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16-37.「司法国家」シェリファード

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16-37.「司法国家」シェリファード

※前話を少し修正しました。ユーケル君のセリフが分からなくて気になる方は参照してください。

※2018/3/4 誤字修正しました。

サトゥーです。裁判というのは時間も費用も掛かりますが、一番必要なのは精神力やスタミナだと思うのです。ましてや、裁判員に選ばれた日には……。

◇

「ポチちゃん、タマちゃん、また遊びに来てね」

「あいあいさ~」

「はいなのです」

門前宿の前で子供達が別れの挨拶を交わしている。

「今度はリュリュと一緒に遊びに来るのですよ。ユニも一緒にお散歩するのです」

「うん! 楽しみ!」

きっとユニちゃんはリュリュが、天罰事件の時の白竜だと気付いていない。

お散歩というのも大空の散歩の事だろう。

「トカゲも元気でな」

「熊、私の事はリザと呼んでください」

「お貴族様だからリザ様って呼んだ方がいいか?」

「いいえ、鼠。リザだけで結構です」

「さすがに子爵様を呼び捨てにはできませんよ」

「豹……」

リザが昔なじみの獣人の奴隷達と挨拶している。

彼女達は半月後くらいにムーノ侯爵領にある獣人多めの街へ入植する事になっている。リザが守護として登録されている街だ。

「ナナしゃまー」

「あたしもナナしゃまと行く!」

「ぼくも!」

「……幼生体」

ナナは見知らぬ幼児達と別れを惜しんでいた。

この子達はユニちゃんが暮らす孤児院の子供達みたいだ。

いつの間に仲良くなったのやら。

「義兄――いえ、ペンドラゴン閣下。昨晩の無礼をお許しください」

ユーケル君が頭を下げる。

「いえ、既に何度も謝っていただいていますから」

今朝、ゼナさんの実家にお邪魔したのだが、その時にユーケル君から「宴での無礼な態度」とやらについて詫びられたのだ。

どんな態度だったのか今ひとつ思い出せないので、そんなに詫びられても困るのが本音だ。

なんでも、周りの人達から聞きかじった情報から、オレの事を「姉を弄ぶ女ったらし」だと思っていたそうで、なんでも屋からの城に向かう時も、その事について問い質そうとしていたらしい。

そんな勘違いがあったせいで、姉の目を覚まさせる為にも、セーリュー伯爵長男のバドワード殿との婚約に賛成したとの事だった。

まあ、早い話が、ユーケル君は重度のシスコンだったという事だ。

「少年、ゼナっちの事よろしくね」

ゼナさんの同僚であるリリオ嬢が気さくな感じで声を掛けてきた。

「リリオ、ペンドラゴン伯爵、あるいはペンドラゴン閣下とお呼びしなさい」

「そうだぜ。リリオは 枯骨 ( ・・ ) だからしかたねぇな」

「ルウ……それを言うなら粗忽でしょう」

ゼナさんを囲んでかしましいのは、ゼナ分隊の三人だ。

オレとしては彼女達こそが、ユーケル君が勘違いした情報の出所と踏んでいる。

「心配だよ~、ゼナっちぃ~」

「大丈夫ですよ、リリオ。たまには帰ってきますから」

リリオがゼナさんに抱きついて別れを惜しむ。

「ご主人様、出発準備ができました」

「ありがとう、ルル」

オレ達は馬車に乗り込む。

「ゼナたんのご両親や貴族達は見送りにこないのね」

「そっちは先に出発の挨拶を済ませてきたよ」

ゼナさんのお母さんとは今朝、訪問した時に少し話をした。

娘に似た容貌のおっとりした夫人だ。

ゼナさんのお父さんは既に亡くなっているが、生前の姿を描いた肖像画があったので見せてもらった。ユーケル君やゼナさんとは似ていない厳格な軍人っぽい外見で、生真面目そうな人柄を感じた。

「サトゥーさん、これお母さんから!」

「ありがとうマーサちゃん。女将さんにもお礼を言っておいて」

「うん! また遊びに来てね」

「ああ、必ず来るよ」

マーサちゃんから受け取ったお弁当を馬車の仲間達に手渡し、マーサちゃんと別れのハグをして再会を約束する。

見送りの人達に手を振りつつ、オレはルルに馬車の発進を指示した。

「次はどこに行くんだっけ?」

セーリュー市の門を潜ったところで、アリサが質問してきた。

「ウリオン中央神殿のあるシェリファード法国だよ」

「宗教国家?」

「いや、司法国家っていう変わった形態の国みたいだ」

「社会制度的には古代ギリシャ直接民主政治に近いかな?」

「司法試験に受かった人達だけが参政権を持っている民主主義国家って感じらしい」

オレは事前に調べておいた情報を開陳する。

ウリオン神は信徒に「断罪の瞳」っていうギフトを与えるみたいだし、試練内容は「国内の悪人を全て捕らえてこい」とか「犯罪者を全て更生させろ」とかそんな感じになりそうな気がする。

