第二十三話 和気藹々のクリスマス −この日が誕生日−
第二十三話 和気藹々のクリスマス −この日が誕生日−
「雨は夜更け過ぎぃに〜♪雪へと変わるだろう〜♪」
「さいれん〜な〜い〜♩」
「ほ〜り〜な〜い〜♪」
「よくあんなに、ころころコブシ回せるなぁ」
「シティポップなのにね」
京阪六地蔵駅近くのとあるカラオケルームで、熱唱している一人の女子高生。そして一緒に歌い、時々勝手にハモったりマラカス振ったり、タンバリン叩いたりしている残り五名の女子高生。この計六名で、ちょっとしたクリスマスパーティーをやっているところ。
発案者は凛々ちゃんだ。一昨日の月曜日、吹部の練習が終わって下校していた時、みんなでクリスマスパーティーをやろうと言うことになった。なんでも、中学の時毎年仲間達でプチパーティーをやっていたそうで、北宇治のこの仲間で是非やりたい、とか。もちろん私たちに異論はない、というか、クリスマスイブに特別な予定が入っている人は誰もいないという、この抜け駆けなしの団結力が私たちの仲の良さを物語っていると思うんだ……言ってて寂しさなんか1ミリもないぞ。
その場でこのカラオケルームを予約し、翌々日の24日……つまり今日の午前中の終業式と午後からの2時間ばかりの吹部の練習の後、学校帰りに皆でいろんな曲のソルフュージュの練習をするために集合した、という筋書きだ。
目を閉じて心地よさそうに歌っているのは、みみちゃん。歌うのが好きとは前から聞いていたけど、かなり上手く、かついい声している。たまに採点してみてもかなりの高得点を叩き出すという実力派だ。得意としているのは、昭和時代に大ヒットした曲達……私たちの祖父母が中学生、高校生だった60年以上前の流行歌がここ数年の間でたくさんリバイバル配信され、サブスクも結構お値打価格だったりするので、私たちの間でもかなり人気が高い。もちろん、吹部でも"昭和平成メドレー"と言って演奏したりしている。
「次、何しようかな〜」
次の順番は私なのでスマホの曲リストを眺めていると、今歌われている曲と対になりそうな曲を発見したので、次予約ボタンをポチ。
”クリスマス・イブ”がフェイドアウトすると、みんなの喝采にみみちゃんがぺこりとお辞儀した後、次の曲のイントロが流れ出した。
「誰?これ入れたの?」
「はいはい、私!」
マイクを持ち、歌い出しを今か今かと待つ。
「ちかづ〜いて〜いる〜♪冬の〜あしぃ〜おとぉ〜♪」
「あ、これ知ってる」
タンバリンを振り、ジングルをシャンシャンシャンと鳴らすのは陽菜だ。
「く〜りす〜まぁすが、ことしもぉ、やあってくるぅ〜♪」
サビが来ると、みんなハモってくる。なんだ、みんな知ってんじゃないか。
「少し、”ず”、”つ”、白く、”な”、”る”♪ 街路樹を〜駆け抜けて〜♪」
ちゃんとコーラスをした後、やんややんやと拍手するわ、タンバリン叩くわ、カスタネットがなぜかフラメンコ調だわで、大賑わい。誰かが「ケンタッキーにしない?」と謎のフレーズを言ったけど、あれはなんだったんだ?
