第二十六話 お願い事のその果てに −北宇治高校吹奏楽部定期演奏会2043……の準備−
第二十六話 お願い事のその果てに −北宇治高校吹奏楽部定期演奏会2043……の準備−
「何見てんの?」
すっかり辺りが暗くなった19時少し前。京阪六地蔵駅ホームで下りの電車を待っていると、北からの冷たい風が、ダウンジャケットをすり抜けて直接肌へと突き刺してくる。ヒートテック等の防寒の衣類も着込んでいるけど、二十四節気の大寒が近い今頃では、まだまだ対応できないようだ。つまり、寒いんです。
家が六地蔵駅からそう遠くない凛々ちゃん以外の私たちは、吹部の練習が終わり、京阪電車に乗って家路についているところ。みみちゃんや千紗、陽菜がきゃいきゃい話をしている横で、私はスマホに表示させている表をフリックしながら見ているところに、未来が覗き込んできた。
「ん〜、これ?……定期演奏係の種崎先輩から送られてきたデータ見てるの」
「定期演奏係……ああ、部長から手伝ってやってって言われたヤツ?」
「そうそう、プログラムを組むのを手伝ってって。昨日、合奏後に言ってたじゃん、定演で演ってみたい曲のアンケート取りますって。一晩で全員分が揃ったそうだから、リスト化されたデータが私のスマホに送られて来たんだよ」
「へぇ〜、ちょっと見ていい?」
「じゃあ、送ろっか?」
「うん、よろしく」
定期演奏会は、吹奏楽部のメインイベントの一つ。北宇治では、昔は2月に開催してたそうだけど、毎年3月の春休みに入った最初の土曜日に、太陽公園近くの市立文化センターの大ホールで行われている。
自分たちで曲を決め、演出も行なって、一年間の吹部の活動成果を、地域の方々や保護者に感謝の意味を込めて行う、言うなれば発表会だ。
自分たちで好き勝手にできる数少ない機会……一応顧問の先生のチェックは入るけど……部内では定演の話が出だした頃から、みんな吹コンと同様に集中して個人練等をしているように見える。
「結構古い曲が多いんやね」
私がエアドロしたリストを見ながら、未来は呟いた。
「そうだね。とは言っても、どの曲も現役で演奏されているし。古くても、良いものは良いというところかな、みんな」
「無記名だから、誰が何を書いたかはわからんようになってるけど、大体想像はつくな」
「そう?」
「例えば……これ……”ディスコ・キッド”、”オーメンズ・オブ・ラブ”、”ハンティンドン・セレブレーション”って、これ絶対瑠美子やろ」
「何でわかるの?!」
「……だって、瑠美子よく口ずさんでるし、典型的な吹奏楽って言う曲、好きだし」
「見透かされている……探偵だったの?未来は」
「瑠美子専門の探偵だったら、なれるかもしれん」
「なにそれ?」
口を尖らす私を見て、あははは、と笑っている。
未来の笑い声を耳で捉えたみみちゃんが、私たちの方に振り向いた。
「何かあったの?」
「定演で何の曲をしたいか、のアンケートの話。瑠美子が書いたものを、当ててあげたん」
「見して見して」
未来がみみちゃんに自分が見てたスマホを渡すと、ふむふむと画面をフリックしつつ眺めている。そのスマホをさらに覗き込む、千紗と陽菜。
「あった、これやろ。”ディスコ・キッド”に、”オーメンズ・オブ・ラブ”に」
「あ、そうやわ」
「えーっ、なんでーっ?!」
私が驚きの声を上げると、四人が一斉に笑いだした。
「だって、よく口ずさんでるやんか」
「そうそう、音楽室に行く時ディスコ・キッドを歌ってたの何回か聞いたことあるもん」
「ちゃんと、テンポと歩調を合わせて」
「時々、ディスコって言ってるし」
「え〜っ……もう、しないっ」
そんなに口ずさんでたかなぁ……でも歩いていると、あの曲が頭で再生されるんだよ。そう思いながら、私が、フンっ、とそっぽを向くと、みんな笑いながら口々に私を宥めようとしてくる。
