第十話 過去との面談 −時を超えて−
第十話 過去との面談 −時を超えて−
「スミマセン、お先に失礼します」
「お疲れ様です」
椅子を机の中に入れようとした時、両手で新しいコピー用紙を一箱抱えたジャージ姿の先生が、私の姿を見つけるなり声をかけてくる。
「あれ?塚本先生、今日早帰りやったっけ?」
「佐々木先生……今日は私用でして」
よいしょ、とコピー用紙の箱をコピー機の横スペースに置き、私に振り返る。
「あー、そっかそっか、今日やって言うとったね。ゴメンゴメン……ってか、この時間でも間に合うん?」
「大丈夫、帰り道の途中だし。少々遅れても、大抵は前後に余裕持たせて予定を組むはずだから……」
「まぁ言うならば古巣やもんね。そこら辺り、知ってるわな」
「以前と変わりなければね……あっと、じゃあ私行きますので。お先です」
「はーい、お気をつけて」
梓に……もとい、佐々木先生に小さく手を振り、通勤バッグを肩からかけて職員室を出て、校舎を抜けて、駐車場に辿り着く。運良くクルマは建物の影になってはいるものの、暦は大暑という一年で最も暑い頃なので、ロックを外し運転席のドアを開けた時の車内の熱気は耐え難い。急いでエンジンとエアコンをスタートさせ、窓を全開にし、数回運転席を開け閉めして少しでも車内の空気を入れ替えようとする。まぁ、焼け石に水だろうけど、おまじないのつもりで実行。そして、意を決して乗り込み、暑いのを我慢して窓を全閉し、クルマを動かす。
いつもの通勤道である宇治街道を、宇治に向かって道なりに進む。目的地は京滋バイパスのインターの手前から左に曲がった先にある。一時期、もっとスムーズに行き来できる道があるのかな?と、横道に入ったりして色々試したことはあったけど、結局は街道をそのまま行くのがトータル的に速いことが解ってからは、ここ何年かはこの道ばかり往復している。
18日金曜日に一学期終業式が行われ、子供達は一斉に夏休みに入ったのだが、保護者としては毎年この時期に行われるイベント、担任の先生との面談が行われる時期でもあるので、それが終わるまでは気持ちが落ち着くことはない。
先週は、大吉山北中学校で瑛斗の担任の先生と面談だった。彼の学校生活の様子を先生から聞かせていただき、転校生だという状況など元から無かったかのように周囲に馴染み、勉強も部活も頑張っている様子が窺えてホッとしたところだった。その旨父親に伝え、父親から瑛斗に講評してもらっている。年頃なのか、少し斜めの態度を取ることもあるが、評価されたことへの彼なりの照れ隠しなんだろう、と思っている。その瑛斗は今日も登校し、吹奏楽コンクールへ向けての練習をしているだろう。
そして今日は、瑠美子の担任の先生との面談なので、私は北宇治高校へと向かっている。彼女が高校生になってからこの4ヶ月近く、母親としての直感も含め彼女の口からネガティブな発言は耳に入ってこなかったので、高校生活を満喫していることだろうと思っているが、果たしてどうなのだろうか。
クルマを走らすこと30分弱、北宇治高校の外来者駐車場に到着する。運転席から降り立つと、車内と外気の差がありすぎて、一気に汗が吹き出しそうになる。バッグを手に持ち、ドアをロックし、来客用玄関に向かう。受付の事務員さんに要件を伝えると、焦茶色の来客用スリッパの使用を促された。靴からスリッパに履き替え、しばらく待っていると、職員室方面から担任の大林先生がやってきた。瑠美子が言っていたように、なかなか快活な方のようだ。髪を後ろで軽く束ね、パンツスタイルだが、薄いカーディガンを羽織ってらっしゃる。職員室が寒いのだろうか。
「お待たせしました、担任の大林です」
「塚本瑠美子の母です。娘がいつもお世話になっております」
挨拶の言葉を伝え、深々と一礼をする。
「こちらこそ。では教室にご案内いたします。2階になりますので、どうぞ」
