第十六話 誕生日のお祝いとアルバムと −9月も後半へ−
第十六話 誕生日のお祝いとアルバムと −9月も後半へ−
今年の9月は13、14、15と三連休。毎年この時期には、市内の植物園にて恒例の吹奏楽の演奏会が行われているが、今年は14日に開催。北宇治高校吹奏楽部は40分間、吹奏楽の鉄板曲や最近の流行の曲を演奏し、たくさんの拍手をいただいた。
吹奏楽コンクールが関西大会金賞止まりとなった北宇治吹部は、この演奏会を持って三年生28名は引退となり、来年の春までは一年と二年の39名だけで活動することになる。しかし、この人数ではやはり音に厚みが足りないので、来春の新入生が何人吹部に来てくれるかで北宇治サウンドが変わってしまう。今すぐではないのだけど、来春の新歓は今まで以上に重要な案件だと言うのは吹部全員の共通認識となっている。
三年生が引退したと言うことは幹部も代替わりとなり、新部長はペットの山岡先輩、副部長はユーフォの藤村先輩、DMはフルートの東山先輩となった。この3人はいずれも南中の出身者で、さらにダブルリードのパーリーであるオーボエの種崎先輩を加えて、南中カルテットと呼ばれている。
他の役職も色々と決まっていった中で、なぜか私は新入生指導係になってしまっていた。なんでも新副部長が私を推薦したとかで、理由を尋ねると、
「吹奏楽に詳しいし、塚本ちゃんの周りには、自然と人が集まってくる。それで、なんか面倒見がよさそうだから」
……だとか。買いかぶりですよ、と返したけど、来春にならないとすることもないので、まぁいっか、と引き受けることにした。
9月三連休の最終日、吹部の練習はお休み。午前中は、両親と一緒に両方の祖父母宅へ行って敬老の日のお祝いに……と言っても、両親はそのまま祖父母宅で介添の用事をしているけど、私は顔を見せに行っただけ。午後は宿題とか各科目の問題集をやっつけるという日々のルーチンを実行するという、比較的のんびりと休息日を楽しんでいるけれど、どうしようか、とある悩みを抱えながら、冷蔵庫の中の冷たい緑茶を飲もうと自分の部屋からキッチンに出てきた。すると、瑛斗がリビングのテレビに向かって、ゲームのコントローラーを握り締めつつ、やけに真剣な顔をしている。テレビからはまぁまぁ大きな音を出ていて、ヒューンとかドッカーンとか随分賑やかに鳴っている。
「あんた、これ何やってんの?」
「ゲーム」
「見りゃ分かるよ。何のゲームやってんのって聞いてるの」
「ギャラガ」
「ギャラガ?聞いたことないな」
その瞬間、またもやドッカーンっていう大きな爆発音がすると同時に、画面真ん中にGAME OVERという文字が素っ気なく表示されている。
「あっ……あちゃー、やられた。……もー、姉ちゃんが話しかけてくるけん、やられたやないか」
「ヒュン、ピュン、ヒュン、ピュン、ドッカーンって、こんな大きな音出してたら、またお母さんに怒られるよ」
「だから、今いないうちにやってんの」
「知ーらないぞ……で、どんなゲームなの?」
「随分大昔のシューティングゲームやって。人気再燃って吹部の仲間から聞いたから、これサンプル版。ルール単純だから、中毒性があるみたいやわ」
「へえ〜」
「姉ちゃんもやる?」
そう言いながら、私にコントローラーを渡そうとするけど、私はこの手は得意じゃない。
「いや、私はゲーム苦手だから、いいや。それよりもだよ、どうするの?今度の木曜日だよ」
「何が?」
「何がって……お父さんの誕生日。何しようか、アイディアが浮かばないんよ」
「あ〜、9月18日……また、お花と姉ちゃんが作るおかず一品でええんちゃうん?」
