第1章 十七節
第1章 十七節
降りしきる恵みの雨がやみ始め、残火の煙が立ち上る。
戦場には動揺と平静…相反する二つの流れがあった。
一つは闇派閥側、数の差を埋められ、戦況を左右する人間爆弾も今のでほぼほぼ機能しなくなった。この状況に狂った信者ではなく、素面の構成員が動揺している。
対するアストレア・ファミリアは、敵の手札の一つを無力化したことにより、戦況を掌握することに成功、後は敵構成員の制圧のみ。しかし、油断はしない、詰めに入ったとしても彼と彼女らは極めて冷静だった。
敵の誰にエレボスが入れ知恵をしているか分からない、という警戒心がこうさせているのだ。
奴の非道な策には頭を悩まされるばかりだが、二番煎じならば必ず対応できて当たり前と、彼女らの騎士はドヤ顔を決めている。
「あ!私とお揃い!」
「…言われてみれば」
アリーゼの炎を纏い戦う魔法と、俺の精霊の力の副次効果、確かに見た目は似ている。
色に若干の違いがあるが、どっちがどっちときかれれば本人の見た目以外に見分けはつかないだろう、
現在の俺は、言わば神の恩恵が二個あるような状態。
精霊の力と、アストレア様から授かった恩恵、今はようやく皆と同じくレベル3といった感じだ。
が、精霊の力は良くも悪くも感情によって出力が上昇していくので現状天井は見えていない、というのも壊滅クラスの炎を出せることが大侵攻初日で立証されてしまっているので、何より…昇華された精霊とやらの力が言われた通り神に近い力だというのなら人間の身でその出力を出せばどうなるか分かったもんじゃないと神ロキ、そしてアストレア様に水面スレスレで力を引き出さないように釘を刺されている。よって、そこまで火力を上げるわけには行かない。
というか、今ここで使ったらこの後来るであろう大災悪の前にダウンすることになるので、これもまた温存といった方が正しい。
「ん?」
煙が少し晴れてきたころ、捕縛や無力化が済んだ敵構成員たち及び味方の姿が露わになっていく。互いが現状を視線を交わすことで確認していく中、未だ戦うもの達の音が目立つ。
剣戟…この音は、
「輝夜!今、応援にっ!」
「・・・待て、リオン」
「八幡、何故止める!」
「・・・」
剣戟の音は聴きなれた刃ともう一つ…片方が分かれば相手もおのずと分かってくる。
なんといっても、俺が押し付けたような戦いだ。最後まで責任をもって、最悪入れ替わることも考えて聴いていた。
戦況が膠着していると見たリオンは、彼女の加勢に向かおうとするがそれを八幡は止める。
「…いいの?故郷の人たちの仇なんじゃないの?」
アリーゼは彼の行為に疑問を呈する。
これ以上復讐に走って欲しくない…その気持ちに偽りはない、それでも仇を譲るという行為に後悔はないのか?
あの間に割り込む権利が、俺にはあるのだろう。
片や、故郷を見殺しにしたも同然の一族の末裔、片や故郷に壊滅をもたらした実行犯、今ここで両者を切る権利が俺にはあるのかもしれない、けど…俺は輝夜を許した。
許し続けると言った、何より彼女は俺が守りたいと願う理想の一人だ。
「いいんだよ…ここで俺が割って入っても、文句は言わないだろうけど、あいつの不完全燃焼に付き合うことになるの多分お前らだ」
「…そう、貴方が納得してるなら私から言うことはないわ。理解ある彼女だもん♪」
「「彼女じゃねぇし…(!)」」
空気を読めない上に、やかましすぎる物言いに相変わらず過ぎて呆れる。
見ろ、つばぜり合いの中なのに輝夜も思わずツッコミ入れてるじゃねぇか。
目の前の男が憎くないと言えば嘘になる。
だが、同時に私に奴を裁く権利があるのかとも思う。
直接手を下したのは奴でも、それを未然に防ぐもしくは対抗するのが私たちの役目だった、それを放棄した私に今更そんな権利はあるのか?
いいや、ある。
「っ!」
「・・・」
これはゴジョウノ家の輝夜としての戦ではない…
ただの輝夜として、彼の友として、彼を想うものとしての戦だ。
だからこそ、今ここで奴を斬る。
ステータスによる差は歴然だった、レベル4のヴィトーに対して輝夜はいまだレベル3。勝てる要素はなかったはずだ。
だというのに、競り合いで弾かれたのはヴィトーの方だ。
何が彼女をそうさせるのか、憎しみがここまでの力を出させるのか、ならばなぜ同じ憎しみを背負って戦う自分が、同じ土俵なら負けるはずのない自分が競り負けているのか、頭を渦巻くのは疑問ばかり。
技も力の使い方も彼女の方が優れているのは認めるほかない。
だが、それすらねじ伏せるのが神の恩恵ではないのか?
