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15-幕間6.魔王殺しの噂

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15-幕間6.魔王殺しの噂

※2017/5/29 誤字修正しました。

※今回の幕間の時系列は、サトゥーが勇者ハヤトと一緒にデジマ島で魔王を退治した後(天罰の神託よりは前)です。

◇ビスタール公爵領◇

「閣下! 公爵閣下!!」

「なんだ騒がしい」

書類が山のように積み上がる書斎で、ビスタール公爵が不機嫌そうな声をあげた。

部屋に飛び込んできたのは、執政官として政務を学ばせている公爵の孫だ。

彼の血縁の中では優秀な部類に入るが、年若い為に今回のように落ち着きのない態度を取るところがまだまだだとビスタール公爵は考えていた。

「王都より、ワイバーン便です! そ、それも 王家の封蝋 ( ・・・・・ ) がしてあります」

書類を読む手を止めずに耳だけを傾けていた公爵が、「王家の封蝋」という言葉にようやく顔を上げた。

王都から届く手紙の多くは「シガ王国の封蝋」で送られてくる。

今回のように「王家の封蝋」を用いられるのは、直系王族の出産や葬儀、そして王国を揺るがすような大事件の通達が主だ。

ただし、魔族の出現など、緊急性のある通達は都市核経由でもたらされる為、ビスタール公爵には余裕があった。

「慌てるな、見苦しい」

ビスタール公爵は執政官を叱責しながら手紙を受け取る。

反対の手で、封蝋を切るためのペーパーナイフではなく封蝋を剥がす為の魔法道具を取り出す。

王家の封蝋を切らずに熱して剥がすのは、王祖ヤマトの時代からの慣習だ。元々は王祖ヤマトに傾倒する人々が、王祖の封蝋を切る事を嫌った為に始まったと歴史書にある。

「――なにっ」

手紙を読み進めていたビスタール公爵の額に皺が寄る。

傍らに立つ執政官はキリキリと痛む腹に耐えながら、その様子を見守っていた。

「ありえん――」

激情のままに手紙を握りつぶそうとしたが、机の上にある封筒の「王家の封蝋」を見て手を止めた。

「閣下、手紙にはなんと?」

ぐぬぬ、と血管が切れそうな顔で手紙を睨み付ける公爵に、執政官は勇気を振り絞って問い掛けた。

「ペンドラゴンだ」

ビスタール公爵が仇敵の名を口にするように絞り出した。

「手紙にはあの小僧が勇者と共に魔王を倒したとある」

「ペンドラゴン卿はいつの間に勇者の従者に? そんな噂は聞いた事がございませんが?」

思わず疑問を口にしてしまった執政官をビスタール公爵が睨み付ける。

「従者ではなく、勇者と共闘したそうだ」

「――共闘?」

ビスタール公爵が手紙を机の上に投げ出し、執政官に読んでみろと顎をしゃくる。

「では、失礼いたします」

執政官が読み進める間に、ビスタール公爵は侍女に運ばせたブランデーを呷る。

カラカラとグラスをならす透明な立方体は、氷ではなく砂糖の一大産地ララギ王国産の氷砂糖だ。

「ま、魔王殺し――」

呆然とした執政官の様子を苦々しい表情で眺めながら、ビスタール公爵は二杯目のブランデーを注がせる。

「このままではヤツに影響力のあるオーユゴックやドゥクスが勢力を伸ばしてしまう」

「ペンドラゴン卿が仕えるのはムーノ伯爵では?」

「ムーノは元々オーユゴックの紐付きだ。どうせ、オーユゴックがムーノ領の状況を改善する為に送り込んだのだろう」

執務室でひっそりと作業していた老家令が、ビスタール公爵の言葉に反応した。

「魔王殺しでございますか――」

老家令が糸目を更に細めて頷く。

「――旦那様は強運でございますね」

「強運、だと」

怒気を滾らせたビスタール公爵に怯える事なく、老家令が続ける。

一方で、執政官は手紙を持ったまま、木石になったかのように存在を希薄にさせて震えていた。

「はい、強運です。最初こそ確執がございましたが、決定的な敵対には至らず、さらにペンドラゴン卿の正室はシスティーナ殿下です。正妻の祖父である事は大きな優位性となるでしょう」

ペンドラゴン子爵関係者がこの話を聞いたら、「正妻ではなく、正妻候補だ」と強弁したかもしれないが、貴族一般の常識からして、未婚の娘を実家に招き入れたり外遊へ同行する事は、既に内縁関係にある事を示す。

