LNCrawler

6-25.ムーノ市の戦い(3)

デスマーチからはじまる異世界狂想曲( Web版 ) — ncode.syosetu.com · All chapters

6-25.ムーノ市の戦い(3)

※8/13 誤字修正しました。

サトゥーです。就活で行き詰まっていた友人が、怪しげな自己啓発セミナーに嵌って身を滅ぼす寸前までお金を貢がされていた事がありました。

洗脳の歴史は古いようです。異世界にもあるようですが、少し手法が違うようです。

◇

ポチのお陰で男爵一家との距離が近くなったので、オッサンを上手く誘導しつつ男爵に色々な話を確認してみたのだが……。

「では、祝い金の徴収を命じたりはしていなかったのですか?」

「もちろんだよ。執政官から今年は不作だと聞いていたからね。そんな事をしたら領民が飢えてしまうじゃないか」

実際、口減らしで老人が捨てられたりしていた。

「どの村も商人が避けるほど身売りする者が出ているのはご存知ですか?」

「ふむ、どの村も裕福とはいえぬが、飢えるほど徴税はしていないよ。今年は執政官からの提案で、食料を分配したはずなんだが?」

出会った村人達は、農奴から村長まで等しくやせ細っていた。村の顔役が横領したとは思えない。

「今日、馬車の前に飛び出して轢かれた少女がいました。御者は、平民を轢き殺しても馬車を止めるなと言われていたそうですが、本当なのですか?」

「残念ながら事実だ」

お、肯定した。

しかし男爵の顔は陰鬱だ。とても「庶民などゴミ同然」といった態度には見えない。

「サトゥー様、それには理由があるのです。一昨年に私と妹が乗った馬車が子供を轢いてしまった事があったのです。私達はすぐに馬車を止めて子供を介抱しようとしたのですが、瞬く間に包囲されて誘拐されそうになったのです」

「俺と出会った時の話か? その時の子供や包囲した人間達は、町に潜んでいたムーノ解放軍とかいう盗賊の集団だったそうだぜ? もっとも盗賊だっていうのは、後で執政官様に教えてもらったんだけどな」

「あの時は素敵でしたわ」

続く令嬢と勇者の惚気話は、適当に聞き流した。しかも令嬢の話だと、その後に同様の事件が5回もあったそうだ。令嬢達が直接出会ったのは2回だが、侍女や高官が何度か狙われたらしい。特に最後の高官を狙ったときは、わざと馬車を避けさせて横転させてから襲撃したらしい。

ヘンだな、既に駆逐済みなのかも知れないが、ムーノ解放軍とかいう組織はこの街中には誰もいない。もちろん、暗黒街の人間はいるので賞罰で盗賊かどうかを判定するのは難しいが、所属に「賊」と付く人間は居なかった。

「国境の移民税とかも執政官殿の提案なのですか?」

「実は近年、領内の村から子供や娘達が誘拐されて、別の領地で奴隷として売られるという痛ましい事件が起こっていてね。執政官の提案で、正規の奴隷商人や村長の許可証を持たない者には、重い税金をかけて水際で犯罪を阻止する事にしたのだ」

一応、善意からなのか? 領民を減らしたくないのはどの貴族でも同じだから実利面もあるんだろう。

「そういえば門や場内に兵士や騎士様の姿が無い様に思うのですが?」

「うむ、村々や商人達から盗賊の被害が増えていると嘆願を受けていたのでな、盗賊退治の為に全軍で出撃させたのだ。正門さえ閉めておけば、盗賊達が襲ってきても問題ないと執政官が言うので許可したのだ」

