第1章 十二節
第1章 十二節
重たい瞼をあげた先は、あまり見覚えのない天井だった。
いつも見てる木製の天井でも、ちょっと前に見た曇天の空でもない。
だが、数十時間に及んで休眠状態にあった肉体が起きるのに数分を要しただけで、鼻腔をくすぐる薬品の匂いでここがどこなのか、凡その予測が着いた。
この場所が何処を確認する。
行かなければならないところがある。
2つの要因から八幡は重たい体を押して布団から抜け出す。
しかし…
「っ!…いったぁ」
転げ落ちる形で地面と激突、完全に回復しきっていない証拠か、ろくに力も入らない。
立ち上がるのもやっとの状況だが、それでも行かなければならない場所がある。
不本意、かつ心苦しいが、傍らに立て掛けられていた雪厳を杖代わりになんとか再び歩きを進める。その隣にあるはずの姉妹剣の姿は...無い。鞘が傷つくし、続けていたら刀身がぐらつきそうなので今すぐ辞めたいが、無くしたら無様に転ぶだけなので辛酸を舐める気持ちで頼ることにする。
少年がようやく自分の寝ていた床の辺りを離れた頃、その背後から焦った様子で近づいてくる足跡があった。
「っ、どちらに行かれるおつもりですか」
「…良かった。手間が省けた」
「…」
「お陰でここが何処かちゃんと分かった」
薬品の匂いで薄々気づいていたが、どうやら場所故に優先度が高かったらしい。
そりゃここが落ちればギルドが落ちる事の次に不味いからな。
「アミッド」
「...もう一度聞きます。そんな体で、どこへ向かわれるのですか…」
目の前にいるのは彼をして、アイズと同じく幼くしてファミリアの中核を担う彼女の名は、ディアンケヒト・ファミリアの治療師、アミッド・テアサナーレ。
八幡を含めた、アストレア・ファミリアから見ても幼いと言わざるを得ないほど彼女は若い。
だが、その声にはその年に似つかわしくないほど冷静で、強い意志が宿っていた。
「アストレア様の所だよ」
「戦場に向かうつもりですよね」
「...まぁ、最終的には」
状況次第になるが、最終的にはそうなるだろう。
何故なら、今オラリオは侵攻を受けている只中だ。そこにはきっとあいつらも向かうし、おそらくアルフィアも来る。...エレボスも、
「医師として言わせていただきます。これ以上の無茶は看過できません」
たった一回の無理を通しただけ。
だが、その一回は八幡の肉体に莫大なダメージと疲労を与えていた。慣れない事をしたのだから肉体が悲鳴を上げて当然と言えば当然なのだが。それを加味しても、現在こうして立って話が出来ているのが、正に奇跡と言える状態。
それが医神たちの彼に下した判断を加味した、アミッドによる診断。
奇跡的とは言えこれ以上の無理は看過出来ないというものだ。
「俺にはまだ、やらなきゃならないことが残っている」
「戦って傷つくことが、やるべきことだというのなら、医師として私はここを通すわけには行きません」
それは断じて違う...とは、断言できないのが今の状況だ。
俺にはいたぶられる趣味はないし、そこらの信者程度なら捻る程度で終わらせられる自信はある。
が、それじゃすまない奴らが少なくとも2人は居る。結果的にそうなることは完全には否とは言い切れない。
それでも...
「悪いが通してもらう...」
出口を遮るように小さな両手を弱々しく広げているアミッドを避けて通ろうとするが、鞘を滑らせ転び、無様でみっともなく、痛々しく地面を転がる。
地面とぶつかるたびに、疲労がその存在を露わにしてくる。
痛いわけじゃない、だが転がって地面に振れるたびに痺れるような感覚とそれによって触覚が鈍くなっていくのが分かる。
これなら素人でも理解出来る。
俺の体はまだ限界なままだ。
立ち上がろうとしても力が肘から逃げていく....立ち上がれない。
「もうご自分でも自覚しているはずです。先ほどと違って立ち上がれない様子を見るに、」
「...それでも」
痺れて不快な腕を押して、少年は再び立ち上がる。数回ほど滑ってしまったが、よろよろと生まれたての小鹿のように成りながらも、再び歩きはじめる。
「見っともなくても、醜く足掻いて守って見せる。あいつらだけは、絶対に守りたいから」
踏みしめる足に力が入り始める。
「大丈夫...ちょっと俺の神様に会いに行ってくるだけだ」
八幡はフッと軽く笑うと、アミッドの肩に優しく手を置く、すぐに流れるように手が滑り落ちて行くが、それには心配をかけることへの申し訳なさと、それでも向かうという強い意志が込められていた。
八幡はのそのそと出口へと向かって行く。
廊下の明かりは薄く、昼間にしても曇り空でたった一人のその背中は弱々しく、疲弊が透けて見えている。
だが、踏みしめる一歩は強く、その瞳の奥には己の守るべき者たちが映っていた。
ギルドサイド、作戦本部にて今しがたアストレア・ファミリアを見送った中核が現状の報告を急いでいた。