「いったい何が…」
「お前には一生理解できんだろう」
「!」
「正義と悪は裏表貴様はそういった…確かにそうかもしれん、だが私の信じた男は自らの不幸を呪わずに曲がりなりにも前を向いて走っていた。だからこそ、お前は度し難い!」
「何が間違いだというのです!コインの裏表を決めるのはそれまでの生で得た真実!私の得た真実が、今の正義を作っている。それを周囲が悪だというのなら!今ある世論を破壊して、私が正しい世界作る!このどこに間違いがあるというのです!」
自らの在り方を否定されようとしている。そう感じたヴィトーは癇癪を起したかのように雑な切りかかりを見せる。
しかし、輝夜には通じない。
振り下ろされる剣を、刀を添わせるように触れて剣先を誘導し、流す。
すれ違うヴィトーは体勢を崩し、見っともなく足をバタつかせながら無理やり整える。
「あなた方だってそうだ!理想とする世界の為に、私たちという悪を排斥する!であれば!私たちを否定する世界排して何が悪い!」
「その者の経験、得た真実によって裏表は決まるというなら。全てを失ったあいつが、何故正道に戻れたと思う」
「っ黙れ!」
「!」
無理な体勢からの不意の踏み込み。
振り向きに輝夜は脚を止めてしまい、刀でもろに受け弾かれてしまう。
「正義とは自らを満たすためのもの!あなた方が当然のように享受する日常を享受できないもの達にとって、私たちにとって!理想とは不条理であり、幸せなど手の届かない絵空事だ!」
力の差を誇示するように、剣を振るうヴィトーに、今度は輝夜が防戦一方。
振るわれる剣を何とか捌いていくが、徐々に後退させられていく。
「私という欠陥が生まれるこの世界で、平等だ正義だなど語る愚者たちの言葉など…そんなものが正しい筈がない!」
「・・・」
受け続ける輝夜は、その言葉に呆れたとでも言うように刀を払い、剣の可動範囲外に下がる。
流れるような動作で刀に鞘を収めると、先ほどと同じく冷静な口調でこういった。
「お前は破綻している。自らの信じる正しさを悪であると知りながら、他者の希望や理想を嘲笑し自らの理想こそ至高とする。その矛盾に気付けていないお前に…あいつの…私たちの騎士の理想を、否定させるつもりはない」
睨みに覚悟を乗せ、その瞳は破綻者を射抜く。
中腰に構え、柄に手を添えて居合の姿勢を取る。
「・・・」
「っ!」
『・・・』
だが、それまでの居合の構えとは感じる圧が違った。
弓を引くように軸足を引き、流れるように腰を落とし柄の走りをシミュレーションする。
極限の集中…視線は外さない。
「…ふぅう……」
呼吸を整え、残身を意識…抜けた後、斬った後、踏み込んだ後。
構え、抜き、斬り、過ぎる。
その流れを幾万通り思考する。
この一瞬でそれら全てを丁寧になぞり、動作を反復する。
何度も同じこと、技を放ってきた。
だが、相手と私とでは出せる力に差がある。
だからこそ、ここで今までの自分を超える、越えて見せる。
彼に代わって…奴を斬る!
「…っ!」
なぜ、敵前で隙を晒すように集中を行っておきながら、目の前の顔無しは攻撃を加えようとしないのか。
…自慢の一撃を正面から受け、心を折るため?とどめの一撃は、油断に最も近い…故にそれを狙って?
どれも違う。
彼は気づいていたのだ、居合の間合いに入った瞬間、あの刀の閃きにこちらの両手を斬られる。というイメージを抱かせるような鋭く、具体性を帯びた殺気を視線に載せているからだ。
だが、この術中にはまった時点で、彼の運命は決まっている。
何故なら、その一撃にかける集中とシミュレーションが完了したその時、地面が抉れるほどの踏み込みが聞こえた時には、
「太刀の技…一閃…」
刀は既に閃きを終え、残身は過ぎ、血振るいすら終えて、鞘に帰ろうとしているからだ。
流れるような逆袈裟は構えていた腕と胸を捉えていた…
「ッグアァ!!!(見えなかった?気づいたときには、利き腕が切られていた!!)」
遅れてやってきた風と共に、ヴィトーの剣は腕と共に吹き飛ぶ。
視線の先、地面に刺さった剣には自らの腕が残ったまま、剣を握ったままの腕がそこにはあった。
腕の切り口と胸からは血が滝のように流れ、そのまま膝から崩れ、放心状態に陥る。
「っ!」
急ぎ止血を…いや、その前に退却。
だが、包囲されたも同然のこの状況で逃げられるのか?