はい、ダウト。

さっき馬車が、市内に潜伏した盗賊に襲われるって言ってたじゃないか。

今、市内には兵士が10人も居ない。騎士にいたっては1人だけだ。幾ら全軍で討伐といっても、居残り部隊が少なすぎる。正直ありえない。

「市内に潜伏した盗賊の一味は大丈夫なのでしょうか?」

「執政官が大丈夫だと言っていたから大丈夫だ」

「それに盗賊ごとき何人襲ってこようと、この聖剣で退治してくれるぜ」

男爵の言葉をニセ勇者がフォローする。その後にまた令嬢との惚気が始まっていたので聞き流した。

執政官か。随分信頼されているな。

ん? そういえば、みんな「執政官」としか言わないな。

マップで執政官を検索するが見つからない。市内だけではなく、領内でもだ。

「可能ならば、一度、その執政官さまにお会いしてみたいですね」

「もちろんだとも、今は手が離せないらしくてね。隣の別棟で仕事中なんだよ。仕事が一段落したら来ると言っていたから、そのうち顔を出すだろう」

別棟か、そこには執政官なんていない。ならば彼らの言う執政官は、やはり魔族だろう。

念の為に名前を聞いて、牢屋とかに居ないか確認してみよう。

「先ほどから皆様、執政官様を役職でしか呼んでおられないようですが、執政官様のお名前は何と仰るのでしょうか?」

「ふむ、何だったかな? すまない、いつも執政官としか呼んでいなかったから名前をど忘れしてしまったよ。年は取りたくないものだ」

オレは令嬢達にも尋ねてみる。

「最初の頃はお名前で、お呼びしていたはずなのに、最近は執政官さまとしかお呼びしていなかったので忘れてしまいましたわ」

「すまない、俺は最初から執政官様としか呼んでいないので知らないんだ」

メイドさん達も知らないようだ。

こんな状況は普通はありえない。影が薄い人間が名前を覚えてもらえないならわかるが、行政のトップの名前を誰も知らないというのは不自然すぎる。

そして一番不思議なのは――

オレは質問に答えてくれた人達を見回す。

――誰もソレを不自然な事だと思っていない事だ。

◇

「ん? ありゃなんだ?」

ニセ勇者がバルコニーの向こう側を見て疑問を呈する。

この部屋にはバルコニーにつながる背の高い扉が幾つもあり、それらが全て開かれている。高台にある上に館の最上階の部屋で、そんな事をしたら寒さに震えそうなものなのだが、エアカーテンの様な魔法で部屋の内外の空気の流れを阻害しているらしい。

閉め切ったら暗いだけでなく、閉塞感が強いからなんだろう。

そして、そのバルコニーの向こうには城門から市の正門までの一直線の中央通りが一望できる。

勇者が言いたいのは、市民らしきゴマ粒のような黒い影が中央通りに湧き出している様子の事なのだろう。

何か事件でも起こったか?

メイドさんの一人が「聞いてきます」と言って部屋を出ていった。

マップで見たところ、町の中にある墓場のうちの2箇所で、スケルトンが各10匹ずつくらい湧いている。

もちろん魔族は、別棟にいる分体以外はみんな森の中だ。

市内を検索して犯人を見つけた。スケルトンの近くに「死霊魔法」を使える者がいる。

こいつは変な状態異常もないので、執政官に化けた魔族に金でも貰って、騒動を起こせとか依頼されたんだろう。

スケルトンたちは市民を追い立てるだけで、攻撃して殺して回っている訳ではないようだ。それなのにスケルトンに気がついた市民の多くは、大通りから正門や城門に向かって逃げ出している。