「うーん……お父さん、冷奴が一番喜ぶから作り甲斐がないんだよ。それに木曜日だから、作る時間がちょっとない」
「……なら、しょうがないやん。じゃあ、姉ちゃんにお花のセレクトをお願いします」
「……うーん、それぐらいだろうなぁ。りょーかい、お花は学校帰りに買ってくるよ」
ふ、と一息吐いて、私は改めて冷蔵庫内のお茶を取りに行った。
翌日、6時間目が終わり、個人練をしようとユーフォを取りに楽器室に入ると、先週から副部長になった藤村先輩が、たくさんの楽譜を入れてあるスチール棚から、分厚くて大きい本を取り出しては近くの机に置き、一枚めくっては高い位置で結えられたポニーテールを揺らしながら、一人笑っている。
「藤村先輩、何してるんですか?」
「お、塚本ちゃんか。この前の関西大会で演奏後に撮った集合写真や、その他にもいろいろ撮ったスナップ写真の中から、厳選したものを部のアルバムに入れようとしてんの」
「ああ、それアルバムなんですか」
「データも部のフォルダにおいてあるけど、念の為紙に印刷したやつもここに入れて置いた方が、今後何かあったとしても残り続けるだろうしね」
しみじみと話す藤村先輩と一緒にアルバムを眺めてみると、先週引退した三年生たちが結構写ってた。
「今見てるのは一番新しいやつだけど、下の棚には昔のアルバムがそのまんま残ってんよ」
「そうなんですか。ちょっと見てもいいですか?」
「どーぞ」
2041、2040、か……すごい、一年に一冊は必ずある。古い方はそうでもないけど、2014、2015、2016とこの辺りから毎年一冊になっているみたい。……2016?これって、ひょっとしたら。
2016と背表紙にあるアルバムを机の上に引っ張り出して開いてみると……やっぱり、いた。お母さんだ。へぇ〜、お父さんもいるし、結構写真残っているんだなぁ……。家にあるアルバムフォルダにも沢山写真あったけど、吹部のアルバムにもいっぱい写っているんだ。それに、この緑色の四角い枠を持ちながらポートレートを撮るって、この頃からずっとやってたんだな。
お父さんと他の誰かと話している写真なんだけど、手にしているスマホのストラップがなんだか変。これは……トロンボーンのミニチュアみたいだな……ミニチュア?あ、ミニチュア!そうだそうだ、これいただきましょ。確かアルプラに行けば、ミニチュアシリーズがあったと思うから、これをお父さんの誕生日のプレゼントにしよう。
意外なところで、懸念事項の一つが解決できたので、ホッとしつつアルバムを元に戻す。
他のものを見ていくと……2024、2025、2026、……?あ、私の生まれた年だ。
2026とある大きいアルバムを棚から引き出し、机の上に置いてめくってみると……へえ〜、この頃もまだ昔のデザインのセーラー服なんだ。そういえば、私、春にお母さんが保管していた制服を勝手に着て、叱られたっけ。
ぱらぱらとめくっていくと、京都府大会での集合写真があって、合宿らしい写真もあって……あれ?眠っている赤ちゃん……なんでこんなところに。
あ、お母さん。この頃は、まだ髪が長かったんだ。お母さんがこの子を抱いているということは、この赤ちゃんって……まさか、私??
うわーっ、うわうわっ、そうだっ、私だっ。な、なんだか、ものすごく恥ずかしいっ!
これ剥がしたい、隠したい……いやいや、もう部の記録になっているからそんなことしちゃダメだ……もう〜、なんで過去の自分とここで対面しなきゃならないんだ?
お父さんも隣にいるし……麗奈さんも順菜さんも写っている……そして、確かあがた祭りの時に偶然出会った中川さんや吉川さんもいるんだ……なんだ、この写真?とにかく言えるのは、みんな若い!