「止めんでええやんか。うち、あの曲は瑠美子のテーマ曲やと思ってんのに」
「そうそう、誰しも自分のテーマ曲の一つや二つは持ってるんやない?」
「それなら、あたしのテーマ曲は"MATのテーマ"がいいな」
「それってどんなの?」
「こんなの。ちょい待って」
千紗が自分のスマホを取り出して、検索をすると……聴いたことがあるフレーズが飛び出して来た。
「ああ〜、ワンダバやん」
「カッコええやろ。上の兄貴がよく見てたんよ、”昭和の特撮”チャンネルで」
なんか、話がずれて行ってるけど……まぁ、いいや。私はこのたわいも無い雑談、好きだから。
「じゃあ、うちは、”スタートレックのテーマ”がいい」
「あ〜、ハイノートのトランペットがかっこいいもんね。未来らしいわ」
「知力、体力、時の運。早く来い来い木曜日っ!」
「みみちゃん、何言ってんの?」
「じゃあ、陽菜は?」
「ふふふ……うちは、”荒野の果てに”」
「……知らないな」
「調べてみよう」
千紗がスマホをいじって出てきたのが、これまたトランペットが印象的な曲。
「ああ、必殺シリーズかぁ」
「仕事人ちゃうよ。仕掛人やけんね」
「陽菜、詳しいねー」
「これ聞いてると、甲子園のアルプススタンドをイメージするな。一度でええから、吹いてみたい。気持ちええやろうなぁー」
「未来の望みは、野球部次第だね。みみちゃんはどう?」
「そうだなぁ……"Somebody Stole My Gal"がええな」
「……うちら聞いたことある?それ」
「そういう時のための、スマホでしょ?」
みな一斉にみみちゃんが言う曲のタイトルを検索すると……ミュートトランペットの音でお馴染みの曲だった。
「ふんわかふんわか、か……」
「吉本新喜劇のテーマ?みみちゃんらしいな」
「でも、この曲は歴としたディキシーランドジャズなんやで」
「面白そう……なんかやってみたくなったな……ねぇ、瑠美子。これって、今からでも投票のやり直しできんの?」
私は自分のスマホはもうバッグにしまい、ポケットに手を入れてみんなの会話を楽しんでいた時、未来が聞いてきた。
「残念ながらね。全員からの投票が揃ったんで、エントリーページは消したそうだから」
「そうなんだぁ〜。名曲に気づくのが遅かったか……よし、来年の定演の時は提案しよう」
「もう、来年の話は鬼が笑うよ」
「いやぁ、でもあっという間に来るんやないかな」
『電車が近づいて来ました。ご注意ください』
「ほら、電車が来たで」
ホームの天井から自動音声が流れると、ヘッドライトを煌々と光らせた白と濃い緑のツートンカラーの車両が、ホームに滑り込んできた。
ドアが開き何人か列車から降りた後、ワイワイ話しながら乗り込んで行くと、ドアが閉まりモーターの唸り声をあげながら、列車はスルスルと動き出した。
「塚本さん、プログラムできた?」
放課後、他の部員は個人練をしている時間に、視聴覚教室の教卓寄りの席で、種崎先輩と向かい合って座っている。お互いタブレットを持ち、定演で演りたい曲アンケートのリストを見ながらプログラムを決めていこうという寸法だ。
「大枠でしか考えてないですけど…… 全曲……私が考えるのでしたか?」
「そうじゃ無いけど、塚本さん、全部考えてそうだから」
「いやいやいや、無理ですって」
私は手をブンブン振って否定するけど、タブレットばかり見てこっちを見てくれているかどうか、ちょっとわからない。
「じゃあ、その大枠を見せて」
「あ、はい。わかりました」
もらっていたリストから曲名をソートしつつ重複数を数え、各曲名にネット上のデータを引っ張ってジャンルを割り振り、ジャンルごとに重複数の多い順に並べ直した。そして、出来上がった表を先輩のタブレットに送信する。
