第1章 七節
第1章 七節
注意
ここから先、投稿者の個人的な視点での解釈が入ります。ダンまちの世界観でこれは違うだろ!と思った方はすぐに戻って来てください。それでもいいよって方はどうぞ。
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人はいつだって理想に囚われている...世界を握れるほどの巨万の富、両手に抱えきれないほどの女、誰にも超えられない最強への覇道...そして、全てを救う英雄へと至ること。
だが…それら全ては脆く儚い理想に過ぎない。得られたとしてもそれは中身のない、張りぼての嘘か触れる事の出来ない幻、現実にあるのは残酷で悲しい結末だけだ。綻びひとつない現実なんてありはしないのだ。報われるのは本のごく一部の選ばれた幸福者だけ...即ち英雄と呼ばれる者たちだけだ。人々が理想とする物語、怒りに呑まれた英雄候補が仲間たちとの絆で憎しみを晴らし真の英雄へと覚醒する。彼の目覚めがそんな希望に満ちたものでなかったように...
赤く燃え上がる都市の街並みを背に、アルフィアは戦場でついぞ開けることのなかった双眸を彼に向ける。残酷な真実を意図して彼につきつける魔女の言葉は、欠片の容赦すらなく、その言葉と真実は憎悪を孕んだ少年の心に抜き身の刃を握らせるかのように切り裂き、血を滲ませていく。
「それが真実なのか.......あんたは...」
「...そうだ。私は貴様の友でも、ましてや味方ですらない。明確な敵、貴様が打ち果たすべき怨敵の一味、その一人に数えられている。」
少年はあの教会で彼女の本音を聞いた。彼女は自らを亡き妹の面影にすがる卑しい女だといった、けれどその姿はあまりにも健気で美しく見えてしまった。
だからこそ、人の感情に敏感な彼はあの言葉は真実であると確信を得ていた。事実あの日のアルフィアの言葉は全ては真実だ。虚偽など一つもない。
なら、何で俺はこんなにショックを受けている?裏切られた訳でも、騙された訳でもないのに...
「そう、か...そうか」
ようやく腑に落ちた。俺は勝手に期待していたんだ。あんな目が出来る人間が誰かを傷つける筈がない、自分の身の上が悲しくて藁にも縋る気持ちで教会で黄昏ていた彼女が誰かから奪うはずがないと、だがそれは間違っていた。所詮願望は願望だった、勝手に期待していたから俺が一方的に傷ついただけだ。理想に盲目過ぎたから、俺は...
だけど、それだけで俺はこんなに傷ついているのか?なんで剣を握る手が緩むほど心が揺れている?視界が歪むほど打ちひしがれてるんだ?
「なるほど...英雄を殺すのは女、か...ついぞそういったことに縁がなかった俺だがようやく理解できたぞゼウス」
ザルドはいつだったか自身の主神から聞かされた一言を思い出す。重ねてまさか、あのアルフィアがとも思った。おそらく彼女の勘に障るだろうと聞こえない程小さな声で呟く。幸い意識を目に向けいていた為彼女には聞こえていなようだ。
八幡の殺意が目に見えて引いていくのを感じる。先程の自分たちにすら引けを取らない様な圧も闘気も微塵も感じない、指図め牙を抜かれた獣と言った所か、
ともかく彼は最早戦えない、ここで彼を殺すのは容易い。
「…貴様には素質がある。才禍の魔女と呼ばれた私が保証してやろう。さぁ、剣を取り立ち上がれ、私に斬りかかって来い、英雄の作法を教えてやる」