本人が否定したとしても「何を今更」といった反応をされるか、「何か問題があって離縁された」と後ろ指を指されるだけだろう。

「そうか、システィーナがいたか。レッセウ伯爵家への降嫁をなかなか承諾せぬ役立たずだと思っていたが、最後の最後で役に立ってくれそうだ」

現代日本ならクズ親あるいはクズ祖父な発言だが、この国の常識では貴族家の娘は家単位の結びつきを強化する為の存在であると考えられているので、彼だけが特別クズなワケではない。

「今のところ旦那様との間に確執があるのが問題ではございますが、ここは年長者の貫禄を見せて、旦那様から譲歩なさるのがよろしいかと存じます」

「ワシに頭を下げろというのか?」

「いいえ、そのような愚かな事は申しません」

老執事がゆっくりと首を横に振った。

「彼の欲しがるモノを与えてやれば良いのです」

「噂ではあやつは金にも女にも権力にも阿らん堅物だそうだぞ?」

多くの貴族が婚姻を結ぼうと娘達を近付け、多くの役職や利権を持ちかけて懇意にしようとしたにも拘わらず、タダの一度もなびかなかったという。

男色家という噂もあったものの、貴族達が用意した美少年も美青年も美形老人も筋肉が素敵な美丈夫のいずれも、彼の関心を惹かなかったらしい。

知る者は少ないが、あのシガ八剣への勧誘さえ断ったそうだ。

「それは彼の好みも調べずに、一般的な嗜好を基準に行なったから失敗したのです」

「ほう?」

ビスタール公爵がブランデーのグラスを揺らして先を促す。

「彼は節度ある女好きです。噂では成人未満の幼い娘が好きだと言われていますが、これはオーユゴック公爵派閥が流した欺瞞情報です。彼の家臣達に幼い容姿の者が多いので、その欺瞞情報を鵜呑みにした者が多かったようです」

「つまり、大きな胸や尻の女が好きという事か?」

その問いに老家令は首を横に振る。

「いいえ、彼が好きなのは容姿の優れない娘です」

「その根拠は?」

「調べさせたところ、彼は殿下や公女殿よりも、容姿の優れないメイド姿の家臣を大切にしていると分かりました」

胡乱な目を向けるビスタール公爵に、老家令は自信ありげに答えた。

「また、困っている者を助けるのが好きという話も事実のようでした。そこで閣下の配下にいる貴族家の中で容姿の劣る実直な者達を彼の下に送り込もうと考えております」

同じ理由で送り込むと意図を疑われるので、劇団から優秀な演出家を雇ってシチュエーションを変えて行うと、老家令が説明させる。

「ふむ、それだけでは弱かろう」

ビスタール公爵家縁の者達を送り込む事で影響力を増す事ができても、それだけではここぞという時にペンドラゴン子爵の力を利用できないと言う。

「はい、ですから彼が受け取らざるを得ない品を閣下の名前で贈るのです」

名目としては「魔王殺し」のお祝いとしておけば、受け取り拒否される事もないはずだと老家令が言う。

「他の者もこぞって祝いを贈るだろう。それに埋没しないほどの品と言えば、我が家に伝わるミスリル剣『岩骨王』か魔剣シャイターンのいずれか、だが」

その二つは惜しいと、ビスタール公爵が眉を寄せて悩む。

「いえ、いずれも必要ありません。そちらも彼の欲するモノを調査してあります」

「さすがは爺だ! それは何だ」

自信満々の老家令を褒めて先を促す。

「はい、珍しい『 魔法の巻物 ( スペル・スクロール ) 』と『詠唱』および『魔術』の宝珠でございます」

金貨を積み上げて得た情報だと老家令が言う。

彼の情報は正しい。

いや、正確には「正しかった」だ。

その情報は致命的な点で古かったのだが、この場にそれを指摘できる者はいなかった。

「オーユゴック公爵領でも、巻物工房を経営するシーメン子爵が最も懇意にしており、迷宮都市の太守であるアシネン侯爵やオーユゴック公爵、セーリュー伯爵達がこぞって詠唱や魔術の宝珠を買い集めておりました」

「詠唱の宝珠など幾つも集めてもしかたあるまい?」

「それは一人で使うなら、でございましょう。彼の下部組織である『ぺんどら』には幼く有望な探索者達が沢山おります。その子供達に宝珠を使わせて魔法剣士とし、適性の低い者達の補助に巻物を使用しているのでしょう」

