LNCrawler

殺意

Witch Craft Guardian~ヒーローを夢見た男が転生して魔女の護り手になるお話~ — novelup.plus · All chapters

殺意

「トーヤ、こいつら……」「すまない、クロエ。こいつが鍛冶屋で強請りをしていた奴だ」 クロエがもがくが、髭面は片手で拘束したままびくともしない。曲がりなりにも銀翼級の冒険者だ、同じ銀翼といえど、後方支援がメインのクロエとは腕力が違うのだろう。 そしてその後ろにいる軽装の男と、クロエの杖と自分の杖を持った女もこちらの動きを注視している。「その鍛冶屋での借りを返しに来たぜ。おっと、動くなよ。この魔女が斬られたくなかったらな」 言って、抜きはなった剣をクロエの白い首筋へ当てる。その鍔の中央には、赤い宝石が光っているのが見える。 やはり、こいつが。 しかし、現状打てる手がない。「借り……ねえ。金がないって店主に泣きついて断られて、衛兵を呼ばれそうになって激昂したら俺に捻られたのが借りなのか?」「……うるせえ、その剣を捨てろ。オークとの戦いを見てたが、よく斬れるみてえじゃねえか。銅石級にはもったいねえ。この剣共々、俺が有効に使ってやるよ」「やっぱり、お前がテッドからその剣を奪ったんだな」「ん? ああ、あのガキ共に会ったのか。分不相応な剣を提げてるから俺が譲り受けたんだよ。相棒の小娘も時間があれば遊んでやったんだが、まずはお前の相手をしなきゃいけねえからな」 しくじった。弓を放るんじゃなかった。遠距離攻撃の手があれば刀を捨ててもどうにかなるが、この状況で刀を捨てても相手が近付かない限り逆転の手がない。短剣はあるが、決定力に欠ける。クロエも必死で探っているようだが、有効な手を見つけられていない。「さっさと剣を捨てろ! この女を殺されたいのか?」「あうっ!」 さらに刃がクロエへ押し当てられる。腕を捻り上げられたのか、クロエの顔が悲痛に歪む。その表情が、俺の心臓を鷲掴みにするような痛みを伝えてくる。 だが、すぐに捨てることはできない。俺が斬られるぐらいならまだいいが、クロエはもっと酷い目に遭うだろう。こいつの顔を見れば分かる。 ここは、少しでも時間を稼がなければ。「殺す……か。随分と恨まれたもんだが、お前は俺を殺す気でいるんだな?」「ああ? 当たり前だろうが。冒険者は舐められたら殺す。それが鉄則だ。だがまあ俺も鬼じゃねえ。お前は銅石級でありながら鉄洞級クラスのオークと戦い、必死で頑張ったが相討ちになった。ギルドにはそう報告しておいてやるよ」 随分と都合のいいシナリオだが、お膳立てができてしまっている。テッド辺りが不審に思ってくれるかもしれないが、それも死んだ後では遅い。「なるほどな。じゃあ、お前は覚悟しているんだな」「なに? なにを言ってんだお前」「覚悟の話だよ。俺を殺そうとしてるってことは、俺の反撃に遭って殺されることも覚悟しているんだよな? こうなった以上、俺はお前を許さない。レンが修繕した剣を強請ろうとしたことも、テッドから剣を奪ったことも、なによりクロエに危害を加えたことを。後ろの二人共々、なにを言っても許さない。殺す」 俺の殺気が膨れあがり、髭面と軽装の男が一瞬たたらを踏むように下がる。「お、おい、ゴルザ……」「びびってんじゃねえよカルブ。こっちには人質がいるんだ、どうってことはねえ。見たところ、随分と親密だったようだから見捨てるわけはないだろうしな」 どうやら髭面はゴルザ、軽装の男はカルブというらしい。どうでもいい情報だ。「なあゴルザ、これがあんたの言う儲け話かい?」 そこに差し挟むように、女が喋りかける。この女だけは、俺の殺意に怯んでいない。「ん? ああ、そうだ。こいつが買った魔法弓と剣と装備、そこの女の装備も剥いで殺せばそれなりの儲けになるだろ? 銅石級の駆け出しと銀翼級の魔女なんて、楽な獲物じゃねえか」 なんとも倫理観に欠けた言葉だが、勇者と言われていたグレンがあの程度の品格だったのだ。冒険者全体がそういうものなのかもしれない。「本気で言っているのかい? 同業から追いはぎだなんて、知られたら誰にも相手されなくなるよ」「誰がそれを言うんだ? 俺か? お前か? カルブか? こいつらはここで死ぬんだから、誰も言わないさ」 話が妙な方向に転がってきた。そういえば、テッドは襲って来たのは男が二人、と言っていた。もしかして、この女は途中から合流して詳細を知らされないまま臨時で組んだのかもしれない。 ヴェルに視線を向け、瞬きを一定のリズムで繰り返す。これも事前に取り決めていた符丁で、それに気付いたヴェルが長方形の飛行をゆっくりと開始する。 