LNCrawler

第1章 八節

天秤の騎士は、己が正義を成し続ける — www.pixiv.net · All chapters

第1章 八節

耳元で聞くはずのない声が響き、炎に包まれたあの瞬間、渦が俺の身を包み意識が肉体から弾かれた。弾かれた俺は、地面に吸い込まれるように倒れていき目の前の鈍色の空が黒いガラスが下から覆いつくすようにのように包んでいく。まるで夜の帳が完成していくような光景と共に意識が地面に吸い込まれていく、それと同時に頭から水に落ちたかのような感覚に包まれる。冷たくて、深い、そんな中を任せるように沈んでいく。でも、何故だろう?心地よくて眠れてしまう...

どれほど時間がたっただろう?俺はいつ目覚めたのか?俺は目覚めているのか?そもそもここは何処だ?何も見えないし、声を発しても響かない。辺りを見渡しても暗いだけ、感じられるものと言えばまるで水の中にいるかのように無重力で、だというのに息はできる。なるほど、道理で声が響かないしまともに音が聞こえないわけだ。

水を吸ったのか羽織が重たくて動く気にもなれない、どんどん下に沈んでいく、けれど水圧が上がる感覚も底に近づいている気配もない。まるでここは閉じ込めておくためだけの空間、底のない奈落のようだ。快も不快も、苦労も楽もない。ただ、俺は水の中に漂っているだけ。外がどんな状況なのか、俺は今どんな状況に置かれているのかも分からない。檻というには物騒すぎるし、籠というには暗すぎる。強いて言えば金魚を飼うための鉢のようなものだろうか?しかし、それにしては底も見えないし暗いのもあってか端も見えない。

その時だった...

「(剣戟が聞こえる...)」

水の中で音が響くはずはない。だというのに耳元で響いているかのようにはっきりと聞こえる。誰が...というかどこで、という考えと同時に、朧気だった八幡の意識が一気に覚醒する。

「(...戦っているのは、俺か?)」

俺はというのは可笑しな話だ。現在、比企谷八幡の意識は此処にある。だが、意識ははっきりとしているが八幡は指一本動かすことができないほど疲弊しているのが現状だ。体力もなく、精神もズタボロ。いわば満身創痍と言える状態だ。だというのに、彼は戦っているのが自分であると確信できた。その理由はただ一つ。

「(結一...)」

自身の有している二本の託された誓いの武器、そのうちの一本である結一がないのだ。何よりこの空気を切る音を自分が間違えるはずがない。何度も聞いて、何度も切ってきた。だからこそ分かる、これは結一だ。

「(雪厳!...は、ある)」

しかし、何故結一だけ...

というか、俺乗っ取られたのか?

「(いよいよ痺れを切らして化けて出てきたか...いや、元々憑りつかれてた感じか)」

おそらく、あの日から化けて俺に憑いてたんだろうな。じゃなきゃ、こんなタイミングで出てくるはずがない。まぁ、薄々気づいてはいたが。それにしたって

「(なんでこのタイミングなんだよ...)」

俺は何故か、あの時静寂の魔女、アルフィアと心の底から戦いたくないと思った。それが何故かは知らない。が、彼ら彼女らが出てきた理由は分かる。それは、俺が復讐の誓いを違えようとしたからだろう。

俺は彼らの墓前、そして自分の主神に宣言した。悪に属するものを残らず駆逐すると。ただ理不尽にその力を振るい、奪い、蹂躙する奴らを根絶やしにしてみせると、俺はたった今その誓いに背こうとした。目の前の魔女は自分を悪であると称したというのに、俺は彼女に剣を向けることが出来なかった。それが背信行為であると判断されたんだろう。だからこそ、俺の憎しみ、復讐の引き金である彼らが俺の内側から裏返った。推理してみれば簡単なものだった。誓いを果たせないなら俺が果たしてやる、彼らはそう言って俺の体を使っているのだろう。だが、道理に適っている。

