第十八話 とある吹部女子の休日の過ごし方 −みんなでお出かけ−
第十八話 とある吹部女子の休日の過ごし方 −みんなでお出かけ−
暦は10月に入り、ようやく日中も半袖よりかは長袖のほうが良い、と思う季節になってきた。最高気温も夏日の25度を超えなくなり、さらりとした冷涼な風が吹いてくる方が多くなっている。
10月は三連休がある月。のんびりできる、というわけにもいかず、三連休が明けた翌日から金曜日まで、二学期の中間考査というイベントが用意されていたりする。それに合わせて部活動も金曜日の午後から活動禁止となり、再開となる翌金曜日の午後までの一週間、校内で音を出す事ができない。
その金曜日のお昼過ぎ、下校の支度をしていた私のところにみみちゃん……椹木美波、吹部パーカスでクラスメイト……がやって来て、空いていた前の席に座り話しかけてくる。
「ねぇねぇ、明日の土曜日って暇?」
「暇って何言ってんの……火曜日から中間考査だから、その勉強しないと」
「三連休、ずっと勉強漬けにすんの?」
「え?……ああ……うーん、それもなぁ……」
私は腕組みして、随分と年季が入っている天井を見上げた。
「試験前とはいえ、三連休で部活が休みという貴重な時間、もっと有意義に活用したいなーとはちょっと思うな」
「未来はどうするつもり?」
今度は私の右隣の席の未来に、どうするかを聞いている。
「同じく。でも多分、ずっと机に張り付くやろな」
その声を聞いて、ニッと口角が上がったみみちゃん。
「じゃあねー、三連休初日の明日だけ遊びに行かん?こんな日、お盆とお正月以外、滅多にないやん」
「そりゃ、そうだけど……どこに行くつもりなの?」
「いやまぁ、ただ街ん中をぶらりと……ちょっと前から四条辺りに久しぶりに行きたいと思ってんやけど、中々行けんくて。三日まるまるお休みってそうないし、みんなで行けば楽しいかなぁって」
「買いもんでもあるん?」と未来。
「そう。あの辺りの雑貨屋に行きたいん」
四条か。今年一度も行ってないなぁ、あの辺りは。去年の春頃お母さんと瑛斗と一緒に三条でお父さんと待ち合わせて、ご飯食べに行ったぐらいか……うんいいね、行ってみよう。
「そうだね、そうしよっか。私、話にのるよ」
「瑠美子が行くんだったら、行こうかな……じゃあ、うちも」
みみちゃんはニコッと笑い、パンと軽く両手を鳴らした。さすがパーカス、その手を軽く鳴らすだけでも教室に音が響く。
「よし、決まり。あと千紗と陽菜と凛々に声かけていい?」
「もちろん」
「京都に行くん久しぶりやな。なんか楽しみになってきた」
「じゃ、三人連れてくる。まだ教室におると思うし」
そう言いながら、席を立ったみみちゃんは小走りで教室を出て行き、数分後三人……細野千紗はクラリネット、山城陽菜はホルン、山下凛々はアルトサックス、みんな中学からの経験者……を連れて戻ってきた。
「あたしも買い物したいから、行く」
「郊外型ショッピングモールじゃない、繁華街に行きたい」
「わたしはただブラつくだけでもいい」
「おーし、みんなで行こうよ。夏休みのプール以来だね」
周りの目があるので、おー、と小さく言いながら、皆で小さく拍手する。
「じゃあ、待ち合わせの時間と場所決めようや」
「みんな最寄駅は?」
「うちは三室戸」
「あたし、黄檗」
「私も」
「うち、六地蔵」
「わたしJRの方が近いけど、木幡」
「私はJRも京阪も宇治だけど……みんなの中で私が一番遠いみたいだね、学校から」
みんなが同時に頷くと、未来が提案する。
「だったら、一番遠い瑠美子に合わすよ」
「賛成ーっ」
「わかった、ありがとう。じゃあ……お店が開くのが10時過ぎだからそれまでに……そうだね、みんな京阪沿線のようだから、その頃祇園四条駅に着くとして……」
スマホに「明日の10時までに祇園四条駅にいくには、宇治では何時の電車に乗ればいい?」と、尋ねてみる。
『その場合、京阪宇治駅発午前9時19分になります」
「えっと、宇治発9時19分の電車の、最後尾のドア近辺にいるから、そこを待ち合わせにしよう」
「了解」
「わかった」
「それでは、皆さん。明日は遊んで、明後日から勉強頑張りましょう」
「「はいっ」」
あれ?なんで私が仕切ってんのかな?