「ジャンルを、ポップス、ジャズ、映画音楽、吹奏楽と分けました。私が考えるに……まずは、よく耳にするポップスと映画音楽でお客さんを惹きつけ、ジャズでソロ回しをして楽器の魅力や個人の力量をアピールし、鉄板の吹奏楽で締める、というのを考えてみました」
「うん」
「ただ、それぞれのジャンルでの曲順なんかは、今ひとつピンと来ません。送ったリストは、とりあえずアンケートで登録の多かった順に曲を並べているだけです」
「うん」
……話、聞いてくれてるのかな……ちょっと心配になってくる。
「悪くない。これをベースにして、色々と詰めていこう」
「ええ?もう、ですか……?えらくあっさりとなんですね……」
「うん。これだけできていれば……後は、そんなに難しい話じゃない」
むう〜、そんなものなのか……まぁ、時間もないこともあるので、結構ノリで決めればいいと言うのは教わってはいたけど。
「でも……じゃあ、このリストの中からは、先輩、何の曲を演りたいですか?」
「私?」
「はい」
しばらく首を約三十度ほど右に傾け、どこか一点を見ていたかと思うと、先輩が呟くように言う。
「まだ、決めない」
その答えを聞いて、私の左肩がかくんと落ちた。
「あ、そうですか……」
すると教室の扉がガラッと開き、スタスタと入って来た人が二名……山岡部長と藤村副部長だ。
「どう?進んでるみたいやん」
私たちのそばに来て、二人は隣の空いている席に座る。
「まぁまぁ、いい感じ」
「美雨が送ってくれたセトリ見たけど、あれでええんちゃう?」
「うちもいいと思うな。全体的に”楽しい”がずっと続くような構成やし」
セトリって……なにか別に予め作ってあったんだろうか。
「……セトリって何のです?」
「ん?塚本がまとめたやつを送ってくれたんやけど?違うん?」
「え……美雨先輩、何を送ったんです?」
「これ」
私のタブレットに、先ほど部長達に送ったと言うものを送ってもらうと、私が美雨先輩に送った大雑把なリストに、いつの間にか各曲に曲順と演奏時間が追加され、またMCの時間まで入れられている。
「えっ?いつのまに?」
「さっき、話している時。去年のセトリを雛形にして、塚本さんが作成したリストを重ね合わせてみたの」
「ははぁ……なるほど」
表情をあまり変えない中で、先輩はさくさくっと指を動かし、ただ曲を並べているだけの素案でしかなかった私のリストに色付けをして、一つの成果物に仕立ててしまう。……素直にすごいと思った。
「ところで、このリストにある曲の楽譜ってうちにあるん?」
部長がタブレット上のリストを指でなぞりながら、私に尋ねてくる。
「無いものもあると思います。去年のヒットメドレーをするのだったら、ほとんど無いんじゃないかな、と」
「だったら、急いで買わないと……里美、予算ある?」
「数曲買う分は、まだ大丈夫」
「それならよかった。それじゃあ、美雨は楽譜の在庫を確認して、必要なものをリストアップしておいて欲しい。それ見てどう購入するを決めよう」
「わかった」
「そして、このリスト、ステージ構成係に回すから。そこでまた曲順とかは変わると思うけどね」
ステージ構成係は、二年生をメインに各パートから一名もしくは二名ほど駆り出され、定演のステージ上の演出を決定していく、重要な役割だ。ここが動き出すと、定演準備が本格化する。
「美雨、塚本、どうもありがとう。予定より早く事が進みそうやわ」
山岡部長が、私たちに向かって頭を下げる。
「いえ、こちらこそ、どうもありがとうございます。私も勉強になりました」
「……では、塚本ちゃんは引き続き、ステージ構成係の手伝いをしてくれるかな」
「……はい?」
藤村副部長はニッと口角をあげて、さも何事もないように、さらりと私に告げた。
「色々と勉強になるやろ?」
「いや、そうなんですけど、プログラムを作るのをお手伝いすると言う事で……演奏の練習もしたいんですけど……」