正面にはいつでも狙っていると言わんばかりの女、周囲には臨戦態勢の敵、その中には精霊の力を解放した因縁の相手もいる。
「・・・」
彼女はまだ、油断していな。それどころか、余計な動きを見せれば…もう片方も貰うとばかりに睨みを向けてくる。
だが、その目には何故だか憐れみがあった。
私は、その欠陥故に人間すべての顔が嫌いだ。どれだけ整った顔立ちだろうと、どれだけ面白い顔だろうと…自身には等しく醜くいと感じる。だが、その中でも一際自身を苛立たせる表情がある。まるで自身の欠陥を可哀そうだと言わんばかりのその目。
否定でも、悲しみでもない…憐れみ。
「や、めろ…見るな…その目で、私を見るな!」
幼いころ幾度も向けられた視線。
恐怖、憎悪、畏怖…そのどれもより多く向けられたのは憐れみの目だ。
こいつは仕方ない、どう考えても可哀そう、どうしてこの子がこんな…聞こえてくる小声もそんな言葉ばかり。
幼いながらに向けられたその感情は吐き気がするほど、不愉快なものだった。
そんな憤りから享楽に走り…初めて人を殺めたあの日…忘れようがない。
灰色だった私の世界に美しい赤が流れた、始めて感動を覚えた、始めて生きているという感覚を得た。
あの日の感動は今もこの両手に残り、依存症の様に新しい赤を求め続けている。私の幸福、私の快楽、私だけの、正しさ…
だが、今流れている自分の赤は不愉快だ、何故?
「グッゥ…あぁあ、私は」
残った片腕で見苦しくももがき地を這い、屈辱噛み締めながら敗走する。
軌跡に赤を刻みながら、情けなく、見っともなく現実から目を背けるように…
その様子を後ろから憐れみの目で見る。
だが、誰も追おうともしない。
理由は明白だ。
「・・・」
この場において目の前の男を殺すことが正当とされる彼が、何もしない。
…顔無しという男はこれまで、多くを殺してきたのだろう、流れた血、奪った命、奪った時間、その全てにおいて彼が今与えられた苦痛ではまるで足りていない。きっと、彼の罪は死でなければ濯げないのかもしれない、許しを得るために代価が必要だというのなら…それはもはや命でしか払えない。そして、それができるのは…奪われた当事者である八幡だけ。
だが、彼は動かない。
憎しみがないわけではない…恨んでいない訳がない…切り結んだあの時何度殺してやろうと思ったことか…
彼が彼を抑えることができたわけ、それは誰も望まないからだ。
誰もが彼を止めなかった、誰もが彼なら許すことが出来た。
だが、彼女たちは望みはしなかった。
自分たちの騎士が、なんのためにこの地に来たのか知っている。
それでも、彼が再び後ろ暗い道を行くことを望まなかった。
彼が優しいことを知っている。
実は真面目なことも知っている、。
…故郷を、友を、家族を愛していたことも知っている。
そんな彼が、復讐を果たした彼が空っぽになってしまうのが怖かった。
だから、そんな彼になって欲しくなかったから…そんな心配は不要なものだというのに、それでも。
しかし、余韻は長くは続かない。
一際大きな揺れが始まる。
今までの比ではない、そこが抜けるのではないかと思うような縦揺れ。
「岩盤がひび割れてる!」
「それは見れば!みんな、一箇所に集まって!」
「…」
そんな揺れの中でも、森の中に逃げていた。
見た所、何も持たずに来ていた、森の中にエリクサーなりがあるとも思えない。
何よりこれからこの階層全体が戦場になる、あの業火の本山が来るというのなら生きて帰れはしないだろう…
明確に一箇所他とは火力の違う炎が噴き出し始める。
俺はその様に見覚えがあった。
まるでカンカンに熱した炉の頭を開けた時噴き出す、凝縮された熱。
地獄の釜が空いて業火が流れ出しているような炎の本流を伴って、奴の羽ばたきは木霊する。
「来るぞ!離れろ!」
圧力からの解放、抑えられていたエネルギーが解放され広域にわたる爆発が起こる。
後退を進言したその時、階層を一望できる高台で、見覚えのある影が片眼にチラつく。
「さぁ!最後のショーの幕が開けだ!」
『!』
「エレボス、何故このタイミングで!」
爆発の中心、破壊された下層との通り道から熱気と瓦礫土煙が吹き荒ぶ。
爆風を一次としたらそれを後押しするような羽ばたきが戦場を駆け巡る。
「!」
「あれが…!」
熱風が一瞬にして不気味でぬるい風に代わり、戦場の空気が一変、羽ばたく音と瓦礫が空洞に落ちて行く音が聞こえてくる中で、自らの力で煙を晴らしながらついにその姿を露わにする。報告には聞いていた…だが、これは
「ご照覧いただこう!多くの神を贄に捧げ、『神の力』によって、生まれた混沌の申し子『神獣の触手』!巨悪を成す我らの象徴となる!大最悪の名だ!」
顕現する大最悪…デルピュネは自らの存在を示すように、階層全体を震わせる咆哮を放つ。
地が轟、大気は揺れ、炎が慄く。
その存在を集いし冒険者達に知ろしめす…
瞬間、他を圧倒する憎悪が少女のすべてを置き去りにした…
最初に頭が芯までま冷えて、流れるように背骨が冷えていき、鎧の冷たさも、剣を握る手先の痺れも忘れ、呼吸が早まる。
渦巻く黒い感情が、怒りが、憎しみが、今あるその全てを過ぎていく。体の反応に反して、その内はゆっくりと加速していく、凪からそよ風、疾風…突風と
身に纏う風の勢いが荒れ、強風が嵐に代わる。
「アイズ!」
「あぁ…あぁあああ!!」
見間違えようがない、あの黒い翼、力なく垂れる腕、伸びる角、不規則な背びれ、身を撫でるその不快な風…その黒い姿。
あの日、私から奪って行った奴の姿、あれは…あれは!
