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18-36.迷宮都市の少年(10)

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18-36.迷宮都市の少年(10)

――スタンピード?

こっちに魔物の大軍が来るのか?

「生徒諸君に指令。柱の階段を上って、上部で待機せよと命じます」

教官が近くの柱を指さす。

「走って逃げなくていいのか?」

「疲労した状態では安全圏まで逃げきる事はできないと予想します」

貴族子弟のロジムの問いに教官が答える。

「ハリーと告げます」

ハリー?

誰かの名前か?

「急げって事よ。速く柱の上に!」

ラキシスが俺の腕を引っ張って柱に向かい、他の面々もそれに続く。

さっきの妹語みたいな言葉をラキシスは理解できたらしい。

「おい、教官が上がってこないぞ?」

ザキのセリフに下を見下ろすと、教官はさっきの場所で立っている。

どこから出したのか、身の丈に届くほどの大きな盾が教官の手にあった。

「教官! 速く上に!」

「スタンピードが近付いてます!」

「心配は無用だと告げます」

そう言う教官の横を、スタンピードを警告した探索者達が駆け抜けた。

その後ろからも何人もの探索者が決死の顔で続いている。

「おい、もっと奥に詰めろ」

柱の下から声がした。

知らない人だ。

どうやら、何人かの探索者は走って逃げるのを諦めて、この柱に避難する事にしたようだ。

俺達が避けると、その人達は吊り橋を通って隣の柱の方へ逃げる。

「あんた!」

ラサが一言呟いて、吊り橋の方に向かう人の腕を掴んだ。

「なんだ、お前?」

「あんた、ゴンの同郷の人だろ? ゴン達はどうした?」

ラサの言葉で思い出した。

彼はゴン達をパーティーに誘った人だ。

「あいつらは先に逃がした」

彼は「放せよ」と言ってラサの手を振り払い、言葉を続ける。

「こっちには来てないのか?」

「うん」

「そうか……まあ、盾持ちのゴンがいるから、別の方向から逃げ延びているだろ」

彼はあまり心配していないようだ。

「ゴン達、大丈夫かな?」

「心配だけど、ぼくらにできる事はないよ」

俺の言葉に、ザキが首を横に振る。

「魔物の群れだ」

「ゴブリンだけじゃない。迷宮蟻や迷宮大鼠もいるぞ」

スタンピードの監視をしていたサグやロジムが言う。

「魔物どもよ! スピードは法定速度を守って安全にと宣言します!」

教官のよく分からない叫びが響く。

「なんだ?」

「あれは盾士の 挑発 ( タウント ) スキルだ」

教官が盾を構える。

「あれ、見て!」

「教官の周りに光? 魔法の矢か?」

「あんなに沢山の矢なんて!」

「まるで王祖様の伝説みたいだ」

教官の周りに現れた何十本もの魔法の矢が、彼女の剣の一振りで一斉に魔物に向かって飛んでいく。

だけど、その数は 夥 ( おびただ ) しい数の魔物には焼け石に水に見えた。

「ダメだ。数が違いすぎる」

「そんな事無い! 見ろ!」

魔物に接近した魔法の矢が次々に 爆 ( は ) ぜた。

「すごい! 一本の矢で何体もの魔物が倒れてる!」

ラキシスが興奮した声で言う。

無意識なのか、俺の腕を掴んで引き寄せる。

「やったぞ! 魔物達の足が止まった!」

手前の魔物が爆ぜた魔法の矢で倒れ、それに足を取られた後続の魔物達が連鎖的に倒れていく。

そこに教官が放った追撃の魔法の矢が降り注ぐ。

「すごい……あれがベテラン探索者の力か……」

神官見習いのユトが、うわごとのように呟く。

その気持ちは分かる。

まるで勇者物語から抜け出てきたような圧倒的な力だ。

教官と魔物達の戦いは、教官による一方的な蹂躙を見守っているうちに終わりを迎えた。

「一人で勝っちゃったね」

「うん」

ザキの言葉にラサが頷く。

「あ! ケロスだ!」

「シナもいる」

スタンピードが来たのと別の方向から探索者達がやってくる。

遠くて分かりづらいけど、探索者達の中にケロスやシナの姿を見つけた。

「ゴンが見当たらないな……」

シナが傷だらけのケロスに肩を貸している。

「なんか、やべぇ」

鼠人のネゼがそんな事を呟く。

「何が?」

「分かんねぇ」

自分でも理由が分からないらしく、ネゼが訝しげに首を捻る。

「あいつら、どうして後ろを気にしているんだ?」

ユトの言葉に、ラサがハッとした顔になって、柱の壁に耳を押しつけた。

――なんだろう?

