フェンリース
フェンリース
「さて……そろそろ正体を明かしてくれてもいいんじゃないかな? お嬢さん」 女騎士が、森を見て狼狽している少女に、先ほどまでとは明らかに違う口調で問いかけた。「魔王の手先が占拠している森に行きたがる少女……どう考えても怪しいと思うのです~」 弓士らしい女性が言葉をつなげる。 女騎士のパーティは、ゆっくりとではあるが、少女の周囲を囲むように展開し、油断なくその一挙手一投足に注意を払っている。「兄さん、すまなかったね……利用させてもらっちゃって」 剣を構えている女剣士が、アープショーに小声で謝罪をする。 女剣士の話によると、この女騎士の一団は、この少女を最初から怪しいと判断しており、たまたまアープショーが声をかけたのをきっかけにして、同行を申し出、この場所でその正体を暴こうとしていたのだという。 ただ、当初の計画では、街を離れ、人気の無くなった街道で詰問する予定だったのだが、まさかアープショーが上級転移魔法を使用出来るとは夢にも思っていなかったため、この場での作戦開始となっていたのだった。 そんな女騎士一同を一瞥すると、少女の目に怪しい炎が宿った。「……あぁ? 人間風情が何えらそうな口聞いてんの?」 一同の前で、少女の姿形が徐々に変化していく。 口が割け、体毛が伸び、体が狼と化しつつ巨大化していく。「魔王四天王が1人、フェンガリルが妹、このフェンリース様と知っての狼藉? あぁ?」 狼化したフェンリースの体からは、すさまじい魔素がほとばしっており、周囲にビリビリとした波動をまき散らしていた。「……街まで来ていたから、魔王軍の斥候程度の者かと思っていたのだが……まさかここまでの大物だったとは……」「ここはいったん退こう……このクラス相手じゃ、騎士団2個師団はないと太刀打ちできねぇ」 女騎士一行は、皆一様に表情をこわばらせ、冷や汗を伝わせていた。 この場では、確かに撤退が最善である。 それは、女騎士にも十分わかっていたのだが、女騎士はその場からまったく動けなくなっていた。 フェンリースの威圧の前に完全に委縮してしまっていたのである。 そんな両者の様子を、 後方で、1人眺めていたアープショーは、この威圧に特に萎縮するでもなく、普通な様子でその場に立っていたのだった。「……へぇ、貴様だけは少しは骨がありそうね」 フェンリースは、そんなアープショーへ視線を向けると、その口元に不敵な笑みを浮かべた。「待ってなさい、 女騎士 ( こいつら ) を始末したら相手してやるからさ」 そう言いながら、体を低くし、身構えていく。……う~ん……これは、女騎士さん達はまずいんじゃないかな 委縮し、まともに身動きできなくなっている女騎士一同の様子を見ながら、アープショーはどこか他人事のようにその思考を巡らせた。 そんなアープショーの前に、新たなウインドウが表示されていく。 『推奨:女騎士一行を転移魔法で他の場所へ避難させることをお勧めします 転移させますか? はい/いいえ』 表示されたウインドウに、「じゃあ、さっきの街まで転移させてあげて」 アープショーが小声でつぶやくと同時に、女騎士一同の姿はその場からかき消すように消えていったのだった。 今、まさにとびかかろうとしていたフェンリースは、その突然の出来事に、唖然とし、周囲を見回す。「……そんなバカな……転移無効・魔力無効魔法を展開してるのに……」「え? そうだったの?」 フェンリースの言葉に、素でびっくりするアープショー『上位魔法「転移無効」「魔力無効」が展開されていたため 最上位魔法「転移魔法「最上位」」を使用しました。 効果:転移無効・魔力無効の効果を受けずに魔法を使用可能』 表示されたウインドウの内容を確認しながら、アープショーは、あぁそうなんだ、くらいの気持ちで理解していた。 この最上位魔法を使用出来る者が、この世界に、2人しかいないと言うことを、当然知りもせずに……「貴様の仕業か……兄上に万が一のことがあった際の、再生魔術の生贄にと連れてきていたのだけど、ちょっとは出来るようね」 突然目の前から消えた女騎士らから、攻撃目標をアープショーに変えたフェンリースが、舌なめずりしながら再度身構えていく。「森の異変については、お前を食い殺してからゆっくり調べることにするわ。 なに、あの女騎士共にもすぐに後を追わせてあげるから、寂しくはないよ」「う~ん……とりあえず、まだ死にたくはないかな」 そう言いながら、アープショーは、新たに表示されたウインドウに「はい」を選択した。 次の瞬間、 フェンリースの体に、すさまじい重圧がかかった。……な……何……これ 言葉を発しようにも、あまりの重圧に口を開くことも出来ない。 それほどの高重圧を全身に浴びたフェンリースは、地面に突っ伏したまま、まったく動くことが出来なくなっていた。 あ……ありえない……魔法無効を展開しているのに……『重力軽減』 新たな詠唱を行うも、その途端に、パリンと音がし、魔法が失敗したことをフェンリースに告げる。『近接転移』『高高度跳躍』『地場逆転』・・・ 続けざまに、思いつく限りの魔法を詠唱するのだが、そのことごとくが、パリンという音とともに失敗を告げていく。 魔力を多く必要とする高度魔法を立て続けに唱えたために、フェンリースの魔力はあっという間に尽きてしまった。 あ……ありえない……人間ごときに……そんな…… フェンリースは、必死にこの場をしのぐ術を考えようとする。 しかし、すでに魔力が尽き、地に強制的にくぎ付けにされている状態では、何一つ浮かぶ術はなかった。 そして ……降参よ……好きにしさない すべての抵抗をあきらめたフェンリースは、静かに目を閉じた。 すると、次の瞬間、彼女を押さえつけていた重力がすべて無くなったのだった。 ? 予想外の出来事に、怪訝そうな表情を浮かべながら、その目を開けるフェンリース。 すると、その眼前にはアープショーがおり、その手を差し伸べていた。 重力に押しつぶされているうちに、魔族の人型へと戻っていたフェンリースは、戸惑いながらも、その手を見つめ続けていた。 その姿は、フェンリースが人に偽装変化した際の少女の姿ではなく、1人の凜とした美しさを持つ女性の姿であり、魔族としての彼女の本来の姿なのであった。「降参したのなら、殺しはしないよ」 アープショーは、そう言いながら、狼形態に変身した際に着衣がすべて破れてしまっているフェンリースに、自分のマントをかけていった。「わ……わたしは魔族だぞ……助けるというのか?」「僕はもともとこの世界の人間じゃないんでね。人とか魔族とか、そういうのは正直どうでもいいんだ。 とにかく、降参した人は殺さない。それだけ」「……甘いな、人間……甘すぎるわ」 そう言いながら、フェンリースは、アープショーが差し出している手を取った。 そのフェンリース手には、抗おうとする力は一切含まれていなかった。 そんなアープショーの前に、新たにウインドウが開き、彼女を隷属化魔法で隷属化するように進言していた。 だが、アープショーは、……隷属よりも、仲間になってもらえたら嬉しいんだけどな…… そう思いながら、苦笑するアープショーは、 隷属化をしつこく進言してくる魔法ウインドウの表示を非表示にしていったのだった。