最後まで歌い上げた私は、満足してマイクを千紗に渡す。千紗は次に自分が歌う曲を決めかねているようだ。
「瑠美子って、さっきの曲好きなん?」
隣の未来が、最初に注文していたピザの残り一切れを頬張りながら聞いてくる。
「うん、思い出の曲っていうのか……クリスマスシーズンになると、うちのお母さんが必ず口ずさむんだよ。それを小さい頃からよく聞いてたから、私も好きになったというところかな」
「へぇ〜そうなんや。……そうそう、明日の予定空けてくれたよね」
「うん。我が家のクリスマスは今日帰って家族揃ってからするし、明日からは気分はすっかり大晦日になるから……でもいいの?親子水入らずの方がいいんじゃないの?」
「ええんやって。ママやお母さんも招待しなさいって言うし」
「本当?……ならいいけど……」
「明日、練習が終わった後な」
「わかった」
「ゆあ、え〜ぶりし〜ん、ゆあ、え〜ぶり〜しぃ〜ん」
耳に入ってきた、歌い上げる声。千紗がすっかりMISIAさんになりきって歌ってる。
「あなたがぁ〜、思〜うより強〜く〜、やさしいうそならいら〜ない〜、欲しいのはあな〜た〜」
「えらく、力入ってんね」
「彼女の心に何かあったのでしょうか?」
「まさか……歌詞に思い当たることとか」
「そりゃ、相手が重いよぉ」
「そこの二人、勝手に詮索せんように。人にはそっとしておいて欲しいことがあるもんよ」
歌い終わった千紗が、もっともらしく私と未来に注意をしてくる。
「うわ〜、千紗って大人〜〜。現在進行形?それとも過去形?」
「未来形」
「なんだ、願望か」
「ほっとけ」
その千紗と未来のやりとりが面白く、私は笑ってしまった。
「おーい、次、未来で最後だよ」
「うちが最後?凛々ちゃん、歌った?」
「わたし、さっき”恋人はサンタクロース”歌った」
「あ、そうか。じゃあ……大トリ?」
「そう、もう時間が来るから」
「うわっ、任されちゃったなぁ……じゃあ……これにしよう。みんなも一緒にどうぞ」
どうぞと言われて、なんだろう?と首を傾げていると、この季節お馴染みの曲のイントロが始まった。
「Silent night , holy night ♪」
讃美歌の方の”きよしこの夜”だった。この曲を選択するとは、ちょっと意外。
「All is calm , all is bright ♪」
聖歌隊よろしく、全員で合唱。心得がある人は、ハモリのフレーズで歌っている。
「Sleep in heavenly peace ♪」
歌い終わって、自然と拍手が出る。最後の締めにはふさわしい歌だった。
「じゃあ、瑠美子。最後の締めをお願いします」
「え?ああ、はいはい。それでは……うーん、では一斉に、メリークリスマスって言おうか」
そう言って五人を見渡すと、皆一様に頷いている。
「うん。では、プチ・クリスマスパーティー、ほんと楽しかった。発案者の凛々ちゃん、どうもありがとうございます。そして、クリスマスプレゼントも、どうもありがとう。また、このメンバーで来年もやりましょう。そんでは……Merry Christmas!」
「「Merry Christmas!」」
翌25日、クリスマス。午前中は図書室が満員だったので、音楽室で自習し、昼から二時間の吹部の練習を行った後、私は未来に連れられ未来の家に向かっている。お邪魔するのは、今回で三回目。三室戸の駅からの道順ももう覚えてしまっている。駅から出て、ちょっと駅近くのあるお店に立ち寄らさせてもらってから、未来の自宅へと連れ立って歩いて行く。
「ただいまー」
「……お邪魔します……」
おずおずと、そっと玄関の敷居を跨ぎ家の中に入る。
「なに、世を忍ぶ賊のような足捌きしてんの?」
「いや、なんとなく……」
「もう、普通にして」
「はーい」
脱いだ靴を揃え、リビングの方に連れて行かれるとその先のキッチンには、未来のお母さんとママさんのお二人がいた。何やら、いい匂いが漂ってくる。
「ああ、瑠美子ちゃん、いらっしゃい」
「瑠美子さん、いらっしゃい」
「あ、お邪魔します。今日はお招きいただきまして、ありがとうございます」
私は直立しそして最敬礼をすると、その反動で髪がバサリと目の前の視野を覆ってしまった。
「な〜に〜、そんな堅苦しい挨拶なんていらんって。自分の家と思って、くつろいでくれていいんだからね」
