LNCrawler

第二十五話 初春の再会 − 正月二日の出来事について −

響け!ユーフォニアム ー 未来楽章 ー — www.pixiv.net · All chapters

第二十五話 初春の再会 − 正月二日の出来事について −

一月二日、晴天だけど昨日の寒さがまだ続いている午前11時過ぎ。

京阪三室戸駅の改札前で、もこもこのダウンジャケットで寒さから身を守りつつ三室戸寺の看板を見ていると、右方向から自分の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。

「瑠美子、おまたせ」

声が聞こえた方を振り返ると……見知らぬ女性が立っていた。どなたさまですか?

「えーと……田中……未来さん、ですよね……」

「あたりまえやん、新年早々何アホなこと言うとん」

その声は確かに未来なんだけど……見たことがない姿なので、私は目を見張ってしまった

「ど、どうしたの?着物じゃん!」

藤色の矢絣の着物の上に濃紺の道行コートを羽織り、襟元は白いショールをしていて、手には白い和装バッグ。髪は後ろに丁寧にまとめられ、小さな椿の飾りがひとつだけ。 足元はつま先を覆う黒い皮のカバーがある草履で、白足袋がのぞいている。 全体的に、長身の体に沿って落ちる濃紺の縦のラインがよく似合っていて、いつもの制服姿よりもずっと大人びて見える。

「いや……あの……昨日な、今日は瑠美子とお参りに行くって言ったら、お母さんのメガネが妙に光ってなんか嫌な予感がしたら……朝、ご飯食べ終わった後に、お母さんに呼ばれて部屋に行ったらこの着物用意してて……まんまと着せられてしもうて……」

「あらら〜……」

「着付けされてたら、ちょうどママが仕事から帰ってきて……三日連続の夜勤明けのテンションのままだったから、うちの髪をアレンジし始めて……二人してノリノリで送り出されてしまったん……」

「うわ〜……」

「玄関前でたくさん写真撮られたし……脱ぐわけにもいかないし……で、そのまま……来てもうた」

恥ずかしそうに、俯いてボソボソと喋る未来さん。話を聞いていると、やいやい言いながら、無理やり着付けさせられるシーンが容易に想像できる。未来が最初嫌がっても、未来のお母さんがうまく誘導して最後にはその気にさせてしまったんだと思う。ご愁傷様です。

「いや……でも、すごく可愛い!着物似合うじゃん」

改めて、足元から頭までティルトアップして見てみると……綺麗じゃないか。

「……馬子にも衣装ってこのことなのか……」

「それって、褒められてんの?それとも……」

「褒めてるに決まってるじゃない。ほんとよく似合ってるよ」

「……ありがと。それなら、いいけど……慣れないものを着るもんやないね。やっぱ疲れるわ」

「やっぱり、そうなんだ」

いつも颯爽と大股で歩く彼女が、着物着て草履履いて、足の動きを制限されているから尚更だろう。

「じゃあ、予定変更して歩き回るのはやめよっか。一箇所だけは連れて行きたいところあるんだ。その後は……うち来る?」

「うちって……瑠美子ん家?」

「そう。いつも未来ん家に招待されてばっかだから、今日は未来が我が家に来たらいい。大したおもてなしはできないけど、お茶飲み一家だから、抹茶、煎茶、ほうじ茶等々各種あるよ」

「……ん……じゃあ、お呼ばれしてもええんかな」

「どうぞどうぞ、ウェルカムですよ」

「ありがと。じゃ、そうしよう……早速やけど、今からはどうする?」

「一駅だけど、宇治に行きましょう。そこから、山の方へ少し歩くけど、そこのとある神社に参拝しに行きます」

「わかった。では、お引き回しの程、よろしくお願いします」

「うむ、万事お任せあれ」

二人であははと笑った後、京阪三室戸駅の改札機にピッと触れてから、二番ホームの方へと歩いて行った。

京阪宇治駅から山の方へ少し歩き、住宅街を抜けると、大きな木々が集まっている異空間のような場所に辿り着く。半年前にも一度来た場所だ。思った通り、二日になると参拝しに来る人もまばらのようだ

