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第十一話 もうすぐコンクール −夏の暑さと蝉の音−

響け!ユーフォニアム ー 未来楽章 ー — www.pixiv.net · All chapters

第十一話 もうすぐコンクール −夏の暑さと蝉の音−

まだ朝9時過ぎのためか、吹いてくる風は熱風ではなく涼しさを感じることもある。近くの木々からはシャワシャワシャワとクマゼミの合唱が聞こえ、それが校舎に反射するものだから、蝉の大群に囲まれているように思えてくる。

先輩から教えられた校舎の日陰に、譜面台と折りたたみ椅子そして600mlの水を用意して、楽譜ファイルの中から個人練用のスケールのページを開く。椅子に座り、テナーサックスを構える。今日は来週のコンクール用に新品のリードを下ろしてみたんだけど、メインで使えるか予備になるか、ちょっとどきどきもんだ。リードも決して安いものじゃないし。

黒いマウスピースを咥えアンブシュアを作り、ふっと息を入れると低くボッと音がする。

「少しきつい」

マウスピースから口を外し、ネックストラップを気持ち緩めてから、再度マウスピースを咥える。うん、ストラップ長さはこれぐらいか。

まずは、ロングトーンから。下から2オクターブ上まで、たっぷり時間をとって一音一音を確認しながら吹いていく。時々チューニングから外れているのを気付かないまま吹いてしまうから、チューナーで合わせながら吹くこともする。汗が目に入るけど、ロングトーン終わるまで、辛抱だ。

次にスケール練習。長音階のパターンを2オクターブを上がって下りてを繰り返す。次に短音階も同様に。慣れてくると、早く終わらせたい気持ちが浮かんでくるのだが、そこをグッと我慢。単調な練習でも完全に吹けるようになっておかないと、頭の中で響く音と実際に吹いている音がズレることもあるから。

ここまで、新しく下ろしたリードの感触は悪くない。あとで、今一番と思っているリードと交互に交換しながらやってみよう

テナーサックスを始めて2年目。ほとんど毎日練習しているからか、ようやく音と指が頭の中で繋がってきた感じがしている。本当はアルトをやりたかったんだけど、希望者が多いため落選し、第二志望のテナーを吹くようになったのが去年のこと。

そもそもサックスを始めたのは、父さんがよく聞いていたジャズ系の音楽が好きになったためだけど、家族みんなが何かしら楽器をやっている中で、被らない楽器を選びたかったという理由もある。父さんはトロンボーン、母さんと姉ちゃんがユーフォニアム。何故か金管ばかりなので、自分はそれ以外を選択したい、というのは自然な流れだと思っているが、家族みなほとんど同じ音域の楽器というのは、音楽の世界でも抗えない運命というものでもあるのだろうか。

それに、去年テナーをすることになったと家で話した時、「ちょっと古いけど、今でも十分面白いから読んでみろよ。瑛斗の歳でも、主人公の気持ちがわかると思うわ」と父さんから勧められたマンガが、テナーで世界一のジャズメンになるというストーリーのもの。読み始めたら夢中になってあっという間に読破してしまい、主人公の熱い気持ちに影響され、今ではテナーにしてよかったと思っている。我ながら単純な性格だ。

今年の春、ここ大吉山北中に転校してきて、強豪と言われている吹部に入ったけど、テナーを続けることができたのは運が良かったとしか思えない。先輩から聞いた話では、北中ではテナーは去年まで一人いたけど、その人が三年生だったため、引退してからは空席だったそうだ。今年の一年生にもテナー希望者がいなかったため、その卒業した人が使っていたテナーを使わせてもらうことができ、しかも前の学校で使っていたやつと同じモデルという偶然もあって、持っているマウスピースがそのまますぐに使えたのはラッキーだった。

スケール練習を終え、タンギングの練習もしたところで、息抜きにいつも吹いているあの曲を演る。小さい頃から聴いている、母さんが、そして父さんが、その次に姉ちゃんもよく吹いているソロの短い曲。”響け!ユーフォニアム”という曲名なんだけど、優しくて素直なフレーズが好きで、個人練の締めには必ずこの曲を吹いている。

