第一話 想い出のかけら ーそれは全ての始まりー
第一話 想い出のかけら ーそれは全ての始まりー
「あれ?こんなケースあったっけ?」
私の部屋に見慣れないケースが一つ。
前の家で荷造りした時、持っていくものを入れた箱達にはその箱をどの部屋に置くかマジックで書いておいたんだけど、引っ越し屋さんがその箱を運び入れる際、適当に私の部屋に置いてしまったようだ。
世界遺産”古都京都の文化財”の一つである、宇治の平等院。そこからほど近いところにある、とあるマンションの一室に、この春休みの間私たち家族は京都市内から引っ越してきた。そして、今日2042年3月23日の日曜日は、家族みんなで引越しの荷物を整理しているところ。
私は塚本瑠美子。先週京都市内の中学校を卒業し、来月から府立北宇治高校に入学する。つまり今、宙ぶらりんな状態で、入学式までの間は時間を持て余すかと思っていたけど、引っ越しというイベントのため思ったより忙しい。
このマンションには私の父方、母方の祖父母がそれぞれ住んでいて……つまり父と母の実家があるということなんだけど……母方の祖父の足の調子が良くなく車椅子が必要になり、また祖母も体調を崩すことが時々あるものだから、両親が家事をサポートすることにした、というのが引越しの理由の一つ目。
引越しの理由二つ目は、私が四月から北宇治高校に入学することになったということ。
私が北宇治に入学することにしたのは、私、小学生時から吹奏楽をやっていて、高校生になっても続けたかったため、吹奏楽では古豪の北宇治高校を選択した、というのが両親や先生に話した表向きの理由なんだけど、実は昨年の春頃、両親が祖父母のことで色々と相談していることを聞いてしまい、私が北宇治に通えば、両親が祖父母の手助けをするため、近くに住む理由ができるんじゃないかと考えたためでもある。この理由については、両親には今後もずっと内緒にしてくつもり。
学校で担任の先生と進学先の話をしていた時は、吹奏楽するならマーチングで有名な私立立華高校を勧められたけど、母が勤めている学校……母は元々府の教職員だったけど、事情があって今は立華高校で教壇に立っていたりするので、同じ学校に行くのはちょっと嫌だったため北宇治にしたというのもある。
さて。私たち家族の家は、祖父母が住んでいるところから2フロアー下にあって、最近リノベーションしたらしく綺麗で清潔感があり、今まで住んでいたところとそんなに違和感がないのは良かった。
で、今は引っ越してきた荷物を整理している最中だったわけだけど、見覚えがないケースが一つ私の部屋の中にあったので困惑していた、というところだ。
とりあえず、中を開けて確認してみよう。
ガバッと開けてみると……入っているのは衣類ばかり。どうやら母のものらしけど、母が着ていたのを見た覚えがない、ブラウスとかセーターとかスカートとかパンツとか、種々様々なものが混じっている。整理せずにとりあえず突っ込んでいる感がいっぱい。
一つ一つ見ていくと、下の方に風合いがかなり違う服を発見。
「なんだろう?」
取り出してみると、上下濃い茶色をベースにしたセーラー服?襟と袖口は白く、襟裾には白のラインと端っこには”K”の刺繍がある。
「こっちは白い」
もう一着あって、こちらは半袖のセーラー服のようだ。白ベースで水色の襟とスカート、襟とスカートの裾は白のライン、袖口は水色のラインで縁取られ、襟の端っこに”K”の刺繍。
「あ。これ、ひょっとして昔の北宇治の制服?」
以前、母に見せてもらったアルバムアプリで見たことがあるやつだ。母も高校生時代は北宇治に通っていたというのはその時聞いたけど、来月から私が着る制服とは随分違う。
私が着る制服は、白いブラウスの上にグレーのブレザーとパンツもしくはスカートを合わせるようになっているけど、これはこれで可愛い。でも、私はセーラー服はちょっと抵抗あるなぁ。
そうだ。久しぶりに、アルバムアプリを見てみようっと……
「ちょっと?」
『はい、なんでしょう』
「アルバム見せて。私のお母さんが写っているものすべて」
『わかりました』
机の前のモニターに、母の写真がずらっと表示される。
「お母さんが高校生のものにして」
『わかりました』
うわぁ、高校生のお母さんだ。それもいっぱいある。
髪型が今とだいぶん違うんだよね。今、母はショートだから……この頃は癖毛だったんだよねー、肩でくるんと回っていて、我が母ながらちょっと可愛い。
画面の前でフリックジェスチャーをしていくと……お父さんが出てくるんだよなぁ。若い若い、今とだいぶん違う。今、お父さん若白髪が多いもん。
「ねぇ、この写真いつのもの?」
『2015年11月1日となっています』
「すると、お父さん何歳?」
『16歳です』
へぇー……今の私ぐらいかぁ。なんか、不思議な感じ。
「これ何してる時の写真なの?」
『第63回全国吹奏楽コンクール全国大会に出場された時のものです』
ふーん、そうなんだ。
「もう一度、お母さんの見せて」
『わかりました』
そうそう、これこれ。この写真のと同じ制服だ。お母さん残してたんだ、制服。
…………着れるかな?私。えへへ。
セーラー服はちょっとなぁ、と思うけど、母の写真見たら試してみたくなってきた。好奇心が抑えきれないや。
ケースの上に置いた制服の上着を両手で持ちあげ、眺めてみる。
私は母より少し背が高く、昨年追い越して165cm……で、体重は……それなり。インナーウェアのサイズは多分この頃の母よりかは2サイズほど上みたいだから、ギリギリ着れそう。
よし。急いで着替えちゃえ!
