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第七十七話「絶壁の婚約者 後編」

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第七十七話「絶壁の婚約者 後編」

魔王襲来。

その報告は、魔法大学近辺の国に電撃的に知れ渡った。

襲来と情報。

本来なら情報のほうが先に来るはずである。

だが魔王の移動速度が凄まじく速かったゆえ、

各国に情報が届くのと、魔王が目的地に到着するのはほぼ同時だった。

各国は慌てに慌てた。

魔王というものは、基本的に魔大陸からは出てこない。

急戦派や武闘派の魔王は、ラプラス戦役にてほぼ死に絶えた。

ゆえに、すでに魔大陸には戦いに興味のない、穏健派や保守派の魔王しか残っていない。

しかし、穏健派や保守派とはいえ、彼らも魔大陸で君臨できる力を持つ王なのだ。

何かしらの理由によって暴れだせば、圧倒的な破壊を撒き散らすだろう。

魔王バーディガーディの襲来を聞いて、

ラノア・ネリス・バシェラントの三国は、国内の騎士団を動かした。

それと同時に、冒険者に収集をかけた。

しかし、大学までは距離があった。

ラノア魔法大学のある魔法都市シャリーア。

そこにある魔術ギルドと冒険者ギルド。

そして駐在している三国の合同騎士団。

彼らは少ない兵力をかき集め、魔法大学を包囲した。

いざとなれば、三国からの増援が来るまでの足止めをするのだ。

しかし、魔王の目的は 杳 ( よう ) として知れない。

姿形はそこそこ有名だ。

漆黒の肌に六本の腕。

不死身の魔王バーディガーディ。

ラプラス戦役以前より生きる、古き魔王の一人だ。

その能力は名前の通り『不死身』。

穏健派であるがゆえ、その戦闘力を知るものは少ない。

一節によると、あのラプラスと戦った事もあるという。

それが本当であるなら、ラプラスですら滅ぼしきれなかった、ということである。

そんな魔王が、なにゆえ魔法大学に現れたのか。

そして、なにゆえ罪のない一般生徒や、獣族を気絶させて回ったのか。

各国、そして魔法大学がその理由を知るのは、もう少し後の事となる。

--- ルーデウス視点 ---

現在、俺は魔法大学の上級魔術用演習場。

何もないだだっ広い校庭のどまんなかで、バーディガーディと対峙している。

腕を組んで両足を開き、顎をつきだして堂々と立っているが、

内心はビクビクだ。

当たり前だろう。

真っ黒な肌を持つ偉丈夫の魔王に睨まれて、

どうして平然としていられようか。

確かに、俺は最近「俺もしかしてちょっと強いんじゃね?」と思っていた。

けど、魔王ともなれば、ちょっとどころではない。

調子に乗るなと釘を刺された気分だ。

ていうか、もうハッキリ言って逃げ出したい。

こんな日のために走りこみを続けてきたのだ。

体力と魔力が続く限り、逃げ続けたい。

「……」

振り返れば、後方にはヤジ馬が大量に並んでいる。

男子も女子も先生も。

俺の方を見ている。

ここで脱兎の如く逃げれば、彼らはどう思うだろうか。

いや、もうどう思うとかぶっちゃけ知ったこっちゃないんだが、