階層の一画戦場となっている場所で、少女の慟哭が響く。
林を抜け、燻ぶる炎の弾ける音を伴って…
「…アイズ!」
爆風が収まった頃、陣形展開の準備をしている中で、彼の耳にそれは届いた。
「対モンスターの陣形開始!各自散開して持ち場について!前線は輝夜に預けるわ。遊撃は私とリオン、後衛はライラ主導で前進後退の判断!」
「アリーゼ、俺先に行く。後衛、あと遊撃当てるなよ」
「了解、流れ玉に当たらないでね!」
「話聞いて」
「冗談よ!気を付けて!」
燃ゆる戦場を急ぎ駆ける。
敵組織とドンパチやっている場所より、アイズたちがモンスターを抑えていた場所の方が奴の出現地点に近い。
俺には分かる、アイズの気持ちが…目の前に仇が現れた時の自分を抑えることの難しさが、
身に纏う炎の段階が一段上がる。
踏み込んで蹴り上げると同時に爆破を行い、速度を加速、同時にすれ違うモンスターたちを焼き切っていく。
「まだ、数回だけど使い慣れてきたな…」
亡霊たちが乗っ取った形とは言え、この力が出せる力の大きさを経験しているというのが利いているのだろう。
何より、お手本をいつも目の前で見てきたお陰もある。
使い方、展開に応じた動き、剣の振るい方まで、多分伝えたらドン引きされること請け合いなほど見てきた。
鍛冶師冥利に尽きるとは言え、クリムゾンオーダーはあいつの魔法に適した調整をしてきたから必然的に、最適な振るい方、魔法、火加減は俺も熟知している。
森を抜け、いよいよ接敵という時、彼の体を黒い風が押し返す。
その勢いに思わず顔を腕で覆うが、それも一瞬払うように腕を振るい、戦場を視界に収めるが、そこには
「やあぁああ!」
自分より幼い少女が、見たことのない表情で勇猛に竜へと切りかかっている。
黒い風から彼女の憎しみが伝わってくるようだ…だが、なんだこの言い表しようのない感覚は、
戦場に吹き荒れる憎しみの黒風、彼はその風に言い表しようのない既視感を感じていた。
「っ!とにかく」
抜き身の刀を手にこの討伐に参戦し、自信にできる最大限を行使する。
『天の鎖よ』
空いた右手で、照準を合わせ後方に展開した魔法円から鎖を十数本伸ばす。
固い鱗に楔を弾かれるが、本命は拘束、数本一組で手足あわよくば翼を縛ろうとするが、翼は煽られて撃墜、幸い腕と脚一本ずつ捉えた。拘束の為、抑えるように地面に片手を押し付けるが、
「マジか…!」
鎖が引かれる感覚に思わず足を止め踏ん張る。
対モンスター想定はしてきていないが、それでも数百人を相手に引っ張っても余裕があった鎖がこうも重くなる膂力。
副次効果である恩恵、神の力の抑制はモンスター相手にはほぼ無意味なことは分かっているが、この鎖の丈夫さをもってしても、飛んでいる奴を引きずり下ろすことが能わないとは思ってもみなかった。
「八幡!」
「小僧!数本でいい、アイズを止めてくれ!」
「・・・」
確かに、天の鎖は神の力を縛る力。
暴走するアイズを止めるには打ってつけだ。が、
「うぅううあああ!」
あの顔を、あの感情を、あの咆哮を…あの黒い力を俺は知っている。
この手が、この身が覚えている…今、俺の身をあおっている風が伝えてくる。
これは…憎しみだ。
「悪い…」
その謝罪は誰に対する者なのか…もはや謝罪なのか。
自分には彼の言う通り、あの子を止める力があるけど、俺には
「俺に、アイズを止める資格はない…」
『!』
同じ復讐に走ったものとして、彼女を止めることはできない。
自分を慕ってくれるあの子を止めたい気持ちはある。
けど、これはあの子自身が気づくべきことだ。
復讐を望まない人がいることに、そうじゃない生き方があることに、
だが、彼女は幼すぎる。
俺がどれだけ言葉を尽くしても、どれだけ行動に移しても止められるのはその瞬間だけ。
この迷宮都市にいる限り、彼女の憎悪は際限なく湧き続ける。
ここで止めてもアイズの憎悪が消えることはないのだろう。
「けど」
「小僧!」
「同じ大切なものを失くした人間として、アイズは絶対に死なせない」
