

「お前達は賊を追え! 賊は影城の森に向かったに違いない」

「「「応!」」」

騎馬は数名を残し、リミアを攫った賊を追いかけていってしまう。

「あ、あれは第二王子殿下の紋章?」

ファルサの言葉に視線を戻すと、確かに上の兄様の凜々しい横顔があった。

「兄様!」

「――っ、ルミア? どうしてお前がここに?」

「大変なの! リミアが悪い人に攫われたの」

「そういう事か……」

兄様のお顔が怖い。

きっとリミアを攫った悪い人達に怒っているのだろう。

「お前は城に戻っていなさい――おい、お前達は城の衛兵を呼びに行け。私は弟を侍医の所に連れていく」

下の兄様を抱えた上の兄様が、城仕えの侍医の所へと馬を走らせた。

他の騎兵の人達も、人を呼びに走っていってしまう。

「おや? こりゃ何があったんだい?」

それを目で追っていた私は、後ろから突然掛けられた声に身を震わせて振り向いた。

そこにいたのは燃えるような赤毛の女の人と斥候風の細身の男の人、そして普通の大人の倍くらいある巨漢の剣士――前にお城に謁見に来ていたサガ帝国の冒険者の人達だ。

「――ん? お姫ちゃんかい? どうした、泣きそうな顔じゃないか?」

覗き込んでくる女冒険者さんに、私は堰を切ったように事情を話して助けを請うた。

「いいさ、妹姫を助けたいっていうお姫ちゃんの心意気に負けた。このB級冒険者カイゼマイン様が一肌脱ごうじゃないか!」

心強いはずなのに、なぜか猫の前に置かれた鼠のような気分になりながら、私は女冒険者さんと一緒にリミアを助けに王都を出発した。

「お 姫 ( ひい ) 様、リミア様の救助なら第二王子殿下にお任せいたしましょう」

「どうする、お姫ちゃん」

「行きます。連れていってください」

「よし! 大船に乗ったつもりで任せな!」

乳母は最後まで反対していたけど、私の我が儘で身代わりになったリミアを自分の手で救いたかったのだ。

てっきり馬で追いかけるかと思っていたのに、私達が向かったのは王都からほど近い農村だった。

一軒の納屋から出てきたのは、三体のゴーレム。

「これがあたし達『不知火戦鬼』の足さ」

玩具を見せびらかす兄様のような笑顔で、女冒険者さんがゴーレムを指し示す。

「……鼬人の使う有人ゴーレム」

「そうさ、乳母殿は物知りのようだね」

青い顔で震えるファルサが、ニヤリと笑みを浮かべた女冒険者さんを見て卒倒する。

「あらら? 気絶した人間を連れていくわけにもいかないね。村の人間に介抱させな」

「威圧しておいて、よく言うぜ」

「何か言ったかい?」

「い、いやなんでもないさ、姐さん」

「なら、言われた事をさっさとやりな」

「へい、姐さん」

女冒険者さんの指示で細身の冒険者さんが村の中へ走っていく。

それにしても……イアツってなんの事なのでしょう?

「イゼの姐さん。起動完了しました」

「よし、あたしはお姫ちゃんと先行するよ。アイツが戻ったら一緒に追ってきな」

私は女冒険者さんの小脇に抱えられ、周囲の民家よりも背が高いゴーレムの上に連れていかれる。

お城のバルコニーよりは低いけど、揺れる操縦席は寒くて怖い。

「走らせるよ? 落ちないようにしっかり掴まっていな」

陽気に告げる女冒険者さんに答える事もできず、私は必死に彼女の腰帯にしがみついていた。

待っていて、リミア。

必ず助け出してみせるから!

◆イタチ人族◆

「では商会は任せる」

「はい、会頭」

灰鼠人の番頭に言いつけ、私は馬車に乗り込む。

連れていくのは金庫代わりの「 宝物庫 ( アイテムボックス ) 」スキル持ちの女奴隷だけ。

資金や高価な貴重品さえ運び出せば、王国側に商会を接収されても被害は少ない。

「上手い具合にカイゼマイン殿も影城へ向かったようだ。影城にある神代の 秘宝 ( アーティファクト ) が手に入れば最上だが、探査ぷろーぶが一つでも情報を持ち帰ってくれたら、それだけで皇帝陛下への覚えがめでたくなるというものだ。貧乏国の支店の一つや二つ失っても惜しくない」

独り言を呟き、夜空を見上げる彼の瞳に黒い影が過ぎる。

風圧に馬車が揺れ、奴隷娘が悲鳴を漏らす。

馬車から降りた商人を迎えたのは、4体の魔物。

その背には隷属の首輪を付けたトカゲ人族や獅子人族の戦士達の姿があった。

奴隷達が乗っていたのは我らが鼬帝国でも、豪商しか持ち得ない 調教 ( テイム ) 済みのワイバーンだ。

「会頭、迎えに来ました」

「ご苦労。私達の乗る一頭以外は、影森に向かえ」

探査ぷろーぶ回収用の魔法道具を受け取った「 飛竜騎兵 ( ワイバーン・ライダー ) 」達が飛び立つ。

「会頭、ルモォークの兵がこちらに向かっているようです」

「では、我らも行こう」

「行き先は帝都でよろしいですか?」

ワイバーンの背に乗った私に、兎人の騎手が問う。

「いや、帝都に帰る前に、スィルガ王国に寄る」

「承知しました」

街道に足跡を刻みながら滑走したワイバーンが飛び立つ。

「下級竜の牙、などと贅沢はいわんから、爪かトゲ――最低でも鱗くらいは手に入れたい」

背にしがみつく奴隷の体温に体を委ねながら、私は一人呟いた。

◆影城の森にて◆

「くそう、どうして門が開かねぇんだ」

必要な条件は満たしているはずだと、頭目が幼い王女の髪を掴み上げる。

短い悲鳴を上げた王女からピンク色のカツラが脱げ、松明の明かりの中に金色の髪が露わになった。

「――偽物だと?」

頭目が凶相を赤黒く染めて幼い王女を睨み付ける。

「ニセモノ、じゃ、ないもん」

「王族の髪の色じゃなきゃ、意味がねぇんだよ! このニセモノがっ」

震える声で抗う王女に、頭目がなおも暴言を叩き付ける。

「しかたねぇ、鍵だけでも金になる。ずらかるぞ」

頭目の曲刀が松明の光を浴びて妖しく光る。

悲鳴を上げることもできずに後ずさる王女に、曲刀が無造作に振り下ろされた。

誰もが飛び散る血しぶきを予想したが、次の瞬間に耳に届いたのは刃が木にめり込む乾いた音だけだった。

王女がいたはずの場所にはドレスを巻き付けた一本の丸太――。

「空蝉の術~?」

「――誰だ!」

どこからか聞こえてきた声に、頭目が誰何の声を上げる。

一陣の風と共に仮面の少年が姿を現す。

その傍らには幼い王女を抱えた桃色マントの小さな黄金鎧が佇んでいた。

「やあ、はじめまして。短い付き合いになると思うけど、よろしくね」

緊張の欠片もない少年の言葉に、犯罪ギルドの面々は背筋に氷柱を差し込まれたような悪寒に身を震わせた。

※次回は 1/31(日) の予定です。

※活動報告にSSを掲載してあるので良かったらご覧下さい。