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第1章 十一節

天秤の騎士は、己が正義を成し続ける — www.pixiv.net · All chapters

第1章 十一節

瞬間、一層強い風と共に眩い光に包まれ、辺りが真っ白になったと思うと、次の瞬間にはあの扉の前に立っていた。

どうやら、帰ってきたようだ。

背後の扉を振り返ると、やはり大きく、とても一人では開けられそうにない。もっとも、来るなと言われたので当分行くつもりはないが...

少年は再び前を向く。思い出に背を向けるでも、もう二度と戻らないと逃げるでもなく、ただ一言、「ありがとう」という言葉を小さく告げ、もう二度と歩みを止めないことを彼女らに誓った。

「やっ、答えは出たみたいだね」

神殿に帰って来て、先ほどのことを思い出し、二度と忘れないように繰り返していると、背後から予想していた声が聞こえる。

「そうですね...」

八幡はゆっくりとした脚運びで振り向くと。すっきりした顔を女神に向けながら、切れの悪い返事を返す。

そんな様子に女神ヘスティアは仕方ないなと眉を顰めながら、けどきっとそれが君なんだろうと結論付ける。

そして、彼女は告げる。過去と向き合う前と同じ、その問いを...

「それじゃあ、改めて聞くよ。君は、生きたいかい?」

「俺は…...生きたいです。生きて守りたい。無くした俺にも守りたいものがもう一度できたんです。だから守りたい、それがきっと俺の正義だから」

「そっか...なら、生きるといい。これからもきっと迷い続けるだろうけど、それをちゃんと覚えていられれば安心だ。だから、その正義を手放しちゃ駄目だぜ」

「俺に出来る限り頑張りますよ」

「また君は」

何とも捻くれた返答に、女神は仕方ないなといってフッと笑ってくれた。

そうだ、俺は忘れない。大切な人が取り戻してくれた俺自身を、もう二度と見失ったりなんかしない。

決意を固めその呆れたような笑顔に俺がほっとしていると、足元が円状に光始める。

「え?」

「えぇ!」

「えぇ...なにこれぇ」

身に起こった張本人より、目の前の神の方が驚いている状況。

いまいちの見込めない状況に俺が狼狽していると、足元の光が六つ収束し、弾かれるように天に飛ぶと、不規則な並びで光が天に刺さる。星々を囲むように方陣が描かれると、青く明るかった空が突然夜になる。

「まさか、神器が選んだっていうのかい!」

「神器?」

一周回って冷静になった俺は、正面で動揺しまくっている女神の言った、”神器”という言葉が気になった。

神器というのが、俺たち鍛冶師が夢見るそれだ言うのなら、それが誰を選んだって?

描かれた方陣から呼び出されるかのように、美しい黄金がのぞき始める。

俺は、何故かそれに呼ばれた気がした。

「...」

覗きはじめたそれに一歩前に進み少年は両掌を掲げる。するとそれは、確固たる形を二人の前に表す、眩い光と神々しい黄金と共に...

それは、何とも美しい天秤だった。華奢で細くそれでいて美麗な女性すら思わせる装飾、天秤の皿は食卓なのでは並びようのないほど洗練された形状で局線が言い表しようのないほど完璧な形状だった。

「...」

やがて天秤は少年の胸元まで来ると、光の強弱を繰り返している。

まるで生き物のように呼吸しているようだ。

「アッツ!...くない」

手元のそれに視線を取られていると、背中にチリッでは済まない熱が当たるのを感じる。しかしそれはずっとではなく、体がじんわりそれに慣れていくような何とも心地いい感覚だ。

「あぁ!刻まれちゃったよ...まぁ、いいか。あれは元々アストレアの物だし、君もアストレアの眷属だし問題ない、かな?」

「アストエレア様が何です?」

この天秤とアストレア様に何か関係があるのだろうか。

「今君が選ばれた物は神器、神器っていうのは...」

「それは知ってます。神の名工が作った武器や祭具のことですよね。」

「そうだね。概ねその通りだ。じゃあ、それがもともと誰の物か分かるかい?」

この質問に対する答えは、話の流れを見るに

「アストレア様ですか」

「そうだ。これは、この天界でアストレアがかつての戦いで使用していた天秤、名を”ライブラ”。彼女はこの天秤で多くの罪を裁いてきた」

やはり、この天秤はアストレア様の物だったようだ。

だが天秤でどうやって。

「この天秤で正しさと悪を天秤にかけ、対象の悪を図り相応の罰を与える。それがこの天秤だ。けど、アストレアは天界に降りるその時、この天秤を天に放ち、星に変えた。誰の手が触れることのないように」

