第1章 十五節
第1章 十五節
俺の手はまた届かない…伸ばせば届く距離のはずなのに、今度は掴めなかった。
今は無様に転がっている…いつもの事だけど
「・・・」
体の内側から引き裂かれたような痛みが、今も全身に走っている。
...何をされたか分かる人間からすれば、こうして意識を保っているのもおかしいのだろう。
「よせ…もう立つ必要はない。私の見込んだ通り、お前は英雄になれる器だ」
「・・・ヴゥ、ハァッ」
それでも立ち上がる、死に体に鞭を打ち、腹の底からくる鉄分を含んだ吐き気を呑み、詰まりかけた息を吐き出し、四肢に力を籠める。
歩みを進めこの場を去ろうとするあの人を止めたい、その一心で一歩を踏み出そうとする。
だが、踏み固められた荒れた土は踏ん張りを奪い、立ち上がる力が滑っていく。
「お前は私に、この世界を託すに足る望みを見せてくれた。…もう満足だ。思い残すことは、ない」
「・・・」
だったらどうして満足そうな声で言わない、どうして後ろ髪を引くような声で俺に背を向ける。
超えて欲しいんだろう⁉止めて欲しいんだろう⁉だったら、どうして…
埃を被り、寂れた教会を再び見送ろうとする魔女を止めるため、俺は三度立ち上がる。
無理を通して、全てが片付いた都市の歓喜の声を他所に、此処で立っている。
…なんの為に?
決着を付ける為?奴らの仲間を倒す為?
違う、違うはずだ…俺が今ここに立っているのは、剣を握るのは
…あの時の俺と同じだった、貴方の心を救いたいからだ。
約束の日、エレボスが都市陥落を宣言した日がやってきた。
万全とはいいがたいが出来る限りのことはしたつもりだ。
元々、用意していた物もある。
あの日は間に合わなかったが、今日に間に合った。
いや、良かったよかった。
「…おい」
「…はい?」
自分よりずいぶん低い位置から声をかけられたが、その声色は分かりやすく不機嫌だ。
整備不良はないよう務めたはずだが?
「…何か言うことが、ありますよね?」
「…」
「ありますわよね?」
今度は、背後から声をかけられた。
おかしいな不満は無いように整備したはずなのに、肝が冷えるような声をかけられるとは、というか若干殺意込もってね?
「あら?どうしたの輝夜?そんなに不機嫌な顔して、私ほどじゃないけど美しい顔が台無しだぞ♪」
「イラッ!」
「煽るなぁ!被害は俺が被るんだぞ!」
「加害者もてめぇだろがぁ!」
どうしよう返す言葉がない、実行犯も被害被っているのも俺だから反論できない。あれ?これただの自業自得じゃね?
というか、犯罪犯してるわけじゃないんだけど?
「俺別に悪くなくない?」
「…依怙贔屓してるだろ」
「はい?」
「だから!」
「なんで!あの二人だけ装備一新なんだよ!」
切れ気味のライラが指さしたのは、普段の軽装から一変したアリーゼとリオン。
金色の装飾が所々に輝く新品の装備、赤を基調とした正しく団長然としたアリーゼの装備に、彼女自身の純真さを表すような純白を基調とするリオン。
「お前らにもあげたでしょうが」
「籠手当てとかだけだろうが!」
「あら~、貰っておいて文句だなんてみっともないわねぇ。オホホホホホ!!!」
「てめぇ、そのマントよこしやがれクソ団長!」
煽るなって言ってんのに、煽った挙句ライラを見下げるとかいうとんでもない煽りをした結果マントを引っ張られてる。
あれ?これもしかして俺からヘイト外れてる?ラッキー、この隙にここを一旦離れy
「それがまかり通ると思うてか?」
「ですよねー」
そうだった、機嫌悪いのライラだけじゃないじゃん。
ていうか、下手したら立場的にライラ以上に不機嫌かもしれない人がいたわ。
「副団長の私を差し置いて、あの青二才に新装備贈呈とはどういう要件でしょうねぇ?鍛冶師様?」
黙って退避するつもりだったというのに、いつの間にか背後を取られている。
流石、そういう家の出だね!などと言おうものならこれだけじゃすまないだろうなぁ
「イダイイダイイ!後頭部掴まないで!割れる割れる!」
お前も気娘でしょうが何て言葉を言えるわけがなく。
笑顔なのに目が笑っていない美人がここまで怖いとは知らなかった。
…顔見えてないけど、そろそろ離してもらえますか?ミシミシ言い始めてるから、食い込んできてるから!
