LNCrawler

第1章 六節

天秤の騎士は、己が正義を成し続ける — www.pixiv.net · All chapters

第1章 六節

その声が耳を過ぎた瞬間、心臓が跳ね上がり、怒りが彼の全てを通り越した。恩一つ返せない不甲斐なさも、これから武器の整備をしてやれない彼女らへの心配も、それどころか今感じている血濡れた服の不快感、胸に残るあの日手が届かなかったことへの後悔でさえ超過していった。

そして、自分がいつだったか並べた推論が正しいものだったという確信を此処で得る。その声を聞き違える筈がない、この胡散臭さを、無意識であろう声にこもった不気味さを見紛うはずがない。俺が修行のために朝廷に向かう数日前村にやって来た、雪ノ下陽乃を超える仮面を着けた神、エレン。奴こそがエレボス、原初の幽閉、絶対悪を此処で名乗った悪神だ。

「そうか...だと、思ってたよ」

神は娯楽のためにこの地上、下界に降りてきた。だからこそ、好き勝手に生きているその神が仮面を着ける理由などない筈だ。あるとすれば何か後ろめたい事があるか、企んでいるかだ。その企みが何かなんて俺たちに分る筈がない。だが、八幡はそれを直感的に感じていたのだ。これは彼が持って生まれた精神的特徴であり、他の追随を許さないレベルの疑り深さ故だ。

では、何故彼はその警戒を他所に朝廷へと向かったのか。彼、比企谷八幡は自身の好奇心と使命感に負けたのだ。それこそが彼の後悔の根幹。

しかし、今の彼にはその全てがどうでも良かった。後悔は通り過ぎ、不甲斐なさも捨て、敵の正体に対する確信を得た彼は、無理を押してでも身体を動かそうとしていた。

その怒りは冷静で、跳ねた心臓に付随して急速に血が巡っている筈なのに、流れる感覚は驚く程冷たく感じた。これが賢者の効果によるものかは知らないが、凍てついていた神経や四肢に感覚が戻ったのを理解し、八幡はよろよろと立ち上がった。しかし、腹部に走った痛みに思わず再び膝を付きかける。

「っ…」

土手っ腹には穴が空いたまま、滝のように血が流れている。流れ出る紅を瞳に映した瞬間八幡の脳裏にあの日の情景がフラッシュバックする。槍に心臓を貫かれその血を流し続けていた妹の遺体、燃え上がる家に知り合いそして父や母までも……思い出は燃え上がり、冷えていた全てがそれまでの反作用かのように骨の芯からの熱が生じていく。

崩壊し燃え盛る瓦礫の温度さえ感じない程、彼自身の熱が上がった。再び開かれた瞳の色は深い紫に染まり、怒りの丈に応じてか紫電すら発していた、上昇しつつあるステータスにより大気は震え、怒りが規定値を突破しようとしていた。最早、賢者による抑制すら間に合っていない。

「あぁ…そうだな。これだけは、俺がやらなきゃならない。いや、俺がやるんだ!」

血が滲むほど拳を握り込み、少年は身の内に秘めた決意を、怒りを叫んだ。戻ることの無い妹の命に、俺を友人と呼んでくれた彼女らの無念に報いる為に…

瞬間、八幡の目に映る光景が変わる。

周りにあるのは燃え盛る瓦礫でも、地獄と化した街の光景でもない。暗い暗い、音一つ聞こえない虚空。目の前には自分を映す薄暗く曇った鏡が一つ...。八幡は何の気なしにその鏡に触れる。映る自分の目は自分では初めて見る紫で、伸びた手はボロボロ。だが、向こう側の自分には決定的な違いがあった。それは、彼の後ろは鬼火に燃えていたという事だ。

鏡に触れた冷たい感覚が指先に帰って来たのを感じた瞬間、そこを起点に向こう側から膨大な熱が自分を襲ってくる。

咆哮が虚しく商館に木霊すると、今度は紫炎が彼の右手を起点に燃え上がり、一気に八幡の手の届く範囲を超え、広く燃え上がる。そして、八幡の体を這うように立ち上ると腹の傷を舐めるように焼いていく。焼かれる痛みを感じていないのか、はたまたそのように出来ているのか八幡の表情はピクリとも動いていない。