「...それが何で俺の手に」

「言っただろう、君はその天秤に選ばれたんだ」

「なんでですか?」

「それは僕には分からないよ。選んだのはその天秤だ」

まるで天秤に意思があるかのような物言いだ。

地上の常識が通じるとは思っていないが、物が具体的な意思を持つレベルとは思わなかった。

「それに刻まれたって」

問題はそこだ。

女神ヘスティアの話ではこれがもともとアストレア様の物であることが関係しているらしい。

「地上の子供たちは僕たち神の力をその身に宿して戦うそうじゃないか」

「神の恩恵のことですね」

「そう、それだ。要するに君はアストレアからそれをもう一度与えられたようなもの、で分かるかい?」

「...恩恵が更新された、のか」

「いいや、更新されたのは設計図だけだ。君が地上でこの力を使うには、地上で更新する必要がある」

「なるほど...」

ステイタスは眷属の心の成長に応じて変動する。つまり精神がこっちにある以上、俺の体には神の力だけが流れていて、設計図は此処にあるということだと考えられる。

地上に戻る、つまり生き返るというよりあっちで目を覚ます必要があるのか。

「ん?」

「あぁ!」

俺が戻る参弾を考えていると、天秤が輝きを強め、その周囲を金色の粒子が球体を描くように舞い始める。

「今度はなんです...」

「不味い...いや、君的には不味いどころか渡りに船なんだろうけど、ともかく不味い!」

「何が不味いんです?」

「このままじゃ君は生き返ってしまうんだ!」

「...なんで?」

おかしい。

確かに俺は、神の力の一端を手にしたと言えるが、それがどうして手順を飛ばして生き返るなんてことに...

「いいかい、アストレアはその権能を罪を裁くのに使っていたけど。本来の力はあらゆる事象や運命でさえ秤にかけて傾きを支配することが出来る。今君はそのスケールに際限がない状態、つまり権能が100%の状態のそれを握っているんだ」

「要するに俺が目覚める必要性を考えたから」

「そう、君が今置かれている負の値を正の値に割り振ることで君を地上に送ろうとしている!まぁそれ自体は、問題ないんだけど...問題は今君の魂に干渉しているあいつがこれに気づけているかどうか、」

聞いた話によると一端どころではなかったようだ。

女神は焦った様子でそう話しているが、そこから先は別神が続けた。

『気づいてない訳ないじゃない』

「!」

頭に直接声が響いてくる。

それにこの声は

「ならいいけど、珍しく素面...そうでもないな」

『片手でもお酒は飲めるわよ。それより、随分面倒なことになってくれたわね』

「仕方ないじゃないか、選ばれたんだから」

『...ま、私が目を付けたんだからそれぐらい当然か』

なんかえらい前向きなのか、それとも自信過剰なのか良く分からんなこの神様、

『取り戻せたみたいね、自分自身を』

「どうでしょうね...けど、少なくとも貴方の質問に対する答えは得ましたよ」

彼女が導いてくれた俺自身を否定するつもりはないが、それでもこれが俺の本心全てとは言い切れない。だが、

『そ、ならこっちも仕上げに入ってあげるから、そのまま地上に戻りなさいな』

「仕上げ?」

「君の魂はあっちに置いてきたままだろう?」

「あ」

確かにそうだ、今の俺は精神だけを切り離してここにいる。魂は離れたままだ。

仮に、今この状態で蘇った場合はどうなるのだろう?

『あ、一応言っておくけど、そのまま蘇ったら貴方は精神だけの生命体、つまり精霊になっちゃうわよ』

「え、何それちょっと憧れる」

『ふざけないの』

「あ、はい」

フィオナの騎士その中に出てきた賢者、フィネガスも確か精霊だったはずだ。

賢者を目指す俺もその精霊に憧れざるを得ない。

『貴方を人間として生き返らせてあげるのが、あの娘たちの願いなんだから、大人しくしなさい』

「あいつらが...」

『...始めるわよ』

「...はい」

彼女らの願い、それは先ほど彼女の口から聞いた。

それでも、あの二人は俺が思っている以上に動いてくれていたらしい、死んでも尚俺なんかのために...

その思いに反応してか、天秤が放つ光の回転と強さが増していく。

「...ヘスティア様」

「なんだい?」

「ありがとうございました」

「...それはさっき聞いたよ。だから、その感謝は僕が地上に降りた時、食べ物なにかで返してくれると嬉しいな?」

そういうと、女神は悪戯っぽく笑った。

俺はその子供っぽさに妹も姿を重ねて見てしまう。

そんなことをしてしまったものだからか、少年はフッと笑ってしまった。

「分かりました。楽しみにしてます」

「いったなぁ!言質取ったからな!それじゃあ、バイバイ少年...いいや、比企谷八幡くん」

「さようなら、神ヘスティア」

少年が別れを告げると、天秤が一際強い光を放ち、少年どころか神殿のすべてを強く照らした。

「あっちは、終わったみたいね。なら、こっちもさっさと済ませますか」

鬼神は刺したままの剣を縦から横に捻じ切る。

傍から見たらその行為は残虐以外の何でもないが、彼女としては鍵を回す程度の行為だった。事実、血など出ていない。

代わりに出てきたのは、どす黒い気のようなもの。それは少年の魂から分離していき、それらは少年の背後で形を作ろうとする。しかし、不安定なのかうまく形を作れず、揺らめく黒炎の中で人の形を成そうともがいているようだった。

『ゔゔぁあああ、あああああ』

そこに蠢き唸りを上げているのは...

「そう...貴方達の恨みや憎しみは正しいし、理解もできる」

エレボスによって奪われた彼の村の人々、その怨念の声だ。

無念と憎しみその言が彼女の耳には届いていた。

傷み...辛み...憎しみと怨嗟...そして、後悔...