「未来、ここなんだよ……ちょっと歩いたけど、足大丈夫?」

「うん、大丈夫。気にかけてくれてありがとう」

年季の入った石の鳥居を潜り、参道を歩く。夏に来た時はムクロジの濃い緑の葉に覆われていたけど、今はすっかり葉を落としてしまい、冬の空に向かって多くの細い枝を伸ばしている。

「へぇ〜、こんな神社があるの、知らんかったな」

「私も六月末に一度来たきりなんだけどね。その時はこの木々が緑に覆われて随分鬱蒼とした空間だったよ」

「そんな感じ、するね」

参道途中の手水鉢で、私と未来は順番に手を清めて、再び参道を本殿に向かって歩き、朱色の鳥居をくぐる。

右側に神馬像を視界に入れながら、真っ直ぐ拝殿へ。

ポケットから白銅の硬貨を取り出し、お賽銭箱へそっと入れる。未来も同じようにお賽銭を入れると、ちゃりちゃりんと音が響いてくる。

「先、どうぞ」

「じゃあ、遠慮なく」

天井の大きな鈴と繋がっている鈴尾を持った未来は、何回か振ってカランカランと鈴の音を響かせる。次は私が同じようにカラカランと鳴らす。そして一緒に、二礼二拍手一礼。

「ふむ、目的達成」

「ようこそのお参りで」

「あっ」

背後からの突然の声は、以前にも聞いたことがある声。振り返ると、白い小袖で緋袴の巫女姿のこの神社の宮司さん、義井さんが微笑みながら立ってらした。

「義井さん、ご無沙汰してました。明けまして、おめでとうございます」

「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします」

私はお辞儀をすると、義井さんも同様に返してくれる。夏にお会いした時と変わらず、清楚という漢字が似合う方だ。

後ろから他の参拝者が来ているようなので、拝殿前から少し移動して、義井さんとの話を続ける。

「義井さん、今日は私の友人と一緒にお参りに来させていただきました。こちら、田中さんです……ほら、未来」

「あ、初めまして。田中と申します」

「義井です。初めまして、ようこそお参りくださいました」

突然私が紹介をしたものだから、未来は戸惑っている表情をしている。

「あの〜、瑠美子。こちらの方は……?」

「ここの神社の宮司さんで、元北宇治高校吹奏楽部の部長だった方なんだよ」

「あ、そうなんですか!先輩ですね。これは、失礼いたしました。私も吹奏楽部です。パートはトランペットです」

「そうですか。私はクラをやってました……そうだ。お二人とも、立ち話は冷えますので社務所へどうぞ。後輩が見えたのですから、是非に」

「あ、……では、お言葉に甘えます」

義井さんに連れられ社務所の中に入ると、ほわっと暖かい空気に包まれ、寒さで縮こまっていた体を少し緩めることができホッとした。

社務所の中には、義井さんと同じ巫女装束の方が他に二名ほどいらっしゃる。ご家族の方かな?