俺もマネをする。

微かにだけど、ズズンッと何かの振動が伝わってきた。

「まずい! 教官!」

ラサが地上の教官に向けて叫ぶ。

「こっちの方角から何か来ます! たぶん、大きいヤツ!」

教官が一瞬でここまで飛び上がり、ラサが指し示す方を見つめる。

「これは困りましたと告げます」

「教官がそんな事をいうなんて――」

ラサの言葉を轟音が掻き消した。

シナ達の後方、迷路を囲む壁が砕けて何かが出てきた。

巨大なミミズみたいなヤツ。先端から紐状の何かが生えてうにょうにょしている。

「でっか!」

「なんだありゃ?!」

「あれは区画の主、あるいはその眷属だと推測します」

「区画の主? 第一区画に区画の主なんていない! 常識だろうが!」

スタンピードを連れてきた探索者のおじさんが、教官の言葉を否定する。

「常識と違うからと言って、目の前の光景を否定するのは愚者の行いだと断言します」

おじさん探索者が「ぐぬぬ」と歯がみする。

「逃げなきゃ!」

「そうだ! こんな柱なんて、あの巨体の前じゃ避難場所にもならないぞ!」

ザキの言葉に貴族子弟のロジムが同意する。

二人の会話を聞いていたおじさん探索者達が、俺達を押し退けながら下に駆け下りる。

「教官! 教官なら勝てたりしますか?」

おじさん探索者達の後ろを追いかけながら教官に問う。

「現在の装備では不可能だと告げます」

あんなにすごい教官でも勝てないのか……。

「ケロス、頑張って!」

思ったよりも近くでシナの声がした。

振り返るとケロスに肩を貸して走るシナがいる。

「やばい、もうあんなに近くに!」

ラサが見ているのは、迷路の壁や柱をなぎ倒しながら来る「区画の主」だ。

このままだとシナもケロスも「区画の主」に喰われてしまう。

俺は駆け出した。

「シャロン!」

背後にラサの制止の声を聞きながら。

「え? シャロン?」

シナと反対側からケロスに肩を貸し、走るのを助ける。

「代わる。シナも怪我してる」

追いついてきたラサがシナの代わりにケロスを支えるけど、意外に重いケロスを支えきれずによろめいた。

「ラサ、ぼくが代わるよ」

ザキも来てくれたみたいだ。

「シャロン、後ろ!」

「――ラキシス?」

前から走ってきたラキシスが俺達の足に飛びついて転ばせる。

「うわっ、何をするんだ?!」

転がった俺達の頭上を何かが高速で横切った。

近くの壁や柱がなぎ倒されるのが見えた。

「あいつの触手が飛んできていたんだ!」

ザキの驚きの声で、さっきの状況が分かった。

巨大ミミズの先端から生える触手は、ものすごく遠くまで届くみたいだ。

「ありがとう、ラキシス」

ラキシスが危険を冒して俺達を倒してくれなかったら、さっきので死んでいたと思う。

「お礼は後。早く逃げないと」

俺はケロスを背負い、シナの手を引くラサと一緒に駆け出す。

ザキとラキシスが後ろを警戒しながら先導する。

「来る!」

「させないよと告げます――自在盾」

伏せた俺達の背後に、幾枚もの透明な盾が現れ、巨大ミミズの触手を受け止めた。

「今のうちに急げと告げます」

別の触手が透明な盾を回り込んできたが、それは教官が大盾と剣で防いでみせた。

「まずい、このままじゃ……」

「ザキ、前だけを見て急げ!」

俺達は教官を信じて全力で走る。

背後で轟音がして、教官が頭上を吹き飛ばされていった。

その身体を、10本近い触手が追いかける。

「教官!」

「――危ない!」

教官を目で追っていた俺をラキシスが引き寄せた。

さっきまで俺がいた場所に、触手が突き刺さっている。

「また助けられた」

「今はそういうのいいから――」

ラキシスの向こうから、触手が地面を引き裂きながら飛んでくるのが見えた。

普通じゃ間に合わない。

引き倒しても、地面ごと吹っ飛ばされる。

――縮地。

切り札のスキルを使って、ギリギリのタイミングでラキシスを助けられた。

でも、ケロスを背負った状態で使うのは無理があったらしい。

「シャロン!」

ケロスを背負ったまま俺は地面を転がる。

縮地の反動で身体が麻痺したように動かない。

「逃げろ! ラキシス!」

次の触手が来る前に。

ラキシスが駆け出す。

そうだ。それでいい。

ラキシスが大きな柱の横で足を止めた。

「この状況で逃げられるわけないでしょ!」

柱を平手で殴りつけ、怒ったように叫ぶ。

そんなラキシスの身体の表面を、紫色の光が波紋のように流れた。

「来なさい! 黄金の騎士!」

ラキシスの叫びと同時に、柱の表面がぼこぼこと波打ち、中から黄金色に光る手が現れた。

俺の身体を掴めるほど大きな手だ。

手に続いて巨大な騎士の上半身が現れる。

「一回じゃ無理か……もう一回!」

ラキシスの身体を再び紫色の波紋が光り、途中で止まっていた巨大な騎士が完全に姿を現した。

「はあはあはあ――行きなさい! 黄金の騎士!」

ラキシスの命じるまま、黄金騎士が動き出す。

黄金騎士が巨大ミミズの触手を受け止める。

受け止めた黄金騎士が、触手の勢いに負け地面を抉った。

「今のうちに!」

「分かった!」

ラキシスに促され、ラサとザキが俺とケロスを引き摺っていく。

「ラキシスも早く!」

「私はダメ。ここを離れたら、あれが土塊に戻る」

そう叫ぶラキシスの顔には玉の汗が光っている。

「――あっ」

巨大ミミズが身をよじって先端を振った。

触手に絡みつかれた黄金騎士が、迷路の壁を砕いて近くの柱に叩き付けられる。

「くぅううう」

黄金騎士の痛みが伝わったかのように、ラキシスが身体を押さえて呻く。

「ラキシス!」

「大丈夫。このくらいなんでも、ない!」

歯を食いしばるラキシスが、キッと巨大ミミズを睨み付ける。

その唇から一筋の赤い雫が流れ落ちた。

「生徒・ラキシス、よくやったと称賛します」

「教官!」

瓦礫を吹き飛ばし、教官が戦線に復帰した。

「教官と黄金騎士なら、あれにも勝てますよね!」

「否定。生徒・ザキ、私達二人では勝てないと評価します」

勝てない? あの巨体と教官がいて?