「それでもあの子はそれを乗り越えた」

きっと彼も同じだった、だから代弁するように彼に迫った。

だが、それはもはや過去の話だ。

少年は乗り越えたのだ、神に仕組まれた展開であっても、その道を自ら望み、切り開いたのは紛れもない彼自身、私が導いた理由に関しては一つの罪滅ぼしのようなものだ。

...尤も、自分の手を離れた物の尻拭いなど本来与り知るところではないが、

「さぁ、貴方達も逝きなさい...きっと、待ってくれている人がいるから」

女神のその言葉に呼応してか、剣が強い光を放ち、彼らを包んでいた黒炎を晴らし、怨念たちを人の姿に戻していく。

強められた光に照らされ、彼ら彼女らは一瞬憑き物が取れたような顔をすると同時に泡のように消えた。

「これで仇は消えたわね。ここからは私情、気まぐれでも感謝しなさいな」

鬼神が剣から手を離すと剣は光の粒子になって消えていく。

離して自由になった掌をごく自然な動作で少年の胸に当てる。

この境界において魂のみとなった存在だ、その胸に跳ねるような感覚も音もない...しかし、女神たる彼女には感じ取ることが出来た。自身の手のひらの向こう、概念的に熱と弱い鼓動を返すものがあるのを...小さなかがり火が残っているのを、

「今度は私が直々に与えてあげる」

女神はその手を通して、かがり火に力を与えていく。

かがり火はその強さを雪だるま式に挙げていき、その色は赤から紅へ、その強さはかがり火から炎そして業火へ、返す鼓動は太陽フレアすら想起させる爆発へ...

「さぁ、帰りなさい。貴方の仲間たちの元へ...そして、貴方の物語を私に見せてちょうだいな」

女神が手を離すと、少年の魂は何かに引っ張られるように一瞬にして光に消えた、身を煽る暖かな熱と火花のような光の粒子を残して...何もなくなった空の闇を見ながら女神は、その背後にそっと告げる。

「...さて、貴方も送ってあげるわ」

誰もいない筈の背後、女神の陰、暗闇の中に幼い少女の姿があった。歳は先の少年とそう変わらない、可愛げのある少女。

「でも、本当に良かったの?貴方だって話したかったでしょう?伝えたいことだって...」

女神の労わりの言葉に、少女は小さく口角を上げて返した。

「いいんです。私はちょっとズルしちゃったし、それに伝えたいことはゆきのんが全部伝えてくれたと思うから、私じゃ上手く伝えれなくてヒッキーの時間が来ちゃう」

「そ...でも、本心はちゃんと分かってるみたいね」

少女の目には、発した言葉と表情とは裏腹に彼女の目には一筋の涙が伝っていた。

女神はそれを振り返るでもなく、そっと察し振り向くことをしなかった。噛み殺そうとして漏れ出た声が暗い虚空に消えていく。

「だって、私じゃ諦めきれなくて、きっとヒッキーを困らせちゃう、だから...だから」

「えぇ、分かってる。あの時....貴方には選択肢があった。けど、それを選ばなかったのは」

少年の残り火が消えた頃、少女…由比ヶ浜結衣は、その本心をさらけ出した。彼が、彼女が見ていないこの場でこそ零せる本音。

あの時伸ばした手で、一緒に逃げようと言えればどれほどよかったか、苦しむ彼をずっと見てきた。見たくない顔をした彼をずっと見てきた。もう十分頑張ったと言って、もう一度三人で居たいとも思った。けれど...同時に生きて欲しかった。自分達の分まで幸せになって欲しかった。

「行きましょう。あの娘も待ってるわ」

「...はい」

涙を拭い、再び前を向く少女。

そんな彼女を見かねた女神は、一つ柄にもなく希望的観測を告げる。

「....遠い未来」

「え?」

それは夢かもしれない...

「違う世界かもしれない...」

「?」

眉唾かもしれない....

「それでも万に一つ、億に一つでも...可能性に賭けてみる価値があると思うわ」

「何にですか?」

それは正しく都合に合わせた希望的な観測...

「来世に」

「!」

「出会えるかは分からない、記憶もない...それでも、魂に刻まれた何かが引き合わせてくれるかも、そんなロマンチックがあってもいい。私はそう思うわ」

最後は優しい笑顔で締めくくり、女神は救いを齎した。

神父でも司祭でもなく神そのものがもたらす救いは極めて珍しいものだが、どちらかというと彼女は勝手に救われただけであり、女神からすれば女子同士の楽しい話程度の気持ちだった。それでも横顔は安心を齎してくれるような優しい目をしていて、彼女の最後の憂いを断つには十分だった。

「...行きます」

「そ、じゃさよなら」

「...この二年間いっぱいいっぱいお世話になったから、言わせてください。ゆきのんの分も一緒に」

「...」

「ありがとうございました」

少女は心からの言葉を告げて腰を折って礼を示す。

それに振り向いた女神は、少し驚いた顔をしていて、その心情には照れや恥ずかしさではなく、単純に驚いているものだった。

そんな女神の心情を他所に、少女の体は透けていき体中が光の粒子に変わっていく。

暗闇の中でその光はゆっくりと力を失っていく、上に立ち上る中、光の中心で少女は笑った。

それは張り付けただけの笑顔ではなく、女神の言葉に救われて後悔なく終われるという救いの向こうにあるものだった。

「...いいのよ。私の気まぐれだから」

消えゆく少女の礼に女神は微笑みと共に捻くれた言葉を返す。

その素直でない様子に少女は自分の知る男の子を重ねて、懐かしい思いと共に...

その思いと共に少女は自らが本来いるべき場所へ帰って行った。

残光を眺めながら女神はホッと息を吐き出し、再び酒の入った盃を呷った。

心労が一つ取れたとか、これで自分の過失をチャラに出来たとか、そういう感情も込めているのだが、もう一つ彼女の胸にあるものがあった。それは、寂寥感という二年前の彼女にはなかったものだ....