「どうぞ、おかけください。外は寒かったでしょうから、ストーブの近くへどうぞ」

「ありがとうございます」

私たちは長椅子に腰掛け、脱いだダウンジャケットは畳んで膝に置き、ボブカットの巫女さんがお盆に乗せて来た白磁の筒形の湯呑みを二つ、目の前に差し出してくれる。

「どうぞ、甘酒です。酒粕ではないので、安心してお召し上がりください」

「あ、ありがとうございます」

「あちっ」

筒湯呑みを受け取るが手で掴むととても熱かったので、口縁と高台を指で摘んで持つ。熱さに気をつけながら一口啜ると、独特の優しい甘味と米粒の感触が口内に広がっていく。

「美味しいです」

「うん、おいしい……」

「それはよかったです」

「佳穂、そのお二人は、現役の北宇治高校の学生さんで、吹奏楽部だそうよ」

「え?そうなんですか?」

義井さんの言葉を聞き、目の前の佳穂と呼ばれた方がお盆を胸に抱いて、驚いた表情をしている。

「えーっ!あなたたちも北宇治なの?」

今度はもう一人の巫女さんが、驚きながらこちらに近づいてきた。カチューシャ?いやバンダナを巻いているのか。

「はい、そうです……」

その勢いに圧倒される私たち。義井さんは、隣の長椅子に座り話を続けている。

「しかも、ダウンジャケット持っている彼女、佳穂なんか特に見覚えない?」

「え?北宇治の吹部……でしょ?」

真正面からそんなにじーっと見つめられると、恥ずかしいです……。

「あ、まさか、……黄前、部長……?」

「そうや、黄前部長や」

バンダナを巻いた巫女さんが、先に断定された。そうです、当たりです。……なんか、こういうシチュエーションに慣れてきたな、私。

「えーと、そうです。私は、その黄前の娘です。塚本と言います」

「つかもと……副部長?!」

出た。今度はお父さんだ。

「はい、それは私の父です……」

「ああ、確かに副部長の面影もある」

ええ〜、それはあんまり聞かないなぁ。まぁ、親子なんでねぇ、似ているとこもあるだろう……うーん。

「黄前部長の娘さんなんですかぁ……時の流れを感じるなぁ……あ、初めまして。私は……この場合は旧姓の方がいいかな、針谷佳穂といいます。そこのサリーと……いえ、義井さんと同級生で、お母様が吹奏楽部の部長をしていた時、一年生だったのです」

「そうでしたかー」

「そして、うちは上石弥生って言います。旧姓じゃないんよ、もう男には懲り懲りなんでね。えーと、この三人は幼馴染でね、高校時代はみんな吹部に入いって、その時うちはチューバ吹いてたんよ」

「じゃあ、同じ低音ですね。私はユーフォ吹いてます」

甘酒を一口啜ってからそういうと、針谷さんがぐいっと顔を寄せてきた。

「私もユーフォ吹いていましたよ。それこそ、お母様に教えてもらってました。一年生の時はユーフォ初心者だったんですけど、ユーフォでは先輩が三人いてそれぞれに教えてもらいましたから、上達は早かったほうじゃないかな」

「自画自賛してるわ。うちやって初心者やったけど、三年の時はコンクール出れたもんね。葉月先輩や美玲先輩、さつき先輩のおかげやったわ。まぁ、すずめも似たようなもんやったけどな。……そういや、すずめから連絡くる?もう長いこと連絡来てへんのやけど。メールしても、既読はつくけど返事はないし。なんなの?あいつは」

「私も連絡来てないのよ。……便りがないのは良い便りっていうし、すずめのことだから、またふらっと帰ってくるわよ」

なんか、キャラが濃い方がいらっしゃるなぁ……ちらっと未来の顔を覗くと、キョトンとした顔してる。

「ああ、ごめんなさいね。弥生が一方的に喋り出して」

「いえいえ」

「ここにいるのは、佳穂が言った通り幼馴染で、幼稚園の頃から高校までずっと一緒だったんです。高校の時は部活まで一緒になって……その後はバラバラになってしまったんだけど……私が宮司になってからは、お正月にこの二人が宇治に帰ってきていたら、今日みたいにお手伝いをしてくれるんですよ」

「そうなんですね……幼馴染っていいですね」

幼馴染か……私には小さい時からずっと一緒、という友達はいないんだよなぁ。幼稚園で、小学校で、中学校で、それぞれで知り合った友達が今でも続いているって言うのは……実はない。だから、私の両親が小学校からの幼馴染夫婦ではあるけど、ちょっと関係性がわからない事も実はあったりする……。

あ……じゃあ、二年後の三月。高校を卒業すると、未来との縁も終わってしまうのかな……それは嫌。嫌だ……やっと会えたと思っているのに……それは、考えたくない……絶対に、ない……。

「瑠美子。どうしたん?」

「え?」

隣に座っている未来が肘で私を突いてきたおかげで、妄想から戻って来れた。

「ごめん。ちょっと、ぼーっとしちゃった」

「あら、部屋の中暑かったですか?」

「その甘酒、アルコールは入ってないはずですよ?」

「いえいえ、そんなんじゃないです。それより……以前こちらの神社に寄らさせていただいた時は、義井さんにお会いできて、今日は針谷さんと上石さんにお会いできて、やはり嬉しいです。こう、北宇治吹部の先輩方と繋がることができるなんて……このご縁と、母に感謝したいです」

