LNCrawler

第十四話 夢を追いかけて− 2042年度関西吹奏楽コンクール −

響け!ユーフォニアム ー 未来楽章 ー — www.pixiv.net · All chapters

第十四話 夢を追いかけて− 2042年度関西吹奏楽コンクール −

『二十番、京都府代表、北宇治高等学校、ゴールド、金賞』

2,000人以上もの人を受け入れられる大阪府内のコンサートホールの客席で、役員らしき女性の声で私達の学校の名前が場内に響いた瞬間、私の周りで黄色い声があがった。

「「きゃあっ!」」

「瑠美ちゃん、何ぼーっとしてんの!まずは金賞とったやん!」

左隣に座っているみみちゃんが興奮して、私の肩を叩きながら言った。

「え?あ、うん」

金賞だ。銀賞じゃない、ゴールドと確かに聞こえた。私たちの演奏が評価されたのは嬉しい。だけど、私達の目標はその次なんだ。

関西吹奏楽コンクール。今ステージ上では出場高校の審査結果が流れ作業的に発表されている。

誰も、何もミスはしていない。私たちは完璧な演奏だった。当然と言えば当然、と思うのは私の驕りだろうか。ただ、なぜか私には、その次の場面が頭の中でイメージできないんだ。

「なんなん?そのテンションの低さは〜」

今度は右隣の未来が私の右肘を自分の左肘で突いてくる。未来の方に振り向くと、ドヤ顔でVサインをしていた。

「金賞やで?素直に喜びや」

「わかってるよ〜」

「でもまぁ、ここまでは順当やな」

「うん、そうだね」

ステージ上では粛々と表彰式が行われており、私達の村上部長と小早川副部長は賞状とトロフィーを手にして、他の高校の代表者の方達と一緒に横整列している。

『二十八番、京都府代表、立華高等学校、ゴールド金賞』

「「きゃあーっ」」

私達がいるところから、ちょうど反対側の辺りから歓声が上がった。私は立華の結果も気になる。今朝、家を先に出たのは母だった。いつもよりかは堅い表情をしていた母も、この会場のどこかで、結果を聞いて少しはほっとしているのだろう。

「立華も金賞とったんや。久しぶりなんやない?」

未来の少し緊張した呟きが聞こえる。

「確かそうだよ」

「瑠美子のお母さんが指導してるんやもん、気になるわな」

「うん。やはり……ね」

今日のプログラムでは、立華が最後の演奏だったので、これで参加校全校の審査結果発表が終わったことになる。ということは、いよいよ代表校の発表だ。全国大会に行くには、この代表校に選ばれなければならない。

「続きまして、来たる十月に行われる全国大会に出場する、三団体を発表します」

その言葉を合図に、会場全体が瞬時に静寂と緊張に包まれた。私も組んだ両手にグッと力が入る。未来は祈るように手を合わせ、目を瞑っている。

『一校目……二番、大阪府代表、大阪東照高等学校』

客席の右の方から、歓声が上がる。ステージ上では、大阪東照の代表者がトロフィーを受け取っており、立ち居振る舞いが慣れているように見える。

「後、二つ……」

思わず言葉が漏れ出てしまった。私は手に汗をかいているのがわかり、スカートのポケットからベージュのタオルハンカチを取り出し、手の平を擦り付けるとそのままハンカチを握りしめた。

『二校目……十一番、大阪府代表、明静工科高等学校』

今度は真ん中のあたりから歓声が上がり、拍手もしている。明静工科もしばらく全国に行っていなかったので、強豪校復活とか言われるのだろう。

「後、ひとつ……っ」

「後、ひとつっ」

未来と呟きが重なってしまった。

『三校目、これが最後です。』

この間が永遠に続くような感じだ。

『……十四番、大阪府代表、秀塔大学附属高等学校』

「えっ!」

「あぁ……」

私たちとは違う学校名が耳の鼓膜を揺さぶった時、すぐ近くの集団から大きな歓声が沸き起こった。白いジャケット同士が手を取り合ったり、ハグし合ったりして、喜びを爆発させている。

その隣で呆然と様子を眺めている私達北宇治高校吹奏楽部は、この瞬間、今後の活動目標の変更を強いられることになった。

白いジャケット達が喜びの余韻に浸っている傍らで、脱力していたり、涙を流している先輩たちの表情が見える中、左隣のみみちゃんが私の腕を掴んで、涙ながらに訴えてくる。

「瑠美ちゃん、これで終わりなん?こんな、あっさりと終わってしまうん?もう、次は無いの?」

その震えるような声に対して、私は何も考えられず、ただ、うん、と頷くことしかできない。

そうかと思いきや、私の右腕は未来に掴まれていた。

「瑠美子……、何があかんかったんや、うちらの何がダメと言うんや……」

嗚咽を我慢してるのか、震えながらか細い声で語りかけてくる。

「私には……わかんないよ……」

「……悔しい……悔しい……悔しくて、死にそうや……」

大粒の涙を溢しながら、私の右腕を強く握って俯いている……。私は二人の悔しさ、今までに費やした汗と涙と想いを両腕に感じながら、正面のステージを茫然と見ているだけだった。