ビスタール公爵の疑問を、老家令がもっともな理由を挙げた。

「では、それらの品を買い集めよ」

「承知致しました。同時に候補の娘達を探すように指示しておきます」

老家令が一礼して執務室を退出する。

「くっくっく、優秀な部下を持ってワシは果報者だ」

庭に向かって笑うビスタール公爵の背を眺め、執政官は一抹の不安を覚えていた。

もっとも、公爵の勘気を畏れる彼は特に口を開く事なく、影のように部屋を出ていった。

ビスタール公爵の作戦が上手くいく事を、彼は遠くから見守る事にしたようだ。

◇シガ王国、王城◇

「王祖様、お呼びだてして申し訳ございません」

「ちょっと、王祖様は止めてってば。ミツクニ公爵夫人かミトで良いよー」

王の私室には国王と宰相、そしてミト・ミツクニ公爵夫人の姿があった。

「先日お伝えした魔王殺しの件で、貴族達の中にペンドラゴン子爵を王家の直臣に取り立てるべきだと訴える者が増えてきております」

「まあ、そうよね」

呆れたような口調を維持しつつも、ミトの顔には得意げな表情が隠しきれずに浮かんでいた。

「私と致しましては彼を伯爵に陞爵しムーノ伯爵家から王家へと主替えをさせ、貿易都市あるいは迷宮都市の太守に任じようと考えております」

「ダメ」

丁寧にお伺いを立てた国王の発言を、ミトは一言で否定した。

「理由をお伺いしても」

「主替えはダメ。イチロ――ペンドラゴン卿はムーノ伯爵を気に入っているから貴族になったと言っていたわ。子爵になった時もムーノさんが伯爵になる条件だと聞いたから受けたみたいだし、あんまり強要したら、出奔しちゃうかも」

普通の貴族とあまりにかけ離れた理由に、国王がカルチャーショックを受けて固まる。

「陛下。おそらく王祖――ミト様のお言葉は事実と思われます。観光副大臣に任命したときも、美食や観光地の調査をするように命じたから引き受けたようでした」

仕官し役職を得ようと日々競い合う宮廷貴族達とはあまりに違う。

この場ではただ一人、ミトだけが「イチロー兄らしい」と頷いていた。

魔王殺しのような王祖ヤマト以来の大功績を挙げた者に出奔などされたら、王家の威信が大きく揺らいでしまう。

国王は縋るようにミトを見つめる。

「ですが、魔王殺しを行なった者に褒賞を与えないわけにも参りません」

「なら、ペンドラゴン卿を伯爵にするついでに、ムーノさんを侯爵にしたら?」

「そんな事は――」

――できないと言いかけた国王だったが、そうでもないと言葉を止めた。

「可能ですな。ミト様のエチゴヤ商会の助力やペンドラゴン卿が莫大な私財を投入したお陰でしょうが、ムーノ伯爵領はありえない速度で復興してきております。かつてのムーノ侯爵領と同等になるのも時間の問題でしょう」

