第十五話 心こもったプレゼント −誕生日に寄せて−
第十五話 心こもったプレゼント −誕生日に寄せて−
「さて、瑠美子さん」
今週末、北宇治高校もそうなんだけど、あちこちの府立高校では文化祭または学園祭を催すところが多いようだ。その為に今週は授業もお昼までとなり、その後は校則で許される時間まで準備時間に割り当てることができる。
未来、みみちゃん、私といった吹部の部員は、文化祭のコンサートの練習もあるので、クラスの演し物の準備については結構免除してくれていて、演し物の宣伝ポスターを描きさえすれば良いとしてくれている。
そのポスターの下書きを終え、吹部の二時間集中練習も終わり、いま昇降口で靴を履き替えようとしている所。
「はい」
「実は折り入ってのお願いがございます」
えらく神妙な顔つきの未来。これは只事では無い感じだ。
「なんでごさいましょう、未来さん」
「実は、うちのママの誕生日プレゼント、何も用意できてないんよ……どないしよう……」
「は?」
「毎年、前もって準備するのに、このところコンクールにかかりっきりやったから、準備する時間もなく、また忘れていたこともあって……どーしたらいいと思う?」
何だ……いや、何だじゃ無い。未来にとっては大事なことだ。
「うーん、誕生日っていつなの?」
「明日の9月3日です」
「そんなの、もう無理じゃん!えー……ほら、今、七時だよ」
私は呆れた風に、スマホの待受画面の時計を見せながら未来に告げる。
「そこをなんとかっ、アイディアありませんかねぇ、神様、仏様、瑠美子様」
両手を合わせた未来に拝まれてしまう……。
「遂に私は、神様や仏様と同格になったのか……とは言ってもねぇ……とりあえず、今は帰ろうよ」
「うん」
住宅街の歩道を歩きながら、未来と一緒に対策を考える。道端のあちこちで、マツムシとかスズムシとかの合唱があちこちから聞こえるようなり、その中で私たちのローファーがアスファルトを蹴る音が混じっている。
「今更何か買い求めることは……明日は水曜日だから学校に居残りできないじゃない?その時、アルプラにでも探しに行ってみる?」
腕組みして、首を傾げながら何か考えている様子。
「うーむ……むむむ……瑠美子はいつも何してんの?」
「私?私の場合は……実は二週間近く前だったんだよ、お母さんの誕生日。でも、未来と一緒で毎日がコンクール漬だったから大した準備できなくて、弟とお小遣い出し合って、アレンジメントフラワー買ってプレゼントしたぐらい。後は、お母さんの好物を作って夕食に出すとかしたりするけど、今年はそれすらもできなかったな……」
「そっかぁ……うーん、どーしよーかなー」
好物かぁ……未来のママさんは何が好きなんだろうね。
「未来んとこって、夕食とかいつもどうしてるの?」
「いつもは、ママが夕食の分も朝にまとめて作って冷蔵庫や冷凍庫に入れてくれてるのを、必要な分だけ取り出して……って感じ」
「自分で何か作ったりとかは?」
「したことない……」
「料理しないんだ」
こくんと頷く、未来さん。意外……なんでもテキパキこなす人なのに。
「包丁とか持たないの?」
「家庭科の時以来、持ってない」
あ、閃いた。持ってないなら、持てばいい。
「ママさんへのプレゼント浮かんだよ。ママさんの好物の料理を作ること!」
「瑠美子、作ってくれるの?」
「違う違う、未来が作るの」
「えっ、うちが作るの?」
「そう、それをプレゼントにすればいいじゃない?」
「ええーっ、え〜、……それもそうか……」
少し考えてる様子。いいアイディアだと思うけどな。
「作ったことがない人が作ってあげると、喜ぶよー」
「そうか……そうやね……よし、決めた。やってみる」