「っ!」
その言葉を呑み込んだ八幡は今にも泣きそうな顔をしていた。ザルドはそれを見て、なんとも難儀な物だなとバイザー越しに目を背ける。
自らを殺せる程の力と才を持っているからこそ、かの魔女は彼にそれを強いる。だが、少年はその恋慕故に剣を向けることが出来ない。少年の剣は魔女の命を奪えない。
いや、出来ない筈だった。
「(無理だ)」
恐れと拒否反応からか精霊の力によって誤魔化していた体の感覚が解放され、支えとなっていた膝から力が抜ける。この現実から逃げたい、目を背けたいという彼の望みを肉体は強制的に叶えようと意識を奪っていく。瓦礫に埋もれたあの時からすでに彼は死という沼に足を取られていた。先ほどまでは憎悪によってそれに抵抗していたにすぎない。それがない今、目を閉じてしまえば彼を待つには底のない奈落、抗いようのないバットエンドだけだ。流れ続けた血が限界に達しついに地面に倒れ意識を手放そうとしたその時、彼の耳元におよそこの世のものとは思えない声が響く。
『何してんだ?』
「っ!」
複数の声が重なった不気味な声。反響し精神に直接響く声。
しかし、八幡はその声達に聞き覚えのあった。
力なく倒れ伏した少年の意識は疲労しきった肉体に反してはっきりしていた。しかしそれは、どちらかと言うと聞こえた声によって無理やり安定させられたもの、永くは持たない。
『違うだろ?』
「…」
揺れる...戦えという声に応えようとする自身の我儘と、彼女とは戦いたくないという無意識の理性の狭間で...
『あの女は自分で言ったんだ。お前の敵だって』
「なんで…なんであんたらがそれを言う」
その声は正しく故郷の犠牲者達の声だ。村長や自警団、雪ノ下の母親や姉、挙句親父やお袋の声までする。彼らはそんなこと言わない、村長はこんな俺にも優しかったし、お袋も親父もいつだって穏やかだった。あいつらだって、英雄に憧れて努力し続けていた…だから。そうだ、だからこそ彼らは、
『言ってくれたじゃないか?』
「何、を...」
『俺たち(僕たち、私たち)の復讐を果たしてくれるって』
「っ...」
『力が、意思が足りないなら、貸してあげるよ!』
「!やめろ...」
瞬間少年は腕を伸ばし膝立ちになると腕を払う。しかし、既に限界を迎えている体は振るった腕の力に負け、情けなくも再び地面に倒れる。すると、周囲の炎が触手のように細く伸び、八幡の周囲を囲んでいく。
「...っ!」
炎を触手は八幡を中心に赤黒く渦を巻くと、その瞬間渦は突如霧散し爆発的な熱量がその場を制圧した。誰が発しているかなんて明らかだ。
「「!」」
ザルド、そしてアルフィアはその一瞬にして目の前のかれへの警戒を最大まで引き上げた。消えかけていた闘気と炎が再発し、先程とは売って変わる赤黒い炎。これ以上ないほどの異常に探求を諦め大義の為に悪へと身をやつしたかつての英雄は、自分達の知らない未知を目にした衝撃にはねるように剣を構える。
膝を付き目に見えて絶望していた筈の少年は修羅となっていた時とは全く違う据わった眼をしていた。瞳の奥には明確な怒り、振りまいているのは明確な殺意、口は開かれていないというのに自分達への恨み辛み、そして憎しみの声が聞こえてきそうだ。
立てない筈の少年は立った。立つことを選んだ。拒んできた復讐鬼の仮面を受け入れ、自分の使命を果たす為に、腹の痒みなどどうでもいいと剣を片手に立ち上がった。