「そうですか」

胸の内の正直なところを話すと、義井さんは優しく微笑んでくれた。

その後、今の吹部の活動内容と今後の予定を先輩方に案内した後、私と未来は先輩方とお会いできたことと甘酒のお礼を伝え、その場を辞した。

元来た参道を戻っていると、未来が話しかけてくる。

「しかし、瑠美子のお母さんってすごいんやな。あんなに感謝されているなんて」

「そのようだねぇ。でも、いろんな偶然が重なっただけだと思うけど」

「偶然は必然っていうやん」

「まぁ、そうだけど……さて、次だけど、うちに行こうか。ここからだと……大体1キロちょっとぐらいと思うから……大丈夫かな?いける?」

「うん、大丈夫」

「じゃあ、行こう」

朝霧橋を目指してもいいけど、ここはわかりやすく宇治橋経由にしよう。あ、お母さんに電話しといた方がいいな。いきなり連れて行くと驚くだろうから。

スマホを取り出し、母の電話番号をタップ。

「……あ、お母さん?瑠美子です。今、電話大丈夫?……うん。あのね、今日未来とお参りするって言ってたの、予定変更してね、今からうちに連れて行くから。……うん、そう。ちょっと事情ができて……今日、お母さん出かけないんでしょ?……うん……はい、お願いします。……いや、まだ……え?あ、ありがとう……うん、お願いします。はーい、はい。それでは」