皆が吹いているのを耳で覚えたから勝手な解釈をしているかもしれないけど、指の練習も兼ねているから、それでよしとする。

蝉の鳴き声に圧倒されながら、柔らかいメロディを吹く……意外と蝉の合唱にも溶け込めるんだな……この曲って、母さんが高校生の時に知った曲だとか言ってたけど、一体何年前の昔のことなんだろう?自分も引き継いで吹き続けているから、このままずーっと吹いていると、この曲を誰かに伝える日が来るのだろうか。

吹き終えて、用意していたペットボトルの水をがぶ飲みする。

「ふーっ、日陰で風があるとはいえ、やっぱ暑いわ」

肩にかけたタオルで汗を拭いながら、独りごちていると校舎の角からこちらに歩いてくる人がいる。

「おー。やってるねー、塚本くん」

「あ、太田先輩」

サックスパートリーダーで三年の太田先輩だ。小柄でポニーテール、いつも明るい声で、アルトサックスも明るくはっきりした音を出し、制服のリボンは外すけどバードストラップを外しているのを見たことがないといわれている。この練習場所を教えてくれたのも、太田先輩だ。

「調子はどお?」

「……ぼちぼちですが、蝉の音に負けそうです」

「ここは午前中は日陰になるから場所としてはいいけど、林が近いからね……練習していて、詰まっているところとかないかな?」

「今は大丈夫です、まだ午前中ですから。昼過ぎるとくたびれてきて、音がずれてきますが」

あっはっは、と笑う先輩。

「もう、それはみんなだわ。しゃーない。顧問の和田先生も、1日の後半になるとテンポが変になってくるし」

「……わかるんですか?」

「わかるよ、毎日同じ練習をしていたらね。ああ、今日は調子よさそう、とか、今日は機嫌が良くないな、とか」

「はぁ〜、僕はそこまで気にしたことなかったです」

「大丈夫、そのうちわかるようになるって」

「はあ」

「まぁ、今は来週のコンクールに向けての詰めてやらなきゃね。熱中症に気をつけて、頑張りましょう」

「はい」

そこまで話をして、先輩は何かを思い出したのかパチンと両手を合わせた。

「そうそう、伝えることがあったんで、ここに来たんやった。今日も朝から暑くなるから、昨日と同様早めにパート練習を始めることを伝えにきたんよ。もう基礎練は一通りやった?」

「はい、タンギングのとこまでは終わりました」

「うん。じゃあ、もうパート練の教室に行こう。ちょっとでも涼しい中でやらんとね、今この時期に調子崩すわけにいかんから」

「わかりました」

「譜面台と椅子持って行こか?」

太田先輩は譜面台の方へ手を差し出してくれる。今ここにある荷物は2往復して持ってきたものだから、一度には持っていけないな。

「スミマセン、譜面台をお願いしていいですか?」

「了解。じゃあ、先持って行っとくね」

「ありがとうございます」

返事をするや、先輩は楽譜ファイルブと譜面台を両手に持ち、先に教室の方へ歩いて行く。その姿を見て、慌てて自分もテナーと椅子と水を持って、後を追いかけることにした。

「ふう、ちょっと休憩しよっか」

「「はい」」

パーリーの太田さんの一言でパートメンバー5名が楽器を机に置き、一斉に水筒やペットボトルに入ったお茶や水を飲み出す。

現時点でのサックス隊の構成は、アルト3、テナー1、バリサク1と少なめで、しかも男は自分一人。前の学校ではテナーとバリサクがもう一人ずついたので音に厚みがあったのだけど、人数の話についてはどうしようもない。