あの巨大ミミズはそんなに強いのか。

「だ、だったら……」

俺は気力を振り絞って立ち上がる。

「俺も微力を尽くします」

女の子に守られるだけなんて、妹に怒られてしまう。

その肩に、教官が優しく手を置いた。

「その必要はないと告げます」

「俺だって、囮くらいにはなれます」

「そういう意味ではないと訂正します」

教官が前方を指さした。

黄金騎士を地面に叩き付けた巨大ミミズに、二つの影が急接近した。

「走竜キィイイイイッックと告げます!」

「二人だからダブル走竜キックが正しいとユィットは訂正します!」

ものすごい速さで二つの影が巨大ミミズの頭部に激突した。

二本の後脚で走るトカゲに誰かが乗っている。

「あれは――」

「私の姉妹達だと告げます」

悲鳴のような咆哮を上げる巨大ミミズの頭上に、四本の柱のような透明な杭が刺さる。

「遅れたかしら?」

近くの壁の上に、教官とそっくりな金髪美女が着地した。

他にも三人の同じ顔をした金髪美女がいる。トカゲに乗っていた二人や教官をいれたら、全部で七人だ。

「ノー・アディーン。ギリギリ間に合ったと告げます」

「なら、良かった。あなたは休憩している?」

「 否定 ( ネガティブ ) 。参戦を希望すると告げます」

「分かったわ。フォーメーションCで行くわ。魔力の貯蔵は十分かしら?」

「イエス・アディーン。上級魔法一発くらいは行けると告げます」

「ふぉーめーしょんしー?」

「フォーメーションC。キャスター・モードだと説明します」

「……なんで英語なのよ」

ラキシスが黄金騎士に巨大ミミズを押さえつけさせながらぼやく。

教官達が杖を構える。

「「「 神威巨槍 ( ディバイン・ランス ) 」」」

教官達の傍に、彼女達の身長の三倍近い巨大な槍が現れる。

あとで、それが術理系の上級攻撃魔法だと教えてもらった。

「黄金の騎士! そいつを全力で押さえつけなさい!」

ラキシスに命じられた黄金騎士が、自身の腕が砕けるのも顧みずに巨大ミミズの触手を引き絞る。

「シュート!」

「「「イエス・アディーン」」」

教官達の傍に現れていた巨槍が一斉に放たれ、次々と巨大ミミズの本体に突き刺さった。

「「「 神威巨槍 ( ディバイン・ランス ) 」」」

二撃目、三撃目の巨槍が次々と巨大ミミズを串刺しにしていく。

「……すごい」

まるで神話か勇者物語の一節だ。

シス教官だけは魔力切れで初回だけだったけど、そんな事は気にしないとばかりに姉妹達の活躍を見守っていた。

「もう、限界」

気絶するように倒れるラキシスの下に身体を滑り込ませる。

身体で受け止めた時に、息が詰まるほど苦しかったけど、殊勲者の彼女を地面に落とすよりはマシだ。

「大丈夫?」

ラサがあきれ顔で俺を見下ろす。

そんなラサの向こうで、痛みに暴れる巨大ミミズが、体液を撒き散らしながら頭を振り回している。

触手の先には千切れた黄金騎士の腕がくっついていた。

役割を終えた黄金騎士は、すでに土塊へと戻りつつある。

「もう終わりだと告げます」

四回目の巨槍攻撃で巨大ミミズは完全に沈黙した。

「生き延びたね」

「こんなのは今回だけにしてほしいよ」

ラサやザキと笑い合う。

◇

あの後も色々と大変だった。

幸いな事に、生存が絶望視されていたゴンは生きていた。

瓦礫の下に埋もれているのを、ユィット教官の従魔が発見してくれたのだ。