「ガレスは、アストレア・ファミリアは間に合ったのか…」
ヘルメス・ファミリアが麻痺している以上、戦場の情報をリアルタイムで得ることが出来ない。
それを解消するためにヘルメス・ファミリアが襲撃を受けている区画にガレス達救援を送ったのだが、立地と数によって滞っていた。
解決するために送ったはずが、寧ろ戦力を割かされているという、人員を動かす人間としては情けない状態になっている。
ガレスをもってしても突破できないとなると、あの二人のどちらか、もしくは両方が動いていると見ていいだろう。だとすれば、完全に建て直せていないこの状態で再び侵攻を受ければいよいよ都市は完全に落ちる。
額に汗が伝い、焦りから彼の悪癖が出始めた頃だった。
本部の扉が跳ね飛ばされたように開く。
「!」
一瞬、襲撃かと思ったが、それは杞憂だと扉に肩を預けるように立っている人物によって知らされる。
驚いた職員そして、避難している神々も扉に注目する...そして、その姿を見て一柱の神が跳ねるように飛び出す。
「八幡!」
その姿は迷子の我が子を見つけた母親のようだった。
嬉しさと、心配と、期待と…慈愛に満ちた声で彼の名を呼び、肩で息をしているような非力を支える。
「アストレア様...ご心配、おかけしました」
優しくて厳しい自分の神様は、俺なんかでも心配してくれて、苦しんだはずだ。
だから、俺にはそれを解消する責任がある。これがやらなきゃならないことの一つ、恩人に苦労を掛けた謝罪だ。
尤も、ここで必要なのはきっと具体的な謝罪の言葉ではない。
「それと...ありがとうございます」
心配かけてごめんなさいでも、無茶してすみませんでもない。
ただ、感謝したかった。
「俺をあいつらに出会わせてくれて」
「...そう、見つけられたのね」
何故アストレアはリオンに探すように諭し、八幡にはそう言わなかったのか。
それは彼が一度は答えを掴んでいたからだ。
失われようともその在り方はどれだけ復讐を果たそうとしてもどこかに残り続ける。その根幹にあった守りたいという気持ちだけは彼の中に残り続けていたのだ。だからこそ、アストレアは願っていた。自らの意思で守りたいと思えるものを自らの中で再び見つけ出すことを...
一度死にかけて何があったのかは分からない。それでも、見つけられたのなら彼がこれからどう変わるのか、私は見てみたい。彼の正義を、彼のこれからの本来の在り方そのものを、
「…気づかせてくれた人がいたんです」
「え?」
「それより、お願いがあります」
抱きかかえられた八幡は、始めて自らの神であるアストレアに我儘を言うことにした。
そう、彼は誰かに寄りかかるということを思い出したのだ。
「(今の八幡なら、きっとあれが...)」
しかし、同時にアストレアは懸念していた。
それというのも、八幡の持つ”天秤の審判”に彼女は心当りが有った。
それをはっきりさせるためにもステータスの更新と言うのは理にかなっている。
了承した折、八幡を連れて医務室へ連れて行く。
緊急を要するとは言え秘匿性を保つのを忘れてはいない。
「(私の予想が正しければ...この子の正体は)」
着流しを上半身だけはだけさせた八幡の背中へ、一滴の神の血を垂らすと、これまで固定されていた神聖文字が赤く浮かび上がってくる。
そして、案の定予想通り変化していた。
変化は二つ、
片方は予想通り、もう片方は予想外と言えば予想外だがそれでも実に彼らしい...いや、この場合は”彼ら”らしい変化だ...
「フィン、正確な戦場の位置を教えてくれ」
ステータスの更新を終えた八幡がアストレアに支えられる形で広間に表れると開口一番にそういった。
「...何のことかな」
「俺は鍛冶師だ。向かってくる最中地面からの振動で爆発があってることは分かってる。戦いは続いているんだろう?」
「・・・」
「...答るつもりがならいい、勝手に行く」
僕としたことが、どうやら鎌をかけられたようだ。
振動だけで分かるのはおそらく位置と戦場かどうかの有無、そこにアストレア・ファミリアがいるかどうかは彼には分からない。それを確認するために僕に黙秘を強制させた。それを悟られる僕もそうだが、相変わらず生意気なほど切れる。
この会場に入ったときから分かっていたが、彼はまだ死の淵から帰って来たばかり、体力も肉体も限界を迎えたままだ。
そんな状態の人間を戦場に送るなど指揮官としてできない。
...だが、今この状況に彼の力が必要だというのも、また事実。
勝手に行くとは言っても今の状態で一つでも行動の無駄は省くべきだ。
この状況における最善の手は彼に正確な戦場の位置を教えること、しかしそれは重傷者を戦地に送り、下手をすれば見殺しにすることになり得る。
故にこれは僕が決めるべきではない...