「おおー、決心しましたか。じゃあね、何作るか私も考えるよ」
「考えるだけやない、手伝ってよ。瑠美子が手伝ってくれるなら、心強い」
うーむむむ、どうしようか……刃物に慣れてない人を焚き付けてしまった以上、手伝わないと言う選択はダメだよな。ま、いっか。
「わかったよ。手伝わさせていただきますわ」
「よかったー……恩に着ます、瑠美子さん」
そう言って、私に最敬礼するんだから……構わないよ、と背中を軽く叩いてやる。
「それじゃあ、何をするかを決めようよ」
二人であーでもないこーでもないと喋っていると、京阪六地蔵の駅が見えてくる。
西の方面はまだまだ太陽の光が残っている街中。こんな何気ない時間、時々愛おしく感じるんだ。
京阪三室戸の駅から宇治川の方へと行ったとある住宅街にある、ずいぶん年季の入った和風建築の家……失礼……ではあるけど、外観とはまるで違う、使いやすくて隅々まで光っているようなキッチンで、私はサツマイモを水洗いする未来の手元をじっと見つめている。
昨日の学校帰り、未来がママさんの誕生日プレゼントを用意していないとの相談を受け、何か料理して差し上げたら?と言う私の提案が、今実行されている最中だ。検討の結果、ママさんの大好物のサツマイモを使ったデザートを2品作ると言うことになった。それも簡単レシピで、凝った事は何一つないけど美味しいと言うデザートを。
今日は顧問の丸山先生のご都合で吹部の練習はお休み、文化祭の準備もほとんど終わったので、思ったより早めに下校した私たち。ここに来る前に立ち寄ったスーパーで購入した、ザル売りのサツマイモ、粉寒天、栗甘露煮を取り出し、未来のお料理チャレンジ開始!
水で洗い立てのまな板の上の鯉ならぬ、鳴門金時のサツマイモ。まずは私が偉そうにお手本を見せる。
「レシピ通り2cm幅に切っていくね。こう……」
ザクザク、と一本を輪切りにし、切ったものはお皿によけておく。そして、もう一本をまな板に置く。
「さぁ、どうぞ。指さえ気にしておけば、気軽に切っていいから」
未来は深呼吸後、意を決して包丁を持ち、顔の近くに持ってきては黙礼をしている。
怖い怖い。
包丁を構えて、芋のど真ん中に刃をあて、え?そこから?と思った瞬間、ザクっと一刀両断すると同時に、まな板の音が部屋中に響く。
「オッケー、オッケー。いいよー。もうちょっと力抜いていこうか」
肩で息をしている未来から返事がないのが、これまた怖い。
もう一本切ってもらった次は、皮を剥いていくんだけど、桂剥きのようにやってくれるかな……。
「次は皮を剥いていくけど、こんな風に……やってみる?力入れたらだめだよ」
うん、と頷いて、輪切りの芋と包丁を両手で持ち、恐る恐る刃を入れていく。うー、見ている方が肩が凝って来る。……私も初めて包丁を持った時、お母さんこんな気持ちだったのかな。
「やり辛かったら、このお芋大きいから、まな板の上で皮を切っても、結果同じだから大丈夫」
「いや、やってみるから」
いつもにも増して、真剣な眼差し。……こんなときの未来、同性から見てもカッコいいんだよ、でも時々おちゃらけて肩透かしされるけど。
ゆっくりゆっくりだった包丁の動きが少しづつスムーズになって来る。よしよし。
「慣れてきた時が危ないからね。ほら、一度深呼吸しよっか」
「うん」
包丁を置いて、深呼吸。そして、再開を繰り返す。私も加勢して、ザクザク切って、サクサク剥いていく。切った芋は、水にさらしておく、と。
「よーし、出来たね。次は、切った芋をやわやわになるまで、ひたすら煮ていきましょう」
「はいっ」
お鍋に水を張って、芋を入れ火にかける。一度沸騰したお湯は捨てて、
