セリエとテッド
セリエとテッド
「ふうん、それでその弓を買ってきたの?」「ああ。分割払いだけどな。いい買い物だと思う。レンとの縁もできたし、助け船を出してみるもんだな」 依頼場所への道すがら、クロエに魔術弓をお披露目する。お互いの装備が変わったことは報告しておかないと、思わぬ落とし穴にはまってしまう。 並んで林道を歩きながら、腰に着けた弓を小さく掲げて見せる。「……そのレンって人、どんな人なのかしら?」「ん? まさに職人って感じだったな。腕はいいし、気っ風もいいし、性格は明け透けで話していて楽しい感じ」「それで、美人?」「まあね。クロエとはまた違う感じだよ。向こうは野生動物みたいな綺麗さがある。クロエのはそうだな、月下に咲く美人草って感じ」 喋る俺をクロエがじっと見つめてくる。何も言わないままの視線を見つめ返すと、クロエが小さく溜息を吐く。「……意識してやっているのかしら」「? なんだって?」 小さな呟きはちょうど風と草木のざわめきで聞き取れない。聞き返すと、クロエはなんでもないというように首を振った。「とりあえず、初手はその魔術弓を試してみましょうか。そうね、私が呪術で攪乱して、トーヤが撃つ。ある程度接近されたらトーヤは近接戦闘に切り替えでいいかしら?」「そうだな。それがいい。実戦で威力は試してないし――ん?」 俺が気付くと同時に前方を飛んでいたヴェルも八の字の飛行を繰り返す。事前に取り決めている、警戒の飛行だ。「クロエ、道の先に誰かいる」「……待ち伏せかしら?」 分からない、と首を振る。ひとまず即応できるように刀の柄へ手をあてながら進む。道はちょうど右へ曲がっていて見通しが効かない。「……ん、あれか」「そのようね」 ゆっくりと道を曲がった先、木の根元で一人の少年が幹を背もたれにして座り込んでいる。傍らには同じ年頃の少女が心配そうに屈み込んでおり、なにやら手当をしている。 彼らが撒き餌――気を取られている隙に襲われるという可能性もある。用心して近付く。「どうした。なにかあったのか?」「っ!」 声を掛けた瞬間、二人ともこちらを見る。その目には隠しきれない警戒が宿っている。「見たところ、怪我をしているようだ。簡単な傷薬程度なら渡せるが……どうする?」「……」 再度声を掛けても二人は押し黙ったままだ。思わずクロエと顔を見合わせる。「あなたたちが何を警戒しているのか分からないけれど、私たちは通りすがりの冒険者よ。何もなければもう行くわ」「……あ、あの」「セリエ!」 セリエと呼ばれた少女が、少年の声にびくりと身体を震わせる。だが、そのまま言葉を紡ぐ。「すみません、傷薬だけでも分けてもらえないでしょうか? お金は払います。テッドが足を挫いてしまって」「セリエ、俺は大丈夫だ!」「大丈夫じゃないでしょう! 私は治癒を使えないんだから、動けるようになるまでここで座ってるつもり!?」 二人の言い争いを聞きながら、どうしたものかと思案する。座り込んでいるテッドなる少年を見ると、帯剣すらしていない。二人とも俺と同じ銅石級の冒険者だが、あまりにも不用心ではないだろうか。「ともかく、動けるように治療してはどうかしら? 見たところ、テッド君は武器すら持ってないじゃない。この状態でゴブリンにでも襲われたら一巻の終わりよ」「持ってないんじゃない、奪われたんだ!」 座ったままのテッドが悔しそうに叫び、その瞳には涙すら浮かんでいる。それを見て、セリエが身体に手をあてる。「あいつら、道を歩いていた俺たちにいきなり絡んできて……一方的に因縁をつけて剣を奪っていったんだ。畜生、親父の形見だったのに……!」「テッド……」 軋るような呻きを漏らす。どうやら、この辺りにならずものが潜んでいるようだ。最初に警戒の目を向けたのは、俺たちもその類と思われたのか。「よし、じゃあこうしよう。俺たちは君らに傷薬を渡す。君らはその犯罪者の情報を教える。これで取引にしよう。俺たちも今からオーク退治に向かうんでな、妙な奴らがいるなら用心したい」「オーク退治、ですか……?」 セリエが俺の銅石級のプレートに眼をやる。ゴブリンと違って生命力も腕力も高いオークは鉄洞級の中級者が請け負う依頼だ。俺のような初心者が受けていることが不思議なのだろう。 だが、そこを説明する義務はない。依頼の前に買っておいた傷薬を出して、見せる。「どうする? 取引の主導権はそちらだ。俺たちはまあ、断られても構わない」「分かりました。お願いします。いいよね、テッド?」「……ああ」 ここまで話して俺たちはそいつらと違うと理解したのだろう。テッドはやや柔らかくなった仕草で頷く。「私たちを襲ったのは男の二人組みでした。森の中の薬草を採取した帰り道のここで道をふさいで……一人は髭面で軽鎧を着た男、もう一人は痩せて軽装の素早い男でした。