薄曇りの空の下、相変わらず大賑わいの四条河原町界隈。それでも以前に比べれば、ぐっと減ったそうだ。
なんでも随分昔、世界中で京都の街並みが人気になり、円安もあって海外の人達が日本に旅行し易かった時期があり、オーバーツーリズムとなってそれこそ街の中は芋の子を洗う様な状況だったとか。日本人より外国人の方が大勢京都に観光に来ていたそうだけど、ここ数年は一巡したのか海外の京都ブームも落ち着いてきているようだ。それでも、宇治に引っ越す前は京都市内でも、南の端に住んでいた私にとっては十分な人混みだけど。
そんな人混みの中、私たちはそれぞれ目的のものを購入した後、沢山の観光客を間を縫うように高島屋の前をぞろぞろと歩いている時、みみちゃんから一つの提案があった。
「そろそろお昼やん、なんか食べない?」
その声を聞いて腕時計を見ると、もう直ぐ11時半というところだ。
「そうだね……少し早めに入っておこうか。みんなどう?」
「「意義なーし」」
「よし、店を探そう。どこかないかな……」
この人数が入れるお店……探せばあるはずだ。スマホに「この近辺で六人がランチできるとこ探して」と言った時、「あ」という声が聞こえた。
「直ぐそこにあるけど、どう?」
みみちゃんが指差した先には、学校の通学路の近くにもあるフランチャイズのイタリアンのお店”オルテンシア”だった。学校の近くの方は、なぜか吹部の部員間で相談事があったら、必ずそこで相談所が開かれると言う曰く付きのお店だと聞いている。私はまだ利用したことがないんだけど。
せっかくの街中だからオシャレなところで、との思いが瞬間頭の中をよぎったが、オルテンシアは何せ学生の懐事情に寄り添ってくれる大切な味方。なので、今日こそはお世話になっておきたい。
「みんな、どお?」
「ええやない?」
「この人数が入れるんなら、どこでもいいかな」
「リーズナブルで美味しいから、うちよく行くよ」
「パスタ、食べたくなった」
「うん、トマトソース系がよさそー」
みんなの声を取りまとめると、概ね好印象ということだな。
「ではとりあえず、行ってみよう」
四条通を渡って、新京極の入り口にあるそのお店に行ってみる。
中に入っても満員だけど、ウェイティングリストに記入することなく、すぐ席に案内される。どうやら、偶然にも多人数席が空いた頃に私たちが入ってきたようだ。
「すごいね、並ばずにすぐ座れたよ」
「ラッキーやん、普段の徳の積み重ねやね」
「積み重ねって?」
凛々がふと漏らした言葉を、私の耳が拾い上げたのでその意味を聞いてみる。
「……あ。ん〜、秘密」
なんでもないという風に片手を左右に振るが、凛々のクラスメイトでもある千紗が代わってその意味を説明し出した。
「例えば、音楽室に吸音シート敷いている時って、みんな上履き脱いで入るやんか。で、音楽室の前で脱ぎ散らかされた上履きを、凛々ってきちんと並べてんのよ、ひとつずつ」
「ああ、バラしちゃあかんって」
「え!すごい。ええ話やん」
「あ〜、だからいつも最後に入ってくるんや」
テーブルに頬杖をついた凛々は、ふっと一息嘆息を吐いた。
「なんか、みんなに知られたら徳が減って行きそうやん」
「そんな事ないって」
「そうそう。今まで不言実行だったのが、有言実行に変わるんだから。そっちの方が難しいし重みあると思うよ、私は」
「そお?瑠美子が言うんだったらそんな気もしてくるわ……ん、ありがとね」
「どういたしまして」
目の前のみみちゃんは、席につくと直ぐにスマホからグランドメニューのサイトを眺めつつ、あーでもないこーでもない、と何を注文するか検討を繰り返したのち、意を決したようにスマホをタップした。
「うち、もう注文したよ。みんなは?」
「ああ、そうだった。えーと、私はカルボナーラとドリンクバーで……」
