LNCrawler

第1章 十節

天秤の騎士は、己が正義を成し続ける — www.pixiv.net · All chapters

第1章 十節

「ふんっ!」

暗い洞窟のような街道、灯篭の薄明かりが照らす闇派閥拠点で、壁を殴りつけ岩を砕くほど荒れている男が一人。オリヴァス・アクト、闇派閥統率する幹部の一人、組織全体を通してもヴァレッタに並ぶ過激派である。

「るっせーぞ!オリヴァス、何荒れてやがる」

「黙れ!あのまま攻めに転じておけばオラリオ等とうに落ちていたものを、あの邪神は!」

腹を立てていた理由は一つ。

あの夜の侵攻の際、作戦とはいえ撤退を宣言した邪神エレボスへの不満だ。

あそこまで一方的な殲滅となってしまえば、冒険者どころが都市など破壊し尽くしてしまえるはずだった。にも関わらず、作戦通りに撤退を行った。統率者と言えど理解に苦しむ。

「貴様も貴様だ!何が腐り目を殺しただ!奴は生きていた!だからこそ都市は未だに陥落しきっていない!」

「はっ!てめぇのそれは甘えだ!自分が思った以上に無能だからって私にあたってんじゃねぇ!文句なら全部あの邪神に言いやがれ」

しかし、事実オラリオは陥落一歩手前まで来ている。城壁は既に制圧済み、冒険者は虫の息も同然、何より此方にはゼウスとヘラの生き残り、この状況で攻めずにいつ攻める!

「おや?それは…我が主に対する欺瞞ですか?」

「…顔無しぃ。てめぇの神は、エレボスは何を考えてやがる?」

ヴァレッタはいつからそこに、と言う意味合いも込めて聞いた。

「さて…矮小な人の身では神のお考えなどとても」

エレボス唯一の眷属、ヴィトーはわざとらしく言い訳をし、肩を鳴らす。その態度にオリヴァスは更に不満を表す。

「えぇい!こうなれば我々だけで…」

「我々だけで、何だ?」

『!』

奥の暗がりから聞こえた声はオリヴァスの言葉を逆撫でし、その場にいた人の子全員に根源的な忌避を感じさせるものだった。その声の主は、

「エレボス…」

「おや、いらしていたとは我が主」

ヴィトーが恭しく頭を垂れるのは渦中の男こと、邪神エレボス。タイミングを見計らったかのように現れたエレボスはその傍らに二人の盟友を伴っていた。

「オリヴァスよ。お前如きでは今のオラリオ、いや…冒険者達すら落とせん」

「何!」

「あの進行で大した功績すら建てられんお前に落とせるはずが無いだろう?」

煽る態度でエレボスは発言する。「何の冗談だ?」と態とらしい所作で鼻を鳴らしながら、お前などでは、と言う物言いだ。下界でこそ無力な神だが、その慧眼は子供のそれなど足元にすら及ばないものだ。

最も、それが本心かはさておきだ…

「貴様!」

「黙れ。貴様らは存在そのものが雑音だと言うのにまだ喚くか…」

「っ!静寂のアルフィア!」

『福音』

「っ!ゴハァ!」

自らの意思に背いた罰か、それとも別の理由かアルフィアはその理不尽でオリヴァスを壁に叩きつける。

「喚くなと言った」

『!』

壁からずり落ちるオリヴァスを横目に見ながらヴァレッタは冷や汗を流している。

確かに、アルフィアは癇癪持ちだが、それで仮にも仲間であるオリヴァスにここまでするだろうか。

「勘違いしているようだから訂正しておいてやる」

「!?」

「…」

見透かされたようなザルドの発言にヴァレッタは分かりやすい反応を示し、邪神の側近であるヴィトーもまた細い目を片方だけ開きその内容を聞く。

「俺は…いや、俺達は貴様らの味方でも、ましてや仲間等では到底ない」

「では、何故都市の壊滅などという、行為に手を貸してくださっているのかお聞かせ願いたいものですね?」

実に興味深いとでも言うようにヴィトーは好奇心にかられ、この場における自らの立場を弁えずに質問を投げかける。彼は自らが行為を”などと”と言っているがその言葉の裏には反省もなければ後悔もない、純粋に何かを楽しんで、寧ろ何が悪いとでもいうような舐めた態度だ。

「利害の一致だ。故にエレボスとの盟約に至った。この抗争において俺たちは冒険者共を蹂躙するとな」

「ほぉう...それはそれは」

「もっとも、奴の存在だけは予想外もいいところだったがな」

「...八幡か」

それは計画において大きな障害となる存在の名だった。

矮小で卑屈、見た目だけはこちら側、だというのにこちらを憎み刃を突き立てる、猛犬。

しかし、その猛犬はたった今名前を呼んだアルフィアによって再起不能だと内通者から聞いている。

「あぁ、まさかこんなところでフラグ回収とは思わなかったが」

「貴様の蒔いた種のせいで俺たちは活動限界寸前だがな」

「ハハ、侮るなよザルド。あれは言わば蕾。予想では芽が出ていればいいと思っていたがまさか、既にあの域とはさしもの俺でも分からなかった。都市でその名を聞いたときはまさかと思ったがな」

