命奪崩壊
命奪崩壊
ギイギイと耳障りな叫びが連呼する。その内の一匹に向けて刀を振り抜くと、刃はあっさりと肉を割いて絶命させる。 同時に横から殺気が首筋に突き刺さり、振り向くのももどかしく刀を切り返す。「ギアアっ!」 叫び声と共に赤黒い血が噴き出し、地面へ崩れ落ちる。あっという間に二匹を屠った俺に対してゴブリン達は一瞬眼を合わせ、全員が同時にかかろうと包囲の輪を狭めてくる。「茨の靴は暗い棘」 そこへクロエが杖を振って呪術を唱えると、目に見えてゴブリンたちの動きが鈍る。その隙に刀を振るうと追加で三匹のゴブリンが血の華を咲かせる。 俺は今、クラスで言えば鉄洞級のゴブリン退治を請け負っている。最初は俺に怪物とはいえ人の姿をした生き物を斬れるかどうか心配だったが、それどころではない。 ゴブリンがこちらを見つけた時の意志。何が何でも俺を殺すという、いわゆる殺気を浴びた瞬間、刀を抜きはなって臨戦態勢になっていた。 殺さなければ、殺される。それを頭ではなく本能で理解した。故に、振るう刃に乱れはない。 それにこいつらは放っておけば家畜を盗み、人を襲い、女をさらって孕ませるという。俺だって負ければクロエが同じ目に遭うだろう。 ゴブリンだってそういう生き方しかできない。それを理解してなお、人間である俺は刀を振るう。「ギッ、ギッ!」 何事か叫んだゴブリンが俺たちから距離を取る。ゲームでは雑魚として扱われているような種族だが、この世界においてはそれは当てはまらないらしい。 確かに耐久力は低いが、小ささを活かして素早く攻撃してくるし、連携も取れている。それに――「っとお! 危ねえっ!」 森の茂みから矢が飛んでくるのを、刀で弾く。こいつらには知性と知恵がある。ただ闇雲に突っ込んでくるような野生の動物ではなく、自分たちの利点と欠点を理解した上で攻撃を仕掛けてきている。 だから、侮れない。「月光の水よ、夢へ誘え」 クロエが再度呪術を放つ。集中を阻害するその術式でゴブリンたちの気が削がれ、一瞬弛緩した雰囲気が流れる。 そこへ踏み込み、近い個体から斬りつける。命を喪う断末魔の叫び声に気圧されかけるが、それでも奥歯を噛み締めて刀を振り続ける。 やがてほどなく、ゴブリンたちの軋るような叫び声は消え、俺の荒い呼吸だけになる。 全滅はさせられていない。素早い奴らは戦況が不利になると見るや、一目散に逃走している。だが、依頼はゴブリンを追い払うこととなっているのでこれで充分だ。 クロエ曰く、ゴブリンは仲間が大量に殺された場所へは近付かなくなるらしい。この場で十匹以上倒しているので群れも半壊している。「トーヤ、お疲れさま。怪我はない?」「あ……ああ。大丈夫だ。けど、ちょっと慣れないな」 いつの間にか強く柄を握っている自分に気付く。熊嵐の時は無我夢中だったが、今回は初めて自分の意思で相手の命を絶った。肉を斬ったときの感触と叫びがまだこびりついている。「そうか、トーヤは覚えてないものね。そうね、最初に生き物を殺した時は少なからずそういう風になるからね。私も……数少ない攻撃用の呪術で初めて殺した時はなにか重いものがへばりついた気分になってたわ」 どこか遠い目でクロエが言う。それを聞きながら、ようやく刀の血振りを行って鞘へ収める。「慣れろ……なんてえらそうな事は言えない。けど、少なくとも戦いのうちはそれをよそにやれるようにしないと、どんどんと澱のように積もって、やがてトーヤの手足を鈍くさせるわ。その気持ちとの付き合い方、考えておいてね」「ありがとう……因みにクロエはどうやったんだ?」「私? 私はすぐに別のことを考えていたわね。この道の先はどうなってるかとか、次の街はどんなところとか、なにかおいしいものでもあるかとか。くだらないけど、それが切り替えの思考だったわ」 自身で苦笑するが、それは有効なのだろう。俺と違ってクロエにゴブリンたちを殺したという事実を引きずる様子はない。「別のことか……そうだな、弓が欲しいな」「弓?」「弓じゃなくても、離れた距離を攻撃する手段が欲しい。さっきの戦いで気付いたけど、距離を取られると刀だけだと一手遅くなるんだよな。いつもクロエが万全の支援をできる状況とは限らないし」 フィーのお陰で刀というか近接戦で遅れを取る気はしないが、物理的な距離を取られると手段が限られてくる。フィー曰くどんな武器も手に取れば習熟できるらしいから、この機会に幅を広げておくべきだ。「そうね……棘を売った代金とこのゴブリン退治、あと一緒に受けている採取の依頼の報酬でそれぐらいなら買えると思う。街に戻ったら武具店のある辺りを教えるわ。ただ、私はそういうものに造詣がないから……」「ああ、大丈夫だよ。店主に聞きながら決めるさ。さすがに何でもかんでもクロエに頼りっぱなしってのも心苦しいし、一人でできることは一人でやるさ」 笑ってみせるが、クロエはどことなく不満げな表情で口を噤むだけだった。責任感が強い彼女だから、気にしてくれているのだろう。 そこへ、林の奥からヴェルが姿を見せる。どうやら目的の場所を見つけたらしく、こちらに向かって八の字を描くような飛び方を繰り返している。「ん、ヴェルが薬草の場所を見つけたみたいね。ゴブリンの耳を切って、そちらに向かいましょう」「死体はそのままでいいのか?」「森の中なら魔獣がすぐに食い尽くしてくれるわ。道での遭遇戦なら横にどける必要はあるけれど」 そんなものか、と頷いてクロエから借りたナイフでゴブリンの耳を切る。こいつらの右耳が討伐の証となり、代金と引き替えるシステムとなっているらしい。 命を喪った肉体に刃を入れる時、やはり俺の手に何か形容しがたい重さが宿った。 そんな気がした。