「貴様ら...亡霊か?」
「......」
「そうか、やっと理解したぞ。初めて会った時から疑問だったんだ。貴様と話していて後ろから聞こえてくる、貴様の物ではない声の正体が」
教会で初めて会った時から聞こえていた彼の背後で呻くような声。
だが、その疑問はたった今晴れた。そして、その元凶にも心当たりがある。
「出てこい、エレボス。貴様がこれを見ていない筈がない。今すぐ出てきてこの私に説明してみせろ」
魔女はこれら全ての元凶である悪神の名を呼ぶ、すると瓦礫と化した建物の影から都市を猛火に包んだ張本人が現れる。佇まいだけで恐怖を植え付けるほどの圧を放つ神は、自身を敵といただくものの前にあっさりと姿を現した。
「...やぁ、さっきぶりだなぁ。少年...いや、比企谷八幡。ようやく思い出したぞ、君の名を」
「手短に話せ、それも全てな。でなければ、あの獣は貴様を喰らうぞ。」
このままでは脱線と共に自分たちの労が増えるとザルドは頭目を諫める。目の前の少年の力、それが精霊による恩恵だという事は分かっている。だが、それをいつ得たのか。そして、何よりここまでの力と耐久を見せている時点で並みの精霊ではないことは明らかだ。打ち合ったザルド、たった一度とはいえ語りあったアルフィアにはそれを聞き出す権利がある筈だ。
「無茶を言ういいだろう。私が彼村を訪れそして滅ぼした理由そしてそこから繋がる少年の正体を聞かせてやろう。ヴィトーまた世話をかけるぞ」
「手短にお願いしますよ。我が主、でなければ貴方は世話役を失うことになる」
「それは困るな。なるべく急ぐとしよう」
そう言うと悪神の眷属は獣となりかけている少年へと突進する。
「さて、まず結論だけ述べるとあれは私にとっても予想を超えた産物だ。計画外、計算外、埒外もいいところだ。蒔いた種がたった三年であそこまでデカくなるとは」
「ほう...」
「当然だな。この俺を相手取っておいて互角なんだ、あれは下界に残った精霊の中でも特別に数えられるのだろう?」
「では、奴に仕込んだ精霊について聞かせてやろう」
「その話、私にも聞かせて欲しいものね」
『!!』
その声、その姿はこの都市に最も必要とされているものを体現し、彼女自身もその在り方を双肩に携えていた。彼女の名はアストレア...正義を掲げるファミリアの主神にして、亡霊に身を委ねてしまった少年の親と呼べる存在だ。その彼女が...正義を司る全能が戦火の中心へと数人の眷属を引き連れ絶対悪の前に立つ。
「おいおい、マジかよ。お転婆が過ぎるぜアストレア、この盤面でいえばお前は希望の象徴、剣であるロキやフレイヤとは別ベクトルでこの街の要であるはずのお前がここに出てきていいのかよ」
「八幡...」
心の奥底をを逆撫でするような不気味で不快な言い回しと声色に、護衛として後ろに控えていたアリーゼは本能的な嫌悪を感じざるを得なかった。それが自分に向けられた言葉ではないのにだ。しかし、同じく護衛としてついてきていた輝夜は違ったその目にあるのは明確な敵意であり、かの悪神に対する個人的な怒りだった。
「輝夜...今は抑えて」
「.....はい」
主神の言葉に刀に掛けていた手を収める。それでも瞳は悪神の首を捉えていた。獲物を狙う狂犬のような瞳ではなく、ただ仕留めるだけの暗殺者の目で...