何より、突如発動した二つの現象に八幡は疑問一つ感じていない、まるで自らに最初から備わっていたかのようにこの炎と紫電を瞬時に漠然と理解した。戻って来た体の感覚を確認するかのように手のひらを一度握って開いてを行う。そのまま、怒りに震える復讐に染まった瞳で天を見上げると、ゆっくりと手のひらを天に掲げる。そして、今なお怒りの眼による上昇を続けるステータスを振るい、魔力を練り上げる。

『其が罪は原罪となる、我が悪を裁くため脚となれ!天の鎖よ!』

詠唱が曇天に轟き、足下に展開された魔法円が黄金に輝き、残酷なほど美しく輝く鎖が無数に天へと伸びる。高く高く都市を象徴する摩天楼の高さすら超え、空を覆っている暗雲すらも超え術者を囲うように展開されている。

逃げ惑う市民を導き、託されたことを成した。幸いなことに彼を目の前で失ってなお、勘はしっかりと生きており、主神であり敬愛するアストレア様を救えたことは、アリーゼにとって現在唯一と言っていい精神的な支柱となった。本当なら今すぐに泣き出したいし、アストレア様に慰めて欲しい。けれど、八幡を失ったことはアストレア様にとっても辛い事だ。だから、アストレア様には何も聞けないし、私も今は前しか向けない。後ろを振り返ったら膝を折って泣き崩れてしまうから。

絶対悪の宣言から数分と経たないうちにアストレアを最も安全な場所へと連れていき、アリーゼとアストレア・ファミリアは絶望に追いつかれない様に街を走り続けた。その時だった。

「おい、おい!団長。あれ見ろ!」

ライラが指さしたのは天へと伸びた数えられない程の鎖が天を仰いでいるという光景だった。そして、何よりその根にあたる部分は自分たちが彼を失ったはずの場所、即ちこの大抗争の幕が上がった場所だ。

「あれ、は…」

だとすれば、あの鎖は間違いなく彼の物だ。鎖を召喚する魔法も、あんなふざけた大質量も、彼でなければできようはずがない。

「生きてた...」

「まったくだと思ってたよ!」

アリーゼは口元を抑え歓喜の声を上げた、抗争が始まり、都市の防衛にすぐさまつくことで誤魔化していた精神が音を立てて崩れようとする。けれど、彼が目覚めたのならこの状況からの逆転も夢ではない。アリーゼが持ち直した脳で団員に指示を下していく。

しかし、その力は人々の希望たりえる力だろうか?

フィンは広場からから覗いた鎖に一抹の希望を賭ける為、団員ひいてはギルド側のファミリアに避難を急がせようと判断したその時だった。

「あれは...本当に八幡なのか」

「なんや?あん鎖はどう見ても坊主の...っ!」

フィンが目の前の以上に疑問を呈したとき同じく勝機を見いだせると、切羽詰まった状況でなお空気を明るくしようと声を上げていたロキがその異常を目に移す。それを見た時ロキもまた動揺を隠せず

その細目を一滴の汗を伝わせながら目いっぱい見開きその驚愕を表す。

「不味いな、アン坊主反転かけとる!」

ロキ、そして彼に関わった神々は、比企谷八幡の特異性その理論をある程度理解している。面白いと思ったし、あの娘が懐く訳だと納得もした。だが、宿った経緯を知らない、過去を知りながら何故ただの鍛冶師を志した少年がそれを持っているのか。多くの神々は先天性だと考えていた。それはロキとて同じだ、何故ならこの時代にそしてロキの手元にその存在が居るのだから。

「フィン!あれは何だ!比企谷八幡ではないのか!?」

「ロイマン......いや、おそらく八幡で間違いないはずだ。けど様子がおかしいのは確かだ」

「危険性はないのだろうな?これ以上の被害は」

「分かっているよ。けれど、既存のファミリアだけで対処できないのもまた事実だ。今はあれが味方であることを祈るしかない。」

都市と冒険者への宣戦布告、そして創設神と民草への宣言から数分と経たない内に目の前に未知が現れた。だが、いい意味で予想外な展開となった。何故ならエレボスはあれに覚えがある。具体的には数年前とある村に放置されていたものだった筈。だとすれば...