宰相がミトに珍しい西方のお菓子を薦めながら告げる。

「ビスタールやケルテンの説得が面倒だが、あの二人さえ押さえれば後はなんとでもなる」

「そうですな。その二人以外への根回しは私が行いましょう」

深刻な二人の会話を人ごとのように聞き流し、ミトは薄い焼き菓子を美味しそうに囓る。

「陞爵後にペンドラゴン卿がもっとすごい功績をあげたら大変だね」

絶対にありそうにないミトの一言だったが、「魔王殺し」というありえない功績の後では一笑に付す事もできず、国王と宰相がミトに情けない顔を向けた。

優秀すぎる家臣の存在は、大陸有数の国の王や宰相といえど持て余すようだ。

◇シガ王国王都、王立学院◇

「シロさん、クロウさん、聞いたかしら?」

「どうしたのチナ様」

「おはよう、チナ様」

興奮したようすで、チナ・ケルテン侯爵令嬢が教室に飛び込んできた。

お淑やかな彼女の常ならざる様子に、教室の視線が集まる。

「なんの話?」

「ペンドラゴン子爵様の偉業よ!」

偉業と聞いてシロとクロウは顔を見合わせた。

彼女達のマスターのマスターは割といつも偉業をなしているので、どれの話か分からなかったのだ。

だが、そんな事は他人には分からない。

「まあ、聞いていらっしゃらないの?」

信じられないとチナが言う。

「どの話?」

「ペンドラゴン子爵様はサガ帝国の勇者ハヤト様とご一緒に、デジマ島の『夢幻迷宮』に挑まれたの」

シロは「マしターがダンジョンマスターになった事かな?」と思ったが、ポチに教えられたお口にチャックのポーズを心の中で行なって、余計な事を口に出さなかった。

「へー、シロやクロウの主家って勇者様と知り合いなんだ」

「すごーい」

「チナ様が保護するはずだね」

子供達の囁きをチナが大きなジェスチャーで黙らせる。

ここからが良いところなのだ。

「子爵様は勇者様と困難な道のりを協力して進み、その最深部に潜む魔王と相対したの!」

子供達が身を竦ませて「まおー」と呟いて小さくなる。

昭和の子供が雷の音を聞くとお臍を押さえたように、この世界の子供達は魔王と聞くと小さくなって身を寄せ合う。

「怯える必要はないわ! 子爵様は勇者様と協力して魔王と戦い、そして勝利したの! そう勝ったのよ!」

チナの興奮が空気感染したように、子供達の顔にも興奮と喜びが沸き起こる。

「王祖ヤマト様以来の魔王殺しの誕生よ! いいえ、王祖様は勇者でもあらせられたのだから、シガ王国の歴史上初めての魔王殺しの誕生と言ってもいいわ!」

教室の中に「魔王殺し」のシュプレヒコールが起こる。

シロとクロウはその様子を冷静な頭で、ちょっと怖いと思った。

「ここに宣言するわ! 私、チナ・ケルテンはペンドラゴン子爵様の妻になるわ!」

「私もなります!」

「あたしも!」

「僕もなる!」

チナの宣言に、教室の幼女達がノリで求婚宣言をする。

若干名性別がおかしい者がいたが、ジェンダー差別は良くないので、シロとクロウは口を挟まず「マしター、もてもて」と静かに拍手をしていた。

これと同じようなできごとがルモォーク王国のメネア王女のいる教室を始め、王都のそこかしこで繰り返され、サトゥー・ペンドラゴン子爵の屋敷には貴族や市民達が押し寄せ、王都警備隊は見物人を整理するのに衛兵の一割を派遣する事になったらしい。

観光好きのペンドラゴン子爵の屋敷が観光地になるとは、彼も想像しなかった事態だろう。

◇シガ王国、国王直轄領東端の修道院、第三王子付きメイド視点◇

「ペンッ、ドラゴォオオオオオオオオオオン!」

修道院の閉ざされた一角で、初老に見える男が薄暗い天井に向けて絶叫する。

私は男の狂気を畏れて部屋の外へと逃げ出した。

部屋付きのメイドとしては宥めるべきかもしれないが、怖いものは怖いのだ。

中庭から回廊へと駆けてきた修道女達が私に声を掛ける。

「ちょ、ちょっと、殿下はどうなさったの?」

「いつもの発作より酷いわね」

興味本位な問いに、私は柳眉を逆立てた。

「もう! あなた達が中庭であんな事を話しているからでしょ!」

「中庭って……」

「別に――」

特に変な事は話していないと続けようとした修道女が、とある内容に思い当たって、口元を手で覆った。

「――もしかして、ペンドラゴン子爵様の魔王退治のお話?」

「魔王退治じゃなくて、魔王殺しだってば」

「いいじゃない、退治だって」

雑談に花を咲かせる二人に、私は「それよ、それ!」と割り込んで中断させた。

「あなた達がしていた噂話のせいで殿下が猛っちゃったのよ」

「えー」

「あの距離は聞こえないっしょ」

「聞こえたのよ」

いつもは五月蠅いくらいにさえずる鳥達の声も、魂の限り謳う虫達の声も、今日は 何故か ( ・・・ ) 聞こえず、そのせいで、いつもは届かない中庭の話し声もよく聞こえたのだ。

「あちゃー、ごめんごめん」

「不可抗力だから許して」

「秘蔵の蜜菓子分けたげるからさ」

――蜜菓子!

あ、あなたは神かっ!

甘味の乏しい修道院で、詫びとはいえ蜜菓子を差し出すなんて!

コホンと咳払いをして、私は鷹揚に頷いた。

「し、しかたないわね」

少し噛んでしまったのは仕方ない。

だって、蜜菓子なのだから。

ニマニマ笑う修道女達の視線も、背後から聞こえてくる殿下の叫びもスルーして、私はうきうき気分で修道女達の部屋へと向かう。

戻ってきた時に、また殿下が脱走していたので、修道院付きの兵士に伝えて久々の静かな夜を楽しんだ。

すぐに連れ戻されるだろうと思っていた殿下は、翌日になっても戻らず。

私が殿下――シャロリック第三王子のお名前を再び耳にするまでに、長い月日が必要となる。

つまり、私の平和な日々は当分続くのだ。

※次回更新は未定ですが、7月には通常の毎週更新に戻せそうです。

それまでは作業を止めていた書籍版の作業(たぶん8月刊くらい)があるので、6月一杯は今月同様に不定期になります。

web更新を楽しみにされている読者の方には申し訳ありませんが、もうしばらくの間、ご容赦ください。

なお、アニメ関係の重い作業は編集部の方に受け持って頂いているので、作者への作業負担は殆どないのでご安心下さい(監修はしますよ~)。

※2017/6/6 追記:活動報告に1000文字弱のSSをアップしてあります。良かったらご覧下さい。