今の俺がアイズにしてやれること、それは自分で気づけるまで絶対に彼女を死なせないこと。
俺なんかにも優しいんだ、母親代わりとは言え身を案じてくれるリヴェリアさんの思いに気付かないほど感が鈍い訳…
思い起こされる、会議の待ち時間に他所を向きながらフワフワしているアイズの光景。
…それまでに、死なないといいな俺。
あの子がこの先鈍感にならないといいな、という願望を想っていると、半身を焼かれたミノタウロスが発狂しながらこちらに拳を振り上げてくる。
「まあ、死なせてくれないだろうけど…」
聞こえないほど小さな声でボソッと呟くと、それを証明するかのように森林から紅の閃光が飛び出す。
「お待たせ!」
「おう」
俺と同じく炎を纏った少女がモンスターとの間に割ってはいる。
地面を爆砕する程の力での飛び込みと、その速度を受けた細剣が分厚い肉を容易く焼き切っていく。
「もっと引っ張れねぇのか?」
「無茶言うな…これでもスキルと精霊の力でステータスに補正かかってんの」
「まだまだ上げられるだろ…ほら、とっとと強火にしろ。よわよわ精霊騎士」
「おい待て、俺にそんな趣味ないから、勘違いされるだろ。あと集中切れるからさっさと行けって」
こんな時に嗜虐心まる出しにしないでもらっていいかな。
そんなことされても俺のモチベ上がらないの理解してる筈なんですけどね、輝夜さんは。
「…増やすか?っ!」
追加で鎖を伸ばそうと考えたその時、敵対者の数が増えたためか、大最悪の動きが変わる。
翼を大きく広げたと思うと階層全体を震わせる咆哮を響かせ、飛ぶための羽ばたきから、自信を戒める鎖を引きちぎるための羽ばたきへと変わる。
その瞬間、左腕の引きが増幅していく。
「振り解かれる!いったん離脱しろ!」
『っ!』
羽ばたきにより生まれた膂力に鎖が金切り音のような悲鳴を上げ始め。
遂には、応力に限界を迎え、砕けた。
八幡は綱引きから解放され後方に尻餅をついてしまう。
「マジか…」
自慢じゃないがモンスター相手、それもゴライアス程度ならビクともしないこの鎖が一回の羽ばたきで砕けた。
分かっちゃいたが、こいつはただのモンスターじゃない。
「アイズ!離脱しろ!」
自身を戒めるものがなくなり、両手両足の自由が利く今、まずはお前からとでも言うように風を纏い飛んでいるアイズに眼光を向ける。空中じゃ羽もあって、尻尾もあるあっちが有利、それにアイズとあいつではリーチに差があり過ぎる。
離脱させようにも、リヴェリアさんの声が届いていない今、強制的に引きずり下ろすしかない。
が、あの風に鎖が阻まれるのは目に見えている。
「おい!何とかしろ、騎士様よぉ!あのままじゃ嬢ちゃんが死んじまうぞ!」
分かっている。
だが、今のアイズには敵しか映っていない、そんな状態でどうこう言ってもどうにもならない。
このまま、放置すればアイズがやられるのは明確。なら、
「鎖…いや、もって数秒か、突っ込むしか」
炎を足に纏い爆発的な力を伴って踏み込み、高く飛ぶ。
あ、なんか飛べそう。
そう意識すると、炎が羽衣の形を取り始め、気が付くと空中に浮いていた。
「嘘!」
「えぇ…ま、いっか」
羽衣絶妙に似合わなくないか?とか、なんか思ってたんと違う。とかいろいろ感想はあるが今はひとまずアイズの救出が優先だ。
この状況でデザインがどうとか言ってられない。なんか飛べたならそのまま行く。
「届いたっ!」
アイズに迫る爪を弾くが、こちらもまた同じように弾かれてしまう。
が、こちらも負けじと空中で踏ん張り離されないように耐える。
「改めて見るけど…でかくね」
拘束メインの俺の基本戦法が通じないとなると、接近せざるを得ないだろうと最初から分かっていたが。
遠くで見るとでかいな…で済むが、こうも近くで見ると圧倒される。
「てか…よくよく考えたら龍退治か」
騎士の華だなとも思ったが、龍退治した騎士って最終的にろくな目に会ってなくね?いらんこと考えんとこ。と頭を振る。