「それにしても、暑いなぁー。冷房入ってんの?」

バリサクの3年小野寺さんが、私物の小さなうちわでパタパタと扇ぎながら、メガネの奥の目がもっと設定温度を下げて欲しいと訴えている。

「目一杯下げてこれやから、しゃーないやん」

太田さんが宥めるように言っている隣で、アルトの2年高橋さんと一年土井さんが、スカートの端を持って少しでも涼しさを得ようと、バサバサと風を取り入れようとする。

「こら、スカートで扇がない」

「だって、これだけ暑けりゃ……太田さんも暑いっしょ?」

「男子いるんやけん、止めなさい!見えてしまうで」

「大丈夫、見えてもいいやつ履いてますんで」

「そーゆー話じゃない……油断するとすぐこれだ……」

「あ、僕、廊下に出てますよ」

「いいっていいって。塚本くん、女の方が多いからってそんなに気を回さんかてええけん」

「こういう場合、男子の方が恥ずかしがりますね」

「やっぱ、そうなの?」

「はぁ……まぁ、姉がいるんで、少々慣れてはいるつもりなんですけど……」

あ、余計なこと言ってしまった。慌てて手で口を押さえていると、4人分の好奇の目が自分に向けられていることに気づく。

「え、塚本くんってお姉さんおるん?」

「なんか、当たりが柔らかいから女きょうだいがおるに違いない、と思ってたけど、やっぱりやね」

「何歳違うの?」

「家族構成は?他に兄弟いるの?」

「どんなお姉さんなん?」

矢継ぎ早に浴びせられる質問に戸惑いながらも、邪険に扱ってコンクール前の雰囲気を壊したくないので、当たり障りのない返答を返すことにしておこう。

「えっと、姉は二つ上で、二人姉弟です」

「ということは、高校生なんや」

「そうです」

「どこの高校?」

「北宇治に行ってます」

「……遠いんやない?なんで?」

「詳しくは知らないですよ。小学生の頃から吹奏楽やってるから、その関係じゃないですか?」

「「おお〜」」と四人が同時に頷く。なんなんだ、これは。

「お姉さんも吹奏楽ということは、何吹いているん?やっぱり、サックス?」

「いえ、ユーフォニアムです」

「「おお〜」」と二回目の頷き。うまくハモれるもんだな。

「それやったら、塚本くんもユーフォでもよかったんやない?なんで、テナーしてるの?」

「それは……家族と同じものは避けたかったというか……違う楽器してみたかったというか……」

「う〜ん、分からんでもない」

「ね、ね、どんなお姉さん?」

「どんなって言われても……普通じゃないっすか?」

”ピピピピッ、ピピピピッ、ピピピピッ、ピピピピッ”

突然、目覚まし時計と同じ音のタイマーの音が聞こえてきた。太田さんがスマホを操作している様子から、どうやら休憩時間をタイマーでセットしていたらしい。

正直助かった。この後この尋問がいつまで続くのか、不安になってきたところだった。

「はいはいはい、休憩タイム終了〜。練習に戻るでー」

パンパンと両手を叩きながら、皆の気分の切り替えを促している。

「わかりましたよ」

「あ、待ってください。あたしお手洗い行ってきます」

「早よ、しいや」

机に置いていたテナーを持ち上げ、再びストラップのフックに引っ掛け、指遊びでキーをいじっていると、太田さんが小声で声をかけてくる。

「塚本くん、質問攻めにしてごめんな。休憩できへんかったやろ」

「いや、僕は大丈夫です」

「そお?……ん、わかった。じゃ、練習の続き、始めよっか」

隣の椅子に座った太田さんも、私物のサックス……ベルの彫刻からして、セルマーと思しきものを手に取ってストラップに掛け、譜面台に乗せた楽譜ファイルをめくっている。

「そっか……お姉さんがいるんか……ハードルが色々ありそうやな……」

ん?小声で何か言いながら、チラチラ見られてる気がするんだけど。

「なんですか?」

「いやいや、な、なんでもないです!なんでもないから!」

手を大仰にぶんぶんと横に振って、否定している。そんなに懸命に否定しなくてもわかりますよ。

「えー、みんな始めるよ!マードックを頭からやるよ!」

「まだ、お手洗いから帰ってきてないやつがいまーす」

「もおっ!」

幾分、顔が赤くなっているように見えるのは、この暑さのせいなんだろう。

来週の吹奏楽コンクールの京都府大会、うちの学校の自由曲として「マードックからの手紙」を演奏する。古い曲だけど、古さを全く感じさせないし、それにほんの少しだけどテナーのソロもある好きな曲だ。

本番まで一週間もないけど、いい感じでまとまってきているから、この調子で金賞を取って、まずは関西に行くんだ。後もう少し。頑張ろう。