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第百二十四話「転移迷宮の守護者」

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第百二十四話「転移迷宮の守護者」

赤い魔法陣。

今まではずっと青白い色を放っていた転移魔法陣が、赤色だった。

赤といえば、危険を表す色だ。

レッドゾーンなんて言葉もある。

これは、危険な場所に通じている。

「この先、いるな」

ポツリと呟いたのはパウロだった。

それはきっと、勘での発言だろう。

ゼニスがいるのか、それとも 守護者 ( ガーディアン ) がいるのか。

しかし、不思議と確信できた。

この魔法陣の先が迷宮の最深部だと。

「どうするパウロ。まだ余裕はあるが、一旦戻るってのも手だぜ」

第六階層は楽だった。

タルフロの根のお陰で、イートデビルは雑魚も同然だった。

特に何かを使うまでもなく、消耗は皆無といっても問題無い。

先ほどの部屋で十分に休息も取れた。

「……いや、進む。装備の点検をしよう」

「了解」

パウロの判断を聞いて、全員がその場に座り、一度装備をはずす。

いつも以上に丁寧に点検を始める。

「ほら、ルディも」

ロキシーに言われ、俺も座り込む。

持ち物を袋から取り出し、地面に並べて個数を確認する。

俺の持ち物は少ない。

せいぜい、精霊のスクロールをいくつか持っているだけだ。

「ルディ。わたしのスクロール、何個か持っておきますか?」

ロキシーはいざという時のために、スクロールをいくつか隠し持っている。

上級魔術のスクロールだ。

彼女は詠唱短縮によって、かなりの回転率でいくつもの魔術を使う。

とはいえ、上級魔術はやや長い詠唱を行わなければならない。

となれば、どうしても間に合わないタイミングが出てくる。

その時の切り札だ。

「そうですね、じゃあ治癒魔術のスクロールをいくつか」

「はい」

俺は無詠唱が扱えるので上級魔術のスクロールはいらない。

しかし、治癒魔術は別だ。

こっちは万が一のときのためにもらっておこう。

万が一、そう例えば喉や肺をつぶされた時のためだ。

中級治癒のスクロールをロキシーから譲り受け、折りたたんでローブのポケットに入れておく。

使わなかったら返そう。

一つ持って帰って、ナナホシかクリフあたりに複製してもらいたいな。

いや、無断で複製するのは禁止されてるんだっけか。

個人で使う分にはバレはしないと思うが。

「どんな守護者がいるのかはわかりませんが、こちらの戦力は十分です。

ルディがそのスクロールを使うことのないよう、全力で援護します」

「お願いします。どうにも俺はビビリ癖があるので、いざという時は助けてください」

「はい、背中は任せてください」

ロキシーはそう言って、己の小さな胸をトンと叩いた。

頼もしい。

「ルーデウス、ロキシー」

と、そこでエリナリーゼから何かを投げ渡される。

飛んできたものを受け止めると、ビー玉のような丸い石だった。

エリナリーゼがいくつも持っている魔力結晶だ。

「魔力が切れたら使いなさい」

「いいんですか?」

「貸すだけですわよ。使わなかったら、あとで返しなさいな」

「あ、はい了解」

迷宮探索中に魔力切れを起こすことはある。

が、普通はそのときは撤退だ。

そのために後ろの空間の敵を完全に殲滅しておくのだから。

逃げて、魔力を回復させてから再チャレンジだ。

しかし、守護者との戦いは逃げられない時もあるそうだ。

闘技場のような所に閉じ込められて、倒すまで出られない。

そんな場合もあるらしい。

目の前にある赤い魔法陣は、双方向にみえる。

しかし実は単方向だったりするかもしれないのだ。

