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第八十二話「守護術師フィッツ登場」

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第八十二話「守護術師フィッツ登場」

『アスラ王国王都アルスの王城シルバーパレス。

白い花を咲かせる植物を集めた庭園。

通称、白百合の庭園。

そこに、突如として魔物が出現した。

白百合の庭園にて散歩をしていた第二王女アリエルの目前に、である。

魔物、ターミネートボアは王女の護衛、守護術師デリック・レッドバッドを瞬時にして殺害。

王女へとその凶牙を向けた。

魔物は王女の守護騎士ルークの手によって撃破され、王女は窮地を脱した。

ルーク、体を張って王女を守ったこと天晴なり』

王城に魔物が現れるという前代未聞の大事件。

それは、このような形にて、王城の貴族達に伝えられた。

シルフィの存在は、第二王女派の貴族たちの手によって隠匿された。

第二王女派の一人、リストン卿は以下のように断言した。

「ターミネートボアは内々に王城内に運び込まれ、

王女が庭園を歩くタイミングを見計らって解き放たれた。

これは第二王女排斥派の陰謀に違いない。

それが可能だったのは、王城の警備を司っているオーガスト卿だけである。

オーガスト卿は第一王子派の急先鋒。

この陰謀は第一王子派の仕業に違いない」

リストン卿のこの早まった主張により、第二王女派は追い込まれ瓦解していくのだが、それはひとまず置いておこう。

---

シルフィは手厚く看護された。

天より飛来した彼女は、王女を救った者である。

ピンチを救った英雄を迎え入れるのは当然の事である。

という意見とは逆に、彼女を危険視する声もあった。

なにせ、いきなり現れて、ターミネートボアを一撃で屠ったのだ。

それも、魔法大学ですら一人しか使い手のいないとされる無詠唱魔術で。

怪しい。

故に、貴族たちはまず彼女の存在を隠匿し、尋問を行うことにした。

中には、

「気絶しているうちに処分した方がいいのでは」

という意見も出たが、

第二王女アリエル・アネモイ・アスラはハッキリと言い放った。

「彼女の正体が何者であれ、私を助けてくれた恩人です。無礼な真似は許しません」

と。

この言葉に、守護騎士たるルークも同意した。

「自分もそう思います。もし第二王女に害なすものであるなら、わざわざ魔物から助ける必要はなかったはずです」

シルフィがいなければ、ルークも王女も死亡していたのは明白である。

もっとも、もし、シルフィが男であれば、ルークも少々意見を違えていたかもしれない。

胸の大きさは趣味ではないものの、綺麗な顔の美少女であったがゆえ、女好きのルークの心証がよくなったのである。

「王女様がそうおっしゃるのであれば」

「ルークも言うようになった」

「仕方あるまい」

協議の結果、尋問はするが、もし敵だった場合でも見逃す。

そういう結論となった。

---

シルフィは目覚めた瞬間、夢だと考えた。

豪華すぎるベッド。

豪華すぎる服を着た人達。

豪華すぎる部屋。

自分がこんな豪華すぎる所にいる理由がわからなかった。

「やあ、おはよう」

そのうちの一人。

騎士風の格好をした、シルフィより少々年上の子が口を開く。

彼は少しばかり、ルーデウスに似ていた。

「俺の名前はルーク。

ルーク・ノトス・グレイラット。

君は?」

見るものを安心させる柔らかな笑顔。

彼は幼くして、この笑顔で何人もの貴族の女子を落としてきた。

落とせなかった子もいるが、話せなかった子はいない。

そんな自負があった。

「……っ!」

だが、シルフィは己の身を守るように、キュと身を縮こまらせた。

