第二十一話 曇り一時雨のち晴れ −アンコン校内選考会兼演奏会に向けて−
第二十一話 曇り一時雨のち晴れ −アンコン校内選考会兼演奏会に向けて−
「もう一回!」
未来の声が、少しずつ強くなってきている。今日の合奏練習を始めてから今までで、もう一回、を聞くのは何回目だろうか。
最近の吹部は、来月の期末考査が終わった週の金曜日午後に、12月21日に八幡市で行われるアンサンブル・コンテスト……アンコンに出場する一組を選出する校内予選を兼ねた演奏会を計画し、その演奏会に向けての練習が一つ目、二つ目がその次の週の日曜日に、宇治市内の高校が集い、文化センターで文化芸術祭が催されるが、その中での吹奏楽のステージを北宇治や南宇治、至誠館宇治等が務めるので、その練習、これら二つが主な活動内容になっている。
中でも重点が置かれているのはやはりアンコンの方で、全部で八組が各教室で5分以内のアンサンブル曲の完成度を上げようと練習を行なっている。
私も部の代表としてのアンコン出場を目標とし、未来、みみちゃん、千紗、陽菜、凛々ちゃん、等一年生だけで組んだチームで、管打六重奏:チック・コリア"スペイン"フレキシブルアンサンブル版の練習を積み重ねている。
今も家庭科室で、六人ができるだけ円になるように座って、お互いの音を重ね合っている。
「はい、ストップ!」
曲中、数回繰り返されるAメロとBメロのうち、Bメロについてはパーカス以外ユニゾンになるのだけれど、ここのユニゾンの精度がまだまだ安定していない。今もBメロのユニゾンが少々バラけてしまったので、未来は頭上で右手を振って演奏を止めた。
「う〜ん……成功率がイマイチやなぁ……」
「ごめん。足引っ張ってるね、わたしが。8小節目から遅れていった」
サックスの凛々ちゃんが、申し訳なさそうに軽く頭を下げる。
「私もごめん!少し走ってしまった」
続いて、クラの千紗が奥歯を噛み締めたような表情で自主申告をした。
「もう少し、溜めてもよかったんやない?」
「うん、そうだと思う。次は気をつけるから」
未来がつぶやいた通り、曲を通してユニゾンが決まる率はまだ高くない。感覚的に60パーセントぐらいだろうか。この曲は、Bメロのラテンリズムをユニゾンで演奏するところにも面白さがあると思うので、この部分は完璧と言えるほどには作り上げておきたい。しかし、アンコンの練習ができるのは、もう今週いっぱいまで。来週は期末考査のため部活動は禁止なので、残された時間は実のところあまりない。
AメロBメロ以外はトランペット、クラリネット、サックスがそれぞれソロを吹くのだが、今までその練習に重きを置いていた。また、各人の個人練習では問題はないが、アンサンブルとなると、出来たり出来なかったりしているのが現状だ。
「うーん、もう一回……もう一回Aメロから演ろう。メトロノームを使って100BPMで。みみちゃん、OK?」
「100ね……OK、セットした」
パーカスのみみちゃんは、ピンク色した手のひらサイズのメトロノームを操作し、スタートボタンを押すと無機質なピッピッピッピッという音が教室に響き渡る。そして、スティックでカウントを取ると、アランフェス協奏曲のイントロを飛ばし、みな一斉にAメロから始める。ここは何も問題が起こらず進み、問題のBメロへ。
「くっ」
今度はベースラインの私が走ってしまう。すぐ修正したつもりだったが、連鎖が始まってしまい、凛々ちゃんや千紗にも影響させてしまった。
おかしい。今日はスムーズにいかない。
ちらっと未来の表情を覗くと、気持ち眉間に皺が寄っているようにも見える。
演奏は続けられ、二回目のBメロはオンタイムでユニゾンをこなせたが、トランペットソロやクラ、サックスのソロが終わった次のBメロでは、また微妙に崩れてしまった。
とりあえずアウトロまで進み終曲となったが、みんな楽器をそれぞれ膝の上に置いて大きく嘆息を吐く。しばらくの間沈黙が続き、その後最初に口を開いたのは未来だった。
「テンポ落とした方が却って難しい?」
「そうだね……元の方が、曲の推進力に引っ張られるからやり易くはある」
「そっか。……う〜ん、もう少し。もう少しなんやけどなぁ」
腕組みして首を傾げる未来。もう少し、というのは私も同感だ。Bメロのユニゾン部分さえ整えば、他の人に胸張って聞いてもらえる。
「みんな、もう一回合わせよう。数をこなして、曲全体を体に染み込ませたらいけると思う」
