LNCrawler

パーフェクトスイート 第12話

完璧上司と御曹司の部下 — www.pixiv.net · All chapters

パーフェクトスイート 第12話

第12話:甘いご褒美と、これから(最終回)

​ 大型プロジェクトの最終プレゼンが無事に承認され、企画開発部はこれまでにないほどの歓喜と達成感に包まれた。

その後、チーム全員での盛大な打ち上げが行われ、笑い声の絶えない宴がお開きになったのは、日付が変わる少し前だった。

興奮冷めやらぬまま、明日の準備と少しの残務処理のために、正宗とアレンの二人だけが、静まり返ったオフィスへと戻ってきていた。

​ 日中の喧騒が嘘のように静まり返ったフロア。消灯されたエリアが多く、二人のデスク周辺だけが、明るさを落とした光に包まれている。

​「はぁ……流石に少し疲れたな。だが、最高の気分だ」

​ 正宗は自席に深く腰掛けると、ふうっと長く、心地よい息を吐き出した。

完璧に着こなしていたスーツのジャケットを脱ぎ、緩ネクタイを緩める。少し酒が入っていることもあり、その表情はいつもの張り詰めた係長のものではなく、ひどく無防備で、とろけるように柔らかいものだった。

​「本当にお疲れ様でした、正宗さん。……はい、これ」

​ アレンが給湯室から戻ってくると、正宗のデスクに温かいブラックコーヒーと、リボンがかけられた小さな白い箱をコトリと置いた。

​「ん?これは……」

「プレゼン大成功の、ボクからのご褒美です。開けてみてください」

​ アレンが促すと、正宗は期待に目を輝かせながら、丁寧にリボンをほどき、箱の蓋を開けた。

中に入っていたのは、海外でも有名な高級パティスリーの、特製ショコラケーキだった。艶やかなグラサージュ・ショコラが鏡のように光を反射し、金箔があしらわれたその姿は、まるで夜空に輝く宝石のような一品だ。

​「なっ……これ、どうしたんだ!?この店の三号のホールケーキなんて、数ヶ月待ちで予約すら困難なはずじゃ……」

「ふふっ。実は本国にいる頃からここのシェフと知り合いで。今日のために、特別に作ってもらったんです。絶対にプレゼン成功させて、うちの最高の上司と一緒に食べるからって」

「アレン……お前ってやつは……」

​ 正宗の顔が、あっという間に嬉しさでデレデレにとろけ始める。

普段は冷静沈着な男が、ケーキ一つでここまで表情を崩すのだ。フォークを受け取り、ケーキを一口頬張った瞬間。幸せそうに目を細め、口元を綻ばせるその顔は、アレンが世界で一番大好きな「正宗の素顔」だった。

​「……んんっ、美味い。カカオの香りが濃厚なのにくどくない。絶品だ」

「よかった。たくさん食べてくださいね。……でも、ボクはこっちの方が美味しそうですけど」

​ アレンはデスクに腰を預けるようにして身を乗り出すと、夢中でケーキを頬張る正宗の唇の端についたチョコレートクリームを、親指の腹でそっと拭い取った。

そして、その指を自らの舌でペロリと舐めとる。

​「あっ……」

​ それは、まだ二人の距離が遠かった頃。残業中のオフィスで、マドレーヌの欠片を舐め取られたあの夜と全く同じ、色気を孕んだ仕草だった。

正宗がビクッと肩を揺らして固まると、アレンはそのままゆっくりと手を伸ばし、正宗の緩んだネクタイの結び目に指をかけた。

​「正宗さん」

​ 低く、甘く呼ばれる。

ネクタイを引かれ、至近距離で見つめ合う。アレンのその真っ直ぐで熱を帯びた瞳は、正宗が初めて資料室で壁に押し付けられ、有無を言わさぬ圧で迫られた時の、あの鮮烈な記憶をはっきりと呼び起こした。

