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パーフェクトスイート 第6話

完璧上司と御曹司の部下 — www.pixiv.net · All chapters

パーフェクトスイート 第6話

第6話:夜の静寂と、隠せない熱(出張編・後編)

​ 消灯された室内には、加湿器の微かな稼働音だけが静かに響いていた。

キングサイズの巨大なダブルベッド。その右端と左端に、正宗とアレンは背を向けるようにして横になっていた。

『寝るだけだ』と宣言した手前、正宗は微動だにせず、布団を肩まで被って目を閉じている。しかし、その脳内は全く眠りから遠ざかっていた。

​(……落ち着け。ただ同じベッドに寝ているだけだ。男同士で、少しもおかしいことじゃない)

​ 頭ではそう理解しているのに、同じマットレスを通じて伝わってくる、もう一人の人間の微かな寝返りの振動が、正宗の神経を過敏に逆撫でする。

数日前の夜、残業中のオフィスで、自分の唇の端に触れた指先を、目の前でゆっくりと舐め取られた時のあの熱い眼差し。そして、昼間にパフェの写真を撮られ、まんまと連絡先を交換させられた時の、人懐っこくも計算高い笑顔。

それらが暗闇の中で鮮明にフラッシュバックして、正宗はシーツの中でギュッと目を強くつむった。

​「……羽柴さん、起きてます?」

​ 不意に、背中越しにアレンの低い声が降ってきた。

ビクッと肩を揺らした正宗は、数秒の沈黙の後、寝たふりをするのも大人気ないと思い直し、渋々と仰向けになり、顔を少しアレンの方へ向けた。

​「……ああ。まだ寝付けなくてな。明日の視察のスケジュールを考えていた」

「……さっきから一回も寝返り打ってなかったですけど、もしかして緊張してるんですか?」

​ 暗闇に目が慣れてきた視界の先。アレンは仰向けのまま、面白そうに首だけをこちらに向けてクスクスと笑っていた。

​「緊張などしていない。ただ、枕が変わると眠れないタイプなんだ」

「へえ。出張が多い企画開発部なのに?」

「……うるさいな。お前こそ、なぜ起きているんだ」

「ボクも、色々考え事してて」

​ アレンはそう言って、ゆっくりと正宗の方へと体を向けた。

広いベッドとはいえ、顔が見えるだけで互いの吐息が届きそうな距離に感じる。

​「今日の視察、羽柴さんの分析力、やっぱりすごかったですね。あのホテルのラウンジの動線の欠陥、ボクは全く気づきませんでした」

「お前の事前の情報収集力があってこその気づきだ。……お前は、本当に優秀だな。海外の企業で相当鍛えられてきたんだろう」

​ 仕事の話になれば、正宗の口調も少し滑らかになる。

アレンの能力に対する純粋な賞賛を口にすると、アレンは少しだけ照れたように「光栄ですね」と笑った。

​「でも、羽柴さんみたいに完璧にはこなせませんよ。羽柴さんって、仕事以外でもあんな風に隙がないんですか?」

「隙がない……?」

「はい。例えば、恋人の前とか」

​ 唐突に投げ込まれたプライベートな質問に、正宗は一瞬言葉に詰まった。

暗闇が、普段なら絶対に話さないようなことを口にさせてしまう特有の魔力を持っているのだろうか。正宗は小さく自嘲気味に笑い、天井へと視線を移した。

​「……俺に、そんな器用な真似ができると思うか?」

「え?」

「仕事ばかりで、いつも相手に呆れられて終わるんだ。休日も急なトラブルで呼び出され、デートはドタキャン。記念日すら忘れてコンペの準備をしていたこともあった。……俺は、面白みのない、ただの不器用な仕事人間だ。隙がないんじゃない、他人に構う余裕がないだけだ」

​ ぽつり、ぽつりとこぼれ落ちた、正宗の過去の告白。

それは、普段の威厳ある係長からは想像もつかないほど、弱く、無防備な素顔だった。

​(……ズルい。なんだよ、それ)

