15-34.黄金騎士団出陣(2)、セーリュー市の少年騎士
15-34.黄金騎士団出陣(2)、セーリュー市の少年騎士
※2016/12/11 誤字修正しました。
※今回はサトゥー視点ではありません。
※作中に差別的な表現や残酷な表現があります。苦手な方はご注意ください。
「どうしたのユニ?」
「マーサさん、セーリュー市は大丈夫なんでしょうか?」
「神官様も悪い事をしたのはイタチ人族だって言ってたでしょ? 私達は関係ないじゃん」
セーリュー市の門前宿で、小間使いの幼女と宿の娘がそんな会話を交わしていた。
神の託宣が届いた直後は神殿に救いを求めに集まった人達も、今ではいつもの生活に戻っていた。
少なくとも表面上は――。
◇
「亜人はセーリュー市を出ていけ!」
「あっち行けよ!」
都市内にいくつかある空き地の一つで、良識ある人なら眉を 顰 ( ひそ ) めるような蛮行が行われていた。
身なりの良い服装をした悪童達が、獣人の子供達に石つぶてを投げつける。
その多くは明後日の方向に飛んでいっていたが、年嵩の子達が投げる石のいくつかは狙い通りの場所に命中した。
「や、やめぇれ、くらさい」
「ごぇんあさい、やぇれ」
「おねぁい、れす」
素早い犬人も身軽な猫人も聡いイタチ人も、自分たちの主人による「その場を動くな」という命令に逆らえず、ただ慈悲を請うことしかできない。
まともなニンゲンが見たら吐き気を催すような醜悪な図だが、この場にいる人族達には楽しい娯楽に映るようだ。
もちろん、セーリュー市の人族全てがこれを娯楽と解釈するわけではない。
「何をしているのです! おやめなさい!」
路肩に止まった一台の馬車から、美しい少女が姿を現した。
細く長い金髪に、強い意志と高貴な静謐さを湛えた青い瞳が、公園で醜悪な宴を繰り広げる者達を睨め付ける。
「そこの貴女は官吏ですね? セーリュー伯爵が獣人達を無意味に虐待するなと通達したはずです」
獣人の奴隷達はペンドラゴン子爵という有力者との交換材料にできるため、伯爵は市内の獣人奴隷所有者達に虐待禁止を命じている。
ペンドラゴン子爵の協力が、セーリュー市の迷宮運営を軌道に乗せるために必要だという裏事情は、底辺の役人には伝わっていなかったようだ。
「ここは不浄の場所ですよ。お偉い神官様の来る所じゃありません」
美貌の衰えを自覚した女性官吏にとって、瑞々しい若さを持ち、なおかつ美少年騎士を従える少女は羨ましさを通り越して嫉妬の対象となる。
自分でも抑えきれない嫉妬心を剥き出しに、女性官吏が少女を追い払おうと言葉を荒げた。
「セーリュー伯爵の命に従う気はないと言うのですね?」
「それ以外に聞こえたかしら?」
その返答に少女が柳眉を逆立てた。
それは領主への反逆にも等しい言葉だったからだ。
無知蒙昧な民ならともかく、領主の禄を食む官吏には決して許されない。
「マリエンテール卿、この官吏を斬りなさい。伯爵への明確な叛意を確認しました」
少女が同行していた少年騎士に無慈悲な命令を下す。
少年騎士は姉のゼナ・マリエンテールによく似た横顔に、僅かな苦悩が過ぎらせる。
「オーナ様、よろしいのですか?」
「構いません。領主に従えぬ愚者など、害にしかなりません」
美しい少女が酷薄な笑みを浮かべて「これは慈悲です」と呟く。
この場にはオーナという名前が、セーリュー伯爵の娘の名であるという事を知っている者はいないようだ。
「それに、捕縛すれば彼女の親族も道連れで処刑されます」
少女の慈悲深さと融通の利かない高潔さを知っている少年が、スラリと剣を抜きはなった。
剣の表面にはうっすらと青い輝きが瞬いている。
「安心しろ、痛みはない。そちらの者達も、こいつの仲間か? 仲間なら共に処分せねばならんが?」
「い、いいえ、違います」
「オレも違います」
「ボ、ボクも違います」
空き地にいた男達が這々の体で逃げ出すのを見送っていた少年騎士だったが、礫を投げていた子供達が逃げだそうとしたところで行動を起こした。
「おっと、お前達は無罪放免はできないぞ」
瞬動で子供達の前に回り込んだ少年騎士が、子供達に拳骨を落としていく。
本人は軽い懲罰のつもりだったが、短期間にレベルアップして岩をも砕く身体に進化した今、彼の「軽く」は全然軽くなかったらしい。
子供達が悶絶寸前の 体 ( てい ) で、空き地の雑草の上を悶え苦しむ。
少しバツの悪そうな顔をしていた少年騎士だったが、耳に付けていた「骨伝導警報器」がけたたましい振動を伝えてきた事で真顔に戻った。
「オーナ様!」
「始まったのですね」
「はい」
少年騎士の短い言葉に、オーナはセーリュー市に未曾有の危機が訪れた事を知った。
「仕方ありません。逢い引きは中止です」
「あ、逢い引き?」
オーナの冗談に、少年騎士が顔を赤く染める。
初々しい少年少女のワンシーンだが、それを許すほどこの世界の神は優しくないようだ。
迷宮の方角で、空に向かって伸びる黒い粒子が見えた。
「迷宮の魔物が外に溢れたようです。行きなさい騎士マリエンテール。私は私の役目を果たします」
「はい、オーナ様!」
少年騎士が風のような速さで路地を駆け抜ける。
その姿が迷宮発生当時に彼女の姉が見せた姿に似ていると気付いた者はいただろうか?
