第十九話 アンサンブルコンテスト事始め −うまくなりたい−
第十九話 アンサンブルコンテスト事始め −うまくなりたい−
もう先週のことになるのだけど……先日の中間考査の結果が返ってきた……。
各科目の成績を俯瞰で見ると、微妙にでこぼこしてしまい、あーあ、という気分だ。しかし、その中でもやっぱりと言うか、数学の点数がまぁまぁ伸びているという結果が。中間考査の前、未来に数学を見てもらった箇所がそのまま出題されたので、そのおかげだと喜んだ一方で、国語が……中でも古文が言葉の意味を取り違えたためあまり良くなくて、もうなんやねん、と言う感想だ。
それでも、トータル的には順位を一つ上げることができたので、とりあえずはヨシ、と言うところ。両親からのお小言はないと思う。……中二の二学期だったかな、結構よろしくない結果になった時、母に懇々と叱られたことがあったなぁ……父が止めに入ったぐらいだったから。母は決して声を荒げることはなく、一定の声音で一つ一つ物事を順を追って諭すように叱ってくるんです……あれは地味にキツくて……あはは。
一方、未来はと言うと、今回ミスがほぼなかったそうでついに学年トップとなった。……部活も目一杯やっているのに、一体いつ勉強しているんだろう。やはり、頭の出来が違うとしか思えない。
時々、未来のノートを見せてもらうけど、実に簡潔で無駄がない。しかも、タブレットではなく紙のノート派で、シャーペンの黒と赤のサインペンだけ使っていて、誰が見てもわかりやすいものとなっている。……いつ見ても、感心することしきり。
とまぁ、そういうことで中間考査が終わったのを受け、私の主な活動はアンサンブルコンテストへと注力していくのです。
吹部のアンサンブルコンテストに向けての活動は、中間考査が終わった日の午後、部活再開時の全体ミーティングの時に山岡部長から、アンコンも含めた校外演奏会等々の全体スケジュールとアンコンの実施ルールの説明を受けることで、スタートした。吹部のみんなは、何の曲をする?誰と組む?で場が賑やかになってきたが、中間考査前に未来からのチーム編成と演奏曲の提案に乗っていた私は、さっそく一年生だけで構成した管打六重奏の編成用紙を山岡部長に提出した。
「もう持ってきたん?……えらい、早いやん」
「は、はい、いけなかったでしょうか……」
「いやいや、早すぎて驚いただけ。あんたらが一番乗りや」
山岡部長の横にいた藤村副部長も最初は驚いた表情だったけど、ニヤッと口角を上げてサムアップしてくれた。
「アンタらはいつも早いな。期待してるで」
「は、はいっ。ありがとうございます」
その日以降の合奏練習は、もっぱら吹奏楽イベントやデパートや水族館で演奏する曲の練習を行うようになり、アンコンの練習日と交互にスケジューリングされるようになった。その最初のアンコン練習日、私たちのチームメンバーは家庭科室に集まった。
「それじゃあね、キックオフの意味を込めて、今更だけどみんな自己紹介してもらおっか」
私が一つ提案をすると、皆苦笑いする。
「えー、今更やん」
「すんのー?」
「まぁまぁ。その方が、今からやるぞ!って感じになるじゃん」
「うーん」
みんながお互いに顔を見合わせているところに、未来がすっと挙手をした。
「そんじゃ、うちからやるわ」
「では、未来さん、よろしくです」
えへん、と軽く咳払いをした未来は一歩前へ歩み出て、赤縁ハーフリムのメガネを人差し指でクイっと持ち上げ、手を後ろに組んで自己紹介を始めた。
「えー、かしこまって挨拶するんもなんか変やけど、トランペット担当の田中です。言い出しっぺということで、音楽面のリーダーをさせてもらいます。よろしゅうおたのもうします」
「どうしたの?京言葉なんて」
「うちらみな京女やけん、たまにはええやろ?」