フィンはその表情に一瞬の逡巡を見せると、その視線を八幡の隣に控えたアストレアに向ける。
その意を汲み取ったアストレアは迷うことなく頷く。
フィンはその瞳に一抹の不安もないことを理解した。それは先の更新によって得られた結果なのか、あるいは別の要因があるのか。
しかし、今重要なのはそこではないフィンが判断すべきなのは、それによって八幡に戦場を教えるか否かのみだ。
彼の主神であるアストレアが良いと判断したのなら、あとは信じるだけ。
「分かった、ガレスが向かっている戦場がある。そのルートで向かってくれ」
これが今僕のできる最大限の支援、信頼できる仲間の元に向かわせ両者の生存率を上げること。
これから先もう一度このような侵攻があった時も、間違いなく彼の力は必要になる、何より僕に次ぐ切れ者をここで失くすのはとても惜しい。
踵を返した背中がピタリと一瞬だが止まった。
「了解...」
一言そういうと少年は迷うことなく、再び歩みを進めた。
入って来た時と同じようにフラフラで、辿り着けるかすら危ういが、その歩みには重みがあった。
自らの絶対を信じ、向かう先を見定め、誰よりも強い意志を感じさせるその背中は歴戦の冒険者であるフィンをして眩しいと言わざるを得なかった。
打算も搦手も、見返りも裏もない。ただ大切なものを守らんと進む少年の姿は、彼には眩しかった。
作戦本部の扉を出て、ふと一つ気が付いたことがあった。
「あ、行ってきますを言ってない...」
こういった場面では主神に必ず帰りますという意味を込めて、そういうのだろうが。
ああ言って出た手前、また中に入るのはちょっと...
「ま、いっか」
アストレア様には悪いが、これは簡単な話だ。
「絶対に生きて帰れば問題なし」
そう、これは屁理屈だ。
だが、屁理屈の何が悪い。
多少捻くれてるってだけで理屈には他ならない。
傷一つなく何て言うのは無理でも、必ず帰るっていうのやれそうだ。
「俺がこれから示さなきゃならないのは蛮勇じゃない...俺が示すのはあいつらを守る正義だ」
少年の瞳に紅が宿る、その色は怒りとも、悲しみとも違う力。
生きる力、自分を信じてくれてた者たちの力、それが少年の心臓に強い熱を灯す。
「あいつらは俺なんかでも分かる位、俺を信じてくれた」
そう思うと胸の奥底から熱が湧いてくる。
いつからか、忘れていた感覚だった。
覚えのあるこの感覚の正体が何なのか少年はもう知っている。
「俺はそれに答えたい...力を、貸してくれ」
心臓に手を当て、力を乞う。
だが......その時気づいた。
「...違うな」
自分の力を使うのに貸してくれというのは可笑しな話だ。
この場合、正しくは
「行くぞ」
瞬間、時が止まっ方のような錯覚と共に、一際大きく心臓が跳ねる。
体中を駆け巡る暖かさが体の外を包むように放出されていく。
その熱は知らぬ間に、火の粉となって周りを舞い始める。
その火に恐怖などない、それは間違いなく自分の力だからだ。
腕に、脚に、力が漲る。
これはそう、あの時と...怒りに満ちている時と同じ。
違うのは、俺の意思で自由に使えているということだけ。
その理由は分かり切っているから、その火の粉に意することなく八幡は走り始める。
熱を持った体は疲労を忘れさせ、彼の体に無限に近いエネルギーを自覚させる。
アストレア・ファミリアが戦場に合流したころ、その戦火の手前で手をこまねいていた一団が複数。その中でも最も敵の手が厚いのがガレスが率いる戦場だ。歴戦の戦士たるガレスをもってしても突破が出来ない状況の裏には人員の薄さとは別に、狂信者たちの自爆に対する危惧があった。
「まったく、叩き辛い...わしの得意とは言えんぞ」
力による解決が主であるガレスにとって、この戦況はあまり好ましいものではなかった。
戦場に選り好みなどないと言えばそうだが、現にこういった搦手に対してはロキ・ファミリア古参の中でも残り二人が得意とする事であって、彼の領分ではない。
何より、自身より圧倒的に経験で劣る若者が多いこの戦場を率いるにはガレスの脳では処理が追い付いて行かない。
泣き言、弱音を吐いている間ではないのは十分に理解しているが、この状況を打開する術がないのもまた事実。
その時、
「!」
瞬間、戦場を烈風が走る。
その風は爆風にしては穏やかで、そよ風にしては暑い。
言わば、陽炎。焔の漏洩...この熱にガレスは既視感があった。
それもつい最近、
『...』
戦場の緊張が一層高まる。
これはそう、先日の黒い鎖、その余波に似た熱だ。
「おお!無事じゃったか小僧!」
熱の原点、戦場を俯瞰する影はたった一人の少年に収縮する。
両肩に掛けた羽織に見合う、火の粉を伴いながらその歩みを進めてきている。
揺れる陽炎が薄れ、朧気だった少年の姿がはっきりしたころ。
「おっさん避けろ!」
「!」
少年はその手を正面に掲げた。
射角を定めるように、
「全員退避!小僧の射角に入るな!」
ガレスは察しが良かった。年配故の勘ともいうが、不測の事態に対応できてこその冒険者と言うのが
故に、少年は皆までいう必要はないと、あっさりとその言葉を告げる。
『天の鎖よ』
一瞬にして展開された魔法円は、人一人を優に超える大きさで、とてもレベル2の魔法とは思えなかった。
続けざまに打ち出された鎖は螺旋を描きながら直進し、建物と共に敵をも瓦礫に帰す。
そして、空洞のそれは目的地への最短ルートとなる。
何と大胆、道がないなら作ればいいとは言うが、まさか魔法をこんな形で使うとは、
「ハッハ!やはり馬鹿げておるな!」
知っていた、この少年には自らの首領とはまた違う何かがある。
フィンが人を引き付け率いる力があるのなら、奴は人を期待させ信じさせる力がある。
確信的な信頼、実態を持った信頼ではない。
だというのに、いつの間にか信じ力を貸したくなる。
「行け小僧!背中はわしらが守る!」
「!悪い...恩に着る」
そう言って駆ける背中は、ある日に見た気だるげに丸まった背中ではなく、まっすぐ伸びた漢の背中、活気と生気に満ちた若く強い後ろ姿だった。
その背を見て、ガレス口角がニヤリと上がる...