「そ、それでアリーゼちゃんはともかくなんでリューちゃんなの?」
「確かに何故私などに?輝夜に与えられる方が丸いと思うのですが?」
「お前はうちのエースだからだ」
「!」
「あと、アリーゼと一緒でよく目立つ」
「なっ!」
『…販促じゃねぇか!』
「リオンを広告塔に使ってんじゃねぇ!」
販促?冗談じゃない。
これ以上仕事が増えてたまるか、ただでさえ11人の整備で手一杯だというのに、
と言っても鍛冶師の性だ。出来のいいものはより目立たせて自慢したい、他の鍛冶師たちに
「てか、しれっと自分のも新調してんじゃねえか!」
「俺のは壊れたからいいんだよ?」
着流しに籠手や足当てなどを付けていたが、暴走したときに形すら残らず灰になってたりしたから、一層のこと戦闘服を作ることにした。短めの袴にブーツ、赤と紺色の籠手と胸当て、そして焔があしらわれた黒い羽織、刀と剣を両腰に一本ずつ下げた簡素なものだ。というか、前とほぼ変わらない。
ピカピカの新品だし、素材にもある程度こだわったから着心地抜群。これから汚しに行くのが惜しいくらいだ。
などと、息まいていたのも束の間、背後からカツカツと元気な靴音が聞こえてくる。
アイズだな?今度は比較的元気だから、受け止められるぞ。
と、後ろを振り返り両手を広げて構える。
対応は完璧だった、踏ん張る姿勢、自分のコンディション、全てにおいてほぼ元気いっぱいだ。
ただ、相手が一人ではなかったということだ。
「ふぇ?」
「…?ごぺぇ」
油断していた訳ではない、決戦前だ。
奇襲を警戒はしているつもりだが、こうも味方に囲まれていると、気が緩んでしまうのも仕方がない…と自分に言い訳してみるが、音で判別できなかった俺が悪いです。
「…アイズ」
「・・・」
「とアーディ」
「え、えへへ」
片や腰の高さに幼女、片やあごを捉えるように飛び込む同年代、端的に言おう頭撃ったし重いから退いて欲しいな。
「あのお、重いんすけど…」
「えぇ!そ、そうかな?」
「あとリオン…」
「…はい」
「避けないでもらえる?」
「善処します」
それ善処しないやつ、てかそれ俺の…
というのも、辛うじて見えていたが、アーディが飛び込もうとしていたのは俺ではない、リオンだ。
が、つい反射でそれを避けた結果、その背後…要は俺に衝突したわけだ。
実に迷惑…
「こら!…全く、お前はいつも」
「…いたい」
話に置いてけぼりにされていたアイズの頭をコツンと小突いて保護者が登場した。
小突いたとは言ったがレベル5の小突きは大概痛い、冒険者でも上積みのリヴェリアのグーだ。
涙目になりながらアイズは頭を押さえている、超可哀そう。
「すまない、気づいた時には走り出してしまっていた」
そのまま、摘まみ上げるように背後の鎧を掴まれて持ち上げている。
アイズは軽いが、鎧や剣などを含めばリヴェリアのような細腕では持ち上げることなどできない、これもまた冒険者だからこそなせる業だが、某女神から「ママやからなあ」と言われても確かに、と納得しそうだ。
「誰がママだ」
「何も言ってませんけど…」
「…目は口ほどに物を言うだったか、お前の故郷には便利な言葉があったものだ」
おかしいな、俺の目は基本的に腐っていてアンデット系モンスターもびっくりなほど感情を移さないことで有名なはずなのに。
「アーディも退いてくれる?」
でないと、俺が見える景色がその素晴らしい双丘だけなままだから
と思ったら、頭の上に着物…と鞘の先…あっ
「!」
間一髪、頭を横に捻ることで回避したが、元々頭があった場所には鞘がめり込んでいる。
石畳が砕けて痛そうだ、あそこに絶対頭置きたくない。
「あら、騎士様。そのようなところに寝転がっていては虫が湧いてしまいますわよ♪ただでさえ、集ってしまいそうな目ですのに♪」