流石にランダムは無いだろう。

「よし、全員準備はいいか?」

パウロの声で、俺は立ち上がる。

見れば、全員の顔が引き締まっていた。

俺も気合を入れていこう。

「ルディ」

「なんでしょうか」

「こんな時にこんな事を言うのも悪いと思うんだがな」

あ、これ死亡フラグだ。

「じゃあ言わないでください」

「お、おう……」

パウロはしょんぼりした顔になった。

ちょっと士気が下がったかもしれない。

いや、決戦前に大事なことを言わせるもんじゃない。

そういうのは帰ってからでいいのだ。

「よし、行くぞ」

俺たちは互いを見渡し、同時に魔法陣に乗った。

---

魔法陣を抜けた先は、凄まじく広い空間だった。

一言で言えば、荘厳、だろうか。

長方形にかたちどられた、野球場ぐらいの広さを持つ宮殿の広間。

部屋の隅には何本もの太い柱が立っている。

天井は見上げるほどに高い。

地面はタイルのようになっており、一つ一つに複雑な文様をしたレリーフが刻まれている。

「おぉ……!」

その灰色の宮殿の奥には、一体の魔物がいた。

巨大な魔物である。

俺は、これほど大きな魔物と戦ったことはなかった。

大きさは、赤竜の約2倍。

遠目からでも、エメラルドグリーンの鱗がキラキラと輝いているのがわかる。

ずんぐりとした胴体。

そこから、何本もの首が生えていた。

「ヒュドラかよ、初めて見たぜ……」

ギースの呟きが聞こえた。

そう、ヒュドラだ。

九本の首を持つ巨大なドラゴン。

「いた……!」

しかし、俺が。

そしてパウロが目を留めたのはそこではなかった。

ヒュドラの奥。

ヒュドラが守ろうとしている部屋の最奥。

そこに、一つの魔力結晶があった。

凄まじい大きさを持つ緑色の魔力結晶。

エリナリーゼの持つビー玉のような魔力結晶など、どうでもいいぐらい大きな。

2メートルぐらいの大きさを持つ、クリスタルのような形をした魔力結晶。

こんな大きさの魔力結晶は今まで見たことがない。

しかし、それもいい。

大きさなどどうでもいい。

そんなものより、魔力結晶の中だ。

魔力結晶の中。

彼女がいた。

ゼニスが。

魔力結晶の中に、閉じ込められていた。

「ゼニス!」

パウロが叫んだ。

同時に、俺の中で「なぜ?」という疑問符が浮かび上がった。

なぜあんな風になっているのか。

なぜ石の中にいるのか。

疑問を口にする前に、パウロが剣を両手に走りだしていた。

ヒュドラがゆっくりと鎌首をもたげた。

---

「馬鹿野郎! 早まるな!」

ギースの叫びが聞こえる。

「……っ!」

エリナリーゼが舌打ちをしつつ、パウロを追ってダッシュを掛ける。

続いて、タルハンドも駆け出す。

走り出したパウロに、エリナリーゼは追いつけない。

「援護します!」

ロキシーが叫ぶ。

俺はそこで我に返り、ヒュドラ相手に杖を向ける。

まずは敵を倒すのが先だ。

一撃で倒す。

魔王すらも一撃で吹き飛ばした、岩砲弾をチャージする。

「静かなる氷人の拳、『氷霜撃』!」

ロキシーが中級魔術を詠唱し、先制する。

冷気の塊が凄まじい速度でパウロを追い抜き、着弾。

ヒィィィィン!

着弾の寸前、ガラスを引っかくような耳障りな音が響いた。。

「なっ!」

ロキシーの目を見開く声。

ヒュドラには、傷一つ付いていなかった。

氷に対して強いのか。

などと一瞬頭をよぎるが、すでにパウロはヒュドラへと到達しようとしている。

「『 岩砲弾 ( ストーンキャノン ) 』!」

俺は溜めきった岩砲弾を放つ。

研ぎ澄まされた弾丸は、キュインと高い音を立てて飛ぶ。

あと数歩でヒュドラに到達しようとしているパウロのやや上を通過。

ヒュドラに着弾する。

ヒィィィン!