「……そうやね……じゃ、続けよっか」
「……うん……」
「……よし、やりますか……」
「……わかった……」
「いや、ストップストップ!今日はここまでにしよう!」
未来の指示に従いみんなが楽器を構えようとした時、私は左手を上げて、練習の中断を提案した。
「瑠美子?」
「……今日、このまま続けるとうまくいかないと思う。私もミスしておいて言うのもなんだけど、みんないつもよりノリが良くない感じがするんだ。確かに練習できる時間はもう残り少ないし、真剣に取り組んだ練習は裏切らないと思う。けど、今の雰囲気だと、合奏を続けるよりかは今日はリセットして明日にかけた方が効果的だと思う。だから……今日はここまでにすることを、キャプテンとしてみんなに指示したいと思います」
「えっ?」
「「「う〜〜ん」」」
みんな楽器を握りしめたまま、唸ってしまっている。
「いや、瑠美子。ここは我慢だと思う。今のこんな状態の時こそ、楽器と音に真剣に向き合えば、乗り越えられると思う。うちがそうだし、みんなもそれができる力を持っているし」
「未来、わかるよ。わかるけど、今日は一度楽器を置こう。何回か合奏を繰り返したけど、残念ながら今日は進捗がないと思う。こう言う時は、一旦立ち止まろうよ。そして、今日を振り返って頭の中整理して、明日のこの時間を迎えた方がいいと思う」
「瑠美子。もう練習できる時間って残ってないんよ。少しでも練習して、Bメロを完成させないと」
「時間が無いのはわかってる。でも、このままだと不具合の程度が大きくなる可能性があると思う。だから、敢えて今日はここまでにしよう」
「……っ……瑠美子っ!」
「なに?」
「ちょ、ちょっと、二人ともどうしたの?」
みみちゃんが、向かい合わせて座っている私と未来の話し合い……いや、若干言い合いになっている中に割り込んできた。私たちを宥めようとしてくれているのだろうか。
未来は黙って、真っ直ぐ私を見つめる。眼鏡の奥のその瞳には、今まであまり見たことがない力強さと共に、私に何か言いたいことがあるのを我慢しているようにも見える。
でも、私も今の状況では良くなっていくとは思えないんだ。だから、今日はみんなに休んでもらいたい、リセットしてもらいたい。私の勝手な解釈だろうけど、ここは未来にわかって欲しいから、私も真っ直ぐ未来の目を見据えた。
数分の沈黙。重たい空気の中で、口を開いたのは未来だ。
「ふーっ、みんな、今日はどうする?キャプテンの言うとおりにする?」
「……未来、ごめん……今日はそうする。一晩頭冷やさせて……」
「……明日、挽回するから。必ず」
未来の問いかけに返事した凛々ちゃんと千紗は、ゆっくりとした手つきで楽器からマウスピースを外し始めた。
「うん、今日の件は一旦保留で」
「こんな日もあるよ。明日取り返そう」
陽菜とみみちゃんも、ちらっと教室の時計を一瞥して目の前の楽譜ファイルを閉じた。
「いや……わかった。今日はここまでにしましょう」
ふーっ、と細く長い嘆息を吐き、少し憮然とした声音の未来も、楽譜ファイルを閉じトランペットからマウスピースを外した。
「未来……」
「なに?」
「……ごめん……」
「……」
私が未来に向けた一言は、さらりと流されたような……いや、気のせいだろう。
気のせいだと思いたい、未来からの無言の返事を心に引っ掛けながら、私もユーフォからマウスピースを外した。
楽器の片付けを終え、部長達に挨拶してから下校する。六地蔵駅までみんな集まって坂道を下っていくが、会話らしい会話もなく、そのままもやっとした状態で電車に乗り、それぞれの自宅最寄駅で降りていく。私もこの時は、未来と言葉を交わすことができなかった……話し辛かった。ただ、三室戸の駅で、未来が電車を降りていく際、顔は合わさないけど小さく手を振ってはくれた。
「ただいま……」
いつもより早いため一番に帰宅した私は、帰宅後ルーチンを終え、まずは机に向かって今日の宿題を消化。自分に課している問題集は後でやっつけることにして、キッチンに移動する。冷蔵庫を開けて夕食の支度をしようとした時、ちょうど母が帰ってきた。
「お帰りなさーい」
「あら?瑠美ちゃん、ただいま。今日は早かったんだね」
「うん、ちょっとね……夕飯の支度始めたけど、お父さんももう帰ってくるよね」
「何も言ってなかったから、そろそろだと思うよ」
「多分、瑛斗ももう帰ってくるだろうから、みんなの分をテーブルに並べるよ」
「うん。お母さん、着替えてくるからその間お願いね」