電話アプリを終わらせ、スマホをバッグにしまうと未来が訪ねてくる。

「お母さん、なんて?」

「ちょうど時分刻だから、お昼作って待ってるって」

「え?いやいや、いいよ。遠慮するよ」

「いいって、遠慮しないで。私、未来ん家で2回もご馳走になってるもん。お返しできてないんだから、その意味も込めて、ね」

「うーん……そうなん?」

「そうなの。急に思いついたんで、たいしたおもてなしできないけどね」

「いやいや……ありがとう、ご馳走になります」

未来がぺこりと頭を下げると、椿の髪飾りが陽の光を受けきらりと光った。

「ただいま〜」

「お、お邪魔します……」

「おかえりなさい」

マンション5階の我が家に到着すると、キッチン方面から母の声が聞こえてくる。

履き物を脱いで廊下に上がると、母が出迎えてくれた。

「未来さん、あけましておめでとうございます。ようこそ、いらっしゃいませ。……うわ〜、着物ね!とてもお似合いですよ」

「あ、あけましておめでとうございます……ありがとうございます」

「藤色の矢絣と濃紺の道行コート……これは、あすか先輩の見立てかな……」

「やはり、わかりますか?」

「……当たってました?なんとなくですけどね、未来さんのお母さんなら選びそうな組み合わせだと思ったので……」

「そうなんですね」

「さて、瑠美ちゃん。お昼の用意はできてるけど、部屋で食べるでしょ?」

「なんで?」

「男子二人いるところでは、話せる事も話せないでしょうし」

「あ、いるんだ……それなら、部屋でいただきます」

「了解。トレーに用意するから、取りに来て」

「はーい。じゃ、未来さん、部屋に行こう」

私は玄関からすぐ左横のドアレバーを押し開け、部屋のライトのスイッチを入れ、未来を連れて入る。

エアコンの暖房スイッチを最強にし、脱いだダウンジャケットをクローゼットの中にしまい込んだ。

「ははぁ〜、これが瑠美子の部屋かぁ」

「散らかってるけどね……部屋が温まるまで、しばらく我慢して。それと……着物だと床に座るのは辛いだろうから、机の椅子へどうぞ」

「うん……へぇ〜……」

「あまり部屋ん中見ないで、恥ずかしいから……と言っても遅いか」

「うん、遅い」

「へへ……では、ちょっと待っててくれる?お母さん、もう用意してくれてるそうだから、もらってくる」

「わかった、ありがとう」

部屋を出た私は、ちょっと洗面台で手を洗ってからキッチンへ。

「瑠美ちゃん、トレー二つ用意してるから、持って行きなさい」

「おう、お帰り」

キッチンに来ると母以外に父となぜか瑛斗もいて、そんなに広くないキッチンは人で渋滞していた。

「あ、オムライス!サラダとスープ、おしぼりにお水までつけてくれて。お母さん、ありがとう」

キッチンの上には、綺麗な黄色の卵焼きに包まれている、外連味のないオムライスが二つ鎮座していた。

「正月二日めだけど、こちらの方が手軽でしょ?それに、瑛斗が珍しく料理やってみたいというもんだから、お父さんの特訓受けているところだよ」

「えっ、それじゃあこれらは瑛斗が作ったの?」

そう言うと、父が「違う違う」と言う。

「お客さんにあげるのは、見本で父さんが作ったもんやから安心してや。うちの家族の分は、瑛斗が作ったやつな」

「ええ〜、大丈夫なの〜?」

訝しげに瑛斗を見ると、ちょっと不貞腐れた声で返してきた。

「父さんが見てくれてるけん、大丈夫やって」

「大丈夫やから」

「わかった……ありがとう、早速持っていきます。しかし、なんで瑛斗が?」

私の疑問には、父が少し笑い、瑛斗の方をちらりと見て答えてくれた。

「はははっ、やってみたくなるもんなんやって。そうなんやろ?」

「……」

一所懸命になっていて聞こえてないのか、父の言葉に反応がない。じーっとフライパンの卵焼きを凝視している。

「ま、いいや。ありがとうございます」

用意されたトレーを一つ両手で持ち、自室へと運び入れる。

「お待たせです。今日はオムライスを用意してくれました」

机の上にトレーを置くと、未来は満面の笑みで喜んでくれた。オムライスやスープからは、うっすらと湯気が立ち上っている。

「オムライスだ!大好物!」

「それはよかった。もう一回行ってくるね」

再度キッチンへ行き、トレーをもう一つ自室に持って行き、丸テーブルにかちゃりと置いた。

「おまたせしました。あー、お腹すいた。では、いただきましょうよ……おーっと、タオルタオルっと……」

「うん?」

ベッド側のチェストから、フェイスタオルを2つ取り出して、未来に渡す。

「着物汚さないように、胸元と膝掛けに使って」

「あ、何から何までありがとうございます」

渡したタオルを未来は襟元にかけ、もう一枚は膝に広げる。これで準備万端。

「どういたしまして。ではいただきましょうか」

「うん。では、両手を合わせて、いただきまーす」

「いただきます」

スプーンを手に取り、オムライスの端っこから、ケチャップライスと卵焼きと一緒に掬い取り、ぱくり。

「うーんっ、美味しいっ!」

「上手にできてるやん、さすがお父さんだわ」

もう一口分スプーンで掬って、ぱくっ。

「え?これって、瑠美子のお父さんが作ったの?」

「そうだって。私のは、弟の瑛斗がお父さんの指導のもと作ったそうだけどね。卵料理に関しては、お母さんよりお父さんのほうが、ずっと上手なんだよ」

「なんで?」

スープも一口。ん、これはクノールのオニオンコンソメだ。

「なんでも学生の時、お父さんがお母さんに食べさせたかったから特訓したんだって。うちのお母さん、卵料理大好き星人だから」

「ふ〜ん、それって……なんか……いいね」

「そう?両親の話だから、どう反応していいかわかんないよ。でも……少し憧れるな、あの距離感には」

「……なんかわかる気がする。うちの親も、相変わらず仲良いしね。どちらかというと、お母さんが甘えん坊だよ、ママに対して」

「あ、そうなんだ。ちょっと意外」

「この前なんかも、ママにちょっとイタズラっぽい口調でちょっかいだすんよ。で、ママの意に沿わない話になったら、そりゃ、つむじ曲げるよね。そうしたら、もう必死で謝ってんの」

「映像が目に浮かぶ」

「側から見てたら、まーたやってる、っていう感じなんだけど……今後もずーっと仲良いと思うな」

「それって、いいね……」

仲良きことは美しき哉、っていうことだよなぁ。

……そんな、他愛もない話をしながら、お昼を食べすすめていく私たち……。

お昼の後しばらくおしゃべりしていると、母が部屋に入ってきて、「男子二人は散歩に出かけたから、リビングでお茶しよう」と誘われ、リビングに移動。そこで、クッキーとかチョコとかの菓子器を真ん中に、テーブルで鼎談を実施。その場では、未来は以前から聞きたがっていた、未来のお母さんとママさんの北宇治時代の話を母から色々聞き出していた。

母も、自分が知っている範囲だけど、として、母が北宇治一年生だった時の話を時系列で語ってくれた。

未来のお母さんは、一筋縄では行かなそうな感じがしていたのだけど、やはり当時からそうだったようで、母もだいぶん良い意味で難儀していたそうだ。その点、未来も大いに頷いていた。