逃げるタイミングを逸した感じがしてならない。

ふと、野次馬の一人が、やや足早に俺の傍へと走ってきた。

やや露骨なヘアアクセサリーがよく似合う男性だ。

……この世界にもカツラはあるらしい。

「ジーナスから事情を聞いた。すまんが、今しばらく時間を稼いでくれんか。今戦力を集めている」

彼は手短にそう言い残し、戻っていった。

ていうか、誰だ今の奴。

どっかで見たことあるよな……。

だが、言葉の意味は理解した。

ジーナスがどういう事情を知っていて、何がどうなっているのかわからない。

けれど、時間を稼げば、なんとかしてくれるらしい。

やはりこういう時は権力のある人が強いのだ。

「ふむ、まだかね」

「もう少しだと思います」

バーディガーディは漆黒の腕を全て腕組みさせて待っている。

現在、フィッツ先輩に『 傲慢なる水竜王 ( アクア・ハーティア ) 』を取りに行ってもらっている。

それまで待ってくれ、という俺の言葉に、彼は従ってくれている。

それにしても、遅い。

図書館から寮まで、それほど距離があるわけではない。

変な所にしまった覚えはない。

いつも通り、先端に布を巻いてベッドの脇に立てかけてある。

すぐ見つかると思うのだが。

「ふむ、人族はせっかちだと思ったので急いだが、

貴様はせっかちではないようだな。

さすがは我がフィアンセに認められるだけある」

「フィアンセ……えっと、キシリカ……様、でしたっけ」

そう聞くと、バーディガーディは「うむ」と頷いた。

魔界大帝キシリカ・キシリス。

忘れたわけではない。

魔眼をくれた相手だ。

当時は本物だと思っていなかったし、

唐突にあらわれて唐突に去っていったので唖然とするだけだったが。

しかし、なんだって今更そのフィアンセが現れるのだろうか。

まさか、獣族と同様、結婚を申し込みにきたわけでもあるまい。

「キシリカ様とは、本当に少し話しただけです。魔眼は頂きましたが」

「キシリカは、貴様の事をすごいすごいと評しておったぞ。

あれほど興奮して話す彼女を見るのは久しぶりでなあ。

寛大なる我輩もちょいとばかり嫉妬を覚えたというわけだ」

片方の眉を上げて、ニヤリを笑いつつ、バーディガーディは言う。

嫉妬かよ。

嫉妬されるような事は何一つしてないはずなのに。

なんだ、何が気に障ったんだ。

もしかして、冗談交じりに一発お願いしますと頼んだことか?

いや、あれは未遂だ。

婚約者がいるから無理だって……。

ああ、くそ、あの時言ってた婚約者か、コイツは。

「僕は小物ですよ。哀れなる一匹の鼠小僧にすぎません。

ま、魔王様のような方が嫉妬なさるようなことはありませんよ?

キシリカ様は少々物事を大げさに言ったのでしょう」

内心の動揺を隠しつつ、俺は極めて冷静に答えた。

すると、奴は笑うのだ。

さもおかしそうに、笑うのだ。

「フハハハハ、謙遜をするな。

聞いておるぞ、貴様の身に宿る、その膨大な魔力のことはな」

膨大な魔力。

そう言われてもな。

他人よりも圧倒的に多いと気付いたのは最近だ。

だが、いくらなんでも魔王に嫉妬されるほどではない……だろ?