「はーい」
上着を脱ぎながら、寝室の方へ行く母の後ろ姿を見て、ふと思いついた。今日の練習の件を、お母さんに聞いてもらいたい。そして、当事者以外の視点で何かアドバイスをもらえたら……自分で解決はしたいけど、それには時間が足りないし、今欲しいのは即効性があるアドバイス。お母さんなら知ってるんじゃないかと……。
冷凍庫から今晩の主菜が入った保存袋を人数分取り出し、レンチンを繰り返す。少し解凍したところで片手鍋に移し、火にかけ、時々かき混ぜたりしてるとやがて元の姿に戻る、私の大好きなお家のクリームシチュー。
「あら、解凍までしてくれたんだ。ありがとう、後は引き継ぐよ」
「じゃあ、お皿を並べるね」
キッチンのセンターを母に譲り、私は食器棚から食事に使う食器を人数分取り出していき、まずはスープ皿を並べていく。次に、お箸とかスプーンを人数分ダイニングテーブルに並べていきながら、母に尋ねてみる。
「あのね、お母さん……」
「うん?」
「後で話を聞いて欲しいんだけど……」
「いいよ。夕食が終わった後でいいの?」
「うん、お願いします」
冷蔵庫から副菜が入ったタッパを取り出して、小鉢にとりわけている横で、母はキュウリやハムやらを切り、マカロニを茹で始めた時、父と瑛斗がほぼ同時に帰ってきた。我が家にいつもの空気が戻ってきた瞬間だった。
夕食後、片付けも終わり、テーブルについて煎茶を飲みながら一息ついている時、私は母に今日の出来事を具に伝え、ユニゾンの成功率があがる方法についてアドバイスをお願いした。
「なるほど、そうだねぇ……随分昔の話を思い出したんだけど、お母さんが二年生の時かな?アンコンの練習をしていた時にね、順菜ちゃんに教えてもらったことがあってね」
「順菜さんが?」
「うん。その時練習していた曲が、確か、彩り吹く、で、いぶきっていう曲だった」
「いやいや、もう一つの方。"フロントライン〜青春の輝き〜"ってやつ」
母と話をしていたら、ソファーの方から父が割り込んできた。テレビのニュースを見ていたと思ってたのに、聞き耳を立てているんだから。でも、なぜ父が返事するのだろうか。
「あ、そうそう。その"フロントライン"なんだけど、練習始めの頃は当然合わなくて。するとマリンバの子がブレスしていない、というのがわかって」
「ブレスしてないって……息せずに演奏してたの?」
「そう。パーカスはブレスの必要ないからって、息止めてマリンバを叩いていたから、そこをまずは改善した」
「ははぁ」
「でも、それでも時々合わないことがあって。すると順菜ちゃんが、リズムはどうやってとってるの?とチーム全員に聞いてきたの」
「どうやってって……四拍子とか、三拍子……マーチとかのこと?」
「ちょっと違くて、例えば4ビートの曲だったら体は8ビートを、8ビートの曲だったら体は16ビートを刻みなさいって」
「ええっ?」
母は、手に持っている湯呑みから煎茶を啜り、話を続けてくれる。
「要は、裏拍を意識しなさいってことね。今演っている曲って”スペイン”だったよね」
「うん」
「結構テンポは速かったと思うから、自然と縦ノリだけになってしまうのだろうけど、それでも裏拍を意識して演奏する。すると、シンコペって結局裏拍だから、メロディが体の刻むリズムに乗っかってくると思うよ。ちょっと試してみて」
「ふーむ」
私は手元に持ってきていたスマホに入れている自分たちの演奏を、プレイバックしてみる。そして、指でテーブルをトントンと叩いてリズムを取る。
「今のは4ビートだよね。8ビートでリズムとってみてごらん」
もう一度最初からプレイバックし、今度はテーブルをトトトト、トトトト、……と指で叩き、メロディを口ずさんでみる。すると、4ビートだとビートがない空白の時間にシンコペーションする音符があったのが、8ビートだとメロディがビートに乗ってきてリズムから外れなくなる。ああ〜、なるほど、そうか。
「なんだか、分かったみたい……ありがとう、お母さん」
「それはよかった……まぁ、順菜ちゃんが言いたかったのは、メロディは全て刻まれるリズムの上に乗っけた方がよい、ということなんだろうね。その上で、体が曲を覚えてきたら、装飾音を付けたり自由なフレーズにアレンジしたりできるようになる。そういうことなんだね……ジャズやフュージョンに親しんでいた彼女だから出た発想だと思うよ」
「そうなんだ。今、演っている曲もジャズスタンダードだから、というのもあるのかもしれないな」