意外だったのは、未来のママさんと麗奈さんがソロ争いをしたっていうお話。麗奈さんはわかるけど、未来のママさんも、納得できるまで引かなかったこと……話を聞いていて、未来が泣き出しそうになっていた。未来自身も、この前の吹コンでペットの先輩とソロ争いをしたばかりだったから、結果はママさんの時とは違うけど、ほとんど同じことをしていたことを知って、感慨深そうだった。

それと、時々家に遊びにくる晴香さんっていう人の旧姓が、小笠原さんだということがわかり、未来は喜んでいた。ママさんがいる時にやってきて、小一時間お茶したら帰っていくということが年に二、三回はあり、「時々、愚痴を聞いてあげてんの」ってママさんが言ってたとか。

でも、以前晴香さんが来た時、お母さんもいたもんだから、話を聞くどころか、

「あすかは相談事解決のプロのくせにーっ!」

って怒って帰ってしまったことがあり、

「もう結論出してんのに、背中押してもらいたいだけなんだよ、あれは」

とママさんに言って、後の仲直りをママさんがしたということがあったそうで。さもありなん。

また、二人で来た時があり、もう一人の人の名前を聞いたときは、母が大層驚いていた。葵さんっていう人は母の幼馴染だったそうで、大学生の頃から音信が途絶えていたんだそうだ。もしまた来た時は、葵さんにその旨を伝えておく、と未来が約束していた。

……母や父が北宇治一年生の時は、元々強豪校だったのに、普通の部活動になってしまっていた吹部が、新しい顧問の先生によっていきなり強豪校へと変わっていった転換期にあたり、その中心に、未来のお母さんやママさん、そしてその晴香さんという人達がいた、と。そして、その次の年、縣祭の時お会いした、吉川さんや中川さんの時に地固めをして、母や父が三年の時の全国金賞へとつながっていった、という話を聞き、私も未来も身震いするような感覚があった。

”継承”という言葉が頭に浮かんだ。

北宇治吹部の現役でいる私たちは、未来のお母さんやママさんの思い、そして、母や父の思い、さらに、その頃から今までの吹部の諸先輩達の思いも、私たちが受け継いでいくんだという気持ちが、こう心の奥底から沸々と湧き上がってくるような、こう言葉では言い表せないんだけど、”やらなければ”という気持ちが頭をもたげてきた。