いくらルディに似ているとはいえ、同年代の子は苦手だった。

ブエナ村でも、未だに敵意を持った視線を送ってくる子もいるのだ。

「お、おや? どうしたんだい?」

過剰に怯えるシルフィを見て、少年は動揺した。

初手から拒絶されたのは、彼にとって初めての経験であった。

それを見て、周囲の貴族たちが笑った。

「ははは、さすがの色男も型なしだな」

「幼い女の扱いは得意だからと言うので任せてみれば……」

「君はまだ若い、ひっこんでいなさい」

周囲の大人たちは、ルークに対し、口々に言って下がらせようとする。

しかし、ルークは食い下がった。

「待ってください。これから、これからですから」

女に対しては一言持つ。

それが彼の矜持だった。

「すまない、怖がらせてしまったかな。

それでも、一言だけお礼を言わせて欲しいんだ。

美しい 白髪 ( はくはつ ) の君に、命を助けてくれたお礼をね」

白髪とは一体何のことだ、とシルフィは思う。

君とは誰の事だと。

戸惑いつつ、ふとベッドの脇を見た。

そこには鏡台がおいてあった。

この世界では極めて高価とされる『鏡』が。

「…………」

シルフィは最初、それが自分だとはわからなかった。

何か変なものが置いてあり、そこに、ベッドで体を起こす、一人の少女がいる。

目があう。

自分が手を動かすと、その子の手も動いた。

これは、水面に映っているのと同じだ、とすぐに気付いた。

驚愕した。

「……え?」

シルフィの髪は真っ白になっていた。

「し、白い?」

シルフィは混乱しつつ、優しく話しかけてくるルークに尋ねる。

ルークは頷き、よくわからない美辞麗句でシルフィの白髪を褒め称えた。

「はい。貴女の髪はまるで晩秋に降る初雪のようだ」

そんな歯の浮くようなセリフは、シルフィの心には届かない。

シルフィはひたすらに混乱している。

自分の髪は緑だったはずだ。

鏡はなかったが、抜け毛を見たこともある。

なのに、どうして白くなってしまったのか。

嬉しいことであるはずなのに、意味がわからなくて。

「な、なんで……?」

何がどうなったのか。

ここがどこなのか。

なぜ自分がここにいるのか。

そして自分がどうなってしまったのか。

まったく理解できず、シルフィは情けない声を出すだけだった。

---

その後、尋問が始まった。

尋問を行ったのは、貴族たちだ。

ルークは相手にされなかったため、ショックを受けた顔で脇にどいていた。

「どこからきた?」

「どこの手の者だ?」

「どこの誰に魔術を習った?」

シルフィはワケがわからなかった。

なぜ、自分はここにいて、怖い顔をした人達に囲まれているのか。

ただ、聞かれるがまま、正直に答えた。

自分はフィットア領の出身で、ブエナ村の猟師の娘で、友人のルディに魔術を習った。

そして気付いたら空中にいた。

なんとかして降りた所に魔物がいたので、魔術を使って倒した。

なんでこんな事になっているのかさっぱりわからない。

そう、正直に答えた。

それを聞いた貴族たちは首をかしげた。

村の子供が魔術。

気付いたら空中。

気付いたら魔物。

どれも信じられる話ではなかった。

これならまだ、王女に取り入ろうとした流浪の魔術師で、力を見せるためにターミネートボアを倒すパフォーマンスをした。

といった言い分の方がわかりやすい。

シルフィの言い分に、信じられる要素は何一つ無い。

第二王女の派閥の貴族達はあれこれと話し合った。

「そういえば、こんな話がありましたな」

そんな中、貴族の一人がある噂を思い出した。

「ロアのボレアスが雇った家庭教師。それが無詠唱魔術を使い、幼くして聖級の魔術を使えるようになった天才だと聞き及んでいます。その天才というのは、彼女の事ではないでしょうか」