表彰式が終わると同時に、満員だった会場から潮が引くように各校の関係者達があちらこちらにある出口から出て行っている。私はなんとか涙が止まった未来の後をついていき、最後席の後ろにある大きな扉からホワイエに出た瞬間、誰かが私の横に並んだかと思うと、肩をグッと引き寄せられた。

「何するん……」

「残念だったね」

「お母さんっ!」

いつのまにか母が私の側にやってきていた。立華の部員達のところにいなくて良いの?と聞こうとした時、母は私の耳元で優しくもしっかりとした声音で話してくれる。

「瑠美子には次がある。今日は悔しがりなさい。そして、明日から来年に向けてスタートだよ」

「うん、わかった」

「じゃあね」

私の背中を軽くぽんぽんと叩いた母は私から離れ、小さく手を振りながら私が今から行く方向と違う方へ足早に行ってしまった。

「瑠美子!行くよ!」

「ごめん、今行く」

3メートルぐらい先にいる未来が私を呼ぶので、小走りで彼女の隣に駆け寄った。

「今の誰だったん?」

「ああ……お母さんだった」

「え?!へぇ、偶然だね。こんな人混みの中、よく会えたね」

偶然?いや……お母さん、わざわざ私を探したのかもしれない……落ち込んでいる気持ちを前に向けさせるために。でも、お母さんだって悔しがっているはずなのに……いや、そうだよ……うん、落ち込んでいる暇はないんだ。たった今、来年に向けての一年が始まったんだ。それを言うために……えへっ、お母さんには敵わないや。

学校へと戻るバスは、今、高速道路を東へと走っている。車内は至って静かで、バスのエンジンの駆動音やタイヤが路面を蹴る音だけが響いている。私と未来は、それぞれ前もって準備していた黄色い箱のバランス栄養食品を、バスに乗り込む前に買っていたペットボトルのお茶と共にもそもそと食べ終え、ふーっと一息吐いてシートに体を預ける。未来はイヤホンを耳にしたまま、シートの背もたれを少し倒して目を瞑っている。

しばらくの間、ラルゴのテンポで目に入ってくる道路の照明灯の灯りをぼんやりと見ていた。スマホの時計を見ると、ようやく移動予定時間の半分を過ぎたところだ。

明日から9月かぁ。ホームルームの時、避難訓練するんだったよな……。今週末は学祭だから、クラスの演し物の小道具を作らないといけないし、吹部の演し物の曲練習しないといけない。その次の週は植物園での演奏会。また次の週は体育祭……あれれ?9月って週末のお休み無いんじゃない?

なんだか、こうしてはいられない、行動しなければならない、という気持ちが心の奥底から芽を出した。

「ねえ、未来。起きてる……?」

まわりが静かなため、囁くように未来に声をかける。

「ん?起きてるよ」

「あのさぁ、今週は授業昼までで、午後は学祭の準備だったじゃん。で、1年はクラスごとの小演劇だけど、結局キャスティング決まったんだっけ?」

「演劇部と放送部の子達を中心にキャスティングするって言うてたやん。うちらは裏方で小道具の作成担当やって」

「そうか、小演劇のポスターも描かなきゃいけないんだった……美術部がしたらいいのに」

「最終日は吹部のミニコンサートがあるやろ?”三日月の舞”以外に、昭和のアニメメドレーとか映画音楽メドレーとかあるし」

「植物園の演奏会とほぼ同じセトリだったよね」

「そうそう」

「その次の週は、体育祭でしょ……」

そこまで話していると、未来はガバッと身を起こして、私に顔を寄せてくる。

「なんや、9月ってえらい忙しいやんか。ずっと、コンクールにかかり切りやったから、9月以降のことなんも考えてなかった」

「私も、さっきそれを考えてた」

「そんなことしてたら、10月が来て中間考査があって、アンコンの練習も始まるわな」

「だね」

「……今日の結果を引きずるヒマがあったら、練習せなあかんやん。とりあえずは学祭用の曲を仕上げないと」

「まさに、そう。私たちは、足を止めるわけにはいけないんだよ」

「よーし。それに気がついたんなら、早速行動に移らんと。……とはいえ、今できるのは……サンプル音源を聞くぐらいやん。一緒に聴く?」

「うん、私のイヤホンもペアリングさせて」

「どーぞ」

イヤホンのわずかな窪みを指で触ると、りん、と接続完了の音がする。

「繋がったんでお願いします」

「OK。じゃーね、昭和のアニソンメドレーから行きますか。……再生っと」

「ありがとう」

イヤホンからは私たちにとっては新鮮だけど、懐かしいメロディーが流れてくる。指でリズムを取っていると、隣の未来は指を動かしてトランペットの運指をしているようだ。

そうだ、私たちは立ち止まれない。走り始めたのだから、前を向いて走り続けなければ。

今年の私たちの吹奏楽コンクールは終わってしまったけど、来年はリベンジだ。

今度こそは、全国に行ってやるんだから。

待ってろよ。