また、嫌な音が聞こえた。

「弾かれた!?」

回避はされなかった。

あたったはずだ。

直撃のはずだ。

しかし、今の音は。

今の甲高い音は、なんだ。

ヒュドラは何事もなかったかのように、平然と屹立している。

傷ひとつ無い。

「うおおぉぉらあああぁぁ!」

パウロの裂帛の気合がここまで届いた。

ヒュドラはその首を蛇のように動かし、パウロを迎え撃った。

パウロは最小限の動きでそれを回避する。

次の瞬間、ヒュドラの首が宙を舞った。

右手の剣が振りぬかれている。

凄まじい剣速だ。

パウロの姿が、いっしゅんブレた。

予見眼でも補足しきれない速度で動いたのだ。

次の瞬間、ヒュドラの別の首から、血しぶきが上がる。

パウロの左手の剣が振りぬかれていた。

剣の長さが足りないため、両断には至らない。

パウロは体を回転させ、遠心力を使って右手の剣を再度振りぬいた。

だらりと垂れ下がったヒュドラの首が落ちた。

「シャアアァァァァ!」

一瞬にして二つの首を失ったヒュドラ。

しかし、ヒュドラの首は一つではない。

ヒュドラは次々と首をめぐらせ、四方八方からパウロを囲む。

パウロはバックステップで距離をとろうとするが、しかし歩幅の大きさか、ヒュドラの射程圏内からは逃げられない。

「パウロッ!」

そこにエリナリーゼが追いつく。

彼女は盾を構えたまま、剣を突き出す。

目にはみえない衝撃波が発生する。

ヒィィン!

またあの音だ。

ヒュドラは衝撃波など無いかのように、パウロを追い詰めに掛かる。

「せせらぎの濁流よ!

『水流』!」

ロキシーの詠唱と同時に、

パウロの目の前に水の塊が発生する。

パウロはその水の塊に押し流されるようにして、ヒュドラの射程圏内から逃れた。

もんどり打って転がるパウロに対し、エリナリーゼが即座にカバーに入る。

その中間あたりで、タルハンドが足を止め、魔術を詠唱しはじめる。

変則的ではあるが、前衛、中衛、後衛の形になった。

戦闘はどうするんだ。

パウロの攻撃は通用している。

けれど、俺の岩砲弾は弾かれた。

ロキシーの魔術もだ。

次は火か、風か?

どちらもパウロたちを巻き込みかねない。

どうする。

「『 土落弾 ( アースピラー ) 』!」

タルハンドの詠唱が終わる。

土魔術だ。

ヒュドラの頭上に岩の塊が現れ、ヒュドラへと落ちていく。

ヒィィィィン!

あの音が響く。

岩はヒュドラへと着弾する寸前、パラパラと砂のようになって、消えた。

あの音だ。あの音が響くと、魔術が消える。

「奴に魔術は通用しないのか!?」

どうする、

続行すべきか?

それとも一旦逃げるべきか?

俺は何をすべきだ!?