その感覚に気が付いた女神は、感慨深い気持ちと共にニヤリと笑った。愉快で、可笑しくて、新しくて、感じたことのない刺激にワクワクした。それと同時にやはり地上の子供は面白いと思った。死してなお友を想い、それが二年の月日を得てある意味で実った。なんて面白い物語だろう、地上で直接見なくともこの興奮だ。直接この光を浴びてしまったら私はどうしてしまうのだろう...

二年という月日は少年の心を救うだけではなく、女神の心を突き動かした。

悲劇から生まれた物語...例えそれが仕組まれた始まりであっても、予想を超えるのが地上の子供たちだ。だからこその英雄譚、だからこそのオラトリア、降りた神たちの気持ちが今なら良く分かる。地上にいた頃はついぞ出会うことのなかった子供...もっとも、あの頃の私ならあったところで丸ごと食べていただろう。

それでも今、その子供たちに対する好奇心に満ちているのは間違いなく、彼女らのお陰だろう。

だからこそ、それを与えてくれた彼女たちに向けて、女神は祝言を告げる。

「願わくば来世が、幸福に満ちた物でありますように」

立ち上っていく光に盃を掲げ、彼ら彼女らの来世の幸せを願う。

未来に干渉する何て権能は今の神々にはない、ならばせめて多少ご利益はあるであろう神の祝言(特別な力は込めていない)。

何よりきっとそんな決められた未来なんて面白くない。

だからこそ、そうなってくれたらいいなくらいお気持ちくらいの応援に留める。

それが、見ている側のできる最大限の楽しみ方なのだろうと、女神は上機嫌に最高の笑顔を浮かべた。

小規模な襲撃が頻発する中、それに業を煮やしたオリヴァスが単身、隊を独断で動かし始めた頃。

現状尤も人員を酷使しているファミリア、ガネーシャ・ファミリア。

そのホームにてたった一人、実働部隊だというのに引きこもっている少女がいた。

「アーディ...俺だ!ガネーシャだ!」

「ガネーシャ様、声が大きいです。落ち込んでるんだからもう少し小さい声で」

「そ、そうか。すまない...しかし、シャクティに放っておけと言われているが主神としてそれはできん、が!」

「…どうすればいいか分からないんですか」

そう返された象神ガネーシャは困った雰囲気を出しながら、ちょっと助けてと連れた眷属に視線を送る。

「...」

「分からないんですね...」

「!...アーディ、シャクティはああ言っていたがあまり自分を」

「私が悪いんです...」

『!』

扉を隔てた向こう側、部屋の中から聞こえた声は暗く言葉の奥に秘められているのは見まごう事なき後悔と罪悪感だった。

普段の彼女を知るファミリアのメンバー、そしてその主神は彼女の今の様子に心を痛めていた。

「私があそこで場違いなことをしちゃったから、八幡は....」

「比企谷八幡は生きている」

「それでも!八幡は私のせいで、アリーゼ達の所に帰れてない!」

「...アーディよ」

「ガネーシャ様?」

アーディのそんな様子に、その親であるガネーシャはいつものような大衆を率いる声ではなく。たった一人の為、その優しさだけでなく厳しさを向けようとする、どこか神妙な声だった。

「俺は、多くの子供に出会い。そして、分かれて行った」

「...」

「それは天寿による別れであったり.....死に別れであったりする」

その内容は今の彼女に向けて出来るガネーシャなりの慰めだ。

しかし、ここから先は...

「俺は今から...最低のことを言うぞ。攻めてくれても構わんし、それでお前が出てきてくれるなら俺は本望だ」

「え?」

「アーディ、俺はお前が無事で嬉しい、それが例え比企谷八幡が犠牲になった結果だとしてもだ」

「!」

地上の子供たちと異なる価値観を持つ神々だが、ガネーシャはその中でも多くの子供を持ちその隣に立ってきた。だからこそ、人間の感性を多少なりとも理解し、失う痛みを知っている。

数が多くいたところでその子供はたった一人、存在はたった一つなのだ。この世に二つとない唯一のそれを失う痛みと喪失感は神とて多く経験したくない。だからこそ、爆発に巻き込まれたと聞いたとき痛んだ。そして、生きて帰って来てくれたことが心の底から嬉しかった。確かに、先の侵攻で数えるのも苦痛なほど多くの子供たちを失った。そんな中でも生きて帰ってくれた、誰かの犠牲の上でのことだとしても嬉しかったんだ。

「この侵攻で多くが失われただろう、その中に家族もいた、友もいた。それは忘れてはならない真実、永劫無くしてはならない悲劇だ。だが、だからこそ立て!アーディ!」

「ガネーシャ様...」

その声はほとんどの眷属が出払っているホームの廊下に響いた。

怒号ではなく、檄。込められているのは怒りでも、神威でもない、ガネーシャ自身の生身の気持ちだ。

「お前はまだ失っていないだろう!」

「...」

「失ったものはなんだ!言ってみろ!」

そうだ。

彼女はまだ失っていない。

目の前で理想が砕かれて、失った気でいるだけの悲劇のヒロイン、それが今の彼女アーディ・ヴァルマであり目の前で焼き付いた光景が彼女にそう錯覚させただけで、かけがえのない友も唯一の血を分けた家族もまだ失っていない。

確かに、見知った住民も多くを失った、見たくもない子供の命が失われる光景もあった。だが、彼女はまだ確たるものを失ってなどいない。

「お前が今すべきは傷と向き合う事じゃあない!」

「...」

手の中にある大切なものを数えていく。

自分の手には何が残っている?誰がいて、誰を支えられる?