いや、でもそういえば、あの時、なんか言われてた気がする。

何を言われてたっけか。

大笑いされた記憶しかない。

「えっと、魔力は他人よりは、少しばかり、多いようで」

「フハハハハ! そうだな、少しであるな!」

バーディガーディはしばらく笑っていた。

だが、唐突に高笑いをやめ、ドスンと地面に腰を下ろした。

「座るがよい」

俺は言われるがまま、その場に腰を下ろす。

バーディガーディは座ってもなお、大きかった。

筋骨隆々というべきか。

俺もこんな筋肉が欲しい。

「お前は、かの魔界大帝キシリカ・キシリスにすごいと言われた事の意味をわかっておらぬようだな」

「……そう言われましても」

「凄い魔力を持った奴がいる。ラプラスより凄い。

彼女がそんな事を言ったのは、貴様が初めてである」

ラプラス。魔神だったっけか。

魔神よりすごい魔力と言われても、ピンとこないな。

確かに一時期から魔力切れを起こすことは滅多になくなったが、

別段、身体能力が高いわけでもないし。

「魔神ラプラスの魔力総量は歴史上でもトップクラスである。

つまり、貴様は世界でもトップクラスの魔力総量を誇る、というわけであるな」

「またまたご冗談を」

そう言いつつも、俺の胸は少々踊っていた。

なにせ、相手は魔王だ。

実績のある相手だ。

プロのプレイヤーから、実は君、才能あるんだよ、と言われた気分だ。

「我輩に真偽はわからぬ。キシリカは適当であるからな。

案外、何かを見間違えたのやもしれぬ」

そう言って、バーディガーディは苦渋の表情をしていた。

心当たりでもあるのだろうか。

いやでも、しかしあの魔帝様なら、そういう事もありえそうだ。

「確かに、昔から魔力を増やす訓練はしてきましたが、トップクラスは言い過ぎでしょう。

僕と同じ訓練をすれば、誰もが世界一になれる事になりますよ」

「うむ、普通ならありえんことだ」

普通ならありえない。

なら、俺のように異世界から転生してきた者ならありえるのだろうか。

それとも、俺は気付かないうちに、人神からチートをもらっていたのだろうか。

聞いてみるか。

「そういえば、魔王様、一つお尋ねしたいことがあるのですが」

「なんだ、なんでも尋ねてみよ」

「その、決して僕は、今から口にする人物の手先とか、配下とか、

そういう感じではないので、唐突に襲いかかって来ないで欲しいのですが」

「貴様が待てと言ったのであろう、魔王は約束を破らん」

インディアン嘘付かない。

本当だろうな。

押すなよ。絶対押すなよ。

「ヒトガミ、という名前に聞き覚えはありますか?」

「…………貴様、その名前をどこで聞いたのだ?」

「夢に出てくるんです」

バーディガーディは腕の上段の腕組みを解いて、顎を撫でた。

何か知っているのだろうか。

「ふむ、そうか……夢にか」

「何かご存知で?」

そう聞くと、バーディガーディはしばし、考えていた。

が、「うむ」と頷いて、首を振った。

「なるほど。わからん!

どこかで聞いた覚えがあるような気がするが、思い出せん!

少なくとも、ここ数百年では聞いておらんな!」

「そうですか、ありがとうございます」

数百年とは、またアバウトだな。

「うむ、思い出したら教えてやろう! フハハハハ!」

「お願いします」

「つまらんやつだな、貴様も笑え。フハハハハハ!」

バーディガーディは楽しそうに笑う人物だ。

先ほどから、特に面白い事を言ったつもりはないのに、笑いが絶えない。

ふと、俺はルイジェルドに会った時の事を思い出した。

あの時も、彼と笑いあう事で、親交を深めた。

笑いは、この世界においても共通の言語だ。

向こうが笑って話しかけて来てくれているのだ。

笑顔を返さないのは失礼だろう。

よし、笑うか。

「フゥーハハハハハハ!」

「良いぞ、良いぞ、キシリカも言っていた。

どんな時にもとにかく笑えとな!