そこで、隣にいるロキシーから声が切羽詰った声を上げる。

「ルディ、あれを! 治っています!」

見れば、パウロが切り落とした二つの首。

そのうちの片方の切り口がむくむくと伸びて、肉が盛り上がり、首を作った。

もう片方の首も、それに続くように治っていく。

再生しているのだ。

奴の首は、切り落としただけではダメージを与えることができないのだ。

「撤退しましょう!」

ロキシーの声。

しかし、パウロには届かない。

裂帛の気合を込めた叫び声を挙げつつ、ひたすらヒュドラに剣を叩きつけている。

その無茶な戦い方をサポートするエリナリーゼが危険だ。

「ギース!」

タルハンドの声。

ギースが走っていた。

奴はタルハンドを抜くと、パウロのすぐ後ろまで移動し、

手に握った何かを、ヒュドラに向かって投擲した。

パパァンと何かが破裂する音が聞こえた。

そして、ヒュドラを中心に煙のようなものがもうもうと上がる。

煙幕弾か。

「――――!」

ギースは何かを叫びつつ、パウロを後ろから羽交い絞めにする。

しかし、ギースではパウロを抑えられない。あっという間に振りほどかれそうになり――。

次の瞬間、エリナリーゼがパウロの顔を盾でぶん殴った。

「――!」

ギースが羽交い絞めをはずし、何かを言うと、パウロがこちらに向かって走り出した。

「ルーデウス!」

エリナリーゼの声に、俺は動く。

魔力を思い切り手に集中し、ヒュドラとパウロの間に濃霧を作り出す。

真っ白い湯気のような霧。

目くらましだ。

しかし、ヒュドラがドシンドシンと音を立てて近づいてくるのがわかる。

とはいえ、やはり足はそれほど速くない。

パウロたちがこちらまで戻ってくる。

「ルディ、撤退です。先に魔法陣に」

「はい! 先生!」

俺は先んじて魔法陣に飛び乗った。

---

全員が無事に魔法陣から出てきた。

ロキシー、タルハンド、ギース。

荒い息をついたパウロ。

そして最後に、怪我をしたエリナリーゼが出てきた。

エリナリーゼは肩口のあたりからダラダラと血を流していた。

「大丈夫ですか?」

「かすっただけですわ」

エリナリーゼの肩はごっそりと削り取られていた。

俺の見た所では、攻撃を受けた様子はなかったのだが。

「鱗で削られましたわ」

どうやら、あのヒュドラの外皮は鮫肌のようになっているらしい。

とはいえ、初級の治癒魔術で傷跡もなく治せる範囲だ。

生前の世界だと、数十針は縫う事になっただろうか。

便利な世界だ。

「ありがとうございますわ」

さて。

問題はこの怪我の元凶となった奴の処遇だ。

パウロは、魔法陣の前に座り込んでいる。

ついでに目も座っている。

体中から殺気をほとばしらせていた。

「父さん」

「……あれはゼニスだ。間違いない」

パウロはそう言った。

その目には、エリナリーゼが怪我をした事など入っていなかった。

いや、エリナリーゼは盾役だし、怪我をするのが仕事とも言えるが。

しかし……。

「ちょっと落ち着いてください」

「ああ、悪かった。今は落ち着いている」

パウロの声は低かった。

嵐の前の静けさ、という言葉が思い浮かんだ。

落ち着いてはいるが、冷静ではないらしい。

仕方がないか。

確かに、ゼニスだった。

俺ですら、遠目からでも「あ、ゼニスだ」と分かったぐらいだ。

パウロなら見間違えもしないだろう。

あの魔力結晶の中にいたのは、ゼニスだ。

石の中に閉じ込められて。

なんであんな事になってるんだ。

いや、理由はいい。

転移で石の中にワープしてしまったとか、色々あるだろう。

石の中に転移する事は滅多にないらしいが、逆にいうと滅多にならあるという事だし。

ギースの話では、冒険者と一緒にいたという話じゃなかったか?

いや、捕らわれているという言葉を使っていた。

ん? もしかして、ギースはこの状況を知っていたのか……?