声色とやってることが絶望的にあっていないが、俺に冷や汗を掻かせるには十分すぎる。
「お、俺に非なくね?」
「目は口ほどに物を言うとは正にこのことですねぇ♪鼻の下も伸びておりましたわよ」
「アーディ、そこは二重の意味で危険だ。離れた方がいい」
俺が危険か…ちょっと嬉しい。
胸の上に座っていたアーディにリオンが手を伸ばす。それに伴って、俺も立ち上がる。
不服だ。使われるのが道具の性とは言え、こうも早く煤けてしまうとは、
時間も時間だ、仕方なく軽く埃と小石を払って身なりを整える。
「…」
「…元気そうでよかったよ、アイズ」
無言で俺の袖を掴んでくるアイズに、そう返したのは、
…あのアホ勇者がこんないたいけな少女を戦場に駆り出し、剰え俺みたいな人殺しに仕立て上げたことを気にしてだ。
当人は仕方のないことだとかほざいてやがったが、俺としては彼女にはモンスターを切る感覚以外を覚えて欲しくなかった。
他所のファミリアのことだと言われれば俺は口出しできないが、俺と同じようなことをリヴェリアさんも思っているはずだ。
「…うん」
俺が彼女に願うことはただ一つ…どうか、俺のようにはならないで欲しい。
あの時の俺とは違って、大事な時に多くの人に囲まれている。
これ以上この手を人の血で汚さないで欲しい…あわよくばモンスターの血でも、
「あぅ…」
それはきっと叶わないかもしれない。
それでも、真っすぐでいて欲しい、俺のように捻くれず歪まず、どうか健やかでいて欲しい。
思いに応じて、頭の上に置いた手を優しく動かす。
彼女は心地よさそうに、目を閉じていた。
可愛い…小動物みたい。
「お前は反対すると思ったのだがな」
「しましたよ…けど、あれが聴くと思いますか?」
「うちの首領ながら度し難いものだな」
「ま、人を切らせなきゃこっちは良いです」
「私としてはモンスターの血で濡れるのも避けたいものだが」
これはどちらかというとアイズ本人が拒絶するだろう。
それほど彼女が持つモンスターに対する憎しみは深い、俺の様に縋るものがないほどに…寄りかかる木々がその重さに折れてしまうほどに…俺にはそれを止める資格はない、俺にできるのは願うことだけ、
「あんまり無理すんなよ…」
「ん」
「ハチマン…おじさんくさい」
「お前と同じ10代なんだけど」
アリーゼに謂れのないことを言われたが、残念ながら俺がおじさんなら、お前はおばさんだ。
「貴方いま、この麗しく若々しいこの私に失礼なこと考えなかった」
「ソンナコトナイヨ。気のせい気のせい」
「誤魔化す気あんのかこいつ…」
失礼な誤魔化すなんてとんでもない。
俺は必要なことをしているだけだ、今ここで活きるために
「ほら、そろそろ時間だぞ」
「っ!…あとで、覚えてなさいよ」
「はいはい、覚えてる覚えてる」
大して、隊列に意味はないがこれでも秩序を重んじるファミリアだ。
団長副団長を先頭に列をなす、鍛冶師として実質末席に近い俺は最後尾に荷物を担いで歩いていく。
「…俺は最後尾だけど、お前はリオンの隣とかでも良いんじゃねぇの?」
「えへへ…一応他所のファミリアだからさ」
「そういうの気にしなくていいと思うけど…」
女子は女子で固まっていた方がらしいと思っているのは確かだ。
けどそれ以上に、彼女の視線が列にではなく、俺に向いているのに気になる。
何?顔に何かついてる?え?目が腐ってるけど、疲れてるのって?…使用なんです許してください。
「…理由はさ、それだけじゃないんだ」
「?」
最後尾のつもりで陣取っていたが、そろそろと後ろに回られた。
視線の理由には予想がついている…が、こちらとしてはあまり気にしないで欲しい所だ。
大した理由はないというのに、