メニューのコードをスマホで読み取って、数量をそれぞれ"1"とし、座っている席の番号を入力してからオーダーボタンをタップ。スマホから顔を上げると、みんな順次注文を終わらせているところだった。
「注文が終わったら、私留守番してるから、みんなドリンクバーへどうぞ」
「ありがとー」
「瑠美子、とって来たげる。何がいい?」
「それじゃあ、……ジンジャエールで」
「何かとミックスしてこか?」
「ストレートのままがいいや。よろしくです」
「OK、わかった」
少しの間、ざわざわしている店内を見ていると、一番に未来が戻って来て両手に持っていたグラスのうち一つを私の目の前に置き、隣に座った。
「はい、ジンジャエール」
「ありがとう。早かったね」
「うちも同じにしたから早かったけど、四人はミックスを何にするか、考え込んでたよ」
「迷うほど組み合わせあるんだ」
そう話していたら、四人それぞれがカラフルなグラスを手にして順次席に戻ってくる。
「結局、定番にしてきた」
「何、それ?」
「オレンジジュースに炭酸入れて、レモンを追加してみた」
「確かに定番っぽいね」
「うちは、山ぶどうとオレンジ半々でレモンを追加」
「見た目綺麗やん」
「ジャスミンティーにアップルティーね」
「上品そう」
「普通にアイスコーヒー」
「なんだ」
みんなが席に座ったところを見計らって、私は自分のグラスを持った。
「じゃあ揃ったところで、せっかくだから乾杯しよっか」
「では、瑠美ちゃん、どうぞ」
「え?私?……あー……ではご指名でございますので、甚だ僭越ながら私が乾杯の音頭を取らさせていただきます。本日は皆さま、試験前のお忙しい中、お集まりいただき誠にありがとうございます。これまでの皆様のご尽力に感謝し、今後のさらなる飛躍と皆様のご健康を祈願いたしまして……」
「瑠美子っ」
「堅い堅い」
「もー、どこのおっちゃんなんよ」
「ダメ?」
「だーめ」
「へへへっ、ではやり直し。えー、明日からの試験勉強と、試験が終わったらアンコンに向けて頑張ろう!乾杯っ!」
「「かんぱーい!」」
みんなでグラスを掲げ、カチンとカチンと互いのグラスを触れ合わせる。そしてクッと一口飲むと、微妙な顔をする女子が2名いた。
「うへっ、レモン入れすぎた……」
「あたしも。レモン水になってる」
あははは、と申し訳ないけど、笑ってしまった。
「調合難しそうだよね」
「勿体無いから、飲み切ってから次のにしなよ」
「わかってるよー」
そうこうしていると、注文していたお料理がお店の奥の方から、フロアスタッフの人が運んできた。
まず、運ばれてきたのは、ミラノ風ドリアとハンバーグステーキ。そして、野菜とキノコのピザとシナモンフォカッチャひとつ。
「えーと、どれが誰の?」
「それ、うちの分」
涼しげな顔をして答えるみみちゃん。
「ええーーっ!」
「一人分?!」
「うん。今日はさっき買い物して手持ちが少なくなったんで、お昼はこれだけなんやけどね」
「何言ってるのか、さっぱり分かんない」
クラスが別の三人は、みみちゃんの面前に並んだお皿の数を見て驚愕している。
「そっか、お昼食べるところ見たことなかったんだね。大丈夫、その内その量がみみちゃんにとって通常運転だってことがわかってくるよ」
「わかってくるようになるのか……」
「でも、吹部の合宿の時、普通の量食べてたやん」
「そうだそうだ」
「ああ……あの時は辛かったよ……でも、小腹満たし用のお菓子結構持ってたんで、それで凌いでた」
「まぁ、それはそれで大変だったんやね」
次に来たカルボナーラは私が頼んだもの。続いて、ミラノ風ドリア2つ、たらこソースシリー風、半熟卵のペペロンチーノと次から次へと持ってきてくれた。届いたものから順次、手渡しリレーで注文者の手元に料理を運んで、届いた人から「いただきます」と合掌。
みんなお腹空いていたのかペロリと平らげ、ドリンクを飲みながら、雑談時間へ。この後の予定とか、吹部のこととか、学校のこととかいろいろ。六人いると、話すネタには困らない。