「は、はい、ありがとうございます」
そうは言っても……未来のお母さんって、ちょっと不思議な雰囲気を纏っている人だし、時々、未来と同じ赤縁のメガネがキラッと光ると、なぜか緊張するんだよな。
「うち、着替えてくるわ」と言い残して未来が二階の方へ行った時、手に下げていた袋のことを思い出した。
「そうだ……これ、お土産です。皆さんでどうぞお召し上がりください」
そう言いつつ、先ほど駅前のお店で買い求めたものを、未来のお母さんに手提げ袋ごと手渡す。
「あら、ありがとう。気を使わせてごめんね……へぇ、幸富堂の手提げ袋……あけていいかな?」
「どうぞどうぞ」
「では……」
手提げ袋から取り出した箱の包装紙を手際よく取り外し上蓋を開けると、中からは行儀良く整列しているおまんじゅうが現れた。一緒に入っている栞みたいな紙の短冊には、おまんじゅうの言われとお店の名前が書いている。
「おお、栗まんじゅう。これは嬉しい……ママ、瑠美子ちゃんから幸富堂の栗まんじゅうをいただいたよ」
「どれどれ……あ、これこれ。そういえば久しぶりだね。瑠美子さん、どうもありがとうございます」
「いえいえ、どういたしまして」
このおまんじゅう、実は母からの指示のもので、月曜日の夜に今日の部活後に未来の家にお呼ばれしに行くって話をした時、必ず三室戸駅近くの幸富堂というお菓子屋さんに立ち寄り、この栗まんじゅうを箱で買い求めて手土産にしなさい、と。それ用のお代金も預かってきていたものだ。
「じゃあ、デザートのひとつとして追加しようか」
「……食べ切れるかな……?」
「その時はその時で、いいでしょ」
「そうやね」
緊張してソファーで待っていると、未来が部屋着に着替え、キッチンに戻ってきた。
「お待たせ……あれ?ママ、もう準備済んでんの?」
「うん、あらかたできてるよ。じゃあ、テーブルをセットしてもらおうか」
「わかった」
「私も手伝います」
「いいって、瑠美子は座っといて。ゲストに手伝わすわけにはいかんから」
「そ、そうですか……恐縮です」
少し離れたソファーで手持ち無沙汰の数分間、田中家の三人はテキパキと手際よく、ランチョンマットを引いて、カトラリー並べて、グラスをおいて……諸々のパーツをテーブル上に並べていく。まるで舞台上の俳優さん達が、台本で決められた動きを忠実にこなしているかのよう。
しばらくしてその準備も終了し、テーブルの上はお料理が並べられ、ディナーの用意が整ったようだ。
「さて。まずは、あすかが座って。今日のメインだからね」
「はーい、ありがとう」
「では、瑠美子さん、お待たせしました。おかけくださいな」
「あ、ありがとうございます」
ソファーから立ち上がり、誘われるまま未来が引いてくれる椅子に着席する。
「お母さん、今日はなんにする?シャンパン?それとも……」
「シャンパンにする。この前ランソンのロゼを貰ったけど、それね。こういう時でないと飲めないやん」
「モエはまたにするの?」
「うーん、今日はそれじゃ無いな」
「わかった」
返事と共に、キッチン隣のパントリーらしきところから、深い緑色に淡いサーモンピンクのラベルが貼られたボトルを取り出してきた。金色のホイルを剥がしワイヤーを緩め、コルクを抑えながらボトルを捻ると、プシッという音と共にふっと甘い果実の香りが漂う。
「はい、どうぞ」
ボトルを傾け、フルートグラスに静かに注いでいく。淡いピンク色の中、小さい泡が真っ直ぐ次から次へと立ち昇る。
次にママさんのグラスに注ぎ、コルクを元に戻してから、ボトルをテーブルの真ん中に置いた。
「未来って……すごく手慣れているね。まさか……未成年だよ?」
「大丈夫、大丈夫。まだ、飲んだことないから。ただ、前々からお酒のボトルって綺麗だなーってよく見てたりしててね。うちのワインセラーに並んでいるの見てたら、いつの間にか銘柄覚えて、取扱いできるようになってたんよ」
「へぇ〜、そんなもんなんだ」
「そんなもんよ。では、うちらはジンジャエールね」
そういいながら、グラスにこれも濃い緑色した小さいボトルから、先に私のグラス、そして自分のグラスへと注いでいく。このグラスでも、しゅわしゅわ音を立てて小さい泡がたくさん立ち上っていく。
「準備完了です」