「まぁまぁ。塚本ちゃんは大丈夫やって。明日な、ステージ構成係を招集するから、一緒に参加して」
「ええ〜〜」
話しが違う……ちょっと手伝ってやって、て言ってたのに……二年生が担当するところに私が参加してはまずいでしょう!とは、……言えない……。
私が不服そうな表情をしていたんだろう、部長が私の目をじっとみて、真剣な声で諭すように話しかけてくる。
「構成係は、セトリを実現するにあたってのみんなの動線はもちろんのこと、曲ごとにどうやって演出をするかを決めていくけん、どんどんと形が見えてくるから面白いで。塚本も参加して、色々と意見を出して欲しい」
「は、はい……わかりました……」
「低音パーリーの絢子には言っておくから」
そりゃあ、副部長の藤村先輩が言うのなら、パーリーの須崎先輩は何も言わないですよ。何だか、なしくずしに引き摺り込まれているような……。
「はぁ……疲れたぁ〜〜」
列車は六地蔵駅を出発し、少しずつスピードを上げていく。レールの継ぎ目のカタタンという振動が、シートをすり抜け、足やお尻や背中に響いて来るけど、嫌味が無く素直な振動だ。
車内の乗客はまばら。行儀が悪いけど足を投げ出してシートにもたれかかり、脱力している私の隣で、未来が笑っている。
「お疲れやな」
「うん……どっちかと言うと、気疲れかなぁ」
プログラムを作るのに手伝って、って最初は言われたのに、あーいいですよー、と気楽に返事したら、ステージ構成にまで引っ張り込まれ、今日で二回目の会議だった。まだこの後に何回か、各自に分担された作業の進捗を確認する会議が行われる予定となっている。
「すっかり、定演の運営の人にさせられてるやん」
「私が先輩に、次はこうしましょう、ああしましょう、とか言うんだよ。もう〜、口の中が緊張でカラカラだよ」
「ふふふふっ」
「なーに、笑ってんのー」
私が苦労してるって言うのに、未来が含み笑いをするもんだから、ムッとした声で聞いてしまった。
「いやぁ、瑠美子が活躍してる姿を見れて……なーんか嬉しいなって」
「なーに、それ。だったら、替わってよ。私だって未来の活躍しているところ、見たいよ」
「いやいや。うち、集団の中で切り盛りするの、下手なこと知ってるやろ」
「そんなことないって。私がやってるんだから、未来もやれるって」
「できんの。うちは、瑠美子が頑張っている姿が見たいんやから」
「……そのうち拝観料もらうよ」
「いくらでもええよ」
「言ったなー。じゃあ、十万両いただきましょうか」
「……ぷふっ、あははっ!何、その昭和っ!十万両って……瑠美子、笑わさんといてよっ。あははっ!」
「……もう〜、未来め」
「あ〜、お腹いたい……ふふふっ……」
ツボに入ったのか、なかなか笑いが収まらない未来サン。今日はえらくご機嫌だったな。
『三室戸、三室戸です。We will soon make a brief stop at Mimurodo, station number KH-76. 右側の扉を開けます。ご注意ください』
「ほら、着いたよ。いつまで笑ってんの」
「……はは……ごめんごめん。じゃ……またね」
「うん、またね」
バッグを肩にかけトランペットケースを手に持ち、私に手を振って降りていく。その顔は、まだ口角が上がり続けているままだ。
ドアが閉まると、列車はぐぐっと動き出す。私は体を捻ってガラス越しに手を振ると、こちらを見た未来は手を振りかえした……。
やがて姿が見えなくなり、私は向き直ってシートに深く座り直すと同時に、バッグを膝上に置いた。
「はぁ……」
ため息をつくと幸せが逃げていくと言うけど……今は仕方ないや、後で捕まえに行こう。その時は、今の経験が役に立つと思いたい。
『まもなく、宇治、宇治、終点です。お忘れ物のないようお気をつけください。京阪電車をご利用くださいまして、ありがとうございました……』