「あのさ…あの時、助けてくれて…ありがとう」
「あ、あぁ」
可愛い女の子に感謝を伝えられるというのに、あまり慣れて…ないわけではないな。
可愛いけど図々しいのがいたわ。
一瞬照れて頬を赤くして目を逸らすが、そういえばこんなシチュエーション初めてじゃないわ。と冷めてしまった。
「照れてる?」
「照れてない…けど、俺もあの時咄嗟だったから言うて大した理由とかは、ないと思う」
誰に対しての言い訳かは知らないが、思わず早口になってしまった。
「それでも、私をあの時助けてくれたのはハチマンだよ」
「・・・」
「だから…ありがとう。私を助けてくれて」
命を助けてくれてありがとう…たったそれだけのはずだ。
でも、彼女からはもっと別の、万感の思いを感じた。
いつも顔を見るわけではないが、その笑顔は数日前の物と違って力強さを持っている。
「あぁ…どういたしまして」
つられて俺も笑顔になってしまった。
と言っても、スカしたような笑い方で笑顔だ何て言えたものではないのだろうが。
しかし、目の前の少女にはその顔がどこか腑に落ちた、納得できたというものに見えた。
事実、彼は自身の顔を誤解していた。自身としては呆れた様な笑いのつもりなのだろうが、無意識に口元の笑みが隠しきれていなかった。何より、照れを隠すように前を向き直した自身の動作を無意識に正当化している時点で、自身の本心に目を背けている。つまり、彼の照れ隠しは隠れきれてないのだ。
「フフッ♪」
何より、彼女は彼の真意に気付いている。
本当ならもっと言葉を尽くしたい、でも素直に受け取る性格ではないのは日頃の彼らのやり取りを見ていれば分かる。
だから、彼のはもっと分かりやすく、言葉だけじゃ足りないけど、言葉だけじゃ伝わらないから、態度と笑顔で返すしかない、それが私にできる最大限だから。
向き直る寸前、片目に映った彼女の満面の笑みを見て、あの時自分が咄嗟に庇った理由がなんとなく分かった。
…あの時、俺が咄嗟にかばったのは、きっと妹と…小町と重ねてしまったというのもあるだろう。
あの子の笑顔は同じように眩しかった、自信もなくいつも後ろ向きな俺を励ましてくれた肯定してくれた。
あの日は間に合わなかった、けどあの時は目の前だった。
だから、思わず庇ってしまった。
あの眩しい笑顔は、あの瞬間は戻らないけど、これ以上手に入れたものは失いたくないから…あの時、助けられて良かった。
あの時、お前を救うことが出来たから、俺はこれからも守りたいものを守る覚悟ができる。
地の底からの叫びが響き、大地が震える。
談笑と互いを激励し合う声を一瞬にして静寂に変え、空気を不安に染め上げる。
『!』
「・・・」
残響と風圧に羽織の裾が揺れる。
数日前からこの叫びは都市に響き、民の不安を煽り、俺達冒険者を逸らせ瞳に険しいものを宿ことになる。
いよいよだ。
「聞いての通りだ。敵は目標のポイントに迫りつつある。ここからでも分かるほどにね」
人を引き付ける声色、率いるということを良く分かっている佇まい。
しかし、その服装は何処かくたびれたもので、ここ数日の忙しさを如実に表している。
それでも、自信と説得力を失っていないのは一重に彼の持つカリスマ故だろう。
「偵察隊の報告通り、エレボスの与えた猶予がこれとの決戦までのタイムリミットだったことは明白だ。常に後手に回り続けたんだ。ここからは打って出る!」
『・・・』
「編成は先日の通り、以降はそれぞれの判断に任せる!」
『・・・』
だが、彼のカリスマをもってしても士気は上がらない。
無理もない…後手に回り続け、今日この日まで負け続けたと言っても過言ではない、身近なもの達の死が、数日前まで共に戦った友たちがいないという事実が今も彼らの脚を止めている。心を凍てつかせている。