「フッ、フハハハハハ!良かったなザルド。お前たちが求めた古の英雄に近い新たな英雄足りえるものが現れたぞ!」

「あれがそうだというのか?あんな禍々しいものが、俺たちが望んだ英雄だと?」

「あぁ、そうだとも。数年前に蒔いた種が今この瞬間、この時に芽を見せてくれるとはどうやら私はついているらしい!ちょっとカジノにでも行ってこようかな」

「...」

「そんな、空気を読めないやつを見るような目をするなよ。自覚ありとは言え悲しくなってしまうだろう?」

「それで、あれは何だ?」

鎖は天へと昇った。

それは残酷なほど美しく、知る者からすれば恐ろしく強固だった。しかし、まだ足りない、復讐を叶えるには、彼女らの無念を晴らすには同じ目に、全てを灰に......

八幡の思いの丈と願いに応じて紫炎は更に激しさを増していく、復讐の炎は鎖の根たる魔法円を侵食し焦がしていく。美しき黄金は修羅となった少年の発芽に伴い、紫電を伴った深淵を思わせる紫へと変わり、生み出される鎖は根から侵食するように禍々しい漆黒へと染まっていく。

「そうだ...あいつらのために奴らを灰に...」

鎖の中心燃え盛る炎の中で八幡は譫言の様に呟く。自身の使命に、自らの望みに呑まれた少年はその願いを成就させるために目覚めた力の全てを使ってそれを実行する。怒りと狂気の中にありながら根幹にあるものを失わない。

曇天へと至った黒鉄の鎖は、強力な熱を発し雲すらも焦がしていく。怒れるの鎖を目の当たりにしたオラリオの民は本当の滅亡かと生きる希望を捨てついに膝を折り、一部の冒険者はその鎖に既視感を覚え、そして闇派閥構成員達は予定にないものに動揺しながら好機ではないかと更に声を上げた...それが自らを蹂躙する闇への怨念とも知らずに、

瓦礫を灰燼とし、周囲に残ったのは二対の剣、八幡はそれを引き抜くと高まった膂力をもって飛び上がる。

そして、鎖は放たれる。塔の様に一体となった鎖は街をも破壊しかねない質量を伴い再び雲を裂きながら先端から降下する。

しかし、彼が駆逐するべき敵は闇派閥であって、オラリオの市民ではない。だからこそ、鎖は敵を駆逐する。

重力に任せ、遥か上空から空気を焼きながら降下するそれは、まるで滅びを告げる黒い流星のごとく。地面へと近づくにつれて外壁が崩れるかのように集団から一本、また一本と鎖が分離していく。しかし、明確な意思を持っているかのように分離した鎖は伸びていきついには先行して地面へと至る。驚異的な速度をもって降下したそれは落下の衝撃を周囲に振りまき瓦礫の山を築きながら今度は地面を這うように動く。煙によって視界を奪われた者たちは鎖の動きに目を光らせるが、その必要はなく落下の速度そのままに動くそれはたやすく煙を晴らし、術者の命に従い標的を焼き貫く。

「あぁぁあああああ!あ、熱い熱いぃぃぃぃ!」

水と肉を焼く音を立てながら激痛に悶える闇派閥構成員達だが、それで終わりではない。鎖の根から伝わった熱はそんなものでは済まさないと、触れた側から紫炎が包んでいく。その熱は尋常ではなく恩恵を与えられていない一般信者に括り付けられている自決装置の火薬すらも爆発を許さない程圧倒的な火力で焦がし、その身を一瞬にして灰へと変えた。そして、それは貫いたものをまるで最初からなかったものかの様に次の獲物を刺し貫き続ける。

それを目の当たりにしたアストレア・ファミリアひいてはオラリオを守らんとする者たちは戦慄した。確かに彼は味方のままだった、しかしあの力は明らかに以上であるという事も同時に確信した。

黒鉄の流星の本隊はオラリオ全域に渉る殲滅を行いながらも真の目標であるエレボスをめがけて降下を続けていた。紫電と紫炎を鎖のすき間から滾らせながらよもや直撃するとなったとき鎖の先端は割れ包囲するかのように突進する。そして、鎖の包囲網の中心、紫炎の渦の中心から修羅が飛び出す。