「でしょうね。……お母さん達がやっていた時、その順菜ちゃんの言葉を取り入れたら、しっくりときて。本番もうまくいって、一般投票で一位獲得」
「おお、すごい」
「でも、校内投票が三位……四位……どっちだったっけ?」
「四位やった」
またもやソファーにいる父が答える……よく覚えてるなぁ。
「そうそう。四位だったんで、学校代表には選ばれなかった」
「あの〜、その時お父さんは何してたの?」
「ボーン吹いてたよ、端の方で」
「一緒に?」
「そう、同じチームで。一所懸命にやってたよ。そうだよね?」
「そうです。ちゃんと心こめて吹いてました」
「……だって」
やっぱり。しかし、幼馴染夫婦って、どこもこんな感じなのかなぁ……。うちの両親は、本当に仲がいいと思う。
「えーと、その時はどんな人達が代表になったの?」
「クラリネット四重奏で、全国まで行ったよ。すごく安定して上手で、お母さんもその四人組に一票をいれたんだけどね」
「へぇ〜、そうなんだ……クラだったらうちの千紗も……細野さん、相当上手だよ」
「だろうね、さっきのプレイバックでわかるよ。定演の時にライブで聞かせてもらういたいね」
「……うん。来年の定演、お母さんには是非聞いて欲しい。あ、お父さんもね」
「お父さん、よかったね。瑠美子に誘われたよ」
「おう、何を差し置いてでも、聴きにいくわ」
「あはは、お待ちします」
……父の明るい返事が、恥ずかしくもあり嬉しくもあり、だね。……そういえば、瑛斗はさっさと自分の部屋に行ってしまったな。最近、なんとなく塩対応されるから、その理由をそのうち白状させないと。
翌日の放課後、家庭科室にて楽器を携えた五人を前に、昨晩母からもらったアドバイスを説明する。
「というわけで、4分音符ではなく8分音符で、8ビートでリズムをとってください。無意識で8ビートで取っていたならそれでいいんですけど、多分、凛々ちゃんや千紗、陽菜もだけど、リズムの捉え方が変わるので、最初は100BPMからやってみましょう」
「へ?解決方法ってそれだけ?」
朝からほとんど会話を交わさなかった未来は、あっけにとられた風に声を漏らした。
「そう、それだけ。今からみんなを騙します。騙されたと思ってやってみてください」
「100BPMの8ビートね……はい、セットしたよ」
みみちゃんが操作すると、手のひらサイズのメトロノームはカッコッコッコッ、カッコッコッコッと8ビートを刻み始める。
「では、アランフェスは飛ばして、Aメロから行きましょう。カウント、よろしく」
スティック3回でAメロからスタート。Aメロは危なげなく進んでいき、いよいよ問題のBメロへ。すると、8ビートに沿ってメロディを落とし込んでいくと、もたりもツッコミもなく、Bメロからサビへとスムーズに移っていく。
「!?」
マウスピースに息を吹き込みながら、お互い驚きの視線を交わし合っている。
そのまま曲は進んでいき、AメロBメロを再度繰り返すが、何も引っかかることなく曲が奏でられていく。
「はーい、ストップです」
私は左手を挙げて、演奏を止めた。カッコッコッコッ、カッコッコッコッと8ビートを刻んでいたメトロノームも止められた。
「みんな、どう?……凛々ちゃん、いかがですか?」
「うん……あの〜、なんとなく瑠美子が言わんとしてることがわかったような……」
「千紗は?」
「え〜……ちょ、ちょっと30分くれる?個人練したいんだけど」
「陽菜はいかがでしょ?」
「あ、うちももうちょっと個人練したい。なんか、今まで適当にやっていた感じがしてきたから、さらってみたい」
「未来さん、個人練したいと言ってますが、いかがしましょうか?」
昨日、何回やってもうまくいかなかったBメロが、突然スムーズにいくようになったものだから、未来は信じられないという表情でいた。
「あ……はい、大丈夫です……では今から30分、個人練にしましょう」
「「はいっ」」
三人は楽器と譜面台とそしてメトロノームを持って、個人練を行う定位置へと家庭科室の内外へ散らばっていく。
その姿を目で追っていると、未来が私の顔を覗き込んできた。
「あの〜……ねぇ、瑠美子さん。一体、どんな魔法を使ったん?」
「……いや〜、魔法っていうほどのものじゃなくて、ただリズムの感じ方をより細かくするようにって言っただけだよ」
「それはわかるけど……」
