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第二話 桜の花にかこまれて ー宇治川の岸辺にてー

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第二話 桜の花にかこまれて ー宇治川の岸辺にてー

朝はまだひんやりしてるけど、日中は上着なしでも過ごせられるようになった四月のまだ始めの頃。私は高校入学を翌水曜日に控え、暇を持て余す日々を過ごしている。

春休みなので中学校の時の仲間とかと会って遊べばいいんだろうけど、先週ここ宇治に引っ越しして来たばかりだし、仲間内では私だけが京都市外の高校に行くことにしたもんだから、なんとなく会いづらい気持ちになってしまっている。電話をしようにも、一人だけ仲間を見限ったなんて思われているんじゃないかと考えてしまい、躊躇してしまっている。そんなことないと思っていても、やっぱり……ねぇ。

でも、自分で決めたことだから、口に出して言わないようにしないと。言ったら、周りに気を使わせてしまうしね。

あと、弟の瑛斗には申し訳ないと思っている。私が北宇治を希望したことがきっかけで、瑛斗は仲が良い友達と離れることになったから。転校せず電車で通うことも可能だったけれど、本人は転校してもいいと言った。ゲームでいつも一緒に遊んでいるから、転校しても友達付き合いは変わらないと言ったけど、我慢させてしまったとは思う。

ごめん、瑛斗。私は余計なことをしたのかもしれない。

……入学式までの間、二度ほど高校に行くことがありまして。

一度目は、先々週の金曜日。お弁当を持参して中学校の制服で登校し、いきなり数学、英語、国語の学力診断テストをさせられた。それから、制服や体操服等の採寸し、教科書を受け取って帰ったのだけど、この教科書が重くて重くて。少し前は全部タブレットだったそうだけど、なんでも学力低下が顕著と言う研究結果から、紙の教科書に戻ったとか。もう、どっちやねん。軽い教科書ってないのかな。かなり重かったので、学校から京阪の駅まで、また終点から家までの道程がとても長く感じたのですよ、ええ。

二度目はこの木曜日で、クラス分けの発表があり私は6組。一クラスに何人いるかは来週にならないとわからないし、また私結構人見知りだから友達ができるか少し不安だったりする。

とまぁ、もう学校行事は始まったんだけど、それ以外は特になにもなく、基本ヒマなのです。

両親は仕事なので、私と弟の二人で留守番。午前中は、サイレントブラスをつけてユーフォの練習を一通りしたり、それが終わると教科書を読んだり、好きな本を読んだり。午後は弟を連れて黄前の祖父母のところやお父さんの方の祖父母のところに行って、お昼を作ったり、作ってくれたり、その後は話し込んだり、昼寝したり。そうしているうちに、母が帰ってくるという日々を繰り返している。

今日もそんな日になるのかな、と朝の間は思っていたけど、お天気は良く気温も上がってきているようだし、マンションから見える山々もうっすらと色づいているように見えるので、外を歩いてみたくなってしまった。どうせなら、久しぶりに外でユーフォを吹いてみたい。吹けるところがあったらいいけど。

よしそうしよう、ということで、お昼過ぎにソフトケースに入れたユーフォを背負って、外に出てみることにした。弟も誘ってみたけど、祖父母宅でゲームして過ごすとのこと。

マンションのエントランスを出て、そのまま宇治川の方へ歩いていく。あじろぎの道へと進むと、桜はほぼ満開状態。私はやっぱり”花は桜”だと思っているから、桜のある道を歩いているととても楽しい気分になる。おかげで背中に重いユーフォを背負っていても、楽しい気分の方が勝り重さを感じなくなってもくる。いい季節だなぁ……。

てくてくとしばらく歩いていると、先日母と一緒に座ったあのベンチを発見。近づいてみると、あたりには誰もいないようだ。

「やったぁ」

一人喜びながらベンチに歩み寄る。ふうーっと一息吐き、ソフトケースをベンチに下ろしながら辺りを見回すと、本当に桜に囲まれている。私にとってはこの上なく嬉しい環境。

ウキウキしながらソフトケースを開け、ゴールドラッカーのユーフォを取り出す。マウスピースを取り付けてから、一旦ケースを閉じ、「よいしょ」とベンチに座る。

顔を上げた真正面には、滔々と流れる宇治の川。

更に見上げると、桜の花、花、花。

「あぁ、きれいだぁ……」

なーんて独り言を言っても、誰にも気兼ねすることもない。

良い気分のまま、ユーフォを構えマウスピースに息を入れる。

『フォーー』っとまずはB♭を。

「大きい音出さなければいいよね」

今度はピストンを動かし、B♭からロングトーンを一度ずつ上げていき、2オクターブ上までいってから、また一度ずつ下げていく。次はCから始めて、2オクターブ上にまでいってから、下へと降りてくる。これを上のB♭までを繰り返す。

川の流れを見ながら時には目を瞑りながら、宇治の春と桜を感じながら、ユーフォの温かい音をベルから放っていく。

一通り終わって、マウスピースから口を離し、ふぅーっと一息。

「さぁて、何しようかな。もちろん、あれだよね」

ユーフォを構えて、マウスピースに口を当てる。そして、軽く息を吹き込む。

|B♭〜、GA♭B♭|CD〜E♭F |B♭〜〜、|………

ユーフォを始めた頃、お母さんに教えてもらったとても短い曲。

”響け!ユーフォニアム”って言う曲。

最初の頃は「なにそれ、見たままやん?」という感想だったんだけど、お母さんが吹いた音を真似することから始め、ユーフォの練習を始める時は必ず最初に吹くようにしてたら、今はこの曲がとても優しく大きな曲だと思うようになっている。また、この曲を吹かなかったら、調子が出てこないし。

なんでも、お母さんも人から教えてもらった曲だそうだけど、この曲と一緒に決して忘れられない、とても大切な思い出があるとか。

その思い出ってどんなもの?と教えてもらおうとしても、お母さんの答えは、

「そのうち教えてあげられる日が必ず来るから、それまでは秘密」

それだけしか言ってくれないのでとっても気になるんだけど、なんでも教えてくれるお母さんがそんな風に言うんだから、かなり大事なんだろうなと薄々わかってはいる。

”響け!ユーフォニアム”を吹き終えると、宇治川の川面がキラリキラリと光って見え、頭上にある桜からだろうか、花びらが数弁私の目の前にふわりふわりと落ちてくる。

辺りには誰も居ないのに誰かが私の演奏に拍手をしてくれたような、そんな不思議な感覚を覚えた、麗らかな春の午後のことでした。