「都市核に願う。セーリュー名誉士爵の権限において、この者達の契約を解除する」
『セーリュー名誉士爵に契約解除の資格を確認しました』
オーナが胸元から取り出した指輪に話しかけると、どこからともなく声が聞こえてきた。
『契約解除を実行します』
その声と同時に、オーナの持つ指輪から青い光が溢れ、獣人の子供達を包む。
「癒やしはパリオン神殿にて与えます。馬車に乗りなさい」
「れも、うごぅな」
「めいれぇ、さえてう」
「既に奴隷契約は解除しました。時間がありません、早く動きなさい」
オーナの命令しなれた態度に獣人の子供達が思わず従い、動いても契約違反の苦しみが襲わないことに歓声を上げた。
馬車と共に獣人の子供達が去った空き地では、命を取り留めた女官吏が怖々と顔を上げる。
「私の事を忘れてやがんの……まったく、何様だっての――」
女官吏は最後まで悪態を吐くことができなかった。
暗く沈む彼女の瞳に最後に映ったのは、あり得ない大きさの巨大カマドウマの姿と、自分の胸を裂く死神の鎌のように凶悪な爪だった。
◇
「無事か!」
「マリエンテール様! 迷宮の封鎖に失敗しました」
少年騎士の問いに答えたのは満身創痍の領軍の兵士だった。
「始めは押さえ込みに成功していたのですが……」
領軍に属していた一部の貴族が、迷宮から出てこようとする魔物が弱いとみるや、自分たちにも手柄を立てさせろと封鎖の一部を解かせてしまったらしい。
「そいつらはどうした」
「骨なら、そこに」
兵士の一人が昏い顔で嗤う。
「マリエンテール様! 遅れて申し訳ありません。ここの封鎖は我々がお手伝いします。マリエンテール様は市内に散った魔物達の処分を!」
「分かった。ここは任せる」
ゴーレム隊を率いて現れたエチゴヤ商会の支店長に、迷宮封鎖の支援を任せる。
「アリソン小隊長、ここの指揮を任せる。直接の戦闘はゴーレム隊に任せて、封鎖線を越えた魔物を一匹も漏らさないように頼む」
「中隊長はどこに?」
「私は市内に散った魔物達を始末しに向かう」
指揮官としての任務放棄にも受け取れる発言だが、それには理由があった。
少年騎士はレベルこそ、ここにいる誰よりも高いが、戦闘指揮経験は士官や下士官の誰よりも低い。
故に、経験豊富なアリソン小隊長に指揮を任せ、自分達は掃討に向かう事を選択したのだ。
「マリエンテール小隊を四つの分隊に分ける。下士官四名に分隊の指揮権を与える。領軍の援軍が来るまでの間に、一匹でも多くの魔物を狩れ」
「「「はい、隊長!」」」
四つの部隊が市民を襲う魔物達を屠っていく。
なかでも――。
「凄い、山刀でも歯が立たない魔物の甲殻を一撃で!」
「うわっ、見てみろよ! また一匹倒したぞ」
「すげぇ、キゴーリ様以外にもあんなに強い騎士様がいたんだな」
「おお! なんて身軽なんだ! 壁を蹴って屋根の上に昇っちまったぞ」
少年騎士の活躍を見た市民達が、活劇を目の当たりにしたかのように歓声を上げる。
「でもさ、さっきの騎士様の剣――」
「お前も見たのか?」
「やっぱり、青く光ってたよな?」
そんなやり取りは市内の至る所で繰り広げられ、魔物の数が減る頃には「少年騎士マリエンテールの正体は『銀仮面の勇者』である」とまことしやかに語られるようになった。
めでたし、めでたし――。
◇
――そう終われば良かったのだが。
「聖剣が泣いテいるゾ? ワガハイ忠告」
城前の広場で、少年騎士は漆黒の魔族と相対していた。
しかも魔族の傍らには、家々の屋根よりも背が高いカマドウマが二体付き従っていた。
「かつてセーリュー市を襲った――漆黒の上級魔族」
「愉快正解。ワガハイ感激」
上級魔族が虚空から暗赤色の大剣を取り出す。
「サア戦おう。ワガハイ交戦」
シガ王国の北の果てで、絶望に立ち向かう少年騎士の戦いが今、始まろうとしていた。
※次回は 12/11(日) の予定です。
【作者よりのお知らせ】
アニメ化企画進行中です。
※完全書き下ろしの新刊、「デスマーチからはじまる異世界狂想曲」第九巻の公式発売日です!
電子版も本日発売のはず。
※活動報告に新刊の見所や書影を掲載しているので、ご興味のある方もない方も是非ご覧下さい。
新刊に関する書き込みは「デスマ9巻の感想(ネタバレok)」にお願いします。