「(やめろ...結一はそうやって使うんじゃない)」

だとしても、一つ許せないことがある。

「(それは由比ヶ浜の武器だ。だから、そんなに雑に使わないでくれ)」

聞こえてくる空気を切る音はその斬新に地面を砕く音が混ざっている。つまり、振るうたびに力任せなのか地面に叩き付けているようだ。もはやそれは剣を振るっているのではなく、剣に振るわれているようだった。

少年の顔が苦痛を感じるように歪む。水中に漂い、身動きも取れず、口すら開かない身だが、心は叫び続ける。剣から聞こえるミシミシという音が、彼には叫びのように聞こえた。だからこそ、彼の心は振るえる。

「っ!」

そして、その地獄を味わうこと数分。それまでで最も大きな音が、燃え上がる炎の音と共に耳に響く。まるで、剣の刀身に対して強力な圧力がかかっているような、ミシミシという音がギリギリという音に代わっていく。金属が軋み限界を表す音に八幡は何とか腕を動かすことしかできない。しかし、何も変わらない。叫んだところで聞こえはしないし、ましてや叫ぶこともできない。今の彼は...無力だ。

閉じられた空間、あちらの状況のみが一方的に音として伝わるこの空間で己が無力を嚙み締める中、その言葉は外側から救いのように響き渡る。

『福音...サタナス・ヴェーリオン!』

少年の耳に響いた魔女の一声。

しかし、そのたった一声は鳥籠を崩壊させる。

向こうの見えない暗い空間がひび割れ、外からの鈍い光が漏れ出る。だが、少年の目を奪ったのはそれではなかった。崩壊していく空間の中大きく割れた空間の穴から、どこか悲しげな表情で両手を伸ばす見覚えのある少女。水が引き、重力に引かれるがままゆっくりと落ちていく少年は、その少女へと手を伸ばし、あの日約束した彼女の名前を呼ぶ。

「結ヶ...浜!」

その名前を呼んだ次の瞬間には視界が真っ白に染まり、収まった頃には景色は一変していた。背に受ける風は加速していき、空中から落ちているのだと自覚する。同時にここが現実である事を認識させる。

だが、伸ばしていた腕の先には、彼女の姿はなく、代わりに自分と同じく力なく落ちる彼女の形見の姿があった。

そうか、負けたのか...

しかし、剣が折れたという痛みと同じく少年の胸には何故か、安堵があった。八幡が目覚めたということは亡霊たちは敗れたということだ、それは逆説的にアルフィアが勝ったということになる。

「こんなに簡単に引きずり出されるとか俺の体、簡単すぎるだろ...」

安堵し、動かない体が地面に近づいていく。情けないことにもはや指一つ動かすことができない。落ちて行く体が自然と地面に向きこのままでは顔面から突っ込むというとき、落下点にいる人物の顔が映る。

「そんな顔、するなよ。団長...お前がそんな顔じゃ、皆が...不安に、」

言葉の途中で八幡は事切れ肉体の限界に意識を奪われる。元より残っていた疲労と失血、そして追加された肉体、正確には平衡感覚へのダメージと全身への打撃による物だ。瞳を閉じ、そんな様子を彼の友であり、彼を想うアリーゼは手を伸ばしながら落ちて行く彼へと向かう。冒険者の力を持ってすれば彼を受け止めることなど容易いだろう。けれど…

「八幡!」

けれど、彼女の力では彼を救えない。傷も塞げないし、血だって戻してやれない。出来ることは急いで、本部へ、彼の決して浅くない傷を治すために急いで!