「なればこそ、ギルドにいる奴事潰すべきだ!」

「それじゃつまらん」

「は?」

この神は何を言っている?都市を落すために俺たちは手を組んだ、無辜の民に自らの無力を知らしめ冒険者どもを蹂躙する。その為に眷属を一人のみの弱小を頭目に置いたというのに、

「考えろよオリヴァス、お前以外はもう分かってるぜ?」

「何を言っているのだ!」

「んじゃ、次の決行まで自由時間だしっかり休めよ」

「待てエレボス!待てと言っている!」

言いたいことを一方的に言い捨てたエレボスは、盟友である二人とたった一人の従者を連れて奥に消えていく。その背に怒りをぶつけ、靴音すらかき消す咆哮をオリヴァスは上げるが、回道に虚しく響くだけで、エレボスは振り返ることはなく。エレボスに対する苛立ちは時間がたつほどに大きくなっていった。

目の前の低身長の神は慈悲に満ちた瞳で俺を見据え、その名を告げてくれた。その優しさが心臓から手先にじんわりと伝わってくる。その言葉の裏にある「よく頑張ったね。もう大丈夫」という気持ちが染みて、何を頑張ったのか覚えていないが自然と涙があふれてくるようだった。

「それじゃあ少年、君の名前は?」

失礼を働いたはずだった、子ども扱いもしてしまったし、何よりこういった場合は自分から名乗るべきだ。だというのに、目の前の神は不敬ともいわず罰すら与えず、それどころか優しさすら向けてくれた。その優しさが嘘でないことは彼の根底にあるとある既視感から分かった。

「俺は...お、れは...」

言葉が続かない...彼女は名乗ったならこちらも名乗らなければ無礼というものだ。だというのに言葉が出ない。確かに優しさが身に染みているのもあるだろう。だが、それでも少年は礼儀を損なうことはしない。

「そっか...なら、そこは教えてあげよう」

「え?」

「君の名前は、比企谷八幡。よく覚えておくんだ少年。君の大事な大事な名前だ」

俺は自分の名前すらも忘れていたのか...無くした自覚がないからこそ少年は忘れたことすら分からない。それこそがこのシステムの無情なところだ。自覚がないからこそ思い出すべきことも分からず、最終的に自分が何者なのかも分からなくなる。

「この世界のシステム上仕方ないこととはいえ。間違えて来ちゃった子供にはそれを適用させないで欲しいものだね。まぁ、それが出来たら苦労しないか...」

「比企谷八幡...それが俺の名前」

「どの時点で失くしたのかは分からないけど、一先ずここにきて君の存在が消えかかっていないのは上々だ。凄いよ、よほど強靭な精神のようだね」

「なんかありがとうございます」

「その言葉は最後まで取ってて欲しかったけどな。まあいいや」

驚いたことに彼女の言葉は裏のない本心が全てだった。こんな神がいるのかと思えるほど潔白で純粋、眩しいほどに正しい神、それがヘスティアと名乗った神だった。

自身の名を告げられ、思い出した八幡は付随して多少戻った自らの価値観で目の前の神を判断する。失礼かもしれない、無礼かもしれない、それでもあるものは使わなければ忘れてしまうそんな気がした。

「うん、それでいい。君はこれからその全てを思い出しに行くんだ」

「?」

「さぁ、行こう”比企谷くん”!」

「!」

ナチュラルに心を読まれているようだ。

そんな女神は可愛らしく手を伸ばし俺の手を引き、導こうとしてくれている。

だが、それ以上に彼女の呼び方が心臓を大きく跳ねさせた。目の前の女神とは姿もイントネーションも全く違う、落ち着いた声で俺の名を呼ぶ見知らぬ少女、その姿と声が頭を過ぎっていく。胸が締め付けられるような喪失感と懐かしさのようなものがこみ上げる。

しかし、その感覚はまるで雪のようにじんわりと溶けてなくなってしまった。

「…」

手を引かれ神殿を出ながら、八幡は先ほど掴みかけた感覚が何だったのかを思い出そうとしていた。しかし、何度思い出そうとしても雲を掴んでいるかのような感覚に陥り確信を得るどころか輪郭すら得ることが出来なかった。

掴まれていない方の手のひらを見やる、唯でさえ朧気で曖昧なものが記憶だというのに八幡は掴めそうだった、とそう思った。具体性も実態もないそもそも自分の中に残っているのかも怪しい物に何故か期待しているのだ。

その様子を女神は横目にそっと見ていた。

神聖な建物の中を好奇な目で見られながら進んで行く。道行く人は皆が神々、視線もそうだが、俺自身もどこかフワフワした気分で歩いている。これはそうだあの時の...あの時ってどの時だ?