できれば、短期間で終わるのがいいね。

◇

「なんてーか、真っ白な国ね」

シェリファード法国へ到着早々、アリサが周囲を見回しながら呟いた。

この国はサガ帝国と西方諸国の中間地点にある。

真っ白なのは、近くの山で採れる建材が白い石だからだろう。

「鼬帝国の教区を思い出しますね」

同行しているセーラが呟く。

今回の同行者はアリサ、セーラ、ゼナさんの三人だけだ。

システィーナ王女は「シェリファード法国の人間が嫌い」との事で訪問を拒否していた。

また、亜人差別や人種差別があるのでリザやミーア、ルルは来ていない。

ナナ、ポチ、タマは学校があるので欠席だ。

「雰囲気は似てるわね。面白みのない無地白一色の服装とかさ」

アリサがそう言って通りを歩くシェリファード法国の人達を指さす。

白いシャツとスラックスという地味な格好だが、アイロンが普及しているのか、一般人の服装が皺一つなくピシッとしている。

けっこう寒い気候にも拘わらず、厚着をしている人は少ないようだ。

笑顔の人は少なく、なんとなく通勤ラッシュの日本人みたいな印象の人が多い。

「なんだか良い香りね」

「パン屋かな?」

通りの向こうから漂ってきた焼きたてパンの香りにアリサが反応する。

匂いの出所を探していたアリサが、路地の一つに目を止めた。

「――ストーカー?」

パン屋らしき建物を監視する大男がいた。

AR表示によると、シェリファード法国の軍人らしい。役職が百人隊長となっているから士官のようだ。

人の出入りがあった時に、店頭で気弱そうな美少女が働いているのが見えた。

彼女も百人隊長も、どちらも独身のようだし、恋人を陰から見守っていたとか、そんな感じかな?