どれだけ動揺していようと、アリーゼ・ローヴェルは冷静だった。八幡の体を受け止めると、同じく落ちてきた刀身の折れた剣の柄を拾い、撤退の意を同じくこの場に居合わせた輝夜に伝える。

「輝夜!」

「っ!」

救出をアリーゼに任せた輝夜は、アストレアの護衛と共に撤退の準備をしようとしていた。しかし、失念していた訳では無いが、この場から逃れる事が難しいであろう要因がまだ残っていた。

この抗争の主犯、頭目である邪神エレボス、そしてそれに付き従う暴食と静寂2人の不条理。恐らく私一人の命でも支払いきれない。しかし、ここは意地でも…

「構わん、失せろ。小娘共」

「…何?」

逃がすというのか?奴らの障害になり得るであろう八幡を?

輝夜は抜刀の構えを解かず、柄に手を掛けたまま、アルフィアと見合う。

「貴様らでは相手にならん...私の相手は本来の八幡でなければ務まらない。故に、連れて失せろ」

「くっ!」

目の前の魔女は瞳を閉じたまま、まるで気にしていないとでも言うかのように輝夜に背を向け言い放つ。その様子に対し輝夜は、まるで自分たちは弱すぎて瞳に写す価値すらないと言われている様で悔しかった。だが、輝夜は己のプライドを殺し歯を嚙み締めながらアストレアを抱えアリーゼに続く。自分たちが果たすべき悪に背を向けての敗走、それは彼女にとってこれ以上ないほどの苦痛だった。

「(私は...無力だ!あれだけの戦いを前に私は奴に隣に並ぶことすらできない。私が弱いから!)」

「...輝夜」

そんな輝夜の様子を汲み取ってかアストレアは心配の声をかける。しかし、輝夜は苦渋の表情を崩さず自分の胸にある無念を吐き出す。

「アストレア様。私は私が情けない...」

「そうね...私も今日ほど無力を悔いた日はないわ」

神は地上で力を使えない。使えは不正と見なされ天界へと戻される。それは即ちこの盤面においてアストレア・ファミリアの全滅を意味する。そうでなくとも、アストレアは彼女の矜持から秩序を犯すことはしない。しかし、それが今神である彼女を苦しめている。

「あの子があれだけ傷ついているのに私は何もしてあげられない」

神ですら無力を感じるほど少年の全ては凄惨だった、憎しみを悪神によって植え付けられ、作られた英雄候補へと担ぎ上げられ、最終的に悪の繁栄を引き立てるために獣へと落とされ、挙句都市を絶望させるための生贄にされる。

「駄目!駄目よ八幡!もう少し耐えて!」

『!』

アリーゼは両手に抱えている彼の肉体が熱を失っていくのをその身で感じていた。そこで彼女は気づく、彼の血が止まっていることに。それはつまり、血が体に行き渡っていないということだ。顔に生気はなく、血色が死体のように悪い、嫌な予感が頭を過ぎりアリーゼは焦り、叫びだしそうになる衝動を抑え、治療のために本部へ急ぐ。あそこにはディアンアケヒトの聖女がいる。彼女ならきっと直してくれる。そうでなくても輸血用の血だってあるはずだ。だから...だから!

「速く!速く!!」

だが、どれだけ不安を押さえつけようとも目の前にあるという時点で意識せざるを得ないのだ。その表情は今にも泣きそうな少女の顔だった、大切なものを壊された、今の自分が若わない迷子、そういった表現が合致する一人の少女、それが今のアリーゼ・ローヴェルを体現する言葉と言えるだろう。そうして、正義を成す少女は戦火の中を駆ける、討ち果たすべき悪に背を向け情けなく敗走し、背負わせてしまった一人を抱えて、荒れ果てた退路を辿る。

その夜、都市は見るも無惨な有様となった。残ったものより失ったものが多く、自分たちが愛した町が灰となり、大切な人が大切な場所が蹂躙されたことは、住民達の心と体に大きな傷を与える。しかし、それ以上に衝撃を与えたのはこの人災を引き起こした者たちの中に嘗てこの町で栄華を極めた二つの最強、自分たちの英雄がこの惨状を引き起こしたことが住民たちの波紋を呼んだ。