それを見たクロエが、表情を強ばらせたまま頷く。この符丁が示すのは、状況が変化した瞬間に動く、というものだ。かなり曖昧な取り決めだが、クロエなら俺がどう動くか理解してくれるだろう。「それができるなら、ね。少なくともこの場の誰よりもそこの彼は強いじゃないか。あんた、銀翼級なのにそれも分からないのかい?」「ああん? イルシュカ、お前ここに来て怖じ気づいてんのか? 人質を取った時点で、俺の勝ちは決まってるだろうが」「ここに来てもなにも、詳細を知らせないまま儲け話があるって誘ったのはあんたじゃないか。追いはぎだなんて知ってたら私は参加しなかったよ」 言って、一歩下がる。さすがにその動きは無視できなかったのか、ゴルザはイルシュカと呼ばれた女へ顔を向ける。 だが、剣はまだ首筋に当てられたままだ。「ふざけんなよお前、前金を受け取っておいて、ばっくれるのはなしだ。お前ももう共犯なんだよ!」「なら、返金してやるよっ!」「なに……?」 言った瞬間、イルシュカが自分の杖を振る。魔力と共に解き放たれた銀貨の礫が、ゴルザの顔面と腕を正確に打つ。「ぐ……あっ!」「クロエっ!」 呻き、よろめいた瞬間に踏み込む。間違ってもクロエを傷つけないよう、拘束している腕の付け根を斬る。「ぎあっ!」 立て続けの悲鳴と共に拘束が緩み、クロエが肩でゴルザへ体当たりしてその手から抜け出す。そのままクロエの腕を掴み、俺の方へ引き寄せる。「クロエ、無事かっ!? なにかされていないか!?」「だ、大丈夫よ。後ろ手に縛られただけで……んっ」 クロエを縛っていた縄を切り落とす。そうして、自由になった手首をさする。クロエを背に庇い、ゴルザへ向き直るとイルシュカが天高く跳躍する。 風を靴裏から噴射して跳んだ。そう理解する間もなく、スカートをはためかせながら俺たちの方へと降り立つ。「ほら、杖」「……どうも」 持っていたクロエの杖を手渡してくる。少し警戒したようだが、それでもクロエは素直に受け取った。「私はあいつらのやろうとしていることを知らなかった。だから見逃して欲しい……っていうのは虫がいいかな?」「……いや、クロエを助けてくれたんだ。信じよう」 イルシュカは俺の顔をじっと見つめ、信用できる言葉だと理解したのだろう、相好を崩した。「ありがたいね。じゃあ、私は横に避けとくよ。それとも、手助けしたほうがいいかい?」「いや、要らない。クロエも悪いけど、見ていててくれ」 頷く気配を感じて、一歩踏み出す。腕を斬られたゴルザは止血を終え、憎々しげに俺を睨み付けている。テッドから奪った剣を構え、隣のカルブも短剣を二刀流で構えている。 その二人に刀の切っ先を向け、告げる。「せめてもの情けだ、真っ正面から斬り伏せてやる。最期に言い残しておくことはないか?」「銅石級が銀翼級二人に勝てると思ってんのかよ?」「勝てるから聞いているんだよ。まあいい、じゃあ、死ねっ!」 自分でも驚くほどの殺意が沸き上がる。ゴブリンを殺した時より、オークを斬ったときより、ゴルザに対する黒い感情が意識を塗りつぶしていく。 俺だけならいい。こいつは、クロエを殺そうとした。この世界に来て、初めて会って、親切にしてくれたクロエを。 俺が原因のトラブルで自分勝手な理由かもしれないが、それが許せない。「おああああああああああああっ!」 殺気をこめて咆吼する。声に物量があるかのように、カルブの動きが一瞬止まる。半歩。たった半歩、カルブはゴルザより前にいた。「がっ!」 だから首を斬られた。防御しようとした短剣をかいくぐり、刃先が正確に頸動脈を断ち割る。 その首筋から血が噴き出すより早く、ゴルザに向き直る。剣を振り下ろそうとしているが、先ほどのオークに比べればあくびが出るほど遅い。 だが、テッドの剣を欠けさせるわけにはいかない。なので刀身では受けずに避け、振り下ろし斬った所で両手首を斬り落とす。「いぎゃっ、ああああああああああっ!」 耳障りな悲鳴へ耳も貸さず、屈み込んで水平に刀を薙ぐ。ゴルザの着けている甲冑ごと、足首がずれて地面へ落ちる。「ひぎっ、ああああっ! 俺の手がっ! 足がっ! あぐっ!」 喚くゴルザを蹴り飛ばし、黙らせる。両手足から血を垂れ流しながら、ゴルザは気を失った。 傍らのカルブの屍を見る。前世でも、現世でも初めて人を殺した。熊嵐とも、ゴブリンとも、オークとも違う手応えだった。「ふっ……うっ……」 息が漏れる。手に残った感触が消えない。噴き出す血の残像が焼き付いている。 だというのに、何故だか罪悪感だけが薄かった。 俺は、そんなに冷血漢だったのだろうか。 忌々しい。まったくもって忌々しい。 その感情がどこから起因するのか、今の俺には分からない。