「うーんと、結局ね、表拍は理解できるけど、裏拍の捉え方が統一できてなかったと思うんだ。……未来は原曲知っているでしょ?」
「うん」
「私も、うちの父や弟が聞いているのを何度も聞いていたから、ほぼ原曲を知ってるし、……一方で、凛々ちゃんや千紗、陽菜はジャズのナンバーを演奏するって今回が初めてみたいだから、裏拍が感覚で捉えられなかったんだと思う」
「それで、メロディを裏拍にも乗っけてみたら、理解が進んだということ?」
「まぁ、そういうこと」
「あー、そうかぁ〜……気付かなかったぁ〜……なんか悔しい……」
未来は口を尖らせ、眉を少し寄せながらも、どこか照れくさそうに笑みを浮かべた。
「……瑠美子……さっきまではごめん……」
「ん?なんのこと?」
「……えっとぉ……あのぉ……昨日、言い合いしてしまったこととか……瑠美子に練習の邪魔されたって思って、腹立ててしまったこととか……さっきまで、あまり口聞かなかったこととか……それから、表拍や裏拍のことを思いつかなかったこととか……えーと、それから……うーん……ほんと、ごめんなさい」
目を瞑って指折り数えながらぼそぼそと胸の内を曝け出し、頭を下げた。私はそんな未来の姿を見て、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「え〜、謝るのは私の方だよ。言い合いしてしまったし、勝手に練習中断したし……表拍裏拍のことは母からのアドバイスだし……私の方こそ、ごめんなさい」
ユーフォのベルを下にして床に置き、居住まいを正して、未来に頭を下げる。
「いやいや、うちの方やって」
「いやいや、私の方だから」
交互に謝罪の言葉を繰り返すものだから、みみちゃんが割って入ってきた。
「もう〜、何してんのよ。二人ともチームのことを考えての行動だから、悪いことなんて何も無いんやけん、それでええやん」
「あ、はい……」
「うん……」
「はいはい、二人とも真ん中に来て」
椅子から立ち上がったみみちゃんは、私たちを手招きをする。
「「え?」」
「いいから、二人ここに来て。向かい合って」
私と未来は真ん中に歩み寄り、互いに向かい合う。う〜、なんとなく照れてしまう。
「はい、仲直りのハグをしなさい」
「「は?」」
「いいから!仲直りのハグ!」
「は……」
「はい……」
みみちゃんに気押されした私は、恥ずかしさのためか少し躊躇した後、意を決して両腕を広げた。
「ん!」
すると、未来は顔を赤らめ、こちらも少し躊躇した後、私にタックルするような勢いで飛び込んできた。ドンとぶつかってきたけど、その柔らかな感触が私の全身を駆け巡り、抱きしめる腕に力をいれると、未来も私をぐっと抱きしめ返してくる。
「瑠美子……ごめん」
耳元で囁かれた声に、私も未来の耳元で囁く。
「私も……未来、ごめんね」
「うん……」
ごめん、という言葉と共に未来の体温が感じられ、私はなんだか泣きそうになってくる。
「よしよし、これで仲直りやね。もう滅多なことで、仲違いしたらダメやからね」
どちらかともなくハグを解き互いに少しだけ体を引くと、今度は可笑しくなってきた。
「あははは」
「あははっ」
顔を赤くして笑っている未来。私も顔が暑いから多分赤くなっているんだろう。その時、ちらっと見たみみちゃんのドヤ顔が、なんとも印象的だった。
個人練に行っていた三人は、ちょうど30分経った頃に戻ってきた。どうやら、うまくできるようになったみたいだ。
そして、未来の指示で、いきなりだけど譜面が指示しているテンポで一通り通してみることに。みみちゃんのカウントで始めた「スペイン」、遂にノーミスで通すことができるようになった。
「やったやった!できたできた」
「あ〜、できたねぇ」
「苦労した甲斐があるわ。通してみたら、この曲ほんとかっこいいね」
凛々ちゃんや千紗、陽菜が感慨深そうに喜んでいる。もちろん、私も嬉しいし楽しい。未来も、みみちゃんも、みんな笑顔だ。ほんと、よかった。それに、校内選考会兼演奏会に間に合った。
「よーし、このままもう一回、通してみよう!」
「「はいっ!」」
未来の「もう一回!」、何度も聞いたこの言葉だけど、今からは何回でも聴きたくなる言葉になりそうだ。
来週行われる、アンサンブルコンテスト校内代表選考会見兼演奏会で、私たち一年生六人組での、管打六重奏:チック・コリア「スペイン」アンサンブルフレキシブル版、皆さん是非聞いてください!
でもその前に、12月1日から期末考査があるんだった……。