あの時は反発し、逃げ出すことしかできなかった。けれど今は違う。この熱が、自分だけに向けられた揺るぎない愛情だと知っている。

​「……っ、お前は本当に……隙あらば、そうやって……」

​ 顔を真っ赤にして、抗議しようとした正宗の言葉は。

アレンの重なる唇によって、甘く、完全に塞がれた。

​「んっ……ぁ、」

​ 濃厚なカカオの香りと、コーヒーのほろ苦さが、二人の舌の上で溶け合う。

アレンの手が、正宗の緩んでいたネクタイを完全にほどき、そのままシャツのボタンをいくつか外して、熱い素肌へと直接滑り込んだ。

​「うわっ……!?」

「正宗さん……好きです」

​ 熱を帯びたアレンの唇が、正宗の首筋から鎖骨へと吸い付くように這っていく。

シャツの隙間から入り込んだ大きな手が、正宗の胸元を優しく、けれど確かな独占欲を持って撫で上げ、敏感な突起を親指でそっと弾いた。

​「あっ……アレンッ……い、やだ……」

「どうしてですか?ここ、正直ですよ」

「ぁっ、んん……っ、ちが、……」

​ アレンの愛撫に翻弄され、正宗の涼しげな瞳はすでに潤みきっている。

誰もいないとはいえ、ここはオフィスだ。快感に震える身体を必死に抑え込もうと、正宗はアレンの広い肩を弱々しく押し返した。

​「だめだ……やめろ……っ」

「嫌ですか?」

「そうじゃなくて……っ」

​ 正宗は顔を限界まで真っ赤にして、消え入るような声でぽつりと呟いた。

​「……だって……思い出すだろう……」

「え?」

「こんな、毎日仕事をする場所でシてしまったら……明日からデスクに座るたびに、今日のことを思い出して……恥ずかしくて、仕事にならないじゃないか……っ」

​ 涙目で、本気で困ったようにそう訴える正宗。

三十八歳の、普段は厳格で隙のない係長の口から飛び出した、あまりにもピュアで、破壊力抜群の拒絶の理由。

​ ——ズギュンッ。

アレンの心臓が、限界を突破して大きな音を立てた。

​(……なんだこの人。可愛すぎるだろ、マジで!!)

​ これ以上煽られたら、本当に理性を保つのは不可能だ。アレンは深く息を吸い込むと、正宗の身体を壊れないように、けれど逃がさないように、ギュッと力強く抱きしめた。

​「ちょっ、アレン……!?」

「あーもう、あなたは本当に可愛い!ズルいです、正宗さん。……ボクの理性を吹き飛ばす天才だ」

「な、なにが……っ」

「分かりました。あなたの仕事への支障は本意じゃない。……今日はここで我慢します」

​ アレンは正宗の額にチュッと短いキスを落とすと、その耳元で甘く、縋るように囁いた。

​「……じゃあ、続きはボクの部屋で、朝までたっぷりとご褒美あげますから……ね?正宗さん」

​ 低く響くその声にはもう、部下と上司の垣根も、計算高い御曹司の仮面もない。ただ、愛する恋人を求めてやまない、一人の男の真っ直ぐな熱い情動だけがあった。

正宗はもう抵抗することをやめ、ゆっくりと目を伏せた。

そして、返事をする代わりに、その熱いアレンの胸の中に、すり寄るようにコトンと顔を埋めた。

​「……ふふっ」

​ 素直になった恋人の愛らしい仕草に、アレンは心底幸せそうに笑い、正宗の頭を優しく撫でた。

窓の外には、眠らない都会の夜景が美しく瞬いている。

数々のすれ違いを乗り越えて、最強のビジネスパートナーであり、最高の恋人となった二人。

明日からもこのオフィスで、完璧な係長と有能な部下としての、忙しくも充実した日常が始まる。

しかし、二人の間に流れる甘く強固な絆を、もう誰も引き裂くことはできないだろう。

​「さあ、帰りましょうか、正宗さん」

「ああ、アレン」

​ アレンは愛しい恋人を連れて帰るため、彼を優しくエスコートしながら、静かなオフィスを後にした。

パーフェクトスイート

【完】

2026.10.18