魔術士はいなかったと思います」「ふむ……冒険者のプレートは?」 問うと、首を振る。「少なくとも私たちに絡んでいるときはありませんでした。けど――」「あいつら、多分銀翼級ぐらいの腕はあると思う。俺だって鉄洞級ならセリエを逃がす程度の時間は稼げる。けど、何もできないままやられて……くそっ!」 地面を叩き、また涙が盛り上がる。しばらくの間、沈黙が場を支配するが、やがてクロエがゆっくりと口を開く。「その、奪われた剣の特徴は?」「え……?」「少なくとも、それを知っていればそいつらの目印になるし、もしかしたら絡まれたとき、それぐらいは奪い返せるかもしれない。その様子だと、大切なものだったんでしょう?」「お……お姉さん……」 呆けた顔でテッドが見上げてくる。その視線が俺へと移動し、俺も頷いてみせる。わざわざ取り返しには行かないが、もし絡まれたのなら奪い返すに吝かではない。「まあ、俺も銅石級だからあまり期待はするな」 笑ってみせると、セリエとテッドはどう反応したものかと迷った挙げ句、なんとか笑顔を作った。「刀身は普通だけど、鍔に赤い宝石をはめてあるんだ。その宝石には刻印がしてある」「これ、これと同じです!」 セリエが胸元から鎖を引き上げ、赤い宝石をはめたペンダントをこちらに向ける。陽光を受けて煌めく宝石の表面に、象形文字のような刻印が刻まれている。「これは……翼?」「そうです。冒険者だったテッドの父が持ってきたものを、細工職人の私の父が加工しました。この翼は右向きですが、テッドの剣は左向きです」 さしずめ比翼の翼というところか。この世界でそれに相当する言葉があるのかは分からないが、ニュアンスは似たようなものだろう。 それほどの物を、それも父親の形見を奪われたのなら悔しさもひとしおだろう。「分かった。ありがとう。これは傷薬だ。捻ったという足首に塗るといい。もしそれでも歩けないようなら……添え木のやり方は分かるか?」「はい。村で怪我した人の治療をしたことがありますから」「そうか。街までもう少しあるが、水や食料は足りているか?」 二人が頷く。聞くと、薬草や財布にも手を出さなかったらしい。どうやらそのならずものは純粋にテッドの剣だけを狙ったらしい。 なにか、きな臭い匂いがする。「二人とも、少しじっとしてて」 クロエが杖を振り、とんとんとんと規則正しく地面を叩く。そうすると、なにか不可視の力が二人を包み込むのが分かる。 二人もそれを感じたのだろう。不思議そうに自分の身体を見ている。「厄除けの呪術よ。ゴブリンのような知性体には効き目が薄いけど、獣とかは遠ざけられるから」「あ、ありがとうございます。あの……お名前を」「ああ、私はクロエ。黒の森のクロエ。魔女よ」「俺はトーヤ。俺は……なあクロエ、俺ってなんになるんだ?」 そう問うとクロエは苦笑する。今さらな質問なのだろう。「刀を使っているから、剣士でいいんじゃない?」「じゃあ剣士だ。よろしくな」 くだらないやりとりで力が脱けたのだろう。ようやく二人も年相応の幼い笑みを漏らす。「改めまして、セリエです。魔術士を目指しています」「テッドです。剣はないけど剣士です……」 悔しそうに俯くが、それでも自分を剣士と言い切る矜持は誇るべきものだ。「テッドとセリエ、よろしくな。そうそう、二人はどの辺に泊まっているんだ? もし奪い返せたら、そこに届けるよ」「私たちは西地区のクランゴンに住んでいます。そこの細工職人は父しかいないので、それを訊ねてもらえば分かると思います」「分かった。まあ期待はしないでいてくれ。君らも自分たちで奪い返す算段はつけるだろうしな」 聞くべきことは聞いたので立ち上がる。クロエも同じように立ち上がると、セリエとテッドも木を支えにして立ち上がった。「あの、色々とありがとうございました」 テッドが頭を下げ、セリエも同じように礼をする。「困ったときはお互い様だ。それじゃ、気をつけてな」「クロエさんたちもお気を付けて」 二人に見送られて、道を進む。思わぬ所で時間を喰ってしまった。「なんだか、結構親切にしてたわね。あの二人、気に入ったの?」「ん? んー、そうだな。まあ俺が困っていた時、クロエが親切にしてくれたからな。その分を他の誰かに返そうと思っただけだよ」 本当はそれだけじゃない。俺たちが声を掛けた瞬間、テッドの目には死にものぐるいでセリエだけは守るという意志を秘めていた。 今の俺には力があるからクロエへ同じことができるだろう。でも、もし力がなければ? そう思うと、テッドには自然と敬意が沸いて出ていた。 それに恐らく、俺の予想が正しければ、俺も無関係ではないのだろう。「それにまあ、あの二人、なんだかいい二人だったじゃないか」「……そうね。そうよね。ふふっ」 クロエが無邪気に笑う。そんなやり取りをしながら、俺たちはオークの生息地目指して歩いていった。