先生に導かれ、久しぶりに校舎の中を歩く。チラチラと辺りを見ると、所々修繕をしたのか綺麗になっていたりする。階段を上がると、以前と変わっていなければ、瑠美子のクラス6組は2階の手前にあるはず。そうそう、麗奈がいたクラスだ。27年前の学祭でのお化け屋敷を昨日のことのように思い出し、思わず口角が上がってしまう。
「どうぞ、こちらです」
「失礼します」
引き戸を開け入室を促された教室は、私がいた頃と何ら変わらない。変わったのはエアコンが新しくなっているところぐらいだ。
教卓の前に机を対面に並べているので、窓際の方に行くと「どうぞ、おかけ下さい」との声に従い、椅子を引き出して座る。対面に座る大林先生は手にしていた薄い水色のA4ファイル ケースを正面に置き、お辞儀をしてくれる。
「改めまして、塚本さんのクラス担任です、大林と申します。本日はお忙しい中、またかなり暑い中ご足労いただきまして、ありがとうございます」
「塚本と申します。本日はよろしくお願いしたします」
「こちらこそ、よろしくお願いします。いやぁ、今週はずっと暑いですね。今日も熱中症アラートが発令されてたりしていますが、ご家族の皆さん、お身体とか大丈夫でいらっしゃいますか?」
「ええ、何とか乗り切っている、という感じでしょうか。毎年暑いですが、今年は格段暑く感じますよね」
「そうですよね。外はあんなに暑いのに、実は職員室では、私の机がエアコンの吹き出し口の真下でして」
「あら」
「寒いものですから、日中はカーディガンをはおり、膝掛けや首にスカーフ巻いて仕事してたりするんです」
「それは大変ですね。先生こそ寒暖差で体調崩されてませんか?」
「お恥ずかしい話ですが、気が緩むと具合悪くしますね。今のところは大丈夫ですけど、まだ教壇に立って、授業している方がマシですね」
「そうなんですか。席替えができればいいんでしょうが、なかなか……教頭先生なんか滅多にうんと言ってくれませんしね……あ、出過ぎたことを申しました」
口を押さえ、余計なこと言っちゃったと思っていると、大林先生はぷっと小さく笑っている。
「すみません。失礼ながら、今の仕草、塚本さんと全く同じでしたので、つい……」
「あ、そうですか?」
「はい。彼女、普段は物静かですが、話しかけるとニコニコしながら色々話してくれるんです」
「色々と、ですか……」
「はい、お家ではいかがですか?話すのが好きなタイプと見ているのですが」
「そうですね……」
普段、家での様子を頭に浮かべてみる。
「ええ、よく話してくれます。あの子、小さかった時からそばに来ては、出来事とか思ったこととか、色々話をしてくれていました。自分の世界ができた頃からは頻度が減ったとはいえ、話をしてくれる方ではないか、と思っております」
「やはり、そうですか。そして誰かが話している時、割り込むのではなく、じっと聞いているようですね」
「ええ、そうです」
「そのあたり、授業中でも同様でして、先生方の話をじっと聞いているようです。それでいて、板書をひたすらノートに写すというのでもなく……そうですね……先生方が話す内容のうち、キーワードは何かというのを探しているような……そういう意味では、教えてる側が何か試されてるような気分になる時もあります」
「え?……す、すみません……」
「あ、いえいえ、そういう意味ではないんです。いつも、じーっと教壇の方を見ていますから、教壇側からは、ちょっと気になってしまう子ではあります」
集中力が持続するといったらいいのか、瑠美子は小さい頃から興味を持ったものに対しては飽きずに観察するような子だった。例えば、蟻の列を眺め続けているとか……三つ子の魂百まで、なのだろうか。
ここで、大林先生はファイルケースから一枚の紙を取り出し、机の真ん中あたりに置いて、これを見ながら話を続けた。
「では、こちらが塚本さんの面談シートです。これは、先週の週明けのロングホームルームの時、今回の保護者面談に先立ち、クラス全員に書かせたものです」
”高校1年生夏季面談シート”のタイトルの下の欄に、角が気持ち丸めの字で塚本瑠美子と書かれている。
