二つ名
二つ名
「な、なあ、助けてくれよ。ほんの出来心だったんだ。反省する。だから止血して街まで運んでくれ。頼む、もうこんなことしない……っていうかできないだろ、この手足だと。なあ、頼むよ」 意識を取り戻したゴルザが哀れじみた声で懇願してくる。だが、それに心を揺さぶられる者はこの場にいない。「なくした手足を再生する魔術ってあるのか?」「高位の魔術師ならできるね。あるいは手足の形をした義手義足を魔力で動かすのもあるけど、どちらも値が張るね」 俺の疑問にイルシュカが答える。念のためにクロエを見ると小さく頷く。「なら、駄目だな」「手……手足が復活しても復讐なんてしねえって! お前、あんたの強さは身に沁みた。もうこれからはまっとうな冒険者として生きる! だから、な? 頼む!」 手足を失ってなおこれだけ喋れるのは冒険者の矜持なのか、あるいはオークだけではなく、この世界の人間の生命力も高いのか。「証拠は?」「え……?」「お前が心を入れ替えて真っ当な冒険者になるという証拠はどこにあるんだ?」「そ……それは……」 俺の言葉にゴルザは言葉を失う。あるいは言い訳を考えていたが、失血で思い浮かばなくなってきているのかもしれない。「証拠を示せないのなら、お前の話を聞く価値はないな。それともまさかお前、今までの所業をしでかしておいて言葉だけで説得できると思っていたのか?」「それは……それは……」 冷たく言い放つ俺に何も返せず、ゴルザは悲痛な顔を浮かべる。あれがレンやクロエを下卑た笑みで見ていた人間と同じかと思うとなんとも浅ましいものを感じるが、俺自身はそうならないようにしようと反面教師にしておく。「ただ、俺も鬼じゃない。お前に少しだけ機会をやるよ」 言って、死体となったカルブの手から二つの短剣をもぎ取り、ゴルザの腹の上に置いてやる。なにも斬ることがなかった刃が陽光を受けてかすかに煌めく。それなりにいい品だったようだ。「武器はやる。それでなんとかしろよ」「なっ!? こんな状況でなんとかできるわけが……あぐっ!」 激昂して痛みが走ったのか身体を震わせ、短剣が滑り落ちる。「おいおい、人の親切を無下にするなよ。ほら、もう一度置いてやる。口で咥えるなり、そのなくなった手で挟み持つなり好きに使え。お前が 英雄譚 ( ヒロイックサーガ ) の主人公なら、ここからでも生き延びれるだろうさ。じゃあな、頑張れよ」「待てっ! 待ってくれ! 置いていかないでくれ! 助けて! 頼む!」 立ち上がり、背を向ける。クロエを見ると、オークとゴブリンの耳を切り取り終えた所だった。どうやらイルシュカも手伝ってくれたらしい。クロエが拾ってくれていた弓を受け取り、そのまま合流して歩き出す。 背後からはゴルザの哀願する声が聞こえてくるが、三人とも振り返らない。「……中々えぐいね、アンタ。さっきから血の臭いに惹かれて獣や魔獣が集まってきているの、分かってあんな風にやったんだろう?」「さてね。本当なら足の先からゆっくりと輪切りにしたいぐらいだったんだが、そうしないだけでも自制心を褒めて欲しいもんだ」「おお、怖い怖い。アンタを敵に回さなくてよかったよ」 おどけた仕草でイルシュカが身を引く素振りを見せる。まるで最初はゴルザの側へいたとは思えないほどの態度だ。 背後からかすかに絶叫が聞こえるが、やはり誰も振り向かない。「とりあえず、自己紹介しておこうか。私はイルシュカ。魔術師をやってる」「俺はトーヤ。剣士だ」「私は魔女のクロエ……イルシュカってもしかして『海風のイルシュカ』?」 クロエが意外そうな顔でイルシュカの方を見やる。「ああ……また懐かしい二つ名を。私が金空級だったのはもう随分前なのに」「やっぱり。だったらあの風の魔術も頷けるわ。風で飛ばした銀貨で顔だけを正確に撃ち抜いたり、風の力で跳躍するなんて並の魔術師にはできないもの」 なんのことか分からない俺はクロエを見る。「彼女は元は金空級の冒険者よ。確かなにかの依頼で揉めて、銀翼級に落とされたって聞いたけど……」「気に入らない依頼者を殴りつけただけさ。そうしたらそれがギルドのお偉いさんの息子でね。見せしめに降格されたってわけさ」 それ以来、適当な冒険で日銭を稼いでる。そんな風に続ける。それにしても、公私混同が過ぎる。やはりギルドはそういう組織でもあるのだろう。「その海風ってのは?」「冒険者は金空級になると二つ名がもらえるのよ。大体はその人の特徴に合ったものだけど……イルシュカは風を操るのが得意な魔術師だからそうなったんでしょう?」「金空級に昇格したあと、船上での依頼が稼ぎがよかったから受けまくってたらいつの間にかそう呼ばれていたよ。私はただ帆船の帆に風を受けさせていただけなんだけどねえ」 からからと笑う。帆船ということは少なくとも小型船ではないはずだ。商用船を意のままに動かせるほどの風というのが俺には想像もつかないが、生半可なものではないと分かる。 もしも彼女がゴルザの側についたままだったら勝てただろうか。そう思ってすこし背筋が寒くなる。あの状況は、自分で思うより危険だったのだろう。「私のことはいいさ。ところでトーヤにクロエ、一つ相談があるんだけど」「相談……?」「ああ。ギルドに帰還したら当然ゴルザのことも報告するんだろうけど、私のことも正確に伝えて欲しい。なにも知らされずに連れてこられて、離反したって。私がゴルザに声をかけられたのはギルドの酒場だからね。沢山の目撃者がいる。それでゴルザとカリブが帰ってこなくて、私だけが戻っていればあらぬ噂をたてられてしまう」 言われて、少し考える。あの状況でクロエを助けてくれたのだから、イルシュカの言っていることはほぼ真実だろう。だが、それでも彼女とは今出会ったばかり、それも最悪の状況で出会ったばかりだ。あと一つ、信じるに足るものが欲しい。「一つ、俺の言うことを聞いてくれるのなら」「……なんだい?」 少しだけ警戒のこもった声で応える。その辺り、女性冒険者ならではの、男が取引を持ちかけてくることに敏感なものがあるのだろう。 そんなイルシュカの目の前へテッドの剣を持ち上げてみせる。「この剣、ここに来るまでに知り合った少年冒険者のものなんだがな、そいつが言うには奪った奴は男の二人組だったらしい。だから、俺がこの剣を返す場面に立ち会ってもらう。それでテッドがイルシュカに見覚えがないと言ったなら、その提案を受けよう」「ふうん。それがアンタの言う証拠になるのかい?」 イルシュカの言葉に頷く。なにがおかしいのか、そのまま笑い出す。「いいよ。お安い御用だ。それぐらいで済むのなら、付きあうよ。さすがにこれ以上ギルドでの立場を悪くするのも面倒だからねえ」「クロエも、それでいいか?」「ええ。私に異存はないわ」 そうして空中に目を向ける。ヴェルも承諾というように頷いてみせる。どうやらイルシュカにはヴェルは見えないらしく、押し黙って視線を固定する俺を不思議そうに見る。「なら決まりだ。街に戻ったら、ギルドに行く前にテッドたちに会いに行こう」 森の中を歩く。もう悲鳴は聞こえてこなかった。