「この国の軍人みたいだよ」

「でも、やっぱストーカーじゃない? なんだか鼻息が荒い感じだし、軍人がパン屋に用事があるとも思えないし」

アリサとそんな会話をしていると、彼の部下らしき男達がやってきて彼を連れ去ってしまった。

まあ、そんな事はいいとして――。

「ゼナさん、どうかしましたか?」

「い、いえ! な、なんでもありません!」

さっきから静かなゼナさんに声を掛けると、テンパった様子で背筋を伸ばした。

なんとなく目がぐるぐるしているような印象だ。

「あ、あれ! あれは何でしょう!」

ゼナさんが周囲を見回した後、近くの公園をビシッと指さして叫んだ。

何やら公園の中央の藤棚のような場所で、人が集まっている。

◇

「何かの催しでしょうか?」

オレは耳を澄ませてみた。

『被告は獣人である事を隠し、いわば雇い主を騙した状態で仕事に従事し、仕事場で怠惰に振る舞った。これは賃金を不当にかすめ取る行為です』

何かの裁判をしているみたいだ。

オレはゼナさんに風魔法の『 囁きの風 ( ウィスパー・ウィンド ) 』を使ってもらい、その様子を皆で見学する事にした。

『ち、違う! 俺が顔を隠していたのは雇い主に命じられたからだ!』

『被告はこのように言っていますが?』

『いや、知らなかった。こいつは最初から顔を隠していたぜ?』

『それを証明できる人はいますか?』

『店の連中や客が証人だ』

なんとなく、獣人の方が雇い主に嵌められたような印象を受ける。

『神前裁判での偽証は犯罪です。被告の罪を一等上げる事を天秤の守り手たる裁判官が宣言します』

検事かと思ったら、裁判官だったらしい。

こっちの裁判はもとの世界と形式が違うようだ。

『ま、待ってくれ! 嘘じゃない!』

『では、証明できる方はいますか?』

『……いない』

裁判官の男が傍らにある大きな天秤の片方に一つ石を置く。

『では怠惰と虚偽申告の罰として賃金の八割を雇い主に返却する事。また神前裁判の――』

『ま、待ってくれ!』

『なんです? 裁判官の判決を遮るなど、無礼にも程がありますよ?』

『俺は誰よりも働いていた! 怠惰の罰なんて言いがかりだ!』

『それを証明できる方はいますか?』

『一緒に働いたヤツらなら知ってるはずだ』

『彼の労働を証明する人はいますか?』

裁判官が雇い主の後ろにいる従業員らしき男達に問いかけるが、何人かが気まずそうに目を逸らした以外に目立った反応はなかった。

まあ、あの態度で、獣人の無罪は確定したようなものだよね。

『証明する人はいないようですね』

そう言って裁判官がまた一つ石を置き、天秤が雇い主側に傾く。

『そ、そんな! 俺が一番働いていたんだ! あいつらは俺に仕事を押し付けてサボっていた! 俺はちゃんと働いていたんだ!』

『どうやら、被告には虚言癖があるようですね』

『お、俺は嘘を言っていない!』

なんていうか気分が悪くなる一方的な裁判だ。

「あれじゃ、ただの吊し上げね。ご主人様、時間を巻き戻して過去を映し出す魔法とかないの?」

「時間を操る魔法はないよ」

あれば簡単に証明できるんだけどね。

「どうして審議官による審問をしないのかしら?」

セーラが呟く。

確かにそうだ。裁判っぽいから、つい忘れていたけど、この世界には嘘か本当か見分ける審議官による審問があるんだったっけ。

マップ検索したところ、この場には審議官はいなかった。

国が雇っているらしく、大多数が中央にある司法局という建物の中におり、残りはウリオン中央神殿に数名いるようだ。

過労状態の者やスタミナゲージが枯渇寸前の者が多いから、小さな裁判にまで出張する余裕がないのだろう。

『判決を下す! 被告は賃金200エミルを雇い主に返却し、同額を偽証の罰金として司法局に納めよ。この場にて支払えぬ場合、借金奴隷として身柄を拘束する』

『お、俺はそんな大金で雇われていない! 賃金は全部で3エミルだ!』

この国の貨幣単位エミルは銀貨なので、シガ王国で換算しても金貨40枚前後の金額になる。

普通に考えて、一般的な労働者の賃金としては異常な額だ。

「サ、サトゥーさん……」

「なんとかしてあげられませんか?」

「お任せ下さい」

ゼナさんとセーラに頷き、オレは彼らの前に進み出る。

「異国の方、神前裁判に踏み込んでくるのは無礼ですよ」

「失礼。私はシガ王国のペンドラゴン伯爵と言う」

オレは大国のブランドと爵位を盾に、公正さを忘れた裁判官を黙らせる。

「私がその獣人の罰金を払う」

「あなたが?」

「ああ、そうだ」

「この獣人の知り合いですか?」

「それをお前に話してやる必要があるのか?」

オレは努めて偉そうに振る舞う。

こういうタイプは身分差に弱いのが多いからね。

『ご主人様、あいつらにギャフンって言わさないの?』

アリサが空間魔法の「 遠話 ( テレフォン ) 」で話しかけてきた。

『大丈夫、今は仕込み中だから、もう少し待ってて』

オレはそうアリサに返事をして、裁判官の返答を待つ。

「わ、分かりました」

納得してくれたようなので、オレは獣人の罰金を代わりに払う。

当然だけど、獣人はすごく不安そうだ。

後で説明するから少し我慢してほしい。

ほくほく顔で銀貨の枚数を数える雇い主に話しかける。

せっかくなので、警戒心が緩むように精神魔法を二つほど発動してからだ。

「そこの雇い主。この獣人は優秀だったのか?」

「いや、サボってばかりの無能だったぜ」

貴族相手に敬語を忘れるほど夢中のようだ。

「昔から雇っていたのか?」

「半年ほど前からだ――何か文句でもあるのか?」

「いや、少し興味があっただけだ」

雇い主の言質は取れたので、古参っぽい従業員に声を掛ける。

彼らも雇い主から分け前を約束されているのか、雇い主が数える銀貨の枚数を注視しているようだ。

「君は彼の店に長いのかい」

「ああ、10年ほどだ」

「へー、腕も良さそうだ。給料も高そうだね」

「あのケチ店長が出すわけ無いだろ?」

「月20エミルってとこかい?」

「バーカ、一桁違うっての。月6エミルがせいぜい――」

調子よく答えていた古参従業員が自分の失言に気付いた。

「いや、違――」

「裁判官!」

「異議あり!」

古参従業員が訂正するよりも早く、オレは裁判官を呼ぶ。

なぜか、アリサまで有名裁判ゲームのセリフをマネしたポーズで叫んでいた。

きっとタイミングを待っていたに違いない。

「なんですか、伯爵様」

「こいつらが自白した。詐欺の現行犯だ」

「――詐欺? そんな馬鹿な」

「伯爵様に馬鹿とは何様のつもり!」

呆れ顔の裁判官に、アリサが怒鳴りつける。

オレは萎縮する裁判官に、勤勉な古参従業員の月収が6エミルにも拘わらず、怠惰で雇用歴半年の獣人が月収40エミル、6倍以上の給料を貰っているはずがないと主張してみた。