もっとも、生き延びた代償は大きかった。

ゴンは片腕の肘から先を失ったものの、義手を付けてパーティーに残っている。

一方で、ケロスは迷宮の怖さが骨身にしみたのか引退して故郷へと帰った。シナはパーティーの雑務係として拠点の使用人になったらしい。

俺達は――。

「シャロン! そろそろパーティー結成式に行くぞ!」

「分かった。ラサは?」

「先に行ってる」

新人講習を終え、俺達は班の皆とパーティーを組む事になった。

残念ながら、貴族子弟のロジムと従僕のサグは所属先が決まっていたので振られてしまったけど、それ以外のメンバーは全員一緒だ。

「あれ? ラキシスは?」

集合場所の飯屋に、なぜかラキシスがいなかった。

「ちょっと用事があるって言って向こうに行ったぞ」

鼠人のネゼが飯屋の裏手を指さす。

「ちょっと見てくるよ」

なんだか嫌な予感がした。

「――ラキシス様。ついに権能をお使いになられたのですね」

「どうして知ってるの?」

物陰で、ラキシスが濃い紫色のローブを着た人と話している。

前に見かけたフードの男だ。

「護衛に付けた影から聞きました」

「護衛? 監視の間違いでしょ?」

「どうやら誤解があるようですね。私ども教団は――」

「聞く気は無いわ。帰って」

「十全に権能を使うには、教団にお戻りになって姉君様達に教えを乞うべきです」

「その気はないって言ったでしょ。ユニークスキルを使ったのは、使わなきゃ死ぬような状況だったからよ。使わずに済むなら絶対に使わないわ」

「ラキシス様、我が儘を仰らないで――」

男がラキシスの腕を掴んだ。

このままだとラキシスがどこかに連れて行かれる。

そう思ったら俺は駆け出していた。

「ラキシス!」

「シャロン?」

ラキシスが戸惑いの声を上げた。

「行こう! ラキシス!」

俺は彼女に手を差し伸べる。

俺の手を取ろうとしたラキシスだったが、男が彼女の手を引きそれを邪魔する。

「放して!」

ラキシスが男の手を振り払い。

俺の手を掴んだ。

「ラキシス様!」

「私は帰らない! お前達は帰って姉様達に伝えなさい。私は迷宮都市で生きていく、と!」

俺と一緒に駆けながら、ラキシスが男達を振り返ってそう叫んだ。

「良かったのか?」

「ええ! 今はとっても良い気分!」

ラキシスが笑顔で俺を見た。

俺も彼女に笑顔を返す。

俺達は走った。

共に迷宮へ赴く仲間達の下へ。

◆◆◆とある村にて◆◆◆

「レイナさん、あなたまさか――」

「違うの! 誤解よ、アキンドーさん!」

愕然とするアキンドーの声を掻き消すようにレイナが叫ぶ。

「えーっと、そう! リメイク! 玲和版 ( ・・・ ) があったのよ! 再放送でも、ましてや本放送でもないの!」

「……そうですね」

「本当よ?」

レイナが可愛く首を傾げる。

「そういう事にしておきましょう」

「本当なんだってばぁああああああああああああ」

村はずれに、レイナの叫びが響いた。

※次回更新は、4/24(日)を予定しています。

迷宮都市の少年シリーズは一旦終了となります。

※2022/3/7 作者twitterで次回web更新内容のアンケートを採っています。宜しければご投票くださいな~

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