澄ました顔しながらそう言うのだが、おそらく、ごく最近京言葉に関係するものを見聞きしたか、読んだりしたんだろう。
「それじゃあ、隣のみみちゃん、どうぞ」
指名をすると、へへっと照れながら頬を指で掻き、一歩前へ出た。
「えっと、椹木です。パーカスを担当します。ちょっと前、初めて行った歯医者さんで、”じんき”って呼ばれました。そっちの方が無理あるやろ、と思ったさわらぎです。よろしゅうおたのもうします」
「スミマセン、初めて会った時私もそう呼んでしまいました。えーっと、次は、千紗」
「はーい、細野です。クラリネット担当です。よく名は体を表すって言われます。この中で、一番ちびっこですが、本人はいたって元気です。よろしゅうおたのもうします」
「え?そうなん?」
「わたし、ちょうど150なんよ」
「どれどれ」
167cmある未来が千紗の後ろに立つと、ちょうど頭一つ違う。
「うわー、このサイズ可愛いーっ」と後ろからぎゅっと千紗に抱きついたものだから、抱きつかれた方は、うえっと小さく悲鳴をあげた。
「く、苦しい〜」
「あ、ごめんごめん」
ハグを解かれた千紗は、もお〜っといった抗議の表情で未来をみると、当の未来は片手でごめんと謝っている。
「あははは。んじゃその次は、陽菜ね」
私に指名された陽菜は、その場で右手をまっすぐ挙手する。
「はいっ!えー、山城です。小学校の時から、ホルン一筋。ちなみに、ホルモンは得意ではないです。牛、豚より、鶏の方がいいです。よろしゅうおたのもうします……改めて挨拶するなんて、なんか緊張しちゃうな」
「確かにね。……そして、凛々ちゃん」
「えへん。えー、アルトサックスの山下でございます。アンコンに向けて、新しいリードを下ろしました。気合いの入れ具合がわかってもらえたら嬉しいです。では、よろしゅうおたのもうします」
五人の自己紹介が終わり、フーッと軽く息を吐く。最後は私。
「では、最後に塚本です。私もユーフォニアムは小学校からです。今回、なぜかキャプテンの肩書をいただいたのですが、何をするかよく分かりません。そのうちわかってくるでしょう、ということで、よろしゅうおたのもうします」
全員の自己紹介が終わったところで、自然と拍手が湧き起こった。
そして、未来は机の上に置いてあった書類の束を手にし、一部づつ配り始める。
「自己紹介も終わったところで、早速やけど、パート譜とフルスコアを配ります。校内予選は十二月の頭です。今から一ヶ月以上は時間あるかもしれませんが、週末はイベントが入ってくるんで、案外練習する日はないということを気にしとってください」
未来は注意事項を告げながら、一人一人に楽譜を手渡していく。楽譜の頭に書かれている曲名はジャズスタンダードの”スペイン”で、そのアンサンブル版。中間考査前に、この6名で四条に遊びに行った時、未来から提案された曲だ。
「演るからには、先輩たちを差し置いてでも、一番になりたい。校内代表を勝ち取りたい。そして、聴く人からは『ええやん』といってもらえるような、演奏にしたい……みんな、異議ありますか?」
「異議なし!」
「ありません!」
「演っちゃいましょう」
「なんかワクワクするな」
「よーし、それじゃあ、瑠美子」
右手をぐっと握り、右腕を脇に構える未来を見た四人も、同様に右腕を構える。
「え?私?……もう……そんでは、ご唱和くださいっ。北宇治ファイトーーっ!」
「「「おーーっ!!」」」
未来から渡された楽譜を手にし、しばらく譜読みをしていると、未来以外の五人で一斉に「ええっ!」という驚きの声があがった。
「これ、Bメロでパーカス以外の五人でユニゾンすんの?こんなシンコペばかりのフレーズで?」
「テンポ136?」
「うへぇ〜、キツイなぁ〜」
「これサビが各パートのソロになるの?……原曲のアドリブをそのまま譜面に起こしただけみたいやし」