しかし、彼女はそこまで落ち切れない。ただ彼に共感し、感じただけの怒りでは憎悪には至らず、狂気には届かない。故に、神の首のは断ち切るには足りない。
「さぁ、話してもらいましょうか。八幡に宿った精霊の正体を」
「そもそも、前提が違うんだよ。彼に宿っているんじゃない...まずあれは中身のある精霊じゃないんだよ」
「どういう意味だ。分かるように言え、エレボス」
自分たちの聞き馴染んだ英雄神話の英雄たちは精霊と契約を結び力を借り受けるというのが旧来の精霊と人間のつながり方だ。それがこれまでの、精霊と人類の歩みより方だった。しかし、少年の存在は歩み寄るではなく、
「彼は精霊と一つになっているんだよ」
「それのどこが特別なのだ...」
「フッ...一つになっているのは精霊のそのものではなく側だけだと言ったら?」
「なに?」
「比企谷八幡はいわば昇華された精霊の抜け殻、即ち力のみが肉体に根付いている状態だ。」
「なるほど、だからこそ彼は何の制約もリスクもなしにあれだけの力を...最も肉体的なリスクがないとは限らないが」
精霊との契約という形ならばあれだけの力をノーリスクで行使できようはずがないのだ。古代、英雄神話の時代より現存する精霊、つまり神々が天界より遣わした精霊だというのなら世界救済という大義があれど人に100%の力を貸せるはずがない。あれだけの力を行使できる原理がそのシステムと力そのものを人間自身が掌握しているとすれば道理が通る。しかし、そこには一つ矛盾が生じる。
「でも、どうして精霊の抜け殻なんてものが生じるのかしら?」
そうそこだ、本来精霊は役目を果たした場合天界へと帰還する。もしくは力尽きた場合は自然へと還元される。つまり、意識の有無に関係なく肉体は滅びるはずなのだ。
「なぁ、アストレア。自然発生した精霊は本来どうなる?」
「何を...消滅するに決まって」
「...本来ならな。言っただろう、昇華された精霊だ、と」
その言葉と同時にエレボスはにやりと笑った。
「......まさか!噓でしょう!」
精霊はそのおおよそが神々が地上に使わせた、力の一端や眷属だ。だが、ごく稀に蹂躙される自然がその危機意識から精霊を生み出すことがある。そして、その力は神々に準ずる精霊とは違い森の大きさや生み出された際の状況、抱いた自然の感情によってその性能は決定される。
「昇華とは何のことだ。分かるように言え、エレボス」
「さしものお前もそれは知り得んか...昇華というのは本来であればありえない、精霊が神格へと上がること。お前たち冒険者で言うところの器の昇華。そして、精霊においてそれは神格の文字通り神に至ることを意味する」
『!』
「何ですって!」
当然、エレボスと同じく神であるアストレアも知っていた。しかし、それはごく稀、それも天文学的な確率でのみ起こる現象だ。もはや、奇跡に等しいものだ。
「アストレア様、そんなことって...」
「いいえ、ありえないわ。世界のシステム上それがあり得たとしても、それで肉体が残るだなんて...」
「それがありえたからこそ。少年、比企谷八幡は、あれだけの力を行使できているのさ!」
両手を広げ高らかにそう宣言するエレボスの背後、赤く燃える街を炎の斬撃が通り過ぎる。それと同時に斬撃が通り過ぎた先、その建物に激突する人影が一つ。細目を苦痛に歪めるエレボス・ファミリア唯一の眷属ヴィトーの姿。
「グゥッ...」
「無事か?ヴィトー」
「えぇ...何とか、しかし相手が私と見るやここまで激しさを増すとは...」
「何を言っている?お前が殺した者達だぞ?何を当然のことを、ハッハハ!」
「何!エレボス神、貴様...今なんといった!」
目の前の悪神が笑いと共に発したその言葉に輝夜は怒りと共に反応した。そのただならぬ剣幕を前にエレボスはニヒルな笑みを崩さず、それどころか喉奥を震わせながらくつくつと笑いを響かせていた。
「何がおかしい!殺したとはどういうことだ!お前たちが誰を殺したというんだ!答えろ!」
「じゃあ、答えてやるとしよう!」
エレボスは輝夜、ひいては正義に属する者たちに対して興奮した様子で目を大きく見開いた。
「比企谷八幡の故郷を焼き払い、友を殺し家族を惨殺し、村人全員を蹂躙したのは何を隠そうこのエレボスとその眷属だからだ!」