しかし、それを見過ごすほど勇者の異名は伊達ではない。
「…君たちに勇気を問う」
『!』
「・・・」
その言葉に俺は聞き覚えがあった。
俺が憧れたのは違うものでも同じ物語だ。
「友の死は応えただろう!信じた神の死は応えただろう!…家族の死は、応えただろう」
鼓舞であり煽り、傷口に塩を塗って血行促進にしては、何とも痛々しすぎる傷口だ。
「だが、それでも立ったもの達もいる。失ってなお、もう一度自らの為すべきを成すために」
なんだよ。こっち見んな。
「君たちの友は何のために死んだ!誰に奪われた!」
広場に集う凡百の冒険者たち、どこか冷めた様な悲観的な彼らの目に光が灯り始める。
「僕は君たちに英雄になることを求めない!死してなお、敵を討つことを求めない!」
小さな体躯からは考えられないほど、大きな覇気、群を率いる者としての覚悟を示している。
指揮官であるが故に理解している。自身の発言が、この集団に対してどれだけの精神的な影響を及ぼすのかを
「勇気を示せ!友に、神に、家族に…恥じぬ勇気を!立ち向かう勇気を!その先に僕は、この戦の勝利を約束しよう!」
『ウオオオ!!!!」
目の前の総指揮は広場に集まった万部不当に約束する…勝利をと
槍を掲げ旗印とし、視線を集め、消えかかる火に薪をくべた。
ここで勝たなければ後はない、それはここにいる全員が理解している。
挑むのは二つの伝説と多くの厄災、そして顕現した大最悪。
俺が挑むのは伝説…あの、静寂の魔女だ。
陣形と言っても分けられて大きく二つ、地上班とダンジョン班に分けられているだけだ。
だが都市の壁の向こう側からの侵攻も考えて、ダンジョン班を第一級冒険者を含めた少数精鋭、地上班をフレイヤ・ファミリア中心の大人数で編成した合理的な戦術だ。そして、これは相手が二つの伝説、「静寂」と「暴食」を一つに固めないと予想してのものでもある。
「ねぇ、ハチマンはこの先にあの女がいると思う」
「言い方ぁ…居たとしたら、絶対ろくなことにならないから居て欲しくない」
「そうよねぇ~」
俺達ダンジョン班において最も危惧しなければならないことは、例の大最悪とアルフィアを同時に相手をしなければならないという事態。
偵察隊の報告では、巨大な竜の姿、この世の終わりのような漆黒。それだけを聞けば冒険者三大クエストの最後の一つ黒竜に近いが奴はダンジョンには生息していない。だが、それに酷似しているというだけでも十分に脅威だ。
それに階層を破壊しながら突き進んでいるという報告から、その破壊力は折り紙付き。
その上でオリハルコンの壁を破壊した暴食、それと同等又はそれ以上とされる静寂を相手にするなど、実質伝説が三つみたいなものだ。
その内二つを同時に相手取るなど御免被りたい。
「…まぁ、いないと思うけどなぁ」
「え?」
「何でもない…ほら、そんなことより例のモンスターの方が確実だし、おっかないでしょ」
ただでさえ底の見えないダンジョンだが、これだけの数が行軍すれば音は響かない。
前線で錯乱したモンスターを狩っているからというのもあるだろう。
…何も地の底からの侵攻に恐怖しているのは地上の人間だけではないということだ。
会話をするとなると耳元もしくはある程度近づきそこそこ大きな声で行わなければならない。
「・・・」
しかし、女の勘は鋭い…彼女なら尚更。
そして、これは確信だ。
勘という不確かな判断基準だが、間違いない。
彼はあの日から何かを隠している。
あの日、エレボスの猶予宣言のあの日から…
「・・・な、なんだよ」
「へたくそね…まぁ、いいけど」
おそらく、隠していることというのは渦中の魔女ことアルフィアのことだろう、露骨に話題を避けているので分かりやすい。