何しろ、過去に二つの派閥をこの町から排斥したのは他ならぬ現最強派閥であるフレイヤ・ファミリアそして彼らと勢力を二分するロキ・ファミリアだからだ。事情を知らない住民たちからすれば、その報復であると考えるだろう。

そして、それを容認したとされるギルドにもその余波が降りかかる。抱え込んでいる住民たちは亡くなった者たちの仇とばかりに睨みつけ中には全てを彼らのせいにして身を投げようとするものまでいた。

「ここでツケがかえって来るか」

「そのツケがここまで大きくなるとは思っていなかったが。ロイマン、神フレイヤはなんと?」

「責任は割り勘ね、だそうだ...まったく何を呑気なことを」

「色ボケがこんなんで降りてくるほうが不気味や」

この状況において、ここまで大々的に動いているのは医療系と商業系、そして僕たち冒険者ファミリアだ。その中でもここまで甘んじてきた武闘派のほとんどが打撃を受けている。それは僕たちロキ・ファミリアも例外ではない、現状まともに動ける上級冒険者は僕だけだ。だが、今動くわけにはいかない。

「あん坊主が虫の息やなかったらこっからワンチャンもあったんやろうけど...」

「あぁ、八幡が動けない今、人海戦術を強いられている。だと言うのに、圧倒的に人員が足りていない。アリーゼたちが動いてくれているが、今の彼女たちの精神状態では...」

八幡を失いかけている彼女たちの精神状態ではまともな戦闘が期待できない。何より、目の前で失われ続ける光景は齢十代の彼女たちには堪えたはずだ。寧ろ、今救助に出ていることを称賛したいくらいだ。

「ロキ」

「アストレア。坊主はもういいんか?」

「えぇ...ただ」

手前の天幕から姿を見せたのは渦中のファミリアの主神アストレアだった。その表情はにこやかだが、どこか淀みがあるように見合えたのは僕だけじゃない筈だ。そして、それは今本人の口から語られることとなる。

「ディアンアケヒトとミアハによると、生きてるほうがおかしいくらいだって」

「ほんま空気の読めん爺やな、ほんで?生きとるなら儲けもんやろ、少なくともこの抗争終わるころには目ぇ覚めるんとちゃうん?」

「...現状見込みがないそうよ」

『っ!』

ロキの隣に座ったアストレアは所々に赤い血の擦り跡を覗かせながら自身の膝の上で拳を強く握った。ここに来るまで多くの子供を救った、それはロキとて同じだ。しかし、まともに動けないとはいえ致命傷を受けていないロキ・ファミリアと現状いつ死んでもおかしくない人物がいるアストレア・ファミリアでは突き刺さっている刃の深さが違う。

ロキはこの瞬間自分を心の底から恥じた、ディアンアケヒトに空気が読めないといったがそれはどうやら自分も同じだったようだ。

「今、辛うじて生きてるのは多分精霊が諦めていないからだろうって…その動機がどうであれあの精霊の抜け殻は八幡を何とか生かし続けている」

「あぁ?精霊の抜け殻?なんのこっちゃ?」

「...エレボスが言ったのよ」

切り出したアストレアは、戦火の中心にてエレボスが語った比企谷八幡が復讐の鬼となった顛末をロキ、そしてフィンに語った。その話を聞いても二人は終始、表情を崩さなかった。揃って、考察するかの如く聞いた情報をかみ砕き精査し、アストレアが話し終えると同時に、その考察を語り始める。

「そうか、あんアホが坊主にとっての黒幕やったか」

「あぁ、だがそれ以上に気になることがあった」

「せやな。その精霊がどこの誰かや」

「そうね...神に昇華したってことはよっぽど強力な精霊の筈、なら極東の英雄譚を片っ端から漁れば見つかるかしら?」

英雄譚や精霊の逸話は世界各地に散らばり伝わっている。それは口伝や唄、書物や文化の一部として語り部や詩人が伝えて行っている。

「極東の詩人となると...」

「少ない。僕もその方面には詳しくはありません」

「しっかし、うちの予想は外れたなぁ。てっきりアヌんのことの泥人形や思うとったんやけど?」

「えぇ、私もそう思ってたわ。けど、自然を愛していた彼があんな炎を使うはずがない。何より、黒竜に破壊されたはずよ」

「?」

「あぁ、すまん。フィンはアヌんこと知らんかったな」

知らない神の名前と共に聞きなれない単語、泥人形とは何のことだ?