「なぁ、試験終わったらアンコンの練習が始まるやん。みんなどうするん?」
未来が来週からメンバー集めと練習が始まる、アンサンブルコンテストの話を振ってきた。
「まだまだ、なーんにも。まだ考え始めてすらないよ」
「じゃあ、この六人でやらん?管打六重奏で」
みんなの目が、一斉に未来に集まる。
「いいけど、なんの曲するの?」
「サックス、ホルン、クラ、ペット、ユーフォ、そしてパーカスでしょ?……結構バラバラだからフレキシブルしかないんやない?」
「低音が私しかいないし」
「この中だとあたしのクラが浮いてしまうやん」
「そうなんやけど、最近聞いた中で、こんなの見つけたんよ」
未来がスマホをタップすると、他のお客さんたちに迷惑がかからなさそうな音量で、ある曲を再生した。するとそれは、何度か耳にしたことのある結構有名な曲だ。
「これって、ジャズの”スペイン”じゃない?それをフレキシブルにしてるんだ」
「面白いでしょ?アンサンブル用に編曲されていて、序奏がアランフェス協奏曲の第二楽章で始まって、ドラムメインのAメロに移っていくんよ」
「でも、低音が足らんのでは?」
「そこは、陽菜ちゃんのホルンに入ってもらう。結構豊かな低音になると思うよ」
「ふ〜む」
「ただね……」
未来が一拍置いて、結構重要なフレーズをみんなの前に投下した。
「グレード4なんよ」
「ええ!」
「4かぁ〜」
「うわ……結構難しいんだ……」
「どうする……」
ざわざわしている店内で、私たちがいる一角だけ静かになっている。そして、みんな一様に腕組みして首を傾げている。
「えーと……難しいの、やってみよっか」
「ドラムは、かなりやりがいありそうだね」
「ホルンはずっと出ずっぱりだね、これは
「クラもソロあるようだし」
「アルトサックスが中心になりそう。これは身震いしてくるわ」
みな顔をあげ、やる気になっているようだ。難しいことに挑戦することは、モチベーションを上げるのに十分な動機だ。
「やりましょう、未来さん」
「それじゃあ、決まりということでいいかな?」
「決まりでOK。で、リーダーは未来でいいでしょ?言い出しっぺなんだから」
そう私がいうと、一瞬口籠ったのは未来だ。
「ん……まぁ……いっか。うん、いいでしょう。その代わり、キャプテンは瑠美子ということで」
「「意義なーし」」
へ?何それ?
「ちょ、ちょっと、意味わかんないんだけど。リーダーがいるのに、キャプテンはいらないでしょ?」
「まぁまぁ。うちが音楽面のリーダーするから、瑠美子はこのチームの取りまとめをして欲しいなぁ、と思ったんよ。ほら、来年から新人教育係なんだから、予行演習したらええやん」
「ぐ……未来……」
すると、ニタニタ笑いながらみみちゃんが身を乗り出してくる。
「ええやん、うちら瑠美子についていくよ。なーっ、みんな」
すると、全員サムアップしながら頷いている。計られたな、これは。
「わかりましたよ……けど、未来の厳しさにへこたれそうになっても、私フォローできないぞ。みんな知ってるでしょ?未来が音に対して完璧を求めるっていうのを」
「大丈夫、大丈夫。万一の時は瑠美子に盾になってもらうけん」
「そうそう」
「陽菜ちゃんに凛々ちゃん……」
「あははは。じゃあ、そういうことで、瑠美子さんよろしく」
私は脱力して、椅子の背もたれに体重を預ける。するとギシッという音が小さく鳴った。
フーッと一息つくけど、みんなの晴れやかな表情には勝てず、苦笑いしながら体を起こす。
「じゃあ、来週中間考査が終わって部活再開したら、早速山岡部長に届け出を出しますからね」
「「はいっ!」」
「それじゃ、景気づけ。みなさん、小さい声でご唱和くださいっ。北宇治ファイト〜っ!」
「「おーーっ」」
腕時計を見ると、15時を回っていた。