ルーデウスの事である。

王都には、ルーデウスの噂がおぼろげにしか伝わっていない。

サウロスが情報に圧力を加えていたからだ。

とはいえ、そのサウロス自身も酒によった勢いでルーデウスを我が子のように自慢していた。

曰く、上級大臣の手先を倒した、天才少年。

曰く、剣王ギレーヌが一目置く、天才少年。

曰く、ボレアスの暴力娘を見事に乗りこなす、趣味の悪い天才少年。

ありえない噂ばかりである。

ゆえに貴族たちは与太話にすぎないと考えていた。

しかし、実際にシルフィは無詠唱魔術が使える。

となると、噂が一気に真実味を帯び始めた。

「いやいや、あれは少年という話だ」

「大体、王都にいるのはおかしいじゃないか」

疑問に首をかしげる貴族たち。

彼らは再度シルフィに尋問をした。

カマを掛けるように。

「もしかして、君の本名はルーデウスという名前ではないかね?」

「ち、違います。ルーデウスというのは、ルディのことで……えっと、私に魔術を教えた人、です」

シルフィは、ルーデウス・グレイラットという少年が、自分に魔術を教えた経緯を細かく話した。

ルディはとても賢くて、色んな事を教えてくれたのだ、と。

その話は、貴族たちを大いに驚愕させた。

その話が本当であるなら、

かの天才少年が実在しており、

しかも村を出る前に弟子を残していた事になる。

ただの弟子ではない。

無詠唱魔術の使い手をだ。

末恐ろしいとは、まさにこの事である。

もっとも、それが本当なら、の話である。

サウロスの情報操作で、少年が少女と捻じ曲げられている場合もある。

しかし、彼女が無詠唱魔術の使い手である事は真実である。

無詠唱魔術の使い手など、そうそういるものではない。

シルフィエットが例の天才少年でないのなら、その弟子である確率は極めて高い。

天才の本名はルーデウス・グレイラット。

フルネームを聞いて、「ん?」と首をかしげる者がいた。

グレイラットとは、アスラ王国の四方を守護する上級貴族の名前である。

グレイラットという名前自体は、この国ではそれほど珍しくない。

あの一族は女好きである。

そこらの下級貴族の娘や侍女を孕ませて妾にするなど、よくある話である。

そうした妾は、グレイラットを名乗る事を許される。

四方守護の代名詞たるノトス・ボレアス・エウロス・ゼピュロスの名は決して名乗れないが。

アスラ王国にグレイラットを名乗る人物は多い。

しかし、さて、ありふれた名前ではあるが、天才となれば話は違う。

一部の特権階級にいる貴族たちの中には、天才ならグレイラットの本筋に当たる血族に違いない、と思う者もいた。

ボレアスに雇われた事から、フィリップかサウロスの隠し子という推測も出た。

少なくとも、誰かがボレアスのじゃじゃ馬娘と婚約し、苗字を名乗るようになったという話は聞かない。

ルークも、自分の弟や親戚にそんな少年はいないと言う。

「詳しく調べてみる必要がある」

と、権力争いが大好きな貴族たちは思った。

ルーデウスがノトス以外のグレイラットであれば、足を引っ張る恰好の材料となる。

ノトスであれば、味方に引きこむ事も可能だろう。

と、彼らの話し合いは、シルフィの正体を探るという本来の目的から逸れた。

彼らにとってはシルフィの正体より、権力争いの方が大事であった。

---

一週間後。

フィットア領消滅の情報が上がってきた。

速報である。

転移当日、偶然にも転移範囲のギリギリ外にいた騎士が消滅を間近で目撃。

最寄りの町で事態を報告。