「大昔、それも英雄神話の時代の手前。原初の英雄が出航を宣言する数十年くらい前。うちらは天界のゴタゴタとは別に黒竜の対処に追われとった。けど手が足りんかったから、裏で大神やら主神やらが精霊を作って地上におろしたんや」

「その中で私たちとは違う故郷の最高神、アヌは地上の泥を使って兵器とも呼べる精霊を作ったの」

「精霊で兵器?」

「その名を、”エンキドゥ”」

「!」

その名は比企谷八幡が操る鎖の魔法と同じだった。確か、彼が冒険者になって最初に覚えた魔法がそれだと聞いた、あの子の風と同じだというのなら、二人がそう予想したのも頷ける。

「彼は、土から生まれ、それを操りあらゆる武器や鎖の形を作り。穴から這い出るモンスターを蹂躙し、愛した自然と人々を守り続けた。天の鎖はそれを見た天界の神々がつけた異名よ」

「あれに並べるんは、それこそ天の炎、エピメテウスぐらいやった。何よりアヌがアホやったんわ神聖特攻までつけよった事や」

「あのエピメテウスだと!…いや、それだけ聞けばずいぶん強力な精霊のように聞こえるが?」

「けぇど、黒竜には届かんかった。あん黒竜はうちらにとっても埒外やったっちゅう訳や、神でも縛る鎖を引きちぎりよったんやからな」

腕を組みながら、忌々しげに語る。話を聞くに神聖特攻と言うのは神でも逃れることが出来ない特性のことのようだ。それすら破壊するとは、やはり黒竜は桁違いか、

「でも、論点はそこじゃない。気づいてると思うけど、八幡の魔法の名前と彼の名前が同じなの。知っての通り、魔法とスキル、というよりも神の恩恵はその子供の心を写すものよ。勿論憧れもね...」

「では八幡はその精霊を知って」

「いいえ、知っての通り英雄神話以前の記録は数えるほどしかないわ。ヘルメスなら何処からか聞いているでしょうけど広くは広めていないはず当然、八幡はエンキドゥを知らない。だというのに魔法に表れているから私も目を疑ったわ、知らない筈の精霊の名前が出ているんだもの」

確かに不自然だ、心境がスキルに影響するというのなら知らないものの名前が出るというのもおかしい。

「だが違ったんだろう?神エレボスの話では、彼に宿った精霊は自然発生したものだそうじゃないか」

「あぁ、そこでうちはこう考えた」

「何?」

「エレボスの言うことを鵜呑みにするつもりとちゃうけど、元々坊主には精霊と一体化できるだけの素質があったんとちゃうか?」

「精霊と一体化できる素質?」

「そうね。それならあの子が天の鎖を使える理由には納得が行く。何より元々備わっていたとしか考えられないもの」

神々の会話が独り歩きし、さしものフィンでも噛み砕くのに時間がかかる。

「団長!」

「ラウルか...今行く!すまない、八幡についての考察は任せる」

「おぉ、行ってきぃ」

息抜きというには状況が状況だが、少なくとも息の詰まった状況の中でさらに理解不能な会話を聞くより彼の領分をめいっぱい生かすほうがいいと考えた。その為、この考察会にフィンはいないほうが良い思いフィンが席を外すことを良しとしたのだ。