お昼を食べた後は、河原町を上がってOPAとかファストファッションのお店、KIDDYLAND、とかウロウロしたりしていたが、自然と鴨川の方へと歩いて来ていた。すると、四条大橋のどこかから日頃練習している曲が聞こえてきたので、その音がする方へ行くと出雲阿国像近辺のスペースで小さい規模ながらも演奏会をやっており、まぁまぁ人垣ができている。
「あ、あれどこかの吹部じゃない?」
演奏者がちらりと見えると、私たちと同年代の人たち7,8人が、揃いの水色Tシャツを着て”地獄のオルフェ”を演奏している。
「なかなかやるやん。どこの吹部なんやろう?」
「ポスターとか貼ってあるだろうけど……近くに寄っていかないと見えないね」
「わたし、ちょっと見てくる」
そう言って、凛々ちゃんがすすすっと人垣を構成している人たちの間をすり抜けていき、ほんのしばらくすると戻ってきた。
「吹部ちゃうかった……ビッグバンド部ってあった」
「どこの?」
「立華だって」
「ええっ!立華なの?……いや、知らなかった……未来知ってる?」
「吹部がジャズを演奏するのは知ってるけど、……いや、うちも知らんかった」
”地獄のオルフェ”つまりは”天国と地獄”の演奏が終わると観客から一斉に拍手が辺り一面に響いた。すると、ビッグバンド部の部長さんらしき人がマイクを持ってMCを始める。そして「最後の曲です」と言って始めた曲はビッグバンドの鉄板曲、そして立華といえばこの曲”シング・シング・シング”
マーチングの時と比べて、人数が少ないとはいえ、動き回っていない分、音が確かな”シング・シング・シング”だった。小人数で演奏するシングもいいもんだな、と再認識をする私。
立華高校ビッグバンド部の演奏を聞いた後、私たちの足は鴨川西岸の河川敷へ。特にそこに何があるというものではなく、ただなんとなくだった。
河川敷に佇み、しばし鴨川の流れを見つめていると、未来がぼそっと呟いた
「なんか、吹きたくなってきた」
「ん〜、ペットを?」
「うん」
すると、千紗や陽菜、凛々もそれぞれ「自分も吹きたくなった」と言っている。私もなんだけど、おそらくさっき見た立華の演奏を見た影響なんだろう。
「今楽器持ってないしなー」と私がいうと、みみちゃんが手拍子を始めた。
「こんなの、どお?ドッタン、タタン、ドン、タッタタン、ドッタン、タタン、ドン、タッタタン」
「それひょっとして、シング?」と尋ねると、そうだ、と頷きながらドラムのパターンを歌うみみちゃん。
「面白そう。じゃあ……ボン、ボッボー、ボン、ボッボー……」
私も真似をして、手拍子しながらベースパターンを歌う。
「ソルフェージュの視唱ね。やってみようよ」
未来、千砂、凛々、陽菜がそれぞれ手拍子しながら、シングのイントロの自分のパートを歌い始めた。そして、メロディへ進んでいっても、四人がちゃんとハモっている。いいねー、おもしろーい。
自然と私たちは輪になって、シングを六人一緒に歌っている。
メロディが終わって、千紗がクラリネットの最初の短いソロを歌い出す。所々高音や低音のところで声が出にくい所もあるけど、そこは適当で十分。歌いきって、再度メロディへつながっていく。
時折あるドラムソロもみみちゃんが身振りを手振りを交えながら再現しつつ、トランペットのソロへ突入。
未来がトランペットソロを歌い出す。彼女が歌うのはあまり聞いたことなかったけど、トランペットと同様伸びやかに歌っている。時折、アドリブを入れながら最後まで歌い切った。
また、ドラムソロが数小節続いた後、再度千紗のクラリネットソロ。ここはどんどん高い音になっていき、最後はフラジオのAを吹き切って最も盛り上がる所。流石に、声が出ないところはオクターブ低く歌っているけど、それでもみんな千紗が最後まで歌い切るのを手拍子しながら待っている。そして、ソロを歌い続け、後半一音ずつ高くなっていって、最後のAのロングトーンになると「いえーい!」とみんなで拍手!