『!』
「っ貴様ぁぁぁ!」
「輝夜!」
その咆哮と共に輝夜はエレボスへと切りかかる。しかし、刀を抜刀し切り裂こうとした瞬間輝夜、横からの衝撃によって元いた場所へと転がるように戻される。
「グア!!!」
「......盛んなのは構わんが少し待て、それがいなくなるのは少々困る」
「すまんな、アルフィア」
「勘違いするな、頭目に据える貴様が消えては我らの目標に弊害が生じるからだ」
「フッフ、そうか。そろそろヴィトーも限界だ。誰か変わってやってくれないかなぁ?」
エレボスはわざとらしく、飲み屋で会計を頼むかのような軽いノリで語り掛ける。空気を読まない、自分の行いを悪と知りながらも正しきものをあざ笑うかのような所作にアストレア、アリーゼは顔を顰め、輝夜は憎悪を含んだ瞳でエレボスを睨みつける。
「...仕方ない。退け、雑兵。八幡の相手は私がする」
「っ...!」
「?」
「もとより、奴は私の獲物だ。お前にもザルドにも預けていたに過ぎん。さぁ、もう一本を抜け八幡。貴様の本気でかかってこい」
「...っ!っ...つっ!」
アルフィアを前に八幡は一歩後ずさる。しかし、まるで心臓が破裂するかのように胸が一瞬膨張すると虚ろな様子で力なく腰を前に折り、再びアルフィアを敵と見定めたのか刀を抜かずに業火を纏った剣を担ぎ突進していく。
「ん?聞こえなかったか?」
「っ!」
乱雑に振りかざした剣をアルフィアはいとも簡単に躱し、通じていないことに対する怒気が含まれた声ですれ違いざまに言い放つ。
「本気を出せと...言ったんだ」
『福音』
背後からそのまま次の攻撃に移ろうとしたその時、アルフィアの魔法が八幡を弾き飛ばす。その魔法の威力に八幡は力なく地面を転がる。しかし、片手で地面を擦りながら減速し立ち上がる。それでも一向に刀を抜こうとはしない。
「...おい、私の言葉は聞こえているのか?答えろ八幡」
先程から話しかけているというのに、あちらからの返答がないことに疑問に思ったのか。会話ではなく返答を求める。だが、八幡は苦しそうに唸るだけで言葉は返ってこない。まるで
「まるで、何かに乗っ取られているような...」
「お、察しがいいな。その通りだ。」
「なんだと?」
「そのままの意味だ。先の話の続きをしてやろう。」
そういうとエレボスは比企谷八幡の秘密を再び語り始める。怨念を背負った悲しい少年、悪神の陰謀によって歪な英雄候補として担ぎ上げられた哀れな少年の話を...
「彼の精霊の抜け殻を起動するには必要な物が三つあった。一つ目は器だ。誰でもいいわけではない。若く可能性に満ちた肉体で、精霊の抜け殻に適合でするだけの強い感情がある器である必要がある」
「それが八幡だったというの?」
「そうだ。あの日あの瞬間、比企谷八幡は器として完成した。俺の意としてな」
「何だと」
「必要なもの二つ目と三つ目だ。大量の生贄それも理不尽に殺され恨みに駆られながら死ぬことが条件だ。それによって発生する怨念を喰らってようやく起動する。まったく苦労したぜ。これだけの条件を揃えるには村一つを掌握する必要があったのだからな。何より、それらを調べるのに苦労したぞ」
『!』
「...なるほど、通りで小僧がお前をこれほど憎むわけだ」
比企谷八幡の怒りの根幹は、あの日何も出来なかった後悔と使命と欲にかまけたが故の自責の念から来ている。しかし、彼の怒りを増長させているのもがあるとすれば、
「しかし、ここで一つ困ったことが起きてな」
「あなたが困る分には構わないわ。けれど、それが八幡の今の暴走に関係しているのなら」
「あぁ、話してやるとも。だが、一つ訂正させてもらおう。暴走しているのは比企谷八幡ではない。あれは、殺された村人全ての怨念だ」
『!?』
そんなことがあり得るのかと、驚愕を隠せなかった。
「生贄とされた際に精霊の抜け殻と混ざり比企谷八幡の精神に住み着いたいわば精霊の中身の代用品...」
「奪っておいて、代用品だと...貴様ふざけるのも大概にしろ!」
本来こういった場合において最も冷静であるはずの輝夜が乱れた呼吸で激昂の声を上げる。その激しい感情は命を弄んだエレボスへのものだけか。
「でもおかしいわ。八幡の今の暴走が貴方への怒りに起因しているのなら、”賢者”の抑制が効いていない筈がない」