「この学年のこの時期としては、結構書いてくれていると思います。ただ、見てまして気になったところは”進路について”の設問ですが、『まだ決めてない』に丸が入っているんです。三年生になって決めればいいことなのですけど、このクラスにいる生徒たちはほとんど”大学進学希望”に丸が入るのですが、丸が入ってない数名のうちの一人なんですね。……進学について、ご家庭でお話しされたことはありませんか?」
「はぁ、……」
うーん、自分が何をしたいか、だからどこそこへ行きたい、という話はまだしたことがない。少なくとも、私の前では。
「本人から、将来何をしたいかということを聞いたことはないです。まだ、自分の将来像が描けていない様子です」
「そうですか……この点については、ゆっくりじっくり考えてもらうようにします」
「すみませんです」
「いえいえ。それよりも今は、普段の勉強と同じくらい、吹奏楽部での活動に力を入れているようですね。顧問の先生からも、真剣に取り組んでいる旨の話を聞いております」
こうして話を聞いていると、四半世紀前の自分を俯瞰で見ているような気にもなってくる。進路については、私の場合教師になろうと決めたのは高三の秋だったから……瑠美子には急かすつもりは全くない。しっかり考えて、決めればいい。でも、決められなくてもなんとかなるもんだよ、この人生ってやつは。
「それでは、その他の項目を見ていきたく思います」
「はい」
「先生、今日はありがとうございました」
「こちらこそ、お時間をいただきありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします」
「よろしくお願いいたします」
大林先生とは色々と話し込んでしまうこともあり、結局予定の30分をオーバーしてしまったようだった。面談を終え、玄関まで見送りに来ていただき、来客用のスリッパを脱いだ時、外から誰かの駆け寄る足音が聞こえてきて、その音の主の人はそのまま受付の方に何やら話しかけているようだ。チラリとその人を見やると、スーツを着ていて大層暑そうにしている。そして、その人が私の方を振り向いた瞬間、私は目を見張ってしまった。
「あ、大林先生、次の面談予定の保護者の方ですよ」
事務員さんが大林先生に声をかけている。
「あ、はい。では、田中さんでいらっしゃいますね」
「はい、初めまして、田中未来の母です。予定を過ぎてしまい申し訳ありませんです」
やや明るめのグレーのパンツスーツで、まっすぐな立ち姿。長そうな黒髪を後ろでバレッタでまとめ、フレームレスだけどメガネをかけていて……記憶の中のイメージと照らし合わせた結果、今ハンカチで汗を軽く拭っている人は、会いたくても会えなかった人……。
「あ、あ、……あすか、センパイ……?」
そうだ。紛れもなく、田中あすか先輩だ。
「え……もしかして、黄前ちゃん……?」
私はこくこくと頷くことで精一杯。先日、瑠美子があすか先輩のビデオメッセージを見せてくれたけど、こうして実際に会うと、高三の時、魔法の葉書を持って先輩に会いに行った時以来の懐かしい声音に、私は一気に時計を巻き戻されてしまう。
「いやー、懐かしいね〜。未来から話聞いてて、いずれは会うことあるかなと思ってたけど、案外早かったね」
目が潤んでくる感覚を覚えるけど、今はそれ以上にはならないようグッと心にブレーキをかける。
「あら、お二人はお知り合いでしょうか?」
「ええ、私とおう……塚本さんはここの卒業生でして、私は塚本さんの二年上になるんです」
「そうなんですか!」
私はまだ気が動転していて、頷くことしかできない。
「あ、でしたら、積もるお話なんかあるでしょうし、田中さん、申し訳ありませんが、私この後の面談の準備をさせていただきたいので、10分程度お時間いただけませんでしょうか?準備できましたら、またここに参りますので、その間、そちらのソファーで待っていただけたらと思いますが……。いかがでしょう?」