薄手トレーナーとスウェットパンツを脱ぎ捨て、スカートを履いてサイドのホックをひっかけ……大丈夫かな……チャックをあげ……れた。上着の袖に腕をそれぞれ通して、ガバッと頭を通して後ろの髪を出して、胸当てのスナップボタンをパチパチと止め、赤いスカーフをつけてみる。
おー、着れた着れた。えーと、鏡よ鏡。
姿見に映るセーラー服姿の自分。ふむ、結構いけるじゃん。
でもスカートが、膝が隠れている……。写真ではかなりのミニスカートのようだけど……お母さん、随分ウエストベルトを折り畳んでいたんだ。悪い人だなぁ。あはは。
姿見に自分を映しながら、体を捻ったり、腕を上げ下げしたり、ちょっとモデルさんっぽくポーズを取ってみたり。
母の写真では、髪が肩でくるんと回っていたけど、私の髪は背中の真ん中までの、ほんの少しブラウンがかったロングヘアー。染めてないよ、これは地毛で母と同じ色合い。それと髪を伸ばしているのは、麗奈ちゃんや順菜ちゃんに憧れて……
あ、麗奈ちゃん、順菜ちゃんという方は、母の古くからのお友達。私が生まれた時から可愛がってもらっている私の憧れであり、特別な人と言ってもいいぐらい大好きな方達。二人ともプロの音楽家で、外国で演奏ツアーしたり東京の大学で教えてたり。麗奈ちゃんはトランペットとウィンドシンセの名手で、順菜ちゃんはドラマーで、ドラムだけでオーケストラを演っちゃうすごい人。ソロ活動はもちろん、二人はペアで活動もしていて結成18年目って言ってたなぁ。
そしてっ!お二人は母と同い年のはずなのに、スタイル完璧で見目麗しい上に、本当に素敵なロングヘアーで、体を動かすたびにふわふわっとたおやかに揺れるし、ステージに立っている時は高めのポニーテールにされていて、演奏しながらそのポニーテールがふわりふわりと揺れていて……思い出すだけでも、きゃー、かっこいいっ!……えー……とまぁその姿に憧れて、私も真似してロングにしているんです……後で二人の動画見直そうっと……。
「お姉ちゃん、何やってんの?」
「ヒェっ!!」
見られたっ。見られてしまった……内緒にしていたかったのに……もうー、瑛斗のヤツ!瑛斗っていうのは私の2つ下の弟っ!
「瑛斗ぉーっ!勝手に入って来ないでっていつも言ってるでしょ!」
「な、何大きな声出してんだよ、うっさいなー。ドア開いてたんだって」
「あ……あんたが開けたんでしょ?!」
「何二人で大きな声出してるの」
あ、お母さん!……しまった……。
「え?……瑠美子、あなた、その服……」
「いや、あの……私の荷物と一緒に、これが入っていたケースがあって、中身確認していたら、これがあって……ちょっと着てみたくなって……」
しどろもどろと話す私に母は素早く近づいてきて、私の両肩をがしっと掴んでくる。
「ダメっ!!早く脱いでっ!!」
「はいっ?!」
珍しく発せられた母の大きな声に、私は萎縮し固まってしまった。
「……え……あ、いや。瑠美ちゃん、ごめんなさい……お母さん、つい大きい声出しちゃって……」
「あ、いや、私も、ごめんなさい」
「うん……悪いけど、それ脱いでくれるかな……」
「あ、わかり、ました……」
のそのそと制服の上下を脱ぎ、そそくさとスウェットパンツと薄手のトレーナーを着ると、母は私が脱いだ制服の上下をきっちりと折りたたんでいく。
「こっちは……夏の制服も着たの?」
母は妙に落ち着いた声でいうものだから、逆に怖い。
「いえ……着てないです……」
「そう」
夏の制服というものを母は一度広げてみて、再びきっちりと折りたたんでいく。
「おい、どしたんや?何、三人で言い合いしてんの?」
リビングで引越しの荷物を整理していたはずの父が、私たちの声を気にして、のぞきに来たようだ。
「あ、お母さん、それ北宇治の制服やんか」
母は父の問いに口では答えず、頷いて返事をした。
「まだ持ってたんや。懐かしいなぁ、もう25年も前のことやんか。しかし、お母さん物持ちええな」