「立ち上がって!彼女たち共に戦うことだろう!」

優しき神、ガネーシャが生涯で一度送るかも分からない怒号。

だがそれは、憎しみに基づいたものでも、純粋な怒りから来るものではない。

子を愛する親が故の怒号、即ち愛ゆえの怒号だ。

「お前が今立たなければ、比企谷八幡の傷は無意味なものになるぞ!」

「!」

仁王立ちでそう言い放ったガネーシャ、その目の前の扉が勢いよく開け放たれる。

「アーディ...」

その先にいたのは泣きはらした目を今度は怒りに満ちた目に変え、その目を自らの主神に向けるアーディだった。

「...」

「取り消してください....取り消してください!」

しばらく立っていなかった為か、それとも神に言葉を返すのが恐れ多いのか、その足は震えていた。

だが、その目には先の声色からは考えられないような反骨の意思が篭もっていた。涙で擦れて赤くても、その瞳は強い感情が見て取れた。それを見て、ガネーシャは仮面をつけているというのに嬉しさが透けて見えるほどフッと笑った。

「無論だ!」

『!!?』

「俺とて子供を守ってくれた者を励ますための演技とはいえ、卑下するなど心が痛い!」

「?」

「...だがそれでも分かって欲しかった。アーディ」

立ち上がったアーディに対し、ガネーシャは語る。

「お前の行いは愚行なのではない」

「え」

「誰とも知れない子供を守ろうとしたこと、俺はお前を誇りに思う」

「...」

「だが、疑うことを知らないのはシャクティからすればきっと罪なんだ」

他人を信じる事は悪では無い、救おうとする心はむしろ素晴らしいものだ。たが、それで彼女が妹が傷付くことを、

「お前が大事だからシャクティは厳しいんだよ。それを分かってくれ」

「...ガネーシャ様、私行きます。行ってお姉ちゃんに謝りたい、そしてもう一度一緒に戦いたいです」

「なら、これを持っていくといい」

「え?」

姉の優しさに振れ、自分の浅はかさと向き合い、少女の瞳に決意が宿る。

再び戦場に向かうことを決めた彼女に同じ眷属の一人が包みを差し出す。

「食べていないのだろ?向かいながら食べなさい」

「ありがとうございます!」

その中身は食料だった。抗争から帰還してすぐ、姉と口論になり、逃げるように部屋に飛び込んだ彼女は昨夜から何も口にしていないし、睡眠もとれていない。

だからこそ、万全とはいかずとも責めて腹を満たして戦って欲しいという家族としての優しさだった。

「うん、行きなさいアーディ、今のお前は良い目をしている」

「はい!行ってきますガネーシャ様!」

その彼女の声はいつものように活発ではきはきとしていた。

入口に立てかけてあった愛剣を手に取ると、廊下をかけて出て行く。その背中は曇り空を正面にしても逆行が来ているかのように眩しいものだった。

倒壊し天井の抜けた塔、もはや廃墟と言わざるを得ない場所の中で、一人の神と正義を探す妖精は互いの地位を示すかのように構図を作っていた。神はまるで狂った教祖のように両の手を掲げ、発した言葉とそのキマッタ眼は物語の悪役を想起させるものだった。

「さぁ、答えろリオン!正義とは何だ!貴様は正義で何を成す!」

「やめろ!やめてくれ!」

膝をつき頭を抱え、自らの苦悩に漬け込む神に懇願するのは救いではなく自らの苦悩の解放。逃げようにも神の威光によって出来ず、友を半ば人質に取られたこの状況において、彼女は八方塞がりとなってしまった。

「フッフッフハハハハハハハ!!!」

その笑声は心の底から出た、最高の意だった。

跪き苦悩に悶える目の前の少女の姿が実に気持ちよくて、この溜まらない征服感が心地よくて、それが溢れて出た笑い。

正しく邪神エレボスが語る悪、気持ちがいいを他人に考慮せず追及する。

しかし、その笑いを切り裂くかのように剣が劈く音が響いてくる。エレボスが笑い続ける中、その傍らで両目を閉じていたアルフィアが片瞼を上げその黄金に疑問を宿す。

数的有利を掲げて、ヘルメス・ファミリアを蹂躙し見せしめのように痛めつけているオリヴァス。

その足蹴には体中に傷をつけられ息を荒らげているアスフィの姿があった。

踏みつけられ呻きを上げるアスフィ、いきり立っているオリヴァスは何とも分かりやすい悪を実行している。

それが、悪神のシナリオに利用されていることも知らずに...

「!」

「なんだ...」

オリヴァスを含めた闇派閥の末端が一斉に建物の群生の一画に視線を向ける。すでに蹂躙した戦場、この程度の隙は大した損害はないと高を括っての行動だ。

アスフィは苦痛に顔を歪めながらも、地面からの振動を感じていた。オリヴァスのリアクションを見るに、おそらくこちら側の増援。しかし、どうやって?四方を敵と建物に囲まれている以上、増援を行うには敵の群れへの正面突破もしくわ...