この街の来歴からしたら仕方ないのかもしれないが、それだけじゃなく内部で先導している人間もいるに違いない。

ニセ勇者に釣られるように他の者たちもバルコニーに出ていった。

ニセ勇者に釣られるようにバルコニーに出る皆に続いて、オレ達も付いていく。

くいくいと、アリサに袖を引かれた。

「ねぇ、さっきの話、執政官が今回の黒幕だと思わない?」

「思う。ついでにソイツは魔族だ」

「ま、魔族? ソースは?」

しまった、思考に沈んでいるときに言われて咄嗟に答えてしまった。

まあ、いいか。

「この城の中に執政官はいない。代わりに別棟にスプリッターっていう1レベルの魔族がいる」

「1レベル? そんなのありえないわ、きっと本体が近くにいるはず」

ついでだから状況を教えておこう。

「本体は市に隣接する森の中だ」

「なっ」

「森ではゴブリン3000匹と男爵軍1000人が戦っていたんだが、魔族の精神魔法で同士討ちして全滅。スプリッターは他に10体ほどいて、森の中で遺体をゾンビ化している最中だ。ゾンビ達は100匹ほどの集団毎にムーノ市に向かって進軍中だ。ついでに言うと森の中に潜伏していた盗賊や獣も同様にゾンビになっている」

「マジで?」

「本気と書いてマジだ」

ひさびさにこのフレーズを使ったな。

アリサにはマップ検索とかを言っていたはずなんだが……鑑定みたいに有効範囲が数百メートル程度だと思われていたのかもしれない。

領内を全てカバーできるとかまで言ってないからユニークスキルの開示に当たらないと思いたい。

おっと、もうちょっと言っておかなければ。オレは続けて魔族の詳細を伝えた。

「そ、それで、アンタはレベル30の魔族がいる場所に、一人でノコノコ乗り込もうとしていたのね?」

柳眉を上げたアリサが詰め寄ってくる。

「いや、今もだけど、本体は森の中だしさ?」

「前の骸骨野郎を忘れたの? スプリッターって分身の事でしょう? 分身と体を入れ替えるような特殊能力を持ってたらどうするのよ」

その時はサックリ倒そうと思ってた。

「まあ、その時は聖剣もあるし。ニセ勇者やその仲間もいるからね」

「あんなのを当てにするくらいならリザさん達も連れてくれば、襲ってきてもなんとかなるかもしれなかったのに」

「魔法攻撃主体の魔族だったからさ、リザ達が操られないか心配だったんだよ」

「もう、わたし達奴隷の心配より、自分を最優先させなさいって前も言ったでしょ!」

心配して怒ってくれるアリサを宥める。

こういう時は話を逸らして、矛先をかわそう。

「アリサ、黒幕が魔族なのはいいとして、皆の様子が微妙に変じゃなかったか?」

「それなんだけど、魔族の精神魔法が怪しいわ」

「でも、状態異常は誰も付いていなかったぞ?」

「そこなのよ、それが精神魔法が禁忌扱いされてる理由なの」

そういえば、アリサ以外に精神魔法スキルを持っているヤツを見るのは、あの魔族が初めてだ。

「精神魔法の 信頼 ( トラスト ) や 認識阻害 ( ジャミング ) 、 常識操作 ( ラーク ) なんかで、長い時間をかけて何度も魔法に掛けることで洗脳できるのよ」

「洗脳?」

「そうね、例えば『カラスは白い』って毎日魔法を掛けると、やがて『カラスは何色?』っていう質問に『白』って答える様になるの。魔法で信じやすい下地を作って、嘘を本当だって言って教えていくのよ。もちろん個人差があるけどね」

ファンタジーというよりは新興宗教みたいだな。

「解く方法は無いのか?」

「難しいわね。時間をかけて根気良くやれば解けるけど。魔法で一発解除は無理よ」

意識操作系の魔法をかけられた直後に無効化するような魔法はあるらしいが、魔法でゆがめられた情報を操作するのは難しいらしい。

精神魔法を使って逆洗脳をする事は可能らしいが、それでも時間が掛かってしまうそうだ。

男爵一家は単なる悪人の方が良かった気もするんですが、それだと領民の今後が波乱万丈すぎるので「悪いのはみんな魔族」にしてしまいました。

ゾトルの出奔時期がおかしいので、後で時期を修正します。

初期プロットでは魔族も介入せず、単に無能なだけの迷惑な領主だったんですよね。