その間を見計らってか、アストレアはカーテンの隙間から除く八幡の顔を見やる。

「...八幡」

今はただ祈ることしかできない、あわよくばもう一度話したい。彼がどんな正義を掲げるのか、彼がなくした正義や夢はどんなものなのか、アストレアもまた下界に魅入られ地上の子供の可能性に好奇の目を向ける神の一人だった。しかし、神々の思惑など知らないとでもいう子供を何人も見ている彼女は、その可能性が報われることをただ望むのだった。

「...っ?」

何処からか聞こえた自分を呼ぶ声に、少年は瞼を開ける。光の弱い場所なのか、目が眩む不快感は一切感じない。見渡してみると、そこは何とも不思議な空間だった。先ほどとは違い、足がついていることから地面はあるのかと思えば、自分がたっているのは水面の上だった。少し動いて着せると水面が動いて波が立つ、どうやらしっかり水面らしい。

「えぇ...嘘ん...」

しかし、それ以上に八幡を驚愕させたのは、自分の足元を確認する際に必ず目に映る自分の足が、地面に触れている部分から若干透けているのだ。これは、明らかに...

「俺...死んだか?」

それにしては死神に連れてかれる気配も、天使のお迎えもない。まぁ、あんな雑な死に方すれば誰も迎えに来るわけないか...あれ?俺どうやって死んだんだ?

『あら~、あなたはまだ死んでないわよ~?』

「!」

透けた足を見ながら、死因を思い出そうとしていると、自分の進路の先から、酒でも飲んでるのかと思うほど機嫌よさげな間延びした声が聞こえてくる。警戒心から勢いよく真正面を向き、片足を下げ視線を向ける。するとそこには、先ほどまではなかった立派な御社がこれまた大きな鳥居と共に表れているではないか。その奥にいる誰かが話しかけたのだろうが、反射的に腰のほうに手を構えてしまう...が、

「無いし、ん?何がないんだ?てか、俺は何の構えを?」

自分が今なぜ動いて、何を構えようとしたのか分からない。まるで、俺の警戒心に反応して体が反射的に動いたようにも思えるが、俺はいったいここに来るまで何をして死んだんだ?

『あら~、随分忘れちゃってるわね。そりゃ、円環の輪の近くだし、普通の人間が来ちゃったらどんどん浄化されて忘れちゃうわよねぇ~。まぁ必要なことは覚えてるみたいだし、伊達に私の抜け殻を取り込んだわけじゃなさそうねぇ♪さっすが私ぃ♪』

「?」

『ほら、そんなに警戒してないで社に入ってきなさいな。ほらはやく、は~や~く~』

「は、はい...」

このままでは埒が明かないと八幡は渋々といった形で鳥居を抜け、参道を歩く。その脇には神秘的に薄く光る満開の桜が咲き誇っている。...水の上を歩けることの水が土扱いなことはここでは常識のようだ。

桜に見惚れながらも参道を進み、ようやく本殿に辿り着く、御社の様子は所々に金の意匠が見られ、自分の腹の二倍はあるであろうしめ縄それに付属する四手の多さ、それらの大きさから住んでいる神仏の威光の大きさが感じられる。

『私が動くと付いてくるのよ、これ。あ!でも私がすごいっていうのは正解♪』

相も変わらずご機嫌な声が聞こえるが、どうやら目の前の扉の向こうにいるようだ。

八幡は社の扉を開け、薄い照明の中を進んでいく。すると奥、水鏡の手前で大きな座布団に座り脇息を付きながら盃で酒をかっ食らう峰麗しい美女の姿があった。乳房はアストレア様と並ぶかそれ以上で、帯が緩いのか着物の隙間から見事な谷が見えている。男の欲を詰め込んだそれに一瞬目を奪われるが、それ以上に目を奪われるのがその四本の角と天女を思わせる神秘的な羽衣。特に角だ、村長が言ってた四本は不味いって。そして、それらを総括して導き出される結論は一つ、この人は鬼であり人、もしくは神なのではと。

予想だが故郷でいつだったか聞かされた鬼神様という奴だろう。鬼神様は俺に視線を向けると頭からつま先までを舐めるように見渡す。その後に一言。

「イケメンかと思ってたけど眼だけは残念ね。その分魂はおいしそうだけど。フフ!」

「...そりゃ悪かったな。それであんたが俺を呼んだのか?」

人間に近い形をしてはいるが、角が生えてる時点で人ではない。それでも意思疎通が出来る時点でモンスターでもないことは確かだ。何より、最初抱いていたはずの警戒心が抜けている。どうやらあちらは俺のことを知っているようだが、それが関係しているのか?