「ま、さか...」

まさかと思うが...そのあり得ないという彼女の否定を踏み倒すかのように、市街地の壁が内側から破裂を繰り返すような音が繰り返し響く。

「なんだというのだ...!」

突然の事にオリヴァスは動揺し、思わずアスフィから脚を外してしまう。

しかし、そんなことも意に介することも出来ないほど、オリヴァスは動揺し、辺り左右をあたふたと情けなく見渡していた。オリヴァスは闇派閥の中でもとりわけ聞き分けが悪く、そして何より頭が足りていない。

ある神曰く、何とも情けなくて、ある意味愛おしい奴、だとか。

「ほぉ...お前の仲間は面白いことをするなリオン」

「っ?」

身体的な疲労と、精神的な疲弊その両方が混ざったような何とも後ろ暗いような表情、妖精の面が邪神の言葉に揺れる。

先程とは違い、自身の痛いところをような発言ではなく、悪党の物とは思えない嫌味なほど分かりやすい称賛と落ち着きに満ちた声色と言葉だった。

瞬間、戦場となっている市街地に一大きな破裂音が響きその後ろに建物が瓦礫と崩壊する音が続いた。

「あれは!」

土煙が舞う中、その影は複数。

そして、その機影は細く、そして華奢と言わざるを得ないものばかりだった。

「たっくどこの馬鹿でも思いつかないだろうぜ、こんな頭の悪りぃ突貫」

「まったくですわ...ケム」

「まぁ、こうでもしないと向かえなかったのは事実だろ?」

「そうそう、それに壊すの楽しかったし♪」

『・・・』

「?」

「いや、何でもないぞ。ただ、ストレスは溜めない方がいいんだなと思って」

「そう、他意はない。他意は...」

「まあまあ!ここは私の華麗なる作戦に免じゲッフ!ゲッフ!ケム過ぎじゃないかしら?」

明らかに言いたいだけのセリフを吐こうとするが、器官に入りむせてしまう。土煙が予想以上に濃く、未だに姿は見えないのにも拘らず、各々が誰なのか分かるほどの自己主張。その声に、その在り方に妖精の少女は希望を見出すかの如く顔を上げる。

彼女達はアストレア・ファミリア、正義を信じて戦う乙女たち、

「アリーゼ...」

その声に含まれたのは悲壮か、それとも憧憬か...消え入りそうな声で発したその名は彼女の憧れそのもの、

煙が晴れ、露わになったその姿は所々煤けているが、瞳と所作にはいつもの同じ自信に満ちていた。

最後に話した時とは違う、私が憧れたアリーゼ・ローヴェル。彼女はきっと見つけたのだ、正義の意味を....私には逆立ちしても分からない、その意味を、

「行くわよ!みんな!」

「ハッ!手負いのお娘どもなど我らの相手ではない!」

10人の乙女がそれぞれ散り、多くを守るために戦い、互いに手を取り合う。離れていても誰かのために、友と人のために戦う少女たちは気高く、美しい。

そんな中オリヴァスには疑問が残った、内通者の話ではアストレア・ファミリアは事実上使い物にならないという事だったはず。ならばなぜ、こうも統率の取れた動きが出来るのかと、ボロボロの精神でここに来たのならその蛮勇を踏み潰すことは容易い。だが、まともどころか押し返されている状況にオリヴァスは疑問を隠せなかった。

アストレア・ファミリアがオリヴァス一派との交戦入った中、その戦闘を俯瞰してみているものがいた。

それは他ならぬエレボスで、その目は戦場を見据え、視野で可憐な少女たちの姿を追う。

変態的な視線のようだが違う、彼が向けているのは好奇の目だ。

「分からんな、彼女たちも根はお前と同じ、盲目的に正義という悪を振りかざす。だというのに、その一切に迷いがない。本当に理解に苦しむな」

エレボスは私に、正義と悪の本質は同じ、どちらも気持ちいいを求めているに過ぎないと語った。

そんなことあって言い訳がない、正義は美しい物であり、悪は醜いものだ。

自分があの日皆に見た正義は、世間知らずの田舎エルフが、これだけは信じられると思えるものだった。

私にとってそれはただ一つ譲れないもの、だというのにそれが嫌悪するものと同じだと?

「貴方に分かるはずがない。悪を語り自分の欲のみを追い求める貴方に、分かるはずがない」

「だからさっきから聞いているんじゃないか?お前に....理解できないから分かろうとするのは、君たちの本質だろう?」

全知の神だからこそ言える。他人、いいや人という種を語る行為。

分かりたいと思うのは、興味があるからで、目の前に邪神は私たちの正義に興味がある。

だから知ろうとする、悪でありながらなぜという疑問もあるが神に対して、そんな思考は意味をなさないと切り捨てる。

「さて...改めて聞こうか、リオン。お前の正義とやらを、時間はもう十二分に与えた。これ以上は待たんぞ」

「っ!」

迫られる決断。

結局のところ人質の状況が好転しただけで、自身の悩みが解決したわけではない。

それどころか、見つけてきた彼女に対し、未だ見つけられない自分に対して情けないとすら思う。

「お前だって気づいているはずだ。正義など悪がいなければ栄えることが出来ないものだと」

返す言葉もない、正義を執行するには対象がいなければならない。空を切っただけの正義はただの暴力と同じ、だからこそリオンはエレボスに反論することが出来なかった。

「…認めろリオン、お前は既に気づき始めている。俺の言っている事に偽りも間違いも無いことに、」

「…」

エレボスの言葉に嘘はない、しかし認めたくないのは悔しいからだけでは無い筈だ。アリーゼが見つけた答えがなんであろうと、私が目指した正義は高潔で美しいものだと、胸を張って言いたい。だが、それを肯定できる材料が自身の中にあまりにも少なすぎる。

再び膝を付き、もはや認める他ないのかと苦悩を再会しようとした時、

「?」

一つの足音が近づいてくる。

周辺にはヴィトーが張っているはず、何をしている?