これだ。さっきから思い出しそうで思い出せない状況が続いている。きっかけはおそらくここにきてから、ここが俺の知識の中にある天界ならなぜ俺は此処に来ることで失った記憶を思い出しそうになる。考えがまとまらず、何をどうすればいいのかも分からない、八幡は顔を顰める。どこに向かっているかも分からないが今はひとまず女神の後をついていくことにしよう。

「どこに向かっているか分からない、何をすればいいのか分からない。そんな顔だね」

「え?」

考え事を切り上げしっかり歩こうと前を向くと、付いてきているか不安だったのかヘスティアは此方に振り向いていた。

「記憶は消えても君自身の本質は変わってないみたいだね。顔に出ているよ」

「顔に、ですか?」

「うん」

「そう、ですか」

「大丈夫...僕が保証するよ。君は此処で君自身を取り戻す、ほらついたぜ」

どうやら目的の場所についたらしい、そこまで時間がかかっていないことから遠くではなかったようだ。しかし、目の前にあったのは特別機械のようなものでも儀式のための祭壇でもなかった。

「でかい扉?」

「そう、扉だね。もっとも、普通じゃ開けられない。今の所この天界で開けられるのは僕と力技だけどあと一人だけだ。まぁ、君が会った彼女と奴には接点がないんだ。だから僕が来たのさ」

目の前にあるのは壁に取り付けられていない荘厳な扉。

白く大きな、所々に金色の装飾が見受けられるこれ以上ないほど美しい扉、ここに来るまでにもこれと同じようなデザインの建物は複数見てきた。でも、目の前にある扉は常軌を逸していた。まるで人々が抱く美しいと感じる幻想そのものを具現したような神秘と壮麗さに八幡は目を奪われた。

「見惚れてるところ悪いけど、時間がない。入るよ」

「...はい」

惜しみながらも八幡は歩みを進める。

あいつらにも見せたかったそんな言葉が脳を過ぎる...しかし、誰に見せたいのか思い出せない。

...最も、目の前で先行する女神ヘスティア曰くそれを思い出しに行くために進む...だが、

「開けるよ」

「...お願いします」

怖い、この先に何があって、これから先の俺に何が起きるのか、分からないのは...怖い。

でも、先に進まないと今の何もない俺からは変わらない。

彼女たちは俺に変わることを望んでいないだろう。

振るえる手を握り込み袖に隠し、竦む脚を前に進め少年は扉の境界を跨いで、踏みしめる床は霧に隠れて見えない。

少し歩いたところで神ヘスティアは脚を止めた、それに伴って俺も脚を止める。

「さて、比企谷くん。ここから先は君一人で行くんだ」

「...」

「ここから先は生者にしか見えない」

向こう側に見える景色はっきり言って見えない。

見えているのは真っ白な霧だけ、ヘスティアに言われて初めて前を向いたが見えているのはそれだけだった。

「いいかい?君の状態がどんなものであっても下界の肉体が生命活動を続けている内は君はまだ生者だ。でも、今君は魂魄つまり、えぇっと...んん!!!とにかく、君はこの先に進まなきゃいけない。いいかい?」

「わ、分かりました」

「あと、これだけは言わせてくれ。」

ヘスティアは八幡の両肩に手を乗せる。

「?」

「この先で君は生きたいかという質問に対する答えをきっと得ることが出来る。だから、頑張ってくれよ」

その言葉に少しだけ目を閉じる。

「スゥー...ありがとうございます神ヘスティア。記憶のない身でも貴方に心からの感謝を」

大きく息を吸った、覚悟を決めるためだ。

そして、ここまで導いてくれた女神に対する最大の感謝を伝えるためだ。

言葉を聞いたヘスティアは再び優しい笑顔を八幡に向けると、たった一言「行ってらっしゃい」と言う一言と共に背を向けた俺の肩を押してくれた。

目の前に広がる霧に歩を進める。

「...」

霧を進み数分が過ぎ神ヘスティアの陰すら見えなくなったころ、黄昏のような日が見えてきた。霧に透けたその光は哀愁を感じさせるような憂いを帯びていた。その感動に脚を止めかけるがそれでも進み続けた。歩みを止めず前だけを見て進み続ける。

黄昏が見え始めるまでと同じ時間歩いた頃、着流しを隔てた脚にしなりながら当たる何かの感覚があった。

しばらくすると視界を狭めていた霧が晴れていき、黄昏がより鮮明に辺りを照らしてくれる。

霧の晴れた足元を見てみると当たっていたのは、これ以上ないほど立派に実った麦だ。

見渡す限りの麦畑、黄昏に照らされたそれは先ほど見てきた建造物とはまた違う神聖さを感じられた。

まるで...そうまるで幼いころに駆け回った故郷、純真無垢でまだ人を疑うことを始めたばかりの頃、俺の手を引く妹と後ろを付いてきていた二人と一緒に歩いたあの懐かしい黄金の畑だ。

黄金の中をしばらく進んでいくと、この場所に類似した自分の故郷について思い出してきた。

田畑が豊かで、ほかの大陸に渡るうえで必ず通る場所で、たくさんの冒険者や旅人、吟遊詩人、盗賊なんかも来たりするがそんなときに限って冒険者がいてくれたりする。

平和だった、穏やかな時間が流れていた。その時間にはいつも二人がいた。そう、二人だ。

「比企谷くん」

「!」

ゆっくりと歩きながら、脳裏に流れてきた故郷の情報を嚙み砕いていると、耳に覚えのある声が響く。

脳を揺らすその声色は、脳幹が冷えるほど冷静で落ち着いたもので思わず肩に力が入るような強さを感じさせる声で、その奥、その真意には大義と熱意が篭もっている。

心が震える...もう会うことはないと思っていた存在、いるはずのない存在が後ろにいるかもしれない、そんな感覚が脳を駆け巡る。期待でも、恐れでもない感情が自分の中で渦巻き、一秒を幾分にも引き延ばした後、少年は意を決して後ろを振り返る。