「そうね、貴方に生きてほしいっていう人がいて、私にも多少責任はあるっぽいから助けたの、態々ちょっとだけ下りてきてあげたのよ感謝してね?それで、知ってると思うけど、貴方は今死にかけてるのよ。足透けてるでしょ?」

目の前の鬼は俺の足元を”ほら”と言って指をさす。知ってはいたが俺の足はしっかり透けている。

「誰がそんなことを願ってくれたんだ?」

「あら、心当たりの一つでもないの?仲間だとか、家族だとか...恋人、だとかね」

八幡はその質問に眉を顰め、考え込む。

だが、思い当たらない、というより思い出せないのほうが正しいかもしれない。そのどれも意味としては知っている。知っているが、それに当てはまっていたかもしれない人物たちの顔と名前が霞がかっているかのように思い出せない。

「すまない、分からない...」

「...そう、辛うじて残っているのは常識と意味記憶だけのようね。さて、どうしようかしら」

そういい目の前の鬼神は考えるように口元に指をあてる。俺は、誰がそれを願ってくれたのかを必死に心当たりを思い出そうとするが、人の顔は見えなくなっていく一方で指先すら触れることができない。誰が、俺を求めてくれた。誰が俺に生きて欲しいと願ってくれたのか、今はただそれだけが気になった。

焦土と化した街中、夜の照明すら疎らな中で忙しなく動き回る少女たちがいた。煤けた装備を鳴らしながら、瓦礫を退かし、敵の残党を切っては救える命に手を伸ばす。人々は感謝するだろう。人々は讃えるだろう。だが、それは彼女たちにとっては気休めにしかならないだろう。

同じ冒険者、彼女らを知る同志たちはこう言うだろう、「救いを求めているのは、彼女たちのようだと」

「マリュー達はこの子をお願い、他の子は私と一緒に南に向かいます」

「おい団長」

「何?」

現場の救助を終え、次の支持を出す団長に、どこか違和感を感じたライラはただでは気づかないだろうと、アリーゼの肩を掴む。

「大丈夫か?」

その言葉は彼女の心を揺さぶり、その表情は今にも泣きそうな物に変わろうとした。だが、歪んだ口元を何とか閉じ溢れようとする感情を呑みこむ。大丈夫じゃない、今すぐ泣き出したい気持ちはある。でも、私は団長だから、ここで泣き言をいう訳にも、弱音を吐くわけにもいかない。だから、

「うん、大丈夫!どんなに都市が暗くても、私が美しいのは変わらないのです!バチコーン☆!」

「...いつものキレがねぇぜ団長」

「そう?」

大丈夫、私たちは間に合ったはずだ。彼はきっと帰ってくる。だから、私は気丈でも立ち続ける。彼が信じてくれたから。

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どうも、中途半端な夏風邪引いて。休むに休めず学校生き続けたら。ボドボドになってた男、どうも亀投稿者です。イメージはあっても表現に納得がいかず。そのせいで一週間ちょいかかりました。三週間経つ前に更新できてよかったです。

まぁ、ダンメモ6周年のほうが早かったですけど...

ピックアップ第二段に期待したいところですが、今年の周年はベルレフィ要素が期待できそうなので頑張って石を集めようと思います。頻度は...申し訳ないですが。この亀ペースになりそうです、すみません。

コメント、いいね等大変励みになります。それが誤字の指摘であっても飛ぶように喜びますのでよろしくお願いします。それではまた次でお会いましょう。お休みなさい~