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第300話 数々の秘密と一瞬の記憶

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第300話 数々の秘密と一瞬の記憶

リリアンがどのくらいの実力者かは正確には俺も知らないが、聖気をそれなりに持っていることは間違いないし、先ほど見た構えも確かな研鑽の感じられるものだ。

打って出れば 屍鬼 《 しき 》 と相対しても十分に戦えるかもしれないが、しかし今回の場合は少し毛色が違ってくるだろう。

なぜなら、

「いえ、仮に子供たちが大丈夫でも、やめた方がいいと思います」

「それはなぜ……?」

「どこまでお聞きになっているのか分かりませんが、今回出現した 屍鬼 《 しき 》 は人に擬態しているようで、そうそう簡単には発見できないようなので」

この事実がなければ、聖術使いを各宗派にガンガン出してもらって退治に、というのも考えられただろうが、どこにいるか分からない以上、冒険者が人海戦術で探してタコ殴りにした方が効率がいい。

そもそも、聖術使いも色々だからな。

リリアンのように武術も収めていて十分に魔物と戦える、というタイプはむしろ少数派で、街々を回って聖気による祝福をするだけが仕事で、戦闘に関しては護衛に丸投げ、という方が多いはずだ。

そうなると、流石にこの混乱した状況の中、街中に打って出ろとは言えない。

聖者・聖女たちをみすみすこの街で何人も失ったら後も怖いだろうし。

「擬態ですか……聖術で見破るわけには……」

「どの程度のことが聖術に出来るのか私には正確なところは分かりかねるのですが、数多くの街人の中から一体の 屍鬼 《 しき 》 を発見することが可能なのですか?」

それが出来るのであれば、確かにやってもらいたくはある。

それか、やり方を教えてもらってもいい。簡単なら俺がやるという方法もあるからだ。

しかしリリアンは、

「……そこまで規模の大きいことは難しいですね。出来ないとは言いませんが、消耗が激しいです。一人ひとり探すとなるとこれはもう……やはり、私に出来ることは少ないようです」

そう言った。

まぁ、結局、今冒険者たちがやっている捜索の方が効率が良さそうだ。

確実性と言う意味ではいいかもしれないが、緊急事態と言うことで服を剥ぎ取ればいいわけだから無理に出てもらう必要もない。

彼女にはこの孤児院の責任者として守るべきものもあるからな。

「そのようですね。孤児たちはみんな無事ですか?」

「ええ、アリゼも学んだ魔術で防衛を買って出てくれましたが、今のところ孤児院に侵入者などはありませんので」

「そうですか……ちなみに、地下の様子はご存知ですか?」

なぜそんなことを聞いているのかと言えば、そこにエーデルがいるからだ。

あの 小鼠 ( プチ・スリ ) がこの孤児院の地下を塒にしていることは二人とも分かっている。

これにはアリゼがしがみついたままの顔を上げて答えた。

「エーデルのこと? そう言えば、出てきてないね。こういうときは真っ先に這い出して他の鼠と話してそうなのに」

エーデルの鼠連絡網は結構広く、頻繁に鼠同士連絡を取り合っているのは知っている。

だからこそ、こういうときこそその出番のような気がするが、それにもかかわらず出てこないのは確かにおかしい。

俺は、

「とりあえず、地下室に行ってみます。二人は……奥にいた方がいいと思います。何かあったら、叫んでください。すぐにかけつけるので」

そう言って、地下室に向かった。

◇◆◇◆◇

「おい、エーデル!」

叫びながら地下室に入ると、それと同時に足元に鼠が五匹ほど殺到した。

見れば、それはエーデルが一番最初に出会った頃に引き連れていた子分鼠たちである。

エーデルの手下だからか、俺の力が少しは影響を与えているのか、他の 小鼠 ( プチ・スリ ) より若干賢く、人語や人の感情をある程度理解している。

そんな彼らが、俺に集まって来たのだ。

やはり、何かあったようだ、と分かる。

「……エーデルは?」

そう尋ねると、五匹のうちの一匹が、地下室の端の方に向かって歩き出した。

案内と言うことのようである。

それほど広くはないが、色々と物資が積み上げられているので少し入り組んでいるのだ。

俺がそう言った荷物を避けながら案内についていくと、地下室の端の方で倒れ込む、一匹の黒い 小鼠 ( プチ・スリ ) の姿が目に入った。

エーデルだ。

「おい!」

慌てて駆け寄り、触れてみる。

死んでいるかのように見えるが、生きていることははっきりしている。

ただ、どのような状態かは問題だった。

触れてみると、問題なく息をしており、怪我も特に見られない。

……まぁ、俺たち 不死者 ( アンデッド ) に呼吸がどれだけ意味があるのかどうかは疑問だ。

俺が息してるのだって、どっちかというと擬態みたいなもんだからな。

余裕がなくなると呼吸しなくなっている自分にたまに気づくので、その意味でエーデルにはまだ余裕があるということは分かるのだが。

つまり、ただ気絶しているだけのようだった。

これなら、無理やり起こしても問題ないだろうと、俺はエーデルに魔力と気を流し込む。

どちらも大分目減りしている様子だったからだ。

あまり離れすぎていたから、補給が厳しかったのだろうか……。

分からないが、起きたら事情を……。

そう思っていると、

「……ヂュッ!?」

と、エーデルは唐突に目をかっと開き、起き上がった。

それからきょろきょろと警戒するように周りを見て、俺を発見すると、ほっとしたような雰囲気で、体の力を抜いた。

やはり、何か特別なことがあったようだ。

そんな風に警戒しなければならないような……。

しかし一体何が?

そんな俺の思考を、繋がりを通して読み取ったのだろう。

エーデルが意思と、映像を伝えてくる。

彼が見たものが俺の頭の中に鮮明に流れて来た。

……なんだか出来ることがどんどん増えているな。

前はここまでできなかったような気がするが……まぁ、いいか。

使い魔が優秀であるのはありがたい話であるし。

「これは……迷宮の中、か? 《水月の迷宮》……じゃないな。《新月の迷宮》か」

おそらくは、エーデルの支配する 小鼠 ( プチ・スリ ) の視点の映像なのだろう。

エーデルの動きより、拙く、鈍い。また、あまり賢い動きではないと言うか、鼠っぽい動きだ。

あっちいったりこっちいったりという。

しかし、確かに進んでいる。

そして、その映像がぱっと、一人の人物の姿を映した。

それだけなら別にいいのだが、その人物は、冒険者の首筋に噛み付き、その口元から血を滴らせていた。

それを発見した直後、

「……おや、覗きはよくありませんよ?」

という声と共に男は火炎を放ってきて、映像は暗くなる。

おそらく、これを伝えてくれた鼠は死んでしまったのだろう。

可哀想に。

エーデルの怒りも伝わってくる。

仲間を殺された怒りだ。

それにしても、一体今のは……何者だ?

吸血鬼 《 ヴァンパイア 》 であるのは分かる。

あれは血を吸っているところで間違いないのだから。

しかし、知り合いではないな。

実際のところ、俺は 吸血鬼 《 ヴァンパイア 》 ではないか、と疑っていた人物が何人かいたのだが、その誰でもない。

ただ……。

「見覚えがあるような……声もどこかで聞いた気がする……」

と考えて、あっ、と思う。

そうだ。

一瞬の記憶だったが、しかし、覚えている。

あれは以前、俺が《新月の迷宮》に潜った時のことだ。

豚鬼 《 オーク 》 を狩って、迷宮を出るときに、すれ違った奴がいた。

あの時の人物の声が、まさに今聞いた声と同じだった。