また頷くだけの母。制服たちをじっと見ながら何か考えているようだ。
少し間があった後、ふと母が顔をあげる。
「ちょっと?今何時?」
『14時37分です』
「瑠美子、散歩に行こ。お母さん、近所を少し歩いてみたくなった。付き合ってくれる?」
「う……うん、いいけど」
「あ、僕も……」
「ごめん、瑛斗は引越しの片付けを続けてて。そんなに時間かからないから」
「え〜〜」
「じゃ、お父さんよろしくね」
母は父の顔を瞬間じっと見つめると、父は何かを察したのか短く返事をする。
「おう、わかった」
「瑠美ちゃん、外は暖かそうだけど、一応上を羽織った方がいいわ」
「うん」
少し不貞腐れた表情の瑛斗の側を抜け、母はそのまま玄関まで行き、いつものスニーカーに足を通している間、私は外行きの薄いジャケットに袖を通し、玄関で自分のスニーカーを履く。
「行こうか」
母と一緒に玄関から出て、ドアがロックされるのを確認したのち、エレベータへと歩いていく。下行きのボタンを押すと、止まっていた思われるエレベータのドアが開き、二人して乗り込むと閉まったドア以外の音もなく、1階へと降りていく。
1階エントランスを抜けると、母はスタスタと歩き、マンション前の信号が青になっているのを確認してから宇治川の方へ歩いて行く。私は遅れないようにと、ただついて行っている。
この間、母は無言。
こういう状況の場合、今までの経験上、大抵私はお叱りを受けてしまうんだ。嫌だなぁ……。しかし、どこへ行くんだろう?
歩くスピードを緩めない母は、宇治川のあじろぎの道と名がついた散歩道を行く。ここはちらほらと花が咲き始めた桜の木に囲まれていて、どこか空気が薄らとピンク色になりかかっているような感じがする。ああ、私の大好きな季節が来るのももうすぐだ。
歩き続ける母についていく私。すると、ピタッと立ち止まり川沿いを指差す。
「うん、誰もいないね。そこのベンチに座ろっか」
「あ、はい」
母に促され、なにやらポンプみたいな機械がある建物横の古ぼけたベンチに座ってみる。まぁまぁ高さがあり、よいしょっという風に言わないと座れない。
母も同様に、小さく掛け声をかけてベンチに座った。
桜の木に囲まれたベンチ。来週には満開になり、散り始める頃はさぞ美しいだろうな。
目の前は宇治川。今日は天気が良いから、水面がキラキラと光っているように見える。
そう思っていると、母が口を開いた。
「瑠美ちゃん、ここはね、お母さんが小さい頃……そうね、小学校三年生の時からあってね……いえ、ベンチ自体はもっと前からあるそうなんだけど、その頃からよく座って宇治川を見てたりしたの」
「へぇ」
「最初の頃は、お父さんやお母さん……いえ、お爺ちゃんやお婆ちゃんに連れて来られたりしたな」
「うん」
「ある時はここでお姉ちゃん……麻美子おばちゃんね、トロンボーンを吹いてもらって聞いていたこともあった」
「麻美子おばちゃん、トロンボーン吹いてたの?」
「うん、言ったことなかったかな」
「聞いたかなぁ……?」
いや、知らなかった。麻美子おばちゃんと音楽の話をした覚えはない。
「その姿がカッコ良くてね、お母さんが音楽を始めるきっかけだったんだ。その時は秀……お父さんも一緒に居たんだよ。お父さんが今もトロンボーン吹いているのは、多分、麻美子おばちゃんの影響かもね」
「へー、じゃあ、麻美子おばちゃん重要人物やん」
「そうよ。今度会ったとき聞いてみなさい」
「うん」
どうだろう、話してくれるかな……なんか、恥ずかしいからって言ってはぐらかされそう。
「お母さんもトロンボーンしたかったけど、小学校の時空きがなくてね。余っていたユーフォニアムをさせられたんだけど、結局それが、今思うと、お母さんが、あなたのお母さんであるための必然だった、ということになるのかなって」
「ん?ん?どういうこと」
ちょっと、わかんないぞ?