それを別の騎士が受け継ぎ、一昼夜休まず馬を走らせ続け、大きな町へと通達。

そこから、伝書鳩による手段等を経由し、王都へと伝わった。

国王はそれを受けアスラの魔術師団に調査を命じた。

王都へと情報が届くまで一週間。

その間にも、突如として人や魔物が出現した、という報告は出ていた。

報告はあれども、原因はわからずの不思議な事件として処理されていたが。

しかし、今回の報告によって、それが大規模な転移事件である事が判明した。

大災害の情報はまたたくまに王都に蔓延した。

当然、その情報はシルフィの耳にも届いた。

父や母がどこにいるかわからない。

全員が行方不明になった。

「なに……それ……?」

そんな話を聞いて、彼女はただ、ひたすらに呆然とした。

どう反応していいのかわからなかった。

そして、自分がどうすればいいのかも。

どうなるのかも。

貴族たちもまた、シルフィの扱いに迷っていた。

大規模転移の報告により、シルフィや魔物が唐突に現れた事への答えは出た。

他勢力のスパイである疑いは薄まり、

彼女の主張通り、しがない猟師の子である可能性が高くなった。

猟師。

いくら王女の身を助けたとはいえ、猟師は平民の中でも下層に位置する存在だ。

いつまでも王宮においておくわけにもいかない。

かといって、家に帰すにしても、その家も無い。

「さてさて、困りましたな」

「王宮においておくわけにもいかない、帰す家もないとなれば」

「どなたかが引き取りますかな?」

無詠唱魔術の使い手であれば、何かと有用ではある。

さらに言えば、白髪の長耳族となれば珍しく、成長すれば色々と使い道もありそうだが……。

と、好色な笑みを浮かべつつ、互いに牽制しあう貴族たち。

そんな中、第二王女が爆弾発言をした。

「シルフィエットのおうちが消えてしまったのでしたら、

この城で私と一緒に暮らせばいいのです。

お友達になりましょう」

第二王女はシルフィの事をいたく気に入っていた。

これはなにも、シルフィが彼女を助けたから、という理由だけではない。

王女にとって、他者が自分を助けるのは当然の事である。

シルフィの半端にかじった礼儀作法に問題があった。

普通ならやや無礼とおもわれる口調、やや無礼とおもわれる仕草。

貴族相手であればギリギリ許されるラインだが、

王族に対してであれば、ギリギリ許されないライン。

それを第二王女は「砕けた口調」「フレンドリー」と受け取ったのだ。

「えっと、王女様。私ではその、身分が違いすぎますので」

「そう? でしたらお友達はやめて……そう、私の護衛。護衛を務めてはくださいませんか?

現在、私の護衛は守護騎士のルーク一人、守護術師の座が空いております」

「えっ? でも、わたしは、そんなに強くもないし……」

「強くないだなんて……くすくす、ご謙遜を」

もちろん、貴族たちは反対した。

いくら事件と関係性があったとしても、

いくら無詠唱で魔術が使えたとしても、

いくら王女のピンチを救ったとしても、

シルフィは平民の子である、と。

それも、今となっては出自のハッキリとしない子。

猟師の子だと主張しているものの、証拠は一切無い。

それどころか、農村で生まれ育ったにしては礼儀作法も知っており、

ハッキリ言って得体が知れない。

上辺だけの言葉である。

この有用な子供は、王女のおもちゃにするには惜しい、そう考えていたのだ。

対するアリエルはピシャリと言い放つ。

「シルフィは私の命を救ってくれた恩人。

そして友人です!

平民だからなんだというのですか!