母の話を聞いていた未来も同じ気持ちのようで、私たちは互いに頷き合い、グータッチを交わした。

「ただいま〜」

玄関の方から瑛斗の声がして、リビングの方へとやってきた。

「あら、お帰り」

「う〜、寒かった。……あ、いらっしゃいませ……」

「そうだ、紹介してなかった。ねぇ、未来。これが弟の瑛斗で、今、中二なんよ」

「これがって……モノじゃないんだから」

「ん……?未来……どうしたの?」

私が瑛斗を未来に紹介すると、なぜか未来はフリーズしている。変だなと思いつつ、未来の肩を軽くゆすってみる。

「未来っ!」

「え?……ああ、ごめん……何でもない。は、初めまして、お邪魔してます」

「あ〜、どうもです」

「変なの」

「お母さん。父さんは、お祖母さんのところに寄ってから帰ってくるって」

「ああ、はいはい。……そっか、もう4時過ぎてたか……」

「ええっ?」

部屋の時計をチラと見た母が、ぼそっと呟くのを耳にした未来は、驚いて自分のスマホを取り出し時刻を確認している。

「ああっ、もうこんな時間!……あの〜、長居して申し訳ありませんでした。そろそろお暇します……」

「え?もう帰るの?」

「未来さん、夕飯食べて帰ったら?」

「えー、お言葉に甘えたいところではあるんですけど、5時には帰っておくと母には言っておいたのと……そろそろ着物脱ぎたくて……」

消え入るような声を聞き、私と母は、申し訳ないけど笑ってしまった。

「あははっ、それはしょうがないな。着慣れないもの一日中着てたから、明日あたり肩凝ったーとか言ってそうだね」

「瑠美子のいけず!」

「ふふっ、それじゃあ、未来さん。クルマで送りますよ。もうお日さまも傾いたし、外は寒いから。ね」

「うん、そうしなさいよ」

「……はい、よろしくお願いいたします」

「わかりました。では、準備しますので、少しだけ待っていてくださいね。瑠美子はクルマの鍵、持ってきておいて」

「はい」

「あ、そこの京都銀行の交差点を左に入ります」

「はい」

「で、JR超えて……次の三室戸駅の踏切を越えたらすぐ右です」

「ああ、なんとなく覚えている……」

「なんで?」

「お母さん、一度行ったことがあるから。あすか先輩が数学教えてくれるって言って……」

「そうなんだ」

「で、ここを左だよね」

「そうです……覚えてるんですか?」

「なんとなくだけど……」

「すごい」

「……しばらく行って……この複雑な交差点を左……こんなに狭かったっけ?」

「……あ、ここです。クルマは隣が空き地だから、ここで転回できます。ありがとうございます!」

「ふ〜、着いた。覚えてるもんだな〜、よっぽど印象に残ってたのかな」

「お母さん、記憶力すごいね」

「ふふ、ほんとすごいね。自分でも思うわ」

「あのっ!、スミマセン、ほんの少しだけ待っていてください。母がいるはずなので、呼んできますので!」

「いや、いいんですよ!って……」

未来はシートベルトを外し、車外へ出たかと思うと、ててて、と小走りしながら家の中に入っていった。

「行っちゃった」

「今のうちクルマを転回させとこう、瑠美ちゃんそのまま乗っていて」

「うん」

母はクルマを動かし向きを変えたところで、家の中から未来がお母さんを連れて出てきた。

「お待たせしました。母を呼んできました」

母と私はクルマから出て、苦笑いしている未来のお母さんのそばに、母はにこりと笑って近寄っていく。

「あすか先輩、お久しぶりです。あけましておめでとうございます」

「あけましておめでとうございます……黄前ちゃん……じゃないね、塚本さん。今日はうちの未来が色々とお世話になったそうで、本当にありがとうございます」

「とんでもないです。うちの瑠美子が何回かお邪魔しているのに、直接お礼をお伝えできてなくて、申し訳ありませんでした」

「いやいや……お互い娘には苦労しているようやね」

「確かに……でも、楽しんでいるんでしょ?」

「……まあね」

「ふふふっ、素直じゃないのは、相変わらずですね」

「え〜、なにそれ。黄前ちゃんは、すぐうちのことを見透かそうとするんやん。そういうところ、相変わらずやね」

「お互い様、ですよ」

そういうと、二人は同時に笑い出した。私と未来は、二人とは少し離れたところで、楽しそうに会話する様子をじっと見ていたのだった。

……ほんのしばらく立ち話をした後、母と私は田中親子に別れを告げ、来た道をクルマで戻っていく。

宇治街道に出る交差点で信号待ちしている時、私はあることを母に聞いてみた。

「お母さん……」

「ん、何?」

「特別って、なんだろう……」

「特別、かぁ〜……そうだね、色々あると思うけど。いま瑠美ちゃんは何を特別だと感じているの?」

「うん、私にとって……未来は特別だと思う……友達にランク付けするみたいに聞こえるんだけど……他の仲間達とは、ちょっと違う気持ちがあると思うんだ……」

「そっか……」

「以前、お母さん、麗奈さんは特別って言ってたよね。順菜さんもそうだって」

「うん、言った。あの二人は、ただの友達以上じゃないんだよ、お母さんにとって……う〜ん、難しいな。未だ答えは出てないけど……離れてても、わかるというか……ねぇ」

「お父さんと、とは違うの?」

「え??……難しい質問だな……秀……お父さんとは別になるなぁ、やっぱり。言うなれば、人の心は縦に何層かなっていて、その層ごとに大切なものは異なるんだけど、縦に見下ろせば、どの層も同じ感情を持っているって言ったらいいのかも……」

「ふ〜ん、……私が理解できるようになるには、まだ時間が必要なようだね」

「そう、急ぐ必要はないから。じっくりでいいんだからね」

「うん」

信号が青に変わったので、クルマは右折し宇治川橋の方へと進みだす。正月二日目だからだろう、あまり交通量は多くないようだ。

三学期は七日からだから、冬休みは後四日ある。一年の計は元旦にあり、というから、今年のやりたいこと、そして特別について、ゆっくり考えることにしよう。