俺よりも数歩先で、憎しみに目じりを釣り上げるアイズの姿が映る。
息が上がり、剣は怒りに震えている。耳には俺の声何て届いていないだろう。保護者の声も届いてないんだし。
だが、上下するその小さな背中に思う所がないわけではない。
「・・・はぁ」
思わずため息が出てしまうが、これは呆れからではない。
おじさんなんて言われたら、言った当人をぶっ飛ばしていいくらい若いつもりだが、年下にこうも既視感がある奴がいると今更ながらに俺がどれだけ向こう見ずで後先を考えていないやつだったか身に染みる。
呆れではないと言ったがやはり呆れだ…もっとも、彼女に対するものではなく、自分に対するものだが。
「・・・」
今の俺の言葉がアイズに届くとは思っていない…何より、俺からいえる事などほぼない。
そういうのは責任ある保護者が言ってやるからこそ意味がある。
俺の浅い人生経験じゃ、二の前を踏ませるだけだし…まぁ、同じ復讐心を持ってたからこそ言えることもあるかもしれない。
俺の様に誰かに心配をかけて欲しくない、俺の様に傷つくことを厭わない戦い方をして欲しくない、俺の様に握る凶器の重さを忘れて欲しくない。
つらつらと彼女に対する望みが並んでいくが、これは俺のエゴでしかない。
「っ!」
大ぶりな尻尾の薙ぎ払いを上昇することで避け、斜め下に飛び込み加速しながら斬り抜ける。
固い鱗に弾かれるが、手ごたえはある。
こいつの切れ味に自信はあるが、使い手がこれじゃまだあっちの耐久力が上だ。
最適な斬り方と刃を労わる斬り方では、切れ味もたかが知れてる…不本意、いや分かり切っていたことだ。
「戦場の…それも、モンスター相手にそんなこと考えてる暇なんてなかったわ」
片手で持っていた刀…蔓佐偉を両手に持ち替える。
左手は下部、頭を強く握る。
右手は上部、縁に指先を軽く添える。
刀身は脇に構え、敵から目を背けない。
左脚は軽く踏み込み、右足は踵を上げて弓を引くように引き下げる。
下に燃え盛る炎に、黒鉄が鈍く輝く中、彼は構えを取り始める。
誰に指南された訳でもない、だが一つ思い出したと同時に納得する。
あれは指南ではなくただの世間話のようなもの
師の顧客の一人、アマテラス・ファミリアの剣客が気まぐれに教えてくれた内容を無意識になぞっていることを…あの刀は使い込まれたいいものだった。
眼光が龍の隙を射抜く。
『火炎裂き』
赤い炎を纏った斬撃、瞬間的な爆発力を伴った撃鉄に等しい右の踏み込みから放たれた一閃は、先ほどまで傷をつけるので精いっぱいのウロコを切り裂き、出血させるにいたり、その傷を再生できないように焼き付ける。
両の手で放った斬撃に刀が僅かに振るえるが、許容範囲、この戦いの間だけならいくらでも持たせられる。
先程と打って変わった一撃に対して、大最悪は初めて苦痛の叫びを上げながら羽ばたきを止め地上に降下する。
しかし、落とされる屈辱、斬られた痛み、そして、自らと比べるべくもないほど小さな存在にこうも苛立たせられたことに対する生まれて初めての憤りにその鋭い牙を軋ませる。
このままでは済まさない。
その感情が落ちる体を動かす。
頭から落ちる体を捻り、尻尾が蠢く。
その兆候を確認した俺は風に身を傷つけれれることを厭わず即座にアイズを抱え、庇うように背を向け刀を背負うように構える。
瞬間、しなった尾が質量と威力を伴ってこちらに叩き付けられ、矢を凌駕する速度で俺たちは木々をなぎ倒しながら階層の壁に激突する。爆発したような大きな音が階層に響く。
「八幡!」
「アイズ!」
「向かうでないぞ!」
「今はこいつを討伐することが優先だ!落ちてきた今がチャンスだ!団長!」
「アリーゼ!」
あの程度で死ぬとは微塵も思っていないが、それでも心配になってしまう。
私だけだろうか…あの日の様に彼を失うかもしれないという不安を持ち続けているのは、
私だけだろうか…彼の強さを信じ切れていないのは、
「っ!後衛は詠唱準備、隙を見て当てて!タイミングはライラに任せるわ!」