無礼な言動は許しません!」

この言葉にルークが苦い顔をした。

守護騎士という役割には、アリエルに近づく悪い虫を排除することも含まれる。

シルフィは益虫か害虫かはわからないが、そうした得体のしれない虫から守る事もルークの仕事である。

彼もまたシルフィに感謝していた。

命を救ってくれたのだ。

その感謝は、実際、あの場にいた者にしか、死に瀕した者にしかわからないだろう。

同僚であった守護術師デリックの仇を討ってくれた、という感情もプラスしている。

ルークは元々、守護術師デリックの事をいけ好かない奴だと思っていた。

だが、今回の一件で少々考えを改めた。

デリックは魔術師でありながら、ターミネートボアの強襲を、体を張って止めた。

誇り高き人物だ。

彼がいなければ、王女はシルフィの登場を待たずして死亡していただろう。

そして、シルフィが現れなければ、ルーク自身も死んでいた。

なにせ、庭園には武器の持ち込みを禁じられているため、ルークも丸腰だったのだ。

剣があれば、勝てないまでもアリエルを逃がす事ぐらいは出来ただろうが……。

そうした事情もあり、ルークはシルフィに関しては好意的であった。

とはいえ、本来なら、栄えある王女の守護術師は、代々上級貴族が務めてきたもの。

こんな田舎臭い娘を迎え入れるなどあってはならない。

上級貴族の子弟たる自分まで下に見られてしまう可能性もある。

「自分は、決定に従います」

ゆえにルークは、賛成はせずとも反対もしないという、どっちつかずな態度で目を瞑った。

この事に、貴族たちは少々焦った。

自分たちの欲望はさておき。

王女がシルフィを気に入ったのだとしても、

シルフィが王女にとって悪感情を抱かないとは限らない。

猟師の娘で、転移に巻き込まれた被害者。

それが真実だとしても、これから王女との軋轢が生まれないとは限らない。

そこを他の、例えばそう、第一王子派の貴族につけこまれないとも限らない。

そう考えると、とてもではないが、シルフィを王女の傍に置くなど、できようはずもない。

アスラ貴族は皆、腹黒いのだ。

もし、シルフィが何の力も持たない村娘であったなら。

あるいはそれも許可できたかもしれない。

だが、シルフィの存在は、ただの村娘の範疇を超えていた。

無詠唱で中級の攻撃魔術を使い、

村娘らしく粗野な部分があるかと思えば、多少は礼儀作法も心得ていた。

得体の知れない存在である。

「君は、一体どこで礼儀を習ったのだったかな?」

「えっと、村にリーリャさんっていう人がいて、その人に教えてもらいました」

リーリャ。

その名前が出てきた事が、アリエルの心象をさらに良くした。

「リーリャ! 覚えていますわ。私が小さい頃に、身を呈して命を守ってくれた後宮付きの近衛侍女です!」

そして、貴族の心証はさらに悪くなった。

後宮付きの近衛侍女が、怪我で働けなくなり解雇されるという話はよく聞く。

大抵はどこかで後宮に関する秘密に関して口を滑らせ、人知れず始末される。

リーリャはフィットア領まで逃げきった。

「えっと、リーリャさんは、あ、ルディのお父さんがパウロって名前なんですけど、その人に仕えていて……」

「パウロ、だと?」

新しく出てきた名前。

パウロ・ノトス・グレイラット・

パウロといえば、ノトス家の悪童として有名な男だ。

前当主を恨んでいた、という噂もある。

後宮付きのメイドが、出奔した上級貴族の子弟に迎え入れられ、

無詠唱魔術の使い手に礼儀作法を教えこむ。

偶然にしては出来過ぎている。

貴族たちは、これが何らかの陰謀、作り話に思えてならなかった。

調べようにも、フィットア領はすでに消滅した。

真偽の程を確かめることは難しい。

「いかがしましょうか……」

「ふーむ」

貴族たちは悩んだ。

アリエルは滅多にわがままを言わない。

そして、守護術師の座が開いているのも事実。

シルフィの出身は平民であるものの、

魔術師としての腕はお墨付きで、礼儀作法も完璧ではないとはいえ知っている。

能力は悪くない。

悪くないがゆえに、警戒する。

グレイラットの一つ、ノトスは第二王女の派閥に属している。

守護騎士であるルークの存在がその象徴とも言えるだろう。

アリエルにとって、ノトスは味方。

しかし、パウロ・グレイラットは親との確執で家を捨てた男。

ノトスは敵であり、ひいてはアリエルの敵である可能性もある。

シルフィはそれを知ってか知らずか、パウロの名前を出した。

それは何を意味するのか。

もしアリエルに信用されたいのなら、パウロの名前は出さない方がいいだろう。

それぐらいはわかるはずだ。

