第二十二話 師が走ると、私も走る −年の瀬ですね−
第二十二話 師が走ると、私も走る −年の瀬ですね−
12月も中頃過ぎ。冬らしく朝夕はかなり寒い日もあり、毎日凍えながら学校への登下校しているが、冬が始まってそんなに経ってないのに、こんな感じじゃ来月の大寒の頃なんかどうなっているんだろうと、もう心配になってきている今日この頃。伏見に住んでいた頃よりこっちの方が寒いと思うんだけど、気のせいなのでしょうか。
とまぁ、寒いのが苦手な私は、マフラー、手袋、厚手のコートはもちろんのこと、ヒートテック完全装備、100デニールのフェイクタイツで防寒対策を施して登下校している。しかし、これには難点があって、私の通っている学校は坂の上にあるため、下校時はそれほどでなくても登校時教室まで来ると大抵暑くてしょうがない。なかなか、ちょうど良い防寒の格好が見つからない状態だ。
12月を振り返ると、師走という言葉通り色々と忙しく過ごしている。
まずは、期末考査……結果は現状維持。夏頃もう一押しだった数学は、二学期に入ってから安定してきているといった感じ。他の教科も同様だった。あとは、ケアレスミスっていうやつが一定数あるみたいなので、それを減らさないとなぁ、と思ってたりする。余談だけど、未来も現状維持で、みみちゃんは……てへぺろをしていた。三学期挽回するそうだ。
その次は、アンサンブル・コンテスト府大会への出場者選考会兼演奏会が期末考査終了後に行われた。私は一年生だけで組んだ管打六重奏で、ジャズスタンダード”スペイン”の吹奏楽アレンジかつフレキシブル版でステージに立ち、結果同点3位で、アンコンへの吹部代表とはなれなかった。代表となったチームはフルート隊の四重奏で、E.ボザの”夏山の一日”を演奏。とても澄んだ音で美しいハーモニーを聴かせ、投票の結果は21日の八幡市文化センターへ行くことになった。
この選考会で印象的だったのは、幹部お三方のチーム。幹部の方々は、自らのチーム編成は最後にするとし、人数の関係上どうしても残ってしまった部員を組み入れて木管五重奏”フラワークラウン”を演奏。DMの東山さんのフルートや山岡部長のトランペットが美しく、藤村副部長のユーフォが優しく受け止めているという、幹部の方々の関係性がそのまま音に出ているという、素晴らしい演奏だった。投票結果ではもう一つだったかもしれないが、皆の心に残る演奏という意味では一位だったのかもしれない。
さらに次は、この前の日曜日。宇治市の高校が集い、文化芸術活動の成果発表や他校交流および地域文化を盛り上げを目的としたイベントが文化会館で行われた。
展示発表と舞台発表とがあり、前者は絵画や書道等美術系の展示が行われ、後者は大ホールでバンド演奏、演劇、ダンスパフォーマンス、そして吹奏楽の発表が行われた。吹奏楽の発表においては、私たち吹部はトリを務めさせてもらい、流行している曲や吹奏楽鉄板曲を演奏し、最後に今年の吹奏楽コンクール関西大会で演奏した"三日月の舞"を披露した。四十人に満たない人数の演奏だけど、目一杯の心込めた演奏だったと思う。そのためか、客席からは大きな拍手をいただけた。
大トリは、北宇治に加え南宇治等他校の吹部と合同で、鉄板曲”宝島”を賑々しく演奏。ホール内は大盛り上がりで無事終了となった。私も、こんな大人数での”宝島”は初めてだったのでとても楽しく、音楽っていろんな人と繋がることできて本当にいいなと思った瞬間だった。
今月のイベントは、まだまだ続いているのです。
期末考査が終わった次の週から授業は午前中までとなり、昼からの部活では、個人練や次の土曜日にショッピングモールでのクリスマス演奏会向けの楽曲の練習をしていたりするが、今週の午後は一年、二年の各クラスでは三者面談が行われている。
今日は私の面談があり、面談予定時刻の5分前、個人練を抜けて管理棟の玄関口で母が来るのを待っているところだ。
「もう来るかな……あ」
ガラス扉の向こう側に、こちらへとやってくる母の姿が見えた。厚手のロングコートに、マフラーを巻いた姿は、今朝家を出る時姿見で見た自分の格好とコートの長さ以外よく似ている。他の人から見て、お互い見間違われるのも仕方ないか。
母がガラス扉を押し開けると、扉の上の辺りからギィっと鈍い音がする。
「お母さん。寒かったでしょ」
「あ、瑠美子。待たせてしまってごめん」
「いやいや、時間ピッタリだよ」
「そうなの?うん、間に合ってよかった。えーっと、まずは受付だったね」
来客用スリッパに履き替え、脱いだマフラーとコートを私に預けると、受付の事務員さんに挨拶して入館受付をする。
「あれ?……塚本先生、ですか?」
「え……?あ、村主さん!うわー、どうもご無沙汰してました」
ん?事務員さんとお知り合いなのかな?