​ アレンの胸の奥で、ドクン、と大きく脈が跳ねた。

仕事で見せる完璧な横顔。スイーツを前にした時のとろけるような笑顔。幸多に見せる気の抜けた態度。

そして今、暗闇の中で自分だけに見せている、不器用で寂しがり屋な大人の男の顔。

​ この男のすべてを自分だけのものにして、この腕の中に閉じ込めてしまいたい。

アレンの中で静かに燃え続けていた想いが、ついに理性の堰を決壊させた。

​「……面白みがないなんて、誰が言ったんですか」

​ ガサッ、とシーツが擦れる音がした。

次の瞬間、正宗の視界が完全にアレンの影によって覆い尽くされた。

​「なっ……!仁淀……!?」

​ 驚愕に目を見開く正宗。

アレンは正宗の上に覆い被さるようにして馬乗りになり、その両腕を、正宗の頭の横にトンッとついた。

見下ろすアレンの瞳には、もう「可愛い部下」の仮面はない。その澄んだ青い瞳に、一人の男としての真っ直ぐな熱を帯びていた。

​「お前……っ、ふざけてるなら、いい加減に……」

​ 正宗は低く嗜めようとしたが、その声は微かに震えていた。

アレンは力任せに押さえつけるようなことはせず、ただ至近距離で、正宗の揺れる瞳をじっと見つめ返した。

戸惑い、驚き、そして——明確な「拒絶」の光がないことを、アレンの鋭い目は見逃さなかった。本気で嫌なら、正宗なら力ずくでも自分を突き飛ばすはずだ。

​「ボクは、あなたの全部が面白くて、可愛くて、仕方ないんですけど」

​ 確信を得たアレンは、ゆっくりと顔を近づけた。

正宗が小さく息を呑むのと同時に、二人の唇がそっと重なり合った。

​「んっ……」

​ それは、強引な略奪ではなく、問いかけるような優しい口づけだった。

触れ合うだけのキスに、正宗が硬直しながらも逃げ出さないのを感じ取ると、アレンは角度を少し変え、今度は深く、熱を伝えるように唇を押し当てる。

​「ん……っ、」

​ 驚きで僅かに開いた正宗の唇の隙間を縫って、アレンの舌が滑り込んでくる。

甘く囁くような吐息と共に、口内を優しく、けれど隅々まで味わうように這い回る。初めて他人に踏み込まれた深く熱い感覚に、正宗の脳髄が痺れ、全身から力が抜けていく。

何かあれば突き飛ばそうとアレンの胸ぐらを掴んでいた正宗の手は、いつの間にか行き場を失い、すがるようにアレンのパジャマの生地をぎゅっと握りしめていた。

​「はぁ……んぁ、……っ」

​ 静かな室内に、甘い水音が微かに響く。

三十八年間、理性を鎧として生きてきた正宗の防壁が、年下の部下がもたらす熱によって、ゆっくりと、しかし確実に溶かされていく。

息が続かなくなり、正宗の目尻に生理的な涙が浮かんだ頃、アレンは名残惜しそうに唇を離した。

​「はぁっ……はぁっ……」

​ 酸素を求めて肩で息をする正宗の唇は、ほんのりと赤く色づき、濡れて艶を帯びていた。

そのあまりにも色気のある姿を特等席で見下ろしながら、アレンは満足げに、そして酷く真剣な声で告げた。

​「……言いましたよね、ボクは本気だって」

​ アレンの親指が、正宗の濡れた唇を優しく拭う。

​「ボクを、あなたの魅力に気づかなかった元恋人たちと同じにしないでください。ボクなら、仕事も、あなたの不器用なところも、全部丸ごと愛してあげられます」

「……っ」

​ 甘い毒のような囁き。

抗議の言葉を紡ごうとしても、熱を持ったままの唇は震えるだけで、声にならなかった。

絶対的な自信に満ちたアレンの瞳に真っ直ぐに見つめられ、正宗の胸の奥で、今まで経験したことのない甘い痺れが広がっていく。

正宗はもう、自分がこの年下の部下が放つ真っ直ぐな熱から、二度と逃れられないところまで来てしまったことを悟った。

​「……ね、寝るぞ」

​ 限界まで赤くなった顔を隠すように、正宗は絞り出すような声でそれだけを言い、バサッと布団を頭まで被って完全に背を向けてしまった。

これ以上追い詰めれば、本当に逃げ出してしまうかもしれない。正宗の戸惑いと愛らしさを十分に堪能したアレンは、今日はここまでにしておこうと静かに息を吐いた。

​「……はい。……受け入れてくれて、ありがとうございます。嬉しかった……おやすみなさい、羽柴さん」

​ アレンは無理に触れようとはせず、少し距離を空けたまま、自分も仰向けになって目を閉じた。

背後から伝わってくるアレンの気配に、正宗は心臓が早鐘のように鳴り続け、とてもじゃないが眠れそうにないと思っていた。

しかし、一日中歩き回った視察の疲労は、確実に正宗の体を重くしていた。加えて、隣にいるアレンの体温と静かな呼吸音が、不思議と心地よい安心感をもたらし——。

​ 数十分後。

静寂に包まれた室内に、規則正しく柔らかな寝息が響き始めた。

​(……本当に、無防備な人だな)

​ すっかり熟睡してしまった愛おしい上司の寝息を聞きながら、アレンは暗闇の中で一人、優しく甘い微笑みを浮かべるのだった。