思い出したぞ、前にキシリカが死んだ時も、

奴は大声を上げて笑っていたのだ、フハハハハ!」

バーディガーディはそう言って、笑った。

見た目は恐ろしいが、この男はそれほど悪い奴ではないらしい。

「ん?」

バーディガーディと笑いあった所で、後ろの野次馬がにわかに騒がしくなった。

振り返ってみると、誰かが騒いでいる。

耳を澄ましてみると、会話を聞き取ることができた。

「離して! 杖を届けないと!」

「やめろ! その杖を届ければ決闘が始まってしまう!」

「杖なしで戦いが始まったらどうするんだよ! 見殺しにするの!?」

「そ、それは」

「ここは余に任せろ!」

「あっ、ザノバ君!」

「ザノバ・シーローンか! ええい離せ、離……いだだだだ!」

野次馬からフィッツ先輩が飛び出してきた。

そして、凄まじい速度でこちらに走ってくる。

むちゃくちゃ足はええ。

多分、俺の三倍ぐらい速い。

赤くて角とかついてたりしないだろうな。

「はぁ……はぁ……ごめん、ルデ……ルーデウス君。

先生が邪魔してきたんだ」

フィッツ先輩は杖を抱えて、荒い息をついていた。

「せ、先輩、足、はやいっすね」

「え……はぁ……靴、 魔力付与品 ( マジックアイテム ) だから……」

言われて、先輩がいつも履いているブーツを見る。

そうなのか、 魔力付与品 ( マジックアイテム ) なのか。

もしかすると、いつもつけているマントとかも 魔力付与品 ( マジックアイテム ) なのかもしれない。

この人、暖かくなってきてもマントはずさないし。

「もしかして、そのグラサンも?」

「はぁ……はぁ……これも……うん、いや……これは、ないしょで……」

えへ、とフィッツ先輩は笑った。

なんでこの人は笑い顔がこんなに可愛いのだろうか。

ドキドキしてしまう。

「ふぅ……はい、ルーデウス君、頑張って……でも無理しないでね。

勝てないって思ったら、ごめんなさいして逃げても、誰も何も言わない相手だから。

変なプライドとか考えずに、命だけは、ね」

俺はフィッツ先輩から 『傲慢なる水竜王』 ( アクア・ハーティア ) を受け取る。

こいつを持って真面目に戦うのは久しぶりだ。

頑張ろうぜ、 相棒 ( シャーリーン ) 。

冥土の土産に教えてやろう。

俺たちは、帰ったらパインサラダと結婚するんだってことを。

俺は 『傲慢なる水竜王』 ( アクア・ハーティア ) を包む布を取っ払う。

フィッツ先輩が息を飲むのがわかった。

ちょっとイタズラ心が芽生える。

「……フィッツ先輩、この先端の魔石を見てください、こいつをどう思います?」

「す、すごい、大きい……」

「!」

なんか、今ちょっと、腰の裏のあたりにビリッときた。

なんだろう。

いや、冗談はここまでだ。

バーディガーディが立ち上がり、肩を回している。

時間稼ぎは出来ただろうか。

兵力が集まりきるまで会話で持たせるのって無理じゃねえか?

フィッツ先輩は、名残惜しそうに戻っていった。

ここにいて援護してくれてもいいんだが。

ていうか助けて……。

「よいのか?」

「出来ればこのまま笑いながら話をしていたい所ですが」

「フハハハハ! それはまた後でもできよう!」

命を取る気は無いってことか?

いや、なんかアバウトな感じがする人だ。

魔力総量が多いから大丈夫だと思った、とか言って殺されるかもしれない。

先に一言言っておいた方がいいかもしれないな。

命のやり取りはよしましょう、と。

バーディガーディは腰に手をあて、だらりと立っていた。

先に仕掛けて来るとかは無いらしい。

合図を待ってくれているのだろうか。

とりあえず、予見眼を開眼する。

「……あれ?」

予見眼には、何も映らなかった。

バーディガーディが立っている場所に、何も立っていないのだ。

「なにを驚いた顔をしている……お、そうか。

早速キシリカにもらった魔眼を使ったな。

しかし残念だったな。我輩に魔眼は効かぬ」

事も無げに言って、バーディガーディはフフンと鼻を鳴らした。

まじか。

魔眼、効かないのか。

さすが魔王。

しかし、となるとまずいな。

ギリギリの致命傷を回避できない確率が増える。

俺は身体能力に関してはそれほど高くないのだ。

当たりどころが悪い場合が増えてしまう。

「魔王様」

「バーディで良いぞ。我輩が笑えといって、素直に笑った者にはその名で呼ぶことを許しておるのだ」

「バーディ様。一つ提案があります」

「なんだ」

「もし僕が負けても、どうか命だけは助けてください」

そう言うと、バーディガーディはブハッと笑い出した。

「フハハハハハハ! 始める前から命乞いか! 面白いやつだ!」

「命は大切にすべきです」

「うむ、そうであるな。人族はすぐに死んでしまうからな! そうした考えを持つ者が多いと聞く!」

バーディガーディはゲラゲラと笑う。

「しかしそれほど膨大な魔力を持っていながら、己の力に自信は無いか!」

「二年ほど前に、龍神とかいう人に殺されかけたばっかりなんで」

そう言うと、バーディガーディの笑い声がぴたりとやんだ。

「龍神とは、龍神オルステッドか?