怒りがないわけではないが、それでも団長として冷静である必要があると感じているアリーゼは自分たちの知っている彼の力の一つがまるで働いていないことに疑問を呈する。
「それは違う、確かに君の言う抑制は働いているだろう。現に比企谷八幡の意思が所どころで表面化しているではないか」
「じゃあなんで...あんな動きは八幡じゃないわ」
「確かに、あれ小僧の動きではないな。奴の本来の動きは常に獲物を労わりつつ、その刃の持つ最大の殺傷力を発揮するための切り方をする。対して、今の動きは獲物への気遣いなど微塵も感じられん。相手を殺すことしか考えず、力のままに振るい続けている」
「無論だな、あれはもはや比企谷八幡の意思ではない。あの狂気は先に話した怨念たちの物だ。だからこそ、その抑制とやらが大して効いていないのだろう」
神からの恩恵を受けることができるのは、眷属の契りを交わした本人のみ。一体化しているとは言え、外付けの怨念にその効力がないのは道理だとエレボスは考察を語る。
その瞬間、視界の端で爆ぜる音と共に地響きを伴った土煙が舞い上がる。アルフィアの魔法が八幡を地面に叩き付けたのだ。その向こうでは円状に地面が窪んでいた。
『!』
先程単身暴走状態の八幡に向かっていったアルフィアが、土煙を割きながら踊るかのような動作でドレスの裾を翻し現れる。彼女が出てきたということはあの衝撃を受けたのは間違いなく八幡だということだ。
「チッ...しぶといな。いや、さすがと言っておこう。私が見込んだだけのことはある」
「八幡!」
「騒ぐな、この程度で死ぬはずがない。寧ろ...」
すると今度は噴火するかのようにクレーターの中心から土煙が舞い上がる。それを追って赤黒い炎が舞い上がり、クレーターの隙間を満たしていく。そこに立っているのはまさしく狂気に駆られた獣そのものだった。炎を身に纏い、瞳を紫に染め上げ、剣を右手に虚ろに佇むその姿はもはや皆の知る比企谷八幡ではなかった。ゆっくりと地面を砕きながら歩みを進めるその姿に、彼を知るアストレア・ファミリアの少女たちは旋律を隠せずにいた。
「もはや、言葉は通じんか...」
「グッフ....」
しかしその瞬間、八幡は真っ赤な血を吐き出しながら膝から崩れ落ちた。それも、足元に水溜まりが出来るほどの量だ。
「何...」
「お、ようやく来たか」
「エレボス、八幡に何が起きている」
「...弾ける音がした。まずいな」
エレボスは八幡の今の様子に心当たりが有るかのように言った。そして、打ち合い戦いという対話をした二人の覇者のみがその答えに予想をつけることができた。
「奴の肉体、本格的に限界だぞ...」
「当然だな、いくら神の恩恵を得ているとはいえあの出血量であんな動きをすればこうもなる。何より本来人間の肉体で働いているはずのリミッターを先程理性と共に手放してしまったのだろう...いや、もとよりそれは外されていたか...」
比企谷八幡は神へ刃を突き付けることに躊躇がない。それが本能にまで影響を及ぼすレベルの狂気あっての物だというのなら肉体へのリミッターを代理として行っているはおそらく理性だ。しかし、それさえも先程強制的に切り離されたのだとすれば肉体の無理を咎める機能はない。つまり、いくらでも無理をさせられる。
「っ!八幡止まれ!」
「八幡!」
「アリーゼ!輝夜!」
その言葉を聞き、すぐさま彼女らは駆け出した。それはまるで人々が理想とする物語のように、
「もういい、それ以上戦ったらお前が持たなくなる!」
「あとは、あとは私たちが頑張るから!」
膝を立てボロボロの腕を伸ばし再び立とうとする彼の双肩を二人の少女は抑えるように寄り添う。
しかし、それでも亡霊とそれに呑まれた少年は止まらない。二人の優しさに縋るわけにはいかない、そんなことは許されないとでもいうかのように彼は再び赤黒い炎を纏う。
「チッ!離すものか!」
「熱くなんかないわ!だって、私だって炎を使ってるもの!」
「浅いだろそれ!」
それでもなお彼女らは離さなかった。掛け替えのない仲間の命がかかっているから、自分たちを支えてくれた、愛しい鍛冶師をもう目の前で失いたくないから、二度もあんな気持ちは味わいたくないから...