いや、まさかな。

言葉尻を捕まえても仕方がない。

問い詰めるのは、全てが終わってからでも遅くはない。

それに、問題はそこじゃない。

「……母さんは、あれで、生きているんでしょうか」

「あぁ!?」

そう言うと、パウロがバッと立ち上がり、俺の胸ぐらを掴んだ。

「生きてるかどうかなんて、関係ねえだろうが!」

「そうですね」

確かに。

失言だったな。

元々、ゼニスの生存の確率は低かった。

死体すら見つからない可能性はあると思っていた。

せめて、遺品の一つでも。

死んだなら死んだで、弔いの一つでも、と思っていたのだ。

ああして、ハッキリとゼニスとわかる形で残っていたのなら、

予想よりも遥かに良かった、といえるかもしれない。

「やめろ、喧嘩は!」

ギースの声で、しかしパウロは恫喝するように俺に顔を寄せてくる。

「ルディ。あそこに、ゼニスがいたんだぞ。お前の母さんが、なんでそんな落ち着いてられる」

「もっと慌てた方がいいんですか? 取り乱して何かが解決するんですか?」

「そうは言ってねえ!」

パウロの言いたいことはわかる。

確かに、今の俺は冷静すぎるかもしれない。

六年も行方不明だった母親を見つけた時の、子供の態度ではないだろう。

……まあ。

俺は子供の頃から、あまりゼニスと接点が無かった。

母親という認識も薄い。

むしろ一緒に暮らしていた他人、という認識が強いかもしれない。

なにせ、7歳の時に分かれてから10年近く会っていないのだから。

薄情な態度を取ってしまうのも、仕方のない事なのかもしれない。

「とりあえず、現状の認識をしましょう」

「あぁ!?」

パウロの恫喝を無視し、俺はさきほどの事を淡々と口に出して言ってみる。

「あの 守護者 ( ガーディアン ) には魔術が効かなかった。

凄まじい再生能力を持っていて、触れただけでエリナリーゼさんの防御を突破できるほどに攻撃力も高い。

そして、母さんは石の中に閉じ込められている。

はっきり言って、生きているかどうかもわからない」

「んなこたぁオレだってわかってんだよ! 母親を見つけた時の態度がソレかって言ってんだ!」

パウロが叫び、ギースが割り込んできた。

「やめろってんだ! 親子喧嘩は宿に戻った時にやれ!」

ギースに無理やり引き剥がされる。

パウロは「くそっ、ふざけやがって」と吐き捨て、地面にどっかりと腰をおろした。

わざわざ俺に言われるまでもなく、パウロだって、状況はわかっている。

ただ、彼は俺の態度が気に食わないのだ。

俺だって、ドライすぎるとは思う。

けど、しょうがないだろ。

どうしろってんだ。

「はい、喧嘩はそこまで、話し合いをしますわよ!」

エリナリーゼが手をパンパンと鳴らす。

俺とパウロはノロノロと動いて、車座に座った。

ロキシーが若干おろおろとした顔で、俺とパウロを見比べている。

心配させてしまったようだ。

「大丈夫です」

「そうですか……?」

パウロとこんな風になるのは初めてじゃない。

事が終わって、宿に戻れば、パウロも冷静になるだろう。

俺だって、ゼニスが助かって声でも聞ければ、きっと何か感じる所があるはずだ。

そうだ、そうに違いない。

今回は、ちょっと歯車が狂っただけだ。

「こほん。あの、ゼニスさんの結晶化ですが。なんとかできると思います」

ロキシーはいつもより若干明るい声でそう言った。

「本当か!?」

嬉しそうな顔をしたのはパウロだ。

「はい。たまに、強力な 魔力付与品 ( マジックアイテム ) がああして魔力結晶に閉じ込められている事があるそうですが、ガーディアンを倒すと結晶化が溶けて、中身が取り出されると聞いたことがあります」