「本当にお久しぶり。先生、元気にしてましたか?」
「はい、なんとか。村主さんは?」
「ふふ……元気だけが取り柄ですかね。いやぁ、懐かしい。で、今日はどうしたの?先生方の連絡会でも?」
「いいえ、今日は私用で……娘の三者面談でして」
「え!?娘さんて……後ろの?」
「はい、上の子です」
そうなんです、私が上の子です。
「へぇ〜、娘さんが北宇治の生徒さん……娘さん、親孝行してますね」
「……えへへ……」
「あ、長くなりそう……それじゃあ、これが来客用のカードです。お帰りの際は、こちらで返却してください。またその時、時間あるようだったら声かけてくださいね」
「はい、わかりました。ありがとうございます」
失礼します、と会釈して私の方へと歩いてくる。
「お待たせ。行こうか」
「うん……あの事務員さん知ってたの?」
私たちは階段の方へと歩き出し、今見た状況を母に尋ねてみる。
「村主さんはね、お母さんが新卒で北宇治に赴任した頃からいらしてね、色々とお世話になったんだよ」
「へぇ〜」
「もう定年で辞められたと思ってたんだけど……嘱託で来てるのかも」
「そうなんだ」
「北宇治に知っている人がまだいるなんて……嬉しいもんだね」
階段で2階に上がり左に曲がって職員室の前を通って、右に折れてちょっと先が私のクラスの教室。教室の入り口そばには椅子が4つほど少し間を空けて並べられているが、今は誰も座っていない。
もう前の組……確か妹尾さんだったと思うけど、面談が終わっているはずなので、入り口引き戸の引き手の下あたりを3回ノックした。
「はい、どうぞー」
中から担任の大林先生の声が聞こえたので、失礼しまーす、と教室に入る。
「失礼します。塚本です」
「いつもお世話になっております」
「どうぞ、こちらへ」
教卓の前に二つずつ向かい合わせになっている机に座っていた先生は、立ち上がって私たちを机へと誘導する。
「本日はお忙しい中、ありがとうございます。大林です」
「塚本です。今日はよろしくお願いします」
「どうぞ、おかけになってください」
「失礼します」
着席し、最初に口を開いたのは大林先生だ。
「最近冬らしい天気が続いていますが、今日は比較的穏やかな日和ですよね。どうでしょう、寒かったり暖かかったりで、ご家族の方体調崩されてませんでしょうか?」
「ええ、大丈夫です。ただ、インフルエンザ流行ってますから、気をつけないといけませんよね」
「そうなんですよ。じわじわと増えてきてまして……塚本さん、どうしたの?ちょっと緊張してる?」
椅子に座ってから、微動だにしない私を見た先生が尋ねてくる。
「え?あ、はい……少々……緊張してるかも……」
「ま、わからなくもないわね。……では、始めさせていただきます。まずは、今までの振り返りからです」
先生は手元にあった私の名前が書かれている通知表を、私たちに見えるようにして開いた。ざっと眺めると前回と同様にまぁまぁなもので、体育だけが案の定そこそこだ。
「まず、これをご覧ください。各教科評定ですが、主要教科、副教科とも、優秀だと評しています。定期考査順位は一桁を維持していますし……まぁ、体育は平均的ですが。……観点別評価についても、関心・意欲・態度、技能・表現では、どの項目とも良好です。ただ……」
なぜか先生が一拍間を開ける。……何かやらかしてたっけ、私。
「部活の吹奏楽部でも頑張っているし、宿題を欠かしたこともない。それでこの成績を維持しているというから……塚本さん、家での勉強時間は大体どれぐらい確保しているのですか?」
「はい、宿題を終えてから2、3時間は……問題集やネットの講座を見ています」
「毎日?」
「はい」
「ふーん……そうなんだね……夜、ちゃんと寝てる?」
「え?あ、……寝てます……です……」
母の表情を視野の隅っこで捉えながら、小さい声で答える。
「そう……前にも言ったと思うけど、授業中、よくうとうとしてるよね。午後はそんな子は複数名いるけど、朝もそうだから……少し気になります。それゆえ、見直して欲しい意味も含め、関心・意欲・態度の項目は一つ下げさせてもらいました」
「……瑠美子」
うわぁ、お母さんの低い声……。
「は、はい……」
「時間は有限です。上手に配分しなければ」
「はい……わかってます……」