「久しぶりだな、エレボス。お前が俺を覚えていなくても、俺はお前が許せない!」

「はっは!久しぶりの再会にしては随分だな少年。だが覚えているとも、その目は永劫忘れようはずがない。…えっとすまない名前を教えてもらっていいかな?」

「死ねぇぇぇぇ!」

紫炎を纏った二対の剣を鬼の形相で振りかぶり、鎖の直撃と同時に振りぬいた。

少年に神の威光は届かない、何よりも目の前に居る神が憎くて、怒りが全てを通り過ぎているから、だからこそ少年は神を切ることに一切躊躇わない。それこそが怒りの眼、極限の怒りによって生物である限り抗う事の出来ない上位存在に対する本能的な畏怖を殺し、対象が何であれ挑むことを強要するもはや呪いに近いスキル。

しかし、覇者は契約の都合上それを許さなかった。

「フン!」

ザルドの大剣の一振りで鎖は弾かれ、八幡の渾身の一振りは受け止められた。

受け止めた衝撃と共に街を熱風が通り過ぎ、ザルド達が立っていた塔は残心を受けて縦に切られ崩壊していく。

「会いたかった...会いたかったぞ!英雄候補!」

想像以上の一撃にザルドの剣を握る手が伝わった衝撃に痺れている。それに歓喜してかザルドはオッタルの時ですら見せなかった分かり易い喜びを浮かべる。

「我が神こちらへ」

「ヴィトーか世話をかけるな」

「何をいまさら」

瓦礫となっていく塔から落下し、エレボスは空中にて自らの眷属に回収される。

八幡は着地してすぐにそれを追おうとするが、目の前に大剣が振り下ろされ足を止めざるを得なくなってしまう。

「退け...」

「フッ、構えろ...この俺が試してやろう」

「そうか...そうかよ。お前も闇派閥の側だっていうなら」

一時的にだが八幡は狙いを変えることにした。こいつはおそらく強い、ヴァレッタ以上だ。つまりこいつこそが、フィンが危惧していた奴らの切り札だろう。

...だが、それがなんだ?こいつがエレボスを殺すのに邪魔だから殺す。標的を変えるのにそれ以外の理由なんて必要ない。こいつを殺した後で、追えば問題ない。

「今、死ね」

八幡が踵を向き直し、発した炎によって煙が一気に晴れると、見える範囲全ての鎖がザルドへと向き一斉に攻撃を始める。

その速度は目でとらえることが出来ず、一本一本の速度が空気を弾くほどの物で、まるで蜂の群れのように波状の攻撃を仕掛けて行く。ザルドはそれをことごとく弾きながら、一気に八幡へと突進していく。その踏破は地面を揺らし、踏み込んだ瞬間には地震と見紛う程の振動がオラリオを襲う。

動き一つで弾かれることを理解した八幡は、鎖を構成員の蹂躙のみに向かわせ。目の前の男は自分で相手をすることを決める。振り下ろされた大剣を二対を交差させることで受け止めると、そのまま横に流し右足を相手の右に踏み込み、握った剣を振りぬく。しかし、その一閃は大剣の柄から離れた右腕に阻まれ、弾かれる。

「成程、これが本来の精霊!」

ザルドはこの一撃によって確信する。この男は現状唯一正義と呼ばれる者たちの中で、自身に届き得ると。打ち合えば分かる、1秒前の動きと1秒後の動きの速度が圧倒的に違うと。

古の英雄......かつて英雄神話と呼ばれる時代を生きた、語り継がれる英雄たちは神の恩恵などなく、その身一つで奈落より這い出る怪物たちと戦っていたと言い伝えられている。そして、中でも始まりの英雄や最強の英雄などの特別な英雄には常に精霊の影がある。それに加えて神の眷属としての恩恵も申し訳程度とはいえ働いている。まさに、比企谷八幡は過去と現在、英雄と呼ばれる要因のハイブリット。

レベル2と事前の情報で聞かされていたがまさかここまでとは…だが!そうでなくては!