疲労と敗北によって失われたガレスの勢いが蘇り、雄たけびを上げる。
「オォォォォォ!!!!」
『!』
狭い路道を奔る雄叫びに敵味方を問わず一瞬、その動きが止まる。
「我が名はガレス!神ロキより眷属の誓いをいただく、勇敢なる戦士!」
戦場の中心にて、ガレスは名乗りを叫ぶ。
包帯だらけ、血が滲み疲労が目に見えようとも、その名その称号は自信にとっての誇り。
「我が雄姿!打てるものなら打ってみろ若造ども!」
地を震わせ、空気すら揺らすその叫びは、満身創痍の身にして敵を恐れさせ、味方を鼓舞する。
迫る気迫は敵を次々と薙ぎ倒す。戦斧は敵を割き、風圧で吹き飛ばす。
正しく、獅子奮迅、一騎当千、呼応するかのように立ち上がる戦士たちは、その姿に感化され同じく雄たけびを上げ、敵を圧倒する。
螺旋の鎖中、背後から響く多くの雄叫びを背に受けながら、烈風と共に駆ける。
数十メルほど走った頃、剣戟の音が聞こえ始める。
聞き違えるはずがない、俺が支えてきた剣の音だ。
聞けばわかるほどボロボロだが、振っている奴らの気迫と強さは見なくても伝わってくる。
その声が、その太刀筋が、伝えてくれる。
そう思うと無意識に口の端が少し上がってしまう。
「キモイな...俺」
それでも大切な者が生きている。
たったそれだけのことがたまらなく嬉しい、。
皆を失ってから噛みしめることのなかった気持ちだ。
鎖の中を駆けてしばらく、剣戟の音が近づいた頃、戦場の手前で八幡はその足を緩める。
鎖から地に足を降ろす、その一歩に火の粉が伴う。
その手をゆっくりと横に振るうと、鎖は散開しまるでそれぞれが自由意思を持っているかのようにランダムに動き回る。
鎖は無数で移動することで風を起こし、立ち上っている煙を割き、敵を貫き一か所に集める。
鎖を通して周辺に人がいないのは確認済みだ。
そして、この距離なら俺にも爆発は届かない。
それを確認すると八幡は掌を力強く握る。
同時に鎖が締まり、狂信者に括りつけらていた爆弾が爆発し、強力な風が吹き荒れるが、その中を臆することなく静かに歩きはじめ、戦場へと進む。不相応なほど冷静で、格好はボロボロでも流れる時間がゆっくりに見えるほど勇壮な歩みだった。
煙々の中から少年の姿が露わになると沸き立ち一層勢いを増す、乙女たち。
色めき上げる黄色い声援などではなく、信頼と友情そして間違いなかったという歓喜からくる歓声。
「おかえり...八幡」
「...あぁ」
たった数時間だというのに数日もたったと感じる密度があった。
失ったと思っていた、感情が溢れ出す。
感謝もしたい、大切にしたい...そして、それら全てを再び与えてくれた彼女らを信じていたい。
「ただいま」
騎士の帰還...いいや、再誕の騎士と言った方が正しいだろう。
少年は守ることを決めた。己の全てを賭してでも、自らを信じ、待ち、そしてを伸ばしてくれた者たちを守って見せると。
背を向けた二人に恥じないように...大切なものを二度と失わないために、
「手負いにぼろ雑巾など相手ではない!かかれ」
戦場に立つ一人に呆気にとられるが、引き起こした張本人は状況を呑むことなく戦場に檄を飛ばす。
しかし...