「っ!」

その姿を目に捉えた時、八幡の脳を鈍器で殴られたかのような衝撃が襲う。

あの時、神ヘスティアに名前を呼ばれて感じたあの感覚が何故ここで蘇ったのか、ようやく分かった。

黒髪で、幼く、そして俺を苗字でくん付で呼ぶ。

そうだ、彼女の名は…

「雪ノ下、雪乃」

「久しぶりね。ここで待っていて、やっぱり正解だったわ」

驚愕に目を見開く俺の心情を他所に、目の前の少女は微笑みながらそう言った。

不意に流れた風が稲穂を撫でる。その風は冬の到来を思わせるような鋭く、それでいて優しい知らせのようなもので、体を通り抜けるかのように感じられた。

オラリオ最悪の一日...その夜が明けた。

辺りではまだ煙が上がり、逐一急行しては鎮圧しているが、半ば機関さ麻痺しているも同然の戦力、生き残り志折れずに立ち向かっている者は頭数の半分もいい所だ。それどころか、余談も許されない状況故に碌な休息も取れていない。そんな状況を最も重く見ているのが全体指揮を執っているロキ・ファミリアの団長たるフィンだ。

「不味いな、現状消耗戦を強いられているというのに、巻き返しのめどが立たない。寧ろ、相手の底が見えているというのにその対処に全力を注ぐ以上、後手に回っているこちらは常に不利、か」

「こちらは不本意にもアイズを投入したというのにこれか…」

「耳の痛い話だよガレス。僕もあの子に人を切らせるのは本心じゃない。何よりこれが終わったあとのリヴェリアが怖い」

「...後があればじゃがな」

「...不穏なことを言うなよガレス。士気が下がる」

下向きだがガレスの発言は的を射ていた。

実際問題、打開策そのものともいえる人物が目覚めない以上現状の回復は見込めない。

故に今のフィンには希望的観測を述べることも、今の発言を否定することもできないのだ。

出来るのは肯定しつつも、抗うことをやめないという方向性を示すことしかできない。

「団長!」

考察に耽っていると、伝令を頼んでいた自分の団の若者が扉を弾きながら駆けてくる。

「ラウルか、待っていたよ。できれば吉報を聞きたいな」

勿論そんな都合の良いことなどないと分かっている。

「...吉報ならよかったっすけど」

「そうか…。それで八幡の容体は」

「傷はもうなかったっす。アミッドさんの話だと、輸血もしたから体の状態的には目覚めてもおかしくはない筈、なんすけど」

「失血してからの時間が長かったせいか」

「...」

「無理もないアルフィアの魔法を脳に直接受けたんだ寧ろ脳が死んでおらんだけあの小僧は十分化け物じゃ」

「意識の回復がいつになるか分からない以上こちらは人海戦術をせざるを得ない」

各地区で頻発している敵の雑な嫌がらせだが、その全てが食料を含めた物資を狙ったものだ。

つまり、敵は此方を本格的に消耗させ内部分裂させるつもりだ。

それと同時にいつまた本格的な進行を行うかを悟らせないようにしているとも取れる。

やはり神エレボスはかなり切れるようだ。

「それじゃあ、ラウル。もう一つの報告も聞かせて欲しい」

「もう一つ?なんのことじゃ?」

「アリーゼは...アストレア・ファミリアはどんな状態だい?」

「...」

フィンの問いに対してラウルはほんの少し険しい顔をしつつ、視線を少し下に背ける。

その様子にフィンは察したのか、

「...分かった。ありがとうラウル」

「団長、俺!」

「ラウル」

「!」

「これは他派閥の事だ。これ以上干渉するのは僕としては本心ではない」

「分かってるっすよ!でも...」

握る拳に力が入る。

ラウルと八幡、ひいてはアストレア・ファミリアの面々の歳は近い。

故に彼は自らの重ねてしまったのだ。もし、自分が彼女らと同じような状況に置かれたのならきっと同じように項垂れて、悲しんで、苦しむ。しかし、果たして自分はその苦しさに耐えられるだろうかと、

「心配するなラウル、八幡は帰ってくるよ」

「根拠は!」

「!」

「根拠はなんすか」

珍しく大きな声を自分に浴びせるラウルにフィンは目を見開くが、その後迷わず答えた。

「彼がこれで終わるだなんて僕は微塵も思っていない、」

「そんなの...根拠にならないっすよ」

「...ラウル」

「...」

「僕を信じられないかい?」

「!」

信じたい。自分の尊敬する人が語る、この信憑性のない根拠を。

違う、本当なら信じなきゃならないんだ。自分のような若く未熟な冒険者は、先に立っている先達の言葉を、真っすぐに信じて盲目的に後ろを付いていくべきなんだ。それが正解なんだ。