奴と戦って、生き残ったのか?」

「死にかけましたよ。気まぐれか何かで生かしてもらわなければ、今頃僕は幽霊です」

バーディガーディの顔がマジになっている。

まずい。

人神の名前で大丈夫だったので安心していた。

オルステッドの方がダメだったか。

「その戦いにおいて貴様は、龍神に少しでも傷を付けたか?」

「え? ええ、手の甲の皮がべろんと剥がれる程度ですが」

「…………」

バーディガーディはぴたりと口を閉じた。

怖い顔だ。

わ、笑おうぜ。

「では、一つ我輩からも提案をしよう」

「な、なんでしょうか」

俺は神妙な顔つきで、バーディガーディの顔色を伺う。

「一発だけだ」

「……?」

「一発だけ、貴様の最高の奥義を我輩に向かって放て。

そうだな、龍神に傷を付けたものでよい。

それを我輩が受けて、我輩の闘気を貫いてダメージを与えれば、貴様の勝ち。

ダメージがなければ、我輩の勝ち、でどうだ?」

おお。

願ったりかなったりの提案である。

素晴らしい。

かなり有利な条件だ。

しかも俺は殴られないで済む。

いいんだろうか。

「でも、それでは僕が有利すぎないでしょうか」

「有利? 有利だと? ふむ、その通りだな!

ならば、もし貴様の攻撃がまるで通じなかったならば、

我輩も反撃を行う。一発だけな!」

墓穴を掘った気がする。

だって、その一発って心臓とか貫いたりするんでしょ?

もうやめよう、これ以上墓穴を掘ることはない。

胸に穴を開ける事もない。

「わかりました。では、それでいきましょう」

「うむ」

そう言って、俺は杖を構えた。

出来る限りの魔力を杖に込める。

作り出すのは岩砲弾。

しかし、オルステッドに放ったものより、固く作る。

あの時は素手で、片手で、咄嗟に作った。

今回は杖もある。

威力は数倍だ。

形成。

魔力を練り上げ、固く、硬くする。

基本はフィギュアを作るときと一緒だ。

ただ、靭性などは考えず、ただ硬くする。

可能な限りとがらせ、紡錘型に。

ドリルのような刻みもつける。

そして、そいつを回転させる。

できうる限りの高速回転。

ただひたすらに回す。

秒間で何回転しているのか、俺にもわからない。

あとは射出速度。

ここにも魔力を練り込む。

出来る限り最速で打ち出すのだ。

岩砲弾にここまでの魔力をつぎ込んだ事はない。

魔力を込めるのに時間がかかるし、実戦ではほぼ使えないだろう。

使ったとしても、大抵の魔物はオーバーキルになるはずだ。

だが、魔王なら、耐えるかもしれない。

せめてダメージを与えたい。

殴られるのは嫌だ。

「では、行きますよ」

「うむ! こい!」

発射!

キュインと音がした。

反動は無い。

なぜか魔術に反作用は存在しない。

しかし、当然ながら作用は存在する。

岩砲弾をぶち当てられたバーディガーディは、

バァーンとでかい音を立てつつ、

上半身を粉々にふっ飛ばされ、

六本の腕をバラバラに分解され、

下半身だけ数十メートルはぶっ飛んで、

ドサリと落ちた。

---

「…………え?」

ぴくりとも動かない。

俺は恐る恐る、ゆっくりと、彼の下半身の所に向かって歩いた。

そして、内蔵の溢れる下半身に、目を落とした。

血は流れていない。

魔王だからだろうか。

笑ってばかりで涙の無さそうな奴だと思ったが。

もしかして血も涙もないやつだったのだろうか。

「…………え?」

いや、まさか。

え?

嘘だろ……?

死んだ?

何が起こったのかよくわからない。

後ろを振り返ってみると、辺りはシンと静まり返っていた。

誰もがこちらを見ている。

視線が痛い。

誰も動かない、微動だにしない。

唾を飲み込む。

ごくりと喉から音がした。

こ、殺してしまったのか……?

いや、だって、嘘だろ。

だって、いや、なんで。

あんなに自信満々だったのに。

え?

だって、不死身の魔王だって。

ええ?

自信たっぷりで、一発だけ撃ってこいって。

えええ?

ゆっくりと、恐る恐る、

もう一度、振り返る。

自分がしでかしたことを、確認するんだ。

「フハハハハ! 我輩大復活!」

あやうく岩砲弾を撃ち込みそうになった。

そこには、半分のサイズになったバーディガーディが立っていた。

俺と同じぐらいの背丈になったが、顔の大きさは変わらない。

なのでアンバランスな印象を受けた。

大きさの件はとりあえず脇において。

「あ、生きてた」

ほっとした。

無自覚のうちに殺人をしてしまったのかと思った。

よかった、相手は人じゃなかった。

「フハハハハ、死ぬかと思ったぞ!