「気づけよ...」
「何!?」
「もうこの戦場にお前の味方はいない...」
「何を愚かな...兵ならいくらで、も」
先の爆発で巻き起こった再三の煙が晴れ始め、ようやく俯瞰して戦場を見渡せると思うと、そこら中に腕を鎖で縛られるか、貫かれるかした構成員たちの姿。そして、オリヴァスは戦慄する。
自分一人が生かされているというこの状況に、情けなく冷や汗を眉間に伝わせながら。
「ば、馬鹿な...たった一人の小僧に、我が兵が、ものの数瞬で...」
焦り...私情で兵を動かしておきながら、結果を残すどころか戦力のほとんどを消費したとあっては、肩身が狭いとすらいわせてもらえない。最悪切り捨てられる可能性すら...様々な可能性が頭を過ぎるがその全てがマイナスの物ばかり。
尤も、この状況を引き起こしたのは紛れもない自分自身なのだから弁明の使用などかけらもない。
壊滅した建物の内、内側のみが焼けた塔、その中で戦場を上から目線で俯瞰してみているものがいた。
「あ~らら、こりゃオリヴァスは切り捨てだな」
他ならぬエレボスだ。
絵にかいたような悪役ムーブに内心満足しているが、その背後で...少年の復活と躍進に隠さず口角をフッと挙げている女性が一人。自らを敵と定めながら正義の使徒たる乙女たちと同じく、期待している...何をとは語るつもりはないが、
「嬉しそうだな...」
「いいや、予想通りだ。そうでなくては、私が目をかけた意味がない」
「よく言うぜ。崖から突き落としただけのくせに」
「...何の話だ?」
いまいちピンと来ていないようだが、あの時彼の心を折ったのは間違いなくアルフィアの存在だ。
彼がそれをどう乗り越えたのか見ものだ。
そして、今度はエレボスが頬を不気味に釣り上げた。
「やめだ」
「?」
「オリヴァスを回収する」
「何?」
「あれは此方の機密を持ちすぎている。後々面倒だ」
「始末すればいいだろう」
事実、オリヴァスの失態はもはや命を持ってしか償えないほど大きなものだ。
私情に、同志をつかい挙句の果てにそれら全てを殲滅されるなど、切り捨てられても文句の言いようがないほどの失態。
ならば、恥をされされる前に殺してやるのがせめてもの情けというものだ。
もっとも、情けをかけてやる義理などないが、
「それではつまらない...恥は見てやらないと誰が評価するんだ?」
「悪趣味だな」
「分かり切ったことを」
「・・・」
それを理解している自分にも、あまりにも悪趣味なこの男にも虫唾が走るが、神とはおおよそ、そういうものだったなと思い出し、一口溜息を吐き出す。
「頼むよアルフィア、陣内から連れ出すにはお前ぐらいじゃないと」
「…なるほど、そういう腹積もりか」
エレボスの思惑はおおよそ理解した。いや、理解させれらた。途上とは言え、盟約に誓って都市の殲滅は此方も望む所...だが、その過程にある、私情にまで干渉されるいわれはないが、
おそらく、今の立ち直った八幡を見定めてこいというのだろう...しかし、それこそ余計なお世話と言うものだ。
「度し難いな」
「フフン」
「まあいい、いずれどこかで果たすつもりだったことだ」
誰に聞こえることもなく、ぼそりと呟くと踵を返し背後の闇に消えていく。
燻ぶる灰色が靡くと、次の瞬間には姿が灰のように消える。
制圧された戦場にガレスが追い付き、いよいよオリヴァスがお縄かという時
「いよいよお縄じゃなオリヴァスよ」
「くっ!この私が...こんな!」
余りに屈辱というオリヴァスの表情は、今にも吐しゃ物を吐きそうなほど悪い顔色と玉のような汗、プライドをへし折られ、絶対的な自信を踏み潰され、後にも先にも引けない状況、正しく詰みだ。
こうも完璧な布陣を相手に単騎で突破できるほどオリヴァスは思い上がってはいなかった。
しかし...天は、いいや原初の幽閉は彼を見捨てなかった。それも、正しくはない。離さなかったという方が正しいだろう。ガレスがオリヴァスの手を掴もうとした、その時オリヴァスが一瞬にして真横に吹き飛んだのだ。
『!』
「攻撃!どこから!」
「総員警戒しろ!増援かもしれんぞ!」
「いや...これは多分」
状況の混戦を予想しているアリーゼ、ガレスを他所に、八幡は明後日の方向を睨み、刀を握り手を掛ける。
火薬のような爆発も、矢のような残像もなかった、あったのは衝撃、空気を揺らす振動だけ、つまりあれは、
すると、揺れる空気を感知した八幡は居合の要領で刀を抜き放つ。
「!」
空を切る八幡の刀、だがその刃は明確に何かを切っていた。
破裂したような音と共に八幡は後方に押されるが、オリヴァスのように飛ばされていない時点で、それが何なのかにも予想がついているようだ。
「小僧!」
「八幡!」
「っ....!」
音速に匹敵するそれは、そこら中に飛散している瓦礫を巻き上げ、土煙を起こす。
それはつまり、加速の際に通る道の先、即ち自身の居場所を晒すことに他ならない。
晴れるまで待つか、いやそんな悠長入っていられないと突撃を行おうと刀を収めた、その時
「その必要はない」
瞬間、静寂が戦場を支配する。
放たれたたった一言に大半の人間がトラウマを呼び起こされる。
その声は全てを砕く理不尽、その姿はあらゆる存在を下位にする不条理。
目の前で何もできなかった自分を、一方的に叩きのめされた自分を思い出す。
足が竦む者が大半の中、一人その方向に向き直り、その人物に正面から相対する。
「...今度はお前自身のようだな」
「...俺はもう逃げない、俺は大切なものの為にあんたとも戦う」