それはたった1人の少女だった。

傷付き、一度は折れ、リオンと同じく地に着いたこともあった。

「違うよ…リオン」

「!」

気づかなかったのでは無い、気づけなかった。前が見えない程の苦悩と疲労、視野を狭める要因はいくつもあった。声をかけられて始めて横に居ると気づいたほどだ。

2人に違いがあるとすれば近くに誰がいてくれたかという違いだけ、もっともリオンの場合自らの足で逃げてしまったのだが。

「アーディ…」

自身の最後の記憶では、彼女もまた同じく絶望していた。

私達に恨まれるからや、戦力を失ったなんてくだらない理由じゃない。大切な友人と自らの理想を目の前で砕かれ、自分では分かりえないほどの絶望を味わったはず。

だと言うのに彼女は私と違い立っている。

立ち上がっている。

何故という疑問と共にどうやって言うもう一つの疑問が浮かび上がる。

だが、それ以上に彼女の心を震わせたのは、

「神様の言ってることはきっと違うよ」

確たるものではない。

自らの横に立つ少女は確信を持ったものでないにしろ、邪神の言葉を否定した。

「私だってそう思いたい!だけど、それを否定できる材料が私には無い…」

「…そうだね。私もそう」

「え…」

彼女は言った、違うとそれはきっとそう思えることがあったからだ。だが、それを正しいと証明する材料は同じくないと言った。中身がないのに何故そうと言い切れる。

「でも、見てリオン」

「?」

「みんな戦ってる」

アーディが指さした先は先程アリーゼ達の介入で五分にまで押し上げた戦場。誰もが必死に戦い、誰もが必死に救っている。

だが、それだけでは無い。アリーゼが、輝夜が、ライラが、皆が、目の前で示しているのだ。手を取り合うということを、

「アリーゼ達だけじゃない、住民のみんなだって」

やがてその取り合った手は、救った者達に伝わり、また1人と手を取っていく。アリーゼ達は一人一人を救った、その一人一人がまた救えば誰もが救われる。

アストレア・ファミリアはそれを目の前で示したのだ。

1人は誰かの為にではなく、誰か一人のためにを繋げて、その結果皆より多くを助けている。

「!」

「正義は巡るよ。見返りなんかじゃない、今度は自分がって思いが紡いでいくんだ」

正義は巡るいつかにアーディが教えてくれた。

彼女なりの正義の答え、アリーゼは気づいたんだ。正義は巡り、帰ってくる。

「…そうだ。私たちの正義は、」

震えながらも膝に力を入れ、蹲った姿勢から立ち上がる。

未だに力の入りずらい状態だが、ここで立ち上がり私は吠える必要がある。例え、無意味でも無力でも見つけたこの真実だけは示さなければならない。

「多くを救い、巡る。自らにできる最良を尽くし、それを多くに伝え、さらに多くを救う!これが、これこそが私たちの正義。紡がれる」

「…」

一陣の風が、少女の携えた黄金と翡翠のマントを撫で、翻ったそれを見たエレボスは、驚いた表情で告げる。

「それがお前の、いやお前たちの正義か」

少女の眼光が再び邪神を射抜くと、彼はフッと口角を不気味に釣り上げ。

「面白い、良いだろう!そして、受けて立とう!正義を名乗る子供たちよ!君達がいかに高潔な正義を降りかざそうと私は!いいや私達はそれを滑稽に笑ってひねり潰そう!」

大仰な所作とわざとらしい言い回しでリオンに対しての、正義に対しての宣戦布告を行う。

悪の権化として、多くの命を奪う邪神として、エレボスは告げる。お前たちは無力であると、それでもなお抗って見せろと、その悉くを自分たちは虫けらのように踏み倒すと、

「さぁ、行けよリオン。お前はもう自由だ。お前の返答に俺は少し満足した」

「!」

エレボスはそういうと、ポケットに手を入れたまま退散する。

追うために立ち上がるときと同じく脚に大きく力を入れようとすると、思った以上に力が伝わり転んでしまう。

再び地に膝を突く形になるが、アーディから見ればまるで自分の込めた力にから回っているように見えた。

「動く!体が...待て!エレボス!」

神の威光による金縛りが解けたことを確認すると共にリオンはその敏捷を活かしてかけようとする。

しかし、エレボスが悠然と去っていく中で、背後即ち戦場にて爆発が起こる。おそらく狂信者による自爆が勃発しているのだろう、

「リオン!」

「ック...行きましょうアーディ」

どれだけエレボスが憎くても状況を見て判断が出来ないほど今のリオンは子供ではない。

踵を返すと瓦礫を飛び越え、皆の待つ戦場へと駆ける。

手入れを怠っている木剣は、握っただけで軋む。

だが、何故だろう...