「私は構いませんが」
「ありがとうございます、では少しお待ちになってください」
そう言い残し、職員室の方へと向かって行かれた。
「ふーっ、なかなか真面目そうな先生やね。あ、黄前ちゃん、まだ時間あるんだったら、ソファーに座っとこうか」
「はい」
二人並んで、よいしょと言いながら腰掛ける。
「いやー、今日も暑いねー……それにしても神様のいたずらか何やわからんけど、こう言う事ってあるんやね。まさか、娘同士が同級生で、部活までも一緒に吹部やなんてね」
「はい、本当に……」
「どう?ご主人さんも元気してる?塚本くん」
「はい」
「そっか。それならよかった。ほんま、今月異様なほど暑いかんねー」
「ええ」
「ん?黄前ちゃんは元気ないん?」
「だって……だって、久しぶりもいいとこですよ!高三のとき、思い悩んで意を決して先輩のところに相談に行っても、適当にあしらわれただけでそれっきりになってたし!OBOG会をしたって全く音信不通だったし……そうかと思ったら、私の結婚式の時、来ない代わりにいきなりビデオメッセージ送りつけてくるし、この前も瑠美子にメッセージ託すし。もう、何なんだか……いつも神出鬼没で……」
私の愚痴をじっと聞いている先輩。
「え〜、久しぶりに会ったかと思ったら、いきなり叱られんの?うち」
「25年分の愚痴ですっ!」
「あはは……卒業したらそれっきり、と言う方がほとんどだと思うし、まだマシだってことで勘弁してよ」
「……はい。勘弁してあげます……でも、この25年、色々あったようですね」
「まぁーね、人一倍苦労はしてると言える自信はあるよ」
先輩は、組んだ膝に頬杖をついて、ため息を一つつく。
「私、ずっと日本には居ないと思ってました」
「……学校出てしばらくは、ニューヨークの中堅の弁護士事務所にいたんだけど、入って5、6年目かな、長期休暇で久しぶりに実家に帰ったら、ゴミ屋敷だったんよ」
「ええ?!」
「母親が認知症になっててね、若年性のやつに。体は元気なんやけど、うちの顔時々わからんのよ。そんな風になってんの全然知らんくて、これあかんと思って、あっちの生活畳んで帰ってきて、一緒の生活を再開してももう遅くて、すっかり他人同士になっててね。それでも母親には変わりないんやけど、うちも生きていかないけんので、悪いけどずっと施設に入ってもらってるん」
なんだか、身につまされる話だ。
「……私も父が、足が不自由になったのと、母も時々調子が安定しないので宇治に帰ってきたんですけどね」
「似たようなもんやね……で、帰ってきた時、大学時代の教授に仕事先紹介してもらって今のとこに入ったんだけど、家事事件を専門に扱うところでね。自分のこと棚に上げて、クライアントにお説教まがいなことも言わんとあかんのよ。仕事を通して、自分で自分の不孝ぶりを叱り続けているって感じやわ」
「そうなんですか……」
はぁーっと二つ目のため息をついた、あすか先輩。
「そうなんですよ……そうそう、娘のことはね……ある時、交通事故の被害者達の代表として事務所の先生がなってんけど、うちが事務局やら調査やら調整やら、何でも屋を任されてね。かけずり回っている中で、あの子が……未来がいてね。まだ言葉を話せるようなったばかりだったかな。可愛かったんだ。あんな目にあったのに、お母さん亡くなっちゃったのに、親戚全部引き取りを断られたのに、それでもいつも笑ってくれたん」
「癒されたんですね」
「そう、会うたびに癒されてた。なぜか、懐いてくれてね。そんでね、うちにも母性っちゅうもんがあったようでね……多分、自分の家族を作ってやり直したかったんよ、その時ね。……用がないのに、会いに行ったりもしたな」
「ええ」
「……事件が一年以上……いや一年半か、ようやく一件落着となった時、施設にいた未来をね、知ってる限りの知識と知恵を使って、自分のもんにしたってわけ。あん時ほど、勉強しといてよかったと思ったことなかったわ」
「えらく、思い切ったことしましたね。私の覚えてるあすか先輩とはなんか違う気が……」