「話が速いな、その雑兵はくれてやってもいいが、生憎私も従わざるを得ない立場にある」
「よく言う、不本意なくせに」
まるで互いをよく知っているかのような物言いだが、実際に話したのはたった一度だけ。
しかし、それでも互いを理解しているのは、一重に似た者同士だからだ。
「フッ...お前とは次が最初で最後だ」
「?」
「用は済んだ、もう一度言うぞ次で最後だ」
「!」
リスク承知でアルフィアから目を離し、反対方向即ちオリヴァスの方向を見るが、いつの間にか消えていた。
気配や音、振動に敏感なはずの八幡すら気づかない存在が、連れ去ったのだ。
視覚を誘導されたようだ。というより意識を集中せざるを得ない相手だったという方が正しいだろう。
「ではな」
動けない他のメンツなどいないも同然と言うように優雅に踵を返す。
しかし、
「ちょ、ちょっと待った!」
「...ほう」
自分たちのほぼ何も言わずに去ろうとするアルフィアに、躊躇しながら引き留める声を上げるものが一人。
「アリーゼ?」
「私を前に臆さんとはな、そこな老いぼれより勇猛なことだ」
「なんの話かわかんないけど!何よ貴方!ポッと出のくせに八幡になれなれしいのよ!」
『...え?』
その瞬間、アルフィア登場以上に場が凍てつく。
「・・・」
『(あのアルフィアがリアクションに困っている...)』
唐突な修羅場を生産しようとするアリーゼに、肝が据わってるとかそういうレベルじゃないことを誰か理解させるべきだな、とガレスひいてはアルフィアの実力を強く理解している人物、即ち被害者たちの弁である。
「小娘名前は?」
「え?アリーゼ・ローヴェル16歳誰から見ても可憐でかわいい女の子です」
「二、三言余計だ」
「何も間違ってないじゃない?そうでしょ」
と、オーディエンスに聞くかのように動けない面々にわざとらしく耳を立てる動作をする。
あざとい、あと相手からしたら若干ウザイ、
アリーゼのそんな様子に思わず呆れてため息が出るアルフィアだが、
「...それで何の用だ。小娘」
「名前聞いた意味ないじゃない!」
「...面倒だな」
「すみません、素面なんです。それ」
アリーゼの保護者はどちらかと言えばアストレア様なのが、この戦場に居たらこっちが気が気ではない。なので、仕方なく俺がツッコム。マジでなんで?てか、何の用なんだよ。
「ハァ...それで何の用だ。アリ...小娘」
「こっちもこっちでブレねー」
途中まで言っておいて呼ばないのかよ。
さてはこいつ友達少ないな...まぁ、性格上俺よりコミュ障なの見れば分かるけど、
「じゃあ、手短に...貴方八幡の何なのよ!」
「お前も俺のなんのつもりなんだよ?」
「・・・」
間違っても思わないで欲しいが、俺はアリーゼの部下であるがそれ以上ではない。
確かに、仲間だし、大切には思っている。が、それ以上でも以下でもない、本当に何もない。
よって、精神年齢的にアリーゼに保護者面されるのはだいぶ引っかかる。
同い年で上司なのに、同い年で団長なのに、
「私は...お前のなんだ?」
「...えぇ?なんで俺に振るんすか」
そう聞かれると俺も困る、宿敵...にしては浅すぎるし、好敵手...も実質数日前にあってるし...俺にとってアルフィアは...
「話し相手?」
「...嘘ね」
「俺が答えじゃないのかよ。てか、そろそろ帰らせてあげて、気まずそうだから」
「え?」
アルフィアは立ち去るために踵を返している状況だが、それをここまでくだらない内容で引き留められたものだから格好付かなくて気まずい感じが出ている。というか、アリーゼ相手にめちゃめちゃ困ってる。
意外だ、こういう手合いの相手も淡々と一方的に我を通す人だと思っていたが、何か答えざるを得ないような理由があるのだろうか、
「いや~、実に見事だった」
空気が暗黙の後にアルフィアを見逃す方向に傾き始めた時、どこからともなくたった一人の拍手の音が聞こえてくる。
間に挟む、その声はこの場にいる全員の神経を逆なでするような、この場に、というよりこの惨状に似つかわしくない、言わば誰よりも空気が読めていないという、気持ち悪さがあった。最も、それが故意的なだけに嫌悪を呷るのだろうが、
「エレボス...」
「親玉の登場たぁ都合がいいな、ここでひっ捕らえれば全部が片付くんじゃないか」
「...それが出来れば苦労しないのですが」
リオンがそういうのは、彼の背後に控えている”顔無し”という手練れの存在のことだろう。
それに、撤退しようとしているとはいえ、すぐそばにはアルフィアがいる。
恩恵を封じることができる八幡がいるとは言え、鎖を弾かれては意味はない。
何より、これ以上の戦闘は此方も望むところではない。相手が、レベル5相当と正真正銘のレベル7が相手ではこちらの損失を考える必要がある。戦場において犠牲を良しとしないなどと言う甘えたことを言える状況ではないのは十分理解している。
が、それでも回避できる犠牲は回避するべきだ。
それに、この状況で始めるほどエレボスも愚かではない筈。
「素晴らしいよ比企谷八幡くん。アルフィアの一撃を受けて生還したどころか、オリヴァスの兵をただ一回の魔法で制圧するだなんて、まるで...英雄だな」
最後に下げる息遣いが俺への皮肉を感じさせる。
怒りを感じないわけではない、奴の存在そのものが俺をこの地に呼び寄せたといっても過言ではない。
「・・・」
その俺を心配してか、輝夜が視線を俺に向ける。