だがうむ、なるほど、よくわかった。

戦わなくて正解だったな!

本気で戦えば、ここら一帯が荒野になる所であるからな!」

フハハハとバーディガーディは笑った。

その脇から、六本の腕がガサガサと這ってきて、バーディガーディに合体した。

バーディガーディの背丈が、むくむくと大きくなる。

が、元の大きさには戻らない。

「おお、随分遠くに飛んだな……元に戻るのにちと時間が掛かりそうである!」

バーディガーディはやや興奮しているようだった。

「貴様の勝ちだ、ルーデウスよ! 勇者を名乗ってもよいぞ!」

「いえ、それはやめときます」

「ではせめて勝鬨を上げよ! フハハハハ!」

バーディガーディはそう言うと、俺の右手。

杖を持つ手を、掴み、上へと持ち上げる。

ボクシングのチャンピオンのように。

判定勝ちだったのだろうか。

よくわからない結末だ。

「か……」

しかし、勝ちだというなら、勝ちなのだろう。

「勝ったどぉぉぉおおおお!」

野次馬はシンと静まり返っていた。

よくわからないが、静まり返っていた。

それを確認した後、バーディガーディはうんうんと頷き。

「ノリの悪い連中であるな。

さて、では、一発殴らせてもらうぞ」

と、言い出した。

「えっ!?」

約束と違う!

と思った時には、彼の拳が俺の顔面を捉えていた。

片手だけだ。

ただし、彼は片手だけで三つの拳を持っていた。

腕を掴まれた状態では防御する事もできず。

三発殴られて気絶した。

嘘つき魔王め……。

---

その後、バーディガーディは、先ほどのヘアアクセサリーが露骨なオッサンと、

鎧姿のイケメン系中年、そしてローブを着込んだ爺さんと一緒に、どこかへと消えていったらしい。

偉いさん同士で何やら話し合うのだろう。

俺はフィッツ先輩の治癒魔術により気絶から復帰した。

その後、ジーナスに連れられ、教員棟の一室で歓待を受けた。

紅茶と茶菓子を出してもらい、一息ついた。

ジーナスは多くは語らなかった。

どうやら、彼も状況をよく飲み込めていないらしい。

魔王がいきなりきて、部外者を含む生徒たちを昏倒させた。

そして俺に決闘を挑み、俺が勝ち名乗りをあげたら殴って気絶させた。

それだけで状況が飲み込めるわけもない。

あと、魔王に昏倒させられた生徒たちに、死人はいなかったらしい。

そもそもバーディガーディは穏健派なので、わざわざ人を殺したりはしないということか。

彼の目的については、これから偉い人が調べるらしい。

ヘアアクセのオッサンは、この学園の校長だったそうだ。

名前なんだったっけかな。そうそう、風王級魔術師ゲオルグ。

入学式の時に見たことがあったな。

話し合いに参加するのは、この町を守る三国騎士団の団長。

あと、魔術ギルドの総帥。

四人が集まり、現在あれこれと話をしているのだとか。

「しかし、さすがルーデウスさんです……魔王を先制で一撃とは! そして、それで魔王に認められる……! 校長は泥沼といえど一人の冒険者、時間稼ぎが関の山だろうとおっしゃっていたが。まさか、まさかこうなるとは! この歳になって、あんなに興奮する場面に立ち会えるとは思いませんでしたよ!」

ジーナスは興奮を隠しきれず、そんな事を言っていた。

どうやら、決闘前に話していた内容については知られてないらしい。

バーディガーディがわざと魔術を食らったとか、

効かなくともそれで終わりだったとか。

しばらくジーナスに尊敬の目で見つめられた後、俺は解放された。

とりあえず、色々決まるまで寮の方で待機しているように言われて。

---

職員室を出ると、ザノバが走り寄ってきた。

「おお、師匠、見ていましたぞ。流石ですな。いや、当然というべきですか」

ザノバはそう褒めたが、俺は首を振った。

「胸を貸してもらっただけですよ」

確かに攻撃は通じたが、相手は回避も防御もしなかったのだ。

そして、そこからのあの再生能力。

もし本気で戦えば、すんなり勝たせてもらえたとは思えない。

「ご謙遜を。魔王に胸を貸して貰えるというだけで凄い事ではないですか」

ザノバは笑いながら、そう言っていた。

ジュリは、さらに恐れた目で、俺を見ていた。

遠目にもスプラッタと分かったのだろう。

怖いものを見せてしまった。

---

寮に戻る途中、随分とツヤツヤしたエリナリーゼとクリフと出会った。

「あらルーデウス、なんの騒ぎですの?」

「えっと、何してたんですか?」

「ナニをしてたんですのよ」

ほほほと笑うエリナリーゼに、クリフは真っ赤になって「余計な事はいうなよ!」と怒っていた。

魔王が襲来している間に、二人で大人の会合を開いていたらしい。

仲睦まじいようで。

「先ほど、バーディガーディ様に決闘を挑まれまして、なんとか勝ちました」

「えっ! あいつ、もう来たんですの!?」

…………もう?

もうってなんだコラ。

「知ってたんですか? 来るってこと」

「ええ、でも、鬼族の所で引き止められて、しばらく滞在するから先にいけと言ってましたのよ。

ほら、ああいう方って、年月にルーズでしょう?

ですから、あと10年は動かないものと思っていましたのよ。

実際、わたくしが別れたのも二年前でしたし……」

千年単位で生きていれば、時間の感覚がズレるというのだろう。

俺も生前は、30を過ぎてからは時間の流れが早く感じたものだしな。

単位がちょいと大きいが。

「でも、いい奴だったでしょう?」

「悪い人ではなかったですね」

俺が出会った貴族、王族の中では、トップクラスにいい奴だ。

よく笑うしな。

約束は破ったが、一発殴って一発殴り返されたのだと思えば、それはそれでいい。

「おい、なんの話だ?」

「あらあら、クリフったら嫉妬ですの?

大丈夫ですわ、今、わたくしの心を好きにできるのは貴方だけですのよ」

「いや、そうじゃな、あ、くっつくな、ルーデウスが見てるだろ」

「見せているんですわ」

イチャイチャとし始めたので、俺はその場を退散した。

背後から「魔王がこんな所に来るわけないだろ!」なんて声が聞こえてきた。

俺もさっきまではそう思っていたよ。

---

寮の入り口で、フィッツ先輩が待っていた。

彼は俺の顔を見ると、なんともいえない顔をしていた。

やはり、これも興奮だろう。

頬が赤くなり、ぐっと手を握っている。

凄いものを見たけど、感想が出てこない、そんな感じだ。

「ルーデウス君って、す、凄く、強いね!」

小並感。

そんな単語が思い浮かんだ。

「まさか一撃とは思わなかったよ!」

「一発当てて、その威力で勝ち負けを決めるというルールでしたので、

持ちうる限り最強の魔術を使いました」

「最強の……? あれ、試験の時に僕に使ったのと一緒だよね、それの凄いのだよね?」

「ええ、岩砲弾ですよ。かなり『溜め』ましたけどね」

「ただの中級魔術でも、極めればあんな威力になるんだね……」

フィッツ先輩は「へぇ~」と感嘆の声を上げつつ、自分でも岩砲弾を作り出し、回転させ、発射させた。

ヒュンと音がして、遠くの地面に突き刺さる。

一度や二度見ただけですぐに再現できるとは、うまいもんだ。

しかし、俺ほどの勢いではない。

「極めたというつもりはありませんがね」

「普段から土魔術ばっかり使ってるの?」

「そうですね、一時期は水ばっかりでしたが、ある時期から土ばかりでしたね」

「やっぱり! 同じ系統のを使ってると、段々うまくなるんだよね」

そうだっただろうか。

いや、でもフィギュアを作るのはだんだんとうまくなってる気がする。

「……そう、ですね。精度が上がる、とでも言うのでしょうか」

「でも、消費魔力も増えるんだよね!」

「そうそう。人形作るときとか、結構たいへんで」

フィッツ先輩は嬉しそうだった。

そういえば、フィッツ先輩と無詠唱魔術を語る機会はそうなかったな。

「あっと、ごめんね、疲れてるよね。引き止めてごめん。今日はゆっくり休んで」

「あ、はい」

フィッツ先輩はそう言うと、校舎の方へと走っていった。

もう少し話をしていたかったが、まあいいか。

あんな事件の直後だ。

彼も生徒会という事で、忙しいだろうしな。

俺は自室へと戻る。

杖を壁に立てかける。

魔王の事やら何やら、今日は大変だった。

精神的にも肉体的にも疲労を覚えつつ、俺はベッドに横になった。

なんだか疲れた……。

---

そんな事があってから、あっという間に一ヶ月が過ぎた。

魔法三大国は、バーディガーディと話し合い、

彼を国賓として扱う事に決めたらしい。

対するバーディガーディは迷惑を掛けたお詫びとして、

不死性の研究用に腕の一本を魔術ギルドに提供。

さらに合同騎士団に臨時の武術顧問として参加する事となった。

そして……。

---

次のホームルーム。

二人の先輩が寮から出てきた。

バーディガーディが獣族を全て片付けたので、授業にも出られるようになったらしい。

「さすがボスだニャ、ありがとニャ。今度なんかあげるニャ」

「でもまさか、魔王まで来るとは思わなかったの。私たちは魔性の女なの。

よくぞ守ってくれたの。お礼に胸を揉んでもいいの、リニアのを」

「ありがとうございます」

胸を揉む権利をもらったので、遠慮なく揉ませてもらった。

リニアのを。

「ギニャー!」

顔を引っかかれた。

いいと言ったのに。

なんかあげると言ったのに。

酷いニャす。

ケチなことだ。

ご婦人なら誰でも持っているんだから、ちょっとぐらいいいじゃねえか。

「師匠は女性に対しては随分とあけすけですが、

しかし、浮いた話はひとつも聞きませんな」

「おい、やめろザノバ、それ以上言っちゃダメだ! ほら、あのこと!」

「……おお、そうでしたな、これは失敬」

最近は、クリフの席も近くなった。

エリナリーゼから俺の話を時折聞いているらしい。

何を話しているのか知らんが、わりといい噂を流してくれているようだ。

どうやら、同情するような話を、あることないこと。

俺がエリスに振られたのは、病気のせいって事にされてた。

まあ、いいけどな。

エリスのことはもう、吹っ切ったし……!

この一ヶ月で、クリフとエリナリーゼは、公衆の面前でイチャイチャすることは次第にしなくなっていった。

かといって、まだ別れたわけではないらしい。

クリフは2日か3日に一度はゲッソリしている。

絞られているのだろう。

公衆の面前でイチャつかないのは、彼らがきちんと話し合ったからだろう。

ていうか、勉強に支障はないのだろうか。

まあ、二人の事は二人の事だ。

俺がとやかくいう問題じゃないか。

ちょっと羨ましい。

「……ぐらんどますた、ここの硬いの魔力たりない、やって」

ジュリは毎日勤勉に人形を作り続けている。

最近は平行して手掘りの方も教えている。

もっとも、そっちは本職ではないので、

ザノバの同学年にいる炭鉱族に手伝ってもらっている。

魔王バーディガーディについての情報は概要しか知らされていない。

バーディガーディは俺に嫉妬してここまでやってきたと言っていた。

てことは、俺にも責任問題がのしかかってくるのではないだろうか。

いや、そのへんはジーナスがなんとかしてくれると思いたい。

俺をスカウトしたのは彼なんだし。

と、その時、ガラッと扉を開いた。

特別生は、サイレントを除いて全員が出席している。

教師がくるにはまだ早い。

まさか、サイレントがホームルームに顔を出したのか。

なんて思った瞬間。

「フハハハハハハ!」

高笑いが教室中に響き渡る。

そして、教室の中へと入ってくる。

堂々と、誰にはばかることなく。

そして、教壇に立ち、俺達を睥睨した。

「不死身の魔王バーディガーディ、参上!」

ウソみたいだろ。

制服着てんだぜ……そいつ。

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そして、魔法大学には広告塔として入学した。

特に何を学ぶわけでも研究するわけでもないが、

たまに視察して、生徒に声掛けして通報される事案を発生させているらしい。

もっとも、通報されなければ、魔王の叡智を授けられるらしいが……。

ともあれ、こうして、ラノア王国における魔王襲来事件は終了した。