だが、具体的にどういったことを隠しているのかまでは読み取れない、が彼が黙っているということはこの作戦には害はないということだと思う。何より、私たちの騎士が私たちを裏切るなんてことは…ない筈。が、
「えぇ…」
「・・・」
隣の人、なんか考え込んでると思ったら、無言の圧が来てるんですけど…
「おい、なんか団長圧が漏れてんぞ」
いいとは言ったが、それは建前。
好きな男が自分ではない女のことで隠し事をしているなど、面白くないに決まっている。
「空気が悪いですね…いえ、ダンジョンだから当然と言えば当然ですが」
「言いえて妙ですね。この場合、場の空気が悪いといった方が正しい」
「今度は何をしたのです?ハチマン」
「俺ぇ?俺が悪いの?」
断じて何もしていない、真面目に持ってきた秘密兵器たちを担いであくせく働いている俺になんの罪があるというのだろう。
「こういうときはハチマンが悪いと相場が決まっています」
「観念しろ騎士様よぉ」
「状況証拠で他人を疑っちゃいけない。って、アイズに教えといてください」
「…分かった、ついでに捻くれた優しい男に引っ掛からないように注意するよう伝えておこう」
「そんな、危ない奴がいるんですか!ギャップ萌えを狙ったあざといキャラを演じて、この火事場に乗じて女を得ようなんて卑しい奴が!しかも、狙いはアイズだと!」
『・・・』
お前だよ!と、この輪にいる9割が思った、残った1割というのは言わずもがなアイズのことである。
彼の一言を皮切りにシンとなった状況に、何事かとアイズがワタワタしている。
「相変わらず勘の鈍い男だ…もっとも、リヴェリアが言ったような下心など欠片もないと思うがのう」
「ロリコンは粛清すべきでは?可愛いアイズが純粋なまま健やかに成長するためにも」
「…お前さんは、アイズをなんだと思っている」
「……天使?」
『・・・』
顎に手を当ててほんの少し考えた結果が、何か世紀の大発見をしたかのような迷いのない濁った眼何を言い出すかと思えば。
やはり、危険を感じざるを得ない発言である。
「ねぇねぇねぇ、私は?」
発言に周りが若干引く中、相も変わらないテンションで身を乗り出して、そのご尊顔を突き出してくるアリーゼに、再び考え込むように唸ると。
「ウーン……大切な…」
『!』
真面目に考える彼から出た、予想外の単語に周囲が驚愕する。
「大切な!」
思わず、更に身を乗り出して食い気味なるアリーゼ。
「大切な…」
『ゴクリ』
「なk…に、担い手」
「………はい?」
『・・・』
何を期待していたという訳ではないが、確実にそれではなかったのは確かだ。
が、ここまで予想から外れると、情報を噛み砕くのに逡巡する。
「俺が人生で一番手間をかけたと言っても過言ではない武器の大切な担い手」
しかし、問題は彼が出した結論ではなかった。
「いま、途中までなんて言いかけた?」
「なん、のこと?」
と、惚けて目を逸らしてはいるが、勿論誤魔化しきれていない。
寧ろ、露骨過ぎて触れざるを得ないのだ。
「仲間って言いかけたよな?」
「気のせいじゃない?」
「直前で恥ずかしくなって誤魔化しましたね」
「誤魔化しきれていませんが、ね」
分かってるなら、無視してくれてもいいじゃないか…とか、思っているが、少なくとも二名がそれを許すわけがない。
それにリオンもだんだん悪ふざけを覚えて…いや、これはファミリアの文化に流されているな。
「お前だけは、そうならないように願っていたんですけどね」
「なんの話です?」
「輝夜とライラに毒されたお前が哀れだと思ってるだけだよ」
「…喧嘩なら買いますが」
なんの悪意もなく哀れだと思っただけなのに、喧嘩を売ったことになっている。
そんなつもりなんて欠片もないのに...