「では始めましょうか。グラス持ってくださいね……それでは、せーの」
「「Merry Christmas and Happy Birthday !」」
「ありがと〜」
みんなグラスをかちんと合わせてるので、私も真似してやってみる。
「おめでとうございまーす」
「ありがとね、瑠美子ちゃん」
とりあえずお祝いの言葉を伝えると、未来のお母さんはくくっとグラスのシャンパンを飲み干した。
「ふぅ〜、みんなに祝ってもらえるんで、嬉しいし美味しいし。ありがたいね、こりゃ」
「ふふふ、そうだろうね」
「あの〜、未来さん?」
「うん?」
ここまできて今更だけど、私はある質問を未来に投げかける。
「私、今日のこのディナーの趣旨を詳しく聞いてないんだけど。クリスマスをお祝いするんだ、とだけ……ひょっとして、お誕生日……ですか?」
「あら、未来、あなた瑠美子さんに言ってないの?」
「え?言わなかったっけ?……ごめんごめん。今日、12月25日はお母さんの誕生日なんよ」
「あ!そうだったんですか!」
えらくひっくり返った声が出ちゃった。
「そうなんよ。なんで、我が家でのクリスマスは、イブの24日じゃなくて25日に誕生日のお祝いと一緒にしてんの」
「へぇ〜」
「お母さん達、滅多に仕事休まんのやけど、年末であっても今日だけは必ずお休み……昼からお休みすることもあったかな」
「そうなんですか……じゃあ、厩戸でのお生まれなんですね?」
「あははっ、瑠美子ちゃん面白いこと言うねー。そんなわけないやん。誕生日は偶然神様と同じでも、ちゃんと京都市内の病院で生まれましたよ」
「そ、それはそうですよね」
「先に言っちゃうと、瑠美子ちゃんのご両親より2年だけ早く生まれてきたけど、もうこの歳になれば2年の違いなんて、無いに等しいもんだよ。だよね、香織ママ」
「そうねー、確かにそうかもね」
微笑みながら、ママさんもグラスをくいっと飲み干している……ひょっとして、ここのご家庭はお酒に強い人ばかり……?
「さぁ、冷めないうちにいただきましょう。今日のチキンはうまく焼けたし、スープとかも気に入ってもらえると思うよ」
「うん、いただきます」
「ありがとうございます、いただきます」
シャンパンを飲めない私たちは、まずは合掌し、さらに私は髪をヘアゴムでまとめてから、美味しそうなお料理に取り掛かった。
窓の外は北寄りの強い風が吹いており、県道沿いの街灯に照らされている街路樹の枝葉はその強い風に煽られ、信号待ちをしているタクシーも時折揺さぶられたりしている。
先程まで、未来の家でクリスマスパーティー兼未来のお母さんの誕生日パーティーが催され、お邪魔なはずなのに居心地が良かったのでついつい長居をしてしまった。時計の短針が9の字を指してしまったため、またもやタクシーチケットをいただいて、帰宅している途中。
テーブルを囲んで、ほんと色々なお話を聞かせてもらった。吹奏楽の話、音楽の話、学校での話、勉強の話、未来との日々の話、そして、ママさんや未来のお母さんが北宇治に通っていた頃の話。当然、私の母の話も出てくるわけで、本人からは聞いたことがない話が出ては、私自身が恥ずかしくもあり、くすぐったくもあり、申し訳なくもあり。
でも、印象に残ったのは話の内容より、まぁまぁお酒が進んでいるはずなのに、顔色ひとつ変えないママさんだ。シャンパンもワインもお水を飲んでいるかのように、するすると飲み干していたのには驚いた。
一方、お母さんの方はほろ酔い状態になり、何度も「黄前ちゃん」と言いながら私は抱きつかれてしまった。それに、食事の後も髪を後ろに束ねたままだったから、「髪をわしゃわしゃできんやん」って文句も言われてしまったし。まぁ、若い頃の母は癖毛だったようだから、今の私は髪型が違うのは許して欲しいなぁ。
なんにせよ、今日も楽しいクリスマスだった。田中家の皆さん、ありがとうございます。
タクシーは縣神社の前を通ったので、我が家のあるマンションももうすぐ。家に着いたら、すぐお風呂に入って寝てしまおう。お母さんへの報告は……明日にさせてもらおう。
明日は昼から音楽室の大掃除しなきゃ。それが終わると、冬休み、家の大掃除、大晦日、紅白、お正月、お年玉、お雑煮、おせち、初詣……明日以降も結構忙しそうだ。
Merry Christmas!