「...心配ないさラウル。知ってるだろう?僕の勘は良く当たるっていこと」

「はいっす...」

それでも...目の前の人を信じ切れないのは、自分が知ってしまったからだ。

「なぁマリュー、団長はまだ部屋か?」

夜が明け、開けたカーテンの隙間から鈍い光が差し込む中。アストレア・ファミリアホーム、”星屑の庭”のリビングにてメンバー数人は現状の確認を行っていた。しかし、そのほとんどがどこか暗い目をしている。

その最たるが団長であるアリーゼだが、彼女は昨夜拠点に帰ってから一度も姿を見せていない。

「うん。でも、持って行ったご飯はなくなってたから起きてはいるみたいだよ」

「...そうか」

「こんな時に何してんだよ、アリーゼは」

「探しているのでしょう。リオンが...いいえ、自分が納得できる答えを」

「答えねぇ」

「そんなもの私とて持ち得ておりませんのに」

「なんだ?たかが二つ上ってくらいで年の功気取ってんのか?」

「うるさいぞ...それより目先の問題の方が優先ですわ」

「切り替えるの速すぎだろ...八幡がいない以上整備を他派閥に任せることになるはずだが」

「あぁ、どこも手詰まりだ」

お手上げだと言わんばかりにライラの言に続くイスカの傍らには、一日中使い続けたが為に辛うじて使い物になるかならないかという獲物が転がっていた。作戦開始の時の完璧な状態が見る影もない。弓の弦は緩み、メイスの根本はぐらつき、刀は刃こぼれにより切れるものも切れない。

「寧ろこれ全部やってた八幡は異常だな」

「あぁ、その上であの大立ち回りをしたんだ。寧ろいい薬だ」

「やむを得ません。イスカ、各々最低限でも戦えるよう自力でやってみるよう伝えてください」

「了解だ。マリュー手伝ってくれる?」

「勿論」

静かで重たい空気...一見いつも通りに見えるからこそ尚更だ。ふとした瞬間に来る静けさが身に染みて感じてしまうほど、この空間においてこの静寂は異常だった。

このホームのいつもの光景を知るものが見れば尚更。

先ほど見に来たロキ・ファミリアの伝令役の青年がその一人だ。

会談やギルドを交えた会議の時だって、ペースやテンションを崩すことのなかったアストレア・ファミリアがここまで弱り切っている、という現実は少なからず他派閥に影響を及ぼしているのだ。

何より歳の近い彼からすればまた別の要因もあるのだが...

「あとは...どれだけかかるかだな」

「団長様ならすぐ来る」

「その心は?」

「頭が足りてないからだ」

「...そいつは、違いないが、あたしが言いたいのはもう片方のことだ」

「...リオンのことか」

現在家出中の仲間の一人、リュー・リオン。愚直すぎるが故に迷い、今尚街のどこかで彷徨っているであろう彼女。それはおそらくエルフゆえの高潔さから来るものだけではない。彼女がアストレア・ファミリアひいてはアリーゼに抱いていた憧憬が崩れてしまったが故の物だ。盲目的に求めていたそれに裏切られたように感じた。ただそれだけのことだが、精神的若さ故にそのショックは大きい。

「あいつが受けたのは団長と違って傷じゃない。あいつの求めているものだけはあいつ自身が見つけなきゃいけないものだ」

「見つかると思ってんのか?」

「まさか、私に見つけられないものがあの青二才に見つけられるものか。あいつに必要なのは見つけるより気づくことだ」

「そういうお前は気づいてんのかよ?極東の姫様」

「当たり前だ」

「即答かよ!って、こんな長話してる暇はなさそうだな」

輝夜のドヤ顔が光ると同時に遠方から爆発の音と共に窓ガラスが

こんな状況に乗じてか、寧ろこの好機を逃さないためか、彼女らの感傷など知ったことかと襲撃の手を強めている。

「そのようだな。ネーゼ、アリーゼを頼む」

「任せて」

「よし、行くぞ」

「おう!」

正義を信じている乙女たちは何度目かも知れない死地へと赴く。

疲労の抜けきれない体を押し、不調の武装を手に街を駆け、正しく勇猛を掲げる清く正しい正義の味方、その背中は多くの者たちに英雄のように映るだろう!

...しかし、彼女らが出て行った扉の向こう。見送った一人の少女の目にはそうは映らなかった。

二つの背中では足りないし、何より一人は物足りなさそうに、もう一人は寂しそうな背中だった。

きっとそれは二人と、もう一人間に足りないからだろう、と容易に想像できた。

「!今のは」

リオンはある方向を見上げた。

いまだ健在なダイダロス通りの建物の一つ、街の中央、爆発が起こった場所を向こうに臨む方向だ。

これまでにも小規模な爆発は断続的に引き起こされている。しかし、その中でもひときわ大きな爆発だと、眠ることなく活動し続けているリオンにはその違いが分かった。

「あそこにエレボスが?」

諸悪の根源、世界を混沌に陥れると謳った我々の敵。打ち取るべき者。そして、その傍らにはおそらく...