もう一度煮て。再度煮るとかなり柔らかくなる。
「次は、お芋潰して、金網のザルで裏漉しします。マッシャーってある?あの、お芋潰すやつ」
「これですか?」
収納棚から取り出されたマッシャー。ちらっと収納棚を見ると、テレビで見るプロの調理場にあるような器具達が、ずらっと並んでいる。
「こ、これはすごいねー」
「ママもお母さんも、やり出したら凝るタイプなんで、どんどん溜まっていくみたいなんよ」
「へえ〜」
鍋を大きめの金網のザルにあけ、水気を切り、ボウルに移してマッシャーで潰していく。
「これ、面白いやん。……無心になりそうやね」
潰れたところで、金網のザルで裏漉しをする。
「少しだけ力仕事なんだけど、苦労の成果は後で報われるんだよ」
「ははぁ〜、そうなんや」
エアコンが効いている部屋だけど、未来の額には汗の玉が光っている。これは、美味しいのが出来そうだ。
いい具合にサツマイモがマッシュになった。レシピも後半戦に入り、買ってきた粉寒天を適量の水に入れて、小鍋で煮溶かし、砂糖と少し醤油を投入したところに、マッシュしたお芋を入れて混ぜる。いい感じで混ざったので、さっきの収納棚にあったバットに流し入れ、冷蔵庫へ保管。これが固まると、芋羊羹の完成。
もう一つも最後の段階。マッシュしたお芋と砂糖、抹茶、豆乳を鍋に入れて、弱火で軽く混ぜながら火を入れていく。感覚でもういいと思った頃、鍋の抹茶色の芋をラップに適量とって、きゅっと丸めていく。これを量産し、お皿に並べて行って、最後の締めとして、栗の甘露煮を乗せて行って……抹茶きんとんの出来上がり。
「できたーっ!」
「やったね!できたよ、未来っ、おめでとう!」
「でもでもっ、味はどんなんやろ?」
「少し残っているのを、食べてみて。……私もちょっともらおう」
二人して鍋に少し残っている抹茶きんとんを指で掬って、口へと投入。見合ってにっこり。
「おいしいやん」
「うん、上出来じゃない」
「芋羊羹の方はどうやろう」
冷蔵庫に入れておいたバットを取り出し、隅っこの方をちょっと失敬。
「うーん、ええやん、これ」
「おいしいね……私も今度作ってみよう。未来、これだけ作ったの初めてでしょ?すごいじゃん」
「やればできたね……なんか自信ついた気がする。ありがとう、瑠美子」
「いやいや、私、最初に少しお芋切っただけで、あとは全部未来が作ったじゃない」
「いーや、瑠美子の教え方が上手なんだわ。うち、それに従っただけだもん」
「いーや、聞く人が上手だったの」
あはははっ、と二人して笑う。
「さて、お片付けしましょうか。証拠は隠滅しておくのが大事なのよ」
「なんか言い方が微妙やね……片付けは、うちがするからいいよ」
「大丈夫、片付けまでが料理なんでね。これが終わったら、私は消えますね」
「え?!もう帰るの?」
そんなに驚くことかなぁ。
「うん、これらは未来のママさんへの誕生日にプレゼントでしょ?未来が頑張って作ったの。私はきっかけを提案しただけ」
「半分以上は瑠美子が作ったのに……そんなぁ……」
未来の返事が小さい。いや、実際そうだもの。未来が作ったの、これらは。
使ったお鍋とかを洗い終わり、布巾を借りて水気を拭き取っていると、「ただいまー」との二色の声が聞こえてきた。
「あっ、しまった」
もっと早く帰っておけばよかった、と後悔しても後の祭り。
「ただいま……お友達が来てるの?」
「おや、珍しいなー、未来が友達連れてくるなんて」
「おかえりなさーい」
ショートカットで、左目のそばに泣きぼくろがある綺麗な人と、髪を後ろで結え、メガネが似合っていて背が高く美しい人……未来のママさんとお母さんだ。未来も揃うと、……なんだこの家は、美女が3人揃ってる?