戦いの場で戦況を見定める中で、不意に雑念を捨て去るように頭を振りアリーゼは不安な表情を隠している。
「・・・」
その様子に、気づく者が一人。
指示に従いながら、横目に彼女の表情を読む、共に戦場を駆け険しい表情をしながら仲間の命と都市の防衛という大義の為、二つの側面で戦い続けることが出来る彼女を、輝夜は尊敬している。
だが、自らを偽る術を持つが故に、彼女の顔の裏にある、不安と劣等感を見抜いていた。
彼が愛おしいからこそ、その感情を抱くことができる。
親愛と信頼を抱く仲間たちと違い、恋慕を抱く私とお前だけがそう感じることが出来る。
私は彼の強さを知っている…それは肉体の強さだけではない。
許す強さを彼は持っている。
それを知っているのは彼からそれを向けられた自分だけ…
そう思うと、彼女に対して、申し訳ないという心苦しさと、私だけが知っているという優越感に一息笑みがこぼれてしまうが、そう感じられる彼女の少女らしさに羨ましさも感じる。
これもまた感じたことのない、不思議な感覚だ。
戦場に葛藤する少女と、戦場に見合わない葛藤をする少女。
ある意味対極に位置する二人の葛藤に、唯一共通することがあるとすれば…それはきっと彼を思う強さだけだろう。
木々を薙ぎ倒しながら減速してなお凄まじい勢いで階層の壁に叩き付けられたが、幸い目立った傷は頭から血を流す程度で済んだ。最も、そこら中に引っかかり地面に擦れたりして体中煤けてはいるが…
あの瞬間咄嗟に抱きしめる形で庇い、壁にも自身が激突することでアイズに直接的なダメージを与えるのは避けることが出来た。
まぁ、結構痛かったけど…
「私の…せい」
恩恵の力と、精霊の力で丈夫で助かったと思ったが、自分のせいで流れた血を見て、アイズも冷静になってくれたようだ。
その安心と同時に、これを慰めるのも年上のお兄さんとしての役目だろう、けどここは
「あぁ、そうだな…無茶をしなきゃこうはならなかったかもな」
大げさだが、彼女にはいい薬になると思い断腸の思いで言葉を紡いでいく。
何もそこまでの傷ではないし、俺のことだけを指した訳じゃないが、うん…心が痛い
「ごめん、なさい…」
叱るのは母親の役目だ。
けど、その声が届かないなら、身をもって知ってもらうしかない。
自分が傷つくことで悲しむ人がいて、そのために傷つく人がいることを、
「お前の無茶を止める資格は俺にはなかった…けど、無茶が悪いことだって教えられるのは俺だけだったのかもな」
「え?」
「あいつらが憎いのは、さっきまでのを見てれば良く分かる。お前は多分、あんなのに大切なものを奪われたんだろう」
「…うん」
彼女から感じていた黒い風がスキルによるものだとしても、そこから感じた強い感情には既視感があった。
数日前に俺が身に纏っていたあの炎と同じ、憎しみそのもののような強い力。
だが、それは強さを与える代わりに自分も他人も傷つけすぎる。
与える印象も、後からくる反動も半端なものではない。
これまでも彼女はこの力を使って強くなってきた…強くなれてしまった。
それがあの感情を後押しするものでもある。
「けど、周りをちゃんと見なきゃだめだ」
止めてくれる大人がいるというのはありがたいことだと俺は思っている。
俺にはアストレア様がいて、アイズにはリヴェリアさんやガレスのおっさん、あとついでにフィンもいる。
例え、自主性云々といっても、傷ついて帰って来て欲しくないという親心は察してあげなければならない。
俺は気づいていながら目を逸らし、それでも報復、復讐のために自らを燃やし続けた。
だが、アイズはまだ気づいていないだけで済んでいる。
「リヴェリアさんは何度も声をかけてくれた、おっさんは俺を頼ってでもお前を止めようとしてくれた」
「うん」
「その優しさに耳を傾けられないような悪い子じゃないだろ?」
「・・・」
俺も説教を出来る立場ではないが、それでも実体験を含めた俺の方が説得力はあると思う。
復讐者を止められるのは復讐者だけ?