「ウヴゥ!!アアアアァァ!」
「八幡!」
「クソ...私たちでは足りないというのか!」
血反吐と共に挙げられた咆哮はまるで獣のようで、その力もまた自分たちよりステータスがしたの彼の物とは思えなかった。それにより二人は吹き飛ばされ、八幡は再び血を流しながら駆け出した。自らとの戦いを望む魔女の元へ
「アァアア!!」
剣が届く範囲に入った瞬間、八幡は力のままに剣を振りぬいた。
振り抜かれた風圧で埃が舞う。しかし、切っ先に血はなく、寧ろ剣は中途半端な位置で止められていた。魔女の細腕と手先一つでピタリと止まっているのだ。
「…貴様らに用はない。失せろ、亡霊共」
「…っ?!っ?」
なぜ止められたのか疑問という感情が透けて見えるほど、目の前の獣は動揺を隠せていなかった。
燃え盛る剣をいとも容易く受け止め、暑さなどないも同然という顔をしていた。事実彼女が触れた刃のみ炎が消え去っていた。
「っん!」
「私が求めているのは、比企谷八幡であって貴様らではない。それでもなお、食い下がるというのなら...」
アルフィアの掴む力が上がり、剣がギリギリという音を立てていく。
「力づくで引きずり出してやろう」
「ッゴァ!」
開いている手で繰り出した全力の拳。その一撃で先ほどまで暴威を振るっていた獣は、鈍い金属音と共に余波に乗って地面を抉っていく。
「ウゥウ!」
止まる気配のない勢いに獣は地面に剣を突き立て逆立ちのような体制で減速していく。そのまま飛び前転の要領で中腰で構え再び突進していく。
「やはり、馬鹿の一つ覚えか...つまらん」
「クゥウウ!」
片や肩に灰色をくすぶる魔女、片や黒い羽織にその意匠を上回る赤黒い炎を纏う獣。その戦いはどちらが正義かわからないものだった。正義に属するはずの少年はまるで悪を尽くす獣のようで、悪に属するはずの魔女はその悪を討伐する魔術師のようだった。
魔女はその繊細な感覚によって獣の一撃を容易くいなし、まるで踊るように手をひらひらと翻し反撃に転じていく。少年の流した血が、舞台を赤く染めていく。
「ッウゥウ!アァアア!」
「!」
いよいよ限界で倒れるかと思ったアルフィアだったが、目の前の獣、少年の肉体を操る亡霊はそんなことでは諦めていないのかボロボロの肉体を動かし、宙へと浮き始める。開いた傷口からどろどろと血を流しながらフラフラと浮遊し、とある地点に至ると剣を天へと掲げる。彼のスキルに浮遊のようなものはない、即ちこれは精霊の抜け殻に憑りつく亡霊たちが勝手にやっているのだろう。
「何をする気なの?」
「なるほど、最後か...いいだろう、ここで仕留めてやる」
「最後...どういう」
アリーゼが疑問を呈するが、その答えは目の前の当人が示し始めた。
八幡が突き上げた剣、その刃に町中の火災が集まり始めたのだ。より具体的にするのであれば、剣を根として球を生み出していき、火災の炎が集まれば集まるほど肥大化していっているではないか。
球体大きく、さらに大きくと吸収を続けついに町の一区画を焼失させるほどの大きさにまで膨れ上がる。そんな滅びの具現を前に神々は、
「やめなさい八幡!それ以上は貴方が持たない!」
「...あれだけの自然を支配するには今の少年の状態では死を早めることになるな」
『!』
「そうか...ならば、こちらも最後にしてやろう」
「聞こえなかったか?お前の一撃を喰らおうものならそれこそ奴は終わるぞ?お前の目的は奴との果たしあいの筈それが叶わなくなるぞ」