隣の写真は、例の緑の四角い枠を、寝ている私を抱きながらお母さんが持って、一緒に写っている。しかも、……しっかりと塚本瑠美子って後ろに書いてあるし〜〜。
「どうしたの、塚本ちゃん」
「い……いえっ、なんでもないです」
私の背中越しに、作業を終えた藤村先輩が机の上のアルバムを見ようとしたので、私は咄嗟にアルバムを閉じてしまった。
「なーに、隠したの?なんかマズいものでもあったのかい?」
「そんなんではないですけど……」
「どれどれ」
「ああ〜」
私の手にあったアルバムをひょいと引き取り、藤村先輩がペラペラとページをめくっていく。
「ふむ、2026年のアルバムねぇ。アタシが生まれた年の翌年か。特段変わったものは……あれ?これ、この前合宿に特別講師で来てくれた、OGの高坂先生やない?」
「そ、そのようです、ね……」
「なるほど、この2枚の写真だけが雰囲気違うね。この赤ちゃんが写っている写真……」
そう言いながら、私を指差した後、その写真の赤ちゃんも指差し、それをもう一度繰り返した。
「This , You? あ〜んど、This , You!」
「……Yes……です……」
消え入るような小さい声で返事をすると、すると、先輩はニカっと微笑んだ。
「いや〜、塚本ちゃん可愛いっ!アタシ、すぐわかったよ。目と鼻のあたりなんて、そのままやん」
「あ……左様ですか……」
「それに、しっかりと緑色のフレームでプロフィール写真撮ってるじゃない。こちら、お母さん?」
「……はい……」
「後ろに名前もちゃんとあるし。塚本ちゃん、この時から、もう北宇治吹部の部員やったんやね」
「そうでしょうか……」
「そうやん!……アタシ、先輩って呼ばさせてもらおうっと」
「いやいや、やめてください……先輩、すごく顔が暑いんです……勘弁してくれませんか……」
私がこれより下げられないほど俯いていたのを見て、藤村先輩はケラケラ笑いながら、アルバムをバフンっと閉じた。
「了解了解。安心して、他の誰にも言わんし、ここだけの話にしておくから」
「よろしくおねがいします……」
「16年前のアルバムって、そうそう見返すことなんかないし、他の誰かに茶化されるってことないから、大丈夫やって。それにしてもさ……塚本ちゃんはすごいよ」
「え?何がです?」
先輩が言わんとしていることが分からず、私は顔を上げ先輩を見つめる。
「さっきの写真もそうだけど、塚本ちゃんは、こう……人を引き寄せると言うか、いつの間にか人の輪の中にいると言うか……惹きつける何かを持っているような感じがするんよ」
「そうですか?私、磁石か何かでしょうか」
「うーん、言葉にし辛いんだけどね……」
「話しかけやすい、とはよく言われます」
「それもあるね。だから、アタシ、塚本ちゃんを新入生指導係になってもらったんだよ」
「はぁ」
「中学から高校に入って、部活に入ろうにも知り合いはいない。それって結構辛かったりするから、そこですぐ親しくしてくれそうな塚本ちゃんが間に入れば、新人もすぐ戦力になっていくと言う算段なんよ」
「上手く行きますかね」
「大丈夫、来年楽しみにしてるから」
先輩はポンと私の肩を叩き、笑いながら、大丈夫大丈夫、と言ってくれた。けれど、私はどうも言いくるめられたような気がするんだけど。
「さて、と。少々時間食っちゃったな。そろそろ、練習始めよっか。先、教室に行っといて」
「はい」
私は藤村先輩に促されて、楽器棚から相棒のユーフォを取り出し、三年三組の教室へと移動した。しかし、その後のパート練ではどうにも音が安定せず、周りの方達に迷惑をかけてしまうことに。吹部のアルバムの中に、自分のを見た件で心の動揺が最後まで収まらず、メンタル弱いなぁ、と自己反省しきりの練習だった。
9月18日木曜日。この日も吹部の練習を終え、自宅に帰って来たのは19時を過ぎている。