輝夜はある程度俺の事情を理解している。そして、俺に対する負い目も...彼女が感じるべきものではないというのに、
「俺は...英雄なんかじゃない」
「ほぉ、ではお前はなんになる。復讐の火が消えたわけではあるまい」
「...俺は、守りたいだけだ。俺が信じた奴らを、俺を信じてくれた奴らをな」
「...その血塗られた手で何が守れる」
まるで見定めるかのような問答と視線、俺に何を言わせたいんだ。
「守れるさ、少なくともあんたからは守って見せる」
「それはそれは、レベル7二人を有する俺から何を守るって?」
エレボスの言うことは向き合うべき必然だ。
事実、俺個人で二人のレベル7と対等以上に戦うには、あの力を完全に物にする必要がある。
だが、今の俺ではこの力の全力を引き出すには力不足だ。
でも、言って見せるし、やって見せる。
誓ったんだ、あの二人に...俺の英雄たちに
「...俺の仲間たちは誰にも奪わせない。もう二度とお前に無力を突き付けられるつもりはない」
「大した自信だな、俺から一度は奪われたくせに、」
俺の発言にニヤリと笑うと、
「この数日、いやそれ以前からか、お前は自らの意思でむごたらしく我らの同志を殺してきた。...楽しかったか?気持ちよかっただろう?憎くて、手の届かない俺への怒りを同じような人間を殺して晴らそうとする、殺した瞬間はさぞ気分が晴れただろう」
「・・・」
否、とは言えない。
俺がこの街に来たのは奴への復讐の為であり、勝手な自己満足の為だ。
「気づいているだろう?お前はそっちにいるべきじゃない」
「っ!」
「輝夜...」
エレボスの言葉に思わず飛び出そうとする輝夜を、八幡は片腕を彼女の前に出すことで制する。
この場は任せて欲しい、彼のその無言の意思をないがしろにすることはできなかった。
「そうかもな...」
『!』
「そうなんだろう...俺は多くを殺し過ぎた。悪だからと奪い過ぎたかもしれない」
足元にはたくさんの血が流れ、耳には最後の恨み言が響かないからこそ残っている。
それは律儀な彼故かもしれない、響かなくとも最後として覚えてしまう。
「でも...」
「!」
「それでも、守る。例え、誰に否定されようと、誰が俺を悪と呼ぼうと、俺はアストレア・ファミリアの鍛冶師であり
騎士、比企谷八幡だ」
騎士とは守る者の称号、誰かの為に自らの正義を貫き、高潔なその心をもって命に代えても守り抜く不屈の戦士。
高潔ではないが不屈、正義ではないが忠義に厚い、それが比企谷八幡という騎士。
だが、それは...
「それは選民思想だ。お前は所詮自らの手の届く範囲、自分が守りたいものしか守らないということを宣言したようなものだぞ。そんな者正義などではない」
「...そうだな。けど、それはお前のエゴだろ?俺達に何を求めてるか知らないが、全部守るなんて馬鹿げたこと俺は理想でも宣言するつもりはない。というか、分かんないなんて言ってるやつが正義を判断してんじゃねぇ」
『!』
「俺たちは俺達の正義で守るんだ。俺はこいつらを、こいつらは多くの人間を、それぞれの正義を信じて戦う」
俺は人として戦い、人として守って見せる。
人を超えた全てを英雄でも、精霊でもない。俺が守るのは人の範囲で十分だ。
「他の人間なんておまけに守るくらいで十分だ」
「はっ!言ってくれるぜ。あたしらを守るたぁ大きく出たな」
「あぁ、鍛冶師かと思えば今度は騎士か」
「うん、いい!いいね!八幡ちゃんが守ってくれるなら私たちも安心して戦える」
「ちゃんと背中を任せてくれるってことでいいんだろ!」
一歩前に出る乙女たち、その目には嬉しさと共に、ある一つの思いを露わにする。
「八幡...」
「ん?」
「ありがとう八幡。でも、私たちは一方的に守られるつもりはないわ」
「え?」
「貴方を信じ、貴方を頼る。だから、貴方も私たちを信じて、頼ってください」
「!...そうか、そうだな」
確かに俺はみんなを守りたい、でも彼女たちはただ守られるだけの弱い存在ではない。
気高く、言いたくないが可憐で強かな、未完の正義たち、それがアストレア・ファミリアという乙女たち、
決意を告げる乙女たちは、悪と対峙する騎士の隣に立つ、歩幅は違えど頂く正義は同じと信じ、誰かの為でありたいと立ち上がる。互いを信じ、互いに預ける。
「フッ...まさに御伽噺だな」
「...」
理想の関係性、今のこの黎明の時代における絵空事、誰かをなんの利益もなく信頼し、信頼を返す。
志が同じだからできることだ。
だが、我らと決定的に違うのは利害関係ではなく志を同じくするという仲間意識であること。
「なればこそ、悪もさらに栄えよう。正義よ!」
「何を...」
「言っただろうリオン。お前たちの謳う正義と俺たちの掲げる悪は表裏一体。お前たちが栄えるというのならその影で俺たちもまた栄える。それでもなお、その張りぼての正義を掲げるつもりか?」
「当たり前よ!」
「掲げるつもりも、謳うつもりもありません。私たちは、私たちの正義を胸に貴方達と戦う。ですよね?」
「...あい」
不揃いで未完、足並みは合わず、バラバラで正しく十人十色。
それでも、正義を胸に戦うその在り方は同じ、向いている方向は同じなのだ。
「クックック....そうかそうか」
これは愉快だとでも言うようにエレボスは笑い始める。
まるで、そうでなくては張り合いがない、そうでなくては面白みがない、とでも言っているようだ。
「では、そうだなぁ?....こうしよう、三日だ。三日後、我々は再び侵攻を再開し、今度こそ君たちを蹂躙し、この世界を混沌に堕とそう。それまでに万全を期すが良い。その牙城崩して蹂躙して見せよう」