「そうね、言い方を変えると、お母さんがユーフォをしていなかったら、今こうして瑠美ちゃんとここに座っていなかったかもしれないってこと」
「え……ということは、それだけお母さんはユーフォが好きだってこと?」
母はちょっと考えて、私の問いに答える。
「うん、そうだね。ユーフォが好きで、ユーフォを続けていたおかげで、お母さんは瑠美ちゃんのお母さんになれたのよ」
「そうなんだ……」
「今は瑠美ちゃんがユーフォを吹いてくれている。もう、お母さんはそれがたまらなく嬉しいんだ」
宇治川の川面を見ながら、話を続ける母。
「特にね、高校生時代はもうユーフォ一色だった。この前も言ったけど、お母さん北宇治高校の吹奏楽部に入って、本当に一所懸命だった。あれから四半世紀にもなるんだけど、全力だったと今でも胸張って言える」
「うん」
「本当にものすごく濃い三年間だった。お母さん、口でいうのは恥ずかしいけど、それこそ青春全て賭けたかな」
「うん」
「その思い出があるから、その時の制服、処分しようと何回も何回も思ったけど、やっぱり捨てられなかった。制服がお母さんそのものだと感じてしまってね」
「ん……」
「それで、さっき瑠美ちゃんが着ているのを見て、つい『私の制服』って思ってしまって……ごめんなさい。時々、北宇治の制服を自分の娘が着たらどんなに嬉しいんだろう、とも思っていたのに、それより自分のことを先に考えてダメって言ってしまったりして……お母さん失格ね。こんなお母さんでごめんなさい、許して欲しい」
体を捻って、私に向かって頭を下げる。
私の母はこういう人だとは薄々わかっていたけど、いざ母に頭を下げて謝られてしまうと、どうしたらいいのかわからない……。
「お母さんの想い、あまり分かってなくてごめんなさい……。時々お母さんからそんな話は聞かされたけど、ピンと来なかったのが正直なところなんだ。今日もただの制服じゃんと思っちゃって、気軽に袖を通してしまったけど、ひと言尋ねるべきでした。ゴメンナサイ……。……これからは、自分が行動することによって相手がどんなふうに思うか、を考えてから行動するようにします」
「うん、瑠美ちゃんのいいところはそういうところ。いろんな経験からいろんなことを吸収してくれる。お母さん、嬉しいよ」
母はお尻をずらして私の横にくっつき、手で肩を抱き寄せてくれる。
「瑠美子、ありがとうね。ありがとう……」
「お母さん……」
強く抱き寄せてくれる母。こうしてくっついているのも久しぶりかも。
「それとね、瑠美ちゃん。北宇治高校を選んでくれてありがとうね」
「え、あ、うん」
「あなたがお爺さんやお婆さんの体調のことを考えて、立華に行かず北宇治を選んだということ、お母さん知ってるよ。そうした方が、家族みんなでサポートできるからって」
「ええっ!知ってたの?」
肩から手を離した母は、私の顔を見てにっこりと笑ってくれる。
「はい、お母さんはあなたのお母さんですから」
「え……」
「それと、お母さん立華に勤めているから一緒はやりづらいだろうし、ね」
「ええっ!それも!」
「もちろん」
ニコニコしている母。だめだ、この母には敵わない。やっぱり。
「どちらかというと、そっちの理由かな。だからお母さんがあなたの選択肢を減らしてしまったと思って悩んでしまったんだけど、北宇治を選んでからというもの、あなたから後悔の念が全く感じられなかったので、ああ瑠美子は本気なんだ、と思ってほっと胸を撫で下ろしたのよ」
「あはは……そうですか……」
「それに、北宇治にはもう知っている先生がいないけど、お母さんが吹部のいた頃、部員みんなで四苦八苦して作り上げた北宇治スピリットというものは、今でも十分受け継がれているよ。音を聞いたらわかる。だから、瑠美子が吹部に入って受け継いでくれる時がきたら、お母さんもう何も言うことない。最高の気分になれるな」
「うん……なんか聞いてたら話重いんだけど……」
「大丈夫大丈夫。瑠美ちゃんは大丈夫、お母さん全力でサポートするよ。あ、お父さんもね」
「うん、わかった。頑張ってみる」
私の返事を聞いて、母は満足そうに頷いた。
「よし。じゃあ、景気づけ。瑠美ちゃん協力して」
「なに?」
「一緒にお母さんと掛け声するよ」
「えー、恥ずかしいよ」
「誰もいないから。じゃあ、やるよ」
私の話を聞いてくれないっ、もうっ!
ベンチから下りる私たち。私はシブシブだけど……まぁー、いっか。
私たちは向かい合い、母は右手をぐっと握りしめて胸に近づける。私もそれを真似をする。そして、大きな声で叫ぶ母。
「そんでは、ご唱和くださいっ!北宇治ファイトーっ!」
「「おーーーっ!!」」
拳を天に突き上げたまま、一緒にあはははっと笑う私たち親子。
この姿見てる人がいたら、絶対変な親子だと思うよ。
でも、私はこんなお母さんがだーい好きっ!
北宇治で頑張るよ!応援してね、お母さん!