暴言を吐いた直後というのもあって、彼はオレの言い分を認めた。

「伯爵様に詐欺を働いたんだから、犯罪奴隷行きよね?」

「あ、ああ……」

「ま、待ってくれ、裁判官!」

なおも悪足掻きをする雇い主に、「不服があるなら、中央で審議官に裁定してもらうかい?」と囁いたら大人しくなった。

なお、従業員達も偽証罪で罰金らしいが、自業自得なので特に弁護する気はない。

「き、貴族様、ありがとう」

「ちょっとした気まぐれだから気にしなくていいよ」

オレは裁判官から受け取った金を獣人に手渡す。

これはオレがさっき払った金とは別口だ。

なんでも、裁判の時は訴訟額の二割を裁判費用として預託する決まりがあるとかで、その預託金40エミルを慰謝料として受け取っていたのだ。

それを全額彼に渡しておいた。

本来彼が貰えるはずだった賃金よりは高いけど、迷惑料だと思えば釣り合うんじゃないかと思う。

ぺこぺこと頭を下げて去る獣人を見送り、オレ達は市内観光に戻った。

◇

「――まずっ」

「この辺りの名物らしいですね」

「ガボの実よりは美味しいですよ」

小腹が空いたので、最初に見かけた食堂に入ったのだが、思った以上に料理が不味い。

唯一、ゼナさんだけが苦笑いしつつも食事を続けているが、アリサとセーラは早々にギブアップしてしまった。

「パサパサなのはともかく、後味の悪い酸っぱさが辛いわ」

「シェリファ芋っていうみたいだ」

AR表示される情報を、辟易した感じのアリサに告げる。

マップ検索した感じだと、シェリファ芋を使った料理や芋粉を使ったガレットのような料理が多いようだ。

「こんにちは、配達にきました」

入り口から、どこかで見たような美少女が入ってきた。

「あら? この匂いは――」

「パンだね」

この香りで思い出した。

アリサがストーカーがどうとか言っていたパン屋の娘さんだ。

「遅かったじゃないか、待ってたよ」

「すみません、女将さん」

「どうかしたのかい? 顔色が悪いよ」

「なんでもありません。ちょっと最近寝付きが悪くて……」

気弱そうな娘さんは心配する女将さんに会釈して次の配達先へと行ってしまった。

アリサがストーカーなんて言っていたせいで、余計な想像をしてしまいそうだ。

「お客さん、焼きたてのパンが届いたけどいるかい?」

「いるいる!」

食堂の女将さんの言葉に、アリサが速攻で飛びついた。

ルルの焼くパンとは比べるべくもないが、ここのシェリファ芋料理とは比較できないほど美味しかった。

せっかくなので、女将さんに許可を貰ってから、ジャムやバターを出して塗る事にした。

「それにしても、裁判が好きな国よね」

パンを食べながら、アリサがぼやいた。

この食堂に入るまでに見かけた公園のほとんどで、青空裁判が開かれていたのだ。

「でも、最初の所以外は普通の裁判みたいで安心しました」

ゼナさんが口直しのお茶を飲みながら、そう呟いた。

「なんだい、あんた達も、中央司法局で天秤裁判する為に来た人達かい?」

暇そうな女将さんが声を掛けてきた。

「――天秤裁判、ですか?」

そういえば、「司法国家」シェリファードには変わった裁判方法があると観光省の資料にあった。

「ああ、そうさ。ウリオン神様の神器、『黄金の天秤』ウリルラーブを使った裁判だよ」

なるほど、今回の黄金シリーズは天秤なのか。

「ライブラって事は老師ね……今なら若返りバージョンや女体バージョンもあるかもしれないわ」

アリサが小声で妄言を漏らしていた。

元ネタは分かるけど、少しは自重しろ。

「どういう風に使うんですか?」

「審議官の『看破』やギフトの『断罪の瞳』では分からない罪を量るのさ」

女将が説明は終了したとばかりに腕を組む。

「それはすごいですね」

オレは適当に相づちを打つ。

よくわからないけど、「看破」で嘘が見破れないとか、「断罪の瞳」で悪かどうか判別がつかないようなややこしい裁判を行うのだろう。

細かい事はウリオン中央神殿にお邪魔した時にでも尋ねようと思う。

「ああ、すごいのさ! でもね、すごいからこそ待ち時間が長くてね……」

女将さんの話によると、貴族でも三ヶ月待ち、平民だと三年待ちらしい。

「だからさ、急ぎで裁判をしたいなら、中央司法局に来ているサガ帝国の勇者様に裁いてもらいなよ。その勇者セイギ様も、どちらが悪か見分ける力があるらしいよ」

鼬帝国で廃人になりかけた勇者メイコの後釜か……。

「なんだか、嫌な予感がしない?」

アリサ、そういうフラグを立てるのは止めてくれ。