「これ、緊張感を持たんかもうじき17階層、嘆きの壁じゃ」
流石おっさんいいタイミングで突っ込んでくれたな、
これ以上掘り下げられたら、俺が恥ずか死んじゃうから大変助かった。
「だってよ、ほらサクッとゴライアス狩りに行こうぜ」
「おい、流してんじゃねぇ!」
階層へ逃げるように駆けるが、最前線は御免被る。
何より、全員こうやってテンションを上げているが、地の底からくる地響きと咆哮に意識を少なからず取られている。
フィンの立てた策は広大な18階層”迷宮の楽園”で迎え撃つというものだ。
エレボスの猶予宣言に対して、真っ先に行ったのは3日という期間に対する調査だ。
奴は何故3日も待つと言ったのか、相手がただの子悪党なら、愉悦に浸り相手をあざ笑うための趣味の悪い時間だと切り捨てるところだが、奴が起こした侵攻はあまりに緻密な計画性があった。何より絶対悪を自称し、神々を惨殺した理由がただ戦力を削るためだけというのは、理由として弱すぎる。
フィンは自分ならあらゆる作戦行動に二つ以上の理由を持たせると自身に投影して考えた。
圧倒的な力を二つも有しながら、何故それを誇示してあの日に都市を攻め落とさなかったのか、その答えはこの都市の最盛期を知る者たちならだれでも知っていることらしい。
あの二人には、致命的な弱点がある。
俺は知らないが、この都市には二つの伝説があった。
それがゼウス・ファミリアとヘラ・ファミリア。
ザルドとアルフィア、それぞれの古巣、壊滅し都市の二大巨頭という座をロキとフレイヤに奪われてなお煤けることのない伝説、かの三大クエストベヒーモスとリヴァイアサンを撃ち倒したファミリアだ。
そして、二人はその討伐の立役者だったらしい、あの実力なら頷ける。
だが、その戦いを境に一線を退き、結果…黒竜討伐にすべてを奪われた。
…俺はその話を聞いたとき、妙な納得感があった。
いや、違う俺は多分共感したんだ。身に覚えがあった、既視感があった。きっと俺は自分自身と重ねたんだ…
知りながら伸ばす手を失った彼らと、伸ばせる手を持ちながら届かなかった俺。
だから、俺はあの人を…
しかし、本題はそこではない、彼らが常に十全な力で戦えないことは猶予の数日の間にギルドを詰めることで確証が取れている。
それぞれがベヒーモスの毒、スキルにまでなった呪いに等しい病で時間制限ありの力らしい、それらを改善、内視抑制をするための妖精の森の襲撃や禁足地での薬草採取だったようだ。
時間制限ありの最強を効率よく運用し尚且つこの都市を完全に落とすためにはどうするか、答えは同等又はそれ以上の物を用意すればいい。
簡単にいっているが相手は神だ、制約があるとはいえやれることはいくらでもある。
それが今から討伐しようとしている大災厄の正体、神の死を呼び水にダンジョンで神の力を生じさせ迷宮に産ませた怪物、ダンジョンに祈りを捧げている神ウラノス曰く、ダンジョンが神を感じて生じさせた階層の弧王を大きく凌駕する存在らしい。
「…居ない?」
17階層の階層主、ゴライアスは迷宮の楽園を拠点としている冒険者たちが定期的に狩っている。それこそ、次産間隔に合わせて討伐隊を組んで。しかし、この緊急時に際して、冒険者たちのほとんどは地上に出ている。
つまり、ゴライアスは産まれていないとおかしいのだ。
「まさか」
「恐れておるというのか、階層主が…」
凌駕すると言ったが、裸足で逃げ出すほどとはたまげたものだ。
だが、これで合点がいった、エレボスが地上での神の惨殺を隠れ蓑にするほどの価値はあった。
ウラノス様の言うように、地上に出ようものなら…
「これは…!」
17階層を抜けた先、冒険者たちが憧れここに骨を埋めてくれとまで言う冒険者たちの楽園、天井の水晶体は地上の日の光に負けずを取らず眩く輝き豊かな緑と澄んだ泉が心を癒すその場所は今、燃え盛っていた。
リヴィラの街は炭と化し、草原は灰となり、炎が唸る。
そこはもはや楽園とは程遠く…これは、まごうことなき
「地獄だな…」
ー―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
やあ、久しいね諸君。
私はグラブルのガチャの結果が渋くて泣いているよ。
水着ガレヲンが来なければ致命傷を受けていたところだ。六竜万歳
さて、次回はいつになるか分からないけど、割と結末は固まっているから安心して欲しい、それは冒頭を見れば分かるだって?
…それはどうかな。
それではサラダバー