覇者は待ち望んだ存在に心を震わせ剣に気持ちが入っていく。肩慣らしすら済んでいなかった体が、準備運動を終えてか思った通りに動いていく。ザルドと八幡のレベルの差は5。即ち、打ち合える訳がないのだ。だが、それを埋めているのは他ならない上限のない上昇をもたらすスキルによるものである。

「っ!」

「どうした!こんなものか!」

「黙れ!」

しかし、怒りの丈によって上昇するとはいえ、壁が厚ければ追いつくまでに時間もかかり、それによって返り討ちに会う可能性が高くなる。それでも、打ち合えているのはスキルに呼応するように増していく炎による強引な止血と感覚の麻痺によるものだろう。打ち漏らしたザルドの斬撃が八幡の体を切るたびに、傷口を焼き痛みを殺す。炎そのものが戦えと強要するように機能している。

剣戟は激しさをまし、衝撃の頻度が一秒ごとに増えていく。それは八幡のステータスがザルドのステータスに近づいている事を意味しており。八幡の腕を振るう速度がどんどん上がり、手数の多さゆえにザルドが防ぐことが多くなっていく。

遂には衝突の余波によって周辺の建物が音を立てて崩れていき、更地となった都市の一画は八幡の鬼火によって燃え上がっていく。

八幡の視界には最早倒すべき敵、即ちザルドしか見えていなかった。周りの建物などないに等しい。

それはスキルと今の肉体の性質でもあり、少ない血液をその目的にのみ回しているせいでもあった。

「悪を倒すのは英雄...だが、その英雄が狂戦士とはなぁ!」

「俺を狂わせたのは他ならないエレボスだ。それを倒す力を得る為に俺はオラリオに来た。今日それが叶うなら、俺はいくらでも狂ってやるよ!」

八幡の気迫と炎は増していく一方で、その火力は地面すら燃やしていく。舗装された石畳は黒く変色していき、脇の景観樹は紫に燃え上がっていく。絵に描いたような地獄絵図に、誰がここを英雄たちを生み出し、栄えた最先端の都市と思うだろうか。

それでも八幡は動きを止めずザルドへの斬撃を更に強める。右手の両刃の剣を振り上げ、それに応じて大剣を振り下げるザルドに対して八幡は弾かれる前提で振り上げることで、弾かれた衝撃を利用し慣性を生み出し左の刀を振り下げる。しかし、戦士としての勘からか、ザルドはすぐさま剣を振り上げ、降り下げられた刀を弾くと同時に横薙ぎによって八幡を吹き飛ばす。建物に激突する形で止まる八幡は、まるで何事もなかったかのように立ち上がると、踏み込んで瓦礫を生み出しながら再び接敵する。

「なるほど、貴様は剣士でもましてや戦士でもない様だな」

「あぁ?」

「大方鍛冶師と言った所か、貴様の剣筋はどれも剣を労り尚且つその武器の持つ最大限の殺傷力を発揮するための切り方のそれだ」

彼に剣を教えてくれた人はいない。過去に雪乃や結衣の稽古をみていた程度だ、加わったことなどない。生まれてこのかた教わったと言えるのは鍛冶仕事のみ、それも武器全てをつくれるようにたった2年で叩き込まれた。それ以外で特筆すべき技術は料理のみだ。故に八幡はどうすれば切れる、どの角度が一番切れるなどは理解できても体の使い方などは全てみよう見真似なのだ。

「それで?」

「いや、面白いと思ってな。戦う鍛冶師と言うのも聞かないことはないが......」

「?」

「フッ...らしくないな。あの好々爺が移ったか...」

ザルドは決意をもってこの都市を滅ぼすと決めた。

世界は英雄を欲している...俺たちは思い上がった、陸の王者を討ち、海の王者を討った俺たちは黒い絶望を討てると、そう思い上がった。

だが、そんな驕りは目の前で打ち砕かれた。勇猛を掲げていた男たちは恐怖に敗走し、あんなに強かった女傑たちは最後には泣きながら助けを乞うていた。そんな光景を見ている事しか出来なかった俺が、死んでいった奴らにしてやれる唯一の手向けはこの世界を救う手立てをつくることだ。だからこそ...