ちらと先輩の顔を覗くと、ほんの少しだけ、口角を上げて笑っている。
「人って変われるもんよ、本当に……」
「そうかもしれません……そうだ、ついでだから教えてくださいよ。香織先輩とのことは?」
「なーに、その”ついで”っていうの。素面じゃ言えんよ、そんなこと」
「じゃ、いいです」
「実はね……」
「言うんですか?」
「……香織とはね、うちがニューヨークに行くって決まった時に、お別れしたんよ」
「そうだったんですか……」
「……香織はええとこのお嬢さんやから、いつまでも、うちみたいなんと付き合わん方がいいって、心にも無い事言ってね。逃げるようにして、荷物持って家を出たもんよ」
ふーっと、息を吐いて先輩は遠い目をして話を続ける。
「それで、こっち帰ってきて、母親を施設に入れて、家片付けて、未来を連れてきてしばらく経った時、突然香織が尋ねてきてね」
「はあ」
「あれは驚いたよ。なんでも、時々家を見にきてたらしい。まさにストーカーだよ」
「でも、香織先輩らしい気がしないでもない……」
「そお?んで、『あすかが出て行く時に、付き合わん方がいいって言ったけど、自分の返事を聞かないまま、あすかは出て行った。なので、今日その返事をしにきた』って」
「……なんて香織先輩は言ったんです?」
「……『嫌です』……って……」
「うわ〜〜、先輩、それこそ”愛の告白”ですよ。ずっと愛されてたんですね、香織先輩に!」
なんか、先輩照れてるような表情してる。
「その時ばかりは、うちも素直に喜んでね……流れで一緒になって、一緒に未来を育てるようになって、ペースが安定してきた時、ようやっと家族を持てたなぁ、と思ってから10年以上経ちましたよ」
「もう、大河ドラマ並みの話じゃないですか」
「黄前ちゃん……」
「はい?」
「褒めてよ、頑張ってきたうちを」
「ええ?私がですか?」
静かに頷いている、私じゃ無いと思うんだけど……ま、いいや。ハグしてあげたいけど、昼間っから学校の玄関先でできるはずないし。
「じゃ……えー、あすか先輩、よくここまで頑張ってきました。本当にえらいです」
「うん……」
「今まで困難な事も色々あった事でしょう。でも、乗り越えられてきました。香織先輩もそのことをよくご存知のはず。未来さんも、いい子ですよ」
「うん……」
「すべて、何事も諦めなかったあすか先輩が作ってきたものです。頑張りましたね」
「うん……」
メガネを外し、指で目尻を拭く仕草をするあすか先輩。本当に大変だったことと思う。
「ふふ……ありがとね、黄前ちゃん。おかげでスッキリしたよ」
「私こそ、先輩に会えてよかったです」
二人して笑っていると、間を見計らっていたかのように、大林先生がこちらにやってきた。
「田中さん、遅くなり申し訳ありませんでした。準備ができましたので、面談する教室までご案内いたします」
「あ、はい、わかりました」
すくっとソファーから立ち上がり、私の方へと振り向くとスマホを私の方へ差し出してくる。
「アドレス交換しておこう。スマホ出して、タップして」
「あ、はいはい」
慌ててバッグから自分のスマホを取り出し、先輩の方へ向けると、ポロロンと音がした。
「今日は話を聞いてくれてありがとうね。さすが先生や、聞き上手やわ。いらんことまで喋らされてしもうたわ」
「いえ、そんな……」
「じゃ、うち行くから。娘さんにも、未来ともどもよろしく言っといて」
「わかりました」
「じゃ、またね」
「はい!」
26年ぶりに聞いた、あすか先輩の”またね”。あの頃とは意味合いが随分違う”またね”。
夢じゃなく、確かにあすか先輩と再会できたし、本当に、間をあけずにまた先輩と会えるような気がする。
10分も話していないのに、あすか先輩との空白の25年間を一気に取り返したような時間だった。
あすか先輩の姿が消えるまで見送った後、玄関口のガラス戸の外側を見ると、西陽が容赦なく校舎を照らしていた。
盛夏は、まだまだ続くんだろうな。