その考えが過ぎった時にはすでに屋根の上に飛んでいた。屋根から屋根へ最短ルートを即座に割り出し、リオンはその自慢の脚で走っていた。

今はただ、それしか考えられない。正義も、悪も、守るべきものも今の私には答えが出ない。それでも、今撃つべき相手だけは分かっている。歯が立たなくとも立ち向かう。

「...」

彼はきっと来ないから。

先程爆発があったのを聞いていた。

ベッドの上で、天井をただ漠然と、そして何も考えずに見ながら。いつもは湧き出る熱さも、何かしなきゃっていう焦りもない。一夜ずっと考えて疲れて。それでも考えてしまって。眠れない。

揺れる窓をふと横目に見ても、動かなきゃって思っても、何かが抜けてて動けない。

「疲れたな...」

いつの間にか解けていた髪も意に介さず。いつもなら軽い言葉と一緒に起き上がってうるさいと言われてもしゃべり倒す。出てくる強がりをつらつらと並べ、自分で自分を笑わせる。

このままじゃいけない、このまま落ち込んだままで何もしないなんて八幡が目を覚ました時に顔向けできない。そもそも八幡は目覚めてくれるのだろうか。このまま一生死ぬまで眠り続けるなんてことあってほしくないがそれでも頭をそんな予感が過ぎる。

シーツを握る手に力が入るが虚しくなってすぐに手放す。

「私はどうするのが正しいんだろう」

いつだってそれを考えて行動してきた。

「何をすれば正しくあれるんだろう」

道を示してくれた女神様に憧れて、正義の味方に成りたくて。

たくさんを救える人に成りたかった。

「...」

でも今はそれが分からない、何が正しくて、誰が正しくて。何をすれば正義なのか。

人々を救い続けるのはきっと正義だろう、悪を裁くのはきっと正しいだろう。

だったら悪の定義とは何だろう、正義の定義とは何だろう。

ぐるぐると思考が回っていく、どこがつなぎ目か分からないような円のようなものが、霧の中で回転している。

そんな漠然とした感覚がアリーゼにはあった。

「違う...そうじゃない」

頭の中出回り続ける何か、

そして、今一瞬腑に落ちるような感覚があった。

「そうじゃないんだ」

そこからなし崩しのようにあらゆる考えが通っていく。

まるで、もとからあったかのように、霧が晴れるように、頭の中をいつもと同じような熱が支配していく。

無造作な髪の向こう、前髪のかかった瞳の光が強まる。

「なんでお前が天界に?」

それは当たり前の疑問だった。

自分の記憶だ正しければ、彼女は死人の筈だ。死因も、誰が殺したのかも思い出せないが、彼女の存在を思い出してはっきりとしていることの一つが死人であること。そしてもう一人、彼女の横にいた少女もまた、死人であることだ。

俺がここにきてまず最初に抱いた疑問がここがあの世ではないかというものだ。

しかし、それは近くにいた神ヘスティアによって即座に否定された。つまり、ここが天界であるなら死人である、雪ノ下がいるのはおかしい。

「そうね。確かに私たちは本当ならここにはいないわ。けど、未練があったの。暗くて、吸い込まれるような感覚に逆らいながら彷徨っていたら、突然現れた神様に此処にいるよう言われたの。きっと会える時が来るからって」

その神というのは間違いなく俺をここに送り込んだ鬼神様だろう。

よくよく考えればあの人の言動はこの状況を予期してのものがほとんどだった、つまり雪ノ下雪乃にここにいるよう言ったのは十中八九あの鬼神様だ。

だがそれ以上に八幡をかき乱したのは

「未練..か」

「...」

おそらく彼女の言う未練というのはおそらく死因に起因することだろう。

残念なことに彼女の死因を俺は知り得ない。

いや、違う。俺は知っているはずだ。彼女が誰に殺され、どんな死に方をしたのか...そして、どこで死んだのかも。思い出そうとすれば赤い炎のようなものがノイズのようにその光景を覆っていく。

だから、知らないというのは正しくない。おそらく、思い出せないという方が正しいだろう。

俗にいう”ここまで来てる”という奴だ。

もっとも、光景や内容からしてそんな軽いものではないが...

「比企谷くん」

「ん?」

「私がここにいる未練は、死んでしまったことが理由じゃないの」

「...違うのか?」

予想していた理由ではないと正面から否定されてしまった。

流石の俺もそれ以外に理由があると思えず、驚愕を露わにする。

「私の未練は...比企谷くん貴方よ」

「えっ」

「...ごめんなさい。私のというのは正しくないわね。私たちの未練だわ」

「...それは将来が心配的な意味で?」

「違うわよ」

「あ...そうっすか」

なんか、すみません。と声に出しそうなほど冷たい目を向けられるが、それと同時に懐かしいという感覚を受ける。まるで、このやり取りが日常的に繰り広げられていたかのように耳に馴染む。

そして、脳が受ける刺激のとてつもない既視感。

その既視感を皮切りに、灰になった記憶が一部ずつ、時が巻き戻るかのように修復していく。

その結果、自分の中にある彼女の解像度が蘇る。

「比企谷くん。私の、私たちの未練は貴方、...私達はずっと貴方に謝りたいことがあったの」

横に立つ彼女はバツが悪そうに視線を俺から逸らすように斜め下を向いている。

だが、俺には彼女に謝られるような心当たりがない、記憶がなくてもそれだけは分かる。何故なら、今思い出せている記憶だけでも彼女から危害を加えられた覚えも、何かしらを被った覚えもないからだ。