「アリーゼ!みんな!」

「リオン!無事だったのね!」

「なんだどっかで野垂れ死んでたと思ったが、なんだよ生きてたのかごく潰しエルフ」

「凡そ、あれよあれよと転々として気が付いたら戦火が薄いところで怠けていたのでしょう」

そんな装備であろうともみんなと一緒なら負ける気がしない。

「なっ!人が大人しく謝ろうとしているというのに...」

「ちょっ!いつものノリでやってる暇ないんだって!」

戦場の中アストレア・ファミリアそのホームのような空気が漂う。

騒ぎ、ツッコミ、そして諫める。

似つかわしくないといわれればそれまでだが、しばらくなかったなと多くの眷属たちがそう思った。

「きん、ちょうかん...」

「まぁ、いいじゃないか。今の都市にはこれが必要だ」

「ヘルメス様...」

旅帽を目深に被った男性が1人、アスフィの隣に立つ。

彼女の主神であるヘルメスだ。

彼は腰を落とすと、負傷しているアスフィに肩を貸す形で持ち上げる。

「悪い、リディスについてたら来るのが遅くなった」

「リ、リディスは!」

ヘルメス・ファミリア団長、リディス・カヴェルナ。先の侵攻で重傷を負い、意識はまだ戻っていない。というのが、主神に告げられことだ。その結果、他の古参団員たちから強引に団長を擦り付けられ、現在戦場にいるが、未だ正式にそれを受けたつもりはない。

「生きてるよ...一応は」

「...そう、ですか」

自らの主神は”一応”といった。

それはつまり...

「....戦況は確かに好転した。が、このままじゃ膠着するだけだ」

「なっ!」

アリーゼ達、アストレア・ファミリアの参戦によって確かに戦場における数的不利は覆った。

だが、それで戦況が好転したわけではない、あくまで五分に持ち込んだというだけだ。

この侵攻を制するには、まだ

「あと一手、この戦況を覆すには」

「いいえヘルメス様。居ます...彼女たちが来たなら彼だって」

「…そうだな。」

確かに彼、比企谷八幡ならこの戦況を大いに覆せる。

指揮官であるフィンの見立てでも先の侵攻に彼がいればここまでの被害にはならなかった。

だが、その彼もまたリディスと同じく意識は戻っていないと聞く。そして、望みが薄いとも、

「ヘルメス様…」

「?」

「私の知る比企谷八幡という男は、気だるげでやる気がない、それでいて纏う空気が暗く、あのファミリアに何故いるのか疑問にすら思います」

「…」

「ですが、それ以上に義理堅く律儀な事を、私は知っています。」

瞬間、戦場を一陣の烈風が過ぎる。立ち上っている土煙を割き、代わりに少しの火の粉と、金属が弾き合う甲高い音と共に戦場を走り...それは届いた。

正義を掲げる乙女たちの耳に...

それは届いた。

眷属と共に戦場へと降りた男神の身に、

『!』

「この音は!」

彼方...敵で覆いつくされた市街の戦場で、黄金の一線が複数走る。

その具に、その一条に戦場にいるもの達のほとんどが見覚えがあった。

ある者たちは虫唾が走り、ある者たちは困惑し、そしてある者たちは歓喜と共に笑みを浮かべた。

「は!」

「だと思ってたぜ!大馬鹿野郎」

「最高のタイミングだ!」

足元、空中から伸びる黄金の楔を先にした鎖。

無数に伸びるそれは圧倒的物量によって、オリヴァス一派を蹂躙していく。

弾く強者が多少いようと、その数と特性によって拘束そして一撃で胸を射る。

まるで針が布を通るかのように、自爆を狙う狂信者たちの体を貫き、一本がピンと張ったと思うと与えられた振動により爆発が起こる。しかし、計算されたかのようにその周りには味方は一人もいない。

巨大な爆発によって建物は壊れていくが、人的被害はゼロ。

こんな芸当が出来る人物など、この都市ただ一人。

伸びていた鎖が生き物の触手のように蠢き複数の爆発が重なり合い建物6つを覆う煙の中に消えていく。

中に何か居る...何も知らないものが見ればそう思うだろう。

鎖が全て収まり、しなりによって生まれた乱流によって煙が霧散する。

煙が晴れた先、更地と化した爆破の中心をゆっくりとした足取りで悠然と...それと同じように戦場に流れる時間がゆっくりと流れているように感じた。

誰かはあり得ないといった、

「馬鹿な...貴様は」

そして、誰かは信じていた。

何があっても自分たちの元に帰ってくることを、復讐で塞がれた視界で自分を、自分たちを見てくれていなくても、同じ正義を見ていなくても、もう一度一緒に戦ってくれると...それが正義を探し続けることを選んだ少女、アリーゼ・ローヴェルの彼への思い。

少年は立ち上がった....己の正義を示すために、

少年は前を向いた...背中を押してくれた、二人の英雄に恥じないように、

例え視線の先に何が待っていようと、守りたいものの為に立って前を向き続ける。

それが決意の少年....今一度戦場に舞い戻った。

肩に掛けた焔の意匠をあしらった羽織を風に任せ、片手に刀を握り、一歩一歩地面を強く踏みしめる。

そんな壮健な姿に立った数時間だったというのに、こみ上げてくる感情があるのか数人が目じりに涙を溜め、その一人が彼の名を呼ぶ。

「おかえり...八幡」

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どうも春休みをバイトとバディファイトに費やしたせいで時間を無駄にした大学生です。

長々書きましたがなんか納得いかねぇの、言いたいことも描きたい場面も出来上がってんのになんか納得いなねぇの。

最近本読めてねぇからかな...まぁ、それは自業自得か...

と自虐はさておきコメント、こうしたら分かりやすいや、誤字の指摘などなどいただけますと幸いです。

それではおやすみなさい。チャーオ