そのままアウトロへ。数小節みんな笑顔で歌い続けて終曲。そして最後に全員で両手を挙げて「「「はいっ!!」」」 とポーズを決める。楽器は持ってないけど、歌で、体で表現したシング。今まで演ったシングで、一番楽しかったかもしれない。
歌い終わると周りから拍手が聞こえてきた。いつの間にか、私たちは何人かの人に遠巻きながら囲まれており、どうやらストリートパフォーマンスだと思われたみたいだ。
「あ、ありがとうございまーす」と銘々が会釈しながら、拍手に応える。すると、先ほどの水色Tシャツを着ていた、立華のビッグバンド部と思しき女子が私たちに声をかけてきた。
「失礼します。あなた方は、どこかの中学……いえ、高校で音楽をされているんですか?」
私たちはお互い顔を見合わせ、どう返答しようか瞬間悩んだけど、取り繕っても仕方がないし、おまけにみんなの目が私を見ているので、仕方ないなぁ〜と思いつつ代表で返答した。
「そうですけど……えっと、路上で歌っていたことについては、ご迷惑をおかけしたようで……」
「いえいえ、そうじゃないんです」
その水色Tシャツのお一人が、手を左右に振って否定した。
「私たちは立華高校のビッグバンド部の者です。つい先ほど何曲か演奏して帰宅しようとした時に、あなた方が”シング・シング・シング”を、それも吹奏楽版の方を歌ってらしたのが聞こえてきまして、うまいなぁーって思って声をかけさせていただいた次第です」
「そうでしたか。突発的にみんなでお遊びで歌い始めたものですので……」
「遊びとしては、本格だったと思いました。……ということは、皆さん吹部の方ですか?」
どうしよう……水色Tシャツさんも学校名を教えてくれたから、こちらも正直に答えるのが礼儀だろう……。えーい。
「はい、私たちは北宇治高校吹奏楽部のものです。この三連休は珍しく休みになりましたので、仲間たちと四条まで出かけてきた次第なんです」
「やはり、そうでしたかー」
立華の方がニコッと微笑んだその瞬間、口元の八重歯がキラッと光ったように見えた。
「私たちはマーチングをしないけど、吹奏楽をやりたいと希望したものが集っている部です。まだまだ人数は少ないけど、今後本家の吹部に負けず大きくしていきたいと考えてます」
「そうすると、学校合同の演奏会の時、ご一緒することがあるかもしれませんね」
「そうですね。では、その時を楽しみにします。ビッグバンド部の定演もありますので、気に留めていただければ幸いです」
「わかりました」
「突然、失礼しました。ありがとうございましたーっ」
「こちらこそ、ありがとうございました」
立華の方は一礼すると、踵を返し四条大橋の方へと小走りして行った。
私はその背中を見送った後、フーッと大きく息を吐いた。
「お疲れ様」
未来はそう言いながら、軽く会釈をした。
「あー、緊張した。なんか怒られるのかと思ったよ。勝手に立華十八番の曲を歌ってたから」
「いやぁ、大丈夫やって。うちらそんな大それたことしてないもん」とみみちゃん。
「それよりも、ここから移動しよっか。なんか等間隔に並び始めてるよ」
「え?」
陽菜が北の方を指さすと、結構な距離のところまで男女カップルが等間隔に腰掛けている様子が窺える。
「あらら……私たち、邪魔だよね」
「行こ行こ」
「うん」
「でも、いつかは等間隔に座りに来たいなー」と凛々がぼそっと呟いた。
「相手を見つけてからやな」
「千紗のいけず」
あははっとみんなで笑うと、太陽がだいぶん傾いてきていたのに気がつく。腕時計を見てみると、16時30分にもう直ぐなろうとしていた。
「うーん、みんなどうする?もう、太陽がだいぶん傾いたよ」
四条大橋を東に向かって歩き出そうとした時、みんなにこの後のことを尋ねてみた。
「え?……あ、こんな時間か……試験前なんで夜までブラついてたら、後が怖いような気がするな」
「そうやね……うちは今日の目的は達成してるから……まぁ、いいかな」
「そろそろ……帰る?」
「名残惜しいけど、そうしようか」
「仕方ないね」
概ね、みんなの気持ちが収束方向に向かい出したので、ここで一つ提案しておこう。
「じゃあ……また、みんなで遊びにこよう!」
「「賛成っ!」」
私たちは、今日あったことを振り返りながら、東に向かって歩き始めた。向かう先は京阪祇園四条駅。そこから中書島経由で宇治への電車に乗り、皆それぞれの最寄り駅から帰宅の途につき、そこで非日常が終わり、再び日常が戻ってくる。非日常の出来事って、日常を過ごしていくためのある種潤いみたいなものかもしれない。
気の置けない仲間たちと、こうしてプライベートで行動を共にできるっていうのは、本当に楽しく、本当にありがたいことだ。
北宇治の吹部に入ったことで出会えた、仲間たち。
ずっとずっと、大事にしていきたい。
三室戸の駅で未来が降りて行った後ろ姿を見て、つくづくそう思った。