「あの時、今際の際に言ったことを、私たちはずっと後悔していた」

「!」

...そうだ、俺は彼女の、彼女たちの死に際に立ち会っている。

少年の背後を身を焦がす業火、その烈風が襲う。

あの日の情景が鮮明に蘇り、一瞬息が上がる。いつもだらけ切って中途半端に開いている瞼が、大きく見開く。

驚愕し、絶望し...そして自分に対する失望とあらゆることへの後悔。その全てが一瞬にして脳裏を走って行った。

そして、最後に彼女らの今際の際の言葉、遺言のような言葉を思い出した。

「あれの...何を謝るんだ」

「そうね。言われた側、勝手に押し付けられた側の貴方からしたら分からなくて当然」

そうだ、あの言葉を聞いて。託されてなお、俺はその約束を他所に復讐に走り、死んで行った者たちの無念を晴らすため、永遠に癒えない傷を癒すため、自分の手を真っ赤に染めてきた。

彼女たちの願いに反して、今の俺はただの人殺しだ。

「寧ろ、謝らなきゃいけないのは俺の方だ」

「どうして?」

「俺はお前たちの願いを果たせていない。俺が復讐の道に行かないように残してくれた願いだったのに、間反対の道を行った。今の俺は、ただの人殺しだ」

俺は正義を悪を殺すための免罪符にした唯の人殺しで、救ってくれた神ですら利用した背信者で、同じ神をいただく仲間ですら利用した畜生。

これら全て俺がたった2年で築き上げた、自称だが悪名だ。

こんな汚れ切った手では彼女らの夢はおろか、本当なら夢と共に託された形見でさえ握ることも出来ない。

「いいえ、違うわ。貴方は約束を違えていない」

「...」

黄昏に照らされた少年の背中は、誰に怒られている訳でもないのにとても小さく見えた。

「だって貴方はその道にまだ立っていないもの」

「え...」

「貴方は確かに邪道に立った。それでも貴方は私たちとの約束を忘れていない」

「...それだけだ。それに人殺しじゃ英雄にはなれない」

”皆を救える英雄になりたい”...それが、彼女たちの願いだった。

叶えてあげたい、自分に出来る範囲で、皆が馬鹿げた夢だと言うその目標を叶える手伝いがしたい。

それが朝廷に鍛冶の修行に向かった理由だ。

「...そうね。英雄譚はたくさんあるけど、罪を犯した者が英雄になる話は聞いたことがないわ」

「...」

英雄の生涯に罪や汚れた話は見合わない。

英雄譚はその英雄の輝かしい生涯のみを語るものだ。

俺のような復讐のために殺人を是とし続けてきた者は英雄にふさわしくなんかない。

「顔を上げて、しっかり聞いて」

いつの間にか猫背になって、顔を伏せってしまっていたようだ。

尤も、後ろめたいことを暴露しているんだ。自分で言うことではないが、自然とこうなるのも仕方ない。

それでも聞けと言われれば顔を上げる。

「私はそれでも貴方を許すわ」

「...」

「だから私も言わせて欲しいの...ごめんなさい」

「...何が」

今ある感情も今まで俺が摘んできた命の価値も、罪悪を殺しながらも利用し続けていた仲間の顔も、俺を救ってくれた神も、俺を撃った魔女も、全て思い出した。

全ての記憶を探ってそれでも尚、彼女に謝罪を受ける心当たりは見当たらない。

「私たちが勝手に夢を託してしまったせいで、貴方の道を狭めてしまったこと」

「え...」

「私たちが戦うことを強いるような願いを託してしまったから、貴方は傷つきながら苦しむ道を行ってしまった。気にせず幸せに生きることも出来たはずなのに、私たちのせいで..だから、ごめんなさい」

彼女は..いいや、雪ノ下雪乃と由比ヶ浜結は死してなお、大きな未練が残るほどの後悔をもって彼を待っていた。

信用できるかも分からないものの”いつか”という言葉を信じて、いつになるとも知れない時を、二年という長い月日を待った。

俺が此処で彼女たちに会えたのは、復讐を果たせていない俺に文句を言いに来たのだと思っていが、彼女たちはそうでないらしい。

「...俺は、お前たちが謝るほど苦しんでなんかない。俺が勝手に復讐に走って、勝手に傷ついて...自己満足みたいなもんなんだ。お前らを守れなかったのが悔しくて、腹いせと一緒に戦ってるだけ...お前らが信じてくれた俺なら守れて当然だなんて自惚れてな」

「知ってるわ。貴方ならそう言うって、言い訳も濡れ衣も全部誰かの為で、どれだけ自分が痛くてもそう偽ることだって。それでも...一つだけ、貴方に謝罪と一緒に伝えたかった。例え復讐に走っても、多くの命を奪っても、誰が貴方を否定しても私は...私達は貴方を信じているわ。貴方なら守れるって、自惚れなんかじゃないって」

その言葉は暗く沈んだ少年の脳に痛烈なほどに響いた。

全てを思い出し、憎しみと後悔が支配していた心を揺らし、精神に張り付いた黒い焦げが解け落ちて行く。

まるで雪のような声なのに、日の光のように暖かい。

まるで由比ヶ浜も一緒にいるようだ。

「だから、比企谷くん。もう一度立って」

「!」

「立ちなさい。今度は間に合うし、守れる」

「何を...」

「分かっているでしょう。貴方の今守りたいものは何!」

「俺の守りたいもの...」

そう言われて真っ先に思い浮かんだのは...