「...かかってこい。これを最後の一撃にしてやる」

ザルドは名残惜しそうにそう宣言する。現に自身の活動限界も近い。だからこそ、この一撃は全力で叩き込む。

ザルドは大剣を肩に抱え構える。

『父神よ、許せ、神々の晩餐をも平らげることを』

圧倒的な力を持つ剣士はついにその唄を唄った。絶対の破壊の一撃を放つ一撃。彼が持ち得る魔法、破壊への凱歌。食を探求するが故の自身の罪を乞う、燃ゆる一撃。

それを聞いた八幡は左手を血ぶるいし刀を収め、剣を両手で構える。

「(そうか。応えてくれるか。悪となり果てた俺に...いや、貴様は悪の様に卑怯でありたくないだけか)」

ザルドはこの打ち合いで目の前の少年の高潔さを知った。それと同時に彼の根幹に寝ずいた悪に対する絶対的な憎しみも、だがそれが英雄に匹敵する力を生み出しているというのなら...俺は絶対悪に与することも辞さない。

『貪れ、炎獄の舌。喰らえ灼熱の牙!』

唄は出来上がった。担いだ大剣には地獄を思わせる赤黒い炎、この一撃を放てば此処一帯は今の様な焦土が可愛らしく見えることだろう。と、ザルドは目の前の少年がこれをどう乗り越えるのかを伺った。しかし、それは杞憂だった。

八幡は柄を腰に落とし剣先を後ろに構え瞳を閉じ初めて使う力に意識を向ける。狂気に呑まれながらも最低限の理性を残す。賢者の効果はここにきて生きていた。自身を中心に渦巻いている紫炎、鬼火を刀身に纏わせていく。意思を得たように鬼火は剣を起点に形を作っていき、その形は一度巨大な剣の形を取り、かと思えば圧縮されるように元の刀身のサイズに合わさるように収束されいていく。

そして...

『レア・アムブロシア!』

「...怨火鬼閃」

互いの得物は振りぬかれる。収束された互いの炎は開放され正面から激突する。膨大なエネルギーの激突とは言え、斬撃のため放たれると同時に空気を裂く音がもはや広間となった市街地に響く。

紫炎と獄炎の激突により生じた火花と熱、そして衝突によって生じた衝撃は都市中を駆け巡り通り過ぎると同時に町中のガラスを割っていった。最早災害のレベルである。

互いの渾身の一撃が激突してなお、力は拮抗しせめぎ合っている。しかし、二人の放った一撃には決定的な違いがある。

「悪いな...俺にも時間がない。此処は切らせてもらうぞ」

「っ!」

ザルドの一撃は膨大な熱を一撃に込めて斬撃として放つ平たく言えば熱を帯びた飛ぶ斬撃なのだ。だが、八幡の場合は斬撃を放つというイメージを理解できていない為、即興で生み出したこの一撃は斬撃を先行させエネルギーの軌跡を生み出し、その道に紫炎を供給し続けるいわばエネルギー放射なのだ。

その為、視界が悪くなり、それにより相手の有無の確認が出来ず。供給を止めるタイミングが分からない。だからこそ、歴戦の戦士相手にはそれが生死を分つことになる。

ザルドはこの戦いで知っている。この少年は簡単には死なないことを何より自分はこの男にとって試練であろうと。ならば、体が泣き別れになるほどの一撃を入れても問題ないはずだと、容赦なくその大剣で袈裟切りを放った。しかし...

『福音』

「なに!」

「ゴッハ!」

何処からともなく聞こえた単語によって、八幡は後方へと強制的に飛ばされ、ザルドの斬撃は空を切った。その威力は先ほどの衝撃の比にならず、八幡は二度地面を跳ねるように激突しながら一つの建物に激突した。

「なんの真似だ。アルフィア...」

ザルドは巻き上げられた土煙の向こう側に、常人では失神するような睨みを向ける。あまりに不機嫌なのか、仮にも同じ志を持っている筈のものに殺気すら放つ。

しかし、向けられた当人はまるでそんなものはないとでもいうようにゆっくりと戦場へと歩みを進める。その様に音一つなく、目を逸らせば見失ってしまいそうなほど儚い。それでいて一度見たら忘れさせない妙な魅力がある。まるで、そこに居て目立つというのに身にまとう静寂が見続けることを許さないような、

「黙れザルド。こいつはもとより私が先に見つけたものだ。横取りなど賢しい真似は許した覚えはないぞ」

「ほざけ、先に見つけたも何も奴が向かってきたのは俺だ。俺はそれに答えたまでだ。...まぁいい、貴様が一撃を与えたのなら、ギリギリで戦っていた奴は最早立てんだろう。都合がいい、このまま退却するとしよう。」

