パーフェクトスイート エピローグ
パーフェクトスイート エピローグ
エピローグ:御曹司の決断と、変わらない日常
新規ラウンジプロジェクトの大成功と、あの大雨の夜から数週間後。
企画開発部のフロアは相変わらずの忙しさに包まれていたが、アレンと正宗の間に流れる空気は、以前よりもずっと穏やかで、甘いものに変わっていた。
そしてプライベートでも、大きな変化が起きていた。
アレンは都心に高級タワーマンションを借りているはずなのだが、「正宗さんの部屋で正宗さんの生活を支える!」などと言い訳を並べ立て、いつの間にか正宗の1LDKのマンションにほとんど入り浸るようになっていたのだ。
正宗は「たまには自分の家に帰れ」と呆れながらも、本気で追い出すことはせず、結果として二人は『半ば同棲状態』となっていた。
その日の夜。
残業を終えて帰宅した正宗がバスルームでシャワーを浴びている間、リビングのソファでくつろいでいたアレンは、タブレットを片手に本国の父親——クロード・ミスミとオンライン通話を繋いでいた。
『——つまり、あの羽柴という男は引き抜けない、と?』
画面越しの父親の低い声に、アレンは英語で涼しい顔をして応えた。
「引き抜けないんじゃない。引き抜く『べきではない』んだ。彼は確かに最高の人材だが、日本独自のマーケット感覚と人脈があってこそ最も輝く。本国に連れ帰るより、日本支社の要として置くべきだ」
『なるほど。一理ある。……だが、それならお前が日本に残る理由はないだろう』
「あるさ。彼を確実に我がグループに繋ぎ止めるための『パイプ役』が必要だ。ボクがこのまま日本支社に駐在し、彼と長期的なパートナーシップを築く」
父親が画面の向こうで、深く息を吐く。
『……公私混同ではないだろうな、アレン』
「まさか。今回の新規ラウンジの数字、見ただろう? ボクと彼が組めば、これだけの結果が出せる。……CEOとして、この最高の人材を逃す手はないはずだ」
圧倒的な実績を盾にした、アレンの強引な交渉術。
しばらくの沈黙の後、クロードは「……好きにしろ」とだけ言い残し、通話を切った。
「ふう……。なんとか言いくるめたな」
アレンがタブレットをテーブルに置いたのと同時に、バスルームの扉が開き、風呂上がりの正宗がタオルで髪を拭きながらリビングに入ってきた。
「……また本国の父親とやり合っていたのか?」
「ええ。まあ、無事に日本への長期滞在の許可をもぎ取りましたよ。これで、ずっと正宗さんの傍にいられます」
「……お前、本当に帰らなくていいのか?将来のCEOが、いつまでも日本の支社にいるわけには……」
心配そうに眉をひそめる正宗。アレンは微笑んで立ち上がると、正宗の腕を引いてソファへと座らせ、自分はその背後に回って手からタオルを奪い取った。
「いいんです。正宗さんの下で学ぶことが、まだ山ほどありますから。……それに」
アレンの大きな手が、タオル越しに正宗の濡れた黒髪を優しく梳いていく。
風呂上がりの火照った体温と、ほんのり香る自分と同じボディソープの匂い。アレンは正宗の無防備なうなじに顔を近づけ、深く息を吸い込んだ。
「それに?」
「ボクのCEOとしての最初の大きな仕事は、羽柴正宗という最高の人材と『生涯にわたって独占する契約』を結ぶことですから」
「なっ……」
正宗の耳が、パッと赤く染まる。
アレンはタオルを持った手を止め、正宗の後ろから首元へすっぽりと腕を回して抱きしめた。そのまま、赤くなった耳たぶにチュッと甘いキスを落とす。
「ひゃっ……、こら、アレン、くすぐったい……っ」
「いずれボクが本国に帰る時は、正宗さん……ボクの専属秘書として、一緒に来てくださいね」
「……ばか。俺は日本支社を離れるつもりは……んっ」
「本当に?」
アレンが今度は首筋に軽く噛みつくようにキスを落とすと、正宗はビクッと肩を震わせ、抵抗する言葉を飲み込んでアレンの腕の中に力なく寄りかかった。
仕事中は「厳格な上司」、家に帰れば「可愛い恋人」。
アレンは、自分にだけすべてを委ねてくれる正宗のこの完璧なギャップを、他の誰にも譲るつもりはなかった。
「さて、いじめるのはこれくらいにしておきます。ご褒美のケーキ、食べましょう」
「ケーキ……?」
「ええ。今日、正宗さんが残業してる間に、デパ地下に走ってお土産買ってきたんです。正宗さんが雑誌を見て気になってたって言ってた、『パティスリー・リュミエール』の新作。濃厚なピスタチオクリームと木苺のタルトですよ。最後の一個、無事にゲットできました」
「……!本当か!?」
幻の新作スイーツの詳細を聞いた瞬間、先ほどまでの威厳ある係長の姿は完全に消え去り、正宗の顔がパッと少年のように輝いた。
「すごいぞ、アレン!あれは夕方には売り切れてしまう人気商品のはずだ……!」
「ふふっ。正宗さんのためなら、ボクはどこへだって走りますよ。コーヒー淹れるので、ちょっと待っててくださいね。……もちろん、『あーん』してあげますから」
「なっ……!じ、自分で食える!」
「だーめ。今日のボクは頑張ったので、甘やかさせてください」
顔を真っ赤にして文句を言う正宗の頬を軽く指でつつき、アレンは満足げに微笑んでキッチンへと向かった。
いずれ世界を股にかける、最強のパートナーになるかもしれない。
だが今はまだ、この愛おしい上司を、日本の小さなマンションで思う存分甘やかしていたい。
二人の甘く、騒がしい日常は、これからもずっと続いていく。