制服から部屋着に着替えて、帰宅ルーチンを実行しダイニングテーブルの方に行くと、偶然にも家族四人が今から夕食を取ろうとしているところだった。みんな帰宅時間がバラバラなので、平日に家族が揃うのは、そんなに無い。
父がテーブルに着席しているのを見計らって、声をかける。
「ちょうどよかった、お父さんそこで少し待ってて」
「お、おう」
自室に戻り、机の引き出しから、昨日学校帰りにアルプラで買い求めて来たものを手に取り、再びダイニングテーブルに座っている父の横に立つ。
「ほら、瑛斗もこっち来て……えーと、お父さん、お誕生日あめでとうございます」
少し間があったが、父は満面の笑みで言葉を返してくれる。
「……そうやったな。ありがとう、覚えててくれて。嬉しいわ」
続いて、誕生日プレゼントとして買い求めた小さく青い包みを、勢いよく父の目の前に差し出した。
「これ、今回の誕生日プレゼントです。本当は後、お花とか、夕飯を作りたかったけど、時間を作ることができませんでした。ゴメンなさい……」
「僕も姉ちゃんに任せっきりです、ゴメンなさい」
二人して、父に頭を下げる。
「いやいや、ええんやで?覚えておいてくれるだけで、お父さん嬉しいんやからな……自分の誕生日忘れとったし。ま、頭をあげなさい」
「でも……」
「かまへんって、本当に。……これくれたやつ、開けてええか?」
「うん、どうぞどうぞ」
父は青い包みの封を切り、中から小さな箱を取り出す。さらに、隙間が少なくかなり厚手の紙製の箱の上蓋をゆっくりと引き上げると、やがてぱかっという音と共に中身が現れた。
中に入っていた物は、大きさ5センチ程のミニチュアのトロンボーン。ミニチュアとは言えども、作りはかなり精巧にできている。
「おっ、これって……なぁ、お母さん。これ見覚えあるやろ?」
シンクの方にいた母が、何?と言いながら、テーブルの方にやってくる。すると、そのトロンボーンを目にするや、ああっ、と驚いた表情になった。
「これ、……懐かしいねー。秀一……、お父さんまだ持ってたの?」
「いや、瑠美子と瑛斗が誕生日プレゼントと言って、今渡してくれた」
「そうなんだ……よかったね、お父さん」
「ああ、嬉しいわ。瑠美子、瑛斗、ありがとうな」
父がにこやかにお礼を言ってくれるのを聞いて、少しだけホッとした。
父はいつも柔和な表情をしているんだけど、それよりもまして穏やかな表情で、ミニチュアのトロンボーンを指で触っている。
「昔な……お母さんが、これと同じものをお父さんにくれたんよな。あん時はスマホのストラップだったけどな」
「へぇ〜」
「ちょ……お父さん、もうその話はいいじゃない」
母は恥ずかしそうに父の話を制止しようとするが、お構いなしに話し続けている。
「クリスマス前の寒い夜にな、お母さんに呼び出されて外行って。いろいろ話ししていたら、喜撰橋まで行って。そこで、お母さんこれくれたんよ、お父さんがお母さんへの誕生日プレゼント渡したお返しだって」
「お母さんの誕生日8月だよ。お父さんは9月だし。なんでクリスマス前になるの?」
「なんでやろな……で、そこでお父さん勢いついて、そのまま……な……そしたら、お母さんが……」
「あーっ、知らない知らない、私はもう知らないからね」
上ずるような声で、知らない、を連呼しつつキッチン方へ戻っていく母。
父はその姿を見てニヤニヤしている。
「どうなったの?」
「さあて、ね。お母さんが知らないっていうんだから、知らない方がいいみたいやで」
「ふーん」
だいたい想像がつくけど……相変わらず謎な行動が多いのが、私の両親。聞いていて疑問符と同時になんだか聞いている方も恥ずかしくなることが結構あるんだよね。
「ま、なんにせよ、プレゼントありがとうな。嬉しかったわ。あー、今年もいい誕生日になった」
父が良かったんなら、これでよかったのかな。これがきっかけで、両親とも昔の出来事を思い出したみたいだし。
改めまして、お父さん、お誕生日おめでとう。