「それについては、塚本さんの健康面も併せてご家庭でお話し合いをお願いします。……以前、私が担任した生徒の中に似たような話があり、結局精神的なもので治療を要したということがありました。まぁ、極端な例なのですが。……踏み入った話かもしれませんが、老婆心ながら話をさせていただきました」
「はい、わかりました」
母が返事するのを受け、大林先生は手元のノートに何かメモを書き留めているようで、書き終わると顔をあげた。
「では次ですが……文理選択についてです。今現在は入学時の希望により理数コースですが、入学以来、様々な経験を積み重ねていく上で、将来の進路を具体的に考える場面が多々あったと思います。それを踏まえ、二年時にはコース変更もできるとしています。塚本さんは、文系、理系等は、どのように考えてますか?」
「えー……私は今のままで進みたいと考えています」
「なるほど。ということは、具体的に将来どうしたいか、ということが見えてきたのですか?」
「いえ、それが……まだはっきりとはわからないです。理系から文系にはいけるけど、文系から理系には移りづらいと思ってますので、選択肢を残しておきたくて……」
「ふむ、そうですか。確かにそうですが、将来専門性がある仕事に就きたい場合、大学とかも専門性がある所で学んだ方がやはり有利です。となると、それに対する準備も早めに始めておく方がいい……いきなり運動をするより、じっくりと準備運動しておく方が良い……わかりますよね」
「はい……でもまだ、決めきれないです……。ただ、今は……音楽に関係するお仕事をしたいって、考えてます……」
「えっ」
「ほお」
母も先生も驚いたような声を上げるのを聴きながら、私は思っていることを話す……いや、告白するという方が近いかも……この場で言っておいた方がいいと思うから。
「……私、小さい時に両親が与えてくれた、音楽という何か大きな暖かいものに守られて生きていると思っています。……どんな時でも、それは私を助けてくれていました。最初は音楽は聞いて楽しむものでしたが、途中から演奏して楽しむものにもなりました。小学生の頃から演奏しだして、一人よりみんなで演奏をする楽しさを知りました。……そして、ここ北宇治の吹奏楽部に入って、音楽の奥深さを教えられました。楽しいだけでなく、苦しい、辛い、悲しい、と少しだけですが、そう言った音楽も経験できました。そして何より、音楽を通じて大切な友人達を得ました……そんな音楽に今後もずっと携われたら、ずっと私が私でいられるような、そんな気がしています……」
私がポツポツと話すのを、じっと聞いてくれる母と大林先生。
「ですが、その音楽という広大な世界の中で、私というものがどこに根付けばいいのかが、まだわかりません。欲深いのでしょうか、なんだってやってみたいと思います」
「そうですか、なるほどそうですね……その中で早目に動く必要があるとしたら、楽器演奏のプロになるかどうか、でしょう。この学校のOGには何人かプロになるため音大に進んだ人がいました。皆それぞれのフィールドで活躍されていますが、その点はどう考えてますか?」
先生に問いかけられた時、私はチラッと母の表情を覗き見る。すると目が合い、微笑み返してくれた。
「……はい、少しは考えたことありますが、今は楽器演奏のプロは自分でイメージができません……母のお友達にプロの方がいらっしゃって話を聞いたことがあるのですが、覚悟が違いすぎると思います。小学生の頃からプロになるんだ、とひたすら努力し続けてたという話を聞いた時……もう、何もかもが違います。私には、その覚悟ができないです」
「そうですか……もうしばらく、探究が続きそうですね……では、塚本さん、今日は一つだけ言わさせてもらいます。先程お母様もおっしゃいましたが、時間は有限である、ということです。進路については急かしたくはないですが、リミットはある、とだけ言わさせてもらいます。そうですね……再来年の進学先を決める頃には、考えをまとめてくださいね」
「え?そんな先でいいんですか?」
「はい。じっくりと考えてください。先生は待ちますから。あ、もちろん早く考えがまとまるのに、越したことはないですけどね」
「はい……ありがとうございます……」
私は自分のわがままを聞いてくれる先生に、感謝の意味を込めて深く頭を下げた。
「次は科目選択の話ですが、今のまま理数コースを継続するということですので、このガイドを渡しておきます。冬休み明けにまた聞きますので、考えておいてください」
「はい」