「俺の守りたいもの、失いたくないもの...俺を信じてくれた、家族と呼んでくれた」

一人、二人と増えていき...ぱっと思いつくだけでも11人もいた。

「俺を必要としてくれた、認めてくれた」

尚も増え続け、気づけばたくさん俺の中にいた。

守りたいもの達...

「俺は守れるのか?」

それと同時に不安になった、一度失敗した俺が、取りこぼした俺が...彼女らを、彼らを守れるのだろうか、また失ってしまうんじゃないか、また一人になってしまうんじゃないか、と

「守れるわ...だって、貴方は私たちの賢者なのだから」

「!...そうだな。間に合わなくてお前らを英雄にしてやれなかったけど。俺は賢者に成りたかった」

お前らが英雄になりたいなら、俺はそれを導く賢者になりたい。

いつだったかやってきた吟遊詩人から聞いた小人族の英雄譚、フィアナの話に居た賢者のように俺は英雄を導く裏方に成りたかったんだ。記憶を取り戻してなお、思い出せなかった俺自身の根幹、彼女との問答の末に少年はそれを再びその手に握った。

鍛冶を極めたのも、知識を詰めたのも、全ては二人に見合う賢者になるためだった。

「けど、貴方は変わらなければならない。英雄を導く賢者から、守る騎士に」

「騎士に...」

「似合わないけど」

「...俺が一番思った」

確かに俺が騎士なんて柄じゃないし、似合いもしない。

「でも、これ以上ないくらい相応しいと思うわ。守りたいものがあるあなたには」

「...俺は全部は守れないぞ」

騎士は街のすべてを守るものだ。

フィアナの騎士団だって、自らの犠牲を強いてでも街の人々も王国の人々も守った。

だが、俺が守るのは俺が守りたいと思ったものだけ、やはり似合わない。

「いいじゃないそれで」

「えぇ...」

しかし、彼女から帰って来たのは彼女らしいと言えば彼女らしい、何とも卑屈な返答だった。

「人ってそういうものでしょう?自分の知ってる人以外割とどうでもいい、残りの人は惰性やついでで助ける。それくらいが健全だし現実的だと思うの」

「...確かに」

「だから、貴方は貴方が守りたいものを守りなさい。誰よりも何よりも、それだけを...」

正面からの風が稲穂と共に体を撫でる。

横に立つ彼女は風に揺れた髪が顔にかからないよう触れる。何とも絵になる姿だが少年は数日ほど前、自らの神に聞かれたことへの回答を得られたのではないかと下を向きながら考える。

「...それが俺の正義なのか」

「知らないわよ。貴方のことなんだから」

「それもそうだな」

ここまで俺を導いてくれた。

だから、それもまた教えてくれると思ったが、甘えるなとでもいうようにいつものような辛辣な言葉で返された。

「これで、少しは返せたかしら...」

「何を」

「貴方が私たちに向けてくれたものを、よ」

「...十分だ」

「そう...なら、よかったわ」

そういうと彼女は横目からも分かる満足そうな笑みを浮かべた。

その瞬間辺りの稲穂が黄昏だけの光ではありえないほど輝く、風が一層強くなり、それに撫でられて揺れている。

目も明けられないほどの突風が過ぎる中、彼女の声だけが聞こえた。

「ありがとう...比企谷くん。貴方のお陰で私は英雄に成れた気がするわ」

「っ!雪ノ下!」

「貴方の英雄に成れた、由比ヶ浜さんには先を越されてしまったけど」

「!」

『最後の最後に...感謝を伝えられてよかった...しばらくこっちに来ちゃだめよ』

彼女はそう言ってまるで夢だったかのように消えて行った。一層強い風と一緒に、

「俺の言いたいこと一つも伝えられてないんすけど...」

言いたいこと言って、目の前から消えて行った。

俺だって伝えたかった。

お前らの存在は俺の生き方をいちいち変えてくれるくらい強かったとか、こっちこそ思い出させてくれてありがとうとか...そんな、若干かっこつけたことを言わせてもくれなかった。

なにより、正面を向いてちゃんと話せなかった。

でも、それでいいかもしれない。

だって、彼女の顔をちゃんと見て話していたら。きっと俺は戻るなんて選択肢を選ばなかったから...

回りが光の粒子のように上に登っていく中で、少年はこの選択が正しいものだと、自身をもって結論付けた。

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皆様お久しぶりです。

言い訳はしません。ただ一言大学生でヘルニアはどうかと友人に言われました。

まさか、年明けまでかかると話思っていませんでしたが、内容としてはいかかだったでしょうか?

悪くなってたらすみません、今後上昇するよう努力します。

それでは寒い夜はいまだ長引くでしょうが、お互い風邪を引かないよう気を付けて、またの機会にお会いしましょう。

さようなら