「何を言っている。私が見込んだ男が私のはなった一撃程度で死ぬはずがなかろう」
とんだ暴論だと周りは言うが、アルフィアは知ったことかと聞く耳を持とうとしない。そして、それを黙認する乙女たちでもなかった。
「させると、思っているのか」
「八幡は私たちが止めるわ」
「...」
アルフィアの前に立ちふさがるアリーゼと輝夜、抜刀を構え実力の差を自覚しながらも向かって行く姿勢を崩そうとしない。
あぁ、なんて冒険者らしい。
アルフィアは嘗ての私たちもこう見えていたのかと感慨にふける。しかし、今この状況でそんな追憶は邪魔でしかないと、アルフィアは自らに課した縛りを一時的に解く。
『!』
「退け、貴様らごときでは奴には届かん。寧ろ、その程度の覚悟であの男を止めようなど烏滸がましいというものだ」
目の前の魔女が纏う圧が一段階...いや、そんなものではない数十段階と言えるほど上がった。一体何をしたというんだ!その圧が自分に向けられていると自覚した頃には、もはや指一本動かすことすらできなかった。
ただ、横を過ぎ去っていく彼女を視線で追うことしかできなかった。
「アァアアアアアア!」
町中の炎を集めた球体はただ一人アルフィアに対して放たれた。先ほどのザルドにはなった一撃とは打って変わった何の小細工もない力をぶつけるだけの物、これにアルフィアは舐められたものだなと口角を一部釣り上げる。そして、彼女は言い放つ。
「見ていろ。これが...英雄の作法だ」
『!』
『福音...サタナス・ヴェーリオン!』
天を劈く音がその場を支配する。魔女の発したその一言に準じるかのように天より降り注ぐ炎球にはまるで空気が矢となりいたかのように穴が開き消失させ、その先で振り抜かれている剣を折り、少年の眉間へと衝突した。剣の破片が舞う中、少年は霧散して行く炎から吐き出されるように落下していく。
その様を見たアリーゼはまるで金縛りから解かれたかのように動き出し、弾かれるように彼の元へ走っていった。
「八幡!」
少年は落ちていく、意識がなく、生きる力も尽きかけ、指一つ動かない中で、今度こそ死を自覚することなく、折れた自らの誓いの剣と共にただ無力に落ちていく...
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どうも、大変お久しぶりです。遅れたこと、そして連絡一つなかったこと大変申し訳ございません。新生活というより大学特有の日によって起きる時間が違うというシステムになれるのに一か月、そして迫る仮免試験に備えるのにさらに一か月かかりここまで時間が空いてしまいました。大変申し訳ない。
何より時間なさ過ぎて、モチベを補給する暇もなかったので...けして!友達とバディファイトに耽っていたわけではない。けして、
さて、いよいよ。というよりようやく本家で言う第一章『邪悪胎動』が終わりそうですね。次次第になりますけど。次回は乗っ取られてる時の八幡視点をちょっとやって、続きに行きたいと思っています。待たせといてこれだけかよ!と思ったそこの皆さん!大丈夫今週中にもっかい投稿できると思うので、期待しないで待っていてください!期待されると、心臓に悪いので...
コメント、いいね等いただけると幸いです。皆様のコメント大変励みになりモチベの一つとなんているのでよろしくお願いします。それではまた次の機会で、おやすみなさい。