先生から少々厚めの、科目選択ガイドブックを渡される。ぱらぱらとページをめくると、文理それぞれの必須科目と、大学進学先に併せての選択方法とかが書かれている。……まぁ、これについては大体決めているから、迷うことはなさそうだ。
「えー……予定時間が迫ってきているのですが……後は……学校生活の様子としては、さっき話した授業中の様子以外ですと、……印象的なのは、昼休みとか放課後とか、見かけた時はいつも誰かがそばにいる、ということですか。一人でいるところをあまり見たことがないですね。他のクラスからも何人かやってきては、一通り話して戻っていくパターンが多いようです。あれは、みんな吹部の子たちですかね?」
「ああ、はい。みんなというか……ほとんどが吹部です」
「そうなんですか。さっき、塚本さんが言ってましたね、大事な友人たちだと。……友達は大切にしてください」
「はい」
先生は手元に書類にペンを走らせながら、腕時計をチラッとみたりしている。時間的にはちょっとオーバーしているような気もする。
「最後に……お母様、いかがでしょうか。家庭での様子と、学校での様子と比べてみて、なにかお思いになることとなどございますでしょうか?」
「そうですね……」
母は少し考えてから、先生の問いかけに応じた。
「先ほどの居眠りの件については、後で本人に聞いてみますが……概ね娘が学校生活を満喫しているようですので、私としては安心いたしました」
「ええ」
「それに、将来のことを考え、話してくれたのが嬉しい……娘からその話を具体的に聞いたことがなかったものですから……親としては、娘の歩む道を静かに見守れればそれで十分ですから」
「そうですよね……私も同感です。……いや私の方はまだ小さいですけど、わかりますです」
「あれ?先生お子さんいたんです?」
「言ったことなかったっけ?いますよ、女の子二人。まだ小学生ですけどね」
「そうなんだぁ」
「ふふ……えー、これで予定していた内容は終了しました。最後は駆け足になってしまい申し訳ありません。ここまでで何かございますか?」
「……私はないです」
「お母様は?」
「はい、大丈夫です」
「わかりました。後で何かございましたら、保護者用グループの中からダイレクトに私宛にご連絡いただいて結構ですので、よろしくお願いいたします」
「ええ、よろしくお願いいたします」
大林先生は机の上に広げていた資料をまとめ、机の右側に置いたのを見て、私は席を立ち、母も同時に席を立った。
「本日はお忙しい中、どうもありがとうございました」
「ありがとうございます」
「今後とも、よろしくお願いいたします」
それぞれ挨拶を交わし、先生に見送られながら私と母は教室から廊下へと出る。
廊下に置かれている椅子には、誰も座っていない。次は誰だったっけ、と思いながら教室の引き戸を閉め、私はふーっと大きく息を吐いた。
「あ〜、緊張した〜……」
「ふふふ、ご苦労様……でも、瑠美子。帰ったらさっきの話、聞くからね」
「居眠りの話……?」
「そう。少々のことはまぁ仕方ないけど、授業中先生が気になるぐらいだから……ちょっと考えものだね。……怒ったりしないから、ちゃんと話しなさい」
「はーい……わっかりましたぁ……」
口を尖らせて返事をすると、少し離れたところからだろう、トランペットの音が聞こえてきた。そのどこまでも伸びていきそうな音は、未来のペットに違いない。次の土曜日にショッピングモールでのクリスマス演奏会で披露する、”White Christmas”のメロディを演奏している。
今日は寒いと言っても、師走の陽気なのか風が強くないから、渡り廊下のところで練習しているんだろう。
「あ、未来だ」
「……いいね。この音が、田中さん?」
「うん、そう……そうだ。お母さん、今日この後は?学校にもどるの?」
「いいえ、時間休とったから、この後は買い物に寄ってから家に帰るけど」
「じゃあ、ちょっとついてきて」
「ん?……いいけど、どこいくの?」
私は東の渡り廊下の階段に行き、四階まで上がっていく。母も後ろから……多分私よりこの学校のことは詳しいだろうから、なんの迷いもなくついてくる。
四階まで上がってくると……渡り廊下の真ん中で、一心不乱にペットを吹いている未来が扉越しに見える。
「ふう〜、さすがに瑠美子は早いね……あれ、あの子が未来さん?」
「うん、そう。お母さんとは会ったこと無いから、紹介しておこうと思ったの」