「あら……こちらは……あ、瑠美子さんね」
「ああ〜、黄前ちゃんとこの……」
「あ、はい、こんばんわ、お邪魔してます……」
「そういえば、あがた祭りの時に会ったよね……いつも、未来がお世話になっております」
「いえ、こちらこそ、未来さんにはお世話になってます」
「ふふ……うん?なにかしら?これ」
食卓の上に並べている、今日の主役となるべきものが見つかってしまう。本当はサプライズとしてもらいたかったんだけど……。
「おっ、栗が乗せてあるやん……あ、きんとんなんやね。緑色は抹茶?」
「へえ〜、おいしそうじゃない。どうしたのこれ」
ママさんが未来に尋ねると、未来は意を決して、予定していた口上を伝え始めた。
「あ、あのっ、ママ、今日はお誕生日おめでとうございますっ。これ、私と瑠美子からの誕生日プレゼントなんです」
「あー、そこは私を出さなくていいのに……」
するとママさんは驚いた表情をしたかと思うと、すぐに優しい微笑みに変わっていく。
「うん、ありがとう、未来。そして瑠美子さん。嬉しいよ、すっごく」
「へ〜、二人で作ったんだ。上手にできてるじゃない。どれ、早速……」
「ああっ、お母さんダメっ。ママが先っ!」
お母さんが抹茶きんとんに手を伸ばそうとしたところ、未来が慌てて制止した。
「おっと、あはは。ごめんごめん、そうやったね。今日の主役はママやったね…ほら、ママ……香織っ。先に食べてくれんと、うちが食べれん」
「はいはい、ではいただきます」
ママさんが抹茶きんとんを一つ手に取り、パクッと口にしてくれる。一つ一つの仕草が優雅で、美しい。こんな人、いるんだ……。
「うーーんっ、おいしいっ!抹茶の苦味とお芋の甘さがいい塩梅だね!」
「じゃあ、うちもご相伴に預かります」
お母さんも、一つ手に取り、ぱくついてくれる。
「うん、美味しい。芋もなめらかで、舌触りがいい。これ、未来が作ったの?料理ほとんどさせてなかったのが申し訳なかったんやけど、こんな美味しいもんが作れるんなら、心配いらんわな」
「美味しかった。一個食べちゃったわ」
ふと未来の方を見ると、目に涙を溜めて、肩を上げ下げしてるじゃないか。
「ううっ……うっ……うっ……、よかった……喜んでくれた……」
「おいおい、未来。泣くほどのことかいな」
「ありがとうね、未来。私の誕生日を祝ってくれるため、一所懸命作ってくれたんだね。慣れない包丁を使ったんでしょ?大変だったね。嬉しい、ありがとう」
そういいながら、ママさんは未来をふわっと抱きしめている。……なんか舞い降りた天使が未来を優しく包んでいるみたい。
「……うっ……でも、でも……半分以上は……瑠美子がしてくれてん。瑠美子がいなかったら、うち、こんなに出来ない」
「そっか。でも、未来も半分してくれたのでしょ。充分、祝ってくれてる……ありがとう」
「へー、瑠美子ちゃん料理得意なの?」
椅子に座って頬杖つきながら、未来のお母さんが訪ねてくる。
「得意、とは言えないですけど、好きです。時々、家の食事を作ってます」
「そりゃすごい。なんだったら、時々うちに来てしてもらおうか」
「あすかっ、何言ってるの。瑠美子さんが困るようなこと言わないの」
「あはは、冗談だよ、冗談。でも今日はありがとうございます。未来に付き合ってもらっちゃって」
「いいえ、本当は全部未来が作った事にしたかったんですけど……」
あ、余計なことを口走ってしまった。
「ん?あはは、気持ちだけでいいよ。ありがとうね。でも、未来はやっぱり瑠美子ちゃんと作ったって言うよ、絶対」
「……そうなんですか?」
「そう、未来はそう言う娘だから、ね」
「……あ!……そ、そうですね……それが未来でした……私、お節介なことをしようとしてたんですね」
「……まぁね。でも、いいんだよ、それで」
「……はい……」
その後、帰るつもりだったけど、引き止められてしまい、夕食をご馳走になった後、芋羊羹、さらに誕生日ケーキまで呼ばれてしまった。私はもうお腹いっぱい。
引き止められた際、未来のお母さんが母に遅くなる旨の電話を入れてくれ、さらに、タクシーチケットまでもらい、未来宅からタクシーに乗り自宅に着いたのが21時過ぎだった。
「ただいま」
玄関を閉めると、迎えてくれたのは母だった。
「お帰りなさい。未来さんのお母さんからあらかた聞いたよ。ご苦労様。どうだった?」
「うん……未来のママさん、マジ、エンジェル!」