その言葉に反応するかのようにアルフィアは瞳を開かず、エレボスの後ろ隣りに控える。
それに一瞬反応を示す八幡だが、先の言葉の真意を理解している八幡は、この場で何かすることはないだろうと警戒を解く。
敵とは言え、八幡をアルフィアに私的な信頼を置いている。
だからこそ、この場では仕掛けないと考え、意識を解く。
「・・・」
そんな俺に一瞥を向けるが、言うべきことは言ったとでもいうようにほんの一瞬のものだった。
「帰すと思ってんのか?」
エレボスの発言にライラが反応を示す。
反抗的かつ無鉄砲な発言に聞こえるが、その実この事態における最優先事項を履き違えていない。
それは元凶であるエレボスの捕縛と言えるだろう。
敵首領を捉えれば、事態は収拾する...とは、言えないが、少なくとも敵の足並みは崩せる。
が、それを容易に行えるとは思えない。それは、おそらくライラ含め、他の者も理解しているはずだ。
「面白いことを言うな、冗談とは言え笑えてしまうぞ」
「そいつは良かった、投げ銭はあんたの首でいいぜ」
「生憎、今くれてやると後が怖いのでな」
さも、困ったように自身の後ろ隣りを見やるが、その実内心はそれほど焦っていない。
おそらく気づいているからであろう。
「俺は良いぜ。帰って寝たい気分だ。疫病神にこれ以上構ってたらしんどいだけだし」
俺は良いよ俺は...と、八幡は横と少し遠くに居る、この場において指揮権を持つ者、アリーゼとガレスに視線を持って「どうする?」と、問いかけてみる。
投げかけられた視線に、八幡を除いた互いが視線を交わし、状況と団員の状態を見ての判断を下した。
「いいわ、三日後ね」
「その言葉に偽りはないじゃろうな」
「さて、それは確約しかねるな」
「...」
「冗談だ。神の名において誓おう」
背後から圧を感じたのか、エレボスは分かっていると言うように自らの名に誓って、休戦を宣言した。
「そっちこそ、後ろから指すような真似はしないでくれよ?」
「分かりました」
「おい、リオン」
「この状況でレベル7との交戦は望ましくありません」
「...分かってるよ」
「じゃあ、退散させてもらおうかな...」
そう言うとエレボスは、戦場にはあまりに似つかわしくない、軽薄な歩みで後ろ手を振って戦場を去っていく。
それに黙って付いていくアルフィアだが、その閉じられた瞼はひそかに細く開き、一人の少年を映していた。
愛しさかもしれない、慈しみかもしれない、だがそれも次に会う時で最後になる。
そう思うと、あれは運命だったのかもしれないと、センチメンタリズムな感覚に陥るが、同時jに自虐気味にどの立場でと考えてしまう。どのみち、この気持ちも次で最後だと再び視線を閉じ、だんまりを決め拠点への歩みを続ける。
一難が去った戦場で一時の静寂が流れる。
その一因は...間違いなく、彼だった。
「じゃあ、改めて...おかえり、八幡」
「いや、そんなに時間たってないでしょ」
「そこは!ただいま、ハニー...でいいのよ!」
「一言余計だぞ団長」
「あだ!」
いつも通りのやり取りに、若干差異が出たところで、輝夜が私情も含めてアリーゼに制裁を行う。
と言っても、頭を軽く小突く程度の為、リアクションがややオーバー気味である。
「取り敢えず帰らない?俺、疲労で死にそうなんだけど」
今一度比企谷八幡の状態を確認していこう。
まず、死にかけであったことが大前提となり、失血し手前、脳に普通なら三日それどころか永遠に眠っていてもおかしくないレベルの衝撃、挙句傷を無理くり治していった熱による傷口のやけどなどなど、常人なら立っていたら数秒立たずに地面と友達になっている状態の傷と疲労。いかに、神の恩恵を持つ者であっても、レベル7と失血状態で連戦を行えば、死んでしょうがないと思われてもいるところだが。現に、彼はここに立っている。
「あと...誰か、担いで持ってってくれない?」
『ん?』
「一歩も動けないんだけど」
理由としてはアドレナリンによる疲労感の麻痺があった。本当なら立つことすらままならないからだったのだが、精霊の力によって無理くり動かしている状態、同時に失血によって下がった体温を無理やり上げている。
緊張が解けた今、精霊の力は緩やかに抜けて行っている。
つまり、
「寒いし、動けないし、あと吐き気が...す」
「脱水症!!」
「あぁあ!急いで戻るわよ皆!」
「わしが担いで行こう、悪く思うなよ小僧!老体に無理をさせたんじゃ、寧ろありがたく思え!」
先程まで戦場だった場所だというのに、そこに流れる空気はガラリと変わっていた。
切迫はしているが、戦場の緊張ではない。どちらかと言うと、アストレア・ファミリアのホームにいつも流れていた活気が戻ったという方がきっと正しいだろう。
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お久しぶりです。微積に刺されて、血反吐履いてた男、どうも怠慢です。
最終的な決着の絵は浮かんでも、そこに行くまでが一番大変、人生の常ですが、それは別に投稿を滞らせていい理由にはならないと重中承知していますが、デュエマの為にバイトもしなきゃなわけで...
金トレ当てて、気持ちよくなってましたがもちろん忘れていたわけではありません。
本を読む時間が取れなくとも、ペースは頑張ってあげていきます。
クオリティが下がってたら容赦なくコメントください、頑張ります。
それではさよならー