扉を押し開けて渡り廊下に出ると、未来は私たちに気づき演奏を止め、こちらに振り向いた。
「瑠美子やん。もう、面談終わったの……あれ?」
「練習の邪魔して、ごめん。実はうちのお母さんに紹介したくて、連れてきた」
「初めまして、田中さん。瑠美子がいつもお世話になっています」
母が会釈をするけど、なぜか未来はポカンとしている。
「どしたの?」
「あれれ?……瑠美子が二人おる?」
「どんな目してんのよ。そんな訳ないじゃん」
「だって、ぱっと見わからんって……いやぁ、スミマセンです。初めまして、田中未来と言います」
年季の入ったゴールドラッカーのトランペットを抱いて、未来は深々と一礼する。
「塚本さんには、ほんとお世話になってます。もう〜、彼女が居てくれて、うち本当に毎日が楽しいんです。ありがとうございます」
「いきなり、何言ってんの?……こっちが恥ずかしくなってくる」
「前々から、瑠美子のお母さんに会ってお礼を言いたかったんやって」
「ふふ……こちらこそ、ありがとうございます」
そう言って母は微笑んだはずなのに、目元からの光る雫を指で押さえていた。
「え?え?な、なんか、うち変なこと言いました?」
「いえ……いえ、そうじゃなくて……。あぁー、ごめんなさい……あなた達を見ていたら、沢山の懐かしいことを思い出してしまって……」
「そうなんだ」
「さっきの田中さんが吹いている姿、香織先輩……いえ、田中さんのママさんに音もそっくりだったし……」
「あ、未来、でいいです」
「未来さんね……うん……あなた達がそうやって立っているだけで、麗奈と一緒にここで練習したことを思い出すし……」
「……高坂先生のことだよ」と未来に耳打ちすると、へぇ〜と答える。
「未来さんの仕草のところどころが、あすか先輩そのものだし……」
「うち、お母さんに似てんの?」
「そうらしいよ」
「へへ……だったら嬉しいな」
「……ああ、いけない……ごめんなさい、昔の話ばっかりして……」
母が申し訳なさそうにそういうと、手を左右に振って否定する。
「いえいえ、とんでもないです。色々と教えてください。うち、お母さんやママのことあまり知らなくて……いや、今のことじゃなくて若かった頃っていうの、あまり喋ってくれないんです。話を誘導して聞き出そうとしても、うまくはぐらかされてしまうんです」
「それは、以前もそうでした。中々自分のことを話してくれなかったですね。”うちのことはええんや”って、よく言ってましたよ」
「そう!それなんです!うち、今もそのセリフ聞かされるんです。もう〜、やっぱりそうなんですね」
未来が愚痴っぽくなってきたのを見て、母はにこりと微笑んだ。
「機会あったら、家にいらっしゃい。こっそりと、教えてあげてもいいですよ」
「え?いいんですか?」
「私も聞きたいな」
「じゃあ、瑠美子、都合が良い時に未来さんを家に来てもらえば?大したおもてなしはできませんけど」
「その際は、ぜひお願いします!」
「はい」
微笑みながら、母は思いついたのか腕時計をちらと見ている。
「……そろそろ帰るね。二人とも、練習はもう少し続けるんでしょ?」
「うん、私まだルーチンこなせてないから、それだけはやっておきたい」
「わかった。じゃあ、瑠美子。見送らなくていから、練習に戻りなさい」
「はい」
「……未来さん、今後ともよろしくお願いします」
「はい、こちらこそ。ありがとうございます」
「じゃあ、またね」
「はい」
手を振った母は踵を返し、扉を開けて元来た方へと歩いて行った。
「見送らなくてよかったん?」
「大丈夫、お母さんは私たちより詳しいから、この学校のことは」
「そうなんだ……さて、練習を続けよっか。瑠美子はいつもの場所に戻るんやろ?」
「うん、ユーフォ置きっぱなしだし……未来ももう中に入ったら?流石に寒いよ」
「……そうやね。やっぱ、中に入ろ」
「譜面台と楽譜ファイルは持ってあげるよ」
「ありがとう。よろしくです」
手にしていたトランペットを一旦ケースに戻した未来と譜面台と楽譜ファイルをを持った私は、連れ立って北棟の校舎の方へと入っていき、屋内のいつもの練習場所へと移動した。
今年ももう残り二週間を切った。今年は色々あったなぁ……と振り返るのはまだ早いや。土曜日のクリスマス演奏会があるし、本当のクリスマスももうすぐだし。そんなこと言っていたら、すぐ大晦日になるだろうし……。
師走だけに、私たちも走らされてしまう、十二月です。