「ドラム叩きながら、グロッケンを演るところがある……」
みなそれぞれが、こりゃ大変だ、と眉間に皺を寄せて楽譜に見入っている。
「そんな難しいものばかりやないやん。ほら、イントロは”アランフェス協奏曲第2楽章”やんか」
「そこは、トランペットとクラリネットのソロになってるね」
「Aメロもそこまで難しくないやろ?」
「ゔ〜〜む」
楽譜に没頭しているのか、誰も声を発することがなくなった。
あまりにも静かになったものだから、未来は沈黙に耐えかね、心配そうに聞いてくる。
「……あの〜〜、やーめた、は無しだからね……」
えっ?と皆が楽譜から顔をあげて、未来の方を見つめた。
「いやいや、言わないって」
「やめへんって。こんな面白そうな曲」
「初見やったからびっくりしただけ。もっと複雑な曲いっぱいあるやん」
「そうそう。ただ初見ですぐ……ってはできんけどなぁ、悔しいけど」
「何度か合わせば、わかって来るから大丈夫」
その声を聞いた未来は、ほっと胸を撫で下ろす仕草をする。
「よかった……あ、じゃあちょっと合わせてみる?初回だから、うち何も言わないんで」
「……そうだね、やってみようか。どう?みんな」
私の声をきっかけに、それぞれが自分の楽器を手にして構えた。
すると、みみちゃんが挙手をし、発言を求めている。
「みみちゃん、どうぞ」
「この楽譜だと、いま用意しているドラムではシンバルが2枚足らないのと、今グロッケン持ってきてないから、その部分はできないけど構わんの?」
「いいですか?未来さん」
「うん、構わない。次回フルセット持ってきて。あ、もちろん運ぶの手伝うから」
「ありがとう。じゃ、次回はちゃんと譜面通りに用意するから、今日は堪忍な」
「りょーかい」
楽譜を凝視しながら、吹かないけど、キーを押して頭の中でシミュレーションする。
「はい」
すると、サックスを握りしめたまま、凛々ちゃんが挙手をする。
「山下さん、どうぞ」と未来。
「えー、サビのところ。ペットとソロの掛け合いになってますが、今日は適当になっちゃうけど構わん?」
「今日はオッケーでーす」
「わかった。ありがとう」
「クラもソロ適当になるけど、今日は勘弁願います」と続いて千紗。
「うん、おいおい詰めていこう……ホルンとユーフォは……いいかな?」
未来の確認に対し、私と陽菜はお互い顔を見合わせて同時に頷く。
「うん、まぁ何とか」
「ホルンはこの曲では支える方だから、いけると思う」
「じゃあ……一度通します。とにかく、止めないで最後まで行きましょう。ただ、手が止まったらそれで構いません。メロディはリフレインされるから、どこかで復活してくれればいいんで」
「「はいっ」」
「では、いきます」
未来はペットを構え、息を瞬間吸ってはマウスピースに唇を当てる。
イントロのアランフェス協奏曲第2楽章のフレーズで、80BPM。この家庭科室の中で、どこまでも伸びるような未来のペットが響きわたり、パーカス以外の四人は静かにその音を支える。
途中からは千砂のクラリネットソロに交代する。芯があるけど、ふわっと辺りを包むような千砂のクラリネットが、哀愁漂わせるフレーズを紡いでいく。
イントロが終わると、一気にテンポアップ、ただし、120BPMと楽譜の指定より幾分ゆっくりと。ドラムが刻むリズムの上で、五人のユニゾンによるAメロ、そしてトリッキーなBメロへと続く。
次はサビへ。サビはトランペットのソロから始まり、サックスのソロへと続いていくが、何分初めての曲。凛々ちゃんは時々首を傾げながら、指を止めていた。
サビが終わると、AメロとBメロをリフレインし、アウトロはトゥッティで終曲。
一通り吹き終え、みんな椅子の背もたれに体を預け、脱力。つ、疲れた……。
「うへぇ〜〜、大変だな、こりゃ」
「あたし、ソロで指が回らなかった。未来、みんな、ごめんなさい」