ザルドが最後の一撃を決めずとも、時間によって倒れると分かっていた。それはザルドにとって好都合ではあったが、長引けば自身以上に不味い状態になると考えていた。

神の恩恵とは神々が地上の子の肉体を神の種を育てる苗木にするシステムの事だ。神血は種であり、肉体は土、そして成長に必要な栄養は勇気ある行動即ち冒険だ。だが、この少年は自身の身に刻まれた精霊の性質を利用しての強制的な開花を行っている。精霊とは一部を除いて、古の時代に神々が地上を救済するために落とした自身の力の一部や天界における自身の眷属の末端等様々だ。

比企谷八幡はその性質を大いに利用した。冒険者、神の眷属たちはレベルが上がれば上がるほど神へと近づく事となる。つまり、精霊とは強い力を持った自分たちの上位存在、現代の冒険者を遥かに凌駕する神の眷属なのではないか、と。

ならば、そこから更に力を引き出す事が可能なのではないか。

「ま、て…」

『!?』

比企谷八幡は再び立ち上がった。羽織はボロボロで、煤けた着流しを押して抜き身の剣を杖代わりに立ち上がる。その目は未だに死んでおらず、紫炎は燃え盛り続けている。

守るべき市民が居るから?守るべき約束があるから?……違う、そこに、目の前に、悪が立っているからだ。

大剣を振りかざし災害を振り撒く大男も、煙で良く見えない女も、アイツに、エレボスに、絶対悪に与すると言うなら等しく俺が復讐する相手だ。

相手が誰であろうと…

「ほう、やはり見所があるな。全力じゃないにしろ私の一撃を食らってなお立ち上がるとは…リヴェリアですら一撃と持たなかったと言うのに」

「…っ!」

しかし、その声は彼の憎しみを跳ねるように殺した。まさかと思い煙に目を凝らすと見覚えのある姿を視線が捉える。

「なぁ、八幡…今度は私に聞かせて見せろ。お前は何のためにそこまでして立ち上がる?」

自分の名を呼ぶその声に、微弱な心臓が跳ね上がる。しかし、以前と違いその高鳴りは幸喜の感情ではない。

「なんで…あんたが、ここにいる」

それは単純な驚愕。少年は無意識のうちに信じてしまっていた。だから、作戦会議のあの日自分の口から議題に載せなかった。亡き妹に縋る為に教会に行く程臆病で、それでいて相手が誰で有ろうと、初対面でも高圧的な態度を崩さない傲慢な魔女だから。誰にも与するとはないだろうと、少年は信じてしまった。

「…決まっているだろう?」

私は質問をした側なのだがと思いはしたが、まぁいいと先に質問に対する返答を返す。

八幡はそれを聞きたくないと本能で思った。怒りの眼によって鈍くなった筈の本能がその機能を取り戻しかけている証拠だ。

しかし、静寂の魔女は知った事かと言葉を続ける。

「あぁ、そういえばまだしっかり名乗ってないなかったな。」

もはや、偽りの名など意味がないと静寂の魔女はついでとばかりに自分の名を告げる。

ローブのフードを外し、その灰色を晒し閉じていた双眸を露わにする。立ち去る際に一度見た異なる二色の眼を忘れるはずがなく。少年の脳は残酷に真実であると告げる。

「私の名はアルフィア、都市に希望を見せてしまったが故の責を果たすため、悪に与し絶望を与える為に来た才禍の怪物、静寂の魔女だ」

これが少年が目を背けたい現実。アストレア・ファミリアが絶望する物語が、奇しくも少年が絶望する物語へと転回する。

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お久しぶりです。

グラブルのガチャ強化月間が始まって、ウッキウキでカタリナさん擦ってたら、一週間経ってしまいました。大変申し訳ない…

加えてその期間中に誤字や指摘をしてくださった皆様大変ありがとうございます。お陰で自分の理想の世界を表現する言葉のボキャブラリーが拡がります。本当にありがとうございます。

さて、遂に対面した静寂の魔女と復讐の狂戦士揺れる少年の心はどう転びどう完結するのか是非とも楽しみに待っていて頂きたい。

コメント、いいね等頂けると幸いです。

それではまた次でお会いしましょう。