俺は聞いたことのない話だ。

しかし、ロキシーの言葉だ。

ロキシーが嘘を言うはずはない。

「それはわたくしも知っていますわ」

それに同意したのはエリナリーゼだった。

「わたくしも今のゼニスと似たような事になっている人物を一人知っていますけど、ちゃんと今も生きていますわ」

「……」

これは嘘だろう。

エリナリーゼはこういう時、わりと平気で嘘をつく。

場の空気をよくするためだから、責めはしないが。

もっとも、いくら前例があるとはいえ、結晶化がとけた所で、中の人間が無事とは限らない。

もちろん、それを口に出して言う必要はない。

みんなわかっている事だ。

「問題は、例の 守護者 ( ガーディアン ) ……。正直な所、わたくしも初めて見る種類ですわ」

率先して口火を切ったのはエリナリーゼだ。

それにギースが続く。

「そうだな、ヒュドラってのは見りゃわかるが、

あんな緑色の鱗を持ってる種なんて聞いたこともねえ」

「……しかも、再生までしおった」

タルハンドも難しい顔のまま、腕を組んでいる。

ヒュドラというのは、ドラゴンの一種だ。

何本もの頭を持つドラゴンで、群れないが単体では最強クラスの力を持っている。

確か、魔大陸のどこかに生息しているという話だ。

現在確認されているだけでも、3種類ほどいる。

鱗の色で区別されていて、白色、灰色、金色の種類がある。

緑色の鱗を持つヒュドラなど、存在しない。

「あれは恐らく、 魔石多頭竜 ( マナタイトヒュドラ ) です」

そう言ったのは、ロキシーだ。

「本で読んだことがあります。

全身を魔力を吸収する魔石の鱗で覆った、悪魔の竜。

第二次人魔大戦の頃に目撃され、大陸の消滅と共に絶滅したと書いてありました。

てっきりお伽話だと思っていましたが……実在していたとは」

魔力を吸収。

ということは、魔術は軒並み通用しないという事か。

「てことは、俺たちは、奴にダメージを与えられないという事ですか?」

「本に書いてあった事が本当なら、ゼロ距離で撃ちこめば通用するはずです」

「ゼロ距離って……」

あの巨体。

しかも、体を押し付けられただけでおろし金に掛けられたような傷をもらう。

そこに直接触れて魔術を使えというのか。

指が全部なくなりかねない。

「しかし、ダメージを与えた所で再生までしおる。どうしたもんか……」

「再生は厄介ですわね」

「……しかし、倒さねえことには話にならねえ」

ヒュドラが再生する。

そう聞いても、何故か俺の中で驚きは無かった。

ヒュドラは再生するものだという常識があった。

「ぶった切っても一瞬で再生しやがった。どうすりゃ倒せるんだ、あんな奴……」

ロキシーも一緒になって、うんうんと唸っている。

しかし、俺はそれほど厄介だとは思えなかった。

今まで、再生する魔物になど会ったことはないのに。

なぜか。

生前の知識があったからだ。

「一応、案があります」

挙手をして発言すると、視線が俺に集まった。

「ヒュドラの首は火で炙れば再生しない、と聞いたことがあります」

俺はギリシャ神話の英雄ヘラクレスの話をする。

ヘラクレスは、ヒュドラと戦った。

それによると、ヒュドラは切り口を松明で炙ると再生を阻止することが出来たとしている。

正直、所詮は神話だ。

信憑性は薄い。

しかし、反応は良かった。

「なるほど、傷口を焼く、か」

「松明は持ってきていませんけど、傷口なら鱗で魔術が弾かれる心配もありませんね」

「試してみる価値はあるか」

こっちの世界のヒュドラが、生前のヒュドラとどれだけ一緒かはわからない。

生前のヒュドラは、不死身の頭があったというが……。

こっちのは案外、首を全て焼けば、あっさり死ぬかもしれない。

楽観的には考えない方向で行くが、生物である以上、死はあるはずだ。

「よし、じゃあそれで行ってみるか」

ギースの言葉で、方針が決まった。

俺の提案は確実ではない。

しかし、確実なものなど、どこにもない。

正直、一度町に戻った方がいい気もする。

ほとんど消耗はしていないとはいえ、敵は強大だ。

ボス戦用の準備をした方がいいかもしれない。

ボス戦のためだけに人を雇うのだってアリだ。

あのヒュドラの首を両断できるレベルの剣士がどれだけいるかはわからないが、あれだけ冒険者がいるんだ探せば一人ぐらいはいるだろう。

「……」

だが、パウロはきっと納得すまい。

今から戻るなんて言ったら、自分一人ででもヒュドラに挑むと言いかねない様子だ。

それに、戻った所で、あのヒュドラ用のアイテムや傭兵が都合よく見つかるとも思えない。

対策はある。

出来るだけの人員も揃っている。

なら、ここは先に進むべき場面だ。

「おい、パウロ、それでいいな?」

「……ああ」

「気のねえ返事だな、わかってんのか? あいつの首を切れるのはお前しかいねえんだぞ」

エリナリーゼやタルハンドでも鱗に傷をつけることは可能だろう。

だが、両断には至らない。

パウロが首を落とし、無詠唱を扱える俺が即座に焼く。

そういった役割分担が必要だ。

場合によっては、俺もかなり近距離まで近寄る必要があるかもしれない。

傷口だけをピンポイントで焼きたくとも、周囲の鱗に魔術が無効化される可能性も高いから。

そうなった場合、他の三人が囮をして俺への攻撃を逸らす。

囮がダメージを受けたら、ロキシーが治療する。

そういう役割分担になる。

それしかない。

当然ながら、俺にも攻撃が来るだろう。

かなり危険な立ち位置となる。

「ルディ……」

パウロの目が俺に向いた。

奴は、やや淀んだ目で俺を見て、言った。

「お前は……本当に頼りになる息子だ」

「そういうお世辞は、ヒュドラを倒した後にしましょう」

「お世辞じゃねえ。本当にそう思ってる」

パウロはそう言うと、自嘲げに笑う。

「俺はお前みたいに冷静にもなれねえ、アイデアも出せねえ、がむしゃらに突っ込む事しか考えてなかったバカだ」

パウロは続けた。

奥歯を噛みしめるように、口元をひん曲げて。

「……ダメな親父だ。息子のお手本には、なれそうもねえ」

パウロは覚悟のこもった口調で言った。

視線は凄まじく強い。

俺を射殺さんばかりの、強い力の篭った目。

覚悟だ。

パウロは覚悟を決めている。

「それをわかった上で、言わせてもらう。親の言うべき事じゃねえとは思ってるけどな、いいか」

「はい」

俺は視線を真正面から受け止める。

「死んでも母さんを助けろ」

パウロはそう言った。

息子に向かって。

死んでも、と。

しかし、酷い親父だとは思わない。

これは、信頼だ。

パウロは俺を、自分と対等だと思ってくれている。

だからこそ、そんな言葉が出てくるのだ。

なら俺はそれに応えるだけだ。

「……はい!」

「よし、行くぞ!」

パウロの言葉で、全員が立ち上がった。

ヒュドラとの再戦が始まる。