ぺこりと頭を下げる凛々ちゃん。
「いやいや、初回だから大丈夫やって」
「そうそう。これからこれから」
「……わかった……練習する」
「他の方々はどうでしたか?千紗はどう?」
突然話を振られた千紗は、クラリネットを抱きながら首を傾げる。
「うーん、何とかなると思う。あのね未来、Bメロのみんなでのユニゾンは、全員でタイム感を合わせておかないといけんね」
「あー、それは、これから練習を繰り返して積み重ねるしかないんかな」
「そうやね……」
「みみちゃん、パーカスはどう?」
「うん?……楽しい……」
にこやかな表情で一言言うもんだから、みんなで笑ってしまった。
「あははっ、ドラム大活躍やからね、この曲」
「うん、もっと練習して、安定したビートを刻めるようになるから」
「ぜひ、お願いしますよ……陽菜と瑠美子はどうだった?」
「ホルンとしては、伴奏に入ったり、ところどころリフ入れたりで楽しいわ、この曲」
「私も。唯一の低音なんでね、みんなを支えるよう頑張るよ」
みんなの反応を聞いて、概ね想定の範囲内だったのか、満足そうに頷いている音楽リーダーの未来さん。
「みんなありがとう。さっきも言ったけど、これからおいおい詰めていきますんで、よろしくお願いします」
「「はいっ!」」
フーッと一息吐いたちょうどその時、山岡部長と藤村副部長が、家庭科室の引き戸を開けて入ってきた。
「みんな、お疲れ様。あんた達、練習熱心なのは結構やけど、はよ帰らんと。もう、退校時間ギリギリやで」
「え?」
「ほら、外見てみ。もう真っ暗やん」
二人が外を指差す方を見ると、外が暗いせいか、窓ガラスには反射した自分たちの姿しか見えない。
「「あーっ!」」
「ほら、片付けして。手伝うで」
「あ、大丈夫です。急いで片付けて帰ります」
「うん、そうして。片付け済んで帰る直前になったら、報告に来て。うちら音楽室におるから」
「はい、わかりました」
「頼んだよ」
そう言い残して、お二人は家庭科室を出て行った。
慌てて楽器を片付け、家庭科室を閉め、楽器室へと急ぐ。それぞれが使っていた楽器を所定の場所に戻したのを確認し、隣の音楽室へ行く。そこでは、入り口近くのピアノを机がわりにして、山岡部長と藤村副部長が何やら話し込んでいるようだった。
「失礼します。片付け終わりましたので、帰ります」
「はーい、報告ご苦労さん。気をつけて帰るんやで」
「はい、お先に失礼します」
一礼をして音楽室を出た後、校舎の昇降口の靴箱で靴を履き替え、外に出るとすっかりと暗くなっている。
「うー、ちょっと寒いな」
「朝夕、寒いよね」
「もうカーディガン着てきてもええよね」
「ええんちゃうん?ボーンの杉浦ちゃんなんか、夏の間も着ていたやん」
「あ、そうか。それはそれで、暑かったやろな」
「なんでも、ダブルリードは代々カーディガンを年中着ているもんや、って言ってた」
「へえ〜」
住宅街の中を、ゾロゾロと六地蔵駅目指して六人が坂を下りる。みんな先ほどのアンコンの練習のことで、あーだこーだと話しながら、階段を降りていく。
「ね、未来。私たちの演奏ってどうなっていくと思う?」
「そうやねー、多分本番の時が、その時の自分のベストが出せれるようになっていると思ってる」
「私も。このメンバーだったら、できそうだね」
「うん、大丈夫や、きっと」
なんだかわからないけど、いけそうな気がしている。だから、今はワクワクしかない。これからの練習が楽しみだ。
家が駅からそう遠く無い陽菜と別れ、他の五人は六地蔵駅の改札を抜け、下りのホームへ。しばらくすると、京阪宇治行きの電車がホームに入ってくる。
先頭車両を目で追っていくと、その向こうの山の上には、澄んだ空の中に月が見えた。
それは、これから満ちていく月だった。
私たちも、これからもっとうまくなっていく。