違う、復讐者でもそうじゃなくても止められない。
だったら、復讐のあと笑顔で帰るために、
「…そうだな。少なくとも、行ってきますって言って、ちゃんと帰ってくるって思ってもらわなきゃな」
今にも泣きそうにスカートの裾を握っている少女の頭を優しく撫でながらそう諭す。
「お前がちゃんと帰ってくるって言ってくれるなら、俺のこれも許してやるよ」
「うん…うん」
零れそうな涙を小さな手で拭いながらアイズは何度も頷く。
これで少しでも冷静になって欲しい、これで少しはこれからするかもしれない心配が軽くなってくれればいい。
「・・・ん!」
しばらくして、ひとしきり涙をぬぐい終わったアイズは、濡れた手を裾で拭き、気持ちを新たにその目を戦場に向けていた。
その目には強い気持ちが乗っていた。復讐だけではない、別の気持ちが籠もっていた。
「・・・」
八幡は額から垂れていた血を拭い、野に突き刺さっていた自身の刀とアイズの愛剣を引き抜く。
隣に立つアイズその剣を返すと同時に、
「いいかアイズ。これは復讐のためだけの戦いじゃない」
「うん」
俺は、その気持ちが何なのか知っている。
俺も今持っている。
「これは自分の大切なものを守るための戦いでもある」
「うん!」
自分にも言い聞かせるように声に出して言おう。
今一度誓うために、自らと目の前の成長しようとする少女のために、
「お前の守りたいものは?」
「リヴェリアと八幡とじゃが丸くん!」
彼女らしくない強い語気とは反対に解答ははとても彼女らしいものだった。
というか、リヴェリアさん俺とじゃが丸くんと同列なんだ。喜んでいいのかな?
ガレスのおっさんとファミリアのみんなはその他に含まれると思うが、戦場に送り出したクソ勇者は含めなくていい、というか含めて欲しくない。
「よし…行くぞ」
「うん!行こう!」
『目覚めよ!』
詠唱により目覚めた風は先ほどとは違って優しい色と力だった。先程とは違う、強く希望を感じる力に、俺の中にある精霊の力が共鳴している。その鼓動に、安堵と同時にフッと笑みが零れてしまう。
彼女の晴れた表情と同じく、これから先の晴れを連れる風になってくれることを祈る。
彼女が出した答えに、彼女自身が希望を見出したと同様に、彼自身もまた自らの希望、自らの大切なものを今1度見つめ直す。
俺の大切なものはもう決まっている。
俺の居場所、俺の友、俺の…正義。
あいつらの生き様を、あいつらの正義を、守る。
それが俺の大切なもの、今の俺が生きる意味そのものだ。
あいつらがいる日常を守りたい、人を守るあいつらを守りたい…そう思うと、いくらでも力と戦う気持ちが湧いてくる。
この感覚も久しく忘れていた。
誰かのためになりたい、誰かの力になりたい。
そうだ、これがこれこそが希望。
俺だけが持つ生きる意志。
心臓の熱を感じる。
鼓動の揺れを感じる。
熱が巡るのを感じる。
この暖かさが俺の力。
戦場に駆ける少年…数歩駆けるごとに、その在り様が変化していく。
最初はかがり火、次に四肢に炎を纏い、炎の羽衣を纏う。
『我が意、我が正義、連なり、重なり、付随し、燃え上がれ!』
右手を突き出し、身に迸り続ける熱を込めながら言葉を紡ぐ。
短いながらも、今の自分の気持ちを形にした言葉、だというのに魔法の門は開いた。
駆ける彼に付随する形で背後に8門の魔法円が展開される。
しかし、それはいつもと同じ黄金の魔法円ではなく、自身が纏う炎のような赤。
『天の鎖よ!』
その言葉と同時に飛び出した、神をも縛る鎖は、一つにつき一本などと言うけちなものではなかった。
たった一つの魔法円から数十本もの鎖が飛来すると、それらが連なり寄り合い太い一本になり燃え上がっていく。
過ぎる、黒鉄の流星…
しかし、全体が燃え上がり、あの日の、全てを灰燼に帰す黒鉄の鎖になるかと思われたが、それは違った。
鎖を芯に燃え盛る炎が、不規則なただの炎が、龍の形を取って行く。
八頭の龍。
牙は楔、その身は鎖と燃え盛る炎、咆哮はなく、地を這うがごとく蠢く、それはさながら生き物のように流れる動きだった。
『八脈…龍揮』
顕現したことを示すかのように、八頸は天を突くが、咆哮はない。
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こんな便利な力をくれる精霊って、一体どこの精霊で、どこの神様何でしょうね~。
まぁ、極東で頸八本て、もう分かり切ったようなもんだろうけど、それは次回。
卒論やりながらだからスパンは不定期になるけど勘弁してほしいな。
感想とコメント、そして誤字の指摘等いただけると幸いです。
それではまた次回。