つまり、名前を出した事で、敵ではないという意味をもたせているのか。

しかし、だとして、この少女を裏で操る黒幕は一体誰なのか。

少なくとも、ノトスの敵なのは間違いあるまい。

とはいえ、かの大貴族グレイラットと敵対したいと思う者は少ない。

できると言えば、同じグレイラットぐらいである。

と、そこで思い至る。

同じグレイラットで、現在の当主であるピレモンと仲の悪かった人物が一人いた。

サウロス・ボレアス・グレイラットである。

サウロスは常日頃から、ピレモンではなくパウロが当主になっていればよかった、と陰口を叩いていた。

とはいえ、彼は年端もいかない少女を政治に利用するような人物ではない。

やるとするならばもう一人。

フィリップ・ボレアス・グレイラットだ。

彼ならばノトスを、そしてノトスが擁立する第二王女を潰すため、このような絡め手を使う事もあるだろう。

サウロスもフィリップも、そしてルーデウスも、フィットア領消滅により行方不明となっている。

もし、転移事件が彼らの引き起こしたものであるなら、これを隠れ蓑に、何か影で動いている可能性もある。

その最初のアプローチが、シルフィエットという少女なのかもしれない。

あるいは、フィリップが首謀者で、サウロスが関与していないのなら、

次期当主であるジェイムズを陥れるために、行動している可能性がある。

ボレアスの次期当主の座を奪うため、

第二王女を擁立する立場にまわり、その後ろ盾となってもらおうとしている、とか。

その場合、送り込まれてきたシルフィは味方という事になる。

どちらにせよ。

もし黒幕がいるとすれば、それはサウロスかフィリップ。

貴族たちはそう結論つけた。

完全なる邪推である。

そこで、ある貴族が、電撃的な思いつきをした。

「そうだ、彼女を例の天才少年ルーデウスと詐称し、揺さぶりを掛けるのはどうだろう」

サウロスらが動いているなら、ルーデウスも共にいるだろう。

ルーデウスの実力は、噂が本当であるなら、凄まじいものがある。

恐らく、サウロス達はルーデウスを奥の手として手元に置いているはずだ。

存在をひた隠しにしているのは、衝撃的なデビューを飾るためだろう。

彼らが姿を現す時、ルーデウスは、ノトスの正統なる血筋をもつ者として、誰にはばかる事ない状態で出てくる。

ボレアスの擁立する第一王子に与する、強力な駒として。

シルフィが彼らの送り込んだ人物であると仮定する。

彼女をルーデウスとして喧伝すれば、

あるいは彼らの動きの邪魔ができるかもしれない。

そうして揺さぶれば、あるいは尻尾を出すかもしれない、と。

これに対して、他貴族たちは懸念をぶつけた。

「すぐにバレるのではないか?」

「なに、男装させ、己が身分を隠させればよい。いくらでも言い逃れは出来よう」

「しかし、本当はこちらを探りにきた間者かも」

「無詠唱魔術などという目立つ事をするものを間者になどするものか」

「逆に重宝されると考えたのやもしれん」

「どちらにせよ、引き込んでしまえば偽の情報を流すことはたやすかろう」

懸念はひとつずつ潰されていった。

すると貴族たちも、このくだらない思いつきが、さも名案であるかのように思えてきた。

「なるほど、間者であれば偽の情報で敵方の動揺を誘える。何の関係もないのであれば、強力な魔術師が労せずして王女の護衛となる、というわけですな。もし我らに取り入ろうというのであれば、それに乗ると」

「それだけではない。彼女は背格好が姫様と似ている。影武者として仕立て上げることもできよう。確か、そうした魔道具もあったはず」

「ほう、確かに普段から男の格好をさせておけば、まさか曲者も普段近くにいる術師が化けているとは思うまい。男が女に化けるとは思いませんからな」

「さすが、卿は賢いな」

そして。

第二王女の守護術師『フィッツ』が誕生した。

無詠唱魔術を使う、謎の天才少年。

サングラスで顔を隠しているため、誰もその正体を窺い知れない。

フィットア領を連想させる名前に、ボレアス家に仕えていた天才少年を匂わせる部分もあった。

だが、その正体や生い立ちは誰にもわからない。

口数も少なく、少し話した程度では、その性別をうかがい知ることすら難しい。

そんな少年が、誕生した。

そこにシルフィの意志はなかった。

身柄の保証と、事件の情報を探ることを約束してもらったが、

シルフィに拒否権は無く、また選択肢もなかった。

彼女も行き場はなかったとはいえ、

半ば強引に『フィッツ』にされた。

政権争いの手駒に。

ともあれ、こうして。

シルフィはアリエルの護衛『フィッツ』